『ファルネースの聖女』――序章『コリンの章』

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序章『コリンの章』

「さいごにあなたとあえて、ほんとうによかった」
 ――コリン。一六歳、女。弱く、強い、ラグルドの少女。

 * * * * * * * *

 木々が燃えている。地面が焼けて、黒くくすんでいる。全部、身から出た錆だった。
「エ、ター……ナ」
 声を出そうとしたけれど、うまく出せない。どうしてこうなっちゃったのかな。
 私は霞む視界の中に、胸から血を流したエターナの姿を見つける。美しかった金色の髪も、その白い肌も焼け焦げている。直接の死因は胸から背へと一直線に貫く刺傷だったのだろうけど、その白い肌を火傷で醜く爛れさせたのは、この私だ。それが本当に申し訳なかった。
「エターナ、エターナ……!」
 そんなエターナに、ひとりの男が駆け寄る。ああ、ロバートだ。
「よせ、ロバート! エターナは、エターナはもう――」
 異国風の衣装に身を包んだ女性……ティアラだったよね。
 ティアラに強い調子で言われ、メガネをかけた細身の男は思い出したように顔をあげた。
「ティアラっ。君は確か、ノヴァラ族に伝わる秘薬を持っていただろう!」
 ティアラは目を伏せて、首を横に振った。
「そんなこと言わずに、エターナを助けて、助けてやってくれっ!」
「ロバート……エターナは、もう生命活動を停止している」
「そんな冷たいこと、言わないでくれよ。なあ、頼むよ。ティアラ」
「黙れ! 泣きたいのは、怒りたいのは私も一緒だ! エターナは私の友だぞ。私の恩人だぞ。悲しくないわけ、ないだろう……!」
 ロバートはティアラの言葉を聴いて、深くうなだれる。その手に、冷たくなったティアラを抱き締めて。
「ティアラ。私は、エターナに告白すらしてやれなかった。彼女の気持ちを聴くこともできなかった。私は、私は……あぁぁぁぁぁあ!!」
 ああ、ロバート。ティアラ。もっと仲良くなりたかったな。きっと、かけがえのない親友になれたと思うのに。
 エターナの最期に、二人が間に合わなかったことが悔やまれる。それに比べれば、私はまだずっとずっと幸せな方だと思う。
「コリン、コリン!」
 ひとりの少年の悲痛な声が焼け野原に響き渡った。青年と言うにはまだ若いね。もうちょっとで、立派な男の人になるのかな。
「コリン! 返事をしてくれ!」
「シャ、グ、ナ……」
 私はあなたに伝えなければならない。あなたの過ちを。私たち一族の愚かさを。それがきっと、私があなたのためにできる最期のことだから。
 蚊の鳴くような声だけど、一生懸命に私は結末の声を、最期の想いを伝える。
「エターナはね、ヒュマンだけど、わ……私を助けようと、わたしを、庇って、刺された、の……」
「言うな、コリン。しゃべらないで。しゃべらないでいいんだ」
「ね、ラグルド氏族じゃ、ヒュマンは、不浄な存在、疎むべき、存在なんでしょ……? そ、それにね、カオスのサラも、優しい、いい子だった、よ……?」
 ヒュマンは異世界からの来訪者。弱者であるハーフと強大すぎる存在であるカオスを生んだ、世界の癌だって、私たちの一族では言われている。ラグルド氏族では旧くから、カオスやヒュマンを宿敵としてきた。
 その宿命はまだシャグナの心にしこりとなり、重くのしかかっているのかな。
「ねえ、シャグナ、私がマナを暴走させて、この森を焼け野原にしちゃった……エターナが、黒き魔王から、私を、ま、守ってくれて……、死んじゃった……」
 支離滅裂かもしれない。うまく話したい。だけど、うまく思考がまとまらないんだ。
「コリン――」
「ね、変だよね。ファルンの私だって、危険なのに、代わりないの……ヒュマンと私たちは何も代わらないよ。笑いもするし、泣きも、する……怒りもする、よ。それに、恋だって、する――」
「コリン……」
 不思議だった。さっきまであんなに出なかった声がすらすらと出た。きっと、神様っているんだね。こうやって、大好きな人に最期を看取ってもらえるんだから。
 ずっとずっと先。あなたの最期を看取るのは誰かな。あなたの大好きな人だったらいいな。ちょっと悔しいけど、それは私にはできないことだから、仕方なく未来の誰かに託すよ。
「シャグナ」
 だけどもう駄目。もう、見えなくなってきちゃった。聴こえなくなってきちゃった。
「運命に、縛られないで……」
 シャグナの叫ぶ声がどこか遠くから聞こえる。
 おかしいね。こんなに近くに、あなたの腕の中にいるはずなのに。
 いやだな。もうあなたに会えないなんて。
 ……だけど、さいごにあなたとあえて、ほんとうによかった。

 * * * * * * * *

 ――ティアルガの悲劇。
 聖女がファルネースの地に降り立つ、四年前のことである。

 ただ、世界だけがそれを見ていた。

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