『ラグルドの道』――その先に、何があるのだろう。

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第2話


 シャグナは行ってしまった。荒野と化した、辺りを見回す。いくら探しても、誰もいなかった。コリンは、ひとりぼっちになってしまった。
「シャグナ……ごめんね……」
 コリンはまた泣き出しそうになる。
 でも……でも、これじゃあ何も変わらない。何をやってもどんくさくて、ラグルドの集落でもいじめられていたコリンを、シャグナはいつも守ってくれた。シャグナはコリンに、”自分の意志”を持つことを教えてくれた。マナ使いである今の自分がいるのもシャグナのお陰だった。
 そうだ。動き出さなきゃ。シャグナの役に立つんだ。コリンは腰のポケットから、袋詰めの砂を取り出した。
 自らの魔法での導きに従い、コリンは北へと向かっていた。
 なだらかな丘を越えた辺りだった。遠くに、人影が見える。
「……見つけた、かも」
 もちろん、覚醒種のこと。だが、その人影の数はシャグナやコリンの予想とは反していた。
「五人も?」
 遠くからで顔や姿を細かく確認出来ないのだが、確かにシルエットは五つ分あった。魔力を暴発させた覚醒種は、複数いたのだというのだろうか。
 でも、シャグナとコリンがマナの膨大な消費を感じ取ったのは、確かに一回限りだった。だとすると、他の四人は、覚醒種の仲間?
 ……これじゃあ、覚醒種が誰だか、わからないよ。
 動くきっかけをつかめないでいるコリンは、しばらく様子見をすることにした。ふと、シャグナのことを思い起こす。
「シャグナ、方向音痴だからな。大丈夫かな」
 どこを目指して進んでいるのだろう。覚醒種を目指して? オリワを目指して? 目印は見つかっただろうか。あては見つかっただろうか。
 考えてみれば、方向音痴のシャグナに、行方をくらました覚醒種を探し出すのはかなり困難なはずだった。
 ……私がやらなきゃ。コリンは決意した。
 コリンは、見つからないと思う限界距離まで、身の危険を覚悟で覚醒種の一行に近づくことにした。
 自己の意志に関係なくやってくる睡魔とも戦いつつ、確かな感触を伝える生き生きとした草原を踏みしめ歩き続ける。あくびが出そうな程に、起伏に富まない平坦な道のりだった。
 なだらかで広大な丘のてっぺんを越える。そこには落ち着きのある静かな湖と、湖に隣する形でずっしりと構えられたオリワの街があった。
 ……うはぁぁ。コリンの口から、自然と感嘆の声が漏れた。
 今回の作戦で初めて集落の外に出たコリンにとっては、数多の集落の総結集のようなその外観だけでも、あまりに衝撃的だった。しかし、コリンが感動したのは、その都市の絶対的な存在感のせいだけではない。
 覚醒種の一行を、つかず離れず尾行していたコリン。体力は劣る彼女は、半日歩くだけで体力はとっくに限界に達する。もはやバテバテだった。そんなコリンを迎えてくれたのは、空に浮かぶ色鮮やかな真円だった。
 雄大さを惜しみなく表現する平原の向こう、鳴りを潜めた大きな湖の上に沈もうかという赤橙色の太陽は、くっきりとした輪郭で存在していた。弱い夕日の光線が、コリンの疲れを徐々に癒していった気がした。
 自分の余力を確かめる。まだまだいける。半ば強制的にコリンは足を運ばせ、覚醒種の一行を見失わない距離まで、駆け足で近づいていく。日はもうすぐ沈む。長き一日が静かに幕を下ろそうとしていた。
 オリワの街に着くと、その規模の大きさにコリンは改めて驚かされた。大陸のど真ん中。なだらかな平地に、一点に収束するかのように流れ来るミシズ大河があった。あるべき場所に必然的に出現した、大規模な集合体。その栄え方は、コリンの想像の範疇を越えていた。
 来る者は拒まずと言わんばかりに大きく開かれた門へ、覚醒種を含んだ五人組が入っていくのを確認する。コリンは見つからないぎりぎりの距離まで近づいて、その限界点に達した感覚を慎重に保ちながら遅れて門に入った。
 街に入り、コリンは人混みに紛れ、少し距離を詰める。一行は、メイン・ストリートを進んでいた。
 通りに入り真っ先にコリンを迎えたのは、思わず目移りしそうな商品が並ぶ、行商人達の露天だった。マナストーンがはめ込まれたアクセサリに始め、コリンには到底扱えないであろう大剣やランス。
 良い革製品に加工出来そうなモンスターの皮をまるごと売っていたり、手作りの暖かさがおのずと伝わってくる味のある民芸品だけを並べている店もあった。目移りしそうなのを何とかこらえ、通りの反対側にも目をやる。
 こちらは商店と言うよりは、占い屋とかそういう類の店が連なっていた。きっと、サウル氏族の末裔だろう。彼らは占いに通じている。コリンは占いというものを信じてはいたが、それほど好きとは言えなかった。
 占いを信じないのはシャグナの影響も大きかったと思う。いつしかシャグナは言った。
『どっかの他人が割り当てた運命なんかに興味を持たないね、僕は。運命なんて、自分にしか見えないし、自分でしか動かすことの出来ない業苦の果ての結果なんだ』
 ……あぁ、思い出した。
 一回だけ、コリンは占ってもらったことがあった。旅の始まりの頃に寄った辺境の村で、私が小さな店の占い師に占ってもらった時だ。
 占いの結果は、『あなたにとって大事な人が、近い内、失われるかも知れない』という、良いとは言えない結果だった。それを聞いて、シャグナは占いなんて当てになるか、と占い屋の前に唾を吐いた。
 今、改めて思う。……あれは、悪い結果が出てべそをかいてた私への、なぐさめの言葉だったんだなぁ。いつだってシャグナは、私の支えになっていた。いつだって。
 占い屋を横目に、コリンはやや駆け足で前へと進む。小さな意志の宿った瞳は、わき目もふれずに進むべき道だけを映し出す。  
 
 日は、いつの間にかその地平線の向こうに身を沈ませていた。コリンは、せめて覚醒種の一行がどこの宿を借りるのかを見届けるまでは尾行しようと決めていた。
 最後に寝てから丸一日が経とうとしていた。すっかり重くなった瞼を、根性でこじ開ける。根性。根性なんて言葉、自分に似合わないな、とコリンは思う。
 一行は、裏道、また裏道と、やがて複雑に入り組んだ裏路地に入っていく。ひとつの角を曲がるたびに、背中から聞こえる声は遠のき、表の世界から切り離されていく。オリワの、裏の顔を持った世界。
 しかし、対象を追うのに必死なコリンは、微妙な空気の変わり様に気づくことはなかった。……どこまでいくんだろう。疑念は湧いたが、それ以上の想定はしなかった。
 一つ、また一つ。かき回すかのように曲がり道を重ねる。コリンは見失わないように、駆け足でついていく。が、しかし――あまりにも一瞬だった。
 ……えっ?
 曲がり角を曲がった瞬間、そこには既に覚醒種の一行の姿は見当たらなかった。文字通り、消えてしまった。コリンは思わず後ろを振り返る。が、そこにも覚醒種の姿はない。偶然ではない、無人の空間が出来上がる。
 それまでの街の喧噪が、嘘のように消え去ってしまっていたことに気づいたコリンは、言い難い恐怖に襲われた。頼りない街灯の灯火。人外の者に責められるような威圧感と圧迫感。気を失いそうなほどに静かな恐怖。コリンはそれでも立ち向かおうと覚悟を決めた。
 気配を感じ、ふと頭上を見上げる。宵闇にうごめく人影が、コリンの目に入った。二つのシルエットがコリンに向かって降ってきた。
「よっ、と」
「はっ!」
 コリンの行く手を阻むように、二人は着地した。
「ひゃあぁ!」
 コリンは攻撃も受けていないのに、後ろに倒れてどてんとしりもちを付いた。コリンはおたおたしながら立ち上がろうとするが、存外の出来事に足に力が入らない。
「姉ちゃん、この子であってるの?」
 先に口を開いたのは、年端もいかないコリンと同じぐらいの背丈の少年だった。
「えぇ」
 続けて、お姉ちゃんと呼ばれた女の人が端的に答える。
 コリンの視線はきょろきょろと忙しく二人の顔を往復する。
 似ている。顔にしても、共通した青髪にしても。少年が口にした呼び名からしても、やはり姉弟であることには間違いないようだ。
「あんまり悪巧みできそうにない顔してるけどな〜」
「人は見かけによらないわ」
「でもさあ、ティアラ姉ちゃん。なんかこの子サラちゃんに近いものを感じない?」
「どこらへんがよ。この子が覚醒種だとでも?」
 “覚醒種”。
「いや……なんとなく。けなげそうだし、かわいいし」
「……シャイン、あんたはもうだまってて」
 ティアラと呼ばれた女の人は、少し前に立つシャインを押しのけ、二歩前に出る。
 コリンは一つだけ、気づいたことがある。……この二人、私が追っていた四人組の中の二人だ。つけていたのがとっくにばれていた? いや、そうじゃなくて。それもそうだけど、もっと肝心なことが。
 コリンがぼーっと思考にふけっていると、前からキン、と金属の弾けるような音が聞こえた。ティアラが剣を抜いた音だった。
「あなたの目的は何」
 言葉とともに切っ先がコリンに向けられる。剣の形から、彼女はノヴァラの戦士であると推測できた。力でまともに敵う相手ではない。コリンは慌てて、マナの流れを読み取ろうと意識を集中する。いつでも魔法が唱えられるようにだ。
「えぇ、……ちょ、ちょっと、待って待って、暴力反対っ」
 コリンではなく、なぜかシャインが慌てる。
「覚悟を決めなさい。いざ尋常に、勝負!」
「ま、ま、待って、まずは話を……」
「シャインの言う通りだよ、ティアラ」
 慌てるシャインに同意して現れたのは、ダークブラウンのコートを着込んだ男だった。視力が悪いのか、ヴェリ製の眼鏡をかけている。
 ティアラの動きがぴたりと止まった。三人の視線が、ティアラの後方にいた少女に集まる。
「ロバートか」
「ティアラ、落ち着いて。そこまでする必要はないでしょ」
「むう、エターナまでそう言うなら仕方ないな」
 ティアラは渋々、剣を引き、鞘に収める。
「あれ、エターナ、サラちゃんはー?」
「いるわよ、ここに」
 と、エターナの後ろからひょこりと小さな顔が出た。
「あ、あの……」
 何も悪い事していないのに、申し訳なさそうな顔をしているその子がサラのようだ。シャイン、ティアラ、ロバート、エターナ、サラ。これで五人、全員がそろった。
 街灯虫がたかる灯火の下、コリンは五人の話し合いに巻き込まれたまま逃げ出せずにいた。
「……で、結局この子どうするの?」
 ティアラが、どうしたものかといった口調で話す。
「見逃してやればいいじゃん」
 シャインは口を尖らせた。
「私たちをつけてたのよ」
「実際、悪い事したわけじゃないじゃん。ティアラ姉ちゃんは融通が利かないなあ」
 ティアラは落胆とあきれを交えたため息を吐く。
「尾行していたこと自体、悪いことだとは思わないの?」
「別にぃ」
「……あきれた」
 二人の会話をよそに、エターナがコリンに近づいてくる。
「お名前、なんて言うの?」
 エターナはやわらかいほほえみで話しかけてくる。微量なマナにコリンは気づいた。
「えと、コリン」
「私、エターナ。ねぇコリン、もうこんな時間だけど、今日は泊まる場所あるの?」
「……そういえばないや」
 答えながら、コリンは気づいた。エターナはヒュマンだ。
「じゃ、一緒に泊まりましょ」
 エターナの言葉に、シャインやティアラに加え、コリンも合わせて驚かされた。混声三部合唱。
 冷静なのはロバートだけであった。
「そうするのがいいな」
「ちょっと、エターナ、ロバートも何を勝手なことを言ってるの? この子は私たちをつけてたのよ。一緒にいたら何をするか……」
「もしも、何かあったら。あなた達が居るから大丈夫よ。ね、シャイン」
 シャインは確認の意で自分の腰に下げた剣を指さす。そしてすぐに、一言。
「あたぼうよ! ノヴァラ最強の戦士の僕にまかせてよ。でも、大丈夫だよ、この子全く害無さそうだし」
「かわいい子には随分と甘いのね、シャイン。それに誰が最強よ。あんた、私にぼろ負けじゃない」
「うっ……。姉ちゃん……」
 姉弟の睨み合いが続く。
 そのとなり、サラは間に入って喧嘩を止めようとしているのか、そばであたふたしていた。
「さ、決まりね。宿に行きましょ、もう遅いし」
 エターナはそう言うと、先頭を歩き始めた。ティアラも渋々と歩き出す。エターナの一言で、一行はこんなにも簡単にまとまるものなんだなと、コリンは思った。

 表通りに戻り、久々に肌に直に感じるオリワの活気を浴びた気がする。コリンは、一行の最後尾にいたサラに近づき、話しかけた。彼女がティアルガの村を消滅させたのか、はっきりさせようと思ったのだ。
「サラちゃん、だよね?」
 サラは何も言わずに小さく、こくりと頷く。
「えっと、サラちゃんはもしかして、か……」
「サラちゃんシャイだから」
 少し前を歩いていたシャインが、首を突っ込んできた。
「サラちゃんとはさ、最近出会ったんだけど、俺らにもあまり口きいてくれないんだよ。そういう子だと知った上で接してあげてね、コリンちゃん」
「は、はぁ……」
 それだけ言うと、シャインは軽く視線を残して駆け足でティアラのそばまで戻った。
 ……タイミング悪いなぁ。サラに聞こうとしていたのに。コリンは愚痴を聞こえないようにこぼす。でも、コリンの中ではすでに結論は出ていた。サラに聞こうとしていたのは、ただの確認事項だ。
 ……サラは“覚醒種”だ。そして、先頭を歩くエターナはヒュマンだ。
 それは、ラグルドの一族が、シャグナが渇望していたもの。こんなにも、近くに。手を伸ばせばすぐに届きそうな位置に。ラグルドの一族である自分がやらないといけない。だけど……。
 優しげな顔のエターナや、儚げなサラを見ていると、コリンの決意は固まらないのであった。
 
 
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