『ラグルドの道』――その先に、何があるのだろう。

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第3話


 オリワの数ある宿屋の中でも、もっとも小さな宿に一行は泊まることになった。
「えー、俺、コリンちゃんと一緒の部屋がいいよー」
「あんたはさっさと寝なさい」
 チェックインのときにシャインがごねたが、弟の懇願をティアラは一蹴した。
「なあ親父。広い部屋はないのか。何だ、ベッド一つの部屋しかないって」
 笑復亭という、何がなんだかわからない名の小宿は、一人泊まりの客のみを相手としているようだった。
「お客さん。文句があるなら他に行ってくだせえ。ま、もっとも、気候が穏やかなこのシーズン、オリワ湖での遊浴を考えている人はたくさんいるでしょうな」
 他に行ってもいっぱいだよ、と主人の目は如実に語っていた。
「なら、一つのベッドで二人寝ればいいだろう!」
「それは無理ですな。こっちも商売だ。まあもっとも、お金を人数分払うならそれでも構わんのだがね」
 完全に足元を見られていた。無理を言っているのはこっちなのだ。仕方ないと言えば仕方がなかった。渋々、二人で一室を利用することにする。
「じゃあ、俺はコリンちゃんと一緒で!」
 シャインの言葉に突っ込みを入れたのは姉のティアラではなく、宿の主人であった。
「困りますな。男女が同室だと不純な行為を行なわれかねない。うちはそんな店じゃないのでね」
 シャインは顔を真っ赤にした。案外、図星だったのだろうか。そこまで考えていなかったのかはわからないが、そんな彼をフォローするようにエターナが口を開いた。
「じゃあ、こうしましょう。ロバートとシャインは同室。サラちゃんはティアラが見てあげてね。コリンは私が面倒見るわ」
 ティアラが異議を唱えようとするが、宿の主人が「ほらよ、姉ちゃん」と鍵を投げ渡してきたのでそれを慌てて受け取る。
 何とか地面に落とさずにキャッチしているうちに、エターナはコリンの肩に手を置いて階段を上り始めた。
 コリンたちの部屋には本当にベッドがひとつしかなかった。たぶん、他の部屋もそうだろう。コリンは雑魚寝だろうと野宿だろうと慣れていたので、床で寝ようと床に腰を下ろす。
「あら、何してるの。あなたの場所はここでしょう」
 エターナは布団をまくると、コリンを誘った。その布団の隙間を見ていると、エターナがヒュマンであることも、カオスであるサラのこともどうでも良くなってしまった。
 思えば一日寝ていなかったのだ。コリンは誘われるがままにベッドに入る。暖かい。シャグナがどこかで道に迷って困り果てているんじゃないかと心配したが、眠気には勝てなかった。

 *

 最初に気づいたのは、ティアラだった。
 研ぎ澄まされたノヴァラの戦士の感覚が、敵の襲来を彼女に告げる。
「サラ、起きな!」
 その声にサラは慌てて飛び起きた。
 同時に、ドアを開けて入ってくる男にティアラは切りかかった。
「よく、見破ったな!」
「敵意がびんびん伝わるんだよ。あんたらからな」
 ティアラはサラを背に庇いながら、男との間合いを計算する。しかし、その一瞬が命取りだった。隣の窓ガラスを割って、別の男が入ってきたのだ。男はそのままサラを無理矢理に抱き寄せる。
 悲鳴をあげるサラの頬に男は舌を這わせる。
「ひひひ、この子は将来、かわいくなるぜぇ……」
「下種が……その子から手を離せ!」
 ティアラはサラを抱きかかえた男に愛剣を向けた。
「いいのか、そんなことして? この子の命がどうなっても知らないよん?」
 男はナイフをサラの喉元に突きつける。
 ティアラは焦った。サラの魔力は計り知れない。現時点ではサラのマナを操る方法が絵を描く、字を書くことであることはわかっている。しかし、マナには未知の部分が多すぎるのだ。サラが恐慌状態に陥れば、別の手段でマナを爆発させるとも限らない。
 ティアラがどうしようかと悩んでいるのを見て、扉の前に立っていた男も下卑た笑みを見せる。
「なにも命を取ろうってわけじゃないんだ」
 ティアラは観念して、手にした剣を地面に置いた。今はサラの傍に行って彼女の不安を取り除いてやることが先決だった。そのためには、武器を捨てるしかない。
 男たちの目的は、人身売買。ティアラたちを殺すことはしないだろうし、すぐに危害を加えることもないだろう。 「まあ、命が助かっても、貞操までは助からんだろうけどなァ、ふひひひ」
「……情けないね、姉ちゃん」
 扉が蹴破られ、剣の一太刀が男に浴びせられる。
 サラの首にナイフを突きつけていた男は、ナイフを握る手に力をこめようとするがうまくいかずにナイフを落としてしまった。指が自由に動かなかったのだ!
「少し細工させてもらったよ。あなたの手の周囲の気候は、極寒の地のアベリアのそれをも凌駕する冷たさになっているはずだ」
 ロバートがマナの力を操り、男の自由を奪ったのだ。
「な、にを……!」
 慌ててナイフを拾おうとした男に、それよりも早く、ティアラが地面の剣を拾い切りつけた。
「ノヴァラによって創生され、ウォダによって昇華させられし剣の極意。味わいたくなくば、黒幕を言え」
「や、宿の主人だ。商売相手はカウムース北のオルーラ港で待機して……」
「そうか、恩に着る」
 言い切るよりも早く、ティアラの一閃を受けて、男は床に倒れ臥した。
「姉ちゃん、容赦ないね」
「こいつらは更生の余地が見当たらない。このような幼い少女まで」
 そう言うと、ティアラはサラの頭を優しく撫でた。
「とにかく、姉ちゃんとサラが無事で良かったよ」
「お前たちもよく無事だったな。……そうだ、エターナとコリンはどうした!?」
 ティアラの問いに、ロバートは表情を苦しくした。
「通り道にあったので部屋の中を見たが、もぬけの殻だった。ティアラたちの怒声が聞こえたので、こっちに駆け寄ってきたから……」
「理解できた。それ以上はいい! 行くぞ!」
 ティアラは言うや否や部屋を飛び出した。
 どこに、と問う者はいない。得るべき情報はすでに入手していたのだから。

 笑復亭の主人は作戦が失敗したことを悟り、宿の裏口へと向かっていた。
 ロバートという男の部屋はともかく、ティアラの部屋の襲撃に失敗したのは誤算だった。彼女たちの部屋の会話がここまで聞こえてきた。 「あの男……、失敗して死ぬのはともかく、重要なクライアントの情報を漏らしやがって」  宿の裏口に出ると、主人は犬笛を吹いた。そして、闇の中に命ずる。 「アルルクの末裔の名において命ずる。出番だ、来い」
 一匹のザラト狼が音も立てず、草むらから駆け寄ってくる。
「この手紙を例の場所まで持って行け。いいな?」
 ザラト狼は頷くと、宿屋を後にした。
「これで、大丈夫だろう」
 宿の主人が狼を向かわせた相手は、人買いだった。それも普通のそれとは違う、とても大きな組織の。
 彼らの組織に逆らえば、自分ひとりの命のみならず、自分の親類縁者すべてに至るまで無事でいられるとは限らない。また、死よりも恐ろしい目に遭わされるとも聞く。
「アンデッドにされて、死んでも死ねないなんてことにはなりたくないからな」
 主人は一人ごちた。……それに、生贄としてもとびっきりの上玉の二人を送ったのだ。失敗しても罰は軽いもので済むはずだった。
 宿の裏口の玄関から聞こえてくる、ティアラの怒声を聞きながら、主人は不敵に微笑んだ。

 *

 エターナは死んだように眠り続けるコリンを守ろうとしたが、力が及ばずコリンと共に捕らえられた。
 身体能力で言えば、エターナの勝ちであろう。しかし、相手が悪かった。黒い衣服に身を包んだヒュマンの男、そしてケルトラウデ帝国の宮廷魔術師である。体力的にはヒュマンの男に劣り、マナでもケルトの男に劣る。
 せめて、コリンが起きていれば。エターナはそう願わざるを得なかった。
「おい、クシュナ。こいつらをどうすればいいんだ。殺すか?」
「今はその必要はありません。彼らは生贄に使うのです」
「何のだ。俺はヒュマンやカオスを殺すためにここに居るのだぞ」
「その仕事はまた別に回ってくるでしょう。我らといれば必ず、ね。貴方にとって不足のない相手が必ず現れますよ」
 黒い服を着た男は、ふん、と鼻を鳴らすとエターナを睨みつけた。
 エターナは怯みもせず、その瞳を睨み返す。
「私たちをどうするつもり?」
 男は答えなかった。代わりに返答したのは隣にいたケルトの男クシュナであった。
「魔王エビルの復活ですよ。そのために使うのです」
「エビル……?」
 エビルと言えば、聞いたことがある。
 ティアラやシャインが言っていた、彼らノヴァラの民の祖先を震え上がらせた伝説の魔竜だ。そのブレスはイセリーナの森を焼き尽くし、辺りを一瞬で荒野に変えたと言う。そんなものが蘇ったら……。
「そんなものが蘇ったら、危険じゃない!」
 エターナは声を張り上げた。こいつらは狂っている。
「何とでも言いなさい。我々の思想に共感できないものはどうなってもいいのですよ」
 クシュナはそう言うと、肩を震わせて笑った。
「さあ、馬車に乗れ」
 郊外へと連れて来られた二人は、用意していた馬車へと乗せられた。

 馬車の揺れる感覚で、コリンの目が覚める。
 コリンは雑魚寝には慣れていたけど、揺れる乗り物には慣れていなかったせいかもしれない。
「ここは……?」
「おや、お目覚めのようだね」
 クシュナはふふふと気味の悪い笑みを浮かべた。
「コリン、大丈夫よ。私がついてるから」
 エターナの姿を確認して、コリンはほっと一息ついた。
「何が大丈夫なものか。貴様らはもうじき、死ぬ」
 黒い服に身を包んだ男が言った。
「死ぬ?」
 コリンは黒い男の意図をはかろうと、顔色を伺ってみた。しかし、意思は感じられなかった。
「馬鹿なことを言うのではありません。この子らは魔王の生贄に選ばれたのですよ」
 コリンの脳裏に、ラグルドの教えが浮かぶ。
 魔王。恐ろしき存在。世界に、全人類に仇なす最凶の存在。
「あなたたち、魔王と呼ばれる存在がどういったものかわかってるの!?」
 クシュナはくっくっくと笑った。
「わかっていますとも。むろん、大魔王と呼ばれる魔王の頂点に立つものの存在もね……」
「だったら、世界そのものが無くなってしまうっていうことも、わかるはずでしょ! 大魔王は、大魔王はね……!」
 大魔王。魔王よりも遥かに恐ろしき存在。そして歴史に語られぬ、その本当のおそろしさ――!
 ほう、とクシュナは口元を緩めた。
「大魔王という名だけではなく、どういった存在かも知っているようですね? その年で、あなたはいったい何者です?」
「私は……その」
 コリンは口を閉ざしてしまった。
「言わないなら、この娘を殺しましょう」
 クシュナはエターナを一瞥した。
 コリンは絶句した。エターナはヒュマンだ。ラグルド氏族の決まりから言っても、見殺しにしなければならない局面だった。
 ラグルドは世に知れてはならぬ存在。ヒュマンは消さねばならぬ存在。ラグルド、エターナ、ラグルド、エターナ……コリンの脳内に二つの言葉が駆け巡る。
「いいのよ、コリン。言いたくないことがあるなら黙っておきなさい。私は死んでも構わないから」
 エターナが優しく微笑んだ。
「生贄は一人で十分です。禍根は早めに取り除きましょう」
 クシュナが告げると同時に、隣にいた黒い衣服をまとった男が手にした剣をコリンへ向け、突いた。

 *

 シャグナはコリンが度々予想していたように、道に迷っていた。
 覚醒種はおろか、オリワの街さえも見つけられず、彼はそのまま北へ北へと向かっていた。無論、北へと向かっていたのは方角を理解して向かっていたのではなく、ただの山勘であった。
「ん?」
 シャグナは周囲に感覚を巡らせた。何かが疾走して来る気配だ。
 駆け寄る影を持ち前の器用さで交わすと、彼は身構えた。
「なんだ、ザラト狼か。あっち行きな」
 群れではない、一匹の狼だった。首に書簡をつけていることからも、人に飼われていることが伺えた。
「まったく、飼い慣らすってのも、自然じゃないよな。まあ、それが人間の自然さって考えるのもありだけど……」
 しかし、ザラト狼は逃げようとしないどころか、執拗にシャグナに攻撃をしかけてきた。
「悪く思うな、よ!」
 シャグナは狼の一撃を交わすと、腰につけたナイフで寸分違わず首元に切りつけた。狼は奇声を発すると、絶命した。
 同時に、首に書簡を巻きつけていた紐も切れ、地面に書簡が落ちた。どうやら、この狼は人を襲ってもいいと教えられていたらしい。そんな飼い主はまともなやつじゃないに決まっている。そう考えながら、シャグナは手紙を開封した。
 手紙には、人身売買のことが書かれていた。しかし、単なる発注の手紙ではなく、作戦が失敗したと書かれている。内容は簡潔だったが理解しやすかった。宿屋で数人の身柄を確保するのに失敗した。北の港の密航船は二人の商売品を確保したら逃げるように。身柄の特徴は……
「……コリン!」
 手紙を読んでいたシャグナの表情が急変する。その目が見る見るうちに光り輝きだす。  シャグナは髪をくくっていた紐を解き、風の流れに意識を集中させた。
 移動しながら感覚を活用する行為は、必要以上に体力を消耗する。普段はあまり使いたくない方法であった。しかし今はそんなことを考えているべきときではない。
 シャグナは手紙を握りつぶすと、北へと進路を取った。

 しかし、行けども行けども、人影はおろか港すら見えない。全速力で駆け抜けているのに、まだ辿り着けないのは出発地点が悪かったとしか言いようが無かった。
「コリン、コリン……」
 荒い息をついて、地面に膝をつく。
 ラグルド氏族は睡眠時間が多い。鍛えているので、他のラグルド族よりは寝る時間の少ないシャグナと言えど、生まれ持った体質には適わない。ここ数日、寝ていないのだ。いよいよもって、瞼の重さが極限へと達する。
 どうしうようもなくて、必死にコリンの名前を呼び続けるシャグナの耳に聞こえたのは馬車の駆ける音だった。
 馬車はシャグナが呼び止めるまでもなく、シャグナの近くへと停まった。
 中に乗っていたのは男と女が一人ずつだった。
「きみはコリンの知り合いか?」
 コリンの名を耳にしたのか、男は問いかけてきた。
「コリンを、コリンを知っているのかッ!」
 慌てて駆け寄るシャグナに、女が手を差し伸べる。
「詳しく話している時間はないわ。私はノヴァラのティアラ、この人はサウルのロバートよ。コリンとはオリワで一緒だったところを襲われたの」
 シャグナは息を飲んだ。
「あと二人、仲間がいたのだが、理由あってオリワに預けてきたんだ。戦力も減っていたところだ。一緒に来てくれないか」
 シャグナは二人の顔を見比べ、信用に値するのか思案する。
「コリンと一緒に我々の仲間の一人もさらわれた。信用してくれてもいいんじゃないかな」
 体力はない。時間もない。シャグナに選択肢はなかった。
「僕はシャグナ、すまないが、よろしく頼む」
 シャグナはティアラの手を取ると、馬車へと乗り込んだ。
 一行は北へと馬車を飛ばした。

 どれほど進んだだろうか、シャグナの体力も少し回復してきた。
 髪をほどいたままにしているせいでリミッターの解けている全身の感覚が、シャグナにそれを伝える。
「なんだ、今の爆発音は……」
 シャグナの声に、ティアラが首をかしげた。
「何か聞こえたの? 私にはわからなかったけど」
 しかし歩を進めると、ティアラにもシャグナの言っていたことが身に染みるようにわかった。
 目前に無いのだ。今までずっと続いていた草原が、森林が、まるっきり無いのだ。一面の荒野だった。
「この気温の変化……、火のマナだ。砂塵のようなものが微量だが舞っている」
 ロバートの声に、シャグナが思わず振り返る。
「砂?」
「ええ、黄緑色の砂がほら」
 シャグナの表情が見る見るうちに変化した。
「コリンの砂だ。この先にコリンが……」
 ロバートは遠方を見つめた。視力の悪い彼には何も見えなかった。
「大丈夫。エターナも、コリンも、きっと大丈夫さ」
 ロバートはそう告げたが、サウル族としての彼の予知能力が彼にこの後の運命の流れを教えていた。はっきりとはわからない。しかし、良い方向には流れないだろう運命を。

 ようやく、三人が到着した先には先ほどよりも酷い焼け野原が広がっていた。
 中心に二人の人影が倒れている。エターナとコリンの二人であることは間違いなかった。
「コリン、コリンッ!」
 シャグナは慌てて、そこへと駆け寄る。
 コリンはエターナに抱きかかえられて眠るようにしていた。
「あなた、が、コリンのお友達、ね。ごめんね、守り、きれなか、た」
 エターナは息も絶え絶えに、抱きかかえていたコリンを差し出した。
「おまえは……ヒュマンか!?」
 エターナはそれに答える力も無いようだった。
 しかし、シャグナにとってもそれどころではない。慌ててエターナの手からコリンを受け取る。
「コリン、コリン、聞こえるか?」
 シャグナの背後では同様に、ロバートがエターナを抱きかかえていた。
「なあ、コリン!」
「シャグ、ナ……」
「コリン……」
 コリンはシャグナの顔を見つめると、力ない笑みを見せた。
「エターナをね、悪く、言わないで、彼女は、私を庇って、あの、黒服の人に、刺されたの、私のせいで、死ぬ羽目になったの……」
 シャグナは首を振った。
「いい、しゃべるな、しゃべるなよ、コリン」
「エターナも、私も、ヒュマンも、ファルンも……、みんな、同じ、同じ、人間、なんだよ……」
 生きてるんだよ、とコリンは言った。ぜいぜいと息をしながらコリンは言う。
「……エターナが刺されたとき、私、なにがなんだか、わからなく、なって、マナ、爆発、させちゃ……た。カオスも、ファルンも、ほら、いっしょ、いっしょでしょう」
「いい、いいんだ、コリン」
 しかしコリンは必死にシャグナに話しかける。
 シャグナの両目からは涙が溢れて、コリンの顔がうまく見えなかった。
「占い、当たっちゃった、な、大事な人、って、私自身の、こと、だったんだ、運命、切り開けなくて、ごめん、ね……そんな顔しないでよ、シャグ、な……」
 そう言うと、コリンの身体から力が抜けた。コリンに宿っていたマナの流れが微弱になっていく。
「コリン、コリン――……!!」
 黄緑色の砂塵が舞う中、シャグナは叫び続けた。

 *

「ロバート、ティアラ、すまなかった。君たちの大事な人がコリンのために……」
 そう言って地面を見つめるシャグナの頬を、ロバートが打った。
「謝るならば、コリンに謝りなさい」
 シャグナはわけがわからず、打たれた頬に手を触れた。
「コリンは最後、何と言ったか覚えているか? そんな顔しないでって言ったんだよ。約束を破った君は殴られて当然だ」
 シャグナは唇を強く結ぶと、地面に積もった黄緑色の砂を集め始めた。
 ロバートは手伝わなかった。これはシャグナのやるべきことだったから。
「エターナ……。私は君を、愛していたのに」
 ロバートの呟きは、シャグナにもティアラにも聞こえなかった。
 エターナの死は、コリンの死は、彼らにとってあまりにも重すぎた。

 シャグナはコリンの使っていた黄緑色の砂を袋に詰めながら、自身のあり方を、ラグルド族のあり方を考えた。ロバートと協力して、コリンの亡骸を、エターナの隣に埋めた。コリンを、ヒュマンの隣に埋めた。ラグルドの掟を破ったことへの罪悪感はなかった。
 きっと、シャグナにとっても、ラグルド族にとっても、そして世界にとっても、氏族の掟は間違っていることだとシャグナは思った。
 後世に語り継がれるデスティニーギアは今まさにこのとき、動き出したのだった。


 『ラグルドの道』――完。


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