『酒場の話』――ある、酒場の話。

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第5話


 箱庭に住む人々が、自分の世界を箱庭と気づいた
 箱庭に住む人々が、自分の世界を箱庭と気づいた
 地平の向こうまで飛べる渡り鳥は、地平の向こうに行ったまま
 地に這うだけの私でも、空を飛べた
 今宵の火を囲うは、酒と弓だけである
   ――ユシアナ族に伝わる詩 飲酒の段の終段より


 ファルネースの北にあるノルダニア大陸の南部に、学術都市ジャン・バッハは存在する。
 極寒であるために、至極住みにくい大陸の比較的住みやすい南部一帯の要を担っているのがこの都市である。
 もとは軍事都市であるジャン・バッハは戦乱の時代に野放図に急成長したもので、今や一帯の流通の要であり、交易ルートの要であり、技術発展の要である。
 また、その野放図な成長ぶりは他に類を見ない程で、巨大な街と外壁の外には、同じくらいの大きさにまで成長している貧民街がへばりついている。
 整然と整備され、流通から学術からあらゆるものを奇麗に処理して行く学術都市の、細やかな回路からこぼれ落ちる雑然としたものの受け皿として、あらゆる人や物を吸収するもの。
 それが貧民街である。
 それ故に、急に誰かが入って来ても、急に誰かが消えたとしても、誰も何とも思わないのであった。

 ワン老人は地球人(ヒュマン)である。
 ゲートを通ってファルネースに来る以前。
 彼は地球は中国で六十余年を過ごし、幼少より鍛え込まれた武芸を持って江湖(中国の一般人の世界)を駆け巡って、女と酒にうつつを抜かしていた人物で、現在はジャン・バッハの貧民街で持ち前の武芸を持って酒と女にうつつを抜かしつつ隠居生活を送っている。
 武芸はもちろん、酒の飲み口も、また下の方も、まだまだ達者な老人である。
 今日も、行きつけの酒場である『第二番飯店』で、顔見知りの人間と酒を飲んでいる所である。「ホッホッホ、真っ昼間から酒というのも乙なもんじゃのう」
 そう言って、大ジョッキに入った麦酒を一息に飲み干してしまったのが件の人物、ワン老人である。
 ボサボサの髪を紐で結わえていて、伸び放題な髭は麦酒の泡でまみれさせ、丈夫そうな布で作った異国の服をこぼれた酒で濡らしている。
「そうかしら? ワンお爺さんの飲み方を見ていると、朝でも晩でも同じように飲んでるように見えますわよ?」
「何じゃ、ワシの飲み方はそんなにイカンかの?」
「あら、貶してるんじゃありませんわ。いつでも楽しそうにお飲みになるって、誉めてますのよ?」
「本当かのう……」
「本当ですわ。ほら、あたくしもつられて一杯頂いてしまいますもの」
 そう言って、度数の高い蒸溜酒をクイと煽ったのは、貧民街の娼婦館『ママ・ダ・ママ』の高級娼婦、アンナ・ディアナである。
 ニコリと笑って見せる顔は整ってはいるが厚化粧で、安香水の匂いが鼻につき、着ているは随所がビラビラで色もギラギラのバイオレットである。
「少なくとも、そこで陰気に酒を飲んでるジニーよりは、随分と楽しそうですわ」
「……いい加減、ぼくをジニーと呼ぶのは止めにしてくれないですか、アンナ君。そんな子供の頃のあだ名で呼ばれるほど、ぼくも若くはないんですよ」
「あら、シモの方は血気お盛んなクセに?」
「な!? 何を……」
「昨日もうちの店に来て、朝までぶっ通しだったわね。ミーシャから聞いたけど、仕事が上手くいってないんですって?」
「き、君には関係ないことです!!」
 そう言って、一気にジョッキの麦酒を煽り始めたのは、高級街にある『ジャン・バッハ大学』の研究生のジョシュ・ホフマンである。
 背はスラリと高いのだが、スラリとし過ぎて贅肉も筋肉もないヒョロヒョロの体つきになっている。煽る度にズレるメガネを神経質そうに抑えている。

「何じゃ何じゃ、そんなに気にすることはなかろうて。クサクサしたら酒と女、というのは相場というもんじゃ!」
「そうよ? 立派な逸物なんだから、自信を持ちなさいな」
 ジョシュはそれには応えず、ジョッキの中身を飲み干すことだけに集中している。
「あら、拗ねちゃったかしら?」
「どうでもいいけどよ、お前らココに何しに来たか忘れてないか?」
 最後に口を開いたのは、ひどい短躯の男――貧民街を転々とする物乞いであるガンニック・バードだった。
 体型自体は筋肉質と言えるほどガッチリしているのだが、着ている物は粗末極まりなく、身長も常人の半分ほどもない。
 手元に酒の類いはなく、一人だけ素面の様子である。
「はて、言われ見れば、何でワシらは集まったんじゃっけの?」
 すっかりできあがってしまっているワン老人の言葉に、ガンニックが頭を抱えながら言った。
「だから乾杯は後にしろって言ってんだ! 仕事だ仕事! あんたら、今、誰の酒を飲んでるってんだよ!」
 ガンニックの言葉に、三人は浮かれた状態から一転、厳粛とも思える面持ちで手元の杯を置いた。
 今飲んでいる酒は、全てガンニックの奢りだったのである。
 そして、物乞いが他人に施すのは誠心誠意の現れ、ということである。
 物乞いが酒を振る舞いながら仕事の依頼をするということは、半ば正式な依頼なのだ。
「すまなかったガンニック君。とりあえず、話を聞かせてくれないか?」
 ジョシュはいち早く謝罪すると、ふて腐れた表情をキリと引き締めて見せた。
「ジニー(ジョシュの略称)の寝物語なら聞き飽きたけど?」
 ジョシュは、「うふふ」と笑いながら話をまぜっ返すアンナを一睨みして、更に言葉を続けた。
「常日頃から困窮極まっているガンニック君がこうまでする、ということは、ベガー・ギルド(物乞いの職業組み合い)に関する仕事なんでしょう?」
「その通り! ご名答! さすがはジョシュ坊、学士先生だな!」
 ガンニックは我が意を得たり、という顔で大きく頷くと、勢い込んで喋り出した。
「ジョシュ坊の言った通り、この話はベガー・ギルドから回って来た仕事についてだ。
 ここに居るヤツは知ってるだろうが、まぁ、俺の所属しているベガー・ギルドはジャン・バッハの人流物流に関しては、ここ一番を自称しているわけよ。そこら中にいるベガーから情報を買い取って、そいつを元手に更に情報を集めて……確かに他にないくらいデカい情報機関なんだわな。しかしな、なんでもここ最近、このジャン・バッハに来るヤツらに素性のわからないのが多くいるらしいんだ。何族とか、何々出身とか、そういう詳しい経歴じゃなくてな。それこそジャン・バッハに来る直前、どこの町からどこの経路で来たのかさえわからねぇってヤツらなんだ。これを放って置くのは、天下のべガー・ギルド様の名折れだってんで、今、ギルドのお偉方はこぞってそいつらの情報を集めているわけよ。まぁ、その、いわゆる懸賞付きでな」
 そこまで言うと、ガンニックはニタリと卑屈そうな笑みを浮かべて見せた。
「俺はギルドの構成では、木っ端の隅の下っ端の端くれだけどよ、他にねぇくらい良い人間関係を持っているわけよ。高級街にお住まいの学士先生。貧民街一の娼婦館の一番お娼婦さん。それに、天下を一股に闊歩するご老公ってな?」
「正確に言えば、うだつの上がらない木っ端研究生。貧民街の端くれ娼婦館。それに、お酒と女好きなだけのご隠居のお爺さんよ」
 アンナが呆れたような声で言った。
 ジョシュとワン老人も同じような表情でガンニックを見ている。
「いいかしらダニー(ガンニックの略称)。あたし達がどんな立場なのかは、あなただって知っているはずよ? そんな大層な情報、あたし達が持っているわけないじゃない」
「そこを何とか! 何か可能性のある情報さえあれば、金は頂きなんだよ!」
「『鞘だけの剣は振れぬ』よ、ダニー。ないものはないわ。他の二人はどうかしら?」
 アンナの言葉に、他の二人も首を横に振った。
「ないらしいわよ」
「……そうか……まぁ、そりゃそうだな」
 未練の残った表情を一転させ、ガンニックはサッパリした顔を作った。
「ま、そういうこともあらぁな。『並の皿に大盛りは盛れない』って言うしな。今の酒は、今後、何か見つけた時の情報料の先払いってことにしとくぜ!」
 ガンニックの言葉を聞いて、今まで酒を目の前に『おあずけ』をくっていたワン老人が言った。
「それじゃったら……もう少しなら、飲んでもいいのかえ?」
「あぁ、もう、存分に飲んでくれ! ただし遠慮してな!」
 その後、高くなり過ぎたワン老人の酒代を払うために、ガンニックは料金を他の二人から借りるハメになった。

「ふむ、それにしても、ちと飲み過ぎたかのう」
 そう言いながら、貧民街の家々の屋上を、文字どおり飛ぶようにして駆けて行くのは、ワン老人である。
 半べそをかくガンニックに礼を言い、残る二人に挨拶を済ませた後、ワン老人は酒場の屋根の上に飛び上がって家路についたのだ。
 ワン老人にとって、貧民街特有の間隔の狭い屋根などは単なる近道なのである。
 家屋の屋根を一蹴りする度に、その身はグンと加速して、次の屋根の上まで飛び去ってしまう。
「イカンイカン、どうも本当に酒が回っとるようじゃ。軽功にキレがない!」
 軽功というのは、中国武術で用語であり、気の力で身を軽くして移動する術のことを言う。
 本来、昆元功という気の運行方を身につけているのワン老人の力ならば、家の三つや四つはひとっ飛びに飛び越して行けるハズなのである。
 家の間一つを飛ぶのが限界というのは、明らかな飲み過ぎである。
「過ぎたるは及ばざるが如しと言う。これでは正に及ばざるが如しじゃ。ガンニックには悪いが、ちと酒を抜かしてもらおうかのう」
 ワン老人は適当な家の屋上に降り立つと、人気の少なそうな裏路地へと身を踊らせた。

 その少女は裏路地に連れ込まれた後、口に布を押し込まれ、声を出せない状態で嬲られているようであった。
 少女の服はほとんどが切り裂かれ、その体の前後を屈強な男に挟まれて、身体中をまさぐられている。
「へへ、なぁ、いいだろ? なぁ、いいんだろ?」
 何が、なぜ、どうして、だれが、どういう風に、という説明すらできない男達は、抵抗など望むべくもない細い身体の少女に声をかけている。
 少女は喉の奥で泣き声とも絶叫ともつかない声を発しているが、口腔内の布によって外に響くことはないままである。
 見たところ本番はまだのようだが、それも時間の問題だろう。
 ワン老人は、裏路地に降り立つなり出会ったこの状況に、一瞬呆然として見入っていた。
(また、何という……)
 これが合意の上でないことは見ればわかるというものだった。
 酔っていても数十年培った軽功の絶技は精妙なもので、三人共にワン老人に気が付いた様子はない。
 少女は声にならない声を上げ、前の男は胸に顔を埋めて、後ろの男は何やら手を忙しなく動かしている。
(女を抱きたいという切羽詰まる心持ちも、溢れる力に物を言わせたくなるのもわかるが、無力の女性にそれを振るおうという心根は気にいらん!)
 ワン老人は、そのまま滑るように三人の元へ歩いていった。
 中国に居た頃より、ワン老人は酒好きの女好きであったことは以前述べた。
 その武芸で江湖を渡り歩き、酒と女を味わっていたのも確かである。
 しかし、それは強姦や殺人を推奨していたというわけではない。
 游泳飛竜とさえあだ名されたこともある一代侠客ワン老人は、むしろ、酒と女を好む己の欲と、武芸の研鑽を好んで義侠心に溢れる道徳心との折衷に人一倍苦心した人物であると言える。
 武芸によって美しい女性の貞操を悪党から助け出したがいいが、その後で自分が奪ってしまっては意味がないのではないか?
 例え向こうから迫って来たにしろ、それは許されるべからざるものではないのか?
 快楽を求めれば人の道を外れることもあるが、それは是なのか? それとも否なのか?
 ワン老人は考えた。
 そして、全てのしがらみを捨てて山中深くへと隠遁し、武芸の研鑽を止め、日々に酒と女のみを求めるようになったのである。
「貴様ら、そこを退けい!」
 裏路地の奥から、その果てまでを振るわせるような大声が響き、二人の男はビクリと動きを止めた。
 少女はそれどころではなく、二人の動きが止まったのを幸いに暴れる力を強めている。
「ワシの名はワン! あだ名は游泳飛竜! その所行はワシの目に留まった! 命惜しくば即座に去られい!」
 圧倒的な凄味を感じさせる大音声に、男達は慌てて路地の奥を振り向いた。
 しかし、男達の目に入ったのは、背もほどほどの萎びた老人一人だけである。
「な、何だ、ジジイかよ! 驚かすんじゃねぇ! 俺達ぁお楽しみ中だ!」
 少女の後ろを陣取っていた男は、いち早くワン老人を確認すると叫んだ。
「いいか! 俺達ぁ強ぇ! 邪魔すっと死ぬぞジジイ!」
「そうだ! 死ぬぞ! 殺すからな! 死ぬ! 死ぬぞ!」
 前の方を陣取っていた男も、振り返って老人を確認するなり、同じように叫ぶ。
 凄味を効かせているつもりか、二人とも下から老人睨め付けるようにして、声の質をガラガラになるまで低くしている。
「大人しくしてりゃあ、目の保養の一つもさせてやるぜぇ?」
 ケッケと笑いながら、二人が再び少女を押さえ込もうとした時である。
「小童共が! 貴様ら、誰に口をきいておるのか、わかるか!」
 先ほどの音声を更に倍する大喝に押され、男達は一瞬だが竦み上がってしまった。
 その大喝の持つのは、凄味というより、もはや物理的な圧力である。
「な、何だ!? テメ、テメェ、喧嘩売ってんな! そうだろ? そうだろう売ってんだろ!? オイ!!」
 後ろを陣取っていた男は少女を放り出すと、懐に手を突っ込んで、老人の側へと歩み寄っていった。
 前を陣取っていた男は、相方がいなくなったのを良いことに、そのまま少女を押し倒して独り占めの格好を取る。
「退く気はなしか?」
「あぁん? ジジイ、テメ、ナメてっとぶっ殺すってんだろうがよぉ!」
 男はワン老人の前まで行くと、見せびらかすようにして、懐からナイフを抜いた。
 ワン老人よりも二回りは大きい身長と筋肉を持ち、更にナイフを手にした男は、早口のあまり呂律が回らない口調で喋りだした。
「ンメェ、オレっちが楽しンっンのにってんだよアァボケ、クソカスがビビっチビっんじゃエっつんだおラァ!」
 老人は顔をしかめると、顔の前で手を振りながら言った。
「騒々しい」
「ンだッメェ……」
 ナイフを揺らしながら構えていた男がそれだけ言った時、ワン老人は男に対して思いきり踏み込んで、片手でナイフを叩き落とし、片手で男の胸を強打した。
 遊龍拳の型の一つ『双手奪魂』の手である。
「ッボェ!」
 丁度水月を打たれた男は声にならない声を発し、肺から空気を、胃からは内容物を吐き出しながら地面に倒れた。
「ワシが酔っておって良かったの。本来なら腕をへし折り、胸に穴を空けてくれる所じゃ!」
 ワン老人が言い捨てた時、やっと異常事態に気が付いたもう一人の男が声を上げた。
「あ、兄貴ぃ! 兄貴どうした!? 死んだのか? 殺したのか! 兄貴殺したのかぁ!?」
 もう一人の男は少女を放り置くと、先ほどの男同じく懐からナイフを抜いた。
 しかし、今度の男はしっかり腰元にナイフを構え、ナイフを体ごと押し込む姿勢である。
 先ほどの男と違い、こうなるとナイフを叩き落とすことは容易ではない。
「許さねぇ!! 兄貴殺していいと思ってるのか!?」
「貴様こそ、事の分別もつかぬのか! この餓鬼めが!」
「うるせぇうるせぇうるせぇっ!」
 男は思い切り絶叫すると、狭い路地を駆け抜け、老人へと突っ込んでいった。
「オレに説教すんなよぉぉおおおぉぉぉおおおぉぉぉ!」
 ワン老人は体ごとぶつかってきた男のナイフをスレスレで身を側めると、側めた体をそのまま捻りながら後ろ手で男の後頭部を打ち込んだ。
 同じく遊龍拳の攻防一体の技である『翻身払尾』の手である。
 思い切り後頭部を打ち込まれた男は瞬時に気を失い、勢いもそのままに数歩駆けて、顔から壁に激突してしまった。
「ちと打ち込みが甘かったわい。殺し損ねてしもうた」
 ワン老人は不満げに言うと、服に付いたほこりを軽く払い、フゥと息を落ち着けた。
 酔いも醒めないままに体を動かしたので、気の運行が乱れ、少々息が上がっているのだ。
 何度か深呼吸をして、軽く呼吸と気の運行を整えると、老人はゆっくり後ろを振り向いた。
 そこには、男達から解放されていながら未だに地面に横たわっている少女の姿が見える。
(万年ジメジメして、苔さえ生えている土の地面が快適であるはずもなかろうに、身を起こす気力さえなくなるとは……! 何と可哀想なことになったもんじゃ!)
 ワン老人は沈痛な面持ちになると、少女の傍らへと歩いて行き、膝を折って側に屈み込んだ。
「大丈夫かの、お嬢さん。もうすっかり助かりましたぞ」
 少女は仰向けに倒れたまま、顔を隠して嗚咽しているだけで、老人の言葉に返事をしようとしない。
 服もズタズタに裂かれ、下着も剥ぎ取られているので、その姿は全裸と変わりないままである。
「…………」
 ワン老人は一言も言葉を発さないまま、上着を脱いで、少女の上にかけた。
 そして、少女の口から丸められた布を手早く取り出してやる。
「気の落ち着くまで、そうしていなさい」
 優しさを込めたワン老人の言葉を聞いて、少女は顔から手をずらして、恐る恐る回りの状況を確認し始めた。
「大丈夫……?」
「おぉ、そうじゃそうじゃ! もう平気じゃよ」
 少女の視線が、彼女が喋ったことを嬉しがる老人の方へ向けられた時、彼女は驚愕の表情を浮かべた。
「あ……う……!」
「何じゃ!? 違うぞ! ワシはおぬしの敵では……」
「う……後ろっ!」
 少女が言葉を発するのとほぼ同時に老人は反応した。
 素早く、背後へと手を伸す。
 そこには、ナイフを振り上げている先程兄貴と呼ばれていた男が立っていた。
 酔っていたことと、少女に気を取られていたことが、老人の察知を遅らせたのだ。
 男が「チィ!」と舌打ちしながらナイフを振り下ろすのと、老人が伸び上がりながら手を伸すのが交差する。
 ナイフが老人の腕を裂き、血が飛んだ。
「キャアッ!」
 少女は驚きの声を上げて再び両目を手で覆い隠してしまった。
 老人がやられてしまったと思ったからだ。
 しかし、それから起こるはずの罵声も悲鳴も、全く起こる気配がない。
「…………?」
 再び、少女が恐る恐る目を開くと、そこにいるのは裸の肩口を裂かれながら、しっかと男の首元を掴んでいる老人と、ナイフを振り下ろした格好のままで固まっている男である。
 男は不自然な格好のままでブルブルと振るえ、口からは「あぁ……うぅ……」という言葉にならない呻きだけが漏れている。
「先ほどの一撃で骨の数本は折れたはずじゃから、確かに貴様、体だけは強いようじゃの。しかし、今はワシが点穴をしとるんじゃ。小指一本動かせんじゃろう?」
 点穴というのは、中国武術の用語で経穴(人体に点在する、いわゆるツボ)を押すことである。
 気の流れの要点とされている経穴は、ファルネース上では人体に流れるマナの流通の要を担っている。
 これを押された人間は、場所によっては難病・重症を癒されることもあるが、場所によっては身体の一部、または全身を麻痺させられたり、時には外傷のないまま命を奪われることもある。
 この場合、男はワン老人に点穴されることで、口をきけない上に全身麻痺の状態に陥れられているのである。
 全身をブルブルと振るわせ、「うぅ……うぅ……」と呻く男に、ワン老人は、
「当面放っておけば半日は動けぬわ。そこで沙汰を待っておれ」
 と言い放つ。
 男の塞がれた経欠は気の運行を著しく阻害されている。
 回復させるためには、ゆっくり自力で運行を戻すか、外部から運行を正して貰う以外に手はないのである。
 ワン老人は男の首元の手を除けた。
「そういうワケじゃが……大丈夫かの、お嬢さん?」
 ワン老人が振り向くと、少女は既に自力で身を起こしていた。
 そして、手に元々は自分の服であったでろう布切れを握って老人に迫って来ている。
「……動かないで下さい」
「な、何かなさるんですかの?」
 少女が迫ってくることに動揺する老人に、少女は言った。
「腕から血が……止血しますから……動かないで」
 老人の返事を待たずに、少女は出血する老人の腕にサッサと布を巻き付けてしまった。
 手慣れたものである。
「コレで、大丈夫です」
「す、すまんの」
 老人の言葉に、少女は弱々しく笑って応えた。
「いえ……だって……私には、これくらいしか……」
 そう言って、少女は弱々しい笑みを浮かべたまま下を向いてしまう。
 それを見た老人は無言で眉間に皺を寄せ、固まっている男へと向き直る。
「さて、この男は……どうしましょうかな?」
 少女はチラと老人を見て、一言も発さないまま下を向いてしまう。
「お嬢さんの身内じゃと、ちとまずいことになるでな」
 老人の語尾は割と陽気さを含んでいたが、表情は先ほどと同じ眉間に皺を寄せた表情のままである。
 いや、表情こそ同じであるが纏っている雰囲気が少し違う。
 丸で鋭く尖ったナイフの様に鋭く、恐ろしげな雰囲気である。
「どうかのう、お嬢さん?」
「……偶然、一緒に街へ入って……たまたま……ココまで来た……だけで……」
 少女はぽつり、ぽつりと言葉を紡いだ。
「それ……だけです……でも……殺すのは……」
 うつむいたままの少女の顔から、涙が幾つかポロポロと落ちた。
 ワン老人はそれを認めると、一言「ふむ」と唸った。
「なら、男の話を聞いた上で決めますかの」
 老人は後ろをチラと振り返って少女を確認するが、少女はうつむいたままである。
 落ちる涙を隠すように、顔を手で覆ってさえいた。
「良かったの、おぬしはお嬢さんのお陰で、弁解の余地を貰ったのじゃぞ。しかと感謝せい」
 老人はそう言って、対面している男に近づき、首辺りに手を当ててゆっくり気を送り始めた。
 乱れた首もとの気の運行を少しだけ直してやっているのである。
「どうじゃ? 全身は動かせないまでも、少しは喋れるようにはなったであろう?」
「あ……う……く、クソ。ナメた、マネしやがって……」
 まだ呂律の回らないながら、男がゆっくり喋り始めた。
 ただし、発声量は低く、間近にいる老人にかろうじて聞こえる程度である。
「何じゃ、その口の聞きようは? 自分の金玉を他人に握られとるのがわからんのか?」
「うるせぇ……テメェこそ、オレを殺したらどうなるか、わからねぇのか?」
「どうなると言うんじゃ?」
「上が黙ってねぇ」
 男は自由にならない顔の筋肉を無理矢理動かして、引きつった笑い顔を作って見せた。
「最近は上もナメるヤツにゃキビしんだぜ。ジジイ一匹や、メスブタ一匹、捻り潰されるぜぇ」
「貴様は、余程名の通った組織の犬をやっとるようじゃの。飼い主は誰じゃ?」
「テメ……口のキキカタってのに気を付けろよ。オレはゲートから出てきたんだ。それでわかんだろうがよぉ」
 それを聞いて、ワン老人は眉間の皺を更に深くした。
 ゲート、異界の門、時空の歪み等々、様々な言い様はあるが、それらの示す所は即ち「地球とファルネースとの橋渡しをする物」である。
 ワン老人の聞いた所によれば、ゲートとは「過剰なマナの活動によって歪まされた時空が、地球という別の時空と偶然繋がってしまう現象」ということらしい。
 地球人であるワン老人も、その「ゲート」を通ってきた身である。
 まさか、この男も地球から来た地球人なのだろうか?
「貴様、それは本当か?」
「タリメーだ」
「タリメー? どこかの地名かの?」
「アタリマエっつってんだよ、ボケ……オイ、わかったら、とっとと放して謝罪しやがれ。後がヒデェぞ」
 男は未だに口しか動かない状態にイラついて、弱々しい口調でワン老人に命令した。
 ワン老人はそれを、ただジッと見つめている。
「ナンだよ、早く直しやがれ……」
「貴様、ゲートより来たというのは虚言じゃな」
「キョゲン? 何だソレ」
「それは嘘だと言うておるんじゃバカタレ」
「な……テメ……」
「そもそもゲートを通った人間なら、気を込めとらん点穴くらい、自力で治してしまうハズじゃろうが」
「て、てんけ……?」
「貴様の気の運行は並かそれ以下じゃ。ゲートを通った地球人などでは到底ありえん。言え、本当はどこから来た? 誰が主人じゃ?」
「げ、ゲートだよ。それ以外でここに来る方法はねぇ……」
「ではゲートをくぐる前はどこにおった?」
「し、知らねぇよ……ゲートはゲートだろうが」
「では、主人は?」
「うるせぇな、テメェにゃ死んでも教えねぇよ」
「……そうか」
 ワン老人は、更に何事かわめく男を放りおいて、少しばかり考え事を始めていた。
(先ほど、ガンニックが足取りの掴めぬ輩がいると言っていたが、こいつらのことじゃろうか……?)
 男は「上の人間が、上の人間が」という文句を並べるばかりで、他に言うこともなくなっていた。
 恐らくこれ以上聞き出せることもないだろう。
(……そろそろ、始末してしまうかの)
 ワン老人は未だにボソボソと喋り続けている男を無視して、少女の方を振り向いて言った。
「お嬢さん、およろこびなされ。この男も改心したと言っておりますぞ」
「……そう……ですか……」
「どうしますかな? いっそ一思いに……」
「それはダメです! どんなことであっても、人殺しは……」
 少女の強い反発を、老人は予想通りという顔で受け取っていた。
 少女の中では、この事態を許すつもりにはなっていないが、しかし持ち前の博愛の心は強く働いている。
 どちらも確固たるものであって、どちらが強い弱いの問題ではないのだろう。
 ワン老人は一度だけ「ふぅ」と溜息をつくと、
「……では、解放してやることにしましょう。危ないから少々奥の方へ行っていなさい、お嬢さん」
 と言って、男の方を向いた。
 老人は背後に、奥の方へ歩いていく少女の気配を感じ取っている。
「さて、良かったのう。お嬢さんも向こうへ行って、貴様も晴れて放免じゃ」
「遅ぇんだよボケこのカス……ボサっとしねぇで治せよ、急がねぇと全殺すぞ」
 未だにボソボソとしか喋れない男は、それでも精一杯、凄味を効かせようとしながら喋っている。
 老人はまだ奥へ歩いて行っている少女の気配を感じながら、男の言葉を無視するようにして声を上げていた。
「そうか、そうか。ちゃんと改心するとな? 善哉善哉!」
「テメ……人の話を聞けってンだよ……」
 ワン老人は男の言葉の途中で唐突に動きだし、男の両足の数カ所と首元に触れて、素早く気を送って男の硬直を解いた。
「え……あ……?」
「何を呆けとる。お嬢さんが向こうへ行ったから、ちゃんと解いてやったんじゃ」
 ワン老人は少女に聞こえない程度に押し殺した、厳しい口調で言った。
「本当に改心するつもりはないのじゃな?」
「イチイチっせーンだよ! テメェら、後でヒデェ目に合わせっからな」
 男は体の自由が戻ってきたのを確認すると、ワン老人の前まで歩いて行って、低い声を出して言った。
「次会ったら、ぶっ殺すからな」
「……いや、ここでサヨナラじゃ」
 老人の呟きが合図であったかのように、男の膝がカクンと折れて、地面に土下座するような形になった。
「あれ? 何だ? おい、なんなんだ?」
「おぉおぉ、そんな土下座までせんでもいいんじゃぞ?」
 老人は朗らかな声を上げて、包拳(右の手の平で左の拳を包む礼の形)をしながら礼を返した。
 しかし、その表情は今までになく厳しい。
「そこまでする気持ちがあるならば、きっと今までの罪も許されるでしょうな。善哉善哉」
 ワン老人の言葉を聞きながら、男はおののいていた。
 男は全身が自分の意思と切り離されている上に、全身の筋肉には段々と無理な力がかかってきているのだ。
 腕や足だけでなく、体中の筋肉という筋肉にギリギリと力が込められていく。
「まぁ、気の済むまでそうしていなさい。ワシの昆元功の込められた点穴の効果は絶大じゃからな。当分そうしていても大丈夫ですぞ?」
 男はこの時点で、老人の言葉を半分程しか聞いていなかった。
 腹・胸部の筋肉がギュウギュウと収縮して、男の心肺を圧迫していたからである。
「向こうで伸びている弟分も、程なく同じようにしてやりますからな。ホッホッホ……」
 男の耳はもはや老人の言葉を聞いておらず、視界も真っ白に変化していた。
 締め上げられた心肺はその活動を著しく低下させられ、男は急速に気を失いつつあったのである。
 それは、二度と目覚めることのない気絶であった。

 老人は男が動かなくなったのを見届けると、裏路地の向こうで気絶していた弟分の男にも同様の処置を施した。
 ほどなく弟分も痙攣の後、ピクリとも動かなくなる。
(これで良しじゃ、良くやったわい)
 ワン老人は胸中で自身に喝采を送ると、クルリと踵を返して、路地の奥へで待っている少女の元へ歩いていった。
「大丈夫かな、お嬢さん?」
 心配そうな顔で少女へ近寄る老人に、少女は言う。
「えぇ、もう……大丈夫です。ありがとうございます」
 まだ本調子とはいかないまでも、ある程度は調子を取り戻したらしい少女に、ワン老人は優しげな笑顔で答えた。
「お嬢さんの心に触れて、あの男たちも、あの通り反省しておる」
 老人の示す先には、まるで己の業に打ちのめされているかのように、頭を垂れながら土下座をし続けている男の姿があった。
「これで収めて貰えるじゃろうか?」
 老人の提案に、少女はぎこちないながらも、笑顔を作って答えた。
「わたしは、それで十分です。本当にありがとうございます……えっと、お名前は……?」
「ワシの名前はワンと言います。世に爺さんは数あれど、ここいらでワン爺さんを名乗っておるのは、ワシだけですわい」
 おどけた雰囲気でニコリと笑う老人を見て、少女もクスリと笑って言う。
「わたしはアリアと言います」
「珍しい名前ですの。ここいらでは聞いたことがない」
「えぇ、わたしもここに来るのは初めてですし、あまり見かけない名前かも知れませんね」
「……では、ここいらで帰る場所は大丈夫なのですかな? 何でしたら、仲間で丁度いいのを紹介しますぞ?」
 ワン老人はチラリと少女――アリアの姿を見て、慌てて目線を逸らした。
 アリアという少女がここいらに泊まる『つて』があるのかどうかも問題であるが、老人の上着一枚だけという服装も、問題である。
「アンナというお娼婦さんの店なら、服装も寝床も快く貸して貰えますぞ。もちろんお仕事なんぞ無しで大丈夫じゃて……」
「ありがとうございます……でも、大丈夫です。帰るところならありますから。もう帰らないといけない時間ですし……」
「そ、そうですかのう。これでさよならというのも、寂しいもんですのう」
 そっぽ向きながら、残念そうな声を上げるお茶目な老人に、少女は優しい声でいった。
「また、会いに来ます。約束します」
「良し、約束しましたぞ。ところで、帰るところというのは?」
「ゲートの向こうです」
「なに、冗談を言えるのであれば問題ありますまい。ちと、すぐそこの娼館から助っ人を呼んできますの」
 アリアがワン老人の渡した上着で胸元をしきりに隠してるのを見て、ワン老人は言った。
 アリアの服は下着にいたるまで、破かれているのだ。きっとワン老人にも見られたくないに違いないと彼は思ったのだった。
(狼と言えど、助けた羊を襲っては意味もあるまいしのう)
 幸い、アンナの働く娼婦館『ママ・ダ・ママ』までの距離はさほどない。ワン老人の俊足をもってすれば、さほど時間はかからない。
「ありがとう」
 背にかかる言葉に、気恥ずかしそうにワン老人は駆け出した。
 来たときとまったく同じ、疾風のごとき速さだった。
 しかし、ゴウン、という大きな音にワン老人はその足を止めた。
(今の音は……先ほどの場所かいの?)
 ワン老人が慌てて戻った時、そこには人の気配は全くなくなっていた。
 影形だけでなく、ワン老人の鋭敏な感覚器を駆使しても、周囲に動くものの気配を感じられないのである。
 まるで、最初からそこに誰もいなかったような雰囲気だけが残っている。
「あ、アリアさん? どこに行かれましたかの?」
 老人の呼びかけに応える者もいない。
(なんと面妖なことじゃ! 人が消えてしまうとは……)
 ふと視線を移すと、向こうで土下座していたハズの男たちの姿もなくなっている。
 ワン老人が屋根から降りて来た時にいた人間は、これで全員消えてしまったのだ。
 先ほどまで、ワン老人と彼らが格闘して乱れた地面の後さえも綺麗に消えていた。
 これで、この場所で起こった騒動を物語るものは、ほとんどなくなったと言える。
(なんたることよ……ワシともあろうものが、酔って夢でも見たと言うんじゃろうか……)
 呆然と立ちすくむワン老人だが、上半身は未だに裸のままで、肩には相変わらず血がにじんでいる切り傷と、きつく結ばれている布切れはある。
 なにより、老人のその顔は、酒っ気の抜け切った素面の顔である。
「……たまに慣れんことをすると、こういう目に会うということじゃなワン爺! やはり爺は廃屋で楽隠居しとるのが似合っとるんじゃわい!」
 ワン老人は自分自身にそう声をかけると、思い切りトンボを切り、裏路地から家々の屋根の上まで躍り上がった。
 そして、一息に屋根を四つも五つも飛ばしてしまう早さで、自身の住居へと駆けて行った。
 老人は、まるで思いを振り切った様な思い切りの良さを見せたが、しかし、その胸中では自身の思い切りを否定する心根があった。
 楽隠居を好むといいながら、何故、面倒事に首を突っ込んだのか。
 何故に一張羅の上着をやってしまう程、アリアという少女に優しくしたのか。
 そして、何だかんだと言いながら、謎の男の一味と、同じところから来たらしいのに襲われていた少女の関係を考えてしまうのは何故なのか。男たちも少女も揃って『ゲート』の名を出していたが、彼らはヒュマンではなさそうだった。彼らは何者か。
 異世界に来て変化しつつある己の胸中を感じながら、ワン老人は走る足を更に速めていったのだった。

 *

「アリア、作戦は失敗だったそうだな」
 重苦しい雰囲気の場に、一張羅の上着を羽織った少女の姿があった。
「申し訳ございません」
 アリアは相手に頭を下げた。
「アナトリア連合軍の偵察部隊がこんなことでは困るのだよ。君には向いていなかったかね」
 アリアは男の言葉に慌てて首を振った。
「こんなはずでは、こんな……っ!」
 アリアは肩にかけられた上着を両手で握り締めながら、言葉を震わせた。
「わかってる。今回は他の乗組員の選考基準を誤ったようだ。君は、体力や人望はともかく、それを補って余りある技術力がある」
 アリアは神妙な面持ちで男の言葉を聞いた。
「今、このアトランテ全域でも、マナシップをあれほど自在に操れるのは君しかいない。こと空中戦に関しては横に出るものはいないだろう」
「それは、自負しております」
「次は他のマナシップの要員を吟味しよう。君は今までどおり、特訓を続けたまえ。ノルダニアの次はカウムースに飛んでもらうことになる。幸い、ヒーチャリアとはアナトリアが友好な関係を結んでおるが、南のカンディア連合も黙ってはおらんだろう。カンディアよりも先に諸国と連盟を結ぶのだ」
「はい、ボルテック上官」
 下がりたまえ、という言葉を聞いて、アリアは上官室を後にした。
「マナシップの操作がもう少し簡易化すれば……、彼女ならばより巧く飛べるだろうし、彼女と共に飛ぶ乗組員を選考することも容易くなる」
 ボルテックと呼ばれた男は、アリアから受け取った作戦失敗の概要に眼を通した。

 二人乗りのマナシップ三機で出発。乗組員は計六名。
 一号機、アリア、サンラの二名。
 二号機、リンネス、ジョニーの二名。
 三号機、フェアディ、プルートの二名。
 ノルダニアに上陸後、三機と見張りのフェアディ、リンネスを残して“ジャン・バッハ”と呼ばれる街へ潜入。
 調査の途中、サンラ、ジョニー、プルートら三名は情報収集の一環として飲酒を主張。アリアの制止を聞かずに三名は飲酒し、酔った三名はその上でアリアを強姦しようとした。
 しかし、現地の住人であるヒュマンとおぼしき“ワン”という名の老人によって強姦は未遂に終わる、三名は戦闘の際に死亡。ワン老人がその場を離れた隙にフェアディに連絡を入れて助けを求め、リンネスの運転する二号機でサンラとジョニーを回収、フェアディの操縦する三号機でアリアとプルートを回収した。
 偵察作戦の失敗後は、生き残った三名が三機それぞれを操縦し、帰還。
 なお、「現地の一般人に疑われたときは、ゲートからやってきた旨を告げよ」の作戦通り、“アトランテ”や“アナトリア”の名前を出すことは無かった。

「ゲートからやってきた、か。いつまで我らの存在は隠さねばならんのか。このアトランテが統一されれば、他の大陸に怯えることも無くなるだろうに」
 ボルテックは深いため息をついた。
 アトランテ大陸に、マナシップが完成して一年。
 世にその存在が知れるのは、もう少し先になりそうであった。


 箱庭を飛び出した
 そこにあったのは無限に広がる世界
 箱庭を飛び出した
 無限の世界がいつか箱庭になるかもしれない
 だけど私は、そうならないように日々を生きようと思う
 心持ちひとつで、世界は箱庭にも無限の星空にもなるから
   ――世界で初めて空を飛んだ女性アリアの言葉


 『酒場の話』――完。


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