『行商遁走曲』――行商をしていると、さまざまなものと出会います。

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概要

 作者は「◆FaRnessEZY」さん。サウル氏族とヒュマンの珍妙道中を描く。
 魔法時代の末期、デスティニーギアが起こるよりも前の、歴史に直接関わることのない小さな冒険を描いた話。
 この二人に、「ミシアの冒険」のミシアが加わり、旅はさらに賑やかなものになっていく。

登場人物

■ウォン
 ……サウル氏族の男。いつもとぼけた言動をしており、酒にはめっぽう弱い。
■エイナー
 ……ヒュマンの少年。外見の割にませており、いつもウォンの突っ込み役。
■ミシア・エファ・トルティス
 ……ミュンメイ氏族の巫女。幼い外見に似合わず、ハルバードを軽々と扱う。
■ギン
 ……コクレイというモンスター。ミシアのペット。

行商遁走曲


「……暑いですねぇ」
 男がつぶやく。長身長髪、線のような細い眼が印象に残る。
 背中の大きな葛篭が男の歩きに合わせてガサガサと音を立てる。
「砂漠ですから」
 その隣を歩く少年は忌々しげに男を見上げた。
 肌は浅黒く小柄、満月のような黄色の丸い目が爛々と光っている。
 同じように葛篭を背負っているが、細い目の男に比べると幾分小さい。
 ここはバオウ大陸の北西にあるバオウ砂漠。中心に位置するオアシスを除いては砂嵐も発生する不毛の土地である。
「いやー、アデルの街に寄るよりもこのまま斜めにつっきったほうが近道と思ったんですよ」
 汗を拭きながら男はかれこれ十二度目になる言い訳を口にする。
「ウォンさん、モコー臭いからあんまり近づかないでください」
 少年は冷たい口調で言い訳細目男、ウォンをあしらう。
 モコーとは、カウムース大陸で家畜が盛んな動物である。追記、臭い。
「エイナー君、いい加減機嫌を直したらどうです? 男の子がいつまでもうじうじするのはみっともないですよ?」
「はあ!? 誰のせいで死にかけてると思ってるんですかっ! 水はあと三日分しかないじゃないですか!!」
 少年ことエイナーは怒声をあげた。背中の葛篭がカラコロと同意の音を立てる。
「三日も持てば十分ですよ。私の見立てではあと一日でこの砂漠を抜けるはずですから」
「四日前もそんなこと言ってたじゃないですか」
「四日前は星が悪戯して教えてくれなかったんですよ」
「ほぉー、星は僕と違って素直だと伺っておりましたが?」
「いやあ、お星様も中々いけずですねぇ」
「……いけずの使い方間違ってません?」
 口喧嘩をしながらウォンとエイナーの二人は砂漠を行く。
 二人はいわゆる行商人という奴である。
 カウムース大陸で取れたモコーの毛皮や特産品を持って、ノルダニア大陸に向かう途中だ。

 ズドン! 唐突に大きな爆発音と共に砂柱が二人の背後で立ち上がる。
 赤い八つの目、茶色い鱗、そして十メートルはあろうかという長い長い巨体。
 大きな牙を振りかざし、まさに二人を飲み込まんと頭上から襲い掛かかる! ……ところが、
「エイナー君、これが砂漠名物のサンドワームですよ。鱗は帷子鎧、内臓は痔の治療薬の材料になるので覚えておきなさい」
 何事でもないようにエイナーに説明するウォン。
「なるほど、地中を移動しながらこうやって背後から旅人を襲い、捕食するのですね」
 メモ帳を取り出しウォンの発言をメモするエイナー、こちらも冷静というか能天気である。
「サンドワームの弱点はとても柔らかな腹部、とりわけ頭部に近い喉にあたる部分です。襲ってきたら逃げようとせず正面から飛び込むことです」
 言うや否や正面に向かって走り出すウォン、手には鋭く光る針が見える。
「彼等は背中を丸めて地中にもぐるため腹部に鱗を纏うことはできないんですねぇ」
 言いながらウォンは、無造作に手を上空へと振る。
 そして小さな針はサンドワームの大きな腹部に吸い込まれた。
 グォーという断末魔を上げ倒れる巨体。下にはウォン。
「あー、ピンチです。エイナー君、助けてください」
「みれば分かります!」
 バッと大地を蹴りウォンを抱きかかえるエイナー。その運動神経から彼がヒュマンであることがわかる。
 ウォンを担いだまま勢いよく走り出し、猛然と襲い掛かるワーム(の死体)から間一髪で逃れる。
「いやー、爪が甘かったですねぇ。これからは気をつけるとしましょう」
「……とりあえず鱗を剥ぎましょうか、思わぬ収穫です」
 葛篭から皮剥ぎ用のナイフを取り出すエイナー。
「旅人を襲うワームが出たとなると、港は近いかもしれませんねぇ」
「そうですね、何とかなりそうな気もしてきました……ってなにくつろいでるんですか!」
 葛篭を枕にしながらちゃっかり寝そべっているウォンに怒声をあげる。
「いや、肉体労働はエイナー君の本分じゃないですか。私みたいな軟弱サウルが手伝うなんて差し出がまし――」
 ヒュッという音と共にウォンの顔に一筋の赤い線、そして葛篭にはサンドワームの鱗が深々と突き刺さっている。
「……わ、わたしも、なんだか、うろこはぎしたくなっちゃったなー、ははは」
「素直なウォンさんは素敵です」
 二人の旅はまだまだ続きそうだ。

 *

「うぅ、エイナー君、私は誓います……二度と馬車には乗らないと……ぅぅぅぅ」
「一週間前もそんな事いってましたよ。とりあえず吐くなら外でお願いします」
 そう言うとエイナーは馬車を操っていた男に、停めてもらうように頼んだ。
 細い目をさらに細くしたウォンは、よろよろとエイナーの言うように外へ向かう――あ、倒れた。
「まったく、今から馬車に乗ろうっていうときにエール酒を五杯なんてやりすぎですよ」
 小言を言いながらもウォンに肩を貸すエイナー、車内にぎしぎしという音が響く。
「しかしですねぇ、トグリアエールは五大麦酒ですよ。飲み逃すわけには……ぅぅぅ」
「弱いくせに酒好き、しかも乗り物にも弱いってのは行商人としては問題ですよ?」
 エイナーは冷静に言った。
「あぁ、胃袋君! 君の中には何も残ってないからこれ以上何も出ないですよぉぉぉ」
「自分の内臓と会話して僕の話を無視するのは反則じゃないですか?」
「エイナー君、星が見えるう」
 古くからサウルに伝わる名遺言を残し、ウォンは力尽きた。

「わぁ! 綺麗な風景ですね!」
「……ここは山間ののどかな集落で、湧き水はすごく美味しくて胃にも優しいとか……うぅ」
「トルトキスと言えば、ミュンメイ氏族の住む村ですよね!」
「そうだけど、今はそんなことより、より……うぅ」
「なるほど、それで僕たちはこれからどこに向かうんでしょうか?」
「ミ、ミディリア大陸に……うぅ、もう駄目です……」
「あれれれ? ウォンさん、どうかされたんですか?」
 倒れこむウォンを確信犯的微笑(通称ニヤニヤ)を浮かべ覗き込むエイナー。
「エイナー君、サディスティックな性格は嫌われますよ……」
「専業主夫ってストレスたまり易いらしいですよー、怖いですよねー」
 なおも、あっけらかんと言うエイナーにウォンはついに観念したようだった。
「……今日から食事を当番制にしましょう、私もなんだか作りたくなってきました、ええ」
「ウォンさん大丈夫ですか!? 今すぐ水を持ってきますね!」
 にんまりと笑みを浮かべ水を取りに近くの宿屋に飛んでいくエイナー、なかなかの交渉術だ。
「さて、問題はこれからどうするか、ですが……ぅぅ……」
 ウォンは出発のときから持っていた羊皮紙の地図を眺める。
「ぅぅ……ミディリアに向かうにはユジスタの森を越えなくてはなりませんねぇ」
 水を手桶に汲んだ持ったエイナーが戻ってくる。
「水もらってきました。地図……今後のルートですね」
「あぁ、ありがとうございます。そうですね、とりあえず首都ユジスタンを目指しましょう」
「ユジスタンですか?」
「はい、先に得たサンドワームの鱗や内臓はここでは二束三文に買い叩かれますからね」
 桶から柄杓で水を汲みながらウォン。
「ユジスタンについての情報は?」
「今のところわかるのは、ユジスタの森は迷いの森って言われていて入ったら最後、生きて出られないってことですねぇ」
「……駄目駄目じゃないですか」
「無理を通すのが商人ってもんですよ」
「どうするんですか?」
「迷わないように頑張りましょう!」
「……入ったら生きて出てこれないような森でどうやって迷わないつもりで?」
 根拠も無いのに自信満々に言うウォンにエイナーは冷静に突っ込んだ。
「高度な柔軟性を維持しつつ臨機応変に対応するしかないですねぇ」
「人はそれを行き当たりばったりというんですよ! バオウ砂漠じゃ、それで死にかけたじゃないですか!」
 声を荒げるエイナーを気に留める様子もなく、ウォンは柄杓の水を飲み干す。
「さて、エイナー君はキャンプ用品を買ってきてください。私はより詳しい地図を探します」
「そういうことじゃなくてですね! いいですか! 僕は何度も……」
 ウォンとエイナーは口論を続けながら雑踏の中に消えていった。
 旅はまだまだ続きそうだ。

 *

 迷いの森ことユジスタの森への玄関口であるオーグの街まで来たエイナーとウォン。
 ……しかし問題が一つ。
「エイナー君、これはひょっとするとピンチって奴じゃないですかね?」
「ひょっとしなくてもピンチって奴です!!」
 裏路地を疾走するウォンとエイナー。
「いたぞ! 確保ー!!」
 その背後から警備隊がわらわらと追ってくる。
「いやー、何でこんなことになったんでしたっけ?」
「ウォンさんが連れてきたんでしょ!? 僕は知りませんよ!!」
「そうでしたっけ?」
「とにかく! どうにかしてください!」
「仕方ありませんねぇ。エイナー君、しっかり捕まっててくださいよ!」
 エイナーの腰に左手をまわし、ウォンの右手が弧を描く。
「何を……うわぁぁぁぁぁ!」
 ウォンとエイナーの体が宙に舞う。唖然としている警備隊を残して。
「これは“鋼索”というものです。蝙蝠の格好をした変なヒュマンより頂きました」
 ユジスタンのとある家の屋根の上で、その鋼索とやらを巻き取りながら説明するウォン。
「鋼を糸状にしてそれを何本も紡いで頑丈な糸に仕上げているみたいです。ベルトに仕込んだ小型のマナドライブで巻き取り……む、からまっちゃいました」
「警備隊は右往左往しているみたいですね。まだこの位置には気づいてないようです」
 銀色に鈍く光る糸と格闘しているウォンを完全に無視し、エイナーは周囲に注意を配る。
「痛っ! 右腕に絡まってボンレスハムに状態に! あいたたたた! エイナー君助けて!」
 鋼索とやらに絡まってもがくウォンを見て、エイナーは大きなため息をついた。
「全く……ウォンさんはおっちょこちょいなのか抜け目がないのかわからないですよ」
 エイナーはため息をつきながら傍にかがんで糸を解いてやる。
「ミステリアスで魅力的でしょ? 痛、しめないで!」
「ほら、ほどけましたよ」
「いやーエイナー君は器用ですねぇ。ありがとうございます」
 右腕をさすりながら立ち上がるウォン。
「それで……なんで追われてたんです?」
「問題はそこですよねぇ」
「まるっきり身に覚えがないんですか?」
「ありませんねぇ」
「本当に?」
「強いて挙げるなら警備隊の人の頭にエールをこぼしちゃった事ぐらいですねぇ」
「それだーっ!!」
 エイナーの絶叫が響く。
「あーやっぱりそうですよねぇ、でもあの状況を打破するにはそれぐらいしか思いつかなかったんですよ」
「一体いつ警備隊の人にエールをかける必要がある状況が成立するんですか!」
「ハッハッハ、世界は広いですよエイナー君」
「そんな意味わかんない世界なんかこっちから願い下げです!」
「エイナー君」
「なんですかっ!」
「あまり騒ぐと、警備隊の方々が来ちゃいますよ」
 エイナーは大きなため息をついて、言った。
「じゃあ、あまり怒らせないでくださいよ」
「だって本当のこと話すと、武勇伝を語ってるみたいになりそうでしたから」
「武勇伝?」
「ええ、人助けをして、結果的に警備隊に追いかけられることになったのです」
「人助け……ですか?」
 驚きを露にして、エイナーが言った。
「はい、人助けです」
「俄かには信じられません」
「私だって気まぐれを起こすことはありますよ」
 ウォンはかくかくしかじか、と語ってみせた。
「そんな……馬鹿な! 僕の知ってるウォンさんは危険を冒してまで他人を助けるような人ではありません!」
「これは心外です。私の慈愛に満ちた心はかのヴェルシア氏族にも劣りませんよ?」
「『慈愛』ではなくて『自愛』でしょう?」
「おやおや、手厳しいですねぇ」
「とにかく! サンドワームの鱗を路銀に代えに行ったはずのウォンさんが警備隊に追われている女性を見つけて、彼女を逃がすために警備隊に喧嘩を売っただなんて信じられません! 商品を売ったならともかく、喧嘩を売るなんて、そんな一文にもならない……!」
「ずいぶん状況説明くさい台詞ですねぇ、エイナー君?」
「僕の言い回しに文句たれてる暇があったらもっと納得できる説明をしてくれたらどうです?」
「仕方ないじゃないですか、……何せ、トルトキスの巫女ミシア様だったんですから」
 エイナーは呆気に取られた。
「とりあえず、彼女のところに行きましょう。落ち合う場所は決めています」
「待ってくださいよ!」
 そう言って屋根を飛び降りたウォンの後ろをエイナーは慌てて追いかけた。
 二人の旅はまだまだ続きそうだ。

 *

 巫女ミシア・エファ・トルティス。
 トルトキス集落において、始祖ミュンメイと同じ赤灼眼(せきしゃくがん)を持つ唯一のミュンメイ氏族。
 盗賊団を単身ひねりつぶした、グリズリーを素手で両断した等の噂が絶えない、あの巫女ミシアだ。その巫女がいまエイナーの目の前にいる。
 真紅の瞳は彼女が由緒正しきミュンメイの血筋であることを証明してはいるが
 こうしてみると十二、三の普通の女の子にしか見えない。
 身長はエイナーと同じぐらい。
 白銀の透けるような長い髪、灼けるような紅で切れ長の双眸、そして小さな体躯と巫女装束。時折見える鋭い犬歯は何とか許容範囲だ。
 ただ、彼女の背中に身長の二倍はあろうかという斧槍、いわゆるハルバードは想定の範囲外、むしろ空想の範囲外だった。
「ウォンと言ったな、何度も言うがわらわに忠誠をつくすのじゃ」
 とある宿屋の一室、片膝をついて頭をたれるウォンを見下ろして王女は言う。
「あいにく、私が忠誠をつくしているのはコレでして」
 巫女を見上げ、右手の親指と人差し指で円を作るウォン。マイペースな男だ。
「ほう、面白い冗談じゃ」
 ゴウという音と共にハルバードがウォンの首筋で止まる。
「確かにあの酒場で殺傷沙汰を起こしたならば官憲に捕まっておったに違い無いが、今は別じゃぞ?」
 にんまりと笑みを浮かべるミシア。手が微かに赤く光っている、どうやらマナを使って武器を振り回しているようだ。
「ウォ、ウォンさん!!」
 慌てるエイナー、巫女にまつわる噂が本当ならばウォンの命はまさに風前の灯火である。
「大丈夫ですよエイナー君、ミシアさんは私を殺しません」
 穏やかに制するウォン。中指で眼鏡をクィっと上げる仕草はなかなか様になっている、首に寄り添う斧の刃が無ければの話だが。
「ほう、何故そう思う?」
 ハルバードでウォンの顔を撫ぜながら興味深そうな眼差しをむけるミシア。
「大きく三つの根拠があります。第一にここで私の首をはねてもエイナー君に苦戦する可能性が高い。いかな使い手といえどヒュマンを瞬殺できるかどうかは疑問です。長引けば騒動を知られるは必然ですしねぇ」
 そうすれば警備隊にかぎつけられる、と全く取り乱すことなく淡々と述べるウォン。
「第二にこの宿の床の薄さ。私の首を刎ねた場合、その出血がすぐ階下の天井を赤く染めるでしょう」
 ミシアは無言で耳を傾けている、にんまりとした笑みを絶やさず。
「第三に……まぁこれが一番の理由なんですが、巫女には私を殺すメリットが無い。……こんな行商を、ね」
「見事じゃ。ますます欲しくなったわ」
 後ろを向きながら素早く背中にハルバードをしまうエファ。エイナーはその小さな背中に確かな王者の威厳を感じ取った。
「ひとつ、お聞かせ願いますか? 何故あなたのような高貴な方が他国へ参られたのですか?」
 おずおずとエイナーが質問する。
「エイナーといったか……最もな疑問じゃな。何故だと思う?」
「他国との和平、ですか?」
「わが集落は他国との関係を心配するほど大きなものではない」
「では?」
「暇つぶしじゃ」
「は?」
 エイナーは首をかしげた。
 ミシアは自分の現在の状況を説明した。
 彼女は退屈なトルトキスの生活にうんざりして、外の世界に冒険を求めたらしかった。
「じゃあ、何で警備隊に追われてたのです?」
「実は、トルトキスから見張りが来ておってのう。何とかして見張りをまいたのじゃが、やつら、この町の警備隊に協力を求めよってな」
「じゃあ、追いかけられていたのは自業自得なんじゃ……」
「そうなる」
 はははと笑うミシアを見て、エイナーは大きなため息をはいた。
「何もミュンメイの跡取りとなるのが嫌だなどとそう申しているわけではない」
 真剣な顔で、ミシアは言った。
「わらわは、もう少し世界を見て回りたいのじゃ」
「そこで行商の私たちと……なるほど。そういうわけですか」
 ぼそりとつぶやくウォン、夕日を浴びて眼鏡がきらりと光る。
「流石はわたしの見込んだ男、物分りが良い。本来ならカーネルという知り合いの狩人がユジスタの森に熟知しておって、奴に任せれば森を越えられたのじゃが、運悪く警備隊とはち合わせてしまった。暴れるわけにもいかず見つかるのは時間の問題だったが、そこを助けてくれたのがウォンというわけじゃ」
 エイナーには王女の頬が赤く見えたのは夕日のせいなのか、そうじゃないのかはわからなかった。
 ただ、買出しにいったはずのウォンが酒場にいたことに関しては後でしっかり問い質す必要がありそうだ。
「もう一度言う。ウォン、わらわに忠誠を尽くせ」
「お断りします」
 頑なに拒否するウォン、常に柔軟な対応をする彼にしては珍しい態度だった。不自然だとさえエイナーは感じた。
「私は行商ですから」
 しばらく黙って窓の夕日を見つめていたミシアはその瞳を更に紅く染め、ウォンにこう言った。
「では……盟友となれ」
「は?」
 あっけにとられるウォンとエイナー。ミシアはかまうことなく言葉を続ける。
「持ちつ持たれつの関係じゃ。わらわはウォンの力を借り、ウォンの欲するところはわらわが力になろう」
「いいんですか? トルトキスの巫女がそんな安請け合いをして」
「かまわん、ここでお前を失うのはあまりにも惜しいように思えるのじゃ。これを断るのであればもう何も言わん」
 下唇をキュッと噛みしめ真紅の瞳に静かな炎を灯しウォンを見つめるミシア。
「……いいでしょう、ただし、私の欲するものは高価ですよ?」
「も、もちろんじゃ! して、その高価なものとは?」
 パァと顔を明るくして小さな右手を出すエファ。
 その右手をしっかりと握り、笑顔に答えるように細い目を更に細め、ウォンは言った。
「今は秘密です」
 ミシアは納得がいかないような顔をしたが、無理矢理わらってみせた。
「まあ、よくわからんがの、そろそろ警備隊の隙をついて出ることもできよう」
 そのとき、ミシアの袴の隙間から、ミュ、という声が聞こえた。
「これ、ギン、まだ大人しくしておれい」
 胸元からもぞもぞと這い出したのは、コクレイだった。
「おや、コクレイは人に懐きにくいはずですが……」
 エイナーが首を傾げて言う。
「こいつが騒ぐから、警備隊から隠れることも難しくてのう。でも、わらわの親友なのじゃ」
 そう言って、ミシアは恥ずかしそうにそっぽを向いた。
「さ、さあ、ユジスタの森を越えるためのガイドが町外れでまっておる。行くぞよ!」
 宣言するとミシアはずんずん歩き出した。
 その様子を見て、エイナーはウォンに話しかけた。
「ミシアさん、強がっているだけですね。あれだけ動物に好かれているなんて、良い人に違いないです」
「そうですねぇ、しかし……」
「しかし?」
「あのギンというコクレイ、もう大人じゃないですか。ということは、胸のように思えていた大部分はあのコクレイだったってことですねぇ」
 それを聞いてエイナーは呆れた様子で、ため息を吐いた。
「ところでウォンさん。何ですか、さっき言ってたウォンさんの欲しい高価なものって」
「ふふ、あなたはなぜ、私と一緒にいるのですか?」
 それだけ言うと、ウォンはミシアの後を追いかけた。エイナーは首を傾げてその後をついていく。
(旅は道連れ、って言うじゃないですか。道中の仲間ほど心強いものはない。これが行商をやめれない理由なんですよねぇ)
 ウォンはずっと、にやにやしていた。
 そんな様子を見て、ミシアが眉をしかめる。エイナーが「いつものことです。ほっておいてあげてください」と諭す。
 ギンがそんな様子を見て、ミューと鳴いた。
 二人の旅が終わり、三人と一匹の旅が始まったのだった。


 『行商遁走曲』――完。


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