『暗闇の意思』――見つけたぞ、黒き魔王。

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概要

 作者は前半部分を「暗闇の石」さん。途中の魔剣リーズのくだりを「 こんなんでどうよ」さん。末尾の加筆を「Yoshi」。
 ティアラは、自らの弱さを恥じ、ひとり修行に明け暮れていた。その過程で、彼女は愛剣“魂喰”と出会う。
 やがて、ティアラは魂喰を片手に、極寒の地であるノルダニア大陸にやって来た。遠いこの大陸で、彼女は、宿敵の行方を知ることになる。

登場人物

■ティアラ・レイヴナント
 ……ノヴァラ氏族の少女。かつて、親友を「黒き魔王」と呼ばれる男に殺された。
■ガンニック
 ……ベガーギルドに所属する情報屋。
■魂喰
 ……言葉を発する不思議な剣。

暗闇の意思


 ――暗闇。微かな光さえ差さない、真の闇。
 そこへ一滴、また一滴と水の爆ぜる音が鳴る。
 ――ピチャン、ピチャン。
 静寂を切り裂いて鳴り響く音と共に、この深淵に仄かな明かりが灯る。儚なく明滅する、青白い幻火が。
 ──ピチャン、ピチャン。
 明かりが灯ると、そこには一つの巨大な石が映し出される。
 ──そしてまた一滴。
 何度目かの水滴に石が穿たれる。千年、万年の時を過ごしてきたであろうか。泰然自若とした巨石は、悠然と居座りながらも、しかし確実にその姿を削られていた。
 もうこの光景をみるのは何度目だろう。
 ──ピチャン、ピチャン
 私はこの光景が恐ろしい。
 ──ピチャン、ピチャン
 この巨石と共に、私の心も少しずつ、確かに蝕まれていく。そんな気がした。
「はぁっ……はぁっ……あああああ!」
 襲い掛かる敵を一太刀の元に斬り伏せると、鈍い音が鳴り響き、醜悪な死に化粧を晒した盗賊は断末魔を上げて倒れこんだ。
「はぁ、はぁ……はぁ……何が起こっている」
 また、暗闇に鎮座する巨石が穿たれる。
「くっ……!」
 私は気力を振り絞って、その光景を薙ぎ払った。そうだ。戸惑っている場合ではない。今はこの襲い掛かる敵を討ち果たさねば。
 私は新たな敵へと向かっていく。
「やぁぁぁ!」
 奇声を発して、漆黒の刀身を持つ刃を振り下ろすと、石をぶつけたような鈍い音と共に兜がひしゃげ、
「っ……!」
 刀の先に沈み込んだそれは、この世に別れの言葉を告げることなく、絶命した。
 ──ピチャン。

 小高い丘の上へと出た。
 眼前には無数の盗賊どもの屍が転がり、緑に映えた草むらは赤黒い血の色に染まった。粘ついた鉄錆びの臭いが辺りに立ち込めて、鼻腔を刺激する。
「……いったい、誰が」
 盗賊の討伐の任務を受けて、私はここに来た。しかし、これは誰がやったのか。
 屍の中には完膚までに叩きのめされたものもあった。殺された後にさらに損壊されたようなものもあった。いくら相手が盗賊だと言えども、これは酷い。
「待て!」
 どうやら、盗賊たちは私を犯人だと思っているようだった。現実は私に悩む時間を与えてはくれない。
 金属や皮革の擦れ合う音と怒声のような喚き声が不協和音を奏でつつ、丘の下から近付いて来る。
 先ほどの洞穴の襲撃者と言い、いったい自分に何の恨みがあると言うのか。
「はぁっ……はぁっ……」
 私は肩で息をしながら、丘の麓をにらみつけた。
「まだ、終わらないのか……」
 これからまた続くであろう、激しい戦いに備えるため、呼吸を整えようと天を仰いだ。
「はぁ……はぁ……」
 そして、大きく深呼吸をした。
「っ……はぁぁぁっ……」
 空が視界に映った。ああ、なんて綺麗な空だろう。私は場違いな感想を抱いた。
 空はどこまでも高く、青い。ふざけている。こんなことにも気付かず、私は戦っていたというのか。
 草花を踏み躙り、人の命を奪ってまで、私は戦っていたというのか。……だが、私は死ねない。ここで潰えるわけにはいかない。
 私は気を引き締めると、刀についた血を払った。血糊が寝転がった死者の顔に撥ねて、蒼褪めた顔に朱をさした。
「貴様が! 貴様が!」
「待て、話を聞け――」
「うるさい!」
 交わすべき言葉も持たず、新たな敵が眼下に迫る。
「しかし一人の人間がどうやれば、これだけの殺戮を……」
 どうやら彼らは逡巡しているようだった。彼ら自身、目の前の事態をよく把握できていないのかも知れない。
「気にするな、減った数はまた、補充すればいい」
 どうやら、盗賊の頭らしき男が呟く。
「よう、嬢ちゃん。見たところ、ノヴァラの戦士のようだが、いたいけな部下どもを嬲り殺すたぁいただけねえな」
「私は、やってない」
 どうやら、男は盗賊たちのリーダーのようだった。
「嘘言っちゃいけねえぜ。死ぬ寸前の部下から、聞いたんだよ。黒い漆黒の刀を持った黒髪のやつにやられた、てな」
 私の外見と著しく一致していた。
「しかし」
「しかしも糞もねえよ。他に犯人が見当たらないなら、てめぇを殺す。そうしなきゃ、しめしがつかねえからな。悪く思うなよ」
「悪く思うさ」
 リーダーはふっと笑うと、かかれ、と号令した。部下たちはその命令を聞いて、恐れながらも私に飛び掛ってくる。
 多勢に無勢だ。このまま戦い続けていては、いつか私は力尽きるだろう。
「……止むを得ないか」
 私は刀を鞘に収めると、左手で水平に胸の前に掲げて、瞳を閉じた。自我を殺し、心を無にする。すると、辺りに風が巻き起こる。否、これは収束されつつあるマナである。
「目覚めよ、“魂喰”」
 私がそう命じると、中空に集められたマナが、刀に向かって流れ込んだ。ピリピリと痺れるように空気が振動する。
 そして急速に刀にマナが満ちていくのが分かる。この間、私は呼吸が出来ない。ただ必死に“魂喰”の覚醒を待って堪えるしかない。それが“宿主”の務めなのだ。
 腕が痺れる。まるで鞭を打たれているかのようだ。だが、それもしばらくすると、やがて沈静化する。 
 そして、急に刀は重みを失い、腕が浮くような錯覚を覚えた。
「……っと」
 私は急に右腕を大きく振り上げてしまい、軽くバランスを崩した。この感覚は何度も経験しているが、いつまで経っても慣れることがない。
 すると、刀から声が聞こえてきた。
<おい、あぶねーな>
 正確には声ではない。直接心に語りかけてきている。この刀は生きているのだ。
 “魂喰”と名づけられたこの刀は、マナの力によって覚醒するアーティファクトの一つ、自らの意思を持つインテリジェンスソードである。おそらく、幻獣の類が中に封じ込められているのだろうが、そんなことはどうでも良かった。
<放り投げんじゃねーぞ、俺は物じゃねーんだから>
 “魂喰”は悪態をついた。
<おま……っわぁぁ>
 私はやや乱暴に流線の軌道を描きつつ鞘から“魂喰”を抜き去ると、苛立ちを込めて命令した。
「お前の仕事だ。とっとと働け!」
<ったく、器つかいの荒い女だな……>
 表情など分かるはずもないのだが、私には“魂喰”が小憎らしい顔をしているように見える。
「うるさい、無駄口を叩く暇があったら、あいつらを薙ぎ払え!」
 私は眼下に群がる盗賊たちを指し示し、再び“魂喰”に命令した。
<へぇへぇ、お前は俺が嫌いなんじゃなかったのかよ。あぁ、俺って可哀想。都合よく利用されて、捨てられるんだわ……しくしく……>
「もういい! お前には頼まん!」
 “魂喰”と戯れている場合ではない。様子をみていた盗賊たちが数を増し、着々と隊列を整えつつある。私は“魂喰”を再び鞘に収めると、盗賊たちへと向き直った。
<おい、待てよ。何もそこまですることないだろ。俺はいつもの……>
「うるさい! 黙れ!」
 私は厳しく叱責すると、盗賊たちとの間合いを計る。ざっとみて十歩。十分射程範囲内だ。
 覚醒した“魂喰”は、魔法に不慣れな私でも容易にマナを操る術を与えてくれる。
「“魂喰”、大きいやつだ」
 私は念を込めて、口の中で古代詩を詠唱した。そして、直線一気。
「疾っ!」
 刀身を鞘走らせて、盗賊たちの方へ向けて抜き去った。抜き去った刃の先の空間が歪み、集められた空気が透明な刃を作り上げる。そしてその刃は盗賊の群れへと襲い掛かった。
 盗賊たちは避ける暇もない。隊列を組んだ事が彼らの仇となった。
 金属ではなく、肉を切る音。鈍く骨まで達している者もいる。エール瓶を転がすように次々と盗賊たちは倒れていき、残った者たちは混乱に陥れられた、辺りは一瞬にして阿鼻叫喚の渦となった。
「……ふぅ……はぁ……はぁ……」
 私は強烈な消耗を覚えたが、懸命に堪える。ここで倒れてしまってはいけない。
 気力を振り絞り、私は敵を睨み付けたまま立ち尽くした。盗賊たちの動揺は深まる。
 それはそうだろう。たった一人に二十人以上も討ち果たされたのだから。のみならず、先ほど息巻いていたリーダーも死んでいる。
 私のような小娘に自分たちの頭が負けたのだ。一人の盗賊が逃げ出した。一人、二人……雪崩をうつように、生き残った盗賊たちは丘から逃げ出した。
「……っ……ぷはぁ!」
 丘から盗賊が完全に見えなくなるのを確認すると、私は大きく息を吐いた。やっと終わった。
「はぁ……はぁ……これでやっと……終わり……ね」
 最後の意地で私は言葉を発した。
 しかし堪えきれず、“魂喰”を地面に突き立てたまま、私はその場に倒れこんだ。
「魂喰……やっぱりまだ、慣れない……おとなしく剣だけでいくべきだったかもしれない、な」
 そうして私の記憶は、ここで途絶えた──

 *

「おいおい、こんな血の海で寝てんじゃねーよ、ティアラ」
 丘の上に男の影が映りこむ。
「まったくお前は……」
 そういって男は、まだ血腥さの残る丘の上で、屍の群れに混じって眠る女を抱き起こした。長い黒髪は血に濡れ、白いであろう肌は血と汗と泥に塗れている。全身は傷だらけで、見ようによっては死んでいるようにも見えた。
 ティアラと呼ばれた女はノルダニア大陸では珍しいノヴァラ族の衣装を纏い、とても盗賊の残党を駆逐した張本人であるとは思えないような繊細な顔立ちをしていた。ただ、引き締まった筋肉は、日々の鍛錬による円熟したものであることを感じさせた。
 もっとも、盗賊の大半を壊滅させたものはティアラではなく、誰だかはわからなかった。
「お前みたいな弱々は、今までみたことねーよ。今まで何人もの“宿主”をみてきたけど、どいつも強かった。体も、心も」
 男は一気にまくしたてた。
「何でお前は弱いのに、何でも自分ひとりで片付けようとするのかな。俺がいなけりゃ、とっくに死んでるだろうに。本当に分からないやつだ……」
 男は女を背中に負うと、ゆっくりと丘を下った。広い男の背中に、小さな体が揺られている。
 小さく寝息を立てる姿は、まだあどけなささえ残している。
「あー、これで俺はまたしばらく眠らなきゃいけないな。まったくつまらん。それに、そうなると魔法を使えなくなって困るのはお前だと言うのに。だいたい、盗賊の駆逐っていう依頼を受けたときに気づけよ。一人じゃ無理な規模だろ、まったく」
 男は誰に向けるでもなく、一人ぼやいた。
 そして、その男のぼやきに答えたのか、背中から女が小さくつぶやいた。
「……ありがと」
 男は何も応えず、そのまま町へと向かった。

 *

 数日後、ティアラが依頼を受けたヴェリの田舎の村が壊滅した。
 “ジャン・バッハ”の貧民窟の酒場で仕入れた情報によると、黒髪の悪魔が現れて村を壊滅させたのだという。村の住人は半数以上が混血種であり、成す術も無く殺され、幸いにして生き残ったものが村を襲撃した者の正体を告げた。
 禍々しいまでの黒い刀を携え、黒い異国の衣装に包んだその男を、人々はこう呼んだ。
 ――黒き魔王、と。
「黒い男……」
 “ジャン・バッハ”の酒場で、大人しくなったインテリジェンスソードを机に立てかけながら、ティアラは呟く。
 目前に座ったベガー・ギルドに所属しているという男は、「ノヴァラの女戦士様なら、簡単に捻り潰せやすよ」としきりにおべんちゃらを言っていたが、ティアラは無視した。
「ときに、男よ」
「へえ、俺はただの男じゃありやせん。名前はガンニック・バードと申しやす。今度、指名してもらえれば、とっておきの情報を用意しておき……」
「次はない」
 ティアラはぴしゃりと言い切った。
「そ、そうでやすか。では、今なにかお探しで?」
「禍々しいまでの黒い刀、と聞いて、何という銘が思い浮かぶ?」
 ガンニックは机に立てかけられた刀を横目で見ながら、そうですなぁ、と思案した。
「有名どころじゃ、かのケルトの有名な魔剣リーズでしょうなあ」
 ガンニックはそういうと、昔話をそらんじてみた。

 魔剣リーズを語るにはまずはケルトの将軍ドミニックを語らないと始まらない。
 17氏族の盟主たるケルト族には、勇猛無双でその名を大陸に轟かせた大将軍がいた。名をドミニック。
 狩猟の腕もさることながら、剣技にも長け、当時のケルトの王バルタザール1世より業物の長剣を授かっていた。剣に名はなかった。王よりの贈り物であるにもかかわらず、豪奢な飾りは一切ない無骨な作りの剣であったと言われている。
 一説には、武人であるドミニックが過度な装飾を嫌い、国の宝物庫の一番奥にひっそりと安置されていた、最も質素な抜き身の剣を選んだのだとも言われている。
 ともかく、ドミニックはこの剣を持ち戦場に赴いた。彼は常に前線に立ち、部下を鼓舞し続けた。武人であると同時に、彼は実に優秀な指揮官でもあった。数多の激戦を潜り抜け千の首級をあげたころ、その無銘の剣は決して晴れることのない赤黒い曇りを刀身に湛えていたという。ドミニックの栄誉はこのときが絶頂であったと言える。
 その後の彼の人生は悲惨なものだった。彼の功績は、国の政治家たちの地位を脅かすに十分なものであったし、王妃との噂が後宮で立ち上り、結果、信頼厚かったはずの王にさえ疎まれるようになった。
 ほどなく、ドミニックは将軍の地位も追われることになる。後進に道を譲るため、とドミニックの面子にも配慮されてはいたが、何のことはない。ただの降格に他ならなかった。
 他人の嫉妬により、没落したドミニックは荒れた。酒に逃げた。彼にとって到底納得いく理由ではない。当然だ。己の身に降りかかった言われない中傷に、行き場のない怒りを覚えた。
 荒んだ彼の心境に、どのような悲劇的な変革があったのかは、今となっては誰もわからぬ。ただ、輝かしい地位を追われたドミニックは、その夜、自らが愛してやまない妻リーズをその手にかけてしまう。
 酒にばかり溺れる夫を叱咤し、口論になったところ、ドミニックが逆上して殺してしまったとも言われている。また、王宮の中には今だドミニックの影響力を恐れる軍閥があり、彼らが仕向けた陰謀だとも。
 しかし、流れだした血は止まらない。どんな経緯でそうなったにしろ。誰かの思惑でそんな結果になったとしても。彼の赤黒い剣は、彼の最も愛する妻を両断してしまったのだから。
 彼を取り押さえようとやってきた憲兵も、彼の剣に皆切り捨てられた。憲兵ごときでは、猛将ドミニックの相手が務まろうはずもない。
 妻を手にかけ狂乱した剣豪は、見る影もない獣と成り果て、無差別に市民を殺戮したらしい。その後ドミニックを見た者はいない。彼を見た者は総じて死肉と化し、屍を白日のもと晒したからだ。
 もう随分と昔の話だ。狂気の将軍は生きてはいまい。
 しかし、彼の愛用していたはずの赤黒い魔剣は、それらしきものが歴史書に散見される。いずれもが剣豪の手に渡り、そして彼らは皆、自らの妻、あるいは恋人を手にかけることになった。
 ドミニックの狂気の呪いか。はたまた、彼に斬殺された妻リーズの無念の成せる技か。
 この恐るべき切れ味の魔剣は、やがてこう呼ばれるようになった。 妻殺しの魔剣『リーズ』と……。

「愛する者を殺すなんて、うすら寒いもんでさぁ。もっとも、貧民窟に住むものとは無縁ですがね」
「……魔剣リーズ、か。そこから洗ってみるか。もういいぞ、いけ」
 なおも口上を続けて、会話を引き伸ばそうとするガンニックにティアラは情報料の金貨を放り投げた。話は終わった、という意思表示である。
 ガンニックは愛想笑いを浮かべると、酒場を出て行った。
「黒き魔王、もしかしたら……」
 ティアラは、かつて友の死を看取った。ただの死ではない。殺されたのだ。
 その友の遺した言葉は「黒い男」だった。
 黒き魔王のたずさえる魔剣リーズはケルトラウデ帝国の貴族の手を転々としていたという。まずはその入手先から調べてみてもいいかもしれない。
「魂喰、いよいよかもしれんぞ」
 ティアラの言葉に、インテリジェンスソードは応えなかった。
 来るべきときに備えて、静かに、ただ眠り続けているようだった。


 『暗闇の意思』――完。


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