『哀愁の騎士』――歌詞のない、メロディ。

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概要

 作者は「◆uOw/lLdGV6」さんが前半の生前の剣士を、後半のファントムアーマーの話を「怪物好き ◆f/wnTODTjY」さんが描き、末尾をYoshiが加筆した。
 前半の話は神話時代、デスティニーギアが起こるよりも前の、歴史に直接関わることのない話。冒頭の時間軸では言語マナがまだ未発達なので、言葉が通じていない。後半は、千年以上経って、ノヴァラ氏族の英雄ヴァレオンが雪山を訪れた話。

登場人物

■ヴァレオン・トーゴー
 ……ノヴァラ氏族の男。妖刀ムラマサを手に、世界を旅している。
■ファントムアーマー
 ……元はヨーロッパ系のヒュマンだったと思われるが、定かではない。

哀愁の剣士


 わたしは一人、窓辺に腰掛けて唄を歌う。それは、鎮魂歌。
 遠い記憶の彼方に、あの人が埋もれないように。埋もれさせないように。

 淡い旋律のそれは、星が散りばめられた夜空に儚く溶けてゆくようだった。
 夜になるとわたしはいつも歌っている。空を眺めて。夜になるといつも思い出す。あの日の恐怖を。そしてそれにも増して強い衝動を覚えるのだ。
(一目でいいから、もう一度会いたい。会ってお礼を言いたい。)
 でも、それは叶わぬ夢だと、わかっていた。

 幼いわたしがまだ一人では生きていく術を知らない頃。運悪くというか、わたしは一人だった。
 物乞いのように生き、時にごみを漁り、時には山野を駆けて日々の糧を得る。そんな、小さな命をただ永らえさせるだけの日々を送っていた。
 だが、それを壊す出来事が起きた。夜、いつものように山に入り、果実など探していると、
「おい、お前」
 背後から野太い声で誰かに呼び止められた。
 恐る恐る振り返ると、そこにはわたしより一回りも二回りも大きな男が立っていた。
「なん、ですか……?」
 無意識に足を後ずらせながら、わたしは何とか声を絞り出した。
「へへへ、可愛いお嬢ちゃんじゃないか。どうだ、俺の相手をしないか?」
「……え?」
 当時のわたしには全く意味が理解できなかった。でも、今なら分かる。幼いわたしの身体をその男は求めたのだ。
 でも何も知らない当時のわたしも何か薄ら寒いものを感じた。
「いや……です」
「うるさい!お前の意見なんざ知るかよ」
「っ……あ!」
 男はずけずけと近づいてくると、乱暴にわたしの腕を取った。痛かった。ちぎれそうだと思った。
「やめ……やめて!」
 力一杯抵抗するが、まるで紙を引っ張るような感覚で、男はあっさりとわたしを引きずっていった。
 その時、本当の意味で“死”を理解したような気がする。
 どうしてわたしばっかり……そのとき、確かに私は世界の不条理を呪った。同時に本当の“憎しみ”という感情も覚えたのだと思う。
 もう駄目なんだ、わたし――目から溢れる悲しさが、頬を伝いそうになった時、世界を呪ったのにもかかわらず、奇跡は起きた。
「えっ?」
 気が付けば男が地面に倒れ伏していた。頭からおびただしい血を流して。
「……」
 あまりのことに、わたしは呆然とした。何が起こったというのだろう。
 ぽん、と、わたしの肩に柔らかな衝撃が走った。
「!?」
 思わず体をこわばらせると、目の前には重そうな銀色の鎧を身につけた一人の男の人が居た。笑顔で。
「……貴方が助けてくれたの?」
「……? ……」
 男の人はしばらく考え込み、もう一度淡い笑顔を浮かべると、わたしの頭をぽふぽふと叩いた。
 言葉が通じてない様子だった。
「えっと、その…ありがとうございました」
 とりあえず頭を下げてみることにした。これなら分かるのかな?
「……。……」
 男の人は笑顔を浮かべると、うんうんと頷いた。よかった……通じた。
 そしてもう一度、柔らかく頭をに手を乗せてくれた。
「……ぐすっ」
 すると、不思議なことに目から涙が溢れてきた。もう怖くないのに、もう辛くないのに。何でだろう。
「……、……!」
 そんなわたしを見て、男の人はわたしの右手を引いた。
「ぅ、ぅ、ひっく?」
 男の人はもう片方の手である方向を指差していた。着いてこいってことかな?
 わたしは着いて行こうと思った。この人なら安心できる。信じていいんだ。
 男の人にしばらく手を引かれるままに歩くと、簡素なテントがあった。そして、彼はしきりにそこを指差した。
「ここで、寝てもいいの?」
 わたしもそこを指差すと、男の人はこくこくと頷いた。
「でも、その……」
 わたしが断ろうとすると、男の人はわたしの目をじっと見つめてきた。吸い込まれそうな、綺麗な青い目をしていた。何だか、断ることが出来なかった。
「……ありがとう」
 わたしは頭を下げると、テントの中へと入った。
 テントに入る前にちらっと見た男の人の笑顔は、今までで一番の笑顔をしていた。
 テントに入ると、そこには毛布が一枚だけ置かれていた。悪いと思いつつもそれを体に巻いて壁に背を預けていると、程なく睡魔がわたしを襲ってきた。
 ……あの人は……誰なんだろう?
 ぼんやりと輪郭を失ってゆく意識の淵で、ゆったりとした旋律を耳にした。
「ラーラーラー」
 男の人の声だった。歌っていた。でも、言葉が理解できない。
 ……なんだろう、この気持ち……。
 詩の受け取れない唄。単調ともとれる平坦な曲調。しかしどうしてこんなにも心が安らぐのか。
 そして、わたしは眠りの深淵へと墜ちていった。

 翌朝。目を覚ませば、わたしはベッドで寝ていた。見たこともないような綺麗な洋服を着て。
 わたしが今起きたことに気づいたのか、おばあさんが部屋に入ってきた。見たことの無い人だった。
 わたしは慌てて事情を尋ねた。おばあさんが言うには、朝早くにわたしをその腕に抱いて一人の男の人がこの家の戸を叩いたらしい。おばあさんは驚いたが、よく眠る私を見て、ベッドを貸してくれたそうだ。
 男の人はやはり何も語らなかったらしい。いや、語れなかったのだと思う。
「あの人はヒュマンだったのよ」
 ヒュマン、とおばあさんはそう言った。このファルネースとは違う異世界からやってきた人のこと。
 ヒュマンは、言葉が通じないんだって。だから、歌もうまく聞き取れなかったんだ。
「それで、あの男の人は?」
 おばあさんは首を横に振った。
 男の人は言葉は話せなかったが、ただ何度も頭を下げると、わたしを預けて何処へともなく去っていったそうだ。
「そうなんですか」
 わたしはなんだか悲しかった。優しくして貰えたのに何でだろう。分からない。
「ねぇ。あなた、もしかしてお父さんもお母さんも……?」
 わたしのボロクズのような服を見て、孤児と分かったのだろう。おばあさんは気遣うように聞いてきた。
 わたしは黙って頷いた。
「そう。じゃあ、うちの子にならない?」
「え?」
「あなた、似てるの。私の若い頃に。とっても苦労してます、って顔に書いてるわよ」
 おばあさんはベッドの縁に腰掛けると、くすくす笑いながら私の顔を拭ってくれた。
 堰を切ったように頬を熱い雫がこぼれ出す。わたしは涙が止まらなかった。
 おばあさんが居るのに、声も殺さないで、泣いた。
 そして、その日からわたしはおばあさんの娘になった―――

 長い時を経て、現在、わたしはもう、妙齢の女性に成長しました。結婚の話も出てきています。
 わたしはおばあさんと一緒に、暖かい毎日を過ごしています。でも、あなたはもう……。
「らーらーらーらーららー」
 飽きることなく繰り返されるメロディー。幾ら紡いだか分からない感情。
 後で知ったことだけれど、あなたは帰る術を求めて、北の山へ向かったのだそうですね。
 そこでは、困っている人がたくさんいた。近くの雪山に幻獣が出るって。
 幻獣は毎夜、村に降りてきては若い娘の魂を食った。
 あなたはそれを倒しに出かけた。なぜならとても強かったから。結果、あなたはそれを成し遂げた。次の日から、幻獣は現れなくなったって、村の人はすごく喜んでいた。でも……あなたは帰らぬ人となった。村の人たちも悲しんでいたわ。
 ああ、あなたの顔をもう、思い出せなくなってきている。青い澄んだ眼、というくらいしか。あなたのミスリルの甲冑も素敵でした。
 わたしはそれをアースのものだと思っていたのですが、あなたはそれをおばあさんの住むこの村で人助けをして、そのお礼にもらったのだそうですね。
 おばあさんは、わたしが大きくなるまでろくに何も教えてくれませんでした。悲しむといけないからって。
 よくよく考えれば、この世界に来て間もないあなたが、幼いわたしを預ける先をすでに知っていて、わたしをここに送り届けたんだなって後でわかりました。以前にも、この村で人助けをしていたのですね。それで、鎧をもらった。
 とても強そうだった、とおばあさんは言っていました。この村であれを扱える人間は長く居なかったそうです。たしかに、あんな重そうな鎧は、ヒュマンみたいに強くないと扱えないかもしれません。
 あなたは、正義感に溢れた人でした。だから、どんな危険も侵し……やがて、雪山から降りてこなかった。あなたは、帰らぬ人になった。探したんです。大きくなって、ひとりで何でもできるようになったから、お礼を言いたくて必死に探したんです。そして、ようやっと答えを見つけたら、こんなにも近くにあった。でも、もうあなたに会うことはできないとわかっただけでした。
 そうだ。あなたの絵を描きます。わたしとあなたが並んでいる、絵を。
 そうしたら、わたしはあなたの顔を覚えていられるし、いつか、あなたの魂のマナがここを通りかかっても、きっとわたしのことを思い出してくれるだろうから。
 一つの唄が終わる。また今日も夜が終わる。わたしは窓枠から降りると窓を閉めた。そして、筆を持つ。
 指先に力をこめ、唄を歌った。歌いながら、ひたすらに描いた。  言葉のない唄が、わたしに未来をくれました。それをわたしは……わたしは生涯忘れません。

 *

 彼は静かに目を覚ました。周囲を覆うのは相変わらずの闇、そして風の嗚咽。
 洞窟の隙間から吹き込む風はこの上なく冷たい筈だったが、彼は感じない。
 ぎしぎし、がしゃり。身動きする度に彼の銀色の体が音を立てた。
 シルバーアーマー。以前、彼がまだ一人のヒュマンであった頃の装備品。それは今や彼自身の身体として存在している。
 がしゃん、がしゃん。肉体と云うクッションの無い鎧がぶつかり合い、また擦れあう。彼はその音を疎ましく思いつつ、洞窟の入り口へと向かった。
 粘つくような闇を背後に残して一歩、また一歩。
 歩みながら彼は以前の己の姿に思いを馳せる。しかしどれもがおぼろげで、そして儚い。

 やがて彼は入り口に辿り着いた。そこで迎えたのは激しすぎる白、そして歌声。

 ――おう おう おう 哀れ 哀れ
 ――残され 縛られ 独りきり
 ――おう おう おう 帰れ 帰れ
 ――闇の奥 光差さぬ お前の死した場所へ

 舞う雪風の音が彼にはそう聞こえるのだった。歌声と共に吹き付ける激しい吹雪が彼を押し戻す。肉体のない彼は、魂のみでこの洞窟に呪縛されている。倒した魔物の呪いで、不死の眷属として生き続けねばならない。
 彼はゆっくりと踵を返して来た道を戻り始めた。いっそ死にたかった。誰か俺を殺してくれ、と彼は歌う。
 吹雪の哀しい唄を背に、彼は静かに闇の中へと消えていく。と、彼は足を止めた。どこか遠くで、懐かしい歌が聞こえたような気がした。遠い、故郷の歌……。
 彼は足を引きずり、また洞窟の中へと戻っていく。
 極寒の大地・ノルダニア。その何処かの洞窟に、哀れなファントムアーマーが住んでいる。

 *

 長い長い時が流れる。千の年をまたいだのか、ファントムアーマーにはわからなかった。
 ノヴァラ氏族の男が、その洞窟を訪れた。
 ファントムアーマーは、ついに来た、と嬉々として男に斬りかかった。
 お互い、剣士だった。手は抜けなかった。だが、ファントムアーマーの望む結末に事は落ち着いた。崩れ落ちるファントムアーマーは問うた。
『名ヲ何トイウ』
 男は答えた。
「私の名前は、ヴァレオン・トーゴー」
『言葉、ツウジ、タ』  ファントムアーマーは満足そうに微笑んだように見えた。もはや、顔などなかったが。
『鎧、我ガ志、受ケ取ッテクレ……勇者、ヨ』
 ヴァレオンの力量を見て、この男ならばこのミスリルの鎧を扱えると考えたのだろう。
 ファントムアーマーから淡い光が立ち込める。そのとき、ファントムアーマーは何か、歌っていた。耳に馴染む、気持ちのよい歌だった。歌が終る頃、ファントムアーマーはファントムアーマーで無くなっていた。ただ、ミスリルの鎧が地面に転がるのみであった。
 ヴァレオンは、しばし、崩れ落ちた鎧を見つめていたが、おもむろに、それを装備し始めた。そして、すべての武具をつけ終わる。
「私は、勇者などではない。だが、お前の遺志は継ごう。ありがたく、いただく」
 ヴァレオンはそう言うと、鎧をぽんぽんと叩いた。脳裏に先ほど、ファントムアーマーが歌っていた唄が流れる。
 他愛ない。仲間同士の再会を、歌ったものだった。
 ヴァレオンは洞窟を後にした。いつのまにか吹雪は、やんでいた。

 山を降りると、太陽がかなり傾いていた。仕方が無いので、近隣の宿をとることに決める。
 部屋に行く前に料理を食べたら、と言われたので、ヴァレオンは台所の隅に、ミスリルアーマーを置くと椅子に腰掛けた。
 宿屋の女将が鼻歌を歌いながら、料理を作っている。
「女将、その歌は……」
「ああ、ごめんなさいねえ。子守唄に使ってたんです」
 女将の目線の先、台所の隅っこには赤ん坊が横になっていた。
「はは、歌詞がないのって、変でしょう。でも、わかんないの。先祖代々、伝わってるのだけどね」
 女将はヴァレオンの前にスープを置いた。
 でもね、と女将は言う。
「なんだか、感情が揺さぶられるのよ。誰かに無性に会いたくなるのよ」
 ヴァレオンは、雪山の洞穴で聞いた歌を歌った。
「そ、その歌は……まさか……」
 歌詞のひとつ聞き漏らさず、女性は口元を抑えている。
 そして、視線を壁にかけられた絵に移す。そこには、女将の顔と似た少女が、重そうな鎧を着込んだ騎士と並んでいる様が描かれている。
「その絵は……」
「遠いご先祖が書いたんです。私たちの一家は、ヴェルシア氏族だから、こういった芸術に秀でているのです。でもこの鎧……」
 ヴァレオンはイラストの鎧と自らの鎧を見比べた。
「わからないが……。なあ、女将」
 女将は言われて、目元から涙が零れ落ちているのに気づいた。
「ど、どうしたんでしょう。なんで涙が……」
 ヴァレオンはスープをすすった。
「あの、さっきの歌詞教えてくれませんか。覚えたくて」
 ヴァレオンは無言で頷き、そして口を開いた。
 再会を祝った唄が流れる。女将はただ、耳を澄ませていた。遠い先祖の代わりに、この声を聞いていた。
 それが何のなぐさめになったかはわからない。
 ヴァレオンは、ふと、絵の中の二人が微笑んだように見えた。気のせいか、と口元を緩める。

 女将は涙を拭いて、ありがとう、と呟いた。
 剣士の魂はまた、剣士に受け継がれていく――。


 『哀愁の剣士』――完。


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