『海の贈り物』――命どぅ宝。

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概要

 作者は前「裸の人」。
 神話時代以前の話、ヒーチャリア帝国の起源ともなった話。

登場人物

■ひーちゃん
 ……沖縄人のヒュマン。アポロンにヒーチャと呼び間違えられる。
■アポロン
 ……ファルン。神獣クオリティに仕える一族の青年。

海の贈り物


 日本に中国から仏教が伝わるよりも前。
 沖縄がまだ琉球國と呼ばれるよりも更に前。
 沖縄の人々は、自らの住むその地を「沖合にある漁場」という意味合いを込め、ウチナーとだけ呼んでいた頃。
 沖縄の人々は、何にも束縛されることなく、気ままに過ごしていた。

 バシャン!

 小麦色の肌をした少女が一人。海に飛び込んだ。が、いくら経っても水面には浮かび上がって来ない。
 幾刻が過ぎたのだろう、しばらくすると少女が水面に浮かび上がって来た。
「今日は、でーじ(たくさん)取れたやっさ」
 少女は手にしたウニを手にして嬉しそうな顔を見せた。
「おうい、ひーちゃんよ!」
 遠くから男の声がする。
「何ねぇ〜!?」
 ひーちゃんとは、少女の呼び名なのだろう。
「今日はどれくらい取れたね?」
 筋肉質の初老の男がひーちゃんの手元を覗き込む。
「いっぺぇ(いっぱい)取れたね! よかったやし!」
 男がにかっと笑う。
「オジー(お父さん)、ちゅー(今日)はご馳走よ」
 ひーちゃんは、ニカッと笑った。
「相変わらず、素潜りが上手だばぁよ、ひーちゃんは。ウチナー(沖縄)で一番さぁ!」
「言いすぎさぁ〜」
 ひーちゃんが笑っていると、オジーは空を見上げいた。
「そろそろ雨が降るね」
 ひーちゃんも空を見たが、空は一向に快晴だった。
「オジー、相変わらずだね。今日はこんなに晴れてるやっし。雨なんて降らないよ」
「海は気まぐれさぁ。早く帰ろうね」
 ひーちゃんはオジーと一緒に家に帰ることにした。
 家に帰ると同時に雨が降り出した。
「オジーの言うことは、やっぱ当たるね!」
 ひーちゃんは驚きを隠しきれない様子である。
「だろう。海は気まぐれなんよ」
 オジーは足をさすりながら言った。
「足痛むの?」
 オジーは海に潜りに行ったときに、嵐にあった。そのときに足を痛めたせいで、海には出られない。
 無理すれば出れるらしいが、ひーちゃんはオジーが海に出るのを許さなかった。
 ひーちゃんは家族を嵐で皆、亡くしている。オジーまで亡くしたら、もう大切な人は誰もいない。そう、今はオジーと二人きりの生活だった。
「にふぇーでーびる(ありがとう)、大丈夫さぁ」
 オジーは言う。足を失った代わりに、天気を読み取る力を得たって。
「海はでーじでーじ(とてもとても)広くて、気まぐれだけど、食べ物や、泳ぐことの楽しみ、ちゅらぢゅらした(美しい)サンゴ、何でも与えてくれるさ」
「でも、与えてくれる分、奪いもするんだよね?」
「そうさ、でもね。奪ったって言っても、それはまた自然に還るだけのことなんよ、ひーちゃん」
「んー。納得いかないさぁ」
「自然に還って、またワッター(ワシら)に戻ってくるさ……あが(ああ)、早く食べないと冷めてしまうさ!」
「であるね!」
 ひーちゃんはにこっと笑って食事を始めた。オジーとのささやかな食事の始まりだった。

 *

 でいごの花が綺麗な季節になり、嵐の時期が来た。そんなある日、オジーは熱を出して寝込んでしまった。
「ひーちゃん、ワー(ワシ)はもうダメさぁ」
「オジー、そんなこと言ったらダメさ!!」
 ひーちゃんは、目に涙を浮かべた。
「……ひーちゃ……ぬちどぅ、た……ゅら……か」
 呟くと、オジーは眠ってしまった。
 ひーちゃんはそれから飲まず食わずで看病したが、オジーの容態は一向に良くならず、オジーはある夜遅く息を引き取った。
「オジー、何でワン(私)を置いてくの?」
 ひーちゃんの悲しみの強さを物語っているのか、外では雨足が強まってきた。ガタガタガタガタと家が揺れる。
 ひーちゃんは静かに立ち上がると、オジーを背負い、家を出た。外は大雨だった。ひーちゃんはオジーを抱いてただひたすらに歩いた。

 たどり着いた先は海。あたりは真っ暗だった。
 海もいつもの真っ青な色とは違い、黒々とした獰猛な並で荒れ狂っていた。
「オジー、一緒に逝こうね……」
 ひーちゃんはオジーと一緒に海に入っていった。
 荒れ狂う波がひーちゃんの身体を包み込む。ただただ混沌とした波に揉まれつつ、ひーちゃんの頭の中には、オジーとの楽しかった日々がよぎっていった。

 幼い頃のことを思い出していた。
「泣くな、ひーちゃん」
 何で泣いていたのか、ひーちゃんも覚えてない。
「あい、わかった!そんなに泣くなら!」
 オジーはどこかへ走って行った。
 ひーちゃんは泣き続けていた。
「ほらっ」
 オジーがいつの間にか戻ってきて、ひーちゃんにグーにした手を差し出す。そして、何が出てくるのかと身構えている、ひーちゃんに手のひらを見せると……その中には綺麗な真珠があった。
「こんなにも、ちゅらぢゅらした(キレイな)真珠さぁ」
 ひーちゃんは嬉しくなって思わず笑顔になった。
「やっぱり、ひーちゃんには、ちゅらさ(笑顔)が似合ってるさぁ」
 オジーはニカッと笑った。

 *
 
 ザァ――。
 ザザァ――。

 聞き覚えのある音が、ひーちゃんの耳に聞こえた。
 毎日毎日、嬉しいときも悲しいときも慣れ親しんできた波の音。目を開けると、ひーちゃんは古い小屋の中にいた。ふと手をつくと、横たわっていた場所が柔らかいことに気づく。藁の上に寝ていたらしい。
「何……で?」
 記憶は鮮明に残っている。
 オジーと一緒に海へ還ろうとしたこと。荒々しい波に飲み込まれたこと。
「あがっ(痛っ)!」
 起き上がろうとして気づいた。どうやら足が折れているらしい。無理に立ち上がろうとしてその場に崩れ落ちた。痛みをこらえていると、オジーの顔が思い浮かんだ。ひーちゃんが怪我をしたとき、病気でしんどいときはいつも、オジーが側にいてくれた。そのオジーは今、いない。
 だが、自分は何故か……生きている。どこかもわからない場所に、一人で。
 ひーちゃんは部屋を見渡した。壁には、魚を取る道具などが置いてある。その中に、先が鋭くとがった銛があった。
 ひーちゃんは痛む足を引きずりながら、銛に近づき、銛を手に取った。思った以上に重い。だがこれならオジーのところにいける。銛を地面に垂直に立て、鋭くとがった部分を胸に当てると、そのまま床に倒れようとした。これなら胸に突き刺さり、死ねるだろう。
「……、……!」
 小屋の入り口から声が聞こえた。何を言っているのかは聞き取れない。突然、現れた青年が、ひーちゃんから銛を引き離そうとする。
「やめてたぼれ(やめてちょうだい)!」
 青年は手を緩めようとしない。ひーちゃんは銛を取られまいと必死になって抵抗した。
「ワンは死にたいの!! 死なせてたぼれ!」
 涙を流しながら叫ぶひーちゃんの頬を、青年は引っぱたいた。
「……! …………!?」
 何を言っているのか聞こえなかったのではなく、言葉がわからない。聞いたことの無い言葉だった。
 青年はしきりに何かを言っているが、ひーちゃんは引っぱたかれたショックの方が大きかったのかぼっとしている。青年は落ち着いたのか銛を、ひーちゃんから離れた場所に置くと、背にしょった袋を地面に下ろした。
 袋を開けると、燻製にした魚が入っていた。青年は一口食べると、一匹をひーちゃんに手渡した。
「いらない」
 ひーちゃんは首を横に振った。
「……、……?」
 青年は何かを言っているが、ひーちゃんにはわからなかった。
「何言ってるやっし?」
「……、…………」
 やっぱり、何を言っているのかわからない。相手も言葉が通じ合わないことに気づいたらしい。身振り手振りで魚を食べろという意思表示をしてくる。
「いらないって!」
 青年はとても悲しそうな顔をすると、思いついたように立ち上がった。
「ちょ、ど、どーしたばぁ(どうしたの)?」
 きょとんとしている、ひーちゃんをソの大きな腕に抱くと外に歩き出した。
「ちょっと、下ろし、下ろして!」
 ひーちゃんは大きな声でわめくが、青年は一向に気にした様子も無く浜辺まで、ひーちゃんを抱えて行った。浜辺につくと、青年のものらしき小舟があった。
「……。……!」
 青年は浜辺に、ひーちゃんを下ろすと、小舟に歩いて行った。ひーちゃんは何をしているのかと、じーっと見ていた。青年は何かを見つけたらしい。嬉しそうな表情で、ひーちゃんに近づいてきた。
 そしてグーにした手を、ひーちゃんにそっと差し伸ばした。
「何……?」
 ひーちゃんが怪訝な顔をすると、青年は受け取れと言わんばかりに手を出している。ひーちゃんが恐る恐る手をのばすと、青年はグーにした手をそっと開けた。手の中には、とても綺麗な真珠が一つ。
「あ……」
 青年はその真珠を、ひーちゃんの手の中にねじ込んだ。

『ほらっ! こんなにも、ちゅらぢゅらした(キレイな)真珠さぁ』
 頭の中にオジーの声がよぎる。ひーちゃんの目に涙がたまってゆく――。
『ひーちゃんには、ちゅらさ(笑顔)が似合ってるさぁ』
 またもやよぎる、オジーの声。
 青年は泣き出しそうなひーちゃんを見て、どうしようかとおろおろしている。
 ひーちゃんは顔をあげて、青年を見つめた。
「いっぺぇ、にふぇーでーびたん(とても、ありがとう)」
 青年はきょとんとした表情を浮かべたのち、意味がわかったのか、とてもとても嬉しそうな顔をした。
 ひーちゃんの今まで見た中でもっとも綺麗な笑顔だった。
『ひーちゃん、ぬちどぅたから(命は宝物)。ちゅらさどぅたから(笑顔は宝物)』
 オジーが最後に言ったことは聞き取れなかったが、今、わかった。きっと、そういうことだったんだろう。
 オジーの伝えたかったことが、今、わかった。きっと、こういうことなんだろう。
「やー(君)、何て名前ね?」
 ひーちゃんが聞くと、青年は首をかしげた。
「な・ま・え!」
 身振り手振りで伝えようとするがわからないらしい。青年は首をかしげるばかり。ひーちゃんはしばし、考えた。
「ワン、ひーちゃんって呼ばれてるの。だから、ヤーも、ひーちゃんって呼んで?」
 自分を指さしながら言う、ひーちゃんを見て、男もわかったらしい。
「ひーちゃんよ、ひーちゃん。ひ・い・ちゃ・ん」
「ヒーチャ、ヒーチャ!」
 男は嬉しそうな顔をした。
「ちょっと違うけど……まあいっか」
「アポロン、アポロン」
 男は自らを指さして、アポロンと名乗った。
「ゆたしく(よろしく)、アポロン」
 手をさし伸ばすと、アポロンも手を伸ばし返してきた。これからこの見知らぬ世界でどう歩んでいくのかは二人次第である。

 ……ここはファルネース――地球とは違う世界。
 ……水神ウチナーに関して、様々な伝記が残されている。

 ヒュマンで初めて、ファルンと出逢ったとされる人物、ヒーチャ。
 ファルンで初めて、ヒュマンと出逢ったとされる人物、アポロン。
 ウチナーの母である人物、ヒーチャ。
 ウチナーの父である人物、アポロン。
 アポロンはファルンであるとされているが、ヒーチャに関しては、ファルンではなくヒュマンであるという説が有力である。
 そして、その娘のウチナーはカオスだともされている。
『世界の始めは気まぐれに万物を創り出すという混沌の海で、混沌の海によって偶然創りだされたのがこのファルネース。そしていずれはまた、気まぐれによって混沌の海に飲み込まれて無くなり、また一から新しい世界が創り直される』という、水神ウチナーの説は、その母のヒーチャによってウチナーに説かれたものであるという説が最も有説である。


 『海の贈り物』――完。


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