『リコ・サイドストーリー』――リコリコ。

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概要

 リコに関するサイドストーリーを二作品。
 1作品目の作者は、冒頭部分を名無しさん。それ以外を「裸の人」。
 2作品目の作者は、「◆rnVQLHXf7Q」さん。
 どちらも、本編とはそれたサイドストーリーです。

登場人物

■内藤 理子(ないとう りこ)
 ……ヒュマン。東京の高校生だった。沖縄の離島出身。
■斉藤 恵美(さいとう めぐみ)
 ……ヒュマン。理子のクラスメイト。合気道の達人。

ここからはじまる


「……だって、あたしメガネをとったら、周りが全部ぼやけちゃって、眼のピントが合わないんだもん!」
 半べそをかきながら、理子は男に訴えた。
 男はやれやれ、といった表情を見せると、鼻を掻き、少し頬を緩めて、
「……まぁ俺たちが付き合うようになったのも、お前の目が悪かったから……だもんな」
 完全に理子をからかった口調で言った。
 理子の顔はどんどん赤くなってくる。
「ううぅ……」
 理子はうつむいてしまう。
「もう、嫌な事思い出させないでよ……」
 ちょっぴり男を恨めしく思いつつ、理子は二人の出会いを思い出そうとする――が思い出せない。
「あれ、あなた、制服じゃないけど、先生に怒られない? それに、その長髪は校則違反じゃ?」
 男は眉間に皺を寄せる。瞳が赤っぽい。日本人じゃないようだったし、格好も変わっていた。
 風景が学校のそれとは変わっていく。大自然の中にリコはいた。
「あ、あれ? なんで、ここはどこ、私はリコ?」

 キンコーンカーンコーン――

 チャイムの音が鳴り、リコは飛び起きた。枕にしていた筆箱はよだれでぐしゃぐしゃだった。
 リコが授業中に寝てようが寝てまいがもう無視する方針にしたらしい、英語教師の終了の合図で教室の中は途端に生徒達の声で賑わい出した。
 下校の時間である。窓際の席で頬杖をついてぼけーっとしていた理子も、いよいよ我に返った。
「でよー、今日、終ったらマック行かね?」
「いいねいいね! そういやお前、昨日のVIPマテリアル見た?」
 隣の席では男子がオタクっぽい会話をしている。今日の夕飯は何だったかなぁと思いを馳せていると。
「理子〜! 何ぼーっとしてんのよ」
 声のした方を見てみると、案の定、親友の斉藤恵美(さいとうめぐみ)だった。
 短くカットされた髪の毛が相変わらず似合ってる。部活、合気道をするのに短く切っているらしい。
「ちょっと今日の夕飯のこと考えててぇ」
「あんたさぁ、もうちょっとシャキっとしなさいよ。天然って言って可愛がられるのも、今だけなんだよ? 大体あんたは──」
 恵美の舌鋒は止まらず、次第に鋭さを増していく。
「ぁぅ……、ぅぁ……」
 籠城する兵士たちが徐々に打ち倒されていくように、理子はどんどんと落ち込んでいく。
「…………」
 理子の心の城を守る兵士たちは、すっかり戦意を失ってしまったようだ。
「──こらぁ、理子! 聞いてるの?」
 恵美が噛み付くように問うと、理子は一瞬、ビクッと体を強張らせて恵美の方を見る。
 そして理子は苦し紛れに、申し訳なさそうな口調で答えた。
「あのう……恵美ちゃん?」
「何?」
「恵美ちゃん、お腹すいてる?」
「何でよ?」
「だって恵美ちゃん、イライラしてるみたい」
 理子が上目遣いで恵美の様子を伺いつつ言うと。
「お腹が減ったらイライラするのかいっ、てゆーか、だ・れ・の・せ・い・よ!」
 恵美は理子の両頬をつまんで、力任せに左右に引っ張った。
「んーーーいひゃい、いひゃいお〜〜〜」
 理子は恵美の腕をつかんで必死に抵抗するが、部活で鍛えた恵美の腕力には敵わない。
 グリグリと上下左右に腕を揺すられ、理子の顔は引っ張りダコの状態となる。
「あんたって娘は〜〜〜」
 しばらくしてようやっと、恵美はやり過ぎたと思ったのか話題を変えた。
「まあ、いいわよ。ね。今日、よかったら帰りに遊ばない?」
「ん〜わたしはいいよぅ」
 理子は首を横に振る。
「いいじゃんいいじゃん。新宿寄ってこうよ!」
「ナンパとかされたらどうするの?」
 理子が断る理由を探しながら、とりあえずもっともなことを言うと、恵美は大袈裟に胸を反らして返答してきた。
「オオ〜、内藤理子様もいよいよ、男女の仲を心配するようになりましたか!」
 理子はそれを聞いて、さっき見た夢のことを思い出した。
 黒の長髪で、赤い瞳の不思議な男の子。
「そ、そそそんなんじゃないよっ」
「あはは、冗談はさておき。ナンパねえ……あんた、そんじょそこらの奴があたしにかなうと思ってんの?」
 恵美の父は合気道の師範である。恵美自身も小さい頃から合気道を教え込まれてきたらしい。今ではれっきとした有段者だ。大の男三人は同時に投げることが出来るらしい。
「気も強いしね」
 先ほどのほっぺた引張りの仕返しに、ちょっとからかってやろう。
「気の強さは関係ないない」
 恵美は首を大きくぶんぶん振った。
「あるある」
 理子が負けずに言うと。
「ねーよ」
 恵美が口を尖らせて言う。
「汚い言葉づかいだなぁ」
「男だらけの家の生まれですから」
「はいはい」
 ふと窓を見ると、空は曇り模様で今にも雨が降り出しそうな雰囲気だった。そういえば、今日は天気予報で雨が降ると言っていた。
「今からだと家に帰る前に雨振りそうだし、雨宿りってことで付き合っちゃおうかなぁ」
「待ってました!」
「その代わり、今日ちょっと英語教えてくれたらねぇ? さっき完全に寝ちゃってたから」
 理子が悪戯っぽく言うと、恵美は顔をしかめた。
「え〜またぁ?」
「あたし、英語苦手なんだもん…」
「へいへい、わかりましたよぉ」
 理子は嬉しそうににへーっと口元を伸ばした。恵美は文武両道、頭もいいのだ。
 ちょっとガサツだけど、優しいし、理子の大切な無二の親友だった。
「行くよ! 理子!」
「あ、待ってよぅ!」
 恵美はもう廊下に出ようとしていた。傘を持つと理子は廊下に飛び出した。
「キャ!」
「何で何もないところで転んでんのよ!」
 理子にとって転ぶことはもはやお約束だった。

 新宿の街は相変わらずの風景である。平日の午後の時間帯ともなると人が多い。
 駅前のアルタのお目当ての店などを一通り物色した。これは恵美が見たいとしつこかったからだ。そのあと、プリクラを撮った。これも恵美が撮りたいとしつこかったからだ。
 ゲームセンターを出たとき、不良っぽい格好をした男二人組が理子と恵美の二人に声をかけてきた。
「そこの可愛い女の子! 今からカラオケ行かない〜?」
 恵美は三人を一瞥すると、「行こ、理子。相手しちゃだめよ」と理子の手を取るとそのままその場を去ろうとした。
 そのとき男の一人が二人の前に出てきた。
 恵美は避けて通ろうとしたが、理子のカバンが男に当たってしまった。
「いってぇぇぇ!」
「おい、大丈夫かよ、ケンジ」
「おいおい、どうしてくれんだ? 折れちまったよぉ。これちょっと病院まで付き添ってもらわなきゃなぁ?」
 理子はどうすればいいのか分からず、はわわはわわと意味不明な台詞を吐き出すだけだった。
「そんな、三文芝居みたいなことしてんじゃないわよ」
 恵美が鼻でふんと笑うと、男の一人は顔を真っ赤にして殴りかかってきた。
「こんのアマ! 調子に乗りやがって!」
 恵美は半身の姿勢になると顔に向かって男が放ってきたパンチを交わすと、自分の手のひらを男の手首にそえつつ、あっという間に男の後ろに回りこむと、もう片方の手を男の顎にそえると、相手の力を利用して男を投げ飛ばした。
「はわ……あわわ」
 どうしたらいいかわからず、ポカーンとする理子。
「い、今の何……?」
 思わず呟いた理子にウインクしつつ言う、恵美。
「合気道の基礎の基礎、入り身投げ♪」
 調子よく言う恵美を見た、残りの二人の男が二人同時に殴りかかってきた。その瞬間、男二人は宙を舞っていた。
「合気投げ♪」
 またも鼻唄交じりに言う恵美に、理子はただただ感心するだけだった。
 ちょうどそのときだろうか、雨がポツリポツリと降り出した。
「いけない、急ごう、理子!」
 二人は傘をさすと、倒れている男三人組をそっちのけで、ミスドへ向けて小走りに走り出した。
 ミスドに入ると、店員さんが相変わらずの営業スマイルで聞いてくる。
「いらっしゃいませ〜こちらでお召し上がりでしょうか?」
 理子も恵美もテキトーにドーナツとコーヒーを注文すると席を確保する。
「さぁてっと…」
 恵美が先ほど買い物した服をチェックしている。
 じーっと見続ける理子に気づいた恵美が、「どうしたの?」と聞くと。
「いや、恵美ちゃんってほんと強いんだなぁって思って」
「あんたねぇ。あんたからみたら誰でも強くなるわよ」
 理子は大の運動音痴である。
「それ無しにしても、恵美ちゃんは強いよぅ。あたしにも合気道教えて?」
 理子はしばらく考え込む仕草をした。
「じゃあ、休みの日とかにウチ来れば教えてあげるわよ。」
「やった〜!」
 また、せっせと服を見始める恵美に、理子は声をかけた。
「あのぉ、恵美ちゃん? 勉強のこと忘れてない?」
「え、もう疲れたし今日はいいじゃーん」
「もう、約束したじゃない」
 理子がホッペタを膨らませながら言うと、恵美は手を横にぱたぱたと振って、「ジョーダンジョーダン、マイケルジョーダン」と言って笑った。まったくつまらないギャグだが、彼女の中ではここ数日の大ブレイクらしく何度も聞かされた。
「さて、英語始めようかしらね」
 最近ずっとこうやって恵美に勉強を教えてもらっているせいか、理子の学力は上がってきた。このままいけば、大統領も目じゃないかもしれないとか訳のわからないことを考える。
 理子がそう思って、にまにましながら聞いていると恵美は怪訝な表情を浮かべた。
「理子、顔がゆるんでるよ?」
「え、あ、そう?」
「好きな人でもできた?」
 恵美がにたーっと聞いてくる。
「あ、あたしは好きな人いないよぅ!」
 本当のことだった。
「そうなん〜? そんな風に思えへんけどなぁ〜?」
「何で関西弁なのよぅ〜!」
「ワタシ、キレイなニホンゴワカリマセーン」
 エセ関西人の次はエセ外国人である。
「なにそれー」
 私語を交えつつ、勉強していると気づけば、時計の針は六時半を指していた。
「理子、六時半だよーもう帰ろうよー」
「あ、ほんとだ。帰らなきゃ怒られちゃうね」
 今からだと帰るのが七時過ぎになってしまう。
「理子、フレンチクルーラーもう一個余ってるよ?」
「んー。時間ないしいいかなぁ……」
「二個も頼むからでしょうが」
「だって、ふわふわして美味しいんだもん」
 正直もったいないなぁと思っていると、店員さんが通りがかった。
「こちら、お袋にお包みいたしましょうか?」
 気を利かせてくれたので満面の笑みで「はい、お願いします!」と言ったら、恵美に笑われた。
 フレンチクルーラーをテイクアウト用の袋に詰めてもらって、店の外に出ようとしたときに理子は気づいた。
「あれ、あたしの傘、ない……」
 店に入るときに持っていたはずなのに無い。席に戻ってみてもやっぱり無い。店員さんに聞いてもやっぱり無い。
「あたしの傘ぁ〜」
「何でここまで来た時はあって、店に入ったら無くなってんのよ!」
「だって、無いものは無い……」
「どっかそのへん、立てかけといて盗られたのかねぇ」
 恵美が頭をぽりぽりしながら言うと、理子はますます泣きそうな顔をした。
「わかったわかった! いれてあげるから! 泣かないの!」
「ありがと、恵美ちゃんっ! ダイスキ!」
「ほんと、ころころ変わる子ねぇ」
 恵美は呆れつつも、傘を広げると理子を誘ってやった。
「女同士、相合傘か〜」
 恵美は悪態をつくが、理子は嬉しそうだ。
「いいじゃない〜楽しいしっ」
「まぁ、嫌ではないからいいけどね」
「恵美ちゃんは彼氏は?」
 理子は先ほどのマックでの仕返しとばかりに質問する。
「バッ、いねーよ!」
「アハハ、何顔赤くしてるの」
 図星だったのだろう。顔を赤くする恵美。
「あんた、濡れて帰りなさい!」
「ごめんごめぇん」
 駅に向かっている途中にそれは起きた。
 新宿西口前へ行くための横断歩道を渡っていると、突然、トラックが走ってきた。
 トラックの運転手は居眠り運転をしているらしい。周囲の人たちは悪天候だが、その接近に気づき、慌ててよけた。
が、理子と恵美はそれに気づかなかった。
 二人で一つの傘、悪天候、談話。全ての条件が重なり、気づいたときには目の前にトラックが迫っていた。
「危ない!!」
 恵美の声が大きく響く。
 理子の眼にはトラックの車体しか映っていない。しかし、そのトラックと重なるようにして、妙な光の穴が見えた。
 そこから輝く粒子のようなものが出てきて――
「ばかっ、理子!」
 恵美の叫び声が聞こえ――それを境に、理子の意識はブラックアウトした――。


 ――『ファルネースの聖女』へ続く。

理子の視力検査


「ひまよね〜。りこ」
「ひまね〜、めぐみちゃん」
「現状考えると仕方ないんだろうけどね」
「でもまいっちゃうよね〜」
「暑いし」
「よね〜」
「でもこういう時にお金持ちで美形で優しい王子様との出会……」
「それはない」
「ひまよね〜」
「そうよね〜」
 穏やかな昼下がり。ヒーチャリアという国で、二人はだれていた。他の仲間たちは、それぞれ修行と称して頑張っているが、たまの休息もよいもの。何より二人は久々の再会を楽しみたかった。それくらい、ばちは当たらないだろう。
 陽は晴れ渡り、空に浮かぶ真っ白い雲は、ゆっくりと旅を続けていた。平原を通り抜ける街道は人もまばらで、新緑に映える並木は涼しげな陰を生き物たちに与える。風は清々しい木々の香りを運び、肺も心も一杯にしてくれる。
 人も鳥も花たちも、緩やかに過ぎていく時を、ただ楽しむばかり。全てのものは、ありふれた午後のひとときを満喫しているような気がした。
「そうだ、視力検査でもやろう!」
 理子が唐突にわけのわからないことを言い出したのはそのときだった。
 こうして、二人の生命をかけた視力検査が始まろうとしていた!(おおげさ)

 *

「はーい、じゃあこれは?」
「う〜〜〜ん、右!?」
「じゃあ、これ!」
「む〜〜〜、下だ!」
 広場の一角の木陰でテーブルを挟み、恵美と理子が視力検査をしている。
 理子は額に眼鏡を掛けたまま、次々と答えていくが、恵美が差し棒で記号を指す度、間違った方向を答える。
「これは?」
「上! 上! 志村〜あはははは」
「……馬っ鹿。じゃ……これは?」
「え、えーっと、左上……かな?」
 理子にとっての視力検査は、記号の形を確認するテストではなく、その記号の向いている方向を言い当てるゲームとなっているようだ。
 恵美はすっかり呆れてしまう。
「……あんたねぇ、勘で言ってたって一個くらい当たるでしょうよ。ある意味、才能だわ」
 両手を腰につき、左右に首を振りながら、恵美は鼻でため息をつく。その言葉の意味も考えずに、理子は照れ笑いを浮かべた。
「え、才能? 照れちゃうかな? ……えへへへ」
「馬鹿……褒めてない」
 恵美は額に手を当てて、今度は大げさにため息をついた。
 恵美は理子の真横に座ると、テーブルの上に片手をつき、その上に顎を乗せる。そして理子の眼鏡を鼻まで下ろし、その瞳を直接覗き込んだ。
「それにしてもあんたって、ど〜〜〜しよ〜〜〜もないド近眼よね。逆に感心するよ」
 恵美は理子に言葉を投げつけた。その言葉に理子は頬を膨らませる。
「……私だって、好きで目を悪くしたんじゃないもん」
 理子は上目遣いで、手堅くバントで言葉を打ち返してきた。しかし恵美は動じない。何度も同じ手に掛かるものかとばかりに、恵美は返す。
「まあね、あんた本読むのだけは好きだもんね」
「まあね!」
「その割には大して賢くないけど」
「う……ひ、ひどい……恵美ちゃん……」
 理子は頬を赤らめ、目を潤ませる。あっさりとファースト送球ワンアウトとなった。
「それにしてもあんた、眼鏡掛けてないときはいっそ、目を瞑ってた方がよっぽどましなんじゃないの? 実際そのくらい見えてないでしょ」
 恵美は追い討ちを掛ける。
「そんなことないよー。眼鏡掛けてなくても、私だってちゃんと誰かくらいは判断つくもん」
 理子は反論すると、脇から何かが近づいてきたことに気がついた。
「あ、どもども、クザンさん。お久しぶりです〜」
 理子は手を大きく振り回しながら、挨拶をする。恵美はそれにつられて、理子の声の先をみた。
「げ……クォティ……」
「ブーーーン」
 近づいてきていたのは、クォティだった。クォティは喜んで二人の周りを走り回る。
「…………」
 恵美は唖然として、開いた口が塞がらない。
「え、やだなー。恵美ちゃん、この人はクザンさんだよ」
 理子は朗らかに言った。クォティはぐるぐると二人の周りを旋回し続ける。
「理子……あんた本物ね」
 恵美は理子の凄さを再確認した。
「ブーーーン」
「いい? 理子、あれはクォティ。クザンどころか、そもそも人間じゃないの。ほら、ちゃんと眼鏡掛けて見てみなさい」
 そう言って、恵美は理子の眼鏡の位置を合わせてみせる。だが、理子の反応は恵美の期待を裏切った。
「あ……本当だ。クォティだー!」
 理子は両手を前に突き出して、掌を広げて振り回して喜んだ。
「ブーーーン」
 クォティも喜んでいるようだ。いつもと表情がまったく変わらないが。
「あんたって娘は、本当に変わってると言うか、何と言うか……困ったものね」
 恵美は呆れつつも感心する。改めて理子の顔をマジマジとみた。
「えー、でもクォティとってもいい子だよ?」
「いや、そうじゃなくてさ……」
 恵美は言葉を失った。この娘には勝てない、と改めて思い知らされ、本日三度目のため息をついた。
「ねぇ、恵美ちゃん。ため息ばっかりついてると、うつ病になっちゃうよ? あんまり難しい事考えないで、気楽にいこうよ、ね」
 理子は真剣に恵美を心配した。だが、それが恵美の神経を逆撫でた。
「ムカッ! もう怒った! あんたなんかこうしてやる!」
 恵美は大声でどなると、椅子を弾き飛ばして立ち上がり、理子の眼鏡を奪う。
 そして、テーブルに置いてあったタオルで理子の目を隠した。
「どうだ! これでも生意気な口を叩くか!」
「やーん、やめて恵美ちゃん! 酷いよ!」
「うるさい! 許して欲しかったら、その状態で眼鏡をみつけてご覧なさい!」
「いやー、暗いよ、狭いよ、怖いよー」
 理子は泣き叫ぶ。だがそこへ、恵美の冷静なツッコミが入った。
「……ちょっとマテ。狭くはないだろ」
「あ、そうか……えへ」
 理子は舌をみせてごまかした。
「あんた、絶対この状況を楽しんでだろ……」
 恵美は自分が遊ばれているような錯覚に陥った。
「とにかく、その状態で眼鏡を探してごらん。そんなに遠くには置いてないからさ。ゲームだと思ってやってみなよ」
 恵美は椅子に座っている理子に促した。
 理子は先程までの馬鹿騒ぎと違って、少し落ち着きをみせている。精神を集中でもさせているのだろうか。
「分かったー。じゃあやってみるね」
 理子は目隠しをしたままの眼鏡探しを始めた。
 恵美はテーブルに差し掛かる木の枝に眼鏡を引っ掛けていた。今の理子の位置からは、立ち上がって少し移動をすれば、すぐに手が届く場所にある。ほんの意地悪のつもりだから、少し探したら根を上げるだろう、そうしたら許してあげよう、とそんな風に思っていた。
 しかし、である。
 少し考え事をしているようだった理子はやおら立ち上がると、足つきは多少ふらつきながらも、真っ直ぐに眼鏡のある場所へと向かっていった。そして、枝の下に立ち止まると、そこから再び思案を始めて、右足の爪先で二回地面をノックし、そのままゆっくりと右腕を上方へ伸ばすと……
「あ……あったーーー!」
 いとも簡単に眼鏡の位置を当ててしまった。
 恵美は愕然とした。自分の目が信じられない。この娘にこんな力があるなんて。奇跡だ、そう思わずにはいられなかった。
「理子……あんた……」
「ねーねー恵美ちゃん、当たりでしょー?」
 理子は手に掴んだ眼鏡を見せ付けるように振り回しながら、喜んだ。恵美はまだ目の前の出来事が信用できない。恵美は理子のそばまで寄ると、目隠しを外して確認した。
「あんた、本当に見えてなかったんでしょうね?」
 目隠しに使ったタオルと理子の顔を交互に見比べる。
「何もないわよ……ね」
 恵美は押し黙った。
「ねぇ、恵美ちゃん。ゲームもう終わり?」
 理子は質問をしながら、眼鏡を掛けようとしている。その姿を眺めていて、恵美は咄嗟になにかを閃いた。理子の腕を掴んで、眼鏡を掛けさせるのを止める。
「理子、ちょっとこっち来なさい」
 恵美は理子を再びテーブルに戻す。そして今度は目隠しをしたまま、視力検査を始めた。
「理子、これは……?」
「んっと、左」
「これは?」
「多分、右上……かな?」
「じゃあ、これ」
 クォティを引き寄せ、指し棒で示す。
「それは……むむむ、クォティだ!」
「……正解。……凄い、理子、凄いよ!」
「ブーーーン」
 指し棒が若干、頬に突き刺さったまま、クォティは走り回った。彼(?)なりの賞賛の表現だろう。いつもより多めに、伸ばした腕で羽ばたいていた。
 恵美は理子のところまで駆け寄り、抱きついた。
「あんた、凄い! 天才! 私はあんたがこんなに出来る娘だったなんて知らなかったよ! 感動した! 感激した!」
 恵美の抱擁の嵐が理子に降り注ぐ。
「うは、恵美ちゃん、くすぐったいよ! いやぁぁ、お嫁に行けなくなっちゃうぅぅ!」
 理子は笑いながら恵美の攻撃を受け止めた。

 次の日、恵美は周囲の人間にそのことを触れまわり、理子は一躍、みなの注目を浴びる事となった。
 賑やかなヒュマンの二人組がまた面白い事をするらしいと評判を呼び、多くのものが広場に集まる。
「ふふふ、では証明してご覧に入れよう」
 普段は眼鏡も掛けないくせに、恵美は白衣と眼鏡姿で現れる。一方の理子は、当然目隠しをされて立っている。
 恵美は自信満々で、視力検査を開始した。
「さあ理子、これは?」
「えと、それは……右」
「え……? じ、じゃあこれは……?」
「うーんと、それは左だと思う」
「ち、ちょっと待ってよ。じゃあこれは?」
「それは左上だよ。恵美ちゃん」
 理子は名探偵にでもなりきった風に答えた。しかし……
「何だよ、ひとつも当たらないじゃないか」
「くだらねぇ。無駄な時間を過ごしちまったよ」
「メグミって娘、嘘なんてつくような娘だとは思わなかったよ」
 集められた人々は、口々に落胆の声を漏らしながら立ち去っていった。
 しばらくして、周りが静かになったので、理子は目隠しを取り、眼鏡を掛けた。
 すると、突然、ドサっと音がなり、何かが地面に倒れこんだ。理子は驚いて地面をみる。
「あは……あはは……あははは……」
 穏やかな昼下がり。そこには魂の抜け掛かった恵美がいた。


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