『ぼくはサムライ』――志は、受け継がれていく。

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概要

 作者は、「◆UIxKy8r6BM」さん。加筆を「Yoshi」。
 カンディア連合内部の話。カンディア連合も決して一枚岩でまとまっているわけではなかった。
 情勢が変わりゆく中、守るべき主人を見つけた“現代のサムライ”の姿を描く。

登場人物

■黒武者十日夜(くろむしゃ・もえ)
 ……ヒュマン。原宿ではちょっとした顔だったらしい。優れた剣術家。自称サムライ。
■ブエンディア大佐
 ……アトランテ人。妻はいるが子はいない。最近は反カンディア派となりつつある。

ぼくはサムライ


 黒武者十日夜(くろむしゃ・もえ)の人間性を語るなら、それは『男殺し』の一言に尽きる。
 まず見た目からして蠱惑的だった。拘束衣とドレスの合いの子みたいな真っ黒の民族衣裳(?)に、百合のように白く細い身体を包んでいる。それに加え、真っ黒なルージュを引き、柄や鞘の拵えはおろか刀身まで漆黒の日本刀を常に抱えるその姿、鮮やかな白と黒のコントラストは、見る者の心を奪わずにはいられなかった。
「民族衣裳じゃなくてゴスロリだよう。こう見えてもね、原宿辺りじゃちょっとした顔だったんだ。って、言っても分かんないか」
 とは本人の弁。
 ここ最近、ブエンディア大佐の目覚めは困惑に満ちている。
「あ、お早よう大佐。やっと起きたんだね。お寝坊さんだぞっ」
「……なあ、クロムシャ」
「お早ようって言いなよ、大佐」
「私の寝台に潜り込むのはやめてくれないか」
 起きたらまず、首にしがみつく十日夜の腕を解くことがブエンディア大佐の毎朝の日課となってしまった。
 いったいなにが面白いのか、十日夜はブエンディア大佐の寝室に夜な夜な忍び込んでは、こうやって彼を抱き枕代わりに用いている。
「えー、でも、大佐ってばとってもいい匂いがするんだよう」
 そんなことをとても可愛い顔で言ってのける十日夜に、ブエンディア大佐はほとほと困り果てていた。
 十日夜が今着ているのは例の民族衣裳ではなく、ブエンディア大佐の細君から借りている寝巻だ。薄い胸板、細い腰、小さなお尻が無意味に強調されている。なんと言うか……色んな意味で目の毒だ。もっとゆったりした寝巻を仕立ててやらねばならない。
「クロムシャ、今日は予定があるのか?」
「ないよう。ヒマヒマヒマ」
「なら、街に出掛けよう。君はもう少し、身の回りの品を揃えたほうが良い」
「え、嘘、デート!? わーい!」
 十日夜がブエンディア大佐の首に飛び付くのと、細君が寝室のドアを開けるのは、ほぼ同時だった。
「あなた、モエちゃん、朝食の用意が――って、あなたっ! あああ朝っぱらからなにを破廉恥な」

 *

「しっかし、見事なモミジだねえ」
 ブエンディア大佐の横顔を覗き込みながら、十日夜は感心したように頷いている。
 彼の頬には、細君の手形が紅く印されていた。
「痛い?」
「いや……」
「ゴメンね、ぼくのせいで」
 『目で殺す』を地でいく、十日夜のチャームアイに射抜かれ、ブエンディア大佐はたじろぐ。
「問題ない」
「でも、ぼくは大佐を護るのが仕事だから、それなのに怪我させちゃダメだよね」
 ブエンディア大佐はカンディアの要カンディスを守る立場にある。
 カンディア連合は、隣のアナトリア連合と冷戦状態にあった。
 そこで、彼の護衛としてつけられたのが、十日夜である。
「大佐の護衛はこのぼく、プリティでロリロリな黒武者十日夜にお任せだよっ!」
 とかなんとか意味不明なことをのたまいながら、例の格好で官舎に転がり込んできたのが最初の出会いである。
 護衛が来る、という話は聞いていたが、こんな幼女然とした人間がくるとは聞いていなかった。しかもこいつはファルンではなく、ヒュマンであるらしい。
 そこに、本国の悪意を感じた。
 ヒュマンを擁護するアナトリアは悪、とするカンディアにおいて、ブエンディア大佐はヒュマンを容認するような発言を多々してきた。
(人に、種族の違いごときで、善悪を判断するのは間違っている……)
 度々、そう思っていたからだった。
 しかし、あまりにも軽率に動きすぎたこと、また、彼の地位を狙うものから度々その生命を狙われることもあった。
 しかし、このブエンディア大佐。力でもって、のしあがってきた男である。そこらのものに負けることなどなかった。
 そこに、この……十日夜である。ヒュマンであることは、半ば彼の地位を陥れるための計略といえた。殺せないなら、社会的に殺そうということか。もしかしたら、このヒュマンが自分を殺す刺客だったのかもしれない、ブエンディア大佐は一度、尋ねてみたことがあった。
「え、その通りだけど?」
 いとも容易く肯定された。
「でも、大佐のほうがいい。ぼく、ここに来てひどいことしか言われたことないのに、大佐だけは違ってたもん」
 十日夜を送った者はすぐわかった。
 ブエンディア大佐と敵対する勢力だった。
「ああ、依頼主は殺しといたよ。だから僕は正真正銘、大佐の護衛だよ。あ、実力なら大丈夫。アースじゃ、厳しいお師匠様についていたから」
 実際、腕は立った。何度か命を守られる度、ブエンディア大佐は十日夜を信用するようになっていった。何より、嘘のつけない目をしているように感じたからだった。

 近年、益々、カンディア連合の空気は重いものになっていた。
 それはアナトリア連合が二人のヒュマンの力によって、マナシップを開発したことに起因する。しかし、カンディア連合はアナトリアに送っていたスパイから即座にその技術を仕入れた。そして、負けないほどのマナシップを完成させた。
 しかし、それは決して喜ばしいことではない。
 それはつまり、この街もどんどん物騒になっていくことの証明にもなっているからだ。戦争が、近かった。
 カンディア連合内部でも対処に於いて意見が大きく別れ、内紛の一歩手前という段階までに発展している。
 多くの野心と思惑が入り乱れ、カンディア連合は瞬く間に混沌の渦に叩き込まれた。

 昼間はまだ、以前のような秩序を保っている。だが、夕暮れになると街の姿は一変する。
 各国間の裏工作と諜報戦が繰り広げられ、その血の匂いに当てられた。それはまさしく魔都であった。

 革命と閉塞と。
 人の熱気が渦巻く中で、時折ただよう血と死の匂い。
 それが今のカンディス、カンディア連合の首都だった。

「すっかり遅くなったな……急いだほうがいい」
 黄昏に染まる路地裏を急ぎながら、ブエンディア大佐は不安げに呟いた。
「大丈夫大丈夫、ぼくがついてるじゃん」
 なぜか嬉しそうに、十日夜が応える。その仕草は夕暮れの日を浴びて、いっそう美しく見える。
 ふと、ブエンディア大佐の手に冷たいものが感じられる。それは十日夜の細い指で、絡み付くような感触
に、彼は思わずどきりとする。
「……クロムシャ?」
「大佐、止まって」
 路地の先、一人の男が行く手を塞いでいた。男はゆっくりとブエンディア大佐の正面に立つ。
「ブエンディア大佐とお見受けする。今日もヒュマンを連れてお散歩かな?」
「ああ、そうだが……君は?」
 男は抜き身の短剣を両手に握っている。最初からそのつもりでいることは間違いない。
 ここアトランテ大陸で、銃ではない、というのは非常に怪しい。よほどの達人であると窺えた。
「あなたに恨みは無いが、死んでもらう」
 その目付きは剣呑な色を帯びていた。下手な動きを見せると、すぐさま切り掛かってくるだろう。
 さすがに緊張するブエンディア大佐だったが、
「大丈夫」
 そう言って、十日夜がブエンディア大佐を背後に庇った。
 おそらく十日夜のことをブエンディア大佐の小さな妾くらいにしか思っていなかったのだろう。男は怪訝
そうに十日夜を見る。
「なんだ? 女子供の出る幕では――」
「運がないね」
 十日夜がぼそりと漏らす。
「な……?」
 十日夜が、一気に間合いを詰めてくる。左の腰にためた日本刀が抜かれようとしていた。
「ノヴァラ氏族だけが剣を操れるわけじゃないんだよ」
 男の思考が十日夜を敵として認識するより先に、一流の暗殺者としての本能が男自身に反応を促した。
 男は逆に半歩下がり、左半身を前に出す。
(左で受けて右で殺す!)
 両手にそれぞれ握った短剣の重みを確かめ、今度は理性の声を脳内に響かせる。
 十日夜の動きにタイミングを合わせ、男は左腕を差出し――どすっ。
 男は、血の気の引くのを感覚しながら自分の左腕が宙を舞うのを見ていた。
(最初から……オレの腕を狙っていたのか)
 男の想定外の事態であった。「戦いとは即ち一撃必殺の応酬だ」という、暗殺者に特有の固定観念が、その失策を呼んだのだ。
 十日夜がゆっくりと近づく。男はこれ以上は無駄であると痛感しながらも、残った右腕をそちらへ向けた。
「で、どうする? 続ける? 無理だろうね、あんたの刺客人生、もう終わりっぽいもんね。まあもし、この世が生きていくに値しないものになっちゃったって言うなら……手伝ってあげないこともないけど」
 茫然自失な男の意識にも、それが介錯の申し入れであるということは理解できた。
 冷たい声、冷たい瞳。だが、これまでに出会った誰よりも、美しかった。
「貴様……何者だ」
 言いざま、男は最後の力を振り絞って、ブエンディア大佐に狙いを定めて右腕を振りかぶった。
 それが徒労に終わると確信しながら。
 果たして、男の首に冷たい感触が差し込まれる。最後に働いた男の感覚は……聴覚だった。
「ぼくは、サムライ」

 *

 官舎の玄関前で、ブエンディア大佐は立ち止まった。
「どしたの、早く入ろうよ。ぼく、お腹ぺこぺこなんだよ」
「クロムシャ」
 声音に潜む真剣さを汲み取って、十日夜は姿勢を正してブエンディア大佐へと向き直る。
「はい」
「正直なところ……私は人が死ぬのを見るのは嫌いだ。君が人を殺すのを見るのも、快く思っていない」
「ぼくは人が死ぬのを見るのは好きです。人を殺すのも……まあ相手によりますけど、おおむね好きです」
 あまりにもさらりと言うので、ブエンディア大佐は二の句が継げない。
「しかし、君……」
 十日夜はこっくり頷き、そして微笑んだ。
「だから大佐、貴方はぼくの希望です。人を殺すしか能のないぼく、人を殺すことしか考えられないぼく、それでも、そんな貴方がぼくを使ってくれるなら、なにか意味のあるものを生み出せるかも知れない。貴方がぼくの主君になってくれるなら、ぼくは人を生かすために刀を振るえるかも知れない。貴方はぼくのことをどう思ってるか分かりませんが、ぼくは貴方のしもべです。この身の全てを貴方に捧げる準備はできています」
 真っすぐにブエンディア大佐を見つめる十日夜へ、彼は、なにかを言おうと口を開いた。
 その時、玄関の扉が開かれ、顔を真っ赤にしたブエンディア夫人が表れた。
「あああああああなたっ!! 私という者がありながらそんな小さな子に手を出すつもりですかっ! モエちゃんも! 捧げるとか捧げないとかもうちょっと操は大事にしなさい! もっと大好きな人が現れるまで初めては大切に取っておくのいいわねっっ!?」
「おい……もっと冷静になれ。私がそんなことをするわけ、ないだろう」
「分かりませんよあなた昔っから手が早いじゃありませんか可愛い子には目がないじゃありませんか!」
「しかしだな、どんなに可愛くても、クロムシャは男の子だぞ」
「それでもっ!」
「あ、ぼく、大佐ならオールオッケーだよっ。多分」
「ほーらほらほらほらモエちゃんはこう言ってますよあなたもオールオッケーなんですかそうなんですかっ!?」
「クロムシャ……頼むから話を引っ掻き回さないでくれ」

 ブエンディア大佐にとって、黒武者十日夜との出会いが良いことなのか悪いことなのか、
 それはまだ誰にも分からなかった。


 『ぼくはサムライ』――完。


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