『一寸話集』――一瞬で読める話を集めたもの。

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概要

 かなり短い作品のみを集めました。
 時間軸、登場人物はばらばらですが、そのまま何も考えず読めると思います。

目次

・破滅を求めるもの
・アトランテの伝説
・ファルネース博物館の幽霊
・マナの使い方
・願いの玉
・渡り鳥のギター
・知識猫
・不思議な少年
・使い魔
・大陸への夢

破滅を求めるもの(作者:1◆F9FDd5.NK2)

 ──不毛の地に、一人の男が閉じ込められていた。
 いや、それは気が遠くなる年月を遡ったときに男だったものだ。

 男は、かつては優秀な学者であった時期もある。
 彼は世界で初めてのカオスだった。彼は生まれたときから呪われていた。周囲のマナと同化し続ける、忌まわしき呪い。彼は、マナの一部でありやがて全てとなろうとしていた。肉体を持たず、故に朽ちることもない恒久の存在。

 彼は絶望した。
 一握りの望みにかけて様々な生物に様々な実験を施した。だがそれは出来の悪い化け物を生んだだけに終わった。様々な考えを思いつき、絶望していく中で、彼は最悪の解決法に至り……十七始祖によって阻止された。

「我はマナ、我は世界。世界を滅ぼせば我も滅びる」
 しかし、男は甦った。
 こうして長い年月を経て生み出された「世界」は自分を滅ぼすために活動を開始した。

 彼の名前は「ファルネース」──世界そのもの。

アトランテの伝説(作者不詳)

 大気が震えていた。
 空が怒り狂っていた。
 大地が悲鳴をあげていた。

 そして、人々は恐怖に打ち震えていた。

 神の怒りに触れたのかと人々はただひたすらに祈りを捧げた。
 しかし、いつまでたっても状況は変わらない。
 雷雨が襲い掛かり、風は木々を切り裂く勢い。
 地面は揺れ、空はまるで全てを吸い込むかのような漆黒、それがどれくらい続いたのだろうか。
 太陽が姿を見せないため、人々は時間の感覚を失っていた。
 何日? 何週間? 食料の蓄えが底をつき始めたある日――。
 突然、その大陸は完全な闇と無音の世界に包まれた。

 人々は皆例外なく気を失っていたようだ。
 気がついた者は、家から出て、その世界の変わり様を目の当たりにした。
 巣に閉じこもっていた動物たちも続々と姿を見せ始めた。
 透き通るような青空、吸い込むと心が満たされるような空気。そして、人々は全身に満ち溢れる力を感じていた。
 人々は元の平和な暮らしに戻っていった。
 神に祈りが届き、新たな力を授かったのだと信じた。

 これは神話の時代よりさらに前、すでに地球でも伝説としてしか知られていない国のお話。
 周囲を海に囲まれ、他国と国交のなかったその国“アトランティス”の人々は、ここが全く別の世界で、大気にマナが満ち溢れていることなど、知る由もなかったという。

 ――アトランテの伝説より抜粋。

ファルネース博物館の幽霊(作者:名無し、Yoshi)

 デスティニーギアから数百年。
 人々は徐々にマナの恩恵を預かりにくくなり、魔法も扱えなくなってきたが、マナ工学の発達によって、現在では誰もが容易に機械人形(オートドール)を保有する事が可能となった。特に女性型オートドールは若い男性の間で 大人気であるが、そのプロトタイプに関しては、次のような逸話が残されている。

 オートドールの発明者である神楽坂博士はアースの出身であった。博士はアースにおいても物理学の権威であった。
 ある日、博士は愛する娘を失ってしまう。悲しみのあまり、飛び降り自殺をはかったところ、偶然にもゲートが開き、ファルネースに迷い込んでしまう。
 死のうと思ったのに死ねず、絶望に打ちひしがれた博士は、神にもすがる思いで、ある教会を訪れた。博士はそこで眼にした。自分の娘に生き写しの像を。
 ファルネースに伝説として伝わる女神リコの肖像画であった。
 そして、彼女の逸話を耳にし、その生き様に感動し、彼女と同じ様にファルネースのために生きようと決意したのだという。
 こうして、神楽坂博士はマナ工学の様々な分野において重要な貢献を果たしたのであった。特筆すべきは、マナと科学の融合の集大成とも呼べる、完全自律型のオートドールの開発。そのオートドールは、ファルネースの女神である彼女の名を取り「Riko」と名付けられた。
 プロトタイプは姿形も女神リコを模しているが、教会からクレームが来たために現在、女神リコを模したものは出回っていないと言う。オートドールプロトタイプ「Riko」はファルネース博物館にいまでも保管されている。

 ――『機械人形とその歴史』より

 *

「あぁ〜今日も夜勤かよ」
 制服に身を包んだ男がデスクに座りながらあくびをする。
「ばっきゃろ、金もらってんだから文句言うな、マーシ」
 マーシと呼ばれた男は、器用に椅子を回転させると、眼鏡をかけた真面目そうな男に向き直る。
「お前はほんとに真面目だよな、タータ」
 タータは眼鏡をくいっと上に上げると言った。
「ここは神聖なる歴史を保存した博物館だぞ。貴重なものもたくさんある。伝説の聖剣やら、魔法書とか……」
「はいはい、そうでござんす。じゃあ、俺は一周り行って来ますよっと」
 マーシはずっと座っているのが窮屈だったのか伸びをすると部屋を後にした。
 廊下は暗く、最小限の証明だけがつけられている。
「相変わらず、夜歩くと気味悪いな〜、お化けでも出るんじゃねぇか?」
 ついつい、つぶやいた声が廊下に大きく反響し、マーシはびっくりして口を押さえる。
 古めかしい鎧などが並んでいて、一瞬、人かと見間違えたりすることもあるが、そういったことを覗いてもこの博物館には霊が出ると言われている。
何せ、古の時代からの資料を保存しているのだから、いわくつきの物も少なくはない。マーシは、この科学の発達した世の中に霊など存在しないと信じきっていた。タータは別だったが。
 だから毎回、見回りはマーシが行く。マーシが文句一つ言わずに見回りに行くのには一つの理由があった。
 女神リコを模したオートドール。世界に一つしかないと言われているプロトタイプ「Riko」である。一人きりでRikoを見つめるのは、マーシのささやかな幸せだった。
 混乱の世に、颯爽と現れ、人々を幸せへ導いた、慈悲の女神。その生きていた時代に思いを馳せるのは幸せ以外の何物でもなかった。Rikoの置かれているフロアに下りた瞬間、違和感を感じた。
 何かが居る――マーシの背筋に冷たいものが走った。泥棒かと思ったが、これはそんなもんじゃない。何か人外の――例えるならこの世でない者の気配だった。マーシは恐怖を感じつつも、Rikoのある部屋へ向かった。
 いつもと変わらぬ配置。Rikoも元通りの位置にある。盗られているものは何も無かった。ただ……一つだけ違っていたのは、Rikoの前に何かがいたことだった。それは薄明かりの中で白くぼやけて見えていた。
 月明かりに照らされたそれはこの世の者とは思えなかった。
「で、で、出た、デタ!!」
 マーシは叫ぼうとしたが声が出なかった。逃げようにも腰が抜けて動けない。そうこうしてる間に、それはマーシの方をゆっくりと振り向き一言言った。
「クォティィイイイイイ、ブーーーーン!」
 何を言っているのかわからない。マーシはあまりの恐ろしさに気絶してしまった。
 それはマーシにはすぐに興味を無くし、Rikoをじっと見つめた。そして悲しいような、懐かしいような顔をすると、一雫の涙を落とし、何処かへ消えて行った。
 同僚のあまりの遅さに心配したタータがRikoのフロアに足を踏み入れると、Rikoの前で気絶しているマーシを見つけた。マーシは意識が戻ったときに、タータへ告げたという。幽霊が出た、と。

 *

 オートドールRikoの設置された部屋には、夜中になると、白い男の霊が現れると言う。
 男は悲しそうにすすり泣き、やがて消える。
 男の霊の正体はわからない。

 ――ファルネース博物館の七不思議

マナの使い方(作者:奈々氏)

「おまえはマナの使い方がなってない。ちょと向こうで見てろ」
 ハブラは僕の手から乱暴に包丁を奪い、いきなりマナ板に突き立てた。
「アリをばらすときにはこうやるもんよ」
 ハブラは砂の上のアリのうち、一番太ったアリを掴むと、マナ板の上に放り上げた。
「まず頭を取る。いいかこんな風にケツを持ってよ……」
 ハブラはいきなり両手でアリの腰を持つと真横に大きく振りかぶり、マナ板の包丁の刃めがけて叩き付けた。
 辺りにしぶきが飛び、アリの頭は僕の手の中にあった。
「そいつを鍋に入れときな。ダシをとるんだ」
 アリの頭は僕には重すぎる。僕は言われたとおり、腰砕けになりながらも、素早く僕らの鍋にアリの頭を入れた。鍋からアリの頭から出た汁があふれた。
「火をつけるよ。もういいにおいがする」
 僕は鍋を見つめた。鍋だけはいつだってピカピカに磨いてある。僕は火をつけた。鍋の中身はすぐに沸騰し始めた。
「ナイフを出せよ」
 ハブラはもうアリの足を全て胴体から切り離していた。僕に一本、アリの足を投げてよこした。
「その足毛を剃るんだ」
「毛を?」
「毛だ」
 闇が迫っていた。僕らが夕食を食べるとき、君は何をしてるだろう。

願いの玉(作者:こんなんでどうよ?願いの玉/◆F9FDd5.NK2)

 神なる時代、ライオネックという神獣がいた。
 彼は人間と触れ合う事を好み、進んで人間の住む集落に降りる数少ない神獣であった。
 その集落の人間もライオネックを好み、ライオネックのために宴を何度も開き、この神なる存在を歓迎した。
 ライオネックはさらに人間に惹かれ、徐々にこの人間という生き物になれたらと強く思うまでになっていた。
 ある日、ライオネックは下位である聖獣のひとりに話しかける。

「ムーグヴァルド、お前に願う事がある。我は人間になりたいのだ」
 幾多の存在を創りあげし聖獣ムーグヴァルトは驚きながらそう答える。
「何を狂いますか? ライオネック様。人間は最も愚かなる民ですぞ」
「ムーグヴァルドには分かるまい。人のその深謀さが。人とは我々を超えるだけの可能性を秘めた存在なのだ」
 ムーグヴァルドは長い沈黙の後に答える。
「よいでしょう。ならば貴方様に人の愚かさを教えてさしあげましょう」
 ムーグヴァルトはその身を翻すと、自らの姿を一つの歪んだ宝珠へと変えた。
「ム、ムークヴァルド!?」
「我は今から後、願いの宝珠というアイテムとなります。人々の欲望を叶えし罪深き宝珠。果て無き欲望を叶え続けねばなりませぬ。その様子を見て、人間の愚かさを知ることとなるでしょう。我が犠牲、無駄にならぬことを祈ります」
 後に残るのはただ一つの宝珠のみ。

 *

 願いの玉といえば、こういう話がある。

 羊飼いヨルドは信心深さでは、村の誰にも負けないと自負していた。知恵も、マナの扱いにも疎く、他の村の者たちからはどちらかというと蔑まれる存在であった。正直であること。健康であること。それだけがヨルドの取り柄であった。
 そんなヨルドにも神以外、心惹かれる存在があった。村長の娘オリシアである。真っ白な肌に美しい容姿。この村でただ一人、ヨルドを守ってくれる理解者でもあった。ヨルドが村の若者から頭の弱さを貶されていたときも、オリシアだけは彼を擁護してくれた。
「いいこと、ヨルド。知恵がなくても、あなたには優しさがある。誰にも負けない……そして、それは最も大切で、難しいことなのよ」
 ヨルドはオリシアの言ったことの半分も理解できなかった──彼女が早口すぎたためだ──が、彼女が自分を守ってくれる、とてもとても大切な存在であることに気付いていた。
 しかし、そのオリシアが重い病気にかかった。流行り病だった。死を待つだけの過酷な余生をオリシアは送らないといけない。ヨルドは村長の邸宅を訪れ、幾度もオリシアの看病をさせてもらえるよう願い出た。
「頭が足らぬとはいえ、オリシアの病気の恐ろしさが分らぬとは……。あの子はもう無いものと思っている。少しでも、あの子のことを思うなら、あの子の代わりに賢く生きるがいい」
 取り付く島が無いとはこのことだろう。ヨルドは、オリシアの看病を願い出るたびに門前払いをされた。知恵の無いヨルドは、少ない脳みそで必死に考えた。どうしたらオリシアを看病できるのか?
 やがて、その命題はより大仰に、どうしたらオリシアの命を助けることができるのかへと変わっていた。知恵が足りぬものだから、彼女のかかった病が決して命の助かるものでは無いということが分らなかったのだ。
「われらの……我らの祖、らいおねっく様……オリシア様をおまもり……くだ、ください」
 ヨルドは毎晩祈った。
 毎晩、毎晩……。やがて百夜が過ぎ去る頃、ヨルドは夢を見る。
 真っ黒な光──そうとしか表現できない──が、哀れな羊飼いにコブシ大のいびつな形の玉を手渡し言うのだ。
「おぬしの百夜の魂をこれに吹き込んでおいた」
「あ、あなた様は……らいおねっく様……?」
「否。だが、叶える者である」
 言うと、闇の光は、真実の闇へと溶けて消えていった。
 奇怪な夢を見た次の日、ヨルドの手には不思議なことに夢に見たのと同じ玉があったという。
「らいおねっく様でなくとも良いです。お願いです。オリシア様を……おた、お助けください」
 仕事もそこそこに、ヨルドは玉に祈った。
 雇い主が呆れ、ヨルドを首にした後も、彼は寝食を忘れてひたすらに祈った。

 玉がヨルドの手に現われてから、一月後のことだった。ヨルド想い人のオリシアは他界してしまう。しかし、ヨルドは悲しまなかった。
 むしろ、人が変わったかのように働き出した。舌足らずのヨルドとは思えない利発で、聡明な働きぶりに村の人は皆、舌を巻いたという。
「ヨルド、そういえば、あの玉はどうしたね? 随分大事そうにしていたが……」
「ああ。あれは“わたしたち”には必要ないので、もう他に行きました」
 にっこり笑って言うヨルドの瞳の奥には、チロチロとマナの炎が揺れていた。

 時は遠くはなれて神獣も眠りし今。宝珠は“願いの玉”と呼ばれ、人々に求められ続ける。
 今宵もまた、一つの願いが叶えられた。そしてまた次の願いを叶えるため、宝珠は人の手を渡り歩く……。

 *

 願いの玉といえば、こういう話もあった。

 ――彼が愛の調べ。
 ――唯一つの純粋な愛。
 透き通るような夜空の下。見上げれば飲み込まれそうな満天の空の下。
 ぽつり。ただ一人佇み男は歌う。
 ――ただ一人の想い人のため。
 ――病に伏せる最愛の人のため。

 ある日、声が聞こえた――ヴェルシアの子よ。汝の強き願い、契約によって叶えよう。
 ただの神話としか思っていなかった「願いの玉」が目の前に現れたのが数日前、同じように想い人に歌を歌っていた時のこと。
 ――だがその代償は汝がその病を引き継ぐこと。即ち汝の命があと一年ほどで消えてしまうことに他ならぬ。
 玉はなおも言葉を続ける。
 ――我は汝の覚悟を問う。汝の願いの強さを問う。もしも願いが真に強いものであるならば……。

 願いの強さ?  そんなものは強いに決まっている。何を問われることがあろうか?
 男の答えには、迷いはなかった。

 *

 結果、男は今、男は想い人と遠く離れた地で最後の希望を探している。
 想い人が無事であろうとも自分が死んでしまうのであれば意味がない。
 悲劇の主人公を気取り、涙を浮かべる彼女に笑みを浮かべれば満足か? 自分が病に伏せ、悲しみを浮かべる彼女を眺めていれば満足か?
 男はそうは思わなかった。私には彼女がいなければ意味がない。同じように彼女にも私がいなければ意味がないのだと思った。
 願いの玉の契約を破棄した男は今日も歌い続ける――最後の希望を探し当てるためにさすらいながら。

渡り鳥のギター(作者不詳)

 ノルダニア大陸の中心。音楽が栄えている街、「ヴェリ」がある。
 何千年も昔から、ここの人々は音楽と暮らして来た。音楽の歴史が長いと楽器の中には名器というのが存在するわけで、「渡り鳥のギター」もその内の一つ。
 このギターは真っ赤な胴と7本の弦を持っている。とても美しい音色を奏でるが、このギターを手にしたミュージシャンは誰一人として、若くして命を落としている。
 不思議な事に、ギターの持ち主が亡くなり、他人の手に渡る度にギターの銅の赤色が濃くなるのだ。

 こんな逸話がある。
 ある国の王は、敵対関係にある相手の国王にこのギターをプレゼントしたとの事。
 間もなく、ギターをプレゼントされた王は亡くなった。
 昔から多くのあこがれと恐怖を集めて来たギター。今は誰の手にあるのだろうか……。

知識猫(作者:奈々氏さん)

 暗い暗い森の中。そこは暗く、凶暴なモンスターが多い。
 普段は森の奥にいるモンスターでも、時折、森から出てくることがある。理由は簡単だ。マナだけでは空腹を満たせなくなるからだ。
 そして、今。不幸にも、つがいの雄の鳩が一匹のモンスターの被害にあった。雌の鳩は木の上の方にとまって自らのパートナーが食べられていくのを見ていた。
 雄鳩を食べているモンスターは黒く大きく、猫の形をしていた。体長は尻尾を伸ばしきれば2メートルはあるだろう。
「すまないな、我輩には知識が必要なのだ。この周辺の地図の知識がな」
 猫はマナを通じて、雌鳩の脳に直接、語りかけた。彼女は驚き、猫をじっと見つめた。
「我輩の名はまだない。強いて言うなら……知識猫とでも呼んでくれ」
 知識猫と名乗った猫は再び、雌鳩の脳に言った。雌鳩は恐ろしくなったのか勢いよく飛び立つと、森から離れていった。知識猫はその姿を鳩が見えなくなるまで目で追い続けた。鳩の恐ろしがっている様子が姿が見えなくなっても、マナを通じて知識猫の心に届いていた。

 *

 知識猫はファルネースのモンスターではない、もちろんただの猫でもない。幻獣だった。
 幻獣とは字の通り、幻界にいる獣だ。知識猫とは生き物の脳を食べることで、その生き物が学んだ知識や能力を自分の脳に取り込むことの出来る種族だ。現存種は少なく、この知識猫は種族最後のものかもしれなかった。
 だが、そんなことは今、この知識猫にとってどうでもよいことだった。なぜなら、もうこの知識猫は幻界に帰れないからだ。
 この世界に呼び出されたのは二日前。一人の貧相な男によって呼び出された。
 呼び出された場所は荒れ果てた荒野で、その男は知識猫を呼び出すとすぐにこう聞いてきた。
「どうしたら金が手に入る?」
「働け」
「どうすれば楽に暮らせる?」
「さあな、金があれば楽なんじゃないのか」
「なら、どうしたら金が手に入るんだ?」
「働け」
 男はこの3つの質問をしただけで、あとは諦めたのか一人でぶつぶつつぶやいていた。
 知識猫は男を無視して地面に寝転ぶと、いつのまにか寝てしまっていた。
 二十分ほどたった頃だろうか、男は知識猫によろよろと近寄ると、ナイフを不意に突き刺した。ナイフで刺された激痛で知識猫は目が覚めた。
「お前は使えない。だから、お前の毛皮を売っておれは一儲けする」
 男は目に恐怖を浮かべながら言った。やはり幻獣である、この知識猫が怖いのだろう。
「むう、こしゃくな……離せ!」
 知識猫は男から逃れようと暴れるが、男のナイフは深々と体に刺さっていた。男はそのナイフを必死に掴んで離さなかった。
「離せと言っておるだろう!!」
 知識猫が威嚇のために叫ぶと、男の首に噛み付いた。
 男は知識猫に噛み付かれると、ナイフから手を離して、知識猫の口をどうにか開けて逃れようとしていた。知識猫は尻尾を器用に使い、ナイフを体から引き抜くと、男を解放した。
「お主、幻獣を甘く見るな!」
 知識猫が更に脅しのために、器用に尻尾を用いると、ナイフを男の耳横をかすめるよう投げた。
 それに男が驚き、後ろに大の字で倒れた。倒れた拍子に石に頭をぶつけ、男は痛そうにもがいていた。
「これにこりたら、もう二度とこんな事はするな。我輩の知識は貸してやろう。だが、決して答えではない。答えはお主が見つけるのだ」
 知識猫は言ったが、男は地面に横になったまま動かなかった。
「どうした、寝たのか?」
 知識猫は男をつつくが反応がない。知識猫はまさかと思い男の口に尻尾を当てた。
息がない。死んでいる。
 知識猫の思考が一瞬、止まった。
 幻獣はファルネースで呼び出した主人を殺せば、幻界に戻れなくなる。知識猫は前に食べた他の幻獣の知識でそのことを知っていた。
「我輩はこんな男のために……」
 知識猫はふらふらとその場を去った。

 *

 鳩は意外にも様々な知識を脳に持っていた。
飼い主の名前、この地域の地図、一つの種族の生活の知恵、ファルネースに時々違う世界からやってくる何か。
知識猫は考えた。この飼い主は何か我輩の知らない知識を持っているかもしれない。
「もしかした幻界に帰れるかもしれない…」
 思ったことが言葉となって漏れ出た。
 そして、知識猫は鳩を丸々食べ終えると、鳩の翼をマナで作り、どこかへ飛び立っていった。

不思議な少年(作者:◆z.OEPl4ZfU)

 僕は、街から街へと旅する流れ者。
 僕が故郷の街を出てから、早五年くらい流れてる。
 これだけ街から街へとフラフラしてると色々な人に出会う。
 今日はその旅の中で出会った少年について語らせてもらうよ。

 その日、僕はとても暗い森をいつものように鼻歌を歌いながら歩いていたんだ。いつもはお気楽な僕だけど、その森はとても不気味な雰囲気で、春なのに鳥肌がたつような風が吹く森で、僕の鼻歌もついつい裏声になっていた。
 僕は恐くて、心なしか早足で、気付いたら走っていた。視界の外を流れていく景色が暗やみの中で怪物の顔に見えたり、妙な物に見えたりして、早く森を抜けようと走り続けたんだ。
 そして、転んだ。景色が一回転した。頭にひどい激痛をうけて、空に落ちていく……いや、実際には何かにつまづいて転んだのだから空に落ちるはずもないんだけどね。
 一度転んで冷静になってみると、なんだ、明るいじゃないか。僕は明るい光に照らされていた。辺りを見回すと森の広場みたいな所だった。木々の天井はなく、日光は遮られる事無く降り注いでいる。
「少し休んでいくか」
 頭の痛みで気付かなかったが、長い間走ったせいで心臓は今にも破裂しそうだし、膝もすりむいていた。
 不気味な森で立ち止まるのは嫌だったが、ここなら文句はない。
 視界にはいるのは日光に照らされた木々、さえずる小鳥の歌、沢山の魔物の死骸、血まみれの少年。どれも癒される……癒され……
「ううわわーーー!!」
 僕は思わず叫んでしまった。何で気付かなかったんだろう。
 何体もの魔物の死骸が重なり合ってちょっとした山になっている。その山の上に少年はいた。
 少年は片膝を立て、空を見ていた。
 僕がずっと見ていると、こちらに気付いたのか、少年は喋りかけてきた。
「おじさん……怪我してるね」
 誤解されないように言っておくが僕はおじさんなんて呼ばれる歳じゃない。今年23になったばかりだ。でもまあ、見たところ少年は12から13歳ってとこだろうか。
「ああ、大した怪我じゃないよ。君、そんなとこにいたら服汚れちゃうよ?」
 少年はすでにもう血まみれなのだが、僕は混乱していてそれぐらいしか言えなかった。
 少年は聞こえてるのか、いないのかボーとしてる。
「おじさんはどこからきたの?」
「ずっと向こうのノルダニア大陸ってとこの、ヴェリからだよ。ミディリア大陸にくるのは初めてなんだ。剣の塔ってのが見たくてね」
「ふうん……」
 少年は興味なさそうだったが、僕は今まで旅してきた色々な土地の事を少年に話してあげた。
 少年に聞きたい事は山ほどあるが、聞けるような雰囲気ではなかった。少年は僕の話に一応耳を傾け頷いてくれている。ふいに僕の横を突風が吹き抜け、少年が視界から消えた。
「おじさん、ちょっと離れてた方がいいよ」
 背後から声をかけられ、びっくりして飛び退いた。
 それと同時に鮮血が辺りに飛び散った。
 僕の目の前に魔物の生首が転がってきた。少年は新たに血を浴びていた。手には、小さなナイフか、ダガーのようなものを持ち、森の奥をずっと見ている。
 不気味な風がまた吹いてきた。少年は森の騒めきに耳をすませ、小さなダガーをかまえている。
「まだ……いる。おじさんは逃げた方がいい」
 森から黒い影が二つ飛び出してきた。
 少年は地を蹴り上げ、宙を舞う。黒い影の上空から剣を振り下ろし、着地と同時に隣のバケモノに肘鉄を喰らわせ、そいつも撃墜した。
 少年のその動きに唖然としていた僕だが、我にかえり少年にかけ寄った。
「お……おいっ! 君も早く逃げよう!! ま、まだいるかもしれない!!」
 少年は僕の顔をその返り血を浴びた無垢な顔で見つめると少し笑ったように見えた。
「駄目だよ……姉ちゃんを待ってるんだ」
 凄い衝撃を感じて、吹き飛ばされた。言ったとおり、まだいたのだ――バケモノが。
 少年との距離が一気に離れ、僕は大木に激しく打ち付けられ、気が遠くなっていく。
 最後に僕が見たのは、新たな魔物の返り血を浴びた少年。
「……おじさん、ありがとうな」
 確かに聞こえた気がした。僕はそのまま意識を失った。
 僕が目を覚ましたときには少年はいなかった。僕は一人横たわっていた。あれは夢だったのだろうか?
 でも僕は確かに聞いた。あの名前も知らない少年の言葉。
 あの後、僕は一昼夜、あの森を探してまわったが見つける事はできなかった。
 僕は何もわからないまま、その地を後にした。

 これが不思議な少年との話さ。
 数年経ったいまだからわかるんだけど、あそこって、ノヴァラ氏族の修行の場所だったんだね。少年もきっと、ノヴァラ氏族だったんだろう。
 ファルネースには謎が満ち溢れているけど、その謎は別の人から見れば謎でも何でもないのかもしれない。
 でも、不思議は不思議でとっておきたいな、って思うこともあるさ。だって、こんな不思議な経験ができるのもこの広いファルネースならではだから。何事もヴェリの街にいるだけじゃ経験はできないもんだ。
 広い広い、ファルネース。そこに何があるのか見つけたくて、僕は流れているのかもしれない。

使い魔(作者:◆Usnu4kRAYoさん)

 ニックは怒っていた。それこそ頭に血管が浮き出るほどの怒りだった。
「お兄ちゃんの馬鹿!!」
 ニックはチョコレートが大好きで部屋にはいつも数枚のチョコがストックしてあった。チョコレートはアースから来たという、すばらしいお菓子だった。今日も勉強しに学校に行く前に食べてから家を出た程、ニックはチョコが好きだった。
 学校では、いじめっ子のマイクにからかわれてたりもしたが、家に帰ればチョコがあると思えば笑顔で帰宅できた。……が、チョコはなかった。犯人が誰なのかすぐにわかったニックは二階にいる兄にどなりこんだ。
 案の定、犯人は兄のジョージだったが、ジョージは大してわるそびれた風もなくニックを追い返した。そして今にいたる。
「お兄ちゃんの馬鹿!!」
 ニックはベッドにうつぶせになりながらイライラを押さえていた。
 ニックは何でも優秀な兄のことが疎ましかった。それと同時にマナもろくに扱えない自分も嫌いだった。ベッドから降りて宿題にとりかかるが、頭から別の事が離れない。ニックはマナを扱えない自分が嫌いだったが、黙ってその分に落ち着くほど大人しくはなく、9歳という年齢では考えられない程の知識を持っていた。マナが扱えなければ、知識をつければいい。サウル氏族の父はよくそう言っていた。
 それは父譲りの才能だったのかもしれないが、努力も人一倍した賜物だったのだろう。頭に浮かぶのは兄の事、自分の事、チョコの事。宿題も手に付くはずもなく部屋をでた。
 ニックの向かった先は父の書斎兼研究室だった。途中、ジョージとすれ違ったが目も合わせずに通り過ぎた。
 ジョージがニックを目で追いながら薄ら笑いをしてた事などお構いなし。父の書斎は莫大な量の魔法書や研究資料、器材が山のようにそびえ立っている。ニックからしてみれば、どれも宝の山だった。気晴らしに悪戯でもしようと魔法書に手を伸ばしたが、この前、3件隣のマリーの家を火の魔法で全焼させてしまった事を思い出して手を引っ込めた。
 幸運にもマリーのローストビーフはできなかったものの、父に磔の魔法でお仕置きをくらったのがトラウマになっていた。しばらくニックは考えたが氷の魔法なら無問題と結論をだして書物の山を漁りだした。
「氷……氷と……ん? 何だこれ?」
 ニックは変わった表装の本を手に取り、いぶしかげに見つめた。
 表紙も背表紙も光沢のある黒い鱗でできていて、所々に宝石のような物がちりばめられていて、金の文字でタイトルが書かれている。
「ア、アーク……フェルト……?」
 中身をみると難しい古代言語が並んでいたが、ニックには簡単に読めてしまう。
 むしろ、難しければ難しい程にニックはそれを読もうとして、知識を増やすだろう。
「これに決めた!!」
 ニックは自分の部屋に戻りそのアークフェルトを開いた。効果はわからなかったが、とりあえず何魔法なのか知りたかった。深く考えずに呪文の詠唱をはじめた。
「彼の者、より赤き血を受け継ぎし者……黒い月を貫く銀の槍を守る者……我が意志を――」
 ニックはその難しい古代言語をスラスラ詠唱していく。
「――にあり。我が名は彼の者を呼び出す者、彼の者を操りし者!」
 途端に部屋が闇に飲まれてゆく。昼なのに太陽の光が一筋も入らず、それどころか周りに何があったのかも見えない程の漆黒の闇。
 ニックが予想外の出来事に震えていると、床があったであろう場所が光り輝き、魔法陣が現れた。魔法陣から青紫の煙が立ちこめて、辺りを充満させていく。
 ニックは怯えながら煙を見つめていた。すると煙の中央に何かが現われたことに気付いた。不気味に立ちこめる青紫の煙が薄れて、そのモノの形がはっきりとした。
 そのモノは狼そのものだった。いや、そのものではない。狼の格好をしているが頭部が三つもあり、狼より二倍も三倍も大きな体をしていた。
狼モドキは何やらキョロキョロ辺りを見回してるようだった。ニックが声にもならない悲鳴をあげようとした時、それは話し掛けてきた。
「おい……小僧。俺を呼び出した奴はどこにいる?」
 どこから声を出しているのか、深くくぐもった声で話し掛けてきた。
「俺を呼び出したのはお前の親か?子供をおとりにして逃げるとは嘆かわしい。……おい、親を呼んでこい。ひっぱたいてやる」
 ニックはこの怪物にひっぱたかれたら父は多分死んでしまうだろうと思い、できるかぎり大きな声で叫んだ。
「僕があなたを呼びました!!!」
 怪物はきょとんとした顔をしたかと思うと、三つの口でゲラゲラ笑いだした。
「何をいうかと思えば……お前が? その小さな頭のどこに古代言語を詠唱できる知識がつまってるっていうんだ?」
 ニックはちょっとムカッときてアークフェルトの呪文をもう一度詠唱してやった。
 怪物はさらにきょとんとした目でニックを見ている。
「どうやら本当らしいな。で……望みはなんだ? 幻獣であるこの俺を呼び出したからには何かして欲しい事があるのだろう??」
 今度はニックがきょとんとした。
 怪物はニックのきょとんとした表情をみながらさらに続けた。
「暗殺でもなんでも請け負うぞ? 望みとあれば、この町を小一時間で焼け野原にする事も可能だが?」
 ニックは家一件焼いて、磔の魔法だったら町一つ焼いたらどんな罰をうけるのかと身震いした。仕方ないのでこう言うしかなかった。
「……ないです」
 怪物の顔はぽかーんとしている。
「……おもしろいジョークだな、小僧。俺が半世紀も寝てる間に、学校の教育制度も変わったのか?そのジョークは授業でならったものか?」
 今度はニックがぽかーんとする番だった。
「だから、特に用はないんで……す」
 ニックは出来るかぎり丁寧に告げたつもりだったが、怪物の表情はみるみる恐くなっていく。
「ふ、ふふ、ふざけるな!! このアークフェルト様を呼び出しておいて用がないだと!? 願いの玉と化したムークヴァルドにさえも引けをとらないこの俺様を呼び出しておいて用が…………!?」
 怪物は自分の言った事がちょっと大袈裟過ぎたな、訂正しようかなと考えてる矢先に、ニックは怪物のあまりの恐さに大泣きをしていた。
「うわーん、うわーん!!」
 怪物は誰に助けを求めるでもなくキョロキョロしながら後頭部をポリポリかいて困った。
「お……おい! 泣き止め!! 小僧!!」
「うわーん!! うわーん!うわーん!!」
 泣き喚くニックの前で怪物はオロオロするしかなかった。
「ぁぁーー!! 小僧!! こっちを見ろ!!」
 怪物が叫ぶと同時に銀色の光が怪物の体を包みだし、小さくなったり大きくなったり姿を変えていく。
「どうだ?これなら恐くないだろ?」
 今、ニックの前にいるのは怪物ではなく、銀色に輝く長い髪に深い緑の瞳、人間には出せるはずもない妖しい色気を漂わした、長身の女性だった。
「あれ? 怪物はどこいったの??」
 ニックが真ん丸な瞳にたまった涙を拭いながら尋ねた。
「我々、幻獣はお前等人間と違ってタンパク質で構成されてない。体の大半の細胞はマナで構成されてるから決まった形などないのだ。怪物の姿をしたのは召喚士を驚かすためだ。まさか、こんなガキだとは思わなかったがな……」
 ニックはまだヒックヒック言いながらも落ち着きを取り戻し女性に話し掛けた。
「……さっき、何でもいう事聞いてくれるっていったよね?」
 女性は嬉しそうにニンマリ笑った。
「おっ? 何かして欲しい事があるか? 何か持ってきてやろうか? 何だ!? 100カラットのマナストーンか? 宝石をちりばめた魔法書か?」
 ニックは満面の笑みでこう言った。
「チョコレートがいい!!」
 女性は顔を引きつらせながら真後ろに倒れた。怪物だった女性、魔族アークフェルトは思わず怒鳴りつけた。
「んんなぁぁぁーーーー!!!! チョコ!? お菓子!? いい加減に……わかった!! 泣くな!! 持ってくるから!!」
 ニックはポロポロと涙をためてアークフェルトを睨んでる。
 アークフェルトは文句を言いながらも、青紫の煙に姿を変えるとニックの目の前から姿を消した。
「ほら、持ってきてやったぞ」
 アークフェルトはどこから持ってきたのか様々な形のチョコを山のように持ってきた。
「ありがとう、アーク!!」
 アークフェルトは顔を少し赤くした。
「説明するのを忘れてたが、これで契約が成立したからな。3年間、お前の使い魔をしてやる。が、その後は自由だ。いまさらキャンセルは効かないからな」
 ニックはチョコを口いっぱいに頬張りながら頷いてる。
「……とんだ主人に出くわしちまったな。まぁ、いい。俺は眠るから用があったら名前を呼べばいい。そういえば、名前を聞いてなかったな。なんて名前だ?」
「僕はニック!! ニック・カーマイン!!」
「ニックか、把握した。では、またな。ニック」
 青紫の煙がニックの腕にまとわりつくと三頭の狼をかたどったペンダントになった。そこからアークフェルトが顔を出した。
「もう一つ、言い忘れていたが魔族と契約するのには代価を必要とする。そんだけだ、お前からはきっちりいただいた。何かはすぐにわかる」
 ニックがぽかーんとしてる間にアークはブレスレットに戻っていた。

 その日、ニックははじめて食べかけのチョコを残した。どのチョコを食べてもピーマンの味しかしなくなったからだ。
 アークがブレスレットの中で笑っているのをニックは聞いた。

大陸への夢(作者:◆ShifaJYSIAさん)

 アトランテ大陸を二分する、アナトリア連合とカンディア連合。二つの勢力は、表立っては争うことは無かったが、水面下で互いに互いを越える術を模索していた。アナトリア連合が推進していたのが、ファルネースで初めての飛行技術の確立だった。
 陸上を移動する乗り物はアナトリアにもカンディアにも大なり小なりいくつかあった。また、周囲を激しい海流に阻まれて入るが、近海では漁業のための船もあった。だが、これまで空を飛ぶ乗り物などなかった。
 それは、アトランテ大陸のみではなく、ファルネース全体でもそうだろう。なぜなら、今まで一度もアトランテ大陸の空にそういったものは目撃されていないからである。

 資金不足・人材不足に悩みながらも少しずつ計画を進め、結成から数年経った現在、ようやく最初のマナシップが完成。アースの技術はやはり偉大であった。そして、乗り物だけではない。乗組員の養成も始まり、なんとかリスクを最低限まで抑えることに成功。
 飛行には支障ないレベルにまで達した。作戦は第二期段階に入る。諸外国との、交流。
 計画はいよいよ最終局面に至った。そして――。

「え、私たちが……ですか?」
 突如、上官の部屋へ呼び出された、パイロット志望の夢見る組合員リンネスと、
「要するに、僕たちに試運転をやらせるってこと?」
 成績は優秀だが、やる気が見てとれないフェアディは、目を丸くした。
「その通りだ」
 どっしりと構える、ボルテック上官が真剣な目で告げる。
「我々がこれから行なうはこのアトランテ大陸の、いや、ファルネースの歴史に名を残すものである。その第一歩となるこの計画――まさか降りるとは言わせないぞ?」
「えぇ、そりゃまぁ。一応僕だってそのために練習してきましたからね。よーく知ってますよ。ただ、なんかもうやる気でなくて」
「えーと、それってつまり、私たちが試運転の適任者ってことですか!?」
「……ま、そう思ってもらっていい。アリアもお前達の腕をかっている」
「あ、あのアリア様が!?」
 リンネスは目を輝かせた。
(実際は言ってないが、その方がお前らもやる気が出るだろうからな)
 とボルテックは心の中で思う。もちろんこの二人はパイロットとして、仕事能力から見ても、適任である。
 しかし、本当の理由は人手不足によるものだ。空を飛ぼうなんて、酔狂な真似はみんなやりたがらないのだ。なにせ、失敗すれば死ぬ。計画の重要性は理解していても、恐怖の方が大きい。それが現状だった。
 故に、この基地の所属員は大半が技術者であり、現在も仕事に追われている。
(……だが、リンネスは間違いなく、アリアにのことを尊敬しているし、彼女の力となる。頼れる、裏切らない戦力だ。フェアディはやる気はないが、なんだかんだ土壇場になれば、最後までやり遂げる男だ)
 実のところ、ボルテックは密かにこの二人を評価している。
 二人はアトランテ人(ハーフ)においても、その手先の器用さ、操縦技術に関しては、ずば抜けている。
 何より、フェアディはマナガンの扱いに長けており、リンネスは頭脳明晰である。そういった点で、飛行以外のことに関してもアリアの頼れる部下になってくれそうだった。
(なにせ……ほかは技術だけで、中身が問題あるものばかりだからな)
 ボルテック上官は心苦しかったが、半ば苦渋の選択でもあった。
 技術がなければ、今回の作戦は成功しない。だから、ごろつきにも似た隊員が、今回の作戦にも参加している。
 だが、リンネスとフェアディなら、フォローしてくれる。何かと問題があるのだが、その内に秘めた本質は二人とも凄まじい。
 トグルの血を受け継ぐ職人堅気の彼(アトランテではめずらしい)は、そのことを本能的に感じ取っていた。
「今回の仕事が成功したら、俺の長年の夢も報われるってもんよ」
「うわーなんか言っちゃってるけど、これほとんどサナさんとリカさんのおかげですよね上官」
「遠い目してもぜんぜん似合いませんよ上官。そのコワモテだと」
「俺は、アースからやって来た船につまれていた鉄くずのような羽の生えた『ヒコーキ』とかなんとかいうものを見たとき、コレだ!と思ったのよ。アナトリアでは機械技術が発達してるしな」
「うわぁ、適当なこと言ってますね親方!」
「うんうん」
「まあ大変だったな……。人材が集まらねぇわ、金は足りねぇわ……。夢には程遠い状態だったが、俺は寝る間も惜しんで働き、ついにこの日を迎えることが――」
「とか言いながら、昨日は一日中グースカ寝てましたけどね!」
「そうそう、僕が見た時はちょっとヨダレ垂らして――」
 バンッ!!
「やかましいわ!! 大事な話に水を差すんじゃねぇッ、この、バカヤロウどもッ!!」
 机を叩き、怒鳴るボルテック。壁や窓がビリビリと震えている。
「ひぇぇぇ……いつもながら親方はコワイね」
 思わず縮こまるリンネスと、
「耳がキーンってなるねぇ。僕はもう慣れちゃったけどね」
 余裕綽綽ではっはっはと笑うフェアディ。上官相手にここまで生意気なふたりは珍しいのではないだろうか。
「とにかく、だ。いいか。これはアナトリア始まって以来の大仕事だ。何しろ、世界に羽ばたくんだからな、文字通りにな。……いいか、繰り返して言うぞ。これは大仕事だ。今までの訓練とはワケが違うことは、いくらお前らでも理解してるハズだ。お前ら……このアナトリアのために、期待している皆のために……やってくれるか?」
「はいっ! お任せ下さい親方! このリンネス、命に代えてもアリア様と任務を遂行いたす所存にございますっ!!」
「あー、まぁ頑張ってきますよ、うん。今回ばかりは真面目にね」
 ビシッ! という音が聞こえるぐらいの、しっかりした敬礼を返すリンネス。
 フェアディは動作こそ緩かったものの、彼にしては珍しく背筋を伸ばして敬礼していた。
 二人の返事を聞き、ニヤリと笑うギルドの総元締。
 ――舞台と役者は整った。あとは成功させるだけだ。この二人ならば、その礎となれる――。
 ボルテックは久方振りに胸を踊らせた。
「よしわかった! お前らの活躍に期待している! アリアには話を通してある! 作戦の概要を確認して来い!」
 一方はやる気のある運転士、もう一方はやる気のない車掌。
 非常に対照的な二人が同時にドアをくぐろうとして――ゴン!
 案の定、大きな音を立てて額同士がぶつかった。
「……ったいなぁもう! なにしてんのフェアディ!」
「いてて……。いやなに、出ようとしたらリンネスが一歩前に出るから……」
「あたしが年上なんだから、あたしが先に出る決まりでしょー!?」
「それは君の偏見だろう? 別に年下が先でもいーじゃん。決め付けるのはよくないな」
「むーっ! 表へ出ろフェアディ! とっちめてやる!!」
「さっき言った時点で僕らは表に出た後だったんだけど――」
 そしてパタンとドアが閉まる。最後までギャーギャー五月蝿い二人だった。
 その顛末を見ていたボルテックは汗を浮かべ「はぁ……」と大きな溜息をついた。
「ったく……。歴史的な試みだっつぅのに。あんなボケボケコンビに任せて、本当に大丈夫なのか……?」
 頭を抑えつつ呆れ顔をして、苦労人は呟いた。
 しかし、ふっと笑みをこぼす。
「期待してるぞ、次の世代たち」
 その老齢の目じりには皺が下がっていた。まるで、かわいい孫を見るような、そういう優しい目だった。


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