番外編『あの子の贈り物』

 こんにちは。突然の訪問、本当にすみません。
 それでですね……あ、自己紹介がまだでした。
 俺は佐倉 雄介と言います。仕事は精肉店を営んでいます。
 自己紹介はさておき……本題に入ります。僕がここに来た理由です。
 何から話しましょうか……そうですか? じゃあ全部話しますね。
 同窓会のお誘いがあったんです。
 高校の頃の同級生が数年ぶりに集まろうと企画されたやつです。
 はい、そうです。三年一組です。
 一ヶ月ほど前なんですが、学級委員長の南から電話がかかって来たんです。

 *

「もしもし、佐倉さんのお宅でしょうか? 雄介さんと高校時代に同じクラスだった南ですが……」
「俺だよ、南」
「あ、雄介!」
 突然の同級生からの電話に俺は驚いた。けど、よくよく聞いてみると、同窓会の知らせの電話だ。
 南はそういえば、学級代表だった。それで、皆に出欠確認の電話をしていると言う。
「おっと、もうこんな時間……」
 南の声で壁にかかった時計を見る。話し始めてもう一時間経っていた。
 あまりにも懐かしくてそのまま話し込んでしまった。まぁ久々で積もる話もあったからな。
「日にちなんだけど、秋分の日になると思う」
「ってことは祝日だな? それならいける!」
 自営業は普通、祝日だろうと関係ない。しかし、うちの店の場合、祝日は親父が働いているから休みをもらうことは簡単だった。
「じゃ、出席ってことでいいんだな、雄介?」
「おうもちろん! 予定あけとくぜ。皆と会えるのが楽しみだな」
「そうだよな。俺もここ最近誰とも会ってなかったし楽しみだ」
 高校卒業すると、大学、就職と皆べつべつの道へ進んで行く。自然と会わなくなって行くもんだ。
「拓とかどうしてんだろうな?」
「雄介に電話する前に電話したら、来るって言ってたぞ」
「拓かあ、懐かしいな。皆で女のふりしてメールして、からかったからな」
「そうだったな、シキのやつが彩ちゃんで……」
 本当に懐かしい。あの頃の皆の顔が頭に浮かぶ。拓も来ると言う。昔は仲悪かったけど、仲直りもできればいいな。
「……あ、言い忘れてた。今回の会場、内藤のやってる店」
「あぁ、あいつのバー? あそこって会員制じゃなかったっけ?」
「それを特別に貸切!」
 内藤だけは今でもつながりがある。うちの店で食材を仕入れていくからだ。内藤は今、バーを経営している。経営もなかなか上々らしくて、テレビでも時々見かけるくらいだ。今や、内藤は有名人と言っても過言ではなかった。
 今回の同窓会にあいつも参加するとなれば、同窓会の出席率は百パーセントと考えてもいいだろう。
「ただな、担任の横谷先生だけはどうしても用事があって外せないんだってさ」
「それは残念だな……」
 せっかくだから、先生も含め、全員で揃いたかった。
「けど他は皆行くってさ。出欠確認、お前で最後だったんだよ」
 やっぱり全員出席。そこでふと思い当った。
「そうだ、智子は?」
 俺の初恋の人。おっちょこちょいだったけど、明るくていいヤツ。
「あ、電池切れる……今、携帯からなんだ。とりあえず参加だな?」
「ああ」
「じゃ、また場所とかのことは手紙――」
 そこで、ぷつっと切れた。電池切れらしい。智子のことは聞けなかったが、全員参加と言っていたし当日には会えるだろう。

 翌日、ポストを見ると手紙が入っていた。会場の地図と会費などの書いた手紙。どうやら、手紙の方が先に届いていたらしい。
 南の手際の良さに頼もしさを感じた。同窓会まで一週間か、楽しみで今から待ちきれない気持ちでいっぱいだった。
 やがて一週間が経ち、同窓会の日がやって来た。待ち合わせ場所は内藤のバー。手紙に地図もついていたが、仕事の都合上、商品を届けることがあったため、その場所は把握できていた。
 現地集合でも何も問題ない。集合時間は七時なので、余裕を見て六時半に着くつもりだった。しかし、用意に手間取っているうちに出発が遅れてしまった。結果、到着したのは集合時間の七時を少しばかり過ぎた頃だった。
 カランカラン――ベルの軽快な音を鳴らし入店する。
「お、今度は誰だ〜?」
 店にいた全員の視線が俺の方に向かう。
「雄介だよ」
「おあ、雄介!! 変わってねぇなお前!」
 声をかけてきた男の顔を見て誰かわかった。
「お前か、志木!」
 そしてあたりにいる顔ぶれを見渡す。皆、それぞれに面影がある。一目で誰が誰だか分かった。
「皆、変わってないな」
「お前もな!」
 頭をはたかれた。振り返り、誰か確認をすると……南だった。
「遅いぞお前っ! 何時だと思ってんだ」
「悪い悪い、余裕見て出るつもりだったんだけどさ……」
「まあ、まだ来てない奴も何人かいるし、いいけどな」
「まだ皆そろってないのか」
 俺は周りを見た。智子のことが気になったからだ。せっかく会えると思ったのにまだ来てないようだ。
「まあ、そのうち揃うだろ。はじめようぜ!」
 そして、飲めや歌えやの騒ぎとなった。久しぶりにクラスメイトたちと再会した喜びをそれぞれ噛み締めた。
 しかし、皆が同じ会話をすることは人数的にも無理なようで、それぞれが特に仲の良かったグループで集まり会話している。
 俺のグループは、南、志木、拓の三人だった。高校時代の馬鹿な話をしていると、店の主の内藤が通りがかる。内藤は最近、テレビにも紹介されるほどの人気があり、どのグループからも引っ張りだこだった。
 ようやく、俺たちの机にまで辿り着いたってわけだ。
「内藤、今日は店貸してくれた上に、料理とかまで出してもらってすまねぇな」
「いや、金ももらってるしな。皆楽しんでってくれよ」
 相変わらずの男前だ。内藤は料理や酒を出すと、俺たちと同じ席に加わった。
 他の席から女の子のブーイングが起こる。しかし、内藤が気に止めないのを見ると、皆それぞれ昔話を再開した。昔話が終ると、誰それが結婚したとか、今日は欠席の担任の話や他の先生の話になる。
 色々と話している間に遅れていた者も一人増え、また一人増え……と、人数も次第に増えて行く。
「おい拓ー、もう彩ちゃんと結婚したか?」
「うるさい、あれはお前らが騙したんだろ! 今に見てろよ、僕だって可愛い彼女作ってやるんだからな」
 文句を言う拓だが、その表情は清々しい。高校時代、クラスでは人気のなかった拓ですら、今ではこんなに溶け込んでいる。人は変わるもんなんだな。
 それを見ることのできる同窓会とは本当に素晴らしいものだと思う。
「そんなこと言って、こいつかなり浮かれてたよな、雄介?」
「ははは、そうだな」
 俺も話に混ざっていたが、智子のことがまだ気にかかっていた。周囲を見渡すに、どうやらまだ来ていないらしい。
「なあ、南……あと何人くらい来てないんだ?」
「あと三人ってとこだな」
「そっか……」
「おいお前ら、飲め飲め!」
 志木が酒ビンをどこからともなく持ってきて言う。
「飲もうー!」
 拓が酔ったのか酒瓶をそのまま口にする。周囲からは湧き上がる、一気コール。昔からは想像もつかない変わりようだった。
 きっと、智子も変わって、もっともっと可愛くなっていることだろう。そんなことを考えていると、南から声がかかった。
「おい、雄介。お前酔いすぎじゃないか?」
 言われてみると、頭がふらふらする。はたから見てて心配されるとは、よほど酔っているらしい。
 俺は酒が強くないが、楽し気な場の雰囲気に結構飲んでしまったに違いない。
「お前、酒弱かったろ。高校のときチューハイ一杯でグデグデだったじゃないか」
 確かにだいぶさっきから酔っているような気がするが、まだ大丈夫だ。こうやって意識はしっかりしている。
「いや、大丈夫だ」
「そうか? あまり無理するなよ」
「そうだよ、雄介。これで最後にしろよ」
 拓がニヤニヤ笑いながらコップを渡す。皆が心配してくれている。何やら申し訳なかった。
「そうだな、これで最後にするよ」
 俺は、拓から渡されたグラスをグイッとあおった。その瞬間……頭にものすごい衝撃が走る。
 天地が逆転し、あたりがグラグラ揺れ出す感覚にかられる。
「う……」
「おい、雄介? 雄介!?」
 俺はその場に立っていられずに、倒れてしまった。周りで誰かが何か言っていたが理解できない。
 だんだんと意識が消えていく――

 *

「ん……」
 額にひんやりとした感触がして、目が覚めた。頭がガンガンする。
「目が覚めた? 今ちょうどタオル替えたのよ」
 誰だかわからないが、女性の声がした。
「俺、どうしたんだっけ……」
「アルコールの強いお酒、一気飲みして倒れちゃったんでしょ」
 そうか、だんだん思い出してきたぞ……。拓の奴が飲ませた酒か。
「ああ、拓の奴……」
 しかし、まだ意識ははっきりしない。どうやら完全にアルコールが抜け切っていないらしい。
「相変わらず、お酒ダメなのね。……って言ってもアルコールきついのは飲み慣れてないと誰でもつらいけどね」
 くすくすとその女性は笑った。
 相変わらず? 誰だろうこの人。
「誰……?」
「私よ。ちょっと遅れたけど来ちゃった」
 まだ頭がズキズキして何も考えられない。
「ここ今日はずっと貸してくれるみたいだし、ゆっくり寝るといいわ。私も朝まで一緒にいるから」
 何だかこの声を聞いていると安心してくる。懐かしいような、胸がときめくような……。
「私、あ――のこと、わ――――だっ――よ」
 女性が何と言ったのかわからなかった。気が付けば俺はまたも深い眠りに落ちていた。

 チュンチュン。鳥の鳴き声で目が覚める。
 頭がズキズキした。
「朝か……」
 ふと額に手をやるとしめったタオルが置かれている。まだ冷たい。
 誰かがついさっきまでタオルを代えてくれていたらしい。
「あ!」
 昨晩のことを思い出した。タオルを替えてくれた女性……!
 昨日は意識が朦朧として思い出せなかったが、今はっきりと理解できた。そうだ、あの女性は智子!
 うっすらだが顔も思い出せた。間違いない、智子だ。しかし、慌ててあたりを見回しても誰もいない。そう言えば、ここは何処だ?
 突然ドアが開く音がした。
「智子……」
 慌ててドアの方に向き直る。しかし、智子の姿はそこになかった。
「ああ、目が覚めたか」
 クールな二枚目、内藤だった。
「あ、内藤か」
「もう一人で歩けるな?」
「ああ」
「ちょっと皆を起こしてくる。お前を心配して何人か残ってくれた」
「悪い……」
 内藤はそのまま部屋を出て行った。
 俺はベッドから降りると、介抱されたのだろう――脱がされていたスーツを着る。最後にベッドを軽く整理するとドアを開けた。
 どうやら寝かされていた場所は内藤の店のスタッフルームだったらしい。ドアを開けて、様々な食材やワインの並んだ部屋をさらに進むと、昨日飲んだバーにつながっていた。
「おう、目が覚めたか?」
 声をかけてくれたのは南だった。幹事として気遣ってか、残ってくれたらしい。
「すまんな、幹事」
「バーカ。友達としてだよ」
「俺もあおった責任として残ったぜ」
 志木が申し訳なさそうな顔をする。多分、飲め飲めと盛り上げたことを反省しているんだろう。
「いや、調子に乗りすぎた俺が悪いんだ」
「本当に悪いのはこいつだがな!」
 南が拓を引っ張り出す。そうだった。拓がアルコールのつよい酒を渡したからだ。
「いや、冗談のつもりで……ほんとゴメン……」
 拓は弱々しく肩を落として謝った。
「酔った勢いとは言え……ほんと反省してる」
 拓は心から申し訳なさそうに、もう一度謝った。
「いや、もういいよ。おかげであいつにも会えたし……」
「あいつって誰?」
 南が聞き返した。皆、キョトンとして顔をしている。
「残ってるのがまだ一人いるだろ? ほら、俺の看病してくれた奴」
 目が覚めたときに、額に冷たいタオルが乗っていた。誰かが今さっきまで看病してくれていた証拠だ。
 昨晩、タオルを替えてくれた女性――智子は「朝まで一緒にいる」と言ってくれた。
「看病って……内藤か?」
 南が内藤の顔を見る。
「違う、昨日の夜遅くに俺のタオル替えてくれた奴だよ」
 南は誰のことを言っているのかわからないといった顔をしている。拓もふに落ちないといった顔をしている。
 先ほどから何かおかしい。俺とこいつらの会話が噛み合ってないような……。
「ほら、俺が来るまでにまだ来てない人がいただろ? あのあとに来たんじゃないのか?」
 そう、あの後に来ただろ……智子。
「雄介を寝かせてからは誰も来てないぞ。来てなかった三人も結局来なかった」
 参加者全員を把握しているはずの南が言う。
 おかしい。何かおかしい。
「バカ言え。智子が来ただろ?」
「おい。まだ酔ってんじゃないだろうな?」
 志木が強く言う。
 皆が、何言ってんだこいつは……と思っている様子が伝わってくる。
「バカ、とっくに酔いは覚めてる」
 俺の返答を聞いて、志木の表情が険しくなる。
「智子の奴はとっくの昔に死んでるんだぞ!」
 俺は一瞬、志木が何を言ったのか理解できなかった。
 は? 智子が死んでる? 何言ってんだこいつは……。
「俺は昨日の夜に会ったんだぞ! 冗談は休み休み言え!!」
 志木はダメだ。さっきまで寝てたんだから、こいつも寝ぼけてるに違いない。
 俺は拓の方に向かい、聞く。
「なあ、拓。智子来てたよな?」
「ゆ、雄介……智子はもういないよ」
 こいつまで……。
「雄介、もしかしてと思ってたんだが……お前やっぱり知らなかったんだな。智子が死んだこと」
 こいつら……揃いも揃って俺をはめようとしているのか。
 それだけのためにこんな時間まで残ってたのか? ご苦労なことだ!
 ガチャ――店の玄関が開く。
「ほら、とも――」
 内藤だった。
 どうやら、店の外で何か作業をしていたらしい。
「なあ、内藤。お前からも言ってやってくれ。智子がいただろ?」
 しかし内藤は首を振った。
「智子は卒業して二ヵ月後に交通事故で亡くなった。俺はそう聞いている」
 内藤まで……。俺は高校時代の内藤を知っているが、冗談の通じないタイプだったはず。
 そう、こいつは嘘や冗談を言うような奴ではない。
「じゃあ……じゃあ俺が見たのは何なんだよ! 他の奴か?」
 もしかしたら、他の女の子が看病してくれたのかもしれない。しかし、あれは確かに……智子だったと思う。高校時代の智子と少しも雰囲気が違わなかった……。
「いや、昨日お前が倒れてからスタッフルームに入った者はいない。俺が最初にタオルをのせに行ったきりだ」
 内藤は淡々と昨夜の事実を述べた。
 そんなバカな……。じゃあ、あれは一体?
「お前、酔ってて幻でも見たんじゃないか?」
 しかし幻のわりにはあまりにも鮮明すぎた。額にひんやりとした感触がまだ残っている。
 そうだタオル! 朝も湿っていた!
「あれは幻なんかじゃない! 俺は確かに話した! それにタオルだって……ちょっと待ってろ、お前ら!」
 俺は急いでスタッフルームに戻った。
 さっきのタオルがまだある。それを持って皆のいる場所に戻る。
「おいお前ら、このタオルさわってみろ」
 皆、ふに落ちない顔でタオルに触る。
「冷たいな」
「内藤がタオルをのせたのが昨日の夜なら、こんな冷たいはずないだろ!?」
 内藤だって一枚かんで俺を騙しているに違いない。
 まったく、昨日の拓と言い、人をおちょくるのが好きなやつらだ。
「タオルがなぜ冷たいのか知らないが、智子が死んだのは事実なんだよ」
 南が言う。
「そうだ」
 皆が言う。
「お前らいい加減にしろよ! 俺をからかってるだろ!」
「わかった。そこまで言うなら……智子の家を訪ねてみたらいい」
 南がカバンから住所録を取り出す。
 そうか、こいつは幹事だったから全員の住所把握してるんだったな。
「貸せ! 行って来る!」
 居ても立ってもいられず、俺は店を飛び出していた。

 *

 馬鹿な話だと思ってますよね? ……けど、俺は確かに智子さんに会いました。
 こんなこと言うと怒りますよね。冗談だと思いますよね。
 でも……。自分自身、いまだに信じられないのです。こうして智子さんの位牌に向かった今も。
 あの夜、お酒で寝込んでいたとは言え、あの感覚は確かに本物でした。
 え……? ああ、俺、泣いてたんですね。ほんと、ほんとに俺って奴は……。
 あ、ハンカチどうもすみません。
 卒業して連絡取るのも何か恥ずかしくて……だから、智子さんが亡くなったことも知らず……。
 本当に情けないやつですね、俺……。でも不思議ですね、ここ数年会ってなくても何も思わなかったのに。
 亡くなったという事実をつきつけられた瞬間、涙が出てくるなんて。
 俺はこの半年、ずっと智子さんの死を知らなかった! 知らずにぬくぬく生きてきた!
 それなのにこんなにも悲しいなんて……! こんなにも……! こんなにも……
 あ、すみません……お母さん。悲しみを思い出させてしまって。
 娘のために泣いてもらえるだけで嬉しい? そんなこと言わないでください。
 全ては酔っ払いのたわ言です。そのたわ言のせいで貴方を悲しませました。
 本当に申し訳ないと思っています……。
 え? そんな……迷惑ですし。これ以上、長居なんてできません。
 それに皆もまだ待ってると思いますから。お邪魔しました。本当にすみませんでした。
 あ……これから時々、線香あげにきてもいいですか?
 ありがとうございます。では……。

 *

 俺は今まで智子の死を信じられなかった。けど、あのお母さんの涙を見てまでこれが嘘だなんて思えない。
 俺が一人で酔って、空回りしてただけなんだ。皆に謝るため、バーに戻ろう。皆、まだ残っているかわからないが……。

 カランカラーン、ドアのベルが軽快な音を立てる。
「お帰り」
 店に入ると、南、志木、拓、内藤……四人とも残ってくれていた。もう、こんな時間だというのに。
「皆ゴメン……やっぱ俺の思い違い――」
「なあ、雄介。これ見ろよ」
 南が机の上に置かれたものを指さす。
「こ、これは……」
 そこにはイヤリングの片方があった。見覚えがある。高校時代、俺が智子にあげたものだった。
 俺は智子が好きだったが、結局何も言えずにそのまま卒業した……。
 このイヤリングはそんな臆病な俺があいつにあげたたった一つの贈り物。しかしそれが何故ここに?
「やっぱりそうだよな。俺も一緒に買いに行かされたから覚えてたんだ」
 南がそんな俺の様子を見て口を開いた。
「南、これをどこで?」
「この店のスタッフルーム」
 やっぱりあれは智子だったのか……?
 内藤のスタッフルームに、俺が智子にあげたイヤリングが残っているはずない。
「信じられないけど……お前が見たのはやっぱり……」
 志木が言うと、南も拓も頷く。
「しかし、なぜ……」
 拓が呆然と呟く。内藤がすっと立ち上がってカレンダーを眺めた。
「秋分の日、か…最近じゃあまり知られてないが、春分・秋分の日の前後三日間はお彼岸と呼ばれ、この世とあの世の接する日と言われている」
「それで戻ってきた……?」
 皆、無言だった。
 みんな、信じられない様子だが無理もない。さっきまで智子が来たと言い張っていた俺でさえ、信じられないのだ。
 しかし、目の前にイヤリングがあるのは紛れもない事実だった。ふと俺は昨日の夜のことを思い出した。
 あいつ、俺が眠りにつく前に最後に何か言っていた。何だっけ……『私』……『私、貴方のこと』……。
「思い出した!」
「何を?」
 南が問い掛ける。
「あいつ、昨日俺が眠りにつく直前に言ったんだ。『私、貴方のこと、わりと好きだったのよ』って……」
「なるほど、ははは。それでか。あいつ、言ったはいいけど恥ずかしくなったんだな。昔からおっちょこちょいだったから……イヤリングまで落としてよ」
 志木が笑って言った。
「意外と恥ずかしがり屋だったんだな、臆病なやつ。ははは」
 南も笑う。
 なんだ、あいつも臆病だったんだな。言い出せなかったのはお互い様か。
 でも――あいつだって臆病な気持ちを捨て去って言ったんだ。俺も変わらなきゃ……。
「イヤリング届けてやらないとな」
 南が俺の肩に手を当て、言う。
「ああ」
 まずはイヤリングを返そう。そして明日から何も言えない自分とはおさらばだ。
 ポケットにイヤリングを大事にしまう。
 ――これは智子の忘れ物。臆病な自分との決別の証。


『着信なし』――完。

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