04.カイルと戦士と僧侶と

 いよいよ明日だ。
 何がって? 決まってんだろ。このカイル様の自由への通行許可書が発布されんだよ!

 ブランカ国の山間の小さな村サンヴィレッジ。優れた民芸品があるわけでもなく、素晴らしい農作物があるわけでもない。
 このサンヴィレッジの最大の収入源は、『人』だ。っつっても、別に人身売買ってわけじゃなく、労働力っていう意味だ。労働力と言っても、ただ馬車馬のごとく働く労働力とはワケが違う。各職業のスペシャリストを養成し、世界へと送り出す。傭兵となる者が多いが、優れた知識を生かして、どこぞの国の大臣になったものもいるし、その剣の技術からブランカ国の騎士となった者もいる。
 このように村を出る者もいれば、家を継ぐ者もいる。家ごとに職業が決まっていて、それぞれの家によって、各職業のスペシャリストが育てられる。それらを育てるのは家を継ぐ者の宿命だ。
 オレは魔法使いハズバーグの子孫。カイルディ・ハズバーグ……一人息子だ。これが何を意味するかわかるか? まあ、言うまでもないか。オレは魔法使いにならなきゃなんねえんだわ。

 この村がこういうシステムになったのにもそれなりの歴史があるんだが、別にどうでもいいんで割愛。それなりに昔からこういうシステムだったってこった。まったく、ご先祖様たちもえっらい面倒なことをしてくれたもんだぜ。
 オレは魔法使いとして育てられた。が、将来に関してはオレの自由なはず。家を継ぐか継がないか、それに関しての村の規則はない。
 村の規則は単純明快。十五歳の試練を終え、一人前になるまでは村を出ることは許さない。まあ、これに関しての例外もあるんだが、他所で自分の家柄の職業の修行をするとか。簡単な例だと、ルーだな。僧侶の家柄のルーは、村の外の修道院に入ってた。詳しいことはわかんねえけど、一応は村でも認められてたみたいだ。
 こういった例外は、戦士などの力仕事には見られず、僧侶や魔法使いという主に頭脳タイプの職業に見られる。当然、オレの家も魔法使いだから、外の学校に通うこともできるはずなんだが、親父が許可してくれなかった。
 オレが村の外に出るためには、十五歳になって試練を受け、一人前になったとこで、家を出る以外はない。当然、勉強もなまけてたけど、試練内容の範囲の呪文はしっかり習得した。十五歳の操るような初級呪文はしっかりと覚えてて、ミスをすることもない。

 よって、明日の試練にオレは合格し、このサンヴィレッジを出てやりたいことをやるための旅に出れるってわけだ。
 魔法使いなんかやりたくない。ちっちゃいころからずっと思ってた。オレは頭を使うよりも身体を動かす方が得意なのに、何で皆それを認めてくれないんだ。オレはこの村を出たら、前々から憧れていた武道家になってやる。
 どこかに弟子入りしてもいいかもしれない。何はともあれ、この村にとどまるよりはずっとずっといいはずだ。
「何してるんだ、カイル?」
 声で誰だかわかったが、聞こえていることを示すためにオレは閉じていた目を開けた。
 視界に、紅毛の目立つ、整った顔立ちが写る。その髪は、動いても邪魔にならないように短く切り揃えられている。
「決まってんだろ、明日のための最終チェックだ。クライスこそ何してんだよ?」
「ちょっと、夜風に当たりにな?」
 クライスは笑いもせずに言うと、オレの隣に勝手に腰かけた。ぶっきらぼうに見えるが、これでもこいつなりの最大限の親しみがこめられてる。クライスは同い年のオレとルー以外には心を開かないからだ。
「ふーん。邪魔すんなよ。瞑想してたんだから」
「瞑想って集中力を高めるあれだろう? 戦士だって瞑想もするから分かるさ。お前はただ考え事してただけだ」
 ばればれだったか。同時にこいつの考えもばればれだ。散歩と言うのは嘘で、オレの心配をして見に来たに違いない。昔から付き合いの長い間柄だからよく分かる。
 一人っ子のオレにとっちゃ、兄弟も同然だからな。クライスには兄貴がいたんだが……十五歳になってすぐに村を出て以来、その行方は知れていない。
 今の世界は、少し物騒になってきている。そう、魔物だ。魔物というものは、平和であるとき――つまり、魔王のいない時代には人を襲わない。その魔物が、数年前から凶暴化し、人々を襲うようになったということだ。もし、魔王が復活して魔物達が凶暴化してるんなら、オレたちの村にとってはこれとない稼ぎ時なんだけど、素直に喜べないのもある。別に魔王のいない時でも衛兵など働き口はいくらでもあるんだから。
 しかしまあ、魔物たちが少し凶暴化した程度なので、世界は平和だと言えば平和で、それほど変わり映えのしない毎日である。
 ただ、クライスの兄貴が、これらの騒動に巻き込まれてるとなるとまた別問題なんだが……村を出れないオレにはどうしようもできない。クライスも村を出て探しに行きたいらしいが、両親が反対してるらしい。オレなら親の反対押し切ってでも出てって探すんだけどな。クライスはああ見えて義理深いとこがあるから、両親に反対されると強く言い出せないんだろ。
「まあ、瞑想かどうかは、どうでもいいんだけどさ……明日の試練、大丈夫そうなのか?」
 クライスは本題を切り出してきた。初めからそう言えばいいのに、不器用なヤツ。そう思うと、自然と顔が緩んじまう。
「何、笑ってるんだよ、カイル」
「べっつに〜オレの心配なんかしちゃってくれてお優しいなって思って」
 そう言うと、クライスはぷいっと横を向き、頬をかいた。
「そりゃ……と、友達だからな」
 オレはそんなクライスの様子がおかしくて、大笑いした。最初は恥ずかしそうにただ横を向いてたクライスだったけど、オレがいつまで経っても笑いを止めないもんだから、「うるさい!」と頭を殴る殴る。
「いってーな! 殴ることないだろ!」
 負けじとオレも殴り返す。
「お前、魔法使いのくせに何て力だよ! 馬鹿力!」
「へへーん。武道の入門者を読んで独学で勉強してますから」
 得意気に言って、あっかんべーをしてやると、ますますヒートアップするクライス。ファイティングポーズをとると、オレに向き合う。いつも背負っている木刀を抜かないのはクライスの信念だろう。ケンカで本気は出さない――それはオレも同じで、呪文を使う気なんてさらさらなかった。まあ、こっちは武道家目指してるから拳に関しちゃ自信あるんだけど、独学だからいいよな。自分で自分を納得させると、こちらもファイティングポーズを取ってクライスに向き直る。
「ちょっと、二人共! 何をケンカしてるの!」
 割って入ったのは、この地では珍しい白髪が目立つ、綺麗な赤い目の娘。
「ル、ルー!」
「クライスがわりぃんだ。急にオレを叩くから」
 クライスが驚いた声をあげる。その隙にオレは言い訳をはく。
 その様子を見て、クライスもすぐに反論する。
「カイルがいらぬことを言うからだ!」
「あんだと!? 人の瞑想の邪魔するからわりーんだよ!」
「あんなもの、瞑想と言えるか!」
「いいんだよ、人それぞれで!」
 オレたち二人が言い争っているのを見て、ルーは一喝した。
「静かになさい! 今、何時だと思っているの! お年寄りなどはもう寝ているわ!」
 そう言うルーの声もそれなりに大きいのだけど、それを突っ込むとまた新たな争いを生む。女の子相手に手をあげるわけにはいかないから、決着は自然と口論でつけることになる。そして、口でルーに適うはずがない。オレとクライスは口を揃えて謝ったのは自然な流れだった。

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