05.アルビノのルー

 村の掟は厳しい。特にカイルがよくぼやいている「十五になるまで村外に赴くことを禁ず」の項は徹底されている。
 サンヴィレッジは、それぞれの職種に遺伝的に特化した天才や鬼才、異才、秀才を多く産出する。それゆえに、子供は悪党に狙われることが多いらしい。そういう輩から自分の身を守る術を学ばないうちの旅立ちは許さない、ということらしい。
 そういう村でさえひときわ強く異彩を放ったのが「使えない天才」――ルーミー・ラルハンドだった。
 あたしがミストーラに預けられたのは、例外中の例外だ。カイルやクライスには僧侶の修行をするためだから認められただなんて適当に説明してあるけど、真相はそんなに簡単なことじゃない。
 すべてはラルハンドの力のゆえだ。
 でも、大切なことはそれじゃない。
 あたしはミストーラに送られて、それでもなお、この村に帰ってこれた。
 ミストーラではひたすら魔法を磨いた。あそこでの生活といったらもう、とても生きた人間の送るものとは思えなかったけど、魔法の訓練だけは一流だった。だから魔法だけを学び、魔法のことだけを考えることにした。希望とか願望とか、そういうものを持っている人間から壊れていくってことはわかっていたから。
 さながら生きる屍。
 この血統に宿るはずの攻撃性をしまいこんで、あたしは天才の名に負けないくらいの回復呪文を身につけた。ラルハンドのアルビノ個体の矜りにかけて、同年代の人間に魔法で負けるわけにはいかなかった。だってあたしには、魔法の他には何もない。走れば遅く、体力はなく、力は幼児同然で、おまけに病弱ときている。あたしから魔法の才能を奪ったら、たちまち人間の形をした出来損ないが現れるだろう。

 *

 道の途中でばったりあった母様は、大きな日傘を差していた。
「ルー、こんなところで何をしているの? 言えば傘と侍女を用意させたのに。……あらあら、そんなにお日様に当たっちゃって。危ないからこの傘をお使いなさい」
「平気です、母様」
「そんなことを言うものではありません。ああ、ルー、何といってもあなたはアルビノなのですから」
「母様」
 やれやれと肩をすくめたい気分だった。アルビノはラルハンドだけの特性ではなくて、単なる特殊体質のひとつだ。ただ、ラルハンドだけが、どういうことか劣勢遺伝であるはずのアルビノを、隔世遺伝的に継承するのだ。
 それが魔女戦役の業だと、人は言う。
「ルー、ほら、傘を……」
「母様、傘はいりません。アルビノは体質であって病気じゃないの。ちょっと日光に弱いくらいのもので、他は普通の人間と変わらないんです」
「ルーミー、でもあなたは体が丈夫じゃないし……」
「あたしの体が弱いのはアルビノとは関係のないことよ。アルビノは体の中の色素が足りなくて、髪や肌が白くなってしまうだけのこと。メラニンがないだけで病弱になるなんてはずないでしょう? ちょっと日光の紫外線が大変なだけ」
「ならばなおさら日傘を」
「魔力の膜で日光から紫外線を遮断するくらい、寝ていてもできます」
 というか、四六時中あたしはそうしている。それができるから、ラルハンドのアルビノは特別製なのだ。
「でも、それでは疲れてしまうでしょうに。ほら、遠慮はいらないから傘をお使いなさい」
「大丈夫です、本当に。あたしのこの底なしの魔力は、そのためにあるのだもの。母様こそ魔力の膜を張れないのですから、日焼けをしてしまいます。どうか傘はそのままお使いになって。母様の絹肌が衰えてしまっては、それこそあたしが耐えられないわ」
「ルーったら」
「ほら、首筋が汗ばんでいるじゃない。母様、早く帰らないとお化粧が落ちてしまいますわ」
「まあ。――それじゃあ仕方ないわね」
 母様は諦めたように少しだけ微笑んで、頬に指をあててくれた。
 冷たくて細くて白い指。あたしの髪の毛をなぞっていくその感触が、幼い頃から大好きだった。
「ルー、あなたもなるべく早く帰ってくるのよ」
「ええ、わかりました」
 と言ったはいいものの、
「なんだか、お墓参りっていう気分でもなくなっちゃったなあ」
 だいいち、今日は少し暑すぎる。お墓参りにいくのは、夜になって気温が下がったころでもいいだろう。それまでは、のんびり家で過ごすのも悪くない。最近は母様やメイドたちともあまり話していなかったことだし。
 というわけで、今回はわずか数分の散歩になった。


 *

 月が昇った夜空は、どうしてか少し蒼く見える。
 夕食を終えてから、墓地に向かった。途中で花を摘んで、墓前に供えたときに、身震いが走った。それが楽しい日々に対する罪悪感なのだと知っているから、あたしはますます救われない。

 *

「参ったな、ルーにはかなわない」
「いやホントホント。さっきオレとクライスふたりとも殺されるのかなと思ったもん」
「うるさいわね、そんな大げさに言うことないでしょ!」
 カイルとクライスは抱き合って「おー、怖い怖い」なんて芝居をする。
「あんたたち、あんまり言ってると川に投げ込むわよ」
 帰途、立ち寄った河原でふたりに会った。
 綺麗な月に雲がかかって、すこしだけ翳っている。
 明日、カイルは試練を受ける。
 宣託された職業の変更は、僧侶の頂点である大神官にさえ許されない極大の禁忌だ。ミストーラにさえそれを可能にする神官は存在しなかった。そのありえないはずの奇跡を行使した機関は、遠く星の歴史をさかのぼってもひとつしかない。
 かつて大陸の神秘と崇められたダーマの秘法がそれだ。けれど、それはもはや人の手から零れ落ちてしまった歴史の残滓に過ぎない。
 現在においては、職業を定めることが生き方を定めることになる。
「ねえ、そんなに魔法使いが嫌?」
「何を言い出すんだよ、いまさら」
「だって不思議なんだもの。魔法使いだって、いいところはたくさんあると思わない?」
「ああ、それ、俺も聞きたかった」
「クライスまでなんだよ」
「普通、この村の子供は自分の家の職業に愛着とか親しみがあるもんだろ」
「ねえ、カイル。武道家になりたいのはどうして?」
「それは――」
 これだけ大きな問いを残してカイルを大人にさせてはいけないと、あたしは思った。
 それは確かに余計なお世話だ。同い年の人間に対して年長者の風を吹かそうとするのは、あたしの欠点のひとつだ。それがどんな過去に由来するものかも、自分では十分に理解している。
 だけど、それでも聞いておきたかった。

 考えてみれば、そんなのひどく虫のいい話だ。
 だってあたしは、自分の苦悩について、何も語ってはいないんだから。

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