07.カイル、将来への不安

 クライスは、「じゃあな」と呟くと去って行った。
 後にはオレとルーが残される。
「それで……何で武道家になりたいの?」
 やっぱり覚えてやがった。目ざといルーのことだから、きっと覚えてるだろーとは思ってたんだけどさ。
「ん……言えない」
 短く答えた。オレは嘘は苦手だ。だからって、隠し事も苦手。これが今、オレが言える答えの限界のライン。
「ふーん。言わないんじゃなくて、言えないのね」
「そーゆーこと」
 オレはぼかして言ったが、重大な事情があるだとか、とんでもない決心だとかじゃない。
 ただ――恥ずかしいから。事情を言ってしまうのが恥ずかしいから、オレは言えなかった。
「まあいいわ。そのうち話してね」
 ルーはそれ以上、聞かなかった。たぶん、クライスも同じような気持ちで答えを聞かずに帰ったんだと思う。
 オレたちは友達だ。お互いの気持ちを尊重し、話したいことは話し、話したくなことは話さない。無理強いはしない。本人が言いたくねーっつうなら、聞かない。
 本当の友達は隠し事なんかしないって言うけど、あんなのは欺瞞だとオレは思う。お互いの気持ちを尊重しあってこその友達だろ。
「じゃあ、あたしもそろそろ行くわ。ほどほどにして寝るのよ! わかった?」
「はいはい、わかりましたよー。ったく、お前もクライスと同じ小言オバサンか。道具屋のアミーおばさんみたいだな」
「あ、あたしはあんなに歳食ってないわよ!」
「あ。そんなこと言っていいんだ? 言いつけてやろーっと」
 その言葉を聞いてルーが大声で怒鳴る。そのあまりの迫力にオレは謝るが、「反省の色が見えない!」となおも大声で怒鳴り続ける。
 こんな仲がいつまで続くんだろ。もし、オレが試練に受かって――サンヴィレッジを出るなら、こいつらとも別れなきゃなんないのか?
 そう思うと、村を出ることに少しの迷いはある。けど、オレはずっと想ってたんだ。あの日から――あの人に助けられてから。
 武道家になって、多くの人を助ける。この身体一つで、拳一つで、人々を助ける。この決意だけはあの日から少しも揺るがない。
「ふん、まあ、反省したみたいだから、今日のところは許してあげるわ。また言ったら許さないんだから!」
「ごめんごめん」
「ごめんは一回! じゃあまた明日、試練の後でね!」
 そう言うと、ルーは踵を返し、この場を去ろうとする。
「……さっきクライスがいるときには、あんなこと言っちゃったけど、あんまり思いつめないでね。試練の機会はいくらでもあるんだから」
「ありがとう」
 オレは短く礼を言うことしかできなかった。その言葉を聞くと、ルーは家へと帰って行った。
「機会はいくらでもある、か――」
 機会はいくらでもある。確かにその通りだと思う。しかし、試練に合格するだけの技術は確実に身につけてるつもりだ。
 こう見えても、影で色々と練習してたんだ。自分の実力は自分が一番良く知ってる。
 オレが心配してんのはそこじゃなくて、もし……もし、実力があるのに、試練に落とされたら? それはもう、この村を出られないことを意味する。
 この村のシステムでは、一人前かどうか決められるのは親だけだ。その親が、一人前になることを妨害し続けたら――その親が亡くなり、別の親権者が現れたとき、その人に任せるしかない。
 あのクソ親父ならやりかねない。そして、そうなったとき、親父が死ぬのを待たなきゃいけない。殺すか? 嫌だ。
 あんなんでも血のつながった実の親父だ。殺したいほど嫌いじゃない。好きかっつーと微妙だけど。そんなの殺せるわけねえ。とどのつまり、今は深く考えないようにしてるが、親父に一人立ちを妨害されたら打つ手なしってこと。
「ああー。どうすっかなあ。教えてくれよ、なあ。天空の神様よ」
 オレの呟きは満天の星空へと上っていった。
 輝く星々は、人々の希望が叶った象徴だと言う。オレの希望も、あの中に入ることができるんだろーか。
 そして、そのときは一体、どんなオレになってんだろう。クライスとルーもどんなヤツになってんだろう。
 わからないが、一つわかることは、いつまでもオレたちは――友達ってこと。

←back  next→
inserted by FC2 system