26.カイルの灯火

 先に目を覚ましたのはオレだった。目を覚ましても、一面の闇という環境は新鮮だった。
 オレたちは今、試練の洞窟にいる。
「起きたか、カイル」
 横ではクライスがしっかりと起きて、洞窟の闇の奥に目を光らせていた。
「ああ、ルーは?」
「ルーはもう少し寝かせておこう」
 ルーは思ったより長く寝ていた。いや、当たり前か。オレなんかのために、ありったけの魔力を行使したのだから。
 いや、ありったけじゃないかもしれない。人は無意識のうちに、どこか自分の限界を決めてそれ以上の力は発揮しないようにできているもんだ。
 それをいわゆる「魔法力(マジックポイント)が尽きた」なんて表現されるわけだけど、きっと、ルーの限界はこんなもんじゃない。
 ルーは、自分の限界を越えて魔力を行使することができる。それは、サンヴィレッジのラルハンド、とりわけアルビノにだけ宿る奇跡とも言い難い、魔性の力。
 ルーは特別だった。ラルハンドのアルビノはそれがために、人々から疎まれていた。
 ラルハンド家そのものが他とちょっと、いや、だいぶ変わっていたと言えるんだけども。そういった優れた家柄は、それだけで凡人に妬まれる要因になる。その上、ルーの白い髪は目立ちすぎた。悪ガキどもの格好の標的だった。
 あいつ、アックスのグループにやたらめった目をつけられてたっけ。ふと昔のことを思い出す。ルーがまだ外の修道院に入る前だっけ。アックスたちに虐められていた――いや、違ったな。
 ルーは虐められてなんかいなかった。こいつは常にひとりでも闘っていた。
「カイル。あまり無茶はするなよ」
 洞窟の闇に目が慣れてきたのか、うっすらとクライスの横顔が見えた。
「お前があのまま死んでも、ルーがお前を助けるために死んだとしても、どっちにしても寝覚めが悪いことに変わりない」
「クライス……ごめんな」
「お前が謝るなんて、らしくもない」
 ふっと笑みをこぼすと、クライスは立ち上がった。
「残された者の気持ちも考えろよ。案外つらいんだぜ」
 そう言うと、背を向けて闇の中へと消えていく。
「クライス、どこに?」
「ちょっとだけ偵察に行って来る。この後のことを考えないといけないからな。ルーが起きたらすぐに移動な」
 クライスはそう言うと、奥へと進んで行った。
 後に残されたのはオレと、寝息を立てるルーだけだった。
「残された者の気持ちを考えろ、か……」
 それは、クライスが兄のロイスに向けて言ったことなのか、亡くなったルーの姉に言ったことなのか。それはわからない。ただどっちにしろ、オレは自分のことばかりを考えて、仲間がこうして危険の中に飛び込んでくることまで考えようとしなかった。

 ――オレのなりたいのは武道家。
 そのために、試練の洞窟を経て、一人前の大人だと村の人々に認めてもらう必要があった。
 ――だけど現実はどうか。
 そもそも、武道家になりたかった理由は? 武道家になって、オレは何をしたかった?
 ……今はちょっと、そこまで考える余裕はなかった。

 *

 クライスが偵察から帰ってきて、ルーが目を覚ました。
「お二方。方針は決まったの?」
 オレとクライスは顔を合わせて、頷いた。
「この奥の道を行く。下に戻って魔物とはち合わせたら、今度こそ命の保証はないからな」
「そうね、賛成だわ。それじゃ、行くとしましょうか」
 クライスの簡潔な説明だけを聞いて、ルーは怖がることもせず、意見することもせず、ただはっきりと肯定した。そこにあるのは、仲間への信頼。
「奥の道はまっすぐと続いていて、魔物の気配もなかった。松明をつけたら、煙が一定方向に流れた」
 クライスはオレと違って、思慮深い。たまにオレと馬鹿をやって後先考えないことはあるが、こういった重要な場面では先までしっかりと考えてから行動に移す。
「煙が流れたということは、風の流れもあったってことね。なるほど。それなら安心」
「ただな。ここに戻ったときに、松明を消したんだが、火種がちょうど切れてしまってな」
 オレは自分が洞窟に入ったときに使用した火打ち石を渡そうとして、鞄が無いことに気づいた。
「まあ、魔物に襲われたときにでも落としたんだろうな」
 クライスは冷静な分析を述べて、手に持った松明の先をオレの方に向けた。
「火の精霊よ、我に明かりを――“メラ”!」
 力ある言葉に呼応し、松明の先に小さな火が灯る。
 もう、ひとりじゃない。そこまで魔法力の心配をしなくていい。オレはとびっきりの笑顔を見せ、クライスとルーに声をかけた。
「ガンガンいこうぜ!」
 ――後は、進むしかない。

 *

 思った以上に狭い道を歩く。
 先頭はクライス、次にルー、最後はオレだった。
「戦士が前線だと相場は決まってる」
 という、わかったようなわからないような言い分で、クライスは一番危険な先頭を引き受けた。
「しかし、ここは崩れやすそうね。気をつけなきゃいけないわ」
 ルーが松明に照らされた壁を観察しながら言った。
 ここは道というよりは裂け目だった。地震か何かの要因で入った大きなひび割れのようなもの。そういう点では、この壁がずっとここに居てくれるかと言うとちょっと信用できない。少なくとも、母さんがよく言う「また今度ね」くらいには信用できない。
「ん」
 短く声を発すると、クライスが足を止めた。その背中にルーがぶつかり、ルーの背中にオレがぶつかる。
「痛ッ、何をこんなところで止まってるのよ」
 ルーは文句を言おうとして、クライスが足元をじっと見つめているのに気づいた。
「どうしたの?」
 オレはクライスの視線の先に気づいた。それと同じものが自分の足元にもあった。しゃがみこみ、自分の足元を指でつついてみる。
 土に埋もれてかすかに見えるのは、人工的な石模様。
 その瞬間、思い出す。青い人馬のモンスターに追われて駆け込んだ横穴も、ひんやりとした石畳だったことも。あそこは、ここと同じような通路が崩れて砂の中に埋もれていたのかもしれない。
「……これは床だな」
 クライスはそう言うと、松明を奥へと向けた。光の届くところの限界に、石造りの人工的な壁が見えた。
 それは、ここが何かの遺跡であることを示していた――。

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