第十話 『廃墟に潜むもの』

 俺たちが事情を説明すると、ケイタさんは申し訳無さそうに謝った。
「そっか。妙な音がしたから見に来てくれたんだね。驚かせちゃったね」
「最初はお化けかと思ったでホンマ」
「翔君と別れたすぐ後にさ、建物に入れそうな場所を見つけたんだよ。そこから中をペンライトで照らしてみたら、これがまたすごくカメラマン魂を揺さぶる代物でね。ついつい入っちゃったんだ。一言声をかけるべきだったね、ごめんごめん」
 ケイタさんは俺と別れた後にこの建物に入って写真を撮って回っていたという。おそらくケイタさんが二階へ行った直後に、俺たちが一階へと侵入したのだろう。
 ケイタさんの足元に目を移す。そこには埃にまみれた黒いスニーカーがあった。それだけ動き回れば、靴も汚れようというものである。何はともあれ、種を明かせばこんなものである。こうやってしっかりと調査を続けていけばいずれ、幽霊という存在が消える日も近いかもしれない。
 女性陣を待たせたままもいけないので、俺たちは話しながら階下へと向かった。一階で待っているメンバーと合流し理由を話すと、案の定メグは強気に振る舞った。
「ほ、ほらね? 何もなかったじゃない。ノゾったら心配しすぎよ」
「何言ってるの、メグが一番怖がってたじゃない! それにヒナちゃんだって……」
「え……ヒナは関係ないやっし!」
 ノゾとメグは安心したせいか、早口に文句を言い合う。やがてそこにヒナちゃんも加わって――
「そもそも、一人で別行動してたケイタさんが悪いのよ!」
 メグの一声で、その矛先がケイタさんへと向く。
「はは……ごめんごめん。責任とって、ここ案内するからさ? さっきまでで大体、建物の構造は把握できたから案内くらいできるよ」
 その言葉で喧嘩は中断。いや、終了だ。一転して場は和気藹々とした雰囲気に包まれた。
「やっと探検ってわけね! 楽しみだわ!」
「何があるのかなぁ?」
 正体不明の音を聞いてあれだけ怯えていた張本人たちが楽しそうに喋り合う。さっき泣いたカラスがもう笑った、ということわざは意味合いは少し違うがこういうことを指すのかもしれない。
 かくして、俺たちはケイタさんの後に続いて廃墟内を見回ることになった。
「全ての部屋をはっきりと確認したわけじゃないから何とも言えないんだけど……」
 ケイタさんはそう前置きして言った。そんなに長時間、俺たちと別行動していたわけじゃないのだからそれは当然だと思う。
「一階部分の玄関はあっちの一番奥。ほらこっちよりも少し立派な入り口だろう?」
 ケイタさんは廊下の双方を順に指差しながら説明した。確かに前者の方が少し立派な気がする。
「玄関から連続して数部屋が多分、医者や看護の人の私室だと思うんだ。あと、裏口のすぐ隣が、警備室で、その隣が物置かな。見た感じ、一階には患者の部屋はなかったように思う」
 ケイタさんは的確に説明した。よくもまあ、あれだけの時間でそれだけの観察をしたもんだと感心する。
「まあ、プレート見れば分かると思うんだけど……そのプレートに書かれた通りの部屋だったよ。部屋の中を詳しく観察したわけじゃないんだけど、見た感じはそのままだった」
 言われてみると、確かに“院長室”や“警備室”、“資材庫”など様々なプレートが廊下に並んだ扉の上についている。病院としたしっかりした機関なのだから、部屋名を表記するのは当然と言えば当然だ。
「二階は何部屋か大部屋があって、あと小部屋もあったなあ。全部、患者用の部屋って感じがしたよ」
 二階は先ほど、俺とピーコが上った先だ。そしてこの建物は二階建て。ケイタさんの説明はここで終りということだ。
「全体的に見て床が朽ちてるとかそういうのはなかったけど、ガラス片や壊れた棚とかの欠片があるかもしれないし、薬瓶もあるかもしれない。気をつけないといけないよ。明かりが少ないからまとまって行動しよう。一応、最年長だし、僕が先導するからゆっくりとついてきてね」
 ケイタさんがにっこりと笑い、一同はそれに応えるように「おーっ!」と掛け声をあげた。
 一階を順に見て周る。一部屋一部屋、詳細に調べることはしない。と言うよりも、調べるほど物がないと言うのが感想だ。
 家具や、生活用具の類は残っている。当時の従軍看護婦の部屋の中には、ほぼそのまま私物の残っている部屋もあった。どの部屋の持ち主も貴重品の類のみを持って去って行ったようだ。ここが大阪なら、泥棒の仕業かと思うがさすがにこの島ではそれもないと思う。荒らされた形跡も無いし、まず第一、こんな荒れ果てた廃墟に金目のものを狙いに来る者もいないだろう。
 それに比べて――薬品庫や、院長室などには一切の物が残っていなかった。医療品や資料の類の一切が、だ。
 昔、テレビで心霊スポットの特集を見たことがある。その番組では、幽霊の出る廃病院に潜入し、調査を行なっていた。そこでは割れた薬瓶や、患者用のカルテ、ひどいものになると手術用のメスまで、そっくりそのままが残っていた。ただ単純に、そこが私立――個人運営の病院の跡地であり、ここが国立――国の運営していた病院の跡地という違いから来るものなのかもしれない。しかしここにはあまりにも何も無さすぎる。少し拍子抜けした気分だ。薬瓶の破片に気を付けろと言ったって、それ自体がないじゃないか。
 観察してみたところ、ほとんどの部屋のガラスが割れており、隙間から入った雨風によって部屋は幾分か老朽化していた。ケイタさんは特に状態の良い看護婦の部屋を見つけると、嬉しそうにカメラを構えなおした。仕方ないので、俺たちも改めてゆっくりと眺めてみることにする。
「まあ、これと言って珍しいものはないけどね、廃墟っていうのは“終った”建物だからね。見る人には色んな感情を与えてくれるんじゃないかな?」
 ケイタさんは嬉しそうにシャッターを切っている。
 小さな部屋だった。必要最小限の家具しか置かれていない。トイレも風呂もない。共同用のものは廊下にあったが、とても見れた代物ではなかった。
 簡素な机が一つ、小さな窓の傍に置かれている。窓にはやはり、木の板が打ち付けられていた。ガラスは奇跡的に割れておらず、それがこの部屋の風化を食い止めるのに一役買っていたのだろう。
 カレンダーが壁にかかっていた。今はもう見ることの少なくなった日めくりカレンダーだ。その日付は五月の末、三十日で止まっていた。沖縄戦の悪化したときが確かそれくらいだったと俺は記憶している。単にカレンダーをめくる暇がなくなったのか、ここを打ち捨てた日なのかまではわからないが……。
 気付くと、ノゾも俺と同じカレンダーを見ていた。
「なんだか……ここって寂しいね」
 寂しい。雰囲気が、ということだろう。確かにここの雰囲気は寂しい。住む者のいなくなった建物とはこんなにも空虚で、こんなにも感傷を与えるものなのだろうか。
「まあ、元々が当時は不治の病と言われた病気の患者のための建物だからそんな風に感じちゃうのかもしれないけど」
 ノゾはそう言うと、おかしいね、と苦笑した。
 俺は改めて部屋を見回してみた。ここは看護婦の部屋だった。当時どんな人が住んでいたのか。いや、ここはベッドがいくつかある。複数の人が住んでいたのだろう。どんな人たちが住んでいたのか、と言うのが正しいように思える。
 しかし、当時の様子を伝えるものはそこかしこに残されたかつての住人たちの私物以外には何もない。大事なものは全て持って出て行ったのだろう。目ぼしいものはほとんどないのだけど――ふと、机の引き出しが半分開いているのが目についた。思わず取っ手に手をかけてみる。
「これ、ここにいた看護婦さんたちかな?」
 机の中からは何枚かの写真が出てきた。ノゾはそのうちの一枚を手にとって言う。写真に写っているのは、簡素な服に身を包んだ女性と、数人の医者らしき男性だった。
「これは……」
 俺はその写真に一緒に映っていた風景が見覚えのあるものであることに気づいて呟く。呟くと、後ろに人の気配を感じた。
「あー! これって入り口の門じゃない!?」
「――ッ! びっくりした! メグか……」
「あら、二人の世界を邪魔しちゃった? ごめんねー!」
 先ほどまでしげしげと部屋を観察していたメグが、後ろから写真を覗き込みながら笑う。メグと話していたピーコも自然と会話に加わるが、ケイタさんは相変わらず一人でカメラを構え続けていた。
 写真に写っていたのは紛れも無く、あの荒れ果てた門であった。数えてみると十三人の看護婦と、五人の医者らしき人たちが写っていた。皆、それぞれ真剣な表情をしていて、それらは人の生死に携わる職につくものに相応しい顔をしていた。
 俺たちが写真を真剣に見ている間ずっと引き出しの中をあさっていたピーコが突然、声をあげた。
「あ、何や、こんなとこに手紙がはいっとるで!」
 その手にはすすけた封筒が握られていた。
「読んでみようや!」
「だ、だめよ、ピーコ。人様のものを勝手にいじっちゃ」
 ピーコは開封する気満々であるし、口では制止しているメグだがその目は確実に開けろと言っている。
「そうだよ、だめだよ!」
 ノゾもメグ同様に止めようとするが、そこをピーコが遮る。
「あんなあ、これの持ち主はもうおらへんねんで? 開けたってばれへんばれへん」
「ばれなきゃ大丈夫だよ」
 ヒナちゃんもピーコに同意した。
 この持ち主はもう、いない。この場にいない。戦時中ということを考えれば、この世にいないということも考えられる。どちらにせよ、いないのは確かなわけで、開けたところで誰にもばれないのは事実だと思った。
「まあ、開封してからまた元に戻せばいいんじゃないか?」
 俺の言葉を聞いて、写真を撮るのに夢中になっているケイタさんを除いて全員の了承を得たピーコは、待ってましたとばかりに封筒を開けた。五人の視線がピーコの手元に集中する。
 そこから出て来たのは、一枚の半紙だった。普通ならば、色褪せて読めたものではなくなっていてもおかしくはない。それほどの時間をこの引き出しの中で過ごしてきた半紙は、封筒の中に入っていたのでたいした損傷もなく普通に読める代物だった。文字を除いては。墨汁で書かれたその紙は――
「――ぜんっぜん、読めへん」
「ああ」
「まったくわかんないさ」
 ピーコと俺とヒナちゃんの意見は一致した。それもそのはず、書かれている文体が今とまったく違うのだ。漢字に片仮名。簡単に言えば、『今日ハ晴天ナリ』みたいな。複雑に言えば――いや、言うまでもない。読めない。かろうじて意味を拾おうとする俺とピーコだが、まるで暗号解読のような作業に解読を早々に諦める。
「――この病院はおかしい。そう思っているのは私だけではないはず。丑三つ時――深夜二時頃、何者かが徘徊する足音を聞いた者が――何これ?」
 メグがすらすらと読んでみせたので、俺はまるで夢でも見てるのかと思った。
「メグ、何で読めるねん!」
「自己紹介のときに言ったでしょー。私もノゾも日本文学専攻! これくらいの仮名混じり文なら読めるのっ」
 そうだった。ノゾは見るからに賢そうだが、実はメグもノゾと同じくらいの知識は持っているのだ。同じ大学にいるのだから当たり前と言えば当たり前なのだが、普段のメグの雰囲気からそのことをすっかり失念していた。
「そうだった、ごめん。……それで、続きは何て書いてるんだ?」
 今の文章の示すものは何だ? それを封筒に入れた理由は一体何だ? 謎ばかりが深まる。
「えっと、せかさないでよ。――何者かが徘徊する足音を聞いた者が私の他にもいる。私は最初、患者が徘徊してるのかと思い、廊下へと出た。しかし、誰の姿も無い。確認しに出てみたのが私一人ならば私は自分の幻聴だと確信したであろう。しかし、同僚の山中――彼女は私と別室なのだが――も同時刻に廊下に人の気配を感じたらしく、廊下に顔を見せていた……」
 メグの読み上げる内容は怪談話のような一種独特の雰囲気を持っていた。いつの間にか、写真を撮るのに夢中になっていたケイタさんも混ざっていた。手紙の内容はさらに続く。この手紙が書かれたのが、隔離病棟だった時代なのか、それともその後、戦争が始まってから軍事病棟に機能を移転してからなのかはわからない。
 何故なら、この手紙の主はもうすでにここにいなくて――そう、これは文字通り、この手紙を書いた直後にいなくなったのかもしれないのだ。その理由は手紙の最終部分にあった。
「――山中は、独自にこの奇妙な足音の気配を探り始めた。彼女は人一倍、好奇心が強かったから。同時に館内に住む看護婦の間では奇妙な噂も流れ始めた。曰く、この病院には霊が出る。その霊は夜な夜な病院内を歩き回り、死んだ自分の仲間を増やそうとしている、と――」
「ちょっと飛躍しすぎてないかい、この話」
 息を飲み、ただただメグの読み上げる内容へと皆が耳を傾ける中、発言したのはケイタさんだった。
「何で仲間を増やそうとしているとかわかったのかなあ……」
「待って。続きがまだあるからそこに書いてあるかも――読むわ」
 メグの読み上げる内容は今現在の病院で起きたのであればまず間違いなくその病院自体の運営に関わるような話であった。メグは読み上げた――患者が数人消えた、と。
「消えたって何だよ、病院だろ。人が消えたらまずいだろ」
 思わず、俺は呟いた。常識的に考えて有り得ない。病院で人が消えた? このご時世、人一人消えるだけでも問題なのに、それが数人――ここまで考えたところで、一つの言葉が頭に浮かんだ。
「神隠し……か?」
 島の各地で耳にした噂。廃病院に行くと神隠しに遭うという話。そう、この神隠しは、この手紙の内容と著しく一致している。
「続き、読むね。――患者が数人消えたという前例もある。益田院長はただ、患者たちは亡くなったんだと説明していたけど、その態度がおかしかった。おどおどして、それでいて何かを隠すような。私たち看護婦はその遺体も見ていないけど、他の患者に余計なことを言って不安がらせるわけにもいかない。彼らには別室に移動したと偽って誤魔化したけど、看護婦の間では神隠しに遭ったのだともっぱらの噂になった。それはやがて一つの怪談話となった――夜、徘徊する幽霊と出会うと、この世ならぬ世界へと連れて行かれる」
「そんな馬鹿な……」
 ケイタさんが苦笑する。昨夜、ケイタさんと話して、この人が科学的根拠に基づいて物事を分析するタイプだというのは知っている。俺もケイタさんと同じタイプだから、ケイタさんの言葉はそっくりそのまま俺の気持ちの代弁でもあった。
「この怪談話は看護婦の間で知らぬ者はいなかった。そして私が何よりも恐怖したのは……」
 メグはなおも手紙を読み続けたが、まるで続きを読むことをためらうかのように読み上げるのをやめた。続きを読むと、自分までも消えてしまうのではないかと思ったのかもしれない。この廃病院の中で、この手紙の内容は冗談も度を過ぎていると思う。俺やケイタさんでも背筋が凍っているのだ。
 女の子には辛いのかもしれない。俺はもういいよ、と止めようとした。――が、それよりも早く、メグは意を決したかのように続きを読み始めた。
「私が何よりも恐怖したのは、ついに看護婦からも行方不明が出たことだった。あの山中が消えた。ついに……ついに、私たちの中からも犠牲者が出たのだ。これについて院長たちは山中は身体を壊したため、別室で休んでると言っていた。別室って何処? 別室なんてこの限られた空間にありゃしない。院長達も何かに怯えているし、こんな職場で働きたくない! 契約内容で院長や私たち看護婦はこの病院から出ることを禁止されている。けど、私はもう耐えられない! 耐えられない、耐えられない! もう帰る。このちっぽけな島から出て、本国に帰る! じゃなきゃ、次に消えるのはきっと……私なのだから」
 そこでメグは顔を上げた。普段の強気な顔はそこに、ない。恐怖の表情がありありと浮かんでいるのが見てとれた。しかし、一言も怖いと言わない。帰ろうと言わない。いや、言えないのだと思う。普段、勝気な分、怖くても怖いと言えないのだ。
 だがはたして、一刻も早くこの場を去らないと俺たちの身に危険が及ぶだろうか。いや、それはないと思う。
 確かに俺は怪談話自体は信じていない。しかし、失踪事件があったのなら――あったことが事実ならば、そこには確かに何らかの要因があると俺は思う。ただ、失踪事件は昔のことでそれを確かめる手段はない。何十年も前の要因がいつまでも残っているのだろうか。
 怪談話を怖がるよりもどちらかと言うと、それをもう少し調査したいと思う好奇心の方が俺にはあった。だけどこの場は、だけどもう……いいじゃないか。真相なんかよりも皆の気持ちを尊重するべきだ。
「真夏に涼しい想いもできたことだし、帰ろうか」
「そやな、俺めっちゃ腹減ったし。服も何や汚れてもうて風呂も入りたいわー」
 ピーコはそう言うと、メグが持っていた手紙を取り上げた。ピーコは俺の考えていることをお見通しであったらしい。怯えて二人寄り添っているノゾとメグ、ケイタさんにくっつくようにして怯えているヒナちゃん。対照的だったのはピーコで、ここに入る前はあんなに怯えていたくせに今は堂々と振舞っている。自分よりも冷静じゃない人間がいれば、自分は冷静になれるもんだとはよく聞くけども、実際に目にしてみると何だか不思議な気持ちだった。
 しかし、そんな俺とピーコの言葉に誰も返事をしようとしなかった。仕方なく俺は話題をふることにした。そうすれば必ず返事がもらえるからだ。
「そうだ、ヒナちゃん」
「何ね?」
「昌一と会ったことあるっけ。昌子姉さんの子供」
「会ったことあるさー。でーじ可愛いよ。……でも、何でね?」
「今日あたり会いたいなって思ってるんだけど、この時間はどこにいるか知ってたりしないか? ヒナちゃんは地元だし、『マーメイドブルー』と『富士』は提携してるだろ? もしかして知ってるんじゃないかなって思って」
 実際のところは、昌一がどこにいるかという大体の見当はついている。昌子姉さんは昼間はホテルで働いているが、以後は昌一と一緒にいると言っていたからだ。しかしこういう世間話をしていれば、彼女たちの恐怖心も紛れるだろうし、下山するきっかけにもなるだろう。
「今から山下りたら昼過ぎ……この時間は昌子ネーネーはホテルで働いてるし、近所のオバーの誰かの家にいると思うよ。ただ、近所のオバーのどの家にいるかわからないさー。これは昌子ネーネーが帰って来るのを待つしかないね」
「あ、やばいって、翔! 昼すぎてまう、昼ごはん!」
「そういえばお腹がすいたー」
「ほんとほんと! 早く帰りたいわー!」
 ピーコがわざとらしく叫ぶと、ノゾとメグもここぞとばかりに同意した。皆やっぱり内心はここに長居はしたくない気持ちだったのだろう。ケイタさんだけが少し不満気な様子だった。自分のカメラと廃病院内を見比べている。
 まだ撮り足りないのか、この人は。しかし、ふんぎりがついたらしく、俺たちに同意する。
「そうだね、今日これからどうするかは帰って決めるとして、とりあえず下山しよう」
 そのケイタさんの同意で俺たちは一目散に出口である壊れた窓へと向かった。誰もがその場に取り残されまい、と言わんばかりに。

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