第十二話 『終焉へのしるべ』

 卓球とピンポンは違う。俺やピーコ、メグがやっているのはピンポンで、ノゾがやっているのは卓球。つまりそういうこと――結論、ノゾ強すぎ。
 俺たち四人はヒナちゃんに卓球室まで案内してもらった。ヒナちゃんは先ほどのトビウオを料理するために、正博さんとキッチンへと向かった。その間、俺たちはこうしてずっと激戦を繰り広げているのだった。実際は激戦でも何でもなく、ノゾの一人舞台なのだが。
「ありえへん! 何でそんなスピードで打てんねん!」
 ピーコの言葉にノゾは不敵な笑みを浮かべた。半ば愚痴のように言うピーコに対して、ノゾは容赦ないサーブを打つ。
 “ちょっと”卓球ができる人間が、温泉で卓球をするとちょっとしたスターだが、“かなり”卓球ができる人間が同じことをすると……尊敬を通り越して引いてしまう。俺たちはノゾの普段見せない意外な一面に押されていた。
「あんた、卓球そんな強かったの!?」
「高校時代、卓球部だったの。インターハイまで行ったわ!」
 同じ大学に通っているメグですらこの事実は知らなかったらしい。同じ地域に住んでいるなら学校は一緒じゃないのかと思ったが、よくよく考えれば地域によって学校が決まるのは公立の義務教育過程まで。つまり中学校までだ。メグが知らないのも無理はない。
「そんなの、勝てるわけないじゃないー! あんた、左手でサーブ打ちなさいよ!」
「私、卓球のときはいつも左手で打ってるの」
 今まで利き腕じゃない方で勝負をしていた事実をつきつけられて、メグは口をあんぐりと開けた。
 そういうわけで、メグすらも知らなかったノゾの逞しい一面を見て半ば引きながらも、俺たちは卓球を楽しんだ。

 妙に白熱した卓球バトルでかいた汗を温泉で洗い流した俺たちはリビングに集合した。風呂あがりに飲むコーヒー牛乳ははずせない、と駄々をこねるピーコのために自販機の前に集合を決めたのだ。
 汗を流して楽しんだ後に、温泉を楽しむ。その後に、コーヒー牛乳の冷たい味わいを楽しむ。うん、間違ってない気がする。この湯あがりの爽快感は独特の良さがあった。
「あー、楽しかったなあ」
「おもろかったな! 白熱したわ!」
「あたしも久々に運動したわよ」
 その言葉は自然と口から漏れた。そのつぶやきともとれる言葉に、ピーコもメグも同意してくれた。
「ほんとに……? 私熱くなると周り見えなくなるから……」
 ただ、ノゾだけが心配そうな様子だったが、皆そろってノゾの健勝を褒め称えた。口々に、「上手だ」と褒められて嬉しそうなノゾの笑顔は何だかとても、輝いて見えた。
「しかし……強かったな。赤子の手をひねられる感じだったぞ」
「あら、ひねってみる?」
 俺の声に、ノゾでもメグでもない女性の声が重なった。はっとなって振り返ると、そこにいたのは昌子姉さんと――
「かわいいー! 今何歳ですか!?」
 ――昌子姉さんの赤ちゃん、昌一だった。
 口々に騒ぐ女性陣に驚いて泣き出すかと思いきや、昌一は笑っていた。
「今ね、一歳よー。翔くんも初めて見るのよね」
「ああ、初めて。へえ、結構しっかりしてるもんなんだ、赤ちゃんって」
 しっかりしている。顔立ち、体つき、感受性……色々な意味で言ったのだが、少し漠然としすぎたかもしれない。訂正しようかとも思ったが、子を持つ母はそういった類の言葉を聞きなれているようで、訂正の必要はないようだった。
「そうなのよー。最近の子供はどこの子もしっかりしているみたいよ」
 “みたいよ”という言葉、類推の言葉。
 島には若者が少なく、赤ちゃんともなるとさらに少ない。いや少ないどころではなく、この島の赤子は昌一だけなのだ。昌子姉さんにとって他に比べるべき対象がいないのだ。
「そういえば……、ヒナちゃんは?」
 昌子姉さんは俺たちの顔を見回して、言った。
「さっき入江で釣ったトビウオを正博さんと料理してくれてるけど……」
「あらー、最近、このメンバーで遊んでるって聞いたから、てっきり一緒にいると思って――」
「いるよー」
 昌子姉さんがそう言い切る前に、様々な料理を手にして姿を現したのはもちろん、
「ヒナっち! やっと主役の登場やな!」
「主役? いつからヒナが主役になったの?」
 ピーコの言葉を受けて、きょとんとした顔を見せるヒナちゃん。
「ついに本土上陸、『南月島の人魚――失われた廃墟の冒険』の主役に抜擢された、大城比奈さんが何をおっしゃいますか。主役以外の何物でもないですよー」
「ピーコ……お前が真面目な口調でしゃべっても、売れない商品のテレホンショッピングにしか聞こえない」
「アホぬかせ、売れるわ! 売れまくりやわ! 誰だって買うで。全国のお母さんからお前のお母さん、もちろん俺のお母さんまで」
「全員、お母さんかよ……」
「だって、ジャニーズとかはお母さんの方が詳しかったりするやん? あ、俺ジャニーズちゃうな、ごめんごめん、ジャパニーズやわ」
「うっわ、寒……てか、親父っ!」
「メグ、お前までやかましいわ!」
 ピーコが妙に律儀な言葉遣いでしゃべったので、思わず突っ込んでしまう。そこから馬鹿げた漫才が始まる。大阪での俺とピーコの会話そのものだ。だけどやっぱり、最後の突っ込みはメグだった。一連の半ば恒例行事とも化した漫才を見て、ノゾが笑う。つられて俺も笑う。そして、みんな笑う。
 はたして今の会話が本当に面白いという意味の笑いか、愛想笑いかはわからないけど、それを考え始めると虚しくなるのでやめた。
「……ちょっといいかなあ?」
 みんなが笑っている中、昌子姉さんだけは笑っていなかった。みんなの笑いがおさまるのを待ち、昌子姉さんは諭すように口を開いた。
「失われた廃墟……って何で知ってるの? もしかして、私が行くなって言った道のほうに行ったのかなあ?」
 昌子姉さんは口調こそ柔らかかったが、その目はかぎりなく冷たかった。
 そういえば、言われてたんだっけ。昨日、兄山の山頂まで、篝火のために使う薪を取りに行くように頼まれたとき――細い道の先には行くなと。
 ヒナちゃんまで、しまったという表情をしている。瞬時に静まった俺たちを見て、昌子姉さんは早々に会話を切り上げようとする。
「ま、いいんだけどね。危ないじゃない、廃墟とか。崩れたらどうするのよ? 旅行に来てるのに怪我したら元も子もないでしょ。楽しいのも台無しよ?」
 昌子姉さんはそう言って、会話を終ろうとした。まるで何か触れられたくない話題でもあるかのように。今を逃せばおそらく、昌子姉さんがこの話題を出すことはないだろう。
 だから俺はだめでもともと、想ったことをそのまま言おうと思った。
「昌子姉さん、ちょっといい?」
「ん、何?」
「俺ら、確かにあの廃墟に行った。言いつけを守らなかったことは謝る。でもそれなら、あの道の先が危ないだとか誤魔化さないで、廃墟に入るなって一言言ってくれたら良かったじゃないか」
 昌子姉さんは俺の言葉を真摯に聞いていた。
「それとも何か、言えない事情でもあった? 何か……隠したい噂でもあった?」
 最後の問いを聞いて、昌子姉さんはくすっと笑った。
「だいたいのことは知ってるみたいね。そこまで知ってるなら隠し立てしなくてもいいか」
「じゃあ……」
 話してくれるの、と言おうとして遮られた。
「一つだけ約束して頂戴」
「約束?」
 その先は容易に想像できた。そしてその想像は正しかった。
 昌子姉さんは言った。二度とあの廃墟に近寄るなと。俺たち全員がそれに頷くのを見てから、自分の知っていることはちょっとしかないんだけど、と前置きしてから昌子姉さんは語り始めた。
「そもそも、あの廃墟は一部の島民……老人たちにとって禁忌とされているの。ここがリゾート化されてから入ってきた新参の私には理解できないほど、強い強い禁忌よ」
 それはわかる。昌子姉さんでさえ、ここまで強く言うのだから、他の島民にとってどれほどの場所なのか言うまでもないだろう。
「島のお年寄りの中でも、特に自治体の幹部の人たちなんかは特にあの廃墟にはひどい嫌悪感を抱いてる。……神主さんなんかは言ってもまだ若造よ。あ、若造って言うのは神主になってから間もないってことね。先代神主さんが老衰で亡くなってからまだ二年も経ってないわ。それに、あのとおり温厚な性格だからいいけど、神主さんの奥さん……ナミーおばーには知られないほうがいいと思う。あの人、おっかないから」
 あの神主さんのお父さんが二年前まで生きていたことがまず驚きであったが、ご長寿の国の沖縄だ。そこは驚くポイントではないのだろう。
 それよりも注目すべきポイントは、神主さんや昌子姉さんはまだ、あの廃墟に行くことに関して寛容的であったということ。島民の中にはそれこそ怒り狂って何をするかわからないものもいるという。……そして本題。
「あの場所を語るには、二つの過去を語らなければいけないわ。どういうきっかけであの病院が建ったのか、戦時中、どういう場所だったのか」
 昌子姉さんの語る話のほとんどは、神主さんから聞かされてすでに知っていたことではあった。しかし寸分違わぬ話を別の人から聞かされたことで、あれが神主さんの作り話でなかったことを再認識させられる結果となった。
 その昔、隔離病棟として建設されたこと。戦争中、この島は日本軍の拠点であり、あの病院は軍事病院として使われていたこと。
 改めて聞く、島の歴史。そのどれもが重みがあって、どれも聞き逃せない。一通り聞いて、俺は一つのことを質問してみた。廃墟で見つけた、例の封筒のことである。
「呆れた……あんたたち、本当に中まで入ったのね」
「ごめん、反省してる」
 昌子姉さんは、まあいいわ、と微笑んでみせた。その微笑が俺たちの免罪符であるかのようで、何だかすごく安心した。
「その手紙の内容を聞いて、私も半信半疑だった噂が真実だったんじゃないかって思い始めた」
「うわさ? 行方不明の噂っちゅーやつか?」
 ピーコが怪訝そうな顔をする。
 あの廃墟は歴史も長い。そのため、様々な噂がある。その噂が新参者の昌子姉さんまで聞こえているということは、それはこの島に住む者の中でかなり有名なことを意味している。
「それなんだけど、私が聞いたのは……あの廃墟には怪物がいるっていう噂よ」
 怪物という響きを聞いて急に作り話めいてきた、と感じるのは普通だろう。
 しかし、一種異様なあの封筒の文章。あれを見せられた後ではその怪物の存在ですら、笑い飛ばすことはできない。少なくとも、この場にいる俺たちの誰にもできなかった。
「昔からあの病院には怪物が住み着いてて、その怪物は人の死を見て成長するらしいのよ。もちろん、どこまで本当かはわからないけどね」
 人の死を見て成長する怪物。
 隔離病棟時代、あの病院では数多くの感染者が死亡した。戦時中、あの病院では数多くの戦死者が出た。人の死を見る機会は非常に多かっただろう。しかし、人の死というのは無限ではない。人の死とは、人の数だけしか存在しないからだ。
「つまり……、なるほど」
「翔くんはわかったみたいね。そうよ。死ぬ人間はだんだんと少なくなる。ハンセン病感染者は対処法が見つかれば治療されて、死ぬ人は少なくなる。でも、少なくなったと同時に戦争が始まり、あそこは軍事病院になった。激しい戦争の最中、あそこで数多くの軍人さんが亡くなったと聞くわ」
 ――でも、戦争は終わる。
 戦争が終わる頃、収容された軍人の多くはその怪我のために亡くなり、一命をとりとめたものは島を出る。つまり、死ぬ人間はいなくなる。いなくなったとき……それがあの封筒の主を襲った恐怖だ。
「怪物はどうかわかんないけど、成長することって生きることと結構同意義だと思うのよね。だから、死ぬ人間がいなくなったとき、その怪物は自らが成長するために、死ぬ人間を作り出した……ううん、こう言ったら簡単ね。殺した。自分が殺せば自分が成長する」
「それが……人がいなくなった原因? おかしい。死んだ人間はどこに行ったんだ?」
 死んだ人間が行く場所は天国か地獄、とかそんな答えを期待しているわけじゃない。死んだ人間、つまり遺体はどこに行ったのかという答えを聞きたかった。
 昌子姉さんは一言、わからない、と答えた。そりゃそうだ。単なる噂なのだから。馬鹿げた話だ。まったく根拠もない。ただの噂、ただの作り話。
「まあ、今のは封筒の内容と噂の関連性を話しただけで、私自身もそんなの信じてないのよ。翔くんの言ったように死体はどこに行ったのかっていう話もあるしね……一応、島民や軍人さんの移籍の記録や昔の住民票というかそういう資料は一部だけ駐在所に残ってて、そこを見ると確かにそういう事件はあったらしいんだけど……昔のことだしね」
 そこまで語ると、昌子姉さんは軽く頭を振った。
「実は私もあの建物に行ったことあるのよ。さすがに中までは入らなかったけど。この島に入ってちょっと経ったくらいに、神主さんに山には廃墟があるから近づくなーって言われて、かえって興味がわいちゃってね……翔くんって私とどこか似てるところあるから、きっと行くなって言われたらかえって遊びに行っちゃうと思って黙ってたんだ」
「そうそう、人って不思議なもんやしな。行くな言われたら行きたくなるしな。うちからも翔にはよう言い聞かせておきますさかい、勘弁しておくんなまし」
 ピーコがわざとらしく、しかも少し大阪のおかん(お母さん)の口調でしゃべる。誰だよ、最初に廃墟まで行こうって言い出したのは。完全に自分のことは棚にあげている。
「私は噂を信じてはいないけど、やっぱり、駄目だって言われる場所には何かがあるんだと思う。何かがあったって言うべきかな? それに禁忌を侵すというのは良いことじゃないしね。島の人々に見られてたらただじゃすまなかったかも」
「ただじゃすまなかった!? いくらくらいなら?」
「たんこぶ十個くらい?」
 ピーコのボケに昌子姉さんが普通に返す。ボケ殺しやー、などと騒いでるピーコはさておき――今の会話でわかったことは、島では廃墟に近づいたことを金輪際、口にしないほうがいいだろうということ。よけいな騒ぎはごめんだ。
「あ、いけない。こんな時間……」
 時計を見れば時刻はすでに九時。思ったよりも長く話し込んでしまっていたようだ。
「昌子ねーねー、何か用事あるの? ご飯くらい食べて行ってほしいさ。ヒナや翔たちみんなで釣ったトビウオの料理だよ」
「昌一をお風呂に入れないといけないんだけど……ちょっとならいいか」
 昌子姉さんがそう言うと、ヒナちゃんはみんなを卓球室の隅に設置されていた机に座るように促した。小さな机ではあったが、食べることには支障はなさそうだった。
 俺たちは好意に甘えて、料理の数々に箸をつける。刺身、てんぷら、どれもこれもが絶品だった。
「余った分は、他のお客さんにサービスで出させてもらったさー。ありがとね、みんな」
「そんなに釣れたの?」
 昌子姉さんはヒナちゃんの言葉を聞いて驚いた。それもそのはず。俺たちが釣り上げた量は生半可なものではない。
「おう、めっちゃ釣ったで! あれだけあったら、ここのお客さん全員にふるまえるわ!」
「よく言うわよ。ごみばっかり釣ってたくせに」
 メグが白い目でピーコを見る。ピーコはそのことで、一匹も釣れなかったことを思い出したらしい。拗ねたのか無言で食べ始めた。その様子を見て、みんな大笑いする。和やかな雰囲気の中、食事は続き、やがて時間も時間だからと、昌子姉さんは昌一を連れて一足先に帰って行った。
 後に残された俺たちではあったが、これ以上居座るのもはばかられた。昨日だって、ここに泊めてもらったのだ。今日はさすがにホテルに戻るべきだろう。名残惜しかったが、俺たちはそろそろホテルに戻ることにした。ヒナちゃんは寂しそうな様子で受付まで送りに来てくれた。
「ごめんな。明日は祭り本番だからゆっくり休んで楽しむ準備しとかないといけないしさ……あ、そういえばケイタさんは?」
「んー、なんか友達から電話かかってきて、ややこしい話だから奥で電話してくるって言ったっきり見てないね。ヒナから皆が会いたがってたことちゃんと伝えておくよー」
「そうか……、残念だな」
 カメラ大好きな好青年は結局、ホテルで別れてから顔を見ていない。せっかくだからもっとケイタさんとも話したかったのだが、忙しいのであれば仕方がない。
「あ、そだ。ヒナちゃんは携帯持ってるの?」
 ノゾがポケットから携帯を取り出しながら言う。
「持ってるけど、あんまり使わない……使わなくても島の人たちとはじゅうぶんやりとりできるからね」
 ヒナちゃんはそう言って顔を曇らせた。友達が少ない、と聞いたことをすっかり忘れていた。当然、携帯電話を使う相手も少ないのだろう。
 ノゾはそんなヒナちゃんににっこりと笑いかけた。
「明日は祭りではぐれるかもしれないし、教えておいてくれたら嬉しいな」
「うん、あたしらとメル友なろーよー!」
 二人の言葉を聞いて顔を明るくしたヒナちゃんだが、すぐにはっとした表情になる。
「携帯電話、昨日から……ない」
「ない? なくしちゃったのー!? あれないと生きてけないじゃん!!」
 メグにとっては携帯は必需品であり、それを無くすことは死にも等しいらしい。典型的な現代人だ。
「多分、部屋のどこかにあるさー。見つかったら登録してかけるから、番号教えてほしいな」
 ヒナちゃんは卓球の道具を受付に置くと、脇からメモ用紙を取り出した。俺たちはそれぞれの番号を記入して、ヒナちゃんに渡す。それをひしっと受け取ったヒナちゃんは、「必ず電話するやっし!」と嬉しそうに笑った。
 心からの笑顔。俺たちは生まれも育ちも違うけど、こうやって友達になることができた。ヒナちゃんの笑顔を見ていると名残惜しかったけど、俺たちはヒナちゃんに別れを告げ、富士を後にした。
「明日、いよいよ人魚まつり本番だね」
 ホテルに向かいながら、ノゾは嬉しそうに言った。
「そうだな、人魚はすでに見たけどそれでも楽しみってもんだ」
「お祭りだからねっ! 集合は何時にしよっか?」
「てーげーでええやん。てーげーで」
 ピーコが方言を使い出したものだから、みんな笑った。
「そうだな、お昼くらいでいいか。集まったらどこかでてーげーに昼飯でも食べよう」
 俺たちはてーげーに、いや、適当に集合時間を決めた。そしてホテルに到着すると、すぐにそれぞれの部屋に戻り明日に備えることにした。

 部屋に到着すると、そのままベッドに横になる。そのまま、おやすみと言って寝ようとすると、ピーコがそれを制した。
「……翔、ノゾとどないなってんねん?」
「どうって、別に……」
 俺は一瞬、どきっとした。しかしそれを悟られぬように表情を隠す。
「いや、わかっとんねん。ちょっとは気あるんやろ?」
 ピーコにはすべてお見通しだった。
 そう。少しは気になっている。いや、それよりもさらに少し、気になってる。いやいや、それよりもさらに少し進めたくらい気になっている。……気になっている。
「俺はメグのこと、ちょっとええなって思っとるで」
「お互い、ちょっと気になってるんだな」
 そう言うと、ピーコは歯を見せて笑った。
 短期間ではあるが、俺たちは昔からの友だちのように一緒になって笑い合い、遊んだ。南月島に来て過ごした三日間は、大阪での三日間とは比べ物にならないほど濃いものであった。時間が凝縮されている感じすらする。その中で遊んだノゾやメグのことを意識するようになったとしても何らおかしくない、それほど内容の濃い三日間であった。
「まあ、明日以降の展開がどうなるかやな。何や大きな事件でも起きたら仲も進展するんやけどなあ」
「何言ってんだよ」
「理想を言ってんねん」
 ピーコはそう言うと俺に枕を投げつけてきた。こいつ、自分で言っておいて恥ずかしくなってやがる。世話のかからない奴だ。
 俺が枕を投げ返したので、そこから枕投げが始まる。そして、それが一段落すると枕を置いて、また恋愛話を再開する。冷蔵庫に備え付けられた有料のオリオンビールを取り出し、景気よく封を開ける。シュワっという心地よい音を立てて、飲み口から泡が零れ落ちる。
 俺たちはビールを片手に語り合った。一晩中、時間が経つのも忘れて語り明かした。
 今日はピーコと色んな話ができた。ノゾとメグとヒナちゃんとも遊べた。昌子姉さんとも会えたし、その子供の昌一とも会えた。ケイタさんと会えなかったことだけが名残惜しい。だけど電話を邪魔するのも悪かったし、こればかりは仕方なかっただろう。それに今日は会えなくても、また明日会うことはできる。
 ヒナちゃんに携帯電話の番号を教えたのだから、ケイタさんにもまた会えるんだ。次に会うときには、ケイタさんの電話番号を聞いておくのも忘れないようにしなければ。そうすればまたいつでも会えるから。そう。また会える。会える――はずだったのに。
 ――俺たちがケイタさんの失踪の知らせを聞いたのは、人魚祭りも終わった夜のことだった。

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