終章 『おわりのおわり』

「しかし、実に惜しかったよ……キミのことも、例の最後の任務のことも」
「はい。私ではお力になることができず、申し訳ありませんでした」
「いや、いいんだ。ミスターケイタ」
 ボスはそう言うと、電話の向こうで一息ついた。
「そもそも、旧日本軍の非人道的な実験の存在、いや、存在する証拠を掴んでそれを外交のネタに使おうなどということ自体が気の迷いだったのだよ」
「違うでしょう、ボス」
「ああ、そうだったな。俺は不老不死の謎が気にかかっただけ、そういうことになっていたのだったな」
「ええ、そうです。そして、たまたま沖縄の出身だった私が、休暇を利用するついでに不老不死を興味から調べた――」
「俺たちは夢見る乙女みたいなものだからな」
 冗談を言うと、ボスはくっくっと忍び笑いをしてみせた。
「それもさておき、未然に災害を防げたのは良いことではないか。キミの表向きの身分をフルに活用することになったのは、少しややこしかったが……」
「すみません。しかもボスの手柄にすることもできず……」
「いやいや、ミスターケイタ。俺は本当にキミが好きだった。キミの家族や隣人を救えたことはそれだけで喜ぶに値することだと思うが? それに、まったく利益がなかったわけではない。今回の一件で、アメリカ合衆国の地質調査部門の有能さは全世界に知れ渡った。我々の目標は合衆国を様々な方面から発展させることだ。結果的には良かったと思うがね。しかし……」
 残念だ、とボスはこぼした。
「キミは数少ない有能な部下で、なおかつ信頼にたる部下だと思っていたのだがね」
「それは……」
「あの事件がキミに残した傷もまた大きかったということか。沖縄に住む人は望郷の念が強いと聞く。キミにとっては故郷を失うことは恋人を失うことに等しかったのだろう?」
「……ええ」
 僕は何と返事すれば良いかわからなかった。しかし、とりあえず肯定しておく。
 ボスは勘違いしている。南月島が海に沈んだからと言って、僕の故郷が海に沈んだわけではない。ボスにとって、異国の中の地域の区分は曖昧なのだろう。僕は故郷は失ってなどいないのだ。
 それに、故郷を失うことは恋人を失うことに等しいなんて言葉、僕は同意できない。少なくとも僕は、恋人を失うことのほうが辛いと、そう思う。
「組織を抜けても、キミと俺はフレンドだ。そうだろう?」
 そうですね、と返すと、ボスは「それなら、またラブコールを交わそう」とジョークを言ってのけると、電話の向こうで大笑いした。
 そして、気が向いたらまた自分の下で働くように、と付け加えることを忘れずに電話を切った。いつものパターンだ。いつもの、そう――組織を抜けてからの僕とボスとの電話はいつもこんな感じだった。
 ふう、と思わず息を漏らす。
 あたりに漂うのは波の音だった。ここは海の上に建てた小屋で、僕のクルーザを保管している場所だ。小屋からクルーザがそのまま海に出発できるような構造になっている。
「誰と電話してたんだい、慶太」
 小屋の入り口から正博さんがひょっこりと顔を見せる。
「前の上司だよ」
「そうかい、てっきり彼らかと思ってね。そろそろ来るんだろう?」
 あれから一年が経った。
 南月島の大噴火も、島のほとんどが海の底に沈んでしまったことも、もうニュースで扱うこともない。ときどき、いまだ火山活動を続けている報告が忘れたようにテレビに出るくらいだ。島の存在はすでに過去のものとなりつつある。
 しかし、南月島に生きた人々はこうして逞しく生きている。たとえ島は死んでしまっても、そこに住む者は死んでいないのだ。彼らは今もこうして明日を信じて力強く生きている。大事なのはその土地ではなく、そこに住む人々の命なのだと僕は思う。
「うん、来たらクルーザで島を案内してやろうと思ってさ」
「それはいいね。今度、さっき電話してた上司も乗せてやりなよ」
「忙しい人だから多分来れないと思うけど、来たらそのつもりだよ」
「……おっと、すまん。話の途中だったけど、みんなに出すつもりの料理を火にかけたままだった。比奈だけだと心配だから家に一度戻るよ」
 そう言うと、正博さんは小屋を慌しく出て行った。比奈は石垣の高校に通いながら、家事を手伝っている。比奈はとても明るくなった。僕にはそれがとても嬉しい。正博さんも同じ気持ちだろう。きっと比奈が明るくなったのは彼らのお陰だろうと思う。
 クルーザの整備も一段落したし、長らく小屋にこもりっきりで気分も滅入ってきたところだったので、僕も外の空気を吸いに外の浜辺に出てみる。
 ボスからの電話は誰にも聞かれたくなかった。だからこうして小屋にこもって電話することが多い。もっとも機密事項は話さないので、それほど神経質になることはないのだろう。
 それにボスは野心家で豪快、些細なことは気にかけない性分だ。一度、組織を抜けた僕にもこうして親しく接してくれるあたり、大物とも言える。
 僕はそんなボスを騙していることに一抹の罪悪感を覚えた。ボスの言った、旧日本軍が非人道的な実験を行なっていたという証拠はあったのだ。僕はそれを目の当たりにしている。そう、南月島の人魚――イブこそがその唯一の証拠。
 ボスがテレビで見た人魚の木乃伊が日本軍の実験の被験者なのではないかという推測は当たっていたのだ。これをボスに教えればボスは喜ぶだろう。しかし、これでいいのだ。一年前、南月島で起きた大噴火の背景を知る者は知る者は僕だけ――それでいいのだ。南月島の人魚のことは黙っているべきなのだ。
 実を言うとボスには詳細を省いた報告しかしていない。けれど、それ以上のことを僕は言うつもりはなかった。全てはあの大災害で沈んだのだ。それでいい。あのとき、翔君にも忘れるように言ったが、あれは僕自身にも言い聞かせたようなものだ。
 イブは、人魚は架空の存在のままでいいのだ。そうすれば、彼女は今後だれかに狙われることなく生き続ける。
 あの日。廃墟で過ごしたひとときで彼女と多くのことを語った。イブに、恋人のジュリーの面影を重ねてしまっていたのかもしれない。
「ジュリー……、僕はまだ君を忘れられない」
 漏れ出た言葉を気にする者はこの広い浜辺に誰もいなかった。
 僕は、浜辺をぶらぶらと歩いてみる。海は穏やかで、どこまでも青く、綺麗だった。
 一年経っても、二年経っても、三年経っても、四年経っても、五年経っても、たとえ何十年経っても僕はきっとジュリーを忘れられないに違いなかった。
 もちろん、そんなことが重要な任務を放棄した理由にはならない。しかし今回は天変地異という確固たる事情がある。そのことは任務を未完に終わらせてしまった理由にはできるだろう。
 ポケットを探って、あの日、翔君に返してもらった手帳を開く。今でも肌身離さず持っているものだ。巧妙に隠された位置にIDカードが挟まれていた。IDカードのみならず手帳さえも本当は処分しなければならないものだ。しかし、島での報告時は廃墟で無くしたものだと想定していたため、無くした旨を報告しただけであった。空港で翔君に手帳を返してもらった後、僕はそれを黙って置いておくことにした。南月島での一件を、イブのことを忘れぬために。イブとの約束を忘れぬために。
 IDカード。そこにはアルファベットで僕の名前と本当の身分が書かれている。表向き所属していることになっているアメリカ合衆国地質調査所ではない、本当の身分が。
 ――大城慶太、中央情報局特殊遺物探索部調査官。
 中央情報局――CIAの末端部署の一つである。普段はその構成員も別の職業や部署に就き、それぞれの技能を生かす仕事をしている。主要任務は、テロリストに流れた資金の調査、探索及び回収であるが、実際には官民を問わずアメリカに利益をもたらす情報や技術、人材の探索と回収を行なっている。
 任務地は世界中に及び、大抵は民間企業やアメリカ軍、組織内の諜報部員を介して任務を遂行する。各調査官の任務地は分けられているものの、その地域に詳しい者や適任がいれば臨時に調査チームを編成することもある。
 それが、僕の本当の職業だ。僕はジュリーの生まれた、ジュリーの暮らしてきたアメリカが好きだ。だから、ジュリーの母国のためになる仕事に就きたかった。
 だけど、こんな肩書きは何にもならない。何の免罪符にもならない。僕は罪悪感でいっぱいだった。僕は尊敬するボスも、愛すべき仲間たちも騙してしまったのだから。
 僕は自分の本当の身分を隠し、南月島に潜入した。そして、調査の弊害を取り除くため、みんなにふるまった月酒に睡眠薬を混ぜた。僕はみんなのことを仲間だと言っておきながら、薬を盛ってその間に廃墟の調査を行なったのだ。結局、その日のうちには何も見つからなかったが、翌日に調査すべきポイントを格段に減らせたことと、翔君たちを何もないであろう部屋に誘導できたことは大きい。前日の大きなミスは埃に多くの足跡を残してしまったことだ。しかしこれはみんなと別行動することによって誤魔化せた。
 それよりも大きなミスは、その翌々日、翔君たちが廃墟まで来てしまったことだ。地下への入り口を安易に扱いすぎたこと、正博さんに連絡したことで安心したために比奈にはメールを入れるだけで良しとしてしまった自分の軽率さを悔やむ。
 結果的に人魚の存在をみんなに知られることになったが、人魚がどういった存在かは知られなかった。……いや、翔君はおそらく気づいただろう。しかし、その背景までは理解できなかったはずだ。

 南月島。旧名、皆見月島。沖縄返還を境に名称の変わったこの島には、旧くから人魚の伝説が伝わる。
 第一次世界大戦後、この島にはある施設が建てられた。当初は隔離病棟としていたが、地下の自然洞穴の特異性から、いつしかそこは実験施設として使われるようになった。生物兵器開発研究所。たいそうな名前をつけられたこの施設では、複数の生物を組み合わせて驚異的な力を持つ生物を作り出そうとしていた。
 冷静に考えて、それが実戦で何の役に立つというのか。そんなものを作るくらいならば、細菌兵器を作ったほうがましだ。今でこそそんな判断を下せるだろうが、当時の日本政府は愚かだった。有益だと信じて、無意味な実験を繰り返していたのだ。
 研究自体は特にたいした発明もなかったため、だんだんと下火になっていったが、代表者である益田純一郎はそれを快く思わなかった。表向きは病院の院長として振舞っていた彼は、裏ではなおも狂気的な実験を繰り返した。異なる二種の生物を掛け合わせても意味が無い、また、あまりに複数の生物を掛け合わせると拒否反応が起こることに気づいた彼は、二種類の同じ区分に所属する生き物を掛け合わせることに思いついた。哺乳類と哺乳類の掛け合わせである。
 彼は当時まだ今よりも海が綺麗だった頃に、周囲に生息していたイルカを数頭捕獲し、それを実験に用いた。イルカと掛け合わされることになったのは、人間である。そもそもなぜ、そんな掛け合わせを行なおうとしたのかは定かではないが、地下から発見された彼の白骨死体の持っていた日記には人魚伝説から思いついたと書かれている。狂人の書く日記は支離滅裂なものであったが、僕は証拠として一応それをその場から持ち去った。
 今ではもうそれは僕の手元にはない。イブの存在を知り、彼女に情がうつったために、彼女の存在の手がかりになるものは全て処分したからだ。
 日記にはこうも書かれていた。数頭を研究材料にしていたが、その中でも島の一組の夫婦を使ったものはとても良く出来上がったと。彼は患者のみならず、数人の島人を実験体として扱っていた。さらには目撃者となった看護婦まで処分していたと言うから、彼がどれだけ狂気的であったか伺える。
 おそらく、それこそが神隠しの噂の始まりだろう。後のものは全て尾ひれがついたと言っても過言ではない。アメリカ軍人が消えた噂の真偽だが、実際はそのような事件などアメリカの公式記録に全く存在していない。記録では当時、アメリカの支配下になった皆見月島に調査のために訪れたアメリカ人たちは神隠しの存在を知っていた。この廃墟の存在も知っていた。ここも調査に及んだが、そのときに語った会話が誤解されて伝わったのだろう。
 当時、英語が話せる日本人はほんの一握りだ。少し英語をわかるものはいても、完全に話せるものは少なかっただろう。彼らがアメリカ軍人の会話を盗み聞きして勘違いしたと想像できる。その後の神隠しは全て勝手な作り話だろう。島の人々はあの廃病院を良しとしていなかった。そのため禁忌とされ、元は隔離病棟だったこともあり、近づくことは許されなかった。近づくものを戒めるだめにできた噂、島の老人たちが流し始めた噂がきっと終戦後の神隠しの全貌であろう。いや、一人は作り話ではないか。白骨死体の主、益田純一郎は廃墟に訪れて何らかの事故で死亡した。単なる老衰かもしれない。そのため、彼は帰って来なかった。これは神隠しだと思われてもいたしかたがない。
 ――益田純一郎。人魚を造り出した男。
 彼は実験を重ねる中で、数十体の人魚を造り出したがその全てが失敗であったと日記に書いている。どういった条件が味方したのかはわからないが、島の一組の夫婦のみが、拒否反応を起こさず揃って人魚として完成したという。条件は今も謎のままだ。
 純一郎は一対の人魚に名前をつけた。男をアダム、女をイブ。彼はこの時点ではイブに恋をしていなかったが、後に美しい亜麻色の髪の人魚に恋心を抱くようになる。その想いは日記の日を追うごとに強くなっていった。
 イブは元々アメリカ人であったらしい。どういった経緯かわからないがこの島に移り住み、現地の若者と結婚した。そこにどういった事情があったのか今ではもう知る由もない。彼らは人魚にされる前の記憶をすべて失ったが、お互いを想う気持ちは失わなかった。純一郎がどれだけイブを想っても、イブの心の中は常にアダムで占められていた。純一郎はアダムに激しく嫉妬したが、彼を殺すわけにはいかなかった。自身の研究のためにも、イブのためにも。
 やがて時は流れ、第二次世界大戦が始まり――終わる。純一郎は研究所の終わりを悟った。そして、自分の命さえも危いと悟った。非人道的な実験を繰り返してきたのだ。このまま許されるはずがない。けれど彼には守るものがあった。守りたいものがあった。イブだ。彼は研究所の閉鎖のために資料の処分、被検体の処分を行なう際にこっそりとイブを地底湖に放した。アダムは最初処分するつもりだった。しかしイブは一緒にいさせて欲しいと必死に彼に懇願した。
 純一郎にそれを断ることはできなかった。やがていつか必ずその地を訪れることを約束し、彼は逃亡する。至難の業であっただろう。人の目をずっと逃れ続けることは並大抵の努力では成し遂げることはできないに違いない。彼は沖縄がアメリカの領土となった後もずっとイブのことを思い続けた。ずっと彼女のもとを訪れることだけを考え続けたのだ。
 イブの無事は彼の祈りが通じたが、彼自身の願いの叶うことはついになかった。
 イブの話によると、彼は自分を訪れてはいないと言う。つまり行き道で息絶えたのだ。イブの話で僕の頭の中の整理はだいたいついた。なぜ、アメリカ軍に彼女が見つからなかったのか。アダムはなぜ、木乃伊になったのか。
 アメリカの領土になり、地下の施設に調査が入る頃、地震で例の穴が開いた。嵐の日だった。アダムはそんな天候の中、地震であいた穴から外に出た。彼はそのまま流され、何らかの要因で死亡した。そして島民にぼろぼろの状態で入江に流れ着いているのを発見される。当初は島民の手にかかったものだと僕は考えていたが、神社で神主さんが島を去る間際にイブに語ったことから、人為的な事故ではなく、本当に偶発的なものであることがわかった。
 イブは嵐が去った後は穴を通じて自由に泳ぎ回り、アダムを探し回った。地底湖にずっと止まっていなかったために、調査に来たアメリカ人にも発見されることなく済んだのだ。やがて沖縄はアメリカから沖縄へと返還され、島の名称も変わった。これはおそらく島の名前を変えることで生物実験の行なわれた地を少しでもわかりにくしておこうという政府の配慮であろう。
 そのこともあってか、イブは誰の目にも触れることはなかった。いや、それには少し語弊がある。なぜなら彼女は島民に時々目撃されていたからだ。だが、南月島はもともと人魚が住むという島だ。多少目撃されようとも、特に問題はなかったという所が妥当だろう。
 ――神隠しの謎、人魚の謎。
 僕の中で、これら二つの大きな謎は全て解決できているが、そのほとんどを僕は一切語らない。これまでも、そして、これからも。僕が死ぬそのときまで、僕はこの謎を守り続けることを誓う。純一郎はイブに恋心を抱いたが、その気持ちは分からないことも無い。僕はイブを通して、死んだジュリーの姿を追いかけている。恋は狂気的なわけではない。恋にあるのはただ、純粋な想いだけ。それが狂気と化すのは、その純粋な想いが暴走したとき。
 純一郎は、イブへの純粋な恋慕に取り憑かれた哀れな男だったのだろう。僕もまた、恋に取り憑かれた哀れな男だ。
「イブ」
 僕は広い大海原に呼びかけた。遠くからだんだんと大きな魚影が近づいてくる。人の大きさほどもあるその影は、僕の愛する――いや、愛した人によく似た姿だった。
 僕は組織を抜けた後、石垣島の観光案内所に勤めながら、今はこうして石垣の実家に正博さんたちと共に生活している。
 石垣の海は綺麗だ。こういう海だから、彼女はここに来てくれる。
『ケイタ?』
 そう呼びかける不思議な声は、僕の心をいくぶん穏やかにした。まるで目の前に広がる海のように広く優しく、彼女は包み込んでくれる。
 あの夜、僕は涙するイブに言った――いつでも力になる。だから、僕の故郷、石垣島においでと。
 驚くべきことに彼女はその言葉の通り、沖縄県の北部から正反対の南部までの長距離を彼女は泳いでやって来た。南月島から石垣島、その長旅を彼女は成し遂げたのだ。
「もうすぐ、彼らが来るよ。翔君やピーコ君や、ノゾちゃん、メグちゃんが」
 その言葉を聞くと彼女は嬉しそうにジャンプした。イルカの身体能力を持つ彼女は水飛沫をあげながら優雅に宙を舞い、その美しい肢体を惜しげもなくさらした。
 彼女は今もこうして生き続けている。石垣島が人魚の住まう島だと称される日が来るかもしれない。そう考えるとなんだか面白くて思わず笑みがこぼれる。
「ケイタにーにー、イブ! 船が、船がきたよ!」
 遠くから比奈の声が聞こえた。僕たちのもとに比奈が走り寄ってくる。
「ほら、あそこ、遠くに見える」
 比奈はそう言って、島へと近づいてくる船を指さした。僕はその先を見つめる。
 そこには手を振る四人がいた。僕が、比奈が、そしてイブが愛してやまない四人がいた。
 沖縄の血を引きながら大阪に住む憎めない青年、翔。生粋の関西人で出会う人みんなと仲良くなってしまう、ピーコ。おしとやかだけど芯の強いノゾ。明るくていつも笑っているメグ。 
 出逢いがあれば別れがある。別れがあればまた出逢いがある。僕らはこうしてまた、同じときを共有することができる。僕は生きていることの素晴らしさを改めて、実感した。
 イブがまた、大きく舞い上がる。遠くにいる四人に見えるように大きく、高く。
 他の観光客には驚きだろうが、遠くからでは何なのか判別することはできないに違いない。しかし彼ら四人ならば、イブに気づくだろう。
 イブは高くジャンプした。何度も何度も、大きく大きく。
 南月島は滅びても、そこに住む人々は今も生き続けていて、その伝説は今もこうして――生き続けている。
 南月島の人魚は今日も美しく、生きていた。今日も強く、生きていた。
 そして僕も生きている。ジュリーを失ったこの世界でも、精一杯生きている。みんなと出逢えた喜びがあるから。今日という日があるから。
 だから僕は、生きていきたい。強く、南月島の人魚に負けないくらいに。

――『南月島の人魚』完――

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