ひとりの旅立ち(※ドラクエ1)

「アレフ、強い男になれ」
 商人だった父はそう言って、ぼくの両手に青い兜を託した。ずっしりと、重い。
「今のお前じゃ、これを持って全力で走るのが精一杯だが、それでもこれを手放すな。こいつはロトの兜だ。これを持っていれば証明になるはずだ。勇者ロトの、な」
「ろ、と……?」
 聞いたことはあった。かつて、アレフガルドを悪しき者の手から救ったという伝説の勇者。
「お前こそが、ロトの子孫だ。世界でただひとりの勇者だ」
「ぼくが……勇者?」
 詳しくは聞けなかった。兜のほかは、何も。
「ドムドーラを出て、北へ行け。そこにガライという町がある。後はどんな手段を使ってでもいい。ラダトームに行くんだ。そうすれば、きっと……」
 そこで父の言葉は途切れる。
 父は商売用の鉄の剣を抜くと、襲い掛かってきた魔物の一撃を受け止めていた。頭の頂上から足の先まで漆黒の甲冑に身を包んだ騎士だった。
「早く行け、アレフッ!」
 父の叫びが、嘆きが伝わってくる。
 漆黒の騎士の足元には母がすでに息絶えている。綺麗だった白い肌も金色の髪も血に塗れていた。父がプレゼントした白い洋服も赤黒い血で見るに耐えない。
「俺たちは、お前の本当の両親ではない。だけど……アレフのことを世界で一番愛してるさ」
 父はそう言うと、黒い騎士に蹴りを食らわせる。騎士は一瞬よろめくがまたも大きな斧で切りつける。それを防ごうとして、鉄の剣を盾にするよう構える――が、折れた。強力な魔物の一撃に耐え切れず、父の想いも空しく、折れた。受け止める術を失った父を、巨大な戦斧が襲う。それでも僅かな身のこなしで左腕を失うのみにとどめた父は致命傷を免れた。
 しかし、その出血は酷い。とめどなく溢れ続ける鮮血を見て、ぼくは絶望的な心地になる。
「父さん! 血が……」
「無駄口を叩くんじゃない! 行けッ! 俺と母さんの死を、ドムドーラの死を無駄にするな!」
 父はそう叫ぶと、漆黒の騎士に飛び掛る。
 目頭が熱かった。泣き叫びたかった。だって、卑怯じゃないか。死を無駄にするななんて言われたら、見殺しにするしかない――。
 ぼくは、両腕にロトの兜を持って全力で走り出した。燃え盛る町を、人々の悲鳴を無視して走り出した。
 二本の角を生やした青銅色した兜がやけに憎かった。ロトが、憎かった。
 まだ、少年のぼくに、このロトの兜は重すぎた。ぼくに、ロトの名はあまりにも重すぎた。

 *

 月日は流れ、ぼくは必死の想いでラダトームに辿り着いた。
 父の言いつけの通り、そこに行けば何とかなるのだと思っていた。ドムドーラからガライへ。ガライからラダトームへ。長い道のりの中で、ぼくはロトであることを受け入れた。悪しき魔物の群れを倒し、父母の仇を、ドムドーラの仇を取る覚悟はできたつもりだった。
 ロトの勇者として、世界を救う――そう信じて、一人で、孤独に押しつぶされようとも、ラダトームを目指した。
「ロトの子孫、じゃとな……」
 ぼくを迎え入れたラダトーム国王ラルスは胡散臭そうな目で見つめる。
「こんなガキが……たいした装備もなく?」
「前の自称ロトの勇者ももうちょっとましな装備してたぞ」
 ラダトーム兵がくすくすと小声で語るのが聞こえる。
 歯がゆかった。かみ締めた唇が切れて、血がにじむ。
「静粛に!」
 ラルスは威厳のある声で、兵士を諫めた。わかってくれたんだ。そう思うと、ほっとした。父母の死も決して無駄ではなかった。ラダトームの力を借りれば、皆で頑張ればどんな恐ろしい敵にだって勝てる気がした。
 胸のうちに勇気が湧いてくる。うれしかった。ひとりでないことが、ただうれしかった。
「みなのもの。子供の言うことじゃ。笑ってやるな」
 しかし、現実は違っていた。
「のう、アレフと言ったな? ロトの子孫だという証を見せてみい」
 ぼくは、両手に持っていた兜を掲げた。
「これです」
 ラルスはしげしげと眺め、嘆息した。
「そんな小汚い兜じゃ、証にはならぬな……」
「そんな、これは……ロトの兜です!」
「噂に聞くは、王者の剣。光の鎧。これらが、ロトの装備と言われておる。兜は鎧とセットじゃろ。光の鎧がないなら、そんな薄汚れた兜など見せられてもどうしようもないわい」
 そう言うと、解散だといわんばかりにラルス王は語るのをやめた。
「で、ですが、ぼくは……」
 なおも食い下がるとラルスは疎ましげな目で、ぼくを睨む。
「ロトの子孫だと自称するものは星の数ほどおったのじゃ。支度品だけもらって逃げた者もいた。志半ばに倒れた者もいた。それでも旅立つと言うなら、わしは止めん」
 ラルスが合図すると、兵士が宝箱を持ってきた。
「その中身はくれてやる。別に逃げても追いかけぬから、もう勇者ごっこはやめるのじゃな」
「王様、先の自称ロトの子孫たちにも激励してやったのですから、この童にもお声をかけてやったらいかがです?」
 にたにたと笑いながら、大臣が声をかける。ひどく、不快な気分にさせる笑み。
「おおう、そうじゃったのう――こほん。おおアレフ! 勇者ロトの血をひくものよ! そなたの来るのをまっておったぞ。その昔、勇者ロトが神から光の玉をさずかり魔物たちを封じ込めたという。しかしいずこともなく現れた悪魔の化身、竜王がその玉を闇にとざしたのじゃ。この地に再び平和を! 勇者アレフよ! 竜王を倒し、その手から光の玉を取り戻してくれ! わしからの贈り物じゃ! そなたの横にある宝の箱をとるがよい! そしてこの部屋にいる兵士にきけば旅の知識を教えてくれよう。ではまた会おう! 勇者アレフよ! ……ああ、疲れた。これでいいか?」
 長い台詞を一気に述べ上げた。初めから決めていないと、このような台詞はすらすら浮かんでこないだろう。何人もの自称ロトの子孫にこの口上を捧げてきたために、それはもう一種の定型文へと成り果てていた。
「あ、あの」
「ではまた会おう! 勇者アレフよ!」
 鬱陶しそうにラルスは応じた。もう話したくないとでも言っているようだった。
「ですが、王様。ぼくは本当にロトの……」
「じゃから、言っておるじゃろう。勇者アレフ、とな」
 何度も言わせるな、という風なことを言った。汚れたスライムを見るような目で、ぼくを見るな。それはまるで、物乞いに対する態度だった。
 それでも頼るもののないぼくは、ぽつんと差し出された宝箱を開ける以外に手はなかった。プライドなんて、ドムドーラを逃げてラダトームに辿り着くまでの間にとうに捨てている。何より、父母の仇を討ちたかった。アレフガルドでいちばん大きな店を持つんだって、孫の顔を見るんだって、そう言って笑っていた両親の顔が忘れられなかった。
「さ。それを持ってさっさと帰るが良い」
 箱の中身は、たいまつと120ゴールドだった。それっぽちが、大きな宝箱の底にぽつんと置かれていた。戦乱を利用して物乞いにきた孤児に対する扱いは、そんなものだった。
 兵たちの嘲笑と王の侮蔑の視線を受けながら、ぼくは城を出た。

 ラダトームから光が失われて久しい。今が昼なのか夜なのかもわからなかったが、今日はもう眠りにつきたかった。
 隣町に向かう途中、魔物に二度ほど襲われた。スライムとかいうアレフガルドでも最も弱いといわれる魔物だった。その雑魚でさえ、何も持たないぼくには手強かった。武器も仲間も持たない、ぼくにとっては――。
 仲間がいないなら、せめて装備を整えようと隣町について武器屋を訪れた。120ゴールドを持ったぼくは立派な客であり、主人は愛想が良かった。今はただ、作りものの笑顔でもうれしい。
 所持金を数えると、スライムを倒した分を含めて124ゴールドある。ぼくは、布の服と皮の盾、そして竹竿を買った。それぞれ、20ゴールド、90ゴールド、10ゴールド。ラルス王にもらった路銀は一気に尽きた。
 残った4ゴールドで宿を取ろうと歩き出すと、酔った女性に声をかけられた。今晩の宿がないと言っていたので、一緒に泊まった。
 初めて抱いた女性の身体はひどく温かくて、死んだ母と重なって思いがけず涙がこぼれた。「さみしいの」と名前も知らない女性が問うので「さみしくないよ」と答えた。嘘だった。さみしくないはず、ないだろう。

 翌朝、竹ざおや兜などの装備は荷袋に突っ込んだまま部屋を出ると、宿の主人から「ゆうべはおたのしみでしたね」などと言われたが、何の感慨もわかない。「また誘ってね」と微笑む女性にも何の魅力も感じない。宿代は3ゴールドだったので余った1ゴールドは女性にくれてやった。
 ぼくは、ひとりラダトームの町を後にした。強くなろうと思う。強くなりたい。みんなに認められたい。
 父から譲り受けた兜をそっと頭に載せた。青い、二本角の兜。今後、鍛え、装備を変えていくことがあってもこの兜はかぶり続けるだろう。ロトの兜に勝る装備など、この世にないのだから。誰が何と言おうと、この薄汚れた兜は本物なのだから。兜は本物だ。だから、だからぼくも。
 ――だって、ぼくが偽物なら、偽物のために死んでいった母や父はどうなる。あまりに哀れすぎる。あまりに虚しすぎる。
「ぼくはっ……ホンモノなんだ……」
 誰になくつぶやき、ぼくは歩き始めた。頭上のロトの兜が、ただただ重い。父も母もいない。信じていたラダトームの人たちですら、何の力にもなってくれない。
 齢にして十五。アレフガルドの永遠の夜の中、見送る者とていない寂しい旅立ちだった。


The End.



 三五○○文字を目処に書きましたが、後でカウントしたら三八○○文字でした。
 ドラクエ1の旅立ちの前のお話です。なんか、1のイメージは自分の中では暗いんですよね。でも、大好きなのですけども。
 2で出て来る「ロトの兜」はどこからきたのだろう、というところから始まり、ロトの兜とドラクエ1勇者の青い兜についてあれこれ妄想していたらできたお話です。
inserted by FC2 system