01.マスタードラゴン

 天に浮かびし、世界を見守る城――天空城。
 竜の神にして世界の王マスタードラゴンの住まう居城。
 この世の戒律たるマスタードラゴンの言うことは絶対で、彼の定めることに間違いは無い。たとえ黒でも白となり、白でも黒となる。竜の神は、世界の法であった。
「なぜわからんのだ、ユーリル。我はお主のことを考えておるのだぞ」
 窓から射し込む陽光を白銀の鱗に受けながら、マスタードラゴンは問うた。
「あなたは何もわかっていない」
「いや、わかっておる。そなたの苦しみ、悲しみ、すべてわかっておるぞ。だからこそ、シンシアを生き返らせたのではないか」
 ユーリルと言われた若者は、鋭い眼でマスタードラゴンを睨みつける。
 意に介さず、マスタードラゴンは話し続ける。自分の言うことに間違いは無い、と思っていた。
「シンシアは妖精。もともと、“夢の世界”と呼ばれるこの天空城と同じ次元に存在する世界の住人、生かすのも容易かったわい。村の他の者はただの人間だから生き返らせることも叶わなんだが……」
 ただの人間、という言葉にユーリルはぴくっと身を震わせる。
「シンシアが生き返って良かっただろう。我もほっとしておる」
「……確かにシンシアのことは感謝する。しかし、それで僕の気が晴れたと思うか?」
 マスタードラゴンは、巨躯を揺らして笑った。
「晴れたであろう? そなたはみなが見守る中、故郷の村の花畑で涙を流して喜んでおったではないか。我も年甲斐なく泣いてしもうたぞ」
 ユーリルはため息をこぼして、玉座に背を向けた。
「ま、待て。ユーリルよ。我らが救世主よ。地獄の帝王を滅ぼせし勇者よ。何がそんなに不満なのだ? 今もこうして天空城でシンシアと二人、何不自由ない暮らしをしておるではないか」
 ユーリルは扉に向かう歩を止めた。その背が、肩がふるふると揺れている。
「僕を……勇者と呼ぶな」
「なんだって?」
「勇者と呼ぶなと言っているんだ」
 振り返ったその眼に浮かんだ憎悪の色は濃かった。
「なにを怒っている……?」
「それがわからないから、あなたは駄目なんだ。あなたなど、神ではない」
 その言葉にマスタードラゴンは激昂した。
「何を言うか! 私こそ神の中の神にして、竜の王! 世界を統べる存在だ!」
「あなたは、神の代理だろう」
「何――」
「ならば、訊く。この城の一階にある教会は何だ? なぜ、わざわざそんなところで祈りをあげなきゃいけない? あなたが神ならば、あなたに祈りを捧げれば良いだろうに。あなたは、遥か昔に神から世界を守る権限を譲渡されたに過ぎない。あなたは神なんかじゃない」
 マスタードラゴンは絶句した。ユーリルの語ったことが真実であったから。
「……し、しかし、今や我こそが神なのだ」
 ユーリルは憐憫の情を浮かべながら、口を開いた。
「神を名乗る前に、人間を勉強したほうがいい。人間の気持ちをね。それでなかったら……」
 あなたに神を名乗る資格はない、とユーリルは冷たく吐き捨てた。
 そして、王の間を去って行く。マスタードラゴンはその背をただ見つめることしかできなかった。

 勇者ユーリルが天空の武具を持ち、愛するシンシアと共に姿を消したのは翌日のことである。
 ユーリルのいない天空城で、マスタードラゴンは付き人に問いかけた。
「なあ、人間ってどんなものだ?」
「はあ、そうですねえ」
 付き人の天空人はしばらく悩むと、思いついた答えを発した。
「よく、お酒を飲んで楽しく過ごしてますね。私たち天空人はお酒を飲んではいけませんから、人間の特権と言っても過言ではないと思います」
「酒か……」
 マスタードラゴンは思案する。
「それがどうしましたか?」
「いや、何でもない。もう下がっていいぞ」
 天空人を急かすように追い出すと、マスタードラゴンはぶつぶつと独り言を呟いた。
「ふむ。酒……となるとバーテンダーか。楽しく過ごすのが人間……陽気な人物を振舞わねばなるまい。問題は変装か……変装となると、メガネだな。城の古書“ベストドレッサーコンテスト”にも載っておった。間違いあるまい」
 マスタードラゴンは自らの白銀の身体を眺め、ため息をついた。
「問題は……竜の姿か。今は平和の世であるし、竜の力を封じたとしても大丈夫であろう。最後は名前だな、愉快なヤツがいい。プ、など頭につけると間抜けに聞こえて程良いが……まあ、それはいつ決めても良いであろう」
 長い首を上下に揺らして頷くと、マスタードラゴンは窓から外へ飛び立った。誰にもその目的を告げることなく、行き先を教えることなく、旅立った。
 天空城を後にしたマスタードラゴンは世界の海の果てにひっそりとたたずむ塔に降り立った。ボブルの塔。竜神を篤く信仰する一族がひっそりと建てた塔である。中には竜を模した巨大な彫像があり、様々な宝物が眠っている。
「ここならば、宝玉<オーブ>がひとつくらい混じったところで、誰も気にするまい」
 竜神を信仰する民はもう死してこの世にいない。この塔を知る者は誰もいなかった。
 マスタードラゴンは塔の頂上で、その力の全てと記憶のほとんどを、竜の細工を施した宝玉<オーブ>に封じ込める。彼は最後に失われた秘術<モシャス>をかけ、人間に変化した。モシャスの解呪は共に宝玉<オーブ>の中へと封じ込め、人の手の届かぬ塔の奥へと隠した。
「おっとっと、船はどこだったか。うーむ……まあ、魔界の力から解き放たれたマーマンにでも乗ればいい……ですかね」
 塔から出るなり、彼はとぼけたような口調で言ってみた。なかなか陽気な人柄を演じられていると自画自賛する。
「あとは名前ですねえ……うーん」
 モーニングをはき、糊の乗ったカッターを着こなし、蝶ネクタイをつけた男に化けたマスタードラゴンは悩むように言った。その黒髪はご丁寧にびしっと塗り固められている。
「名前ねえ。プ、プ……」
 人の身となった竜の神は海辺を見た。
 綺麗な夕焼けが浮かんでいた。太陽<サン>だ。
「サン、か……」
 その太陽の美しさに思わずそう漏らす。おそらく、天空の城にいるだけでは見られなかったであろう、夕陽の美しさ。
「プ、サン……プサン。うん、いい。そう、私はプサンです」
 プサンという妙な服装をした人間の誕生である。
 同時に、世界が神の手を離れた瞬間であった。

中書き

 あの性格の変わりっぷりは、4でパーティに加わったドランだという説もあると思います。でもそうだとすると、竜の一生って、竜の成長ってどんなものだろうという疑問も残ります。6から4にかけて、一億年ほどのスパンが空いていると仮定しても、そんなにころころと天空城の竜の主は変わらないんじゃないかなあ。それにドランの他にも竜はたくさんいたわけだし、5の時点で全部がいなくなっているということは、おそらくはドランも彼らと共に竜の帰るべき何処かへと帰ったのかなと個人的には考えます。
 しかし、そんなことよりも何よりも、個人的には、マスタードラゴンはマスタードラゴンであり続けてほしいのです。中間管理職っぽいけれど、神であってほしい。そんな気持ちからプサンもこの当時のマスタードラゴンと同一の存在だったとして、私の脳内考察では位置づけています。神になりきれなかった神。そんな不完全さを持っているのがマスタードラゴンなのだと思います。

 シンシアに関しては、天空人でもエルフでもなく、妖精だと考えています。4では描かれなかった「妖精の国」ですが、5では描かれていました。リメイク版をプレイして改めて感じたのは、6の「幻の大地」です。天空城だけではなく、一部の幻の台地が残った存在が妖精界であり、そこの住人がシンシアなのではないかと、なんかこう私は妄想するわけです。妖精界に関しては次のページで語ります。妄想全開な二次創作ですが、どうかひとつ最後までよろしくお願い致します。



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