03.アリーナとクリフト

「……アリーナ!」
 サントハイムの皇室に、若き王の悲痛な叫びが響く。
「クリフト。もっと、近くに。ほら……顔を見せて」
 現サントハイム王妃アリーナは、間際の時を迎えようとしていた。齢二十、あまりに早すぎる天の迎えであった。
「神よ。ああ、我が神よ! なぜ、アリーナをお救いくださらない? ブライ様のみならず、我が最愛の人までも天の御許へ連れたもうのか。そんなふざけた仕打ちを下すのならば、私は信仰を捨てます!」
 取り乱すクリフトに、アリーナはそっと優しく微笑んだ。
「何を言っているの。あなたはいまだに、トレードマークの“線模様のあしらわれた帽子”<ラインハット>をかぶってるじゃないの。あなたに信仰を捨てるなんてできっこないわ」
 アリーナは、あの子は、と訊ねた。
 クリフトは慌てて、扉の向こうに声をかける。クリフトの声に応じて、女官が玉のような赤子を抱いて入ってきた。クリフトはそっと赤子を受け取る。
「ほら、ここに。僕たちの子供だよ。きっと、君に似て元気な男の子に育つと思うよ」
 アリーナは涙を浮かべながら、赤子の頭を撫でる。
「あたしみたいに、“おまえ、子分になれ!”とか言ったりね……。ふふ、あのときのクリフトったら、うん、とか言っちゃうんだから、拍子抜けしたわよ」
 クリフトは恥ずかしそうに、顔を赤らめる。
「だって、王族と話す機会なんてめったになかったから。私は君と話したかったんだ。だから、子分だって嬉しかった」
「クリフト。ねえ。もう時間が残ってないわ」
「いや、まだ、まだあるよ……」
「違うの。私にはわかるの」
 予知能力があるから、とアリーナは微笑んだ。
「今から数年後、この世界は滅びるわ」
「ばかな……世界はこんなにも光が満ち溢れている」
「ううん。これは絶対のこと。サントハイムも無くなって、この世界にある国々はすべて無くなる」
 淡々と告げるアリーナに、クリフトは顔を青ざめて反論する。聞けばそれが事実になってしまいそうだったから。
「そんなばかな話ってあるかい? マスタードラゴンだって、この世界にいる。天空の勇者のユーリルだって、この世界にいるじゃないか」
「ふふ、そうね。だけど、これは絶対なの。絶対のことなの。だけど、クリフト。あたしの可愛い人。聞いて」
 クリフトは反論しようと開いていた口を閉じた。アリーナの目に浮かんでいる命のともし火が尽きかかっていることに気づいたからだ。
「人々の命の全てまでは消えないわ。あなたに、私のできないことを託そうと思う。あなたは世界が滅んだ後も、国を築くの。そして、脈々とその血筋を遺して、次の世代へと繋げるの。そうしたら、また、世界は元の光ある世界になるわよ」
 アリーナは赤子を愛しげに抱きしめた。
「この子の未来のために、あなたならできる。あなたなら、新しい世界を築ける。忘れないで、愛しいクリフト。この世界の危機に非力なあなたができることはない。だけど、優しいあなただから、できることがある。ねえ、クリフト。あなたはこのサントハイムに残って、サントハイムの民を守って。国はどうなったっていい。人々を守って。“導かれし者たち”の一員のあなたならできるわ」
 アリーナは赤子を胸に抱いたまま、目を閉じた。
「あなたと旅に出ることができて、あなたと世界を救うことができて、幸せだった。たとえ、不治の病にこの身を侵されようとも、あたしはあなたの妻になれて幸せだった。サントハイム国王クリフト、そして、未来の名も無き国の王クリフト。……あたしの愛するクリフト」
「アリーナ……」
「あたしは……幸せだった」
 その瞬間アリーナの身体に宿っていた魂の火が燃え尽きたのが、クリフトにはわかった。
「アリーナ、アリーナ……」
 何度読んでも、アリーナはその目を開こうとしなかった。
 赤子を抱いたまま眠るようにしているアリーナは、まるで聖母のようだった。

 喪に服すクリフトのもとに、一通の手紙とともに途方も無く重たい木箱が届いたのはその翌日のことだった。
 木箱の中には“天空の鎧”が入っており、手紙はユーリルからのものだった。
『勇者でいることに疲れた。天空の武具は次の世代のため、信頼できる者に預けたい。アリーナとブライのことは聞き及んでいる。非常に残念であり、葬式にも出たかったが、ぼくはもう表舞台から姿を消した存在。その資格はない』
 クリフトは、そっと手紙を折りたたむと大切に懐にしまった。
「ユーリル。君にも色々あったんだね。友として、私は君の決意を邪魔しないよ」
 一人そっと呟くと、クリフトは赤子の眠る揺り籠の傍に腰を下ろした。
「私は、負けない」
 何に負けないのか誰にもわからないであろう。しかし、クリフトは負けないつもりだった。
 そっと、頭にかぶったものに手を触れる。王冠ではない。聖職者であることを示す帽子だ。ラインの刺繍されたこの帽子を、愛する彼女は何と揶揄しただろうか。
「……ラインハット」
 新しい国を作ることがあるとすれば、そういう名前にしようと思った。
 そこでは大きく成長した子供が、悪戯好きで、とても偉そうだったりするのだ。そして、人の背中にカエルを放り込んだり、子分を作ったりして、やかましいけれど幸せな時間が溢れている。平和な空間が確かに存在している。
 この子を守らないといけない。この国を守らないといけない。
 それは、導かれし者たちの一員として世界を旅にしていたときのように、誰かの協力があるわけじゃない。みんなに甘えられるわけじゃない。仲間が敵の隙を作って、その合間にザラキばかり唱えていられる時代も終わったのだ。
 これからは、自分一人で戦っていかねばならないのだと、クリフトは思った。
 だから、どうか。
「どうか……見ていてくれ。アリーナ」
 天に召された伴侶の名を、クリフトは唱えた。何よりも暖かく、効果のある呪文であった。

中書き。

同人誌のカップリングとかはあまり興味無い私ですが、プレイしている間に「この二人いい感じだな」と思ったりすることもあります。4においては、ユーリルとシンシア、ピサロとロザリー、ライアンとマーニャ、クリフトとアリーナあたりが、私の中ではそれぞれ脳内カップル成立しています。
 特に、クリフトとアリーナに関しては公式ではないかというくらい、ありとあらゆるメディアで押し出されていますよね。単にクリフトの片思いレベルでしか描かれていませんが、でもパデキアのイベントを見るに、アリーナも満更ではないのかもなんて思ったりもしてしまいます。まあ、あれは単なる仲間思いで済ませられるかもしれませんが、私は断固として、アリーナとクリフトにはくっついてもらいたい。お似合いのカップルだと思います。

 さてさて、そんな前置きをしておいて何ですが、この3話目を読んでもらったらわかるとおり、アリーナファンごめん、としか言えません。でも、なんか、強いけれど儚いってイメージがありまして、きっと彼女は早逝なんだと思っています。さらにブライに至っては、話の始まる前にすでに天寿を全うして亡くなっております。おそらく、頑固者で仕事一筋のブライには家族はいなかったのではないかと考えますが、その意思を継ぐ誰かはきっといたことでしょう。
 人は誰しも死に、それがたとえ伝説と昇華されたような人物でも例外ではないのです。人が人である以上は避けては通れない運命なんでしょうね。

 クリフトの帽子が国名の由来で、アリーナのやんちゃぶりがヘンリーとコリンズに受け継がれている。そんな感じに考えます。天空の鎧もサントハイムからラインハットに伝わったけれど、偽皇太后騒ぎの際に盗まれてしまい、それであんな敵の総本山にあったんだと勝手に脳内補完しています。



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