10.おわりのはじまり

 地は割れて緑を失い、空は曇り蒼さを失った。
 今、この世界が終わろうとしている。もう、世界は元の形を失いつつある。
「そろそろだ」と青年は言った。
 青年は青い髪を短く刈り揃え、青銅の鎧に身を包んでいる。
 鎧と言っても身軽さを考慮して造られたものだ。戦闘の邪魔にはならないだろう。その下には青い縦じまのあしらわれた下着をはいている。
「ええ。ポポロさま」
 ポポロの後ろに立っていた男が、強く頷く。
 年の頃だけ見ればポポロと同じように見えるが、どこか大人っぽい雰囲気が男にはあった。
 男は吟遊詩人のようで、縦笛を腰に差している。長いローブに身を包んだ男は、亜麻色の長髪が風に揺れた。
「あなたのお父上と、ライアンさまとの意思を継ぐのです」
 男は目を瞑った。
「わかってるよ、ホイミン。ぼくを誰だと思ってる。伝説の冒険家トルネコの息子だぞ」
 そう言って、ポポロは背負っていた袋を開けた。
「ドワーフの偉大なる陶工ルドスト。君の死も忘れない。その名を一生、語り継ごう。生きてこの闘いを終えることができたら、ぼくがその名前を継いだっていい。だから、どうか……」
 袋から取り出した壷を、ポポロは祈るように抱きかかえた。
「どうか、世界を蝕する魔人ブオーンの魔力に耐えてほしい」
 ポポロは、元の世界とは変わり果てた大地を、遥か塔から見下ろした。
「勇者は……いない。世界の救世主は、もういない。人の世は、人が掴み取るまでだ」
 伝説の勇者の行方は知れない。天空の神も手助けしようとしない。
 父トルネコや、その親友ライアンは死闘の果てにその使命を終えた。彼らと共に旅をした“導かれし者”たちも今はもういない。
 天空の勇者という便利な存在に甘えていられる時代は十年も昔に終わったのだ。
「ポポロさま。ひとつだけ、質問がございます」
「なんだい、ホイミン?」
 ホイミンは少しためらうように、言う。
「わたしは、人間でしょうか」
 ポポロはふっと口元を弛めた。
「ばかだな。当たり前だろう。元々がホイミスライムだったからって、きみは人間さ」
「しかし、私は歳を取りません。しわの数さえ増えません。こんな私が人間なのでしょうか」
 ポポロは少し思案して、答えた。
「そうやって悩む。誰よりも人間らしい証拠じゃないか。その他のことなんて、どうだっていいんだよ。魔物も人間も、大事なのは心なのさ」
 かつて、少年だったポポロが“不思議のダンジョン”と呼ばれる場所で学んだこと、それは魔物も人間も変わらないという唯一にして絶対の摂理であった。
「ありがとうございます。ですが、私はこの長命が嫌で嫌でたまりません……」
「それも、ある意味で幸運なことじゃないかな」
「幸運なこと?」
「そう。長生きしてれば、大好きな人の生まれ変わりに会えるかもしれないじゃないか。ぼくにはできないことだよ」
 そうですね、とホイミンは微笑み、背に負っていた包みを下ろす。
 包みを開けると、新緑色の装飾の施された盾が現れた。中心は鏡のように綺麗に磨かれており、緑の縁には竜が象られていた。伝説の勇者の使用していた天空の盾である。
 バトランドの王宮に伝わっていた伝説の盾。時は流れ、ガーデンブルグ国に譲渡され、後に天空の勇者の手に渡る。
 勇者がその姿を消す前に、バトランドの王となったライアンに託したもの。ホイミンの敬愛するライアンの、唯一の形見。
「この盾には竜の神の力が宿っております。呪文を跳ね返す魔壁“マホカンタ”を作り出すことができる。そして、ここにはめ込んだ“ラーの鏡”は相手の姿を本来のものに戻すことができます。しかし、一度限りとお考えください。呪文を受ければたちまちこの鏡は砕け散るでしょう。魔界の民である魔人は呪文攻撃を得意とするはず……その一撃を受け、そこにラーの力を乗せて送り返し、ブオーン本来の姿に戻すのです。それこそが全ての鍵です。そうしないとブオーンを封印することができない。おそらくは、今回の戦いこそが最大にして最後のチャンスです」
「わかった。このサラボナで最後にしてみせるさ」
 ここは、サラボナ島。
 地形を変え続ける世界にありながら、唯一その地形を保ち続ける神々の聖域。人類最後の砦。
「ひとつの時代が終焉を迎え、そして新たなる時代が幕を開けようとしている。僕らがその先陣を切るんだ」
 ポポロは強く口を結ぶ。
「未来の子らよ。百年の後、来る災いは僕には何もできない。それは君たちに科された宿命だ」
 だけど、とポポロは言う。
「僕らの時代のけじめは、僕らがつけてみせる」
 迫り来る悪の気配を察知し、ホイミンが天空の盾をいつでも取り出せるように用意する。
「さあ、おわりをはじめようか」

 ――今この瞬間この世界は、勇者ではないひとりの人間の手によって、新たな旅立ちを迎えんとしていた。

中書き

 この作品、当初は序章に持って来ていたものです。完結に向かうにつれ、構成を見直した結果、後半に導入することにしました。
 世界が地形を変えて続ける混沌とした状況を打破するのは、勇者ではない、人の子。人の手によって、新たなる時代が幕開くという意味合いを込めて、ここではタイトルを「おわりのはじまり」としています。このタイトル、私の別作品で使ったものをそのまま流用したのですが、いつの間にか20世紀少年でも同じキャッツフレーズが使われていてびっくりしました。
 この「サラボナ」って何処かって言う話ですけども、今ひとつどこか設定できません。個人的には移民の街がいちばんしっくり来ます。なんとなく。



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