『イカれたNEET』


 32歳♂で肥満体型のニートは今夜のネトゲに備えて寝ていたところ、神の声を聞きました。
 神はこうおっしゃいました。
「あなたに力を授けます。その力で、世界を救いなさい」

 さて、神様に与えられた力とは――
<1. by 青色>


 32歳♂で肥満体形の腐れニートに託された力…。

 それは仲間とパーティーを組み、自分のスキルをあげ、様々な敵と戦う為の魔法(?)のコマンドだったのだ……!
 ニートは早速、パーティを組んでくれる仲間を探すことにした。
 散らかった部屋からやっとの思いで携帯を見つけ、唯一の友人に連絡をいれてみた。
 プルルルル……。プルルルル……。プルルルル……。
『はい、もしもし。どなたですか?』
「さっ、佐々木ですけど……!」
 声が裏返る。ニートは人と話すのが苦手なのだ。(詳しくは、VOCAROID楽曲『はたらけ!ニート』を聞いてみよう!)
「あっ佐々木!? 久し振りじゃん! しばらく連絡よこさねーから心配したんだぜー? ……あっ! そういえばさ、ウチ、娘生まれたんだよねー。佐々木はどう? ちゃんと就職したかぁ? あ! 案外、もう結婚とかしてたりして――」

 ブツッ! ……電話を切った。
 やっぱり一人でも、世界は救えると思うニートであった。
<2. by たむ★ミ>


 でもやっぱりひとりは怖いしなー。ほら、ドラクエ3でも王様が言ってたじゃん?
「おまえの父オルテガは、ひとりで魔王に挑んだ結果、死んでしまった。だから、おまえは仲間とともに魔王を倒すのだ!」
 でもよく考えたら、オルテガって友だちいたのかな?
「はい、お友だち同士でグループつくってねー」
 教師がそんなことを言うたびにハミられていた佐々木は、オルテガがボッチにしか見えないのであった……

 ……まぁなんだ、「果報は寝て待て」って言うしね!
 というわけで、一緒に冒険してくれる仲間も、寝て待つことにしよう!
 ひとりが怖い佐々木は、ふたたび寝ることにした。すると、またしても神が現れた。
「このクソNEETがっ! さっさと冒険に行かぬかー!!」
 神様の「必殺☆ケツバット」をくらいました!
 おお!? ケツバットをくらった佐々木、どうやらレベルがあがったようですっ!
 どうやら彼は、攻撃されるだけでも経験値をもらえるようですっ!(マゾかよ……)
 というわけで、レベルがあがった佐々木は、あらたな必殺技を手に入れた!
 その必殺技とは――
<3. by 青色>


 『絶対に笑ってわいけない24時』という必殺技。
 これを使うと24時間の間だけだけ笑うとケツバットを喰らう。(味方も喰らってしまう)
 これ使ったら絶対笑うなよ、という注意がコマンド画面に出た。
「ダウンタウンとかきそうだなー……」
<4. by ヤース(・Зキ) >


 佐々木は新たな特技を覚えたが、まだ旅立つには早い気がしていた。
 なにせ、まだ自分はボッチであるのだ。何の下準備も無しで旅立つにはあまりに時期尚早であろう。まずは情報収集だ、と佐々木は思った。
 そう考え、ネットやオンラインゲームばかりしていた。気づいたら、オンラインゲームでは恐れおののかれるほどの、うっとうしいキャラになっていた。ハンドルネームは『漆黒のイノセント・ボッキマン』だった。また、そこでのエピソードを自作小説にして公開して悦に浸っていた。
 どちらにせよ気持ち悪かったので、人は「荒らし」と呼んでいたが、佐々木は意にも止めなかった。

 世の中のNEETはたいていそんなものである。なにかと理由をつけて、仕事を探しに行かない。佐々木もその例に漏れず、日々オンラインゲームやネットをして、だらだら過ごしていた。
 しかし、あるとき、佐々木は驚愕の事実を知ることになる。
 いつものように、ニコニコ動画の実況プレイを見てコメ欄で山ほど草を生やしていたときのことであった。情報収集のため、『ギャルJKがドラクエ3をプレイしてみた』という投稿作品で、ときどき見えるJKの横顔の可愛さに佐々木はいつも鼻息を荒げていた。

 ……が、この日、佐々木は知ることになる。
『それでぇ〜ここがサイモンの死体のある場所です。サイモンはオルテガを待っていたんだけどぉ、バラモスの悪巧みで二人は会えなかったんだよねぇ』
 ギャルの口調というよりは、閲覧層を考えてあえて適当にキャラ付けした間延びした声。いつもは、ハァハァと燃え滾る欲望をディスプレイにぶつけている佐々木だが、この日は違っていた。真剣にJKの話に耳を傾ける。
『そもそも、オルテガってあれよねぇ。最初はひとりで旅したけど、途中は仲間もいたわけじゃん? あの、洞窟にいるドワーフとかさぁ〜旅したっつってたわけじゃん。それにほら、サイモンも約束してたわけだしぃ』
 JKは熱く語る。
『最初はひとりでも、途中で仲間ができていって、それって男の友情って感じじゃん? まじそういうの惚れるんですケドー!』
 まじそういうの惚れるんですケドー。佐々木は今の言葉を深く胸に刻み込んだ。
 そう。佐々木は、旅立ちを決意した。まずはひとりで旅立ち、旅の中で仲間を見つけるのだ。まさに男の友情だ。
 そして、男の友情は惚れられるものである。JKだって言ってた。ということはそれは即ち、性交……ちがった、成功への第一歩である。これで自分もいずれ結婚できるだろう、と拳を強く握り締める。股間のこん棒が、火を噴く日も近い。

 しかし、まずは装備の確保と、現状の把握である。
 佐々木は確認した。道具欄は8のようだ。つまり、装備も含めて、8つまでアイテムを所持できるということになる。これは厳選せねば……。
 そんなわけで、こうなった。

――――――――
■佐々木
職業:あそびにん
E:こんぼう(股間)
E:ぬののふく
E:ノートパソコン(盾)
E:新聞紙で作ったかぶと
やくそう
やくそう
やくそう
せかいじゅのしずく
――――――――

 股間のものは耐久力に不安があるので、いずれ、手頃な武器が見つかったらそちらで戦うつもりである。
 また、「やくそう」というのは、ベランダでお母さんが育てているハーブを引っこ抜いたものである。バイオハザードでも回復アイテムだったし、おそらく間違いないだろう。そして、「せかいじゅのしずく」は、一年前くらい(自信がない)に買った栄養ドリンクである。おそらく、効き目はバツグンだろう。
 こうして、佐々木はついに旅に出た。というか、家を出た。
 出て早々、頭にかぶっている兜を隣のおばちゃんに笑われたが、ここでめげる佐々木ではない。

 佐々木は特技『絶対に笑ってわいけない24時』を使用した!
 笑っていたので、ケツバットを食らって、おばちゃんはずっこけた!
 ずっこけたおばちゃんは電柱に頭をぶつけた!
 おばちゃんをやっつけた!
 1のけいけんちをかくとく、(財布から)1万円をてにいれた!

 おばちゃんを倒して、自らの秘めた強大すぎる力の恐ろしさに震える佐々木だったが、ふと、新たな力が芽生え始めていることに気づいた。
(必殺技の『絶対に笑ってわいけない24時』だけど、これって、要するに何だかんだ言って笑っちゃうわけだし、つまり、絶対に笑わせる呪文だよな……)
 悟りの境地に達した佐々木は、『絶対に笑ってわいけない24時』を忘れ、新たな呪文が身に宿るのを感じた。
「こ、これは……精霊の力が身体に宿っていく……?」
 ケツバットは出なくなる代わりに、100パーセント相手を笑わせて行動を封じる呪文である。かつて、どこかの勇者の仲間の魔法使いも覚えていたとか覚えていなかったとかいうその呪文を、人はこう呼ぶ。
『佐々木は ゲラ の呪文をおぼえた!』
 今後レベルがあがれば、ゲラ系の呪文も、ゲラミ、ゲラゾーマと増えていきそうな予感がする。
 旅は今、始まったばかりであった。そして、でんせつへ。
<5. by よっしゅ>


 しかし、現実はそうは甘くはなかった。
 伝説になるどころか、犯罪になりそうな状態の佐々木は、警察に追われていた。
『ボッキマンは破れてしまった――最終話、完結。』
 佐々木の脳内に、そんなフレーズが浮かぶ。
 実際のところ、この“強敵”が佐々木に敗れてくれて、ハッピーエンドを迎えられたらどれほど楽だろうか。
 学生や社会人、ありとあらゆる社会の強者を言い負かし、打ち負かしてきた(と勝手に本人は勘違いしている)、オンラインゲームの伝説の荒らし、『漆黒のイノセント・ボッキマン』は、もうここには居ない。そんなものは過去の栄光だった。もはや、まやかしである。ここにいるのは、ネットという匿名性を失った、ただの『佐々木』であった。
 しかし、今回に限って言えば、「破れてしまった」は決して「敗れてしまった」の誤字ではない。実際に、破れていたのである。股間のこん棒を武器として使うと決めたときに、「このままじゃさすがに捕まるな」と思って装着した、ゴム製のカバーが。(某避妊具ではないので、注意が必要である。それは、破けてはいけないものである。)
「こら、そこのヘンタイ、止まりなさい!」
 佐々木は逃げていた。おまわりさんから、逃げていた。
 こんなやつ、本来ならちょちょいのちょいでやっつけられるのに、とボッキマンこと佐々木は走りながら胸中で罵る。
 そう、本来ならおまわりさんごとき、佐々木に敗れるべき相手なのである。なぜなら佐々木は、魔法さえ扱える勇者であり、こん棒という武器まで装備しているのだから攻撃力は高いはずであるし、佐々木が逃げる必要なんてこれっぽっちも無いはずなのだ。
「くそ、足はぇえなッ」
 おまわさんはそう言いながらも、互角の早さでついて来る。
 実際、佐々木は32歳♂で肥満体型のニートのくせに、なぜか異様に足だけは速かった。これは、コミケで欲しい商品を見つけたときに発揮される瞬発力と、各種グッズを買うための軍資金を卸した後にヤンキーに絡まれてカツアゲされるようになって以来、それを回避する為に逃げ続けてきた成果が実っていたのである!
 しかし、佐々木の武器は今やもう何もなかった。マジックポイントが極端に低い為、唯一あつかえるゲラは、さっき近所のおばさんに使用したので打ち止めである。そうして、股間のこん棒はおまわりさんにびびったため、萎んでもはや使いものにならない。

 今、佐々木にあるものといえば、おばちゃんを倒して手に入れた一万円だけである。(やくそうという名のハーブと、せかいじゅのしずくという名の賞味期限切れの栄養ドリンクは持っているが、逃げるのに夢中で存在を忘れてしまっている。)
 新聞紙で作ったかぶとはどっかで落としたが、手にしたノートパソコンはまだ持っている。これを落すわけにはいかない。ここから身元がばれてしまう!
 佐々木は、ノートパソコンを死守するのに必死だった。
「そこの、ヘンタイ、素直に出頭しなさい!」
 勇者に濡れ衣はつきものだ。
 冤罪を被せられ、孤独の中、闘ってゆく。それは、勇者という業を背負う者の宿命であるのかもしれない。
「そこの男! 猥褻物陳列罪と強盗致死傷罪の容疑で現行犯逮捕する!」
 ふっ、また謂れなき罪か、と佐々木は自らの宿命を呪った。
 だが決して捕まるわけにはいかない。自分は神より世界を救う使命を与えられたのである。それがどれだけ苦難の道であっても、決して弱音を吐くわけにはいかないのであった。
 佐々木は、一万円を握り締め、萎えたこん棒(カバーが破れたので丸出しの状態)をペタンペタンさせながら、全力で逃げ続けるのであった。

 すべては、魔王を倒すという使命を果たすために。
<6. by よっしゅ>


 逃げ切った後、しばらく佐々木は身を隠すことにした。
 否、これは逃亡ではなく、作戦である。佐々木は自らに言い聞かせた。

 本拠地は、公園である。
 家には帰らなかった。(正確には、帰れなかった。おかあさんがカギをかけたまま、おとうさんと旅行に出かけてしまっていたのである。32歳にもなってニートでオタクで引きこもりの息子がようやく一人立ちしたお祝いの旅行だったのかもしれない。)
 こうして、佐々木は夜の公園で半泣きになりながらも、現状の確認を急いだ。神は世界を救えというわかりやすくかつ漠然とした使命を託して以後、佐々木の前に現れない。理不尽だと、佐々木は思った。

 ……身体の装備。
 いわずもがな、「ぬののふく」。これは、正確にはAKB48のともちんの顔写真のプリントされたロングTシャツと、耐久性に優れた(というか、太りすぎて特注になった)ジーンズである。しかし、ジーンズは股間丸出しという妙な使い方をしたため、股の部分が大きく裂けていた。また、胸にプリントされたともちんの顔は、伸びきって、豚みたいになっていた。もはや、誰だったかも見当が付かないが、「AKB」という文字が、かろうじてそれがともちんであったことを示していた。
 まあ、今回のような一件を繰り返さない限り、ズボンが裂けているだけで捕まることは無いだろう。当面、身体の防具はこの「ぬののふく」でいける、と佐々木は判断した。実際、素材は布ではないのだが、そこは気にしないことにした。

 ……頭の装備。
 新聞紙で作ったかぶとは無くなったが、百円ショップでマスクとニット帽を買った。これは、万が一、さっきのおまわりさんに見つかったときのことを考慮しての、慎重な対処である。それに、肌寒い春の夜には、暖かく心地よい。花粉さえ防ぐことが出来るという、店員さんのお墨付きだった。
 購入するときの店員さんはかわいい女の子だった。「はいよ、マスクとニット帽だよ。ここで装備していくかい?」という展開を期待していたが、何も言ってくれなかった為、佐々木から「ぼ、ぼぼぼぼくにニット帽を被せてくれませんか?」とお願いしたところ、店長を呼ばれたので慌てて逃げてきたというエピソードのある、思い入れのある一品だ。

 ……盾。
 いわずもがな、伝説のノートパソコンである。WIFIのアクセスポイントさえあれば、佐々木はただちに『漆黒のイノセント・ボッキマン』として、またチャベリに光臨できるのだが、その名はもう捨てようと思った。ひとまず、ナイフくらいなら防ぐことができる、一世代前の分厚いノートパソコンであった。OSはWindowsXP home edition SP3である。まだまだ現役で使用できる、優秀な防具である。

 ……武器。
 これが問題であった。こん棒はその凶悪すぎる攻撃力の為、目立ちすぎる。強すぎる武器はときに悲しみを運ぶ。そのことを、佐々木は今回の一件で理解し、学んだ。悲しいが封印するしかない。
 そうして、現在、佐々木が持つのは――。
「ハンマーか……勇者にはちょっと不似合いだが、仕方ないな」
 百円ショップの子供向けコーナーで見つけた、攻撃力の高い一品である。
 そのボディは、まるで血を滴らせたかのごとく真紅に染まり、柄は黄金の輝きを放つかのごとく、黄色かった。要するに、ピコピコハンマーである。
「オラッ! オラッ! オタッ!」
 最後ちょっと咬んでしまったが、佐々木は武器の威力を試すべく、公園の便所の外壁をピコピコ叩いていた。自分の強さが恐ろしい……。
 そんなときだった。ヤツらがやってきたのは――。
「おうデブ。何おもしれぇことやってんだよ」
「え?」
「え?じゃねえよ。金目のもん出せよ」

 なんと、ヤンキーのむれがあらわれた!
 佐々木はにげだした!
 しかしまわりこまれてしまった!

 逃げられない。
 佐々木の次のコマンドは?

――――――――
■佐々木  LV.2
職業:あそびにん
E:ピコピコハンマー
E:ぬののふく
E:ノートパソコン(盾)
E:ニット帽とマスク
やくそう(ハーブ)
やくそう(ハーブ)
やくそう(ハーブ)
せかいじゅのしずく(賞味期限切れの栄養ドリンク)

使用呪文
ゲラ(一日一回のみ)
<7. by よっしゅ>


 かっこよく戦う。そして勝利する。経験値を稼いで、レベルを上げてやがては世界を救う。それが、ロールプレイングの原則で、自分もそうなるものだと思って家を出た。
 しかし、現実はそう甘くはなかった。ここは警察である。
「それで、君。なんで、あの人たちと喧嘩してたの?」
「えっと、その……」
 佐々木は、事情聴取を受けていた。発端は、あの公園での一件である。自分は、ピコピコハンマーの威力を試していただけなのに、ヤツらはやって来た。

※脳内再現VTR再生中――……。

「おうデブ。何おもしれぇことやってんだよ」
「え?」
「え?じゃねえよ。金目のもん出せよ」
「僕は神様に選ばれて――」
「ぎゃはっ、おめぇ、まじでそれ信じてんの?wwwwwww」
「え?」
 目の前の不良がげらげら腹を抱えて笑い転げる。
「お前、オレの顔覚えてる?www オレだよw近所に住んでる小林だよwww」
 記憶の糸を辿る――確かに居た。小さい頃から僕を苛めていたヤツだ。
 実際、僕はこいつに苛められたから、引きこもる様になって今に至る。
「お前、家からたまに出るだろ。コンビニとか行ったりさ。いつもそんとき、オレら見てたんだよ。んで、ちょっとからかってみようかって思ってさwwwまいったなwwwこんなにうまくいくなんてよwwwwww」
 時折、地面の草をむしっているのか、草が飛び散る。草を生やすな……。
「お前が何やってんのかも知ってんだよwwwお前ぶつぶつ呟いてコンビニ行ってるの聞いてたらさwwwお前がやってるネトゲすぐわかって、そこで捨て垢(※どうでもいいアカウント)作ってお前のギルメン(※ギルドのメンバー)なってさwww」
 何を言っているんだ……こいつは……?
「オレのハンドル、苗字に似せて作ってあるんだけど、わかんない?wwwお前がネットで惚れてる女、実はオレなんだけどwwwまじうけるwwwそういやさ、なんとかボッキマンとかいう名前で小中学生にケンカ売ってたじゃん?wwwあれ見て、オレ、『すご〜い★ほれそうですう★』とか言ってたの、まじありえないからwwwwww」
 小林は目の前でゲラゲラと笑い続ける。頭の中が真白になっていく。
 ギルメンのあの子が……この、小林? じゃあ、「いっしょに遊ぼう」とか、「私、あなたのこと好きになっちゃったかもしれない」とか言っていたのも、「いつかあなたは、リアルに神様に導かれて旅立つ運命なのかもね! だって、カリスマっぽいオーラ出てるし!」とか言ってくれたのも、ぜんぶ、ぜんぶ嘘だったっていいうことか……?
「あ、ついでに言うとさwww お前のギルメン、全員女だったじゃん? あれ、こいつらだから。そこんとこヨロシクwww」
 小林が後ろのメンバーを指差し、また腹を抱えて草を生やす。
「あ、あとさwww お前の趣味で書いてる、お前を主人公にしてる小説、ギルメンに見せびらかしてたけど、あれさ」
 そこで、真顔になる。
「まじつまんねえわ」
 小林と取り巻きの連中が大声で笑い合う。
「自己願望の投影っつーの? まじ笑えるんだけどwww おまえ、そんなんじゃないじゃんwww ネット出たら、何もできねえじゃんwwwwww」
 さらに小林のメンバーの一人が下卑た笑みを浮かべながら、言う。
「あの神様の音声、作り物だからwww お前には何の能力もないからwwwwww」
 僕は、何も考えられなくなっていた。何か口にしていたが、自分でも何を言っているかわからない。かろうじて、かつてのギルメンのハンドルネームをいくつか口にしていたのは記憶している。
 小林が怪訝な表情で「はあ?」とわざとらしく耳を近づける。
「……でもやはりボッキマンは倒せず……強くて……。……(中略)……(以下かなり略)…………」
 何を僕は言っているのだろう。ああこれは確か、僕が書いた恥ずかしい妄想小説だ。僕は彼女がほしかった。セックスがしたかった。それを、創作にぶつけることで満足していたんだっけ。
 小林が後ろの仲間を見て、うち一人の肩を叩いて、二人で笑い続ける。
 僕、佐々木は――今こそ、胸の奥の小宇宙を爆発させるときだと思った。佐々木など要らない。今、必要なのは伝説のチャット荒らし――漆黒のイノセント・ボッキマンだ。ボッキマンであるときの僕は、普段のしゃべるとどもる弱々しい男ではない、颯爽と現れ、頭脳明晰な発言と、素早い切り替えしで数々の敵を論破していく。最強の称号。それこそが「漆黒のイノセント・ボッキマン」だった。
「……僕はボッキマン」
 静かに呟いた。自分でも不思議なほど、心の中が穏やかであった。
 しかし、嵐の前もそうである。悲劇が起こる前というのは、いつでも穏やかなものなのだ。小林は、それをわかっていない。僕に顔を近づけて、「はあ?」とニヤニヤと笑みを浮かべる。
「じゃあ……ボッキマンへ。かまってほしいのかな?www」
 笑い続ける小林に、僕は驚くほど冷静な声で返した。
「もういいよ。いつでも相手してやるよ。俺を怒らせたことを後悔させてやる――」
 小林が怪訝な顔を見せる。取り巻きのやつらと「こいつ何か、イッっちゃってねえ?」などと言い合っている。
 その隙をついて、僕は、ついに怒りを爆発させた。
「――こんなことしてなにが楽しいかはわかんないけど……おこちゃまのお遊びにしばし付き合ってやんよ。だからさぁ、気がすんだらとっととやめてくんない? 君ほど暇じゃないからさ? 可哀想な君に付き合ってやるから、もうこれ以上迷惑はかけないでくれ。言いたいことがあるなら、チャットでもなんでも受けて立ってやんよ」
 支離滅裂だったと思う。そこから先も僕は何かしらぶつぶつ呟いていたらしいが、戦闘に移行したため――ここで記憶は途切れている――……。

 ※脳内再現VTR再生終了。

 結果、ぼこぼこにされた。結局、自分は何にも勝てないのだと、佐々木は思い知った。
 以上のような記憶がかすかにあったが、対人恐怖症だったため、佐々木は何も説明できず、「あうあう」とだけ言っていた。
 それを見た警官は、ふう、とため息をこぼし、同情のこもった目で見つめる。
「わかってるよ」
「え?」
「あいつらに虐められてるんだろ。昨日の朝、君の隣家で、君から暴行を受けたという方がいらっしゃってね。君はおとなしくて、本当はそんなことをするような子じゃないって、証言していたよ」
 佐々木は呆然と、警官の話を聞いていた。
「それを聞いてね、ちょっと調べてみたら、あの小林というリーダー格の男は君と同級生だっていうじゃないか。そこから、私はピンと来たんだが……学生時代のイジメ、まだ続いているんだね? それで君は、『金を持って来い』と脅されていた。そして、公園でのリンチ。すべて繋がるんだ。それが、真実だろう? 隣家の奥さんも、君を訴えたりはしないってさ」
 佐々木は、傷だらけの自分の身体を見た。
 確かに、あの場では小林はおろか誰も傷つけちゃあいない。何せ、一方的にボコボコにされていたのだから。警官も、なぜか佐々木の言い分を一方的に信じようという姿勢である。もしかしたら、小林には何か前科があるのかもしれなかった。

 ――だから。
「はい、そのとおりです」
 佐々木ははっきりと述べた。
 そうして、すべてが――終わったのだった。
<8. by よっしゅ>


 その後、佐々木は解放され、自宅へ戻った。
 自宅では旅行の途中で帰ってきた両親がいた。母親が涙を流して佐々木に抱きついた。佐々木は母の枯れ木のような身体に手を回し、「こんなに細くなったんだ」と気づき、自分の情けなさに奥歯を噛み締めた。
 その夜、およそ二十年ぶりくらいに、食卓についた。今までは母が部屋に届けてくれていた食事を、今日は父と母と一緒に囲んでいる。
 母親は特に何も言わない。時折、「おかわりは?」と佐々木に聞いていた。佐々木は「うん」と、それに応じた。父親は気を利かせてくれたのか、佐々木の得意なパソコンの話題を振っていた。
「新しいノートを仕事用に買おうと思うんだが、次のOSが出るまで待つべきか?」
「すぐほしいの?」
「ああ、まあな」
「じゃあ、時期も詳細にはわからないし、早く買った方がいいと思う」
 そうか、と父親が答え、食卓は無言になった。しばらく、食べ物を租借する音だけが聞こえた。
 やがて、みんな食事を終えた。佐々木は食器を片付け、二階の自分の部屋にあがっていこうとし、振り返った。
「今度、一緒にパソコン買いに行こう」
 それだけ言って階段を上がる。父親が慌てて立ち上がろうとして、お茶をこぼした。しかし、これだけは言わなければ、と声を上げる。
「わ、わかった! 頼りにしているからな!」
 佐々木は、少し恥ずかしくなり、階段を駆け上って自分の部屋へと入った。
 室内はごちゃごちゃしている。カップめんのゴミ、ポテチの食べかす、それからゴキブリ。組み立てられないまま積み上げられたガンプラ、それから、積みゲーとなったエロゲー。他にもたくさん。
 佐々木はそれらを見て、ため息をついた。
 佐々木は今回の旅で気づいたのだった。自分がどれだけ世間で馬鹿にされる存在なのかを。
 かつて、中学生の佐々木は、不良の小林を勉強が出来ないヤツ、と馬鹿にしていた。しかし、あいつは後から知ったところによると、一応は働いていたという。彼女もいたとか。
 あんな最低野郎でも、社会の一員であることを知って、驚いた。かたや自分は何だろう。居場所だと思っていた、インターネット。そこも結局は、虚構の世界だった。佐々木を慕ってくれていた者は、本当の意味では誰も存在しなかったことを、今回の一件で佐々木は知った。

 ――自分は、変わらなければいけない。

「まずは何をしよう」
 怪我させて一万円を奪ってしまった隣の家のおばさんに、お詫びの品を持って謝罪と返金しに行こう。
 あと、部屋を片付けて、身なりを整えて。それと、「働いたら負け」とか「フリーターになるくらいならニートの方がマシ」とか言わずに、まずはバイトから始めよう。親からはもう、お小遣いをもらわない。家賃くらい入れる。それから、ゆっくり、なんでもいい。一生の仕事にできるものを探そう。
 社会の一員として認められたら、自分をもっと認めてくれる人も出てくるはず。自分のことを心から好きだって言ってくれる女の子も現れるはず。

 まずは、今できること――。
 佐々木はパソコンを起動させ、コントロールパネルを開いた。プログラムの追加と削除。削除した。ネトゲ、エロゲ、そのほか諸々のデータを。そうして、佐々木はインターネットを開き、「求人」と検索ワードを入力した。
「人は、変われる。僕は――絶対に変わってみせる」
 佐々木――32歳♂、肥満体型ニート。
 世界を救うことはできない。
 しかし、今、本当の意味で、旅に出たのだ。
 自分を変えるための、旅に――。


 ――『イカれたNEET』、完。
<9. by よっしゅ>


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