『パーフェクトジョーカー』
黒板に、正の字が2個並んだ。
「トオル、これできまりだな。学級委員」
タミにいわれ、改めて、ああ、そうだなと思う。
なにも変わらない日々の繰り返し、その流れに沿って、おれはまた学級委員になった。
中学1年から学級委員になると、なぜだろう? ずっと引き続き請け負ってしまう。もうおれは中学2年だ。いままで学級委員にならなかったことはない。
「えー前期に引き続き、学級委員は前川さんと黒田くんに決定します。承認する人は拍手をしてください」
皆、とりあえずしてるって感じに拍手をし始めた。
中学3年後期の学級委員として、前川さんと共に承認された。
学校から帰るとき、前川さんから、「後期もよろしくね」とさりげない感じに言われた。前川さんも同様、前期の学級委員だった。
また、始まる。同じ日々の繰り返しが。
多分、全世界の人々が無意識に思っているに違いない。おれもその一人で、これからもそうであろうと思っていた。
しかし、それを覆す事件が起きるのだった。
<1. by shochikubai>
それは前触れだった。
「連絡網で来たんだけど、今週は学校お休みで、絶対に学校に来ちゃいけないんだって」
朝、眠気まなこでパジャマのままトーストを食べている時、お母さんからそう言われた。
急に来た休日におれは喜んだ。
日頃は学校に行くのが嫌で仕方がないのに、今日に限っては学校に行きたくて仕方がない。
学校が非日常の香りを帯びているからだ。
急いでトーストを完食する。
「トオル、前川さんから電話よ」
何だよこんな時に。
おれはしぶしぶ電話に出た。
「あ゛ーい。前川さん? 用件は」
「あら、私に対してそんな態度でいいの? 良い話を聞かせたいのだけれど」
誰か判らなかった。前川の声なのだけれど、声からは前川の態度が感じられなかった。
「……早く言えよ」
「学校が休みの理由、知りたいんでしょ。あれ、男子トイレの便座の上で先生が心臓にナイフを刺されて血まみれで死んでたって話よ。首から上はまだ見つかってないとか」
おれは閉口した。口元はつり上がり、心臓が興奮している。
こんな日常に恐怖しているのか、こんな非日常が来て歓喜しているのか。
自分のことがよくわからなかった。
「あなた、退屈してたんでしょう? さあ、一緒に楽しみましょう」
<2. by自由>
「待てよ、何のことだか」
「理解しなさい。しないと貴方も死ぬわよ」
「死ぬ? そもそも、先生の件は本当なのか?」
「……学校に行けばわかるわ」
余りに一方的な言葉を投げつけ、幾分唐突に電話は切られた。
不通を告げる無機質なトーン音が受話器から響いている。電話の置かれている廊下に、お母さんの気配はない。朝食の後片付けをしているのだろう。今の前川さんとの会話を果たしてどう解釈するべきだろう。
前川さんは何と言っていたか。
『――男子トイレの便座の上で先生が心臓にナイフを刺されて血まみれで死んでたって話よ。首から上はまだ見つかってないとか』
心臓にナイフ。他殺で間違いないだろう。自殺するにしても、心臓にナイフを突き刺す方法を取るケースなんて、聞いたことがない。何よりも、首がないっていうのは決定打だ。自殺した人間に、自らの首は切り落とせない。
他殺であるとして、ひとつ違和感がある。
お母さんの言葉だ。
『連絡網で来たんだけど、今週は学校お休みで、絶対に学校に来ちゃいけないんだって』
この言葉を投げられたのは、いつだったか。
朝食を摂っている時だ。そして、お母さんの言っていた連絡網では、当該事件は伏せられていた。事件当日ということもあって、不要な混乱を招くことを恐れての学校側の対応策だろう。いずれ、マスコミの手も入るだろうが、何も事件発覚の直後に掻き乱すこともない。なぜなら、まだ生徒の誰一人として登校していないのだから。
そう。まだ誰も登校しているような時刻ではなかった。他殺体を発見したのは別の先生だろう。そして、全校生徒に向け、緊急連絡網で一斉に送ったのだ。生徒への心理的ストレスも考慮して。
――だとすれば、最後に残る疑問。
なぜ、前川さんはおれたちの担任の先生が殺されたことを知っていたのか?
そして、あの態度。あの言葉。あなたも死ぬわよ、と彼女は確かにそう言った。あれはどういう意味だったのか?
「男子トイレの、便座の上で……心臓にナイフを刺されて、血まみれ……」
口を割って出て来た言葉が、真相を物語っていた。なぜ、そこまで詳しく状況説明できたのか。
それは、犯人しか知り得ない秘密に該当するのではないか。逮捕、起訴の決め手になる「秘密の曝露」であると言える。捜査の初日、関係者以外が立ち入っていないこの時間にそのことを知っているのであれば、前川さんが怪しいのは明白である。
「影山先生……」
おれの、恩師だった。
クラスメイトからは評判の良くない先生だったが、おれにとっては紛れもない理解者だった。
――額が疼く。
おれはいつも額に巻いている白いバンダナを外し、第三の眼を開いた。久方ぶりの陽の光に思わず眼を細める。右腕に巻いた包帯も剥ぎ取った。そこには爛れたような痣がある。
「っぐわ! ……くそ、また暴れだしやがったか。ふっ、昔も今も変わらないな。運命の悪戯からようやっと解放されたと思っていたというのに……」
痣ではない――暗黒竜の封印されし、我が右腕。
まるで龍が顎を開いているように見える、と同級生のタミには言われたことがある。一度だけしくじって、体育の時間にうっかり包帯が取れてしまったのだ。以来、頼み込んで内緒にしてもらっていた。
タミを除けば、おれの秘密を知るのは協力者である影山先生だけであった。影山先生が居たからこそ、この邪気眼を誰にも発見されずに済んだのだ。お母さんや、お父さんだって、このことは知らない。おれの、この苦しみの深さを、彼らは知らない。
「先の大戦が終って、まだ一年と経たないというのに……やはり世界はおれを拒絶するのか」
邪気眼を用いて世界征服を企むカノッサ機関は壊滅し、中二を終え、中三になってようやっと普通の生活にも慣れてきていたというのに――否、慣れてきていたのか? おれは、非日常の到来に歓喜して震えていたではないか。
「おれはやはり……闘いの中でしか生きられぬ運命なのだな」
影山先生の弔い合戦と洒落込もう。
邪気眼を敵に回したことを必ず後悔させてやる。
「……影山先生。どうして世界は、おれをそっとしておいてくれないんですか?」
答えは、なかった。しかし、脳裏に影山先生の暖かい言葉がフラッシュバックする。誰よりも、何よりも優しかった。影山先生がいなければ、おれはとっくの昔に駄目になってしまっていただろう。
『キミは異端者ではない。たとえ世界が敵だとしてもキミは間違っていない。だから一緒に進もう、すばらしいこの世界を。キミは世界を救う切り札、完璧な能力を兼ね備えた人類の希望なのだから』
第三の瞳が、そして、右腕がやけに疼く。それは本当に、怒りのせいだけか。
「静まれ……俺の腕よ……怒りを静めろ……今はまだ、復讐の鐘を鳴らすべきときではない……」
かつて。人は中二の俺を、完璧な切り札と称しこう呼んだ。
――パーフェクト・ジョーカーと。
おれは、再び歩き始めた。戦場に向かって。
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※邪気眼 参考URL
ttp://ja.uncyclopedia.info/wiki/%E9%82%AA%E6%B0%97%E7%9C%BC
<3. byよっしゅ>
――そこで目が覚めた。
最近買ってもらったばかりの携帯電話のアラームが鳴り響いている。軽快な音楽はそれだけで否が応でも日常を感じさせる。
変な夢だった。それでも甘美だ。ふと夢の続きを想像してみる。前川さんは本当に犯人なのか。いやいや、そうじゃない方がいい。実は前川さんはカノッサ機関の再来にいち早く気づき、おれに助けを求めようとしたのだ。だが、おれの能力の優劣まではわからない。だから、試したのだ。そして、おれの力量を認めた前川さんは、おれと共に戦いの運命の中に飲み込まれていく。共通の目標を持つ二人はいつしか惹かれ合って――……
想像はとどまることを知らなかった。その翼を大きく広げ、どこまでも飛んでいきそうだった。それはとても楽しくて考えるだけで、ひどく幸せな気分にしてくれた。
お蔭様で学校に遅刻し、首のちゃんと繋がった影山先生に少しだけ怒られた。普段、優等生で無遅刻無欠席の功績のお蔭だろう。説教はわずか一分とかからず終った。そこにあるのは確かな日常であり、それ以上でも以下でもなかった。
*
「なあ、なんで今日遅れたんだ?」
クラスメイトのタミが尋ねてくる。
夢の中でのタミはおれの能力に一人だけ気づいている唯一無二の親友だが、現実世界のタミもまた仲の良い親友であることに違いはなかった。
「今日な……」
寝坊したんだと言いかけ、頭がずきりと痛んだ。昨日ちょっとテレビを見すぎたか。いたって普通の事情に思い当たると同時に、ふと思い出す。邪気眼のことを。
額に手を触れたが、当然そこには何もない。右の二の腕に左手を添えるが、長袖の下に包帯など当然巻いていない。だが、腕の様子は外から一見しただけではわからない。第三の眼は、額でないと駄目か? 右の二の腕に隠れているという設定じゃ駄目か? いや、問題ないだろう。邪気眼は「身体のどこかに発現する」としよう。その方が都合いい。
「なあ、トオルって。どうしたんだよ、黙り込んで」
「あ、ああ……なんでもないんだ。別に、なんでも、な……」
脳裏に浮かんだ幼稚な妄想に恥ずかしくなって、タミから目を逸らす。しかし今度は、前川さんと目が合った。瞬間、微笑んでくれた。
ああ、その笑顔。おれがきっと守り抜いてみせるよ。ふとそんなことを思う。そして、恥ずかしくなりまた目を逸らす。これも全部、変な夢のせいだ。明日にはきっと忘れていることだろう。
その日は、そう思った。けれど、おれは次第に「邪気眼」の恐ろしいまでの魅力にその身を蝕まれていくのだった。
*
あの夢を見て以来、邪気眼に関する設定は徐々に練りあがっていた。
――邪気眼(じゃきがん)とは選ばれし者が持つという第三の眼である。
眼と便宜的に呼ばれるが、何も顔にある必要は無く、身体のいずれかに発現する。人によっては複数を持つ者も存在する。邪気眼に選ばれた宿主は、潜在する各種の特殊能力が呼び起され、中でもおれは「パーフェクト・ジョーカー」と呼ばれる最も秀でた邪気眼使いである。邪気眼使いはそれぞれ異名で呼ばれることが多い。例えば「石化の眼(ゴーゴンアイ)」や「失われた視線(ロストイリュージョン)」や「凝視する眼球(ウォッチャーズガン)」といったものが有名だ。邪気眼によって能力は違うため、この世界には無限にも近い能力があるということになる。重ねて言うが、おれは邪気眼使いの中でも最も秀でている能力者だ。通常、邪気眼の属性は光・闇・火・水・地・雷・風・氷と八つに分かれている。その呼称の通り、邪気眼の使い手で最も多いのは闇だ。光は邪気眼の元流となったといわれる皇祈眼を持つ者が主流となっていてその数はきわめて少ない。だが、おれはその光の属性を持っている。それだけではない。全属性を備えているのだ。そのため、あまりに危険すぎる存在として、カノッサ機関に狩られるという運命のもとに居る。
前川さんは邪気眼使いではないが、このカノッサ機関に身を置く一人だ。しかし、組織の非道なやり方に離反し、現在は組織に追われる身であり、それを知ったおれは――
「なあ、トオル。ぶつぶつ気持ち悪いぜ」
タミに言われて、我に返った。
思わず口にしていたらしい。タミはおれから少しずつ距離を置いていっているような気がした。おそらく、カノッサ機関の追手に身体を則られたのだろう。昨日の敵は今日の友、という言葉があるが、その反対ということか。昨日の友は、明日の敵だ。
*
日に日に、おれはクラスから浮いていった。
授業中に急に倒れてみせて、「くっ……共鳴している……? カノッサの奴らもうここをかぎつけやがったか!」なんてやったときには、影山先生にすごく叱られた。クラスの皆は笑っていた。あるとき、学生服のまま夜の街に出て、ふと夜空を見上げてたそがれてみた。「ここまで侵食が進んでいようとは……終焉の刻は近い」と険しい表情で言ってみた。通りかかった警官に職務質問を受け、自宅まで送られた挙句、両親に説教された。世界におれの味方は、前川さんだけか。
*
不良によく絡まれるようになった。
「が……あ……離れろ……死にたくなかったら早く俺から離れろ!!」
右腕が疼いたのでそう忠告したが、不良は自分の置かれた状況を理解できないらしく冗談と受け取った。そして、おれを殴る蹴るなどして喜んだ。まったく低脳だ。この世界の基準でしか物事を考えられないのだから。
*
今日も不良に絡まれた。「邪気眼見せろよ! 邪気眼!」と小うるさい。だが、ここで一般人に手をあげるわけにはいかない。おれの力はそんなことのためにあるのではないのだ。
「……ふん……小うるさい奴等だ……失せな」
静かに告げる。最後の忠告だ。直後ぼこぼこにされた。その間中ずっと、おれは耐えてやっていた。しかし、だんだん腹が立ってきた。負の感情を邪気眼は見逃さない。一瞬、身体を則られ、「貴様ら……許さん……」と勝手に口が動いた。しかし、何とか制御に成功したおれは、右腕を強く抑え続ける。
「っは……し、静まれ……俺の腕よ……怒りを静めろ!」
なんとか制御に成功したが、おれは不良に殴られ続けることになった。
そんなおれに、影山先生は何度も言動を改めるようにと注意してきた。そうすれば、皆も普通に接してくれるからと、そう言った。
普通って何だろう。ひどく懐かしい響きだ。おれはもう、そこには戻れないのかもしれない。
*
前川さんはおれを避けるようになった。
一度ちょっと学級委員の用事で声をかけただけなのに、悲鳴をあげられた。ひどく腹が立ったので、事情を聞こうとしたら逃げようとしたので、その腕を掴んで怒鳴っていたところを影山先生に目撃され、先生に殴られた。前川さんの手首は確かに赤く痣みたいになっていたけど、ちょっと強く握りすぎただけじゃないか。何も殴らなくてもいいだろう。影山先生もカノッサ機関の手の者か。
*
――ならば殺せ。
<4. byよっしゅ>
うちの子がこんなことをするなんて申し訳ありませんでした。本当に何とお詫びすればいいのか。
*
優等生で学級委員もやるような、いい子でした。何でそんなことになったのか、わかりません。
*
最近ちょっとおかしかった。先生と揉めているとこを見た。
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邪気眼が先生の場合は頭部にあったから、首を切り落とそうとした。けど、鋸じゃ最後までできなかったので、そのまま男子トイレまで引きずっていった。大便器に顔を突っ込ませたのは、火の能力者だから水に弱いと思った。
*
弁護側は、中学3年の少年(15)は事件当時、妄想性障害による「心神耗弱」で限定的な責任能力しかなかったと主張しおり、近く精神鑑定に持ち込まれる予定。
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犯行当時、精神障害があり責任能力はなかった。
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あまりに急な心境の変化と親友は言ったが、事実は少年Aとなったおれにしかわからない。そもそも、自分で自分がわからない。
犯行前ににちゃんねるにひとつのスレを立てた。まるで昔のことを語るように書きなぐった。それが現在進行形だと、誰も知らないだろう。
ああ、今夜も疼きやがる。邪気眼が。
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485 名前:名無しさん[sage] 投稿日:20XX/12/XX(火) 21:08:59 ID:aoo91120
中学の頃カッコいいと思って
怪我もして無いのに腕に包帯巻いて、突然腕を押さえて
「っぐわ!……くそ!……また暴れだしやがった……」とか言いながら息を荒げて
「奴等がまた近づいて来たみたいだな……」なんて言ってた
クラスメイトに「何してんの?」と聞かれると
「っふ……邪気眼(自分で作った設定で俺の持ってる第三の目)を持たぬ物にはわからんだろう……」
と言いながら人気の無いところに消えていく
テスト中、静まり返った教室の中で「うっ……こんな時にまで……しつこい奴等だ」
と言って教室飛び出した時のこと思い返すと死にたくなる
柔道の授業で試合してて腕を痛そうに押さえ相手に
「が……あ……離れろ……死にたくなかったら早く俺から離れろ!!」
とかもやった体育の先生も俺がどういう生徒が知ってたらしくその試合はノーコンテストで終了
毎日こんな感じだった
でもやっぱりそんな痛いキャラだとヤンキーグループに
「邪気眼見せろよ!邪気眼!」とか言われても
「……ふん……小うるさい奴等だ……失せな」とか言ってヤンキー逆上させて
スリーパーホールドくらったりしてた、そういう時は何時も腕を痛がる動作で
「貴様ら……許さん……」って一瞬何かが取り付いたふりして
「っは……し、静まれ……俺の腕よ……怒りを静めろ!!」と言って腕を思いっきり押さえてた
そうやって時間稼ぎして休み時間が終わるのを待った
授業と授業の間の短い休み時間ならともかく、昼休みに絡まれると悪夢だった
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『パーフェクト・ジョーカー』、完。
※この物語はフィクションであり、実在の人物及び団体、邪気眼とは一切関係ありません。
<5. byよっしゅ>