『3年D組ドラクエ先生』


 僕達のクラスの担任は、とてもドラクエが好きで生徒達や保護者からも人気のある田山雄三先生(38)だ。
 先生は僕らのクラスの担任となりまだ日が浅いが、そのドラクエ好きはとどまるところを知らない。
 朝のHR(ホームルーム)の時間は決まってこう言う。

「みんなドラクエは好きか〜? 先生、今日もドラクエやってきたぞ〜」

 そして僕らは、また先生がドラクエのこと言ってる〜、って爆笑するのだ。
 おかげで、いつも笑顔が絶えない僕らのクラスは、学校の中でも有名な『ドラクエクラス』の異名をとっている。

 ある時、クラスで係を決めた時のことだ。

「よーし、じゃあ、あきら君とみよ子ちゃんの係は、“ドラクエ”係、つとむ君とめぐみちゃんの係は“ロト”係にしよう!」

「え〜! 先生〜、それ全然役目と関係ないじゃ〜ん! あきら君とみよ子ちゃんの係は生き物育てる係だし、つとむ君とめぐみちゃんの所は、クラスの図書を管理・運営する係じゃ〜ん! なんでもドラクエなんて、先生、変なの!アハハ〜」

「ちょっとはTPOをわきまえなよ〜」

「いっけね! また先生のドラクエ好きが出ちゃったな〜メンゴメンゴ!」

 といった具合である。
 時にいきすぎな感じもするが、田山先生はドラクエ好きのとても楽しい先生だ。
<1. by NIGHTRAIN>


 ある日の朝のことであった。
 僕らはいつものように、田山先生の「みんなドラクエは好きか〜?」の呼び掛けに、「はーい!大好きで〜す!」と応え、朝礼で各自の出席を取った後のことであった。
 クラスの中でも、特にドラクエが好きな矢代あきひこ君が先生にある質問をしたのだ。

「せんせ〜い! HRの時間あまっちゃったし、なんか黒板に先生の好きなモンスターの絵を描いてよ!」

 先生は急に険しい表情になりしばらく沈黙した。
 僕らはどうしたことかと、固唾を飲んで先生の様子を見守ったが、先生は沈黙したままだ。
 そしてしばらくの後、重々しく口を開いた。

「いいのかぁ〜? あまりのウマさにびっくりするぞぉ〜? 先生、こう見えて、ドラクエのプレイ時間1000時間越えてるんだぞ〜?」

 すると僕らのクラスはまた笑いの渦に叩き落とされた。

「な〜んだ、先生! もったいつけちゃって〜! 変なの〜」

 そして田山先生は素早く振り向くと、おもむろにチョークを手に取り、まるで疾風迅雷の如き早業を僕らに見せつけたのだ。

 ――瞬く間に出来上がった絵はコレであった。
イラスト
<2. by NIGHTRAIN>


 一瞬、クラスの誰もが我が目を疑った。
 田山先生は、もしかしてまたお得意の小ボケをカマしているのであろうか? 黒板に描かれたコレは何の類のモンスターであろうか?
 もしかして、ドラクエ好きな田山先生のことだ、スクエニすじから極秘に流出(リーク)した新作の情報を掴んでおり、今まさに僕らにその赤裸々な新情報の一部を公開してしまったのであろうか?
 様々な憶測が僕らの脳裏によぎる中、矢代君はたまらず先生に聞いてしまった。

「先生、それ何のモンスター?」

 すると、先生はどこか不自然な笑顔で矢代君に応えた。
 しかし、僕らは見逃さなかった。いつもの先生のさわやかドラクエスマイルではあったが、顔の左側の頬の筋肉が少しだけひきつったようにアンバランスな笑顔となっており、先生が内心に何か別の事を隠し持っており、嘘をついているような表情であったことを。

「え〜? あれだよ〜、ホラ、あの毒霧とかはく奴〜。あ、ごめ〜ん、先生絵心ないからわかんなかったか〜。まいったなあ〜、もう〜」

 なんと! 先生の絵心がなかった為、僕らがわからなかったらしい!
 僕らはドラクエ好きな先生なら、なんでもドラクエのモンスターの絵を描けると思い込んでいたことを反省した。
 ドラクエが大好きなのと絵がうまいのとでは別である。いくらなんでも先生はスーパーマンじゃない。僕らのはやとちりが、先生を苦しめてしまったのだ。
 そこで、今度はハードルを低くし、北島三平君が先生にリクエストを投げかけた。

「じゃあさ、先生、スライム描いてよ! スライム! あれなら絵心ない先生でも描けるよね?」

 すると、先生はまたしばらく沈黙し、お約束的に僕らは固唾を飲んで先生の動向を見守った。
 次はどんな手で僕らを笑かすのであろうか? まさかまた同じオチでくるつもりではあるまい。
 そしてしばらくの沈黙ののち、先生はまたしても重々しく口を開いた。

「先生な、スライムだけは、もう何万匹も倒してるんだぞ? あまりにも倒し過ぎて、スライムが可哀そうで、いとおしくて、先生いっつもスライムの事ばかり考えるようになっちゃったんだ……。むしろ先生がスライムに代わってあげたくて……」

「も〜う! 先生オチが長いし面白くないよ〜」

 またしてもクラスは笑いの渦に包まれた。
 先生は本当にドラクエが好きなんだと、つくづく思ってしまう。先生の人生の99%はドラクエで埋め尽くされているのだろう。
 そして、またしても先生はあの光速拳をもって、疾風迅雷のごとき早業で黒板に描いたのだ。

 ――コレを。
イラスト
<3. by NIGHTRAIN>


 あまりの出来事に、僕らは目の前で何が起こったのか、信じる事が出来なかった。
 コレがスライム? 先生が握っているであろう機密情報の引き出しから出てきたのであろうか? いやいや万が一ということもある。まさか新作でスライムはこのようなデザインに変わってしまうのであろうか?
 北島君は我慢が出来ず先生に聞いてしまった。

「……先生、コレ……、スライム……?」

「ん〜……? そうだぞ〜。いつものやつじゃないか〜……。あ! いっけね! 先生絵心ないから、また皆わかんなかったか〜?」

 いや、絵心とかそういうものではない。そもそもスライムの定義を覆すデザインだ。なんだ? これは?
 ドラクエでなくとも、ファンタジーに少しでも心得のある者であれば、このような失態は決して犯さないはずだ。
 僕らの脳裏に、浮かんではいけない、ある疑問が浮かび始めた。

“もしかして、こいつ、ドラクエ知らないんじゃ……”

 すると、五木ひろみちゃんが、さらに先生にリクエストを投げかけた。

「じゃあさ、少しスライムよりハードル高くなるけど、ドラクエのロゴ描いてよ! ドラクエ好きならロゴとかも描けるでしょ? どの作品でもいいし、それっぽいやつでいいからさ!」

 先生は今度は沈黙せずに、すぐに口を開いた。

「いいのかぁ〜? 先生、ドラクエが好きすぎて、毎日ドラクエのパッケージの夢ばかり見てるんだぞぉ〜? 前回のドラクエの新作買う時も、列に並ぶ為に3日前からゲーム屋の前でキャンプして、一番に買ったくらいで……」

「いいから描いてよ」

 すると先生は、今度はゆっくりと振り向き、普通の授業をする時のスピードで黒板にロゴを描き始めた。
 実に丁寧なその仕草は、流れる清流のようであり、完璧な、無駄のない動きであった。

 ――そして、黒板にドラクエのロゴが完成した。
イラスト
<4. by NIGHTRAIN>


 これで僕らははっきりと分かった。
 田山雄三(38)はクロだ。奴はドラクエを知らない。今まで純粋でいたいけな僕らを悪質な詐欺テクニックで騙していたのだ。
 僕らの心は深く傷ついた。
 五木ひろみちゃんは、思わず口を開いた。

「それナニ?」

 すると、先生は、振り向きもせずに僕らに応えた。なんて失礼な奴だ。

「ん〜……? ドラクエのロゴじゃないか〜……まいったな〜、先生の絵心のなさも、こりゃビョーキレベルだよ、アハハ〜……。レベルあげして、早く魔王を倒せるようにならなくっちゃ〜」

 たまらず、天童よしお君が反論した。

「あのさ、先生、ドラクエやったことねーんじゃねえの? あまりにも酷過ぎだよ、ソレ。下手とかそういうレベルじゃなくってさ……」

 すると、そこでチャイムが鳴り響いた。
 チッ! ゴング(チャイム)に救われやがったか! しかし今に見てろ! 必ずその化けの皮を剥がして、貴様の罪を白日の下に晒してやるからな! 田山雄三!

 この日から、田山雄三(38)と、大学受験を控えた僕ら3年D組のクラスメート全員との血で血を洗う戦いの火ぶたが切って落とされたのだ。
 そしてそれはクラスだけでなく、やがて全校に広がることとなり、7日間もの間続いた。
 後に人々はその様を「僕らの7日間戦争」と呼ぶこととなった。

TO BE
CONTINUED…→
<5. by NIGHTRAIN>


 7日間、生徒とギクシャクし続け、ここに来てようやく、田山雄三(38)は事の重大さに気づいた。
 このままでは自分が一学期からずっと積み上げてきた信頼を崩してしまう……。

(まずいなあ。明日までにドラクエをプレイしてクリアする時間もないし、何とかしないと……そうだ! インターネットで探せばいいのか!)

 田山は帰宅して、インターネットで情報収集することにした。
 そもそも、はじめからそうしていれば良かったのだが、田山は極度のめんどくさがりだったので、ここまで延ばし延ばしにしてしまった。その怠慢の産物が、今日のクラスでの一件である。

 田山はいくつかのサイトを周り、どういう検索ワードを辿ってきたのか、とあるドラクエ好きの運営するサイトに辿り着いた。そこで目的のドラクエに関する作品を見つけたのである。
 それが、これである。

【シャルル・ド・ラクエの大冒険】
(※クリックで別窓で開きます。これが今流行のステマです。)

 間違いない。タイトルに「ドラクエ」と入っているし、読んでいるとスライムという名称や、メラやイオナズンといった呪文の名称も出てきている。これが、正真正銘の「ドラクエ」だ!

 田山はそのページをすべてプリントアウトして、書いている内容を丸暗記した。
 しかし、田山は気づいていなかった。その作品が、ドラクエをたいして知りもしない人が適当に想像と妄想だけで始めただけではなく、途中から参加した別の人も、いちびってパロディを書き連ねているだけであることを。
<6. by よっしゅ>


 一方その頃、僕らは仲良し5人組でいつもの秘密基地に集合していた。何か問題があると、決まって僕らはその秘密基地に集合するのだ。
 今夜集まったメンバーは、僕と、英吉君、龍二君、徹君、弘君の5人だ。
 まさに魔王に立ち向かう勇者のごとく、僕らは各々の胸中に憤怒の炎を抱き、月夜の晩に集まったのだ。

「でさー、田山だけど、あいつもう終わりだべ?」

 最初に口を開いたのは徹君だ。
 今日は徹君のセルシオに乗って、弘君も来ている。頼りがいのある友達だ。

「いままで俺らを騙してたってことだろ? ナメてんよな?アイツ。どーする? ちょっと脅してカネ取っとく?」

 龍二君は何かあるとすぐお金の話をしたがる金の亡者だ。
 こないだもわざとに愛車のベンツにカマを掘らせて、相手と保険会社からたっぷりと稼いだラッキーガイである。

「とりあえず皆で一発ずつぶん殴ってから話し始めたほうが早くね?」

 英吉君は一番血の気が多く、こないだも組とモメたとか何とかいっていた。何年何組の生徒の話だろう?
 僕らの学校には英吉君に歯向かうような愚か者はいないはずなのに。

 とにかく、なかなか話がまとまらない僕らは今夜は解散することにした。
 こないだも街で乱闘騒ぎを起こしてお巡りさんの所で一晩やっかいになったばかりなのだ。秘密基地とはいえ、単なる廃車置き場にすぎないので、巡回のお巡りさんに見つかるとヤバい。
 ここでサバいてる薬草なんかも見つかったら一大事だ。それこそドラクエどころではなくなる。
 それぞれ胸にわだかまりを抱えたまま、帰路に就いたのだった。
<7. by NIGHTRAIN>


 あくる日のことだった。田山はいやに落ち着いた自信たっぷりの表情で僕らのクラスに現れた。
 昨日の朝のHRの終わりに見せた、焦りまくってひきつった表情をした人と同一人物とは思えないほど、これまでの人生ずっと勝ち組で来た人のような威風堂々たる態度であった。

「みんな! おはよう! ドラクエは好きか〜!? 先生、今日もドラクエやってきたぞー! わはははは!」

 当然誰も返事をしない。
 田山がドラクエを知らない事は昨日明白になったのだ。しらじらしい真似を! なんとも鼻につく!
 皆が完全にシカトしているにもかかわらず、田山は続けざまに話した。

「先生な〜、実は昨日は皆を試したんだよ。皆が先生と同じように、本当のドラクエ好きなのかどうなのかをな……。俗に言う、『ドラクエ踏み絵心理』ってやつさ……。それで、わざとあんな変な絵を描いてみて、皆の反応を見てみたんだ。本当にごめんな……。これも皆のドラクエ愛を確かめたいが故、そしてドラクエを愛するが故の、先生の身を呈したドラクエ教育だったんよ……」

 なんだって……? 先生が僕らを試した……? そんなまさか……。
 本当に僕らとドラクエのことを愛するが故に、先生は自らを犠牲にして、僕らに本当のドラクエ愛を植え付けようとしたというのか……?

「せ……せんせい……」

 たまらず矢代あきひこ君が涙を流しながら先生の名を呼んだ。
 すると、なんと! 英吉君までが泣きながら先生の名を呼んでいる。今朝は伝家の宝刀である「ロトのナイフ」を持って登校し、何かあれば田山を刺すとまで言っていた、あの英吉君が感動に打ち震えて泣いている。

「先生! 僕ら、間違ってました! 先生のドラクエを愛する気持ちが、そこまで深かったなんて! 僕ら、先生もドラクエも大好きです!」

 英吉君が泣きながら先生に叫ぶと、クラスの皆は一斉に泣きだしたのだ。
 そんな僕らに対して先生は温かい言葉で迎え入れてくれた。

「みんな! わかってくれたか! くそー! 泣く奴があるか!」
「そう言う先生だって! 涙と鼻水で顔がぐちゃぐちゃじゃないか!」
「いっけね! これじゃあ泣き虫ドラクエ先生だ!」
「あっはは! 変なの〜」

 こうして、雨降って地固まったかのように見えたクラスは、次の瞬間また悲劇のどん底に叩き落とされることになった。
<8. by NIGHTRAIN>


 皆がひとしきり泣き終わると、僕達のクラスはいつものドラクエクラスの和やかな雰囲気に包まれた。
 そして、天童よしお君が昨日田山先生に浴びせた暴言を謝罪すると、田山先生はいつものドラクエスマイルを見せた。そのスマイルっぷりはハンパなく、ゆうにレベル30は越えているくらいのスマイルだった。
 僕はしかし、そのスマイルにどこか不自然な部分を感じないでもなかった。

「でもさー、先生も人が悪いよ。いくらなんでも、スライムをあんな風に書かれちゃあ、僕らだって黙ってない事を知ってたくせにさ〜」

「いや〜、メンゴメンゴ! さすがにちょっとやりすぎたよな〜。なんせ、ドラクエの主人公の天敵と言う意味ではラスボスに近い立ち位置だもんな〜。そんな重要な魔物を知らないフリなんて、ちょっとやりすぎたと思う」

 天敵? はて、先生は何を言っているのであろうか?
 すると間髪いれずに、五木ひろみちゃんが質問した。

「スライムが天敵ってなあに? 先生」

「ん〜? ほら、シャルルが大のニガテじゃないかぁ〜……。あれぇ?今度は皆が先生を試そうとしてるのかぁ〜?」

 なんだ? シャルルって? 田山は何の事を言っているのだ? まさか自分でつけた主人公の名前をここで公表してるのか? そしてスライムに苦戦したとでも言いたいのであろうか?
 正直そんな先生のドラクエ事情なんて、僕達にはどうでもいいことだ。何かがおかしい、何かが……。
 すると田山はなおも不可解なドラクエ話を続けた。

「あれ? 皆なんでそんな顔をしてるんだ〜? まさかドラクエの主人公のシャルルを知らないわけないよな? ほら、うるしの鎧のシャルルだぞ〜? フローラやカンダタにいつも馬鹿にされてて、天空の剣を持ったあのシャルルじゃないか」

 全くわけがわからない。確かに人物名はドラクエのこれまでの作品の登場人物のようだが、いまいちピンとこない部分がある。
 すると英吉君が真顔になって先生に質問した。

「先生、それ何作目のこと言ってるの?」

「ん〜……? そんなの、一作目に……」

 すると、そこでまたしてもチャイムが鳴り響いた。
 田山先生は皆に一時間目はテストだからと準備をするように告げると逃げるように教室を去っていった。

 一作目? ドラクエ1のことを言っているのか?
 1は先生の言っているような話ではなかったはずだ。
 僕達の脳裏に、またしても浮かんではいけないある疑問がよぎった。

“あいつ……、やっぱりドラクエを知らないんじゃ……”

 きっと昨日僕達に突っ込まれて、あわててウィキペディアか何かで調べたにしても、話が全然違う。断片的に言葉だけを覚えてきたのであろうか?
 結果、依然として、田山には「知ったかのドラクエ詐欺罪」の容疑がかけられたままとなった。

※参考サイト
【シャルル・ド・ラクエの大冒険】
(※クリックで別窓で開きます。これが今流行のステマです。)
<9. by NIGHTRAIN>


 職員室では、いつもの田山雄三の元気で明るいドラクエスマイルは消えていた。
 まさか、生徒達にドラクエを知らない事がバレてしまうなんて……。これまで築きあげた生徒達や保護者達との信頼関係が、一学期の終わりと共にもろくも崩れ去る羽目に陥るとは……

(この田山雄三、一生の不覚……!!)

 田山は唇をかみしめた。目はうっすら涙ぐんでいる。
 そんな田山雄三の様子を気にかけ、背後に忍び寄った者がいた。田中久仁江教頭先生だ。

「田山先生、どうなされたのですか? ここ最近、元気がないようですが……。いつもの素敵なドラクエスマイルはどうしたのですか?」

 田中久仁江教頭のやさしい言葉に、田山雄三は耐えきれず、涙を流しながら、これまでの経緯を説明した。

「最初は出来心だったんです……。単に、今の子供達の人気をとりたくて……。それで、ドラクエが若者に人気があることを知ってたんで、つい……」

 田中久仁江教頭は、そんな田山雄三に慈母神のごとき愛にあふれる笑顔を見せると、肩をポンとたたき、あるカードを懐から取り出した。

「田山先生……。あなたの情熱は決して間違ってはいませんよ。ただ、少しだけ、ドラクエと生徒達に対するリスペクトが足りなかっただけです。そんなあなたにいいものをあげましょう。
 これは私の娘夫婦が、先日行ったお店のカードです。実は私の孫が、今年小学二年生になるんですが、大のドラクエ好きなんですよ。そしてそんな孫のために、娘夫婦が、都内のドラクエをモチーフにしたダイニングバーに連れて行ったらしくて、孫は大喜びでね。
 田山先生も、そこに行けば、何か生徒達の心を掴めるヒントが手に入るかもしれません。早速、今夜行かれてはいかがでしょうか? 私が田山先生の席をひとつだけ予約しておきます。これは田山先生にとっての冒険の始まりですよ」

 すると田山雄三はひったくるようにそのカードを受け取り、何度も田中教頭に頭を下げ、わっと泣き出した。
 職員室の他の教師もそんな一幕を見て、本当はドラクエを知らなかった田山雄三の勇気溢れるカミングアウトと、その罪をおおらかな愛をもって許した田中久仁江教頭の姿に感動し、スタンディングオベーションで祝福したのだった。
<10. by NIGHTRAIN>


 その晩、田山雄三は、都内の六本木にあるドラクエバー「ルイーダズBAR」を訪れていた。
ドラクエの事を知りたければ、わざわざそんなことをしなくても、ちょっとネットで調べれば済む話であったが、田山雄三は致命的にファンタジーの知識がなかった為、もはや自分の力だけではドラクエを調べる事は不可能であった。
 ウィキペディア等で調べても、まずファンタジーの専門用語がわからない。つまりファンタジーに対して何がわかっていないかもわからないありさまで、基礎的知識がゼロなのであった。しかも、そもそもファンタジーなど興味もない。
 田山雄三が生きていくために、これまでは全く必要なかったのだ。
 同年代の友人達もファンタジーに疎い人物ばかりであった為、田中久仁江教頭の言葉に従い、何らかの手がかりを得る為、「ルイーダズBAR」を訪れたのであった。
 店は外苑東通りに面しており、華やかでお洒落な大人の雰囲気が漂っている。予約が必要な完全入れ替え制の為、店の前には田山雄三の他に数名のグループが並んでいた。
 意外にも若い女性たちのグループが多く、どのグループも楽しげに店の外装やドラクエの話らしき話題で盛り上がっている。
 田山は一人店を訪れたので、他の客のようにはしゃぐことはできなかったが、なにやら楽しげな雰囲気に心はわくわくしていた。

 やがて、お店の扉が開き、中世の欧風の衣装を着た娘が顔を出すと、「ようこそルイーダの酒場へ! 冒険者の皆さまはどうぞ店内にお入りください!」と元気よくアナウンスした。
 いよいよ、田山雄三の初のドラクエ冒険が始まる。田山雄三は緊張の面持ちで店内に足を踏み入れた。

 そこはめくるめく世界であった。
 初めて見るドラクエの世界。店内の壁には剣が飾られ、カウンターのディスプレイにはメダルや鎧のオブジェが飾られている。
 メニューを開くと、どうやらドラクエのモンスターらしき魔物の姿を形どったフードメニューやドリンクメニューが並んでいる。これがドラクエなのだ。ようやく生徒達と対等に会話できるネタを手に入れたのだ。
 田山はひとまず胸をなでおろしたが、若い女性ばかりの店の中に、ひとり中年の自分がいる事実を思い出すと、なかなか落ち着かなかった。
 店員は相変わらずのドラクエスマイルで何やらアナウンスを続けているが、内心ドキドキの田山はそんな言葉は耳に入らず、店員や周りの客とは目を合わせないよう、一人うつむいていた。
 すると、説明を終えた店員が田山の元にやってきた。

「本日はおひとり様でしょうか? 本日まことに申し訳ないのですが、ルイーダさんは旅にでておりまして、代わりに私リッカと店内のスタッフが一生懸命冒険のお手伝いをさせていただきますので、どうかよろしくお願いします!」

 何の事を言っているのか、田山にはさっぱりだったが、そのコスプレをした店員の屈託のない笑顔に、田山の悪い癖が出てしまった。

「ああ、ルイーダはいつもの旅に出かけたんですね。リッカさん、その衣装良く似合ってますよ。まるで本物みたいだ。僕はね、ドラクエが大好きで、今日もドラクエをやってきたんですよ。こう見えて今レベル99です」

「そうなんですか!? お強いんですね☆ 本日はごゆっくりお楽しみくださいね☆」

 またしても知ったかをしてしまった田山雄三であったが、意外にも店員のノリは良く、一見会話が成立しているかの様に見える。
 はたから見ると、ドラクエが好きすぎて一人で訪れてしまった中年男性と、同じくドラクエが好きで、そのキャラクターになりきって働いているバイトの若い娘が和気あいあいと談笑しているような絵になっている。

 いける!
 田山雄三の心には、何の根拠もない自信が満ち溢れていた。
<11. by NIGHTRAIN>


 30分後、田山雄三はすっかり出来上がっていた。

「チンカチンカに冷えたルービー、もう一杯!」

「お客様、追加オーダーは、メニューの後ろのオーダー表に記入して、階段下のゴールド換金所でお支払い願います☆」

「いやあ、今日はめでたい! なんせ、ドラクエ大好きな僕がやっとこのルイーダの酒場にやってきたんだからね!」

 田山雄三は、極端な下戸であったが、あまりの店の雰囲気に飲まれてしまい、ドキドキオドオドしていたのと、若い女性だらけの場所にひとり中年がいる事実に耐えかねて、アルコールで心をほぐそうとしたのであった。
 しかし、下戸であった田山は、なにやらわからない魔法の名前――おそらくはドラクエに出てくる魔法であろう――のカクテルを注文し、カクテルが運ばれてきて、コスプレをした店員が「それでは一緒に魔法を唱えてください! いきますよ! パルプンテー☆」と叫んだとき、あまりの緊張に「パ……、パルプン!?」と叫んだ直後、一気飲みをしてしまったのであった。

 すると、下戸の田山はすぐに酔っ払い、もはや勢いはとどまるところを知らなかった。
 となりの席についていた若い女性客のメンバーにも絡み、メニューのひとつにあった『テリーのてりやきバーガー』を頼むと、「テリーマンはキン肉マンの一番の親友なんだよ! 好物はもちろんハンバーガーさ! そんな僕はウォーズマンの気分だ! 友情インプット! なんつって! わはははは!」と一人盛り上がっている始末である。
 若い女性客らはどうやら大学生のようであったが、「何それー? おじさんおもしろーい☆」とウケていると、もはやキャバクラか何かと勘違いし始めた田山はいよいよ調子に乗ってはしゃぎ始めた。

 別の客らは、そんな田山に侮蔑の混じった冷やかな視線を投げかけながら、ひそひそと何やら話している。
 コスプレをしている店員も、田山の傍を離れると、急に真顔になり、他のスタッフに「あそこのおっさん、マジきもいんだけど、早く帰ってくんないかな……」などと愚痴を垂れ、店内は酔っ払った中年のおっさんが周りの迷惑も考えずに一人有頂天ではしゃぐ最悪の雰囲気となっていた。
 そして、ラストオーダーの時間が訪れ、「ルイーダズBRA」での田山の冒険が終わりを迎えた。
 田山は最後まで機嫌よく飲み続けたが、完全に記憶をなくすほど泥酔していたので、結果としてドラクエの知識を何も得ることなく、店を後にしたのであった。
<12. by NIGHTRAIN>


 ――翌日、僕らいつものメンバーは教室の一画で殺気立ったオーラを放っていた。英吉君、龍二君、徹君、弘君、そして僕。

「田山の野郎……今日という今日は許さねえ」

 そう言って、一族に伝わる伝家の宝刀を光らせたのが英吉である。目が異様に血走っており、もう誰が止めても無駄だろうと僕は思った。
 英吉君は昨日の夜も、「組とモメた」と言っていた。本当に何年何組のことなんだろう。強そうな英吉君とモメるようなヤツはこの学校には居ないから、きっと他所の高校生に違いない。

「ひとまず、金とっとく?」

 そう言ったのは、何でもお金で解決させようとする龍二君だ。彼はよく下級生から金を巻き上げては、それでゲームなんかを買っている。
 この前も、「ドラゴンクエスト」のカードゲーム機に湯水のように大枚をつぎ込んで、「ギガンテス当たらねえ」なんて愚痴っていた。
 そんな龍二君に賛同する弘君。もう、この私刑は止められないと、僕は思ったが、ふと、徹君が黙っていることに気づき、僕は「どうしたの」と問いかけた。

「実はさ、昨日も俺、いつものようにネットサーフィンしてたんだけど……」

 徹君はかなりパソコンに詳しい。僕らの年齢の割に非常にませていて、よくインターネットで拾ったエロ動画なんかも見せてくれる、とてもいいヤツだ。
 また、よく、セキュリティの低い企業サイトなんかに飛んでは情報を盗んでいる。さすがに国がらみのきっちりしたサイトには太刀打ちできない、と嘆いていた。所詮高校生の技量だからこの程度さ、と徹君は愚痴っていた。

「それでよ。俺、あるドラクエ好きの子のブログに辿り着いたんだ。携帯でも見れるんだ、ほらこれ……」

 そう言って、スマホを開いた徹君。
 そこには、一枚の写真がアップロードされている。なんと、田山先生だ。
 満面の笑みで、ドラクエに出てくる小さなメダルのようなものを持ってピースしている。ほかにも。ドラクエのギガンテスの棍棒と思われるものを模したチキンや、スライム肉まんにかじりついている田山先生の画像がアップされている。
 なんとこれは……僕らでさえまだ足を踏み入れたことのない、大人の世界。かの有名な六本木の「ルイーダズBAR」じゃないか。

「な、なんだよ。そんなもん、金あったら誰でも行けるんだよ! だいたい、スライム肉まんなんか、こないだコンビニでも売ってたじゃん!」

 龍二君が反論する。

「よく見ろよ、これ。スライム肉まんじゃない。メタルスライムあんまんだぜ……」
「な、なんだと……経験値めちゃくちゃすげえじゃねえか……!」

 その言葉を聴いて、龍二君が絶句し、英吉君がさっきから手のひらで遊んでいた「ロトのナイフ」を床に落とす。

「それだけじゃない。お前ら、田山が持っているのが、ちいさなメダルだと思っているだろ? 違うんだ。これは、“メダル王の称号”だ」

 なんだって! もはや、メダルですらなく、称号だと言うのか!?

「よく見ろよ。このブログの別ページのこれ、これが“おおきなメダル”だ」

 そう言って徹君は器用にスマホを操作し、別ページの画像を見せた。そこには、親指と人差し指の先をくっつけて作った輪っかくらいのメダルが載っていた。

「ちなみに、この六本木のルイーダBARでは、“ちいさなメダル”というのは、スタンプカードに捺印されるスタンプのことを指す……頼んだ商品1品につき、ちいさなメダル一個だが、最低商品のホイミティーでも500G(=500円)かかってしまう……」

 徹君は情報通だ。インターネットで調べたことを教えてくれた。
 スタンプ(=ちいさなメダル)が25個たまると、「おおきなメダル」と交換される。その「おおきなメダル」が4個たまって、初めて到達できる境地が「メダル王の称号」(先ほどのおおきなメダルよりさらに大きなメダル)であり、しかもそこには取得者の名前が刻印されるという素晴らしき名誉勲章なのである。

「単純計算してみろ。25かける4で、100個スタンプを捺印してもらわないといけない。俺の知り合いの吉田センパイは、何人かで4回ほど来店して、おおきなメダルを一枚手に入れるのがやっとだって言っていた……。田山はひとりで行っているから、もっと足を運ばないと不可能だ……それは金があれば行けるとかそんなレベルじゃない。愛がないと無理だ……」

 田山先生はどの写真でも満面のドラクエスマイルを浮かべていた。ゆうにレベル100は到達しているだろうという、すばらしく輝いた笑顔だ。
 そして、数枚の写真の下、本文にはこう書かれていた。

『このドラクエ好きのおじさん、超ウケる! まじ、ロトの子孫だしぃ(笑)』

 なんと、田山先生は、ロトの子孫だったのか……!
 そして、僕はあるひとつの推測にたどり着いた。もしかして先生は、ドラクエ愛が僕らに伝わりすぎて、自分がロトの子孫であることを悟られないようにしようとしていたのではないか? それで、シャルルやら何やらよくわからないでっちあげのドラクエネタを持ち出したのではあるまいか。
 そのことをみんなに話すと、みんな、オイオイと泣き出した。英吉君なんか、伝家の「ロトのナイフ」で「けじめをつける」なんて言って、切腹しようとしたくらいだった。

 僕らはみんな、田村先生のことを勘違いしていたのだ!

 *

 しかし、田村も酔って記憶になかったが、この「メダル王の称号」は田村自身がゲットしたものではなく、店内に居た別のお客さんに持たせてもらい、悪酔いしていただけであった。
<13. by よっしゅ>


 そして、そんな僕達を待っていたかのように、タイミングよく田山先生があらわれた! 表情にいつものドラクエスマイルは無く、とても具合が悪そうだ。僕達が田山先生を困らせたからだ、きっと。

「おはよう……、みんな。実は、先生、みんなに謝らなければならないことがあって……」

 すると、たまらず英吉君が口を開いた。

「先生! 水くせえじゃねえかよ! 俺たちに隠し事するなんてよ! ずるいよ! 先生!」

 涙声で叫ぶ英吉君の迫力は凄まじく、周りの皆もやっと泣きやんでたのに、またグズグズと鼻を鳴らし始めた。
 田山先生は、まだ僕達に自分がロトの子孫だということがバレていないと思っているのか、ちょっとひきつった顔でドギマギしている。
 先生、そんな演出、もういりませんよ。僕達は先生のドラクエ愛を知っていますから。僕達もう一生先生についていきます。これからの人生をドラクエで埋め尽くすために。

「い……、いや、実はなぁ……、先生、昨日飲みすぎちゃって、二日酔いで……、その、それに……」

 なんと! 先生は二日酔いだったというのか!
 それは、つまり、最近僕達とのドラクエ関係に悩み抜いて、飲まずにいられなくなって、それで「ルイーダズBAR」で深酒をしてしまったという意味なのか!?
 僕達の脳裏に、「ルイーダズBAR」で悩みを抱えて深酒する先生の情景が浮かぶ。


<僕達の脳内イメージ開始>

 ルイーダと田山先生が、BARのカウンターを挟んで向かい合っている。

「どうしたんですか? 田山先生。今日はやけに強いお酒を頼まれるじゃないですか……。何か悩み事でもあるのでしょうか? 良かったら、このルイーダ、お話の相手をさせてもらいますよ」

「フッ……。私はいつもと変わらないさ……。変わったのは時代のほうだ……。もうロトの力は必要なくなってきたのかもな……」

「おお、そんなことで悩むとはなさけない。一体、何があったというのです? あなたほどの勇者がそこまでおっしゃるなんて……」

「実はな、最近生徒達のドラクエ愛が希薄になってきたことに悩んでいるんだ……。これは最近の教育の在り方が根本的に変わってきたことに由来する、ドラクエモラルハザードの兆候が現れ出したんじゃないかってな……。
 このままではいずれ、いじめ、恐喝、売春、そして自殺や無差別通り魔事件に発展するんじゃないかって、私もどうすればこの危機を防げるか悩んでいるのだ……。決して諦めたわけではない。私はロトの血の宿命からは逃れられないのだから……。すまない、『パルプンテ』をもう一杯」

 するとルイーダはそっと田山先生がカウンターの上に置いた手の上に自分の手を重ねる。

「田山先生、今日はもうこの辺にしておいたほうが……」

 ルイーダの重ねた手の甲の上に、一滴の涙が落ちる。

「ルイーダさん……、ロトというのは、なんて力の無い存在なんでしょうか? 私は自分の宿命からいっそのこと逃げ出したい……」

「田山先生……。今日は他にお客さんもありません。もうお店を閉めて、続きは隣の『ラダトーム城』(※1)でゆっくりと聞きますよ……」

「ル……るいーださん……」

(※1)「ラダトーム城」
 ドラクエBARである「ルイーダズBAR」と提携を結ぶラブホテル。「ルイーダズBAR」で集めたポイントカードを見せる事で、料金が半額になったり、特別な『ロトの拷問部屋』を使用できたりと、ドラクエカップルにはたまらない演出が施される夢のような場所である。「ルイーダズBAR」でお互いの距離を縮めたカップルが流れやすいように演出めいた戦略がヒットし、爆発的な営業利益をはじき出している。

</僕達の脳内イメージ終了>


 先生はなおもドギマギし、冷や汗で顔がテカりだしている。
 そこまでロトの子孫であることを僕達に悟られたくなかったのであろうか? 何て奥ゆかしい……。
 やはりヒーローは人知れず、世を救うもの。きっと、先生も今まで何度となく、僕達の知らない所で命がけで世界を救ってきたのであろう。
 先生、今までありがとうございます。これからは、僕達も世界を救うため、先生と行動を共にしますよ。

 *

 そんなクラスの情景を、ドアの隙間から微笑みながら見守る者がいた。田中久仁江教頭である。

(ふふ……田山先生ったら。昨日ルイーダの酒場で何かを得たようですね。もうすっかり自分を取り戻したようで安心したわ……)

 すると、おいおいと泣き続ける生徒達の前で、いたたまれなくなったのか、田山雄三はポケットに手を伸ばした。きっと冷や汗をぬぐおうというのであろう。
 田山雄三がポケットからハンカチを取り出した時、一緒にポケットからこぼれ落ちるモノがあった。鈍い金属音と共に床に落ちたソレは、『メダル王の称号』であった。
 とたん、泣き続けていた生徒達の歓声と狂喜乱舞の叫び声が響き渡る。田山雄三は二日酔いの上、昨晩の記憶がまるでないので、何のことやらわからず取り乱す。
 誰かが興奮した声で叫んでいる。

「先生! やっぱロトの子孫じゃないか! その『メダル王の称号』が何よりの証拠だ!」

 すると、調子づいたのか、田山雄三は『メダル王の称号』を拾い上げ、誇らしげに生徒達にドヤ顔で見せているようである。
 するとまた誰かが叫んだ。

「でも先生、そのメダル、ちょっとおかしいわ。その『メダル王の称号』に刻印されているの、先生の名前じゃない……。“YUKI”って刻まれている」

 その言葉の少し後、廊下を慌しく走ってくる者がいた。坂井正明先生である。

「はあ、はあ……! あ! ……教頭先生! こんなところにいたんですか!? 今、職員室に警察の方がお見えになられて……!! どうやら、田山先生に窃盗と痴漢の容疑がかけられているみたいなんですよ!!」

 風雲急を告げるとはまさにこのことである。
 田山雄三の勇気あるドラクエ行動が、結果として学校の枠を乗り越え、社会に対する許されざる行為へと発展してしまったのだった。

TO BE
CONTINUED…→
<14. by NIGHTRAIN>


 僕は、世間の恐ろしさを知り、そしてまたひとつ大人になった。
 田山先生は、窃盗罪ということになった。そのあたりの事情に詳しい、薬草をさばいてよくパクられている弘君が言うには、「田山先生は初犯だから、執行猶予がついて一ヶ月半くらいで帰ってくる。大丈夫だから信じて待とう」ということだった。
 そういうことならば、と僕らは一ヵ月半後に備えて、田山先生の「おかえりパーティ」の準備をした。

 しかし……田山先生は戻ってこなかった。
 執行猶予がついたと言えど、犯罪は犯罪である。教育委員会や学校がそれを許さなかったのだ。田山先生は教師という職を解かれ、僕らの前に姿を現すことなく消えてしまった。連絡先も、行き先もわからぬままである。
 それは奇しくも、まるで、大魔王ゾーマを倒してアレフガルドを人知れず去った勇者ロトのようだった。

「田山先生はいないけど、ドラクエスマイルは絶やさずに行こうぜ!」

 男泣きをしながらも、決死の叫びを上げた英吉君。
 僕らは、田山先生のためにもドラクエを愛していこうと、心に決めたのだ。そうして、僕らは受験生だということをすっかり忘れたまま、この高校を卒業した。

 *  *  *  *

 あれから、十年が経つ。
 みんな、それぞれの道を選んだ。それはさながら、ドラクエ4のエンディングで、「導かれしものたち」がばらばらに故郷に帰っていくかのようだった。

 僕らがまだスライムだった頃、よくメラ遊びをして、田山先生に叱られた。しかし、そこには、変らぬ王女の愛があった。
 熱血漢の英吉君がザラキとばかりに暴れたときも、田山先生はドラクエスマイルでそのロトのナイフをみかわしきゃくで受け流し、静かに「ラリホー」と微笑んだ。そこには確かに、懐かしきアレフガルドがあった。
 ロト聖誕祭には、極楽鳥のメラゾーマ焼きを食べたし、ラダトーム建国際にはスライム肉まんをみんなで食べた。そこにあったのは、確かに、青春という名のマヒャドめいた旅の扉だった。
 「メダパニ」と、田山先生は言った。僕らはただただ、その幻の大地にある夢のような言葉に心を奪われる踊る宝石だった。あるいは、泥人形かパペットか。どちらにせよ、不思議な踊りを踊らずにはいられなかった。
 「メガンテ」と、田山先生は言った。それが、最後の言葉だった。かつて、アバン先生がそうしたように、あるいは、タルキン老子がそうしたように、田山先生は僕たちに道筋を残して、大空へと舞う不死鳥ラーミアとなったのだ。
「おとなになっても、ドラクエを愛する気持ちを忘れないでほしい」
 田山先生の言葉は、今も胸に深く刻みつけられている。

 * * * *

 久しぶりの同窓会だった。
 大人になった、英吉君はそれはもう、恐ろしい外見で、僕らでも近寄りがたい雰囲気を持っていた。何でも、「わかがしら」というものになったという話だった。龍二君は相変わらずお金の話ばかりしている。英吉君とよくつるんで金儲けしているらしい。
 徹君は今や世界をまたにかけるスーパーハッカーになっていた。徹君をモデルにしたドラマも作られているとかで、裏の世界では名のある存在らしい。
 弘君は薬草をさばくだけじゃ飽き足らず、自分でも服用し始め、今は廃人のようになっていて、今日は来ていない。まったく、困ったヤツだ。

 僕はと言うと、高卒で雇ってくれる小さな会社に入社して、今はひっそりとゲームだけを楽しみに生きている。
 他のクラスメイトもわからないが、大学を出ていたり、あるいは高卒のまま働いたり、おおかたは僕のように平凡な人生を歩んでいる。

「同窓会なのに……田山先生はいないんだな」

 田山先生の後任の人には一応は声をかけたのだが、その先生は「田山先生があなたたちの、本当の意味での担任だから自分は遠慮する」と言って来なかった。

「どうしてるのかな……」

 そのときだった!
 同窓会会場の扉が開き、勢い良く駆け込んできた男がいた。

「メンゴメンゴ! 電車でうっかりラリホーかけられちゃって、終点まで眠っちゃってたよ〜誰かザメハしてくれたらいいのにさ!」

 田山先生だった。

「ひさしぶり。ごめんな、先生途中で消えちゃって……これじゃまるで、冒険の書だよな……。でも、今日はこうやって会えたし、この十年の間、先生、仕事もせずドラクエしかしなかったからな〜ドラクエ好きも益々レベルアップしてるぞ? ドラクエ9なんて、もうすべての職業マスターしてレベル最大にしちゃったし、オンライン対応のドラクエ10なんて、ネット世界で一目置かれる存在になっちゃってるからな〜」

 なんと、田山先生はニートになってしまっていた!

「田山、先生……」

「先生な〜ドラクエ好きすぎて仕事やめちゃったんだよ〜もう好きすぎて参っちゃうな〜あ、今みんな、先生のことニートだと思っただろ? 違うよ〜ニートじゃなくて、遊び人だよ〜そのうち悟り開いて賢者になるから見てろよ? なんちって」

 田山先生は一気にまくしたてる。どこか、懐かしいにおいがした。
 今、僕らは実感した。田山先生は本当にドラクエ好きだったのだと!

「今日は、後任の先生から連絡もらって、来たんだ。みんながどんな風に成長してるのか見たくてさ!」

「せ、先生……」

「当時、みんなは先生のこと、本当はドラクエ好きじゃないと思ってたろ〜でも、あれはみんなを試してただけだったんだ。ごめんな? 今日の先生は、みんなが立派に成長してるの知ってるから、本気モードでいっちゃうぞ。言ったら、デスタムーアを瞬殺したダークドレアムみたいなもんかな〜あ、これ、ドラクエ6ネタね!」

 田山先生のドラクエ愛が痛いほど伝わってきた。
 しかし、僕らは言わなければならない。

「あはは、みんなはドラクエ10やってるか〜? 先生と一緒にパーティ組まないか〜いろいろ教えちゃうぞ〜」

「先生、あの!」

「ん〜なんだ〜?」

 田山先生は輝くドラクエスマイルで問いかけた。

「僕たち……もう、ドラクエは卒業しました。今は、FF派です」
「え、えふえふ……?」
「そうです、ファイナルファンタジーです」

 それから、僕たちはファイナルファンタジートークに華を咲かせた。
 歴代シリーズから最新版まですべて。その間、田山先生はずっと無言で、ふと気がつけば、会場から姿を消していた。

 宴の最中にひっそりと姿を消した田山先生は、まるで……大魔王ゾーマを倒した後に、宴の終る頃に人知れず姿を消した勇者ロトのようだった。田山先生は、伝説となったのだ。
 
 そう――。
 そして伝説へ……。

 ドラゴンクエスト、完。
<15. by よっしゅ>


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