02.初めての仲間
シャルルが野戦病院から退院してから一カ月が過ぎようとしていた。結局、内務省の男の条件を飲み、オーパーツを探す旅に出たのである。
シャルルは武装馬車「チムニー」の砲座につきながら田舎道を眺めていた。ここ一週間、ずっと同じような景色の道を馬車はゆっくりと進んでいる。毎日うとうととうたた寝しながら旅をしているせいか、今戦争のさなかであることを忘れてしまいそうだった。
見渡す限りの田園風景の中では、魔王軍のゲリラによる急襲もなく、とにかく穏やかで退屈な旅であった。時折吹く暖かいそよ風と共にかすかに感じる甘い花の香りも、いっそうと眠気を誘った。
シャルルの乗る武装馬車「チムニー」は、その名の通り、馬車のキャビンの部分に煙突が付いたような形状からそう呼ばれるようになった物である。煙突形状の部分は、「砲座」と呼ばれ、ガトリング式のボーガンや、
爆弾岩射出用のグレネードランチャーを取りつけられるようになっていて、射手は鋼鉄装甲の煙突の中からそれらの兵器を扱うことができる攻防一体式の構造となっていた。
近年増加する、魔王軍による自爆テロや、路肩爆弾岩攻撃により、勇者チームは馬車ごと全滅するケースに頭を悩ませていた。そこで国王軍の兵器開発部と民間軍事会社ルイーダによって、勇者達の乗車する馬車に鋼鉄の装甲が取りつけられた。
これにより、爆弾岩の爆発からの生存率が高くなったが、移動力は落ちた。また装甲を施したとはいえ、至近距離での爆発には耐えられず、爆発により高熱となった金属の棺桶と化すケースもあった。
それでも、勇者達の作戦遂行能力は、装甲を施した馬車が適用される前の年に比べると、25パーセントもアップしたので、多くの勇者チームは装甲馬車を利用するようになった。
しかし、記憶に新しい、「ブラックオウル墜落事件」により、さらなる改造が施され、装甲馬車は現在の「チムニー」の形となったのである。
ブラックオウル墜落事件とは、国王軍と魔王軍の戦線の間にある、中立地帯の非戦闘区域で、魔王軍の幹部が密かに集まって作戦会議(※1)を行うという情報をキャッチした国王軍が、精鋭勇者チーム200名を投入しておきながら、とらえた魔王軍幹部の捕虜も含め、戦死者34名、行方不明者12名、重傷者124名という大損害を出した事件である。
作戦は、陸と空の両方から魔王軍幹部の集会所を急襲し、2時間程度で終了する予定であったが、空の支援用として使用された軍事用の気球「ブラックオウル」(※2)が結果的に三機も撃墜されたことから、「ブラックオウル墜落事件」と名付けられた。
当初、精鋭勇者チーム「シグマフォース」(※3)による作戦は順当であった。国王軍とルイーダの技術の粋が詰まった「ブラックオウル」から、魔王軍幹部の集会所にロープで降下した精鋭勇者チームにより、集会場は瞬く間に制圧され、幹部は一部の抵抗した者(全員殺害)を除いて全員捕虜となり、作戦は成功したかにみえた。
しかし、幹部を乗せ、前線の国王軍の町まで戻る予定であった馬車の隊列は、思わぬ事態に陥った。
勇者達の馬車の隊列は、中立地帯の雑多な街中を、上空の「ブラックオウル」のナビゲーションにより安全地帯まで速やかに脱出する予定であったが、一機の低空飛行をしていた「ブラックオウル」が魔王軍ゲリラの放ったロケット爆弾岩により撃墜されたのだ。
そして、一機目の撃墜された場所へ支援の為向かった別の「ブラックオウル」も続けざまに二機、三機と撃墜され、勇者チームは空の眼を失った。
そればかりか、撃墜されたブラックオウルには、日ごろから勇者達に恨みを持っていた町の住民が何千人と押し寄せた為、陸上部隊は救出に向かったが、わずか200名の勇者チームと数千人の暴徒、数百人の魔王軍ゲリラとの間で戦闘となり、事態はよりいっそう混乱した。
国王軍は極秘作戦が完全に失敗したことを悟ると、大規模な救出部隊を派遣したが、その頃には勇者チームはほぼ壊滅状態であった。
陸上部隊の乗り込んでいた武装馬車は、敵の攻撃や暴徒達の襲撃から勇者達を守ってくれるはずであった。その当時の馬車はキャビンの天井を開け、乗員が上半身だけ馬車の外に出し、連装式のガトリングボーガンや、爆弾岩を射出するグレネードランチャーで敵を駆逐する方式をとっていた。
しかし、街中の建物の屋上や、路地裏から突然現れる魔王軍にはあまりにも無防備で、狙い撃ちの的となり、多くの勇者達がなすすべなくえじきとなったのだ。
この事件により、装甲馬車の欠点や、上空から支援するはずの気球の弱点が浮き彫りになり、国王軍の戦法は根本的な見直しをせざるを得なくなった。そして改良されたのが、現在の「チムニー」型装甲馬車の姿なのである。
(※1)「作戦会議」 非戦闘区域の中で極秘裏に魔王軍の財務大臣や経済産業省の要人が、内戦により流入した外国の軍事顧問と取引を行い、外部からの支援を申し入れる会議で、国王軍、魔王軍双方にとって極めて重要な会議であった。 魔王軍にとっては、戦局を大きく打開し、国王軍を国の中と外から追いつめられる絶好の機会であり、国王軍にとっては、内乱に乗じて国内に入り込んだ諸外国の治安部隊やスパイに対し、自国領土を侵す動かぬ証拠をつきとめ、国際社会を通じて糾弾し、内外の敵を排除できるばかりか、魔王軍の財政まで抑える事ができる絶好の機会であった。 しかし、ブラックオウル墜落事件では、捕虜は全員で15名とらえたのに対し、捕虜の行方不明者が6名、残りの9名は脳に重度の障害が残るほどの重傷者であり、結果としてまともな証拠は何一つ得られなかった。 (※2)「ブラックオウル」 国王軍が戦線に投入した最新鋭の軍事気球。 通常の勇者達が使用する4名から8名乗りの気球に比べて大型で、最大30名まで乗り込む事ができる。漆黒の気球で楕円形をしており、識別用に赤く光るランプがふたつついている。このように、黒い気球に対して、赤いランプがちょうどフクロウの目のように見える事から、「ブラックオウル」(黒いフクロウ)と名付けられた。 ブラックオウルは上空から敵拠点へ素早く勇者達を運ぶ事ができ、強襲作戦に多く利用された。 また、地上の勇者達が作戦行動中は、上空から敵の魔物を監視し、魔物達の配置をリアルタイムに地上の勇者達のPDAに送り、地上の勇者達とネットワークリンク戦闘システムを構築することにより、高い作戦遂行能力を生み出すことが可能であった。 上空からはメカキメラの偵察機能と合わせ、敵拠点に極めて正確な爆弾岩による爆撃を行うこともできたので、空の要塞と恐れられた。しかし、周りに高い建物や丘のない平地に比べ、雑多な街中や山岳部ではしばしば魔王軍のロケット爆弾岩により撃墜され、低空での運用の危険性も指摘されている。 (※3)「精鋭勇者チーム・シグマフォース」 戦闘経験が1000回以上に及び、なおかつ一度も死亡していない勇者達のチームを集めて作られた国王軍の中の精鋭中の精鋭。通常の4マンセル(4人一組)のチームが5チームで1小隊とされ、5小隊100名で1中隊として運用された。 ブラックオウル墜落事件には1中隊のシグマフォースが投入され、残りの100名は通常の勇者チームによる混成部隊であったが、事件による被害者数はシグマフォースの勇者のほうが多く、戦死者は全てシグマフォースであった。 シグマフォースには、前述の通り、1000回以上の戦闘経験があり、なおかつ一度も死亡していない勇者達に選抜訓練を受ける資格が与えられるが、その選抜過程はさながら生き地獄を味わうほどハードなものであり、訓練を通過してシグマフォースの称号を貰える者は、受験者のわずが10パーセントにも満たない。 選抜訓練の途中で死亡する者も出るほど過酷な環境の中で、自らに打ち勝ち、シグマフォースの称号を得る為には、仲間との協力が不可避であり、そこでシグマフォースの勇者達は、それまでにない連帯感や、チームワークを学ぶ。 ブラックオウル事件では、そうしたシグマフォースの勇者達の特性があだとなり、通常の勇者達が身を守り、逃げる中、仲間を守るために勇敢に戦い、散って行った者達が多く出る結果となってしまった。 |
もちろん、そんな「ブラックオウル墜落事件」など、シャルルにはどうでも良かった。正直なところ、先の作戦でせっかく拾った生命をみすみす捨てるようなことは二度としたくない。できれば、今後の旅も良好であって欲しい。そう願わずには居られなかった。
しかし、それには旅の仲間が必要である。四人パーティでさえ、全滅する者のほうが遥かに多い昨今である。全滅であるから、一人が死ぬわけではない。四人が四人とも死ぬのである。
少しでもリスクを軽減させるため、勇者たちは四人でパーティを組むのが常であった。
しかし、例外もいる。
国王軍にこの人ありきと言われた、「世界の父」と呼ばれるオルッテガ・ロトである。オルッテガは一人で旅をし、数々の戦績をあげた。彼の出現以後、世界ではそのノウハウを真似る者が続出し、「一人勇者」(※1)というひとつのトレンドを確立した。
その快進撃は、魔王軍に叶うはずがない、と人々が抱いていた諦観をぶち壊すには最適だった。シャルルの生きる時代では考えられないことである。今は報奨金に目がくらみ旅立つものが後を絶たない。ルイーダの雇用条件は破格であるのだから、多少のリスクを背負ってでも儲けたい者にとっては最高であった。
しかし、あの時代には、そんな余りある報奨金でさえ意味がなかった。どんなエサをぶら下げられていても、人々の恐怖を上回ることはなかった。
そう、人は諦めていたのだ。魔王軍には敵うはずがないと。
その諦観はさながら、遥か東の国ジパングの吟遊詩人の歌う「ハンシン・キョジン戦」に似ていた。そしてまた、オルッテガの快進撃は、さながら、ハンシンタイガースのバースのごとき活躍であった。
人々は彼に希望を見出し、「勇者」と讃えた。これが後の勇者ブームの先駆けである。しかし、その直後、ばったりと魔王軍の侵攻が止んでしまう。これは、魔王軍で三度目の政権交代があったからである。
一度目は初代魔王ドリギガントからマディへ、政権が譲られた。二度目は二代目魔王マディが自称勇者と名乗る組織に殺害され、この期に乗じて発起したザイルが政権を手にした。(※2)
三代目魔王ザイルの政権はかなり長かった。魔族の寿命も長いのでこのまま永遠に続くのではないかと言われていた程である。(二代目魔王は短すぎて、東の国ジパングの政権交代と似ているとしばしば揶揄された。)
また、ザイルは軍事にも理解があり、政治経済の流れを読むに長けた。ザイル統治のもと、魔王軍は徐々に勢力を伸ばし、新興市場入りを果たし、ついには一部上場。ゆくゆくは世界市場に入り込もうという矢先のことであった。
カイダと名乗る魔族率いるテロ組織「或るカイダ<あるかいだ>」による襲撃でザイルは死亡。以後、人間に対する襲撃を行なう余裕も無く、魔王軍は内乱が続く冬の時代へと入る。
人間達に、束の間の平和が訪れた。
しかし、困ったのは「勇者」たちである。勇者ブームの産物で、勇者として育てられてきた人々は、行き先もなく、ただ力を持て余して暮らした。勇者としての力量はあるのに、勇者という仕事がない。仕方なく他の仕事に就いてみたものの、勇者としてのプライドは捨てきれない。言い切れない悔しさを抱えて生きてきたもの達は年をとり老い、やがて「団塊の世代」と呼ばれるようになった。
そして、その団塊の世代の子供の子供、つまり孫の頃には、危険のない世界に平和ぼけした時代がやってきた。戦争を知らない子どもたち……いわゆる「ゆとり世代」の登場である。
しかし、魔王軍は勢力を安定させ、虎視眈々とチャンスを狙っていた。
時はきせり、と立ち上がったのが、ドリギガントの息子ギガワロスである。ギガワロスはライオンのような髪型をしていたので、しばしば「ライオンハート」などと、親の七光り的な侮蔑の視線とともに揶揄されてきたが、人間たちに対し、次々と戦績をあげる。これには魔王軍の面々も考えを改めざるを得なかった。こうして、魔王軍は人々の前に再び立ちはだかったのである。
これに困ったのは人間達の国王軍である。
正直、戦争の傷など半世紀も過ぎれば忘れてしまう。人々はぬるま湯につかりきり、それこそ、ソープランドみたいないかがわしい店がいくつも立ち並ぶ街「マエハラ」の一画ができるなど、もうとにかく、魔王軍のことなどすっかり忘れていた。
ちなみにこのソープランドであるが、さすがにやりすぎだとして国王軍による大規模な摘発が入り、現在は「マエハラ」は壊滅している。当時を知る者は、「あの街はよかった。あの頃はよかった」と嘆いた。泡の楽園(ソープランド)。それが無くなる様を人々は「バブル(泡)がはじけた」と表現し、そこから転じて、「バブル世代」という言葉も生まれた。
あの頃、と言ってはいるが、つい昨年のことであり記憶に新しい。彼らは今はなき「マエハラ」を偲び、最近ではゴダイゴ天皇という歌手が「マエハーラ」という曲を発表し、これは当時のファンのハートをわしづかみにした。
「そこにゆけばどんな夢も叶うというよ……(中略)……マエハーラ、マエハーラ。愛の国マエハーラ……」
そう、確かそんな唄だった。
そんな平和ボケした人々は、逆に扱いやすかった。魔王軍の真の恐怖を知らないのだから、知らないうちに戦力として導入してしまえ、というのが国王軍のやり口だった。結果、シャルルたちの時代には「勇者」が多数誕生した。「第二次勇者ブーム」である。
この火付け役となったのが、天空シリーズのひとつと見事持ち帰ったラヴァル侯爵が設立した民間軍事会社ルイーダである。
「……マエハーラ、マエハーラ。愛の国マエハーラ……」
シャルルはふと、なにやら「マエハーラ」を歌っている女性に気づいた。
馬車の中には、何人か同乗者がいたが、シャルルと同じでパーティを組んでいないのはその女性だけであった。
(※1)「一人勇者」 現在の4人パーティで旅をする形式とちがって、一人で旅をする勇者のこと。 頭数が少ない分、儲けは全て自分に入ってくるため、ハイリスクハイリターンであるが、あまりにリスクが高すぎて戦死する者が後を絶たない。また、通常の倍以上の時間が洞窟探索などにかかってしまうため、現代ではこれを行なう者は、著しくコミュニケーションスキルを欠く者(つまり、友達のいないボッチ)か、よほど腕に自信のある者、あるいは自意識過剰の命知らずくらいである。 過去に一人勇者で功績を挙げた者は、オルッテガ・ロトのほかには、天空の兜を持ち帰ったラヴァル侯爵くらいである。 (※2)「魔王政権交代」 こちらの物語『罪を背負いし者』のスピンオフである。 |
シャルルの視線を受けて、女性は歌うのをやめた。
「変な唄よね。ごめんなさい」
女性は、身なりから僧侶かそれに類する、癒しの呪文の使い手のように見えた。長い青髪を背中にたらした、大人の魅力の漂う上品な女性である。
「いえ……」
「暇だったのよ。唄のひとつでも歌いたくなっっちゃうわ」
女性は長旅に飽いていた。
シャルルは思わず見とれてしまった。清楚、という言葉のよく似合う女性だった。
「あなたのような子供も、旅に出る時代なのね……」
「お姉さんのような女性も、旅に出ないといけないんですね……」
この時代において「旅に出る」とは暗に、戦争に行く、という意味合いを持つ。
「僕はシャルルです。お姉さんは、勇者ではないですね? なぜ一人で旅を?」
「私は賢者よ。ひとりでいるのは祖父の気持ちを理解してみたかっただけよ」
「おじいさんは一人で旅をしていたのですか?」
そこで女性は悲しそうに微笑み、そうして、言った。
「私の名前は、フローラ・ロト。オルッテガの孫娘よ」
シャルルはあまりの驚きに声を失った。
まさか、伝説の勇者の血を引く者と出会うなんて。しかも、それが賢者と呼ばれるもっとも神に近いとされる職業に就いている。
これは何かの運命だと思った。ここで、彼女がパーティになってくれたら、今後の旅が助かる、とそう思った。シャルルは声の振るえを何とか押し殺して、言葉を発した。
「オルッテガは偉大な勇者だったと、聞きます。ひとりでも恐れず旅に出てたと……そんな気高き血を引く人に出会えるなんて……フローラ・ロトさんは賢者ですし、きっと魔王軍と戦うことにも慣れているでしょう。あの、その、良かったら僕とパーティを組んでもらえないでしょうか?」
言った。言ってしまった。それはある種、愛の告白よりも勇気のいる行為だった。
シャルルは今、人生で最もどきどきしていた。そして、返事を待つ。
しかし、フローラは返事の代わりに、胸元からタバコを取り出し、呪文で火をつけた。そして、スゥー、ハァーとけむりをシャルルの顔にかける。
「ぼうや、お金あるの?」
その視線はシャルルの漆の鎧に注がれていた。忘れられがちであるが、「シャルル・ド・ラクエ」とは「漆のシャルル」という悪口である。要するにシャルルの外見がすべて物語っていた。
「え、お金? 今はない、です……」
「じゃあ、一昨日きなボケ」
「え」
「私はね、元は遊び人だったのよ。お金もたんまり稼いだわ」
「あ、遊び人……?」
「マエハラの高級ソープの指名ナンバーワンだったわ」
遊び人。もとい、風俗嬢だった。彼女は、魔王軍のせいではなく、国王軍のせいで職を失い、旅立たざるをえなくなったのだ。
「だいたいね。オルッテガは一人で旅立った、一人で偉業を遂げたって言うけど、ただ単に友達がいなかっただけよ。極端に人付き合いが下手だった。旅の後は、ずっと引きこもって暮らしたわ。そんな不健康な生活をしていたら、頭だっておかしくなるわね。その息子も頭がおかしくて、そんな家庭で育った私も、普通の生活はできなかったわ」
でもね、と元風俗嬢は微笑んだ。
「父も祖父も、ある意味で正しかった。人は信用できない。信用できるのはお金よ」
そう言って、フローラはタバコを馬車の外に捨てた。
「ぼうや、それが全てよ」
フローラは悟りの境地に達していて、シャルルはまだ、そこまで達観できていなかった。二人の温度差が、気持ち悪いまでに横たわっていた。
なんてことだ。賢者は賢者でも、そっちのルートからの悟り(※1)だってなんて。勇者の血筋なら、その子孫もまた崇高な人物だろうという浅はかな考えを、シャルルは恥じた。現実は甘くないのである。すべて、時代の悪意であった――。
(※1)「悟り」 賢者になるのに必要といわれているもの。従来、僧侶や魔法使いなど魔術に通じる者が、「悟りの書」と呼ばれる魔法の書物を紐解くことによって、神の御心に近づき、悟りを得る。そうして賢者になる。 しかし、例外もあり、並外れた人生経験をしたものは、「悟りの書」なくとも、自己の中で完結し、自ら悟りを開くことがある。とりわけ、「遊び人」と呼ばれる人々は辛い人生経験を積んでいる者が多いので、悟りを開きやすい。 |
シャルルは、一番最初に組んだチームにいた二人の遊び人の女性を思い出した。
ルイーダと国王の主催するパーティ会場で、とてもセクシーないでたちで話しかけられ、すっかり気を良くして、勢いだけで一緒のチームを組んだ女性たちだ。二人の女性は、姉妹で、クミコ・ウダとミソノコ・ウダと名乗っていた。二人共とても魅力的であり、共に旅をすれば様々な大人のサービスを受けられるとシャルルは期待し、妄想を膨らませ、心躍らせた。
しかし現実は、彼女らの美貌の維持のための資金源として利用されただけであった。
それ以降、シャルルは軽い女性不信にも陥った。そしてお金というものの持つ絶大な力に対しても考えさせられた。魔王軍、国王軍でさえ、お金がなければただの烏合の衆である。
東方の国ジパングに伝わる古代文明の伝説、「拳王恐怖の伝説」の中でも、拳王亡きあと、時代を掴んだのは暴力ではなく、財力であったとされる。(しかしおとぎ話である「拳王恐怖の伝説」の中では、拳王の息子によって財力をもつものも倒されてしまうが。)
――天が人に与えた最大の力、それがお金である。
シャルルはフローラにやりこめられ、うわずるような声で、なおも話しかけた。
「今は確かに僕にはお金はありません。でも、今僕には崇高な使命があります。こんな身なりの僕を見て、とても信じられないでしょうが、僕はこの国の命運をかけ、内務省の諜報戦略室から直々に依頼を受け、ありとあらゆるバックアップを約束して貰い、伝説のOパーツ“天空シリーズ”を集める旅をしている所なのです。なので、僕が掛けあえば、貴女がどれだけの報酬を望んでも支払うことは可能です。なので……」
シャルルが熱くヒートアップして言いかけたところで、フローラがまた煙草に火をつけ、シャルルの顔に煙を吹きかけ、それを制した。
「大人をナメないでね、ぼうや。そんな話は、マエハラで毎日聞かされたわ。大概が、必死こいて日銭を稼いで、酒と風俗しか楽しみがない食い詰めた勇者達で、彼らが酔って見栄を張る時の戯言よね。誰からの受け売りか分からないけど、駄目よ、そんなチープな手口を真似しちゃ」
「違うんだ! 本当の事なんだ! 今も上空ではメカキメラが僕のスマートフォンから出る識別信号を追跡していて、24時間体制で監視されてるし、何かあればすぐにでもシグマフォースや屈強な勇者達が助けに……」
そこでフローラは白く細い人差し指でシャルルの口を抑えた。ひんやりとした感触がシャルルの唇に伝わった。
「ぼうやはもう少し経験を積んだ方がいいわね。女を口説くのは初めてなのかしら? 今度からは分をわきまえるのよ」
フローラはそう言うと、シャルルが腰につけているポーチからスマートフォンを取り出した。
「やっぱりね……」
フローラが見るスマートフォンの画面にはシャルルのプロフィールが映し出されていた。
表示されるステータスは、これまでシャルルが戦闘に参加した回数、結果などから、スマートフォンを通して統合サーバ内に送られた情報をもとに解析・評価が行われ、シャルルの能力を疑似的に表すために割り当てられた数値である。
まれに戦闘民族出身の者などは、普段は“気”を抑えており、戦闘時も必要最低限の力しか発揮せず、弱い敵はスルーしている為、プロフィール以上の能力を瞬間的に発揮できる場合もあったが、大概は数値通りの能力であった。
経験値とは戦闘回数や、結果に応じて割り当てられる数値で、能力が高い魔物を殺害するほど、電子マネーの報酬とともに大きく振り込まれるシステムとなっていた。シャルルの場合、「次のレベルまでの経験値54(※1)」と書かれていた。
フローラは無言でシャルルのスマートフォンを返すと、それっきり外の景色を眺めて口を閉ざした。
シャルルも気まずい雰囲気に耐えきれなくなり、キャビンの席から砲座に戻り、外の和やかな田園風景を眺めた。
馬車のキャビンに相乗りしていた勇者の1チームはスマートフォンで「かいがり」の通信対戦に興じており、シャルルとフローラのやりとりにはまるで興味がなさそうであった。
しばらく馬車はゆったりと進んだが、2時間ほどして、目的地付近に来た事を御者が告げた。
(※1)「経験値54」 シャルルは冒険を始めてからはロクな戦闘をしておらず(ほとんどが戦闘に“巻き込まれた”形となっている)、チーム全員で逃げ惑う日々であったので、駆け出しのヒヨッコレベルであった。 直近、組んでいたチームで旅をしていた時は、チームメンバーがなんとなく戦ってくれたので、道中出くわした魔王軍のB.O.W(Bio Organic Weapon =生物兵器)「スライム(正式名称:被検体RC540-A型」との戦闘に何度か勝利し、戦場を右往左往していたシャルルにも経験値が振り込まれた。 スライムレベルだと、あと27回も戦闘をしなくてはいけないが、シャルルはスライムとの戦闘時、そのうちの一体にまとわりつかれ、あわや体内に侵入される寸前の所で、仲間の戦士ジャンに助けられた。その時のトラウマが元で、二度とスライムとは戦わないと心に決めている。 国王軍が兵士や勇者達に配っている指名手配トランプ「死のトランプ」(ジョーカーはいない)には、魔王軍の幹部上位52人の写真が貼り付けてあり、重要度の高い魔物から順にエースやキングといった高い役が割り当てられている。スペードのエースには現魔王のライオンハートことギガワロスが割り当てられ、これらの者を確保、殺害できた兵士や勇者には高額の報酬や経験値が支払われる。 |
馬車を降りて、他のパーティ連中やフローラは先に行ってしまった。
シャルルは漆の鎧を見て、ひとり途方に暮れた。この漆の鎧にも理由があった。鉄の鎧や鋼の鎧では、シャルルには重すぎて扱えなかったのだ。同様の理由で、武器も、銅の剣だった。
銅の剣は一般的な剣とは違い、短い。そのため、女子供でも装備できるというのがウリだった。シャルルはこれを、武器防具の店イオンの「安いもの市」で手に入れた。ずっと愛用しているため、恐ろしく手に馴染んでいた。
歩きながら考えた。
自分はなぜこんなことをしているのかと。なんで一人なのかと。まあ、パーティについては、ルイーダで斡旋してもらえるのだが、問題は過去の仲間たちの横暴な振る舞いである。
クミコとミソノコのウダ姉妹に始まる。彼女らは、モンバー薔薇という希少な花で作られた香水が好きで、それをよくつけていた。あまりの良い香りに、シャルルはメロメロになったが、周りの男も同様だった。人々は姉妹を「モンバー薔薇の姉妹」と讃え、絶世の美姫に夢中になった。旅をする男たちの無骨な世界に咲いた、可憐な花である。通常より、女性はちやほやされるのである。
これは、古の昔、「いんたーねっと」というものが普及し始めた頃に酷似している。度々、「オフかい」と称して人々は、初めて顔合わせをするのだが、たいていはむさくるしい男であるのが常だった。そこにたまたま混じった女性はたとえどんなブスでも、十段階はアップして評価されるのである。それは、浴衣マジックやゲレンデマジックといった魔法よりも、遥かに効力を及ぼす、いわば禁呪の類であった。
しかし、結局、他にも金ヅルのできた姉妹はシャルルのもとを去っていってしまった。(シャルルは自身のプライド保持のため、自分が解雇したと思い込ませている。)実際は、シャルルの収入を考慮しての、賢明な判断だった。なにせ、勇者は他にもたくさんいるのだから、シャルルにこだわる理由はその女性たちにはなかったのだ。
「くそ……腹立ってきた」
思い返し、シャルルはだんだんむかついてきた。
二組目のパーティのことは思い出したくも無い。あれはもはや、単なるいじめであった。
三組目のパーティの奴らは比較的ましだった。
戦士ジャン(23)♂は、頼れるナイスガイだった。ただ、故郷に許婚がいた。そう、女がいたのである。これは許せなかった。むかつく。
それから、あとの二人。武道家ベッソン(28)♂と魔法使いアンヌ(25)♀だが、ベッソンは格闘熊さえ素手で殴り殺すほどの豪傑(※自称)で、アンヌの火炎呪文は戦闘においてどんな強敵でも焼き尽くす、とても強力な存在(※自称)だった。しかし、この二人はデキていたのである。これはジャンの一件よりもっと許せなかった。めっちゃむかつく。
「くそ、どいつもこいつも女女……」
シャルルは呪詛をこめた声で、呟いていた。
もういっそ一人で旅してやろうか、自分の相棒は銅の剣だけでじゅうぶんだ、とそう考えたとき――スライムべスが現れた!
魔王軍のB.O.W(Bio Organic Weapon =生物兵器)「スライムべス(正式名称:被検体RC540-B型」である。
シャルルは過去に、スライムとの戦闘時、そのうちの一体にまとわりつかれ、あわや体内に侵入される寸前の所で、戦士ジャンに助けられたという死線を潜り抜けたことがある。その時のトラウマが元で、二度とスライムとは戦わないと心に決めていたのに、ここに来てまさかのスライムベス。スライムの上位種、いきなりのラスボス(※シャルルにとっての)登場である。
「あ、あ、う、うあ……」
声にならない声をあげ、シャルルはしりもちをついた。
銅の剣など、とうに地面に落としている。スライムべスはぬめぬめとナメクジのように地面を這いながら、シャルルに近寄ってくる。
来るな、と口にするが、ただ息が漏れるだけで、声にならない。スライムべスの歩みは遅いが、シャルルは動くことができなかった。恐怖が身体を動かすのを許してくれない。
「あ、あ、」
スライムべスがいよいよ目前に迫り、ピギィと甲高い声で鳴き、シャルルに飛びかかろうとした瞬間――炎が、爆ぜた。
スライムべスは一瞬にして蒸発し、シャルルの漆の鎧に、火が燃え移る。
「あ、熱っち!」
慌ててシャルルは漆の鎧を脱ぎ、地面に転げまわった。
そこに笑いながら現れたのは、フローラだった。
「ごめんなさいね。でも、回復呪文かけるから」
そう言って、癒しの奇跡を行使する。シャルルは、女神だと思った。
やっぱり、勇者の血筋は偉大だった。きっとフローラは何だかんだシャルルのことを試していただけだったのだ!
「ど、どうして、僕を……?」
わかってはいたが、シャルルは聞いてみた。
すると、フローラは顔を背け、
「あなたの言うこと。疑ってごめんね。本当だったのね」
そうか、天空の鎧のことをフローラは知ったのだ。
「だから、私はあなたと一緒に旅をすることに決めたわ」
フローラはそう言うと微笑み、地面に転がっている少し焦げた漆の鎧をシャルルに装備させてくれた。
上手くいきすぎな気もしたが、シャルルはふと思い出した。先のフローラとの会話で自分が口にした言葉である。
『――内務省の諜報戦略室から直々に依頼を受け、ありとあらゆるバックアップを約束して貰い、伝説のOパーツ「天空シリーズ」を集める旅をしている所なのです――』
そうだ。ありとあらゆるバックアップを受けているはずなのだ。
きっと、内務省の人間がフローラを説得してくれたのだ。勇者の子孫であるフローラは、使命に目覚めたのだ。
「しめい、よ……」
フローラはそう言って、右手を差し伸べた。
しかし、それは「使命」ではなく「指名」だった。セクキャバみたいなもんである。内務省が巨額の報酬を約束したのだ。
シャルルはそんなこと思い当たることもなく、鼻の下を伸ばし、その手を握った。
「これから、よろしく」
ようやく、パーティの一人目である。
シャルルは女で苦労した経験などすっかり忘れていた。男とはそういう悲しい生き物なのである。
シャルルの頭の中には何故か楽しげな音楽が流れたような気がした。
そして天からの声も聞こえたような気がした。
(BGM ttp://www.youtube.com/watch?v=fGdux_A1swM)
ここのところ、劇的にシャルルを取り巻く環境が変わったせいで、何らかのストレス症候群だろうとシャルルは自分を納得させた。そんな音楽や声なんて聞こえるはずもないのだから……。
ともかくシャルルは思わぬ助けに感激し、またモロタイプのお姉さんが加わってくれたことに胸をときめかせた。
内務省の力は伊達ではないことをようやく理解し、自分の持つ力(勘違いはなはだしい上に、踊らされているだけであるが)に畏怖した。
この力があれば、大概の町や村では無敵だ。
あのロトの血族でさえも、思い通りに動かすことができるのだ。貴族だった頃の、あの周りが全てなんでもしてくれる力が戻ったのだ。やはり僕に運命は味方しているのだ。
様々な感動に打ち震えるシャルルに、フローラは話しかけた。
「事情は全てスマホに送られてきたメールで理解したわ。遊んでいるヒマはないわね。先を急ぎましょう。この『ゆううつの森』を抜けた先の村で、ある男と落ちあうことになっているのよ。さ、行きましょう」
なんとも展開が早い。呆然と立ち尽くすシャルルをしり目に、フローラはスタスタと歩き始めた。
森の入口には行き先表示板が立っており、「この先ゆううつの森 ※バーベキュー禁止」と書かれていた。
そして、そのプレートの下に、少し小さな表示板が取り付けてあり、「まんげつの村まで、あと8.5km」と表示されていた。
森の中では様々な魔物やブービートラップに出くわす危険性があるが、フローラがいてくれるので余裕であろう。そうタカをくくったシャルルは、フローラの後に続いた。
森に入った二人は、警戒する様子もなく、旅路を急いだ。
無論、フローラは自分の力に自信があるからであり、シャルルは100パーセント、フローラの力を当てにしているからであり、両者の利害関係も表向きには一致しているように見えたので、迷いはなかった。
「まんげつの村で待つ男の人って、どんな人なんですか?」
シャルルは問いかけた。
「そうね、いい男よ。ぼうやと違って」
フローラは冷たく言い放ったが、浮かれるシャルルには嫌みには聞こえなかった。
「彼はかつて、私の恋人だった男よ。頼りになるわ。Oパーツを集める為に旅にきっと協力してくれると思うわ」
衝撃の事実である。
フローラの元カレ、その男が一緒に旅をすることになるのだ。
シャルルにとっては最も好ましくない仲間だが、いざとなれば内務省に掛け合い、如何様にでもできるだろう。なんだかんだ言って、このチームのリーダーは僕なのだから。
そうシャルルは決めつけ、フローラにさらに質問した。
「へえー、フローラさんの元カレかー。強いんですか? その人。戦士か何かなんですか?」
「彼も私と同じ、賢者よ。彼は私がマエハラでソープ嬢をしていた頃、ナカスでホストをしていたのよ。毎日お店で汚い親父達に抱かれた後、閉店後に通い詰めたホストクラブ『ローレシア』で、疲れた私の心にやすらぎを与えてくれた人よ。彼はナカスでNo1のホストだったわ。遊び人として一流だった彼もまた、ある時自らの内に秘める力に目覚め、賢者となってからは、ホストクラブを辞め、山奥に籠っていたと聞くわ。最近またナカスに顔を出すようになったとは聞いていたけど、彼に連絡を取るのは三年ぶりね……」
シャルルに勝ち目は全くない相手である。事が済めば、内務省に頼み込んで、消してもらおう。そうシャルルは思った。
※なお、シャルルたちの現在の状態は以下の通りである。