03.天空の剣

 まんげつの村で、シャルルは予想外の局面にぶつかっていた。
「あ、あなたが……フローラさんの元カ……お友達のナカスの賢者ですか?」
 シャルルは途中まででかかった言葉を押し戻して、目前の男に問いかけた。
 めんどくさいダンジョンは一気にすっ飛ばして、ようやくイベントが発生したのである。今、シャルルとフローラは「ゆううつの森」で多少、ゆううつな思いをしながら抜けた先の、まんげつの村に到着していた。ここはその村の一画である。

「いかにも」
 と、男は短く答えた。
 しかし、シャルルの横でフローラは言葉を失っていた。無理もないだろう。シャルルが聞いた話と違いすぎる。まず、男と呼べるかどうか、身なりからは難しかった。それに顔も、伸びたヒゲや髪の毛で見えなくなってしまっている。
「えっと……」
「俺の名前は、アンディ・ジョーンズだ」
「あ、どうも。シャルルです」
 シャルルは名前を尋ねたわけではなかったが、どうでも良かった。
 問題は、その風貌である。蓑虫のような、ぼろぼろの毛布で作ったマント、そして、先ほど観察したとおりの髪とヒゲ。おまけに風呂には入っていないらしく、異様な臭気がしている。これは、いわゆるルンペンだった。
「ひさしぶりだな、フローラ」
「え、えっと、そうね……」
「どうした、俺の顔に何かついているか?」
「いや、そんなんじゃないんだけど、その、すごく変わったな、って……」
「当たり前さ。もう三年になる。三年もあれば、赤子だってしゃべるくらいには育つさ」
 フローラは鼻を押さえながら、ショックを隠しきれない様子だった。
 対照的にシャルルはちょっと浮かれていた。こいつになら負けるはずがない。自分の方がまだ男として魅力があると思った。
「俺はナカスを去って、俗世と離れた。嫌気が差したんだよ。嘘っぱちの人間関係にな。俗世間と離れた俺はずっと山で修行を続けた。そしてある時――そう、あるときだ。悟ったんだよ(※1)
 アンディはヒゲと髪の毛の隙間から、鋭い眼を光らせた。
 俗世と離れる、山篭り。そうなると、こうなるのは何となくわかるかもしれないな、とシャルルは思ったが、フローラにはやはりショックが大きすぎたようで、ついにはへなへなと地面へ座り込んでしまった。

「ははは。フローラだけじゃなくて、ナカスの昔の同僚みんなそんな顔してたさ。そうして、俺は一人で生きる道を選んだ。やはり、人とは相容れぬ存在なのかもしれないな、俺は……」
 そうして、経験値や給与計算システムの搭載されたスマフォを地面にたたきつけ、氷の呪文をぶつけた。
「あ!」
「そんなことしたら!」
 シャルルとフローラが同時に声を張りあげた。
「いいんだ。俺は俺のやりかたでいく。だいたい、昔の勇者はこんなもん持ってなかったはずだろう。もっと“自然”に即したやり方(※2)でやっていたはずだ。俺もそれに倣うだけの話……」
 そしてアンディは身を翻す。
「あばよ、フローラ。いい女だったな。俺のことなんて忘れて、幸せになれよ」
 言い残して、アンディ・ジョーンズは村の外へ消えていった。
 シャルルたちはその背中が見えなくなるまで見守り続けた。
 時に時間は残酷であることを彼らは思い知った。シャルルたちとアンディの行く末はここで二つへと分かれ、もう二度と交わることはないだろう。アンディは隠匿する身を選んだのだから。

 だから、シャルルたちは知る由もなかった。
 この後、アンディが「フジオーカ・ヒロスィ、探検隊」によってマスメディアに取り上げられ、そのワイルドさに異常なほど人気が集まり、次々とメディアに出演依頼が殺到し、後に「アンディ・ジョーンズ」として映画化し、キラータイトルと呼ばれる興行収益をもたらすほど有名になることを。
 ――が、それはまた、別の話である。

(※1)「そう、あるときだ。悟ったんだよ」
 アンディの言う“あるとき”とは、いわゆる、マスターベーション、自慰行為の後に訪れる極限の疲労感のこことである。
 達観にも似た空虚さは、時に「賢者モード」と呼ばれる。

(※2)「もっと“自然”に即したやり方」
 昔の勇者は、「グリズリーをやっつけた! 523のけいけんちをかくとく 65ゴールドをてにいれた!」という一文の中で、実は様々なことを機械に頼らず自然とやっていた。
  ・(グリズリーはそこそこ強かったな、だいたい数値で523くらい経験は積めたか……)
      → 「523のけいけんちをかくとく」
  ・(勇者はグリズリーの皮をはいだ。また、解体し肉は干し肉にして自身の携帯食にしたほか、
   次の町で売る用に保管した。また、グリズリーの牙も民芸品として使われていると知っていたので、
   これも削り取った。その結果、次の町で売買される予想額は65ゴールド……)

      → 「65ゴールドをてにいれた!」
 上記のように勇者も大変な仕事なのである。

<14. by よすぃ>


「彼は昔からああいう、ネイチャーな生き方に憧れていたから……ああなるのも無理はないわね。」
 フローラは気の抜けたような口調で、シャルルに語りかけた。

 アンディはホスト時代、サーフィンもやっていて、何かにつけ、どんな話題の中にも無理やり”不自然”に、自然との協調を持ちだしたり、スピリチュアリティに傾倒していたと言う。
 最初はフローラも彼の仲間も一過性のもので、単に波乗りとしての自分をアピールしたくて、そういうものにも夢中になっているだけだと思っていた。夜の街では煙草を路上に投げ捨てるのに、海に行くと急にゴミ拾いをしだしたり、いい奴ぶるので、仲間も若干迷惑していたのだ。
 しかし、彼の情熱は皆の創造の範疇をはるかに上回っていたのだった。ナカスでNo1ホストの座まで上り詰めた男の行動力を甘く見ていた。アンディは、決めた事は必ず成し遂げる男だった事をフローラは思い出した。
「彼は煌びやかな夜の街での生活よりも、本当の意味での幸せを見つけたのかもしれませんね……」
 シャルルは、事情も知らないくせに、とってつけたような言葉で飾り立てたが、フローラに小さく舌打ちされたので、それ以上は続けなかった。
「さて、困ったわ。これから向かう火山の火口付近に伝説の武具“天空の剣”があるはずなんだけど、火山の魔物は耐火性が強くて、私の得意な火炎系の魔法は効かないのよね……。アンディは氷結系の魔法が得意だと聞いていたからアテにしていたのだけど、もう無理ね。あなた、火山に入ったら私を守って戦える?」
 土台無理な話である。シャルルにとってはいじめに近いコメントだ。
「僕は無理ですけど、内務省がなんとかしてくれますよ、きっと」
 すでに自分で戦う意志や目的意識さえも放棄してしまっているシャルルはきっぱりと言い放った。

 火山に住む魔物については、事前に内務省の男から聞かされていた。
 火口付近に眠るとされる天空の剣の近くにはサーベルタイガー(※1)が生息しており、これまで天空の剣を取りに向かった勇者達や探検隊のメンバーは、全て食い殺されるか、命からがら逃げかえってきたのだった。
 シャルルにはどうすることもできない相手である。
 さらには、火口付近は激しい上昇気流が生まれており、気球は近付けず、メカキメラでさえも乱気流に巻き込まれて墜落してしまうほどなので、空からの支援は受けられない。
 地上部隊で何とかするしか、天空の剣を手に入れる方法はないが、モタモタしていると、激しい暑さの為熱中症で倒れてしまうので、作戦は短期間で遂行する必要があったのだ。

(※1)「サーベルタイガー」
 「フジオーカ・ヒロスィ、探検隊」シリーズでも扱われた伝説の魔獣。
 その牙はどんなものでも砕き、その爪は鋼鉄をも切り裂く。体毛は恐ろしく硬く、ちょっとやそっとの剣ではその下の皮膚まで斬りつけることができない。
 気の弱い者はその咆哮を聞くだけで失神してしまうと言われ、時速100キロで火山を駆けるその姿は、“フジオーカ・ヒロスィ、”をして「いや〜、まさしく獣の中のサムライだね〜」と言わしめた。まさしく天空の剣を守るにふさわしい魔獣である。
 ちなみに“フジオーカ・ヒロスィ、”の探検隊のサーベル・タイガーの放送時は、もちろん本物のサーベル・タイガーとは遭遇しておらず、番組の2時間の枠の中で、崖から落ちそうになる隊員を助ける為や、寝起きに毒グモに襲われそうになった所を冷静に対処する描写を撮影するために“フジオーカ・ヒロスィ、”は奔走した。
 番組の後半では、サーベル・タイガーを捕獲するため、遂にはその巣を発見し、サーベル・タイガーの牙を見つけるも、研究施設に持ち帰り解析に回した結果、ただの動物の骨であったことが判明した。
 サーベル・タイガーの謎は謎に包まれたまま、“ヒロスィ、”が清々しく地平線を見つめる絵で番組は幕を閉じた。

<15. by NIGHTRAIN>


 フローラとシャルルは、「天空の剣」が眠る火山のふもとまで辿りついた。「まんげつの村」より、馬車で2日間南に下り、そこから川を哨戒艇で上流の方へ15キロほど上り、ジャングルを超えてきたのだ。
 途中何度か魔物に遭遇したが、フローラが手を下すまでもなく、上空のメカキメラからの精密爆撃で一掃された。おかげで、シャルルもフローラも戦闘経験は一切積んでおらず、「まんげつの村」を出た時のままであった。
 彼らがいる場所はちょうど火山の五合目にあたり、頂上を目指す勇者や探検隊目当てに食堂(下界の5割増の価格)や土産物屋が所狭しと立ち並び、多くの人々で賑わっていた。
 とても魔物の巣窟となっている火山のふもととは思えない盛況ぶりである。中にはニューアフレガルドから大型馬車に乗り五合目まで来て、その辺を散策した後、バーベキューだけして、温泉に浸かって帰る勇者チームまでいた。
 頂上まで行くよりもリーズナブルで安全にアウトドアを楽しめる女子会向けのツアーは大当たりで、若い女性の勇者達に人気があったのだ。

「なんか合羽とか防寒具持ってかないと道中意外と冷えるらしいですね。火山だからてっきりずっと熱いのかと思ってたら頂上付近だけ灼熱地獄らしいです。案内所で聞いてきました。あと、上の方に行ったら、スマートフォンも圏外になるらしいですよ。助け呼ぶときとか、魔物とか倒した時、どうしたらいいですかね?」
 登山ガイドから戻ってきたシャルルはフローラに告げたが、フローラは頭の中が平和すぎるシャルルを可哀想なものを見るような目で一瞥すると、必要なものを買い出しに行くと告げ、登山用具を仕入れる為、シャルルと別れた。
 シャルルは山登りは初めてなので、まんげつの村を出るとき、道具屋で購入した準備品、「クマよけの鈴(2G)」と「虫よけスプレー(1G)」、「酸素ボンベ(2G)」をチェックし、腹ごしらえでもしておこうと、立ち並ぶ食堂を眺めていると、食堂の脇に大型の馬車の荷台があり、その上に黒い袋の山が積まれているのを見つけた。
 ――ボディバックだ。
 一見観光地に見えるこの五合目は、やはり魔物の巣窟との境界線なのである。
 荷台には、さらに新しいボディバックが運ばれてくるところであった。
 また登山道から下山してくる者たちの中には、疲れきった顔をしている者、重傷を負っている者もいて、付近を散策している者や、スマートフォンで記念撮影をしている者たちとは対照的な光景であった。
 シャルルは急に不安になり、食堂に行けば、誰かスカウトできないかと思い、腹ごしらえをするついでに、仲間探しをすることにした。まんげつの村でもフローラに提案したのだが、あまり素性の知れない仲間は増やしたくないとのことだった。しかしリーダーはシャルルであることは事実だし、火山に上る直前の今なら、フローラも断りきれないだろうと考えてのことであった。
 Oパーツを求めてこの地に集まっている猛者どもであれば、火山の魔物やサーベルタイガーに太刀打ちできるほどの腕のある者も多いだろう。
 過去に闘いのエキスパート集団を仲間に引き入れた時は、ただのパシリにされ、自分のチームなのに脱走する体たらくであったが、今は違う。
 内務省の後ろ盾があるシャルルの心は強く、ブレがなかった。

<16. by NIGHTRAIN>


 そのとき、シャルルは、一人の男がこちらを見つめていることに気がついた。
 銀髪に青い目をしている。髪は短く刈り上げ、小柄ながら引き締まった身体をしていた。服装は黒いラバースーツのようなものを身に纏っていたが、シャルルはその装備がよくわからなかったので、江頭2:50(えがしら にじごじゅっぷん)と勝手にあだ名した。
 視線が合うと、江頭はこちらに歩み寄ってきた。
「お前、勇者だろ?」
 いきなり不躾な質問だったが、この場において、他の面々にずっと無視されていることに比べれば、この男は比較的シャルルの意に叶った。
「いかにも、勇者です。勇者シャルルです」
 気を良くしたシャルルは、胸を張る。
「そうか、やっぱりな。そうだと思っていたよ。俺はレベル20の盗賊だ。素早さには自信があるぜ。どうだ。俺を仲間に入れてみないか?」
 レベル2のシャルルにとって、それは願っても無い申し出だった。
 いくらフローラが強いとは言え、女性である。この先、無事にいられるとは限らないし、内務省の管理するメカキメラにしても、どこまでバックアップしてくれるか……。特にこの先の火山はその助太刀は見込めないときている。
 盗賊か……素早い身のこなしに、そこそこの攻撃力が見込めるな。何よりも、モンスターから時々アイテムを手に入れてくれるので旅には非常に助かる職業だ。しかも、口調はともかくとして普通そうだ。さっきから話している感じだと話しやすそうだし、いじめられることもなさそうな気がした。
「わかった。仲間になろう。次、火山に行くけど、いい?」
「いいさ、どこでもついていくぜ。俺の名前はカンダタ。よろしくな」
 カンダタと名乗った瞬間だった。食堂の扉が乱暴に開かれ、入口脇にいた店主が苦情を申し立てようとしたところ、相手の顔を見て引っ込んだ。
 国お抱えの衛兵だった。手に書状を持っている。
「いたぞ、カンダタだ! 貴様を窃盗の容疑で逮捕する!」
「ちっ、やべえ」
 カンダタは衛兵を見て舌打ちする。え、何やばいって? 何も悪いことしてないじゃん、僕。
 シャルルは、瞬時に考えをまとめ始めた。
 職業が盗賊、というのは別に珍しい話ではない。ダーマ神殿でも認められる、れっきとした勇者パーティの職業の中のひとつだ。しかし、その言葉の持つニュアンスからもわかるように、真っ当なものはまず「盗賊」などと名乗らなければ、人にそう呼ばれて後ろ指を差されることも無い。
 即ち、カンダタは文字通りの盗賊だったのだ。

「逃げるぞ、シャルル」
「え」
「貴様も仲間か!」
「ええー!?」
 衛兵が剣を抜き、シャルルを睨みつける。
「ち、ちがいます! 仲間なんかじゃありません! それに僕は内務省にもみとめられた正式な依頼をこなす身なんです。天空の剣を手に入れなければならないんです!」
 シャルルはうまくまとめられないままに説明したが、それは衛兵たちを逆に不審がらせるにとどまった。
「そんな話、聞いたことがない。とにかく、言い訳なら署で聞こう。貴様らは逮捕だ」
「ご、誤解なんです。仲間なんかじゃないんです!」
 必死に弁解するシャルルの肩にポンと手を当ててカンダタは微笑んだ。
「さっきお前、仲間になるっつったじゃん」
 そうして、スマートフォンのボイスレコーダー機能を再生する。
『ガッ……ガガー……ザザザ……わかった。仲間になろう。次、火山に行くけど、いい? ……ガガガガ』
 衛兵がシャルルの顔を見つめる。シャルルは思わず目をそらし、カンダタの顔を見る。満面の笑みを浮かべていた。
「やはり仲間で間違いなかったな」
「え……」
 紛れも無い証拠だった。
 チェストー、とか叫びながら、衛兵は剣を振りかざし、突進してくる。
 カンダタは食堂の机を持ち上げ、引っくり返して衛兵にぶつける。それは、かつて、東の国ジパングでホシ・イッテーツという男が得意としていた技である。しかし、これを自らの家庭でやってしまうと、昨今ではDVだとして訴えられかねない上に、離婚の要因にもなりかねない。カンダタは実はバツイチで、ちゃぶ台返しのやりすぎで離婚していたのだが、シャルルがそのことを知る由もなかった。
「さあ、行くぜ!」
 カンダタに手を捉まれ、食堂の裏口から一緒に走らされる。何がなんだかシャルルはわからなかったが、きっと内務省が何とかしてくれるだろう、と他力本願なことしか思っていなかった。
 フローラが心配していた「素性の知れない仲間は増やしたくない」という単純明快な条件は、これにて一気に無視されることになったのだった。なにせ、窃盗犯であったのだから。

<17. by よすぃ>


 カンダタの着ているラバースーツはウエットスーツであった。
 サーファーやダイバーが海に入る時に着用するもので、防水性、柔軟性に優れ、体温の低下を防ぎ、中に仕込まれた形状記憶素材により、体の各部を締め付け、体力の低下をも防ぎ、フィジカル面でも高いポテンシャルを発揮できるものであった。
 カンダタは元々サーファーであった。
 ところが、仕事もしないでサーフィンばかりしていたので、生活資金は底をつき、しょうがなくバイトで金を稼いでは、細々とサーフトリップを続ける日々を過ごしていた。
 やがて志を同じくするサーファーが1人、2人と集まり、11人集まったところで、仲間の1人が、「こんなバイト生活をしながら旅を続けるよりも、もっとデカいヤマで稼いで、派手にやろうぜ!」と言い出し、11人で窃盗することになったことから「海の11人」と呼ばれるようになった。
 窃盗を繰り返すうちに身入りは格段に良くなり、それまで買えなかった高額なサーフボードやサーフギアを手に入れ、最高のサーフィンライフを楽しむことができるようになった。
 大型のRV馬車も手に入れ、ビーチの女達もカネの匂いをかぎつけ寄ってくるので、カンダタ達はウハウハだった。そしてさらに仲間も増え「海の11人」から「海の12人」、「海の13人」へと組織は大きくなっていった。

 しかし、ある時から、カンダタ達はセコい窃盗を繰り返すよりも、一生遊んで暮らせるだけの資金を稼ごうと、銀行強盗に手を染めるようになった。
 もちろん、カンダタ達にはプロの強盗としてのプライドがあったので、誰も殺さず、ケガをさせずがモットーであった。
 ところが、連邦捜査局に目をつけられ、カンダタ達の組織内に囮捜査の手が入ってしまった。囮捜査官は、窃盗団のリーダーであるパトリック(※1)とマブダチとなり組織に潜り込んだので、仲間も誰も疑いはしなかった。
 しかし、あるヤマを踏んだ時、リーダーのパトリックと囮捜査官はお互いの素性に気づいてしまい、さらに悪いことに、カンダタ達が次に襲った銀行には連邦捜査官たちが待ち伏せしており、そこで多くの仲間が凶弾に散ったのだった。
 パトリックやカンダタ、少数の仲間はなんとか連邦捜査官たちの包囲網を抜け、気球で脱出に成功するが、追いすがる囮捜査官が気球の中にまで侵入、パラシュートを着けて気球を脱出するパトリックと共に空にダイブし、二人とはそれきりであった。
 残されたカンダタ達は、なんとか散り散りに逃げおおせ、今に至る。
 噂では、リーダーのパトリックはなんとか囮捜査官から逃れたが、何十年に一度くるかこないかという嵐の日のビッグウエーブに挑み、そのまま帰らなかったという。囮捜査官も、パトリックを見つけたが、逮捕せずに、彼が海に入り、ビッグウエーブに挑む姿を見守ったという。

 カンダタは、陸に上がっても、生来サーファーというポリシーから、どれだけ目立とうと、ウエットスーツを脱ぐことはなかった。それは、かつて共に海を愛し、海に散って行った仲間へのリスペクトからくるスタイルであった。
 しかし、シャルルには江頭というあだ名をつけられ、漢の友情の証に、ものの見事に泥を塗られることとなった。

(※1)「リーダーのパトリック」
 パトリックは元々はダンスチームに所属していた。オフブロードウェイで高いパフォーマンスを披露していた所、プロモーターの目に止まり、一度は「汚い踊り」という映画の主役にも抜擢され、華やかな社交界に生きていた。
 しかし、何を隠そう、パトリックにサーフィンの魅力を伝えたのが、あのアンディ・ジョーンズであった。
 ナカスの高級キャバクラで知り合った二人はすっかり意気投合し、アンディの勧めでサーフィンに行くことになったのだ。そこで波乗りの魅力、海の偉大さに心打たれたパトリックは、華やかな社交界を捨て去り、サーファーとして放浪の旅に出る事となり、のちの「海の11人」を結成することとなった。
 ちなみにパトリックもウエットスーツの愛用者で、陸にいる時も常にウエットスーツを着込んでいた。ダンサーだった頃から、体の線を強調させる服が好きで、常にぴちぴちの服を好み、火の国の格闘が得意な忍者の服や、菜食主義の戦闘民族の服など、色々試したが、ウエットスーツが一番しっくりきたようである。

<18. by NIGHTRAIN>


 シャルルの頭の中には何故か楽しげな音楽が流れたような気がした。
 そして天からの声も聞こえたような気がした。

* かんだたが なかまにくわわった!
(BGM ttp://www.youtube.com/watch?v=fGdux_A1swM)

 食堂の裏口から逃げるシャルルの頭の中にまた妙な音楽と言葉が聞こえたような気がした。
 いや、違う。断じて仲間にはしていないぞ! 僕は騙されたのだ! 却下する!
 シャルルは頭の中に聞こえた音楽を拒否したが、曲が強引にリフレインして割り込んできたので、それ以上は考える事をやめた。ともかく今は追手に捕まらないよう走らなければならない。
「ラン! シャルル!! ラ〜〜ン!!」
 フォレストガンプのワンシーンのように叫ぶカンダタは余裕の表情であった。完全に悪ノリしている。やはりコイツもマトモではなかった。どうして僕の仲間になるやつは皆おかしな奴ばかりなのだろうか?
 シャルルは内心うんざりしていたが、実は自分が他力本願な性格で、物事を自分で決められない優純不断さが、そういう人達を呼び込む原因であることに気づくには、もうすこし歳を重ねなければいけなかった。人は過ちを繰り返しながら大人になってゆくものである。
 結局シャルルは腹ごしらえもできないまま、カンダタに手をひかれ、山道のほうへ入ってしまった。追手はどうやら増援を頼んだようで、人数が増えている。とにかくもっと山奥に逃げ込まなければならない。

 シャルルは必死に走り続けた。
 フローラとはぐれてしまったことを後悔したが、あとでスマートフォンでメールを入れておけばどこかで合流できるだろうと考え、とにかく無我夢中でどんどん山奥に入って行った。しかし火山は高い木がほとんど生えておらず、ごつごつした岩肌が露出している為、どこまで逃げても身を隠す場所はなかった。
 カンダタはさすがに馴れているらしく、むしろ状況を楽しみながら先頭を走り、時折シャルルの方を振り向き、もっと走れと促した。シャルルは、もはや体力の限界で、ずっと登り坂を走っている為、太ももが痙攣し、息が上がり、心臓が飛び出るほど脈打っていた。
 持ってきた酸素ボンベを使用したが、効いてるんだか効いてないんだかわからないうちに空になり、追手に投げつけたが、誰にも当たることもなく、カランカランと、むなしく空の酸素ボンベの転がる音がこだましただけだった。
 くそっ! なんでぼくが江頭2:50なんかの言いなりにならなければいけないんだ! よく考えたらこんな理不尽なことはないぞ! だんだん腹が立ってきた! 僕も司法側の味方に回って、あいつを捕えるのに協力した方がいいんじゃないか?
 シャルルはそう考えたが、カンダタとの距離がどんどんと開き、代わりに衛兵たちとの距離がどんどんと詰まるので、半ばパニックになりながら走り続けたが、遂に体力の限界が訪れた。
「も……もう駄目だ! 僕は投降する! 君はどこへでも好きな所へ逃げればいいさ! 事情を詳しく説明すれば、きっと彼らもわかってくれるさ……」
 シャルルは追手から逃げるのは諦めて、すこし面倒な事にはなりそうだが、おとなしく投降することにした。“困った時は内務省が何とかしてくれる”という希望的観測から薄っぺらい決断を下し、走ることを止めたのだ。本当に甘っちょろい男である。
「……な〜んだ、もう少し骨のあるやつかと思ったのにな。残念」
 カンダタもシャルルの20メートルほど前方で走るのを止めて、つまらなそうにシャルルの様子を眺めた。
 シャルルは瞬く間に五、六人の衛兵に囲まれた。さらに後続の衛兵たちが十人ほど、山道を駆けあがってくるのが見える。後続部隊は鬼のような形相で、何やら必死に叫んでいた。
「やっとおとなしく投降する気になったようだな! 手こずらせおって!」
 衛兵の一人がシャルルに近づくと、言いながら、どてっ腹にキツい一撃を入れた。
 痛恨の一撃にシャルルは息もできなくなり、その場に膝から崩れ落ちた。
 さらに衛兵は倒れ込むシャルルの後頭部を踏みつけ、シャルルの額は地面にこすりつけられた。
「あ〜、こんなとこまで走らせやがって、ムカつくぜ! 死ぬほど疲れたじゃねえか、この小僧め!」
 血気盛んな男を制し、やたら男らしいモミアゲと眉毛の精悍な顔つきの男が現れた。
「まあ待て。この場で、簡易裁判により処刑してやってもいいんだがな……我々にもメンツというものがある。おいお前ら、何ボサっとしてやがる! 早くカンダタもひっ捕らえろるんだ!」
 どうやら衛兵の隊長らしき人物は、膝に手をつき、肩で息をする衛兵たちに命令した。シャルルを取り囲んでいた衛兵たちは、フラフラになりながらも隊長の命令に従い、カンダタのほうへ向かった。
 と、その時、大きな黒い影が突然覆いかぶさり、衛兵の一人が消えた。
 目の前で突然仲間が消え、何事かとその場で戸惑う衛兵たちは次の瞬間、腰を抜かして地面にへたりこんだ。
「た、隊長……サ、サ、さ……しゃ……しゃ〜ベル、シャーベルタイガ〜……!!」
 目の前に現れたのは、獰猛な牙を剥き出しにしたサーベルタイガーであった。
「……ま、まさか……。山頂に生息するはずのサーベルタイガーが何故こんな所に……」
 隊長は青ざめたが、次の瞬間、硬直した後、白目をむいて泡を噴き出し、卒倒した。
 サーベルタイガーは四頭も現れたのだ。
 “フジオーカ・ヒロスィ、”ならば鼻血もんのシチュエーションである。生きて帰れるかどうかは別として。

<19. by NIGHTRAIN>


 はっきり言って絶体絶命であった。
「ひ、ひい……」
 先ほどまで威勢の良かった衛兵達も、声にならない声をあげている。無理もない。歴戦のつわものでさえ太刀打ちできないと言われているサーベルタイガーに挑んで敵うはずがない。
「くそ……しくったか」
 カンダタはそう言って、逃げ出そうとした。

* かんだたはにげだした! しかしまわりこまれてしまった!

「くっ、シャレなんねえぜ」
 カンダタは何とか、サーベルタイガーの一撃を避けた。
 もしこの場に、モンスターマスター(※1)でもいてくれたら、話は変わってきたかもしれない。目前で屈強な衛兵達が次々とその餌食になっていく。
 シャルルは腰を抜かし、ちびる一歩手前でかろうじてとどまっていた。
「きっきっと内務省が何とかしてくれる、きっと何とかしてくれる……」
 シャルルはぶつぶつと呟き続けていた。
 カンダタはそれを見て、ため息をつく。そして、サーベルタイガーを睨み、ひとまず自分だけどう逃げるかということを考えた。シャルルを囮にすれば、一刻は稼げるだろう。しかし、相手は四頭もいる。
「あーあ。ここまでかよ……パトリック、お前のところにこんなに早く往く日がくるとはな……」
 亡き仲間の名前を呟き、死を覚悟してでも全力疾走で逃げてみようと考えたそのとき!

 ――ダダン、ダンダダン♪
 どこかで聞いたことのあるようなBGM(※2)が聴こえた。
 ――ダダン、ダンダダン♪ チャララーラーラーラー♪

「なんだ!?」
 カンダタとシャルルの目前に、青白い火花が散る。
 空間にぽっかりと穴を空けて出て来たのは、妙な二足歩行の機械だった。科学兵器キラーマシーンである。青い金属のボディが、太陽の光に反射する。そのあまりの大きさに、シャルルはポカーンと口をあけた。
『死にたくなければついてこい』
 キラーマシーンはそう言って、シャルルとカンダタを両肩に乗せ、ついでに気絶している衛兵隊長をその巨大な手で引っ掴んだ。
「お、お前はなんだ!? どこに連れてくんだよ!」
 あいた口が塞がらないシャルルの代わりにカンダタが叫ぶ。
『俺は、T-800。……信用しろ』
 キラーマシーンは、ウイーンウイーンと今時マンガくらいでしか聞かないような電子音をさせながら、言った。
 そして、衛兵隊長をつかんでいる利き腕(?)ではなく、サーベルタイガーにその左腕を向けて、一気に発射した。(※3)
『さっさと失せろベイビー』
 発射された左腕は瞬時に帰ってくる。
 その一撃で、サーベルタイガーの一頭は吹き飛んでしまった。残る三頭は身構え、唸り声をあげて警戒した。

(※1)「モンスターマスター」
 その名の通り、モンスターを仲間にし、自在に使役することができる。
 有名なところでは、東の国ジパングのホッカイドーというところに住む、ムツゴローという老齢のマスターが存在するが、度が過ぎてしまったため、モンスターに指を食いちぎられてしまった。ムツゴローは、度が過ぎる愛情表現で、モンスターの方が嫌がっているのではないかと度々指摘されてきたが、その件でより一層その説は濃厚となった。だが、本人は至ってマイペースである。
 また、昨今、モンスターマスターの負担軽減のために開発された「モンスターボール」が、「あのような小さなところに押し込めるとは虐待である」として魔物愛護団体に訴えられ販売停止になったことは記憶に新しい。

(※2)「どこかで聞いたことのあるBGM」
 かの有名なターミネーターシリーズのBGMである。
 筆者の母はこの音がえらく気に入り、晩ご飯なんかがおでんだと、「おでんでんででん♪」と両手に皿を持って出現する。しかし、何度もやられると非常にうっとうしい。

(※3)「左腕を向けて、一気に発射」
 ロケットパンチと言われている、当キラーマシーン(T-800シリーズ)の必殺技。
 このキラーマシンのロケットパンチのあまりのかっこよさに、アニメ番組及び関連玩具が作られた。このT-800シリーズを体現する武器の一つとして挙げられる。
 アニメのOP曲でも「とばせ鉄拳 ロケットパンチ」と歌われている。『T-800』から続く一連のキラーマシーンシリーズでも、この武器の特徴を受け継いだ腕を飛ばして攻撃する武器はアレンジされつつ、以後の様々な作品に登場していくことになった。

<20. by よすぃ>


* きらーましーんが なかまにくわわった! たいちょうが なかまにくわわった!
(BGM ttp://www.youtube.com/watch?v=fGdux_A1swM)

 ……いやいや、定員オーバーしとるがな。
 思考回路がストップし、もはや頭の中に流れる曲とナレーションにすら無反応なシャルルに代わり、何故か頭の中に同じ曲とナレーションが聞こえたような気がしたカンダタは思った。
 町でお買い物中のフローラにも、不審な音楽とナレーションは一種のテレパシーのような形で、頭の中に聞こえたような気がしていた。(カンタダの時含め)しかし、まさかシャルルが勝手に仲間を増やして、山道でトラブルに見舞われていようとは夢にも思っていなかったので、最近ちょっと疲れてるのかなと思った程度だった。
 ともかく、勇者チームの定員は4名以上となると、第一話で述べた様々な罰則があるため、なんとかしなければいけなかった。
 ごくまれに、労基署(労働基準監督署 またの名をダーマ神殿)(※1)で特例として4名以上が認められるときがあるが、今回のケースでは恐らく却下されるであろうことは明白である。いついかなる時でも、国民には法の遵守の義務があったのだ。

 ようやく正気を取り戻しつつあったシャルルは、きっと内務省がシャルルの危機を察知し、救出のため向かわせてくれた新兵器だと思ったが、実はそうではなかった。
 残る三頭のうち、さらに一頭を屠ったT-800にカンダタは問いかけた。
「お前……さっきの空間の穴はなんだ? 国王軍の新兵器か? なんなんだありゃ!?」
『俺は未来からお前を助ける為にやってきたのだ』
 今度はカンダタが混乱し、言葉を失った。

 T-800が言うには、このままカンダタが自堕落な放浪生活を続けると、莫大な借金を作ってしまい、未来のカンダタの孫の代には100億ゴールド(日本円にして5兆円)を超える負債となってしまうらしかった。
 孫たちは頭を悩ませ、まだおじいちゃんの余命が数年残っており、人生を取り戻せるうちに便利なお助けロボットを贈り、更生させ、せめておじいちゃん自身の手で負債を減らさせようという試みだった。
 しかし、カンダタの孫はミスを犯した。
 未来の国で量産されている、便利な道具で所有者を助けるばかりか、様々なアドバイスで心のケアまでしてくれる猫型ロボット(T-80)を贈るつもりが、要人警護やその他軍事作戦にも使用される兵器(T-800)を転送(おく)ってしまったのだ。

 カンダタは事情が呑み込めず、混乱したが、キラーマシーンは三頭目も仕留め、最後の一頭に照準を絞っている時であった。
 霧がかかる山頂の方から、天を衝く雷鳴のような唸り声が聞こえ、空気ばかりか地面までが振動した。残っていたサーベルタイガーはまるで怯える猫のように身を低くし、俊敏な動きで山頂の方へ逃げて行ってしまった。
『脅威ガ去ッタコトヲ確認。オールクリア。護衛対象保護ヲ解除スル』
 キラーマシーンはウイーンウイーンと今時マンガくらいでしか聞かないような電子音をさせながら、言った。(※2)
 その場には、カンダタとキラーマシーン、腰を抜かしたシャルルと失神した衛兵隊長が残された。
「まいったな〜、いろんな意味で……。つーか、あのうなり声は恐らく“パパ”サーベルタイガーだな……。噂にゃ聞いていたが、最近火山でサーベルタイガーが異常繁殖して、子供が山の下の方まで降りてくるってのは本当だったんだな……。わりいなシャルルよ。衛兵たちを餌に噂の真相を確かめるつもりが怖い思いさせちまったな。まあどうせお前は、天空の剣を探しに山頂まで行くつもりだったんだから関係ないか?」
 カンダタはこの状況を他人事のように一人談笑したが、残る2人と1体は無言であった。
 山道の下の方では、10人ほどの衛兵が、オロオロしながら一部始終を見守っていた。彼らが鬼のような形相で迫っていたのは、隊長にサーベルタイガーが迫っていることを伝える為であり、キラーマシーンが現れる直前まで、隊長の名前(※3)を口々に叫んでいたのだった。彼らは事態がもはや自分たちの手で収束させられない事を悟ると、すごすごと引き返して行った。

(※1)「労働基準監督署」
 大概の利用者が、パワハラ、セクハラ、その他何らかのハラスメントでの駆け込み寺のような利用をしており、度々雇用側と労働者側での争いの火種となることから、政府は、愛称を一般公募し、もっとおだやかな印象をつけようと試み、大賞に選ばれたのが「ダーマ神殿」であった。
 ニューアフレガルドのサラリーマン(56)から、「黙って神秘的な気持ちでおだやかに対話しよう。」という、にくったらしいダジャレセンス抜群のキャッチフレーズと共に送られてきた愛称が、政府の役人の目に止まり、なんて素晴らしく、奥ゆかしい名前だ!と感動を与え、その役人の独断と偏見により命名された。
 イメージキャラクターに「ダーマ君(63)」がいる。ダーマ君(63)が高齢なのは、やはり『落ち着いた雰囲気を』とのことだった。

 尚、特例として1チーム4名以上が認められるのは以下の場合である。
  ・メンバーのうち2名以上が女性であり、妊娠6か月を過ぎている。
  ・メンバーのうち1名以上が1歳以下の赤子である(満1歳を迎えた瞬間違法となる)。
  ・メンバーのうち1名以上が教会の復活システムを用いて復活するまでに半年以上が経過している。
  (先に述べたとおり、遺体が腐敗したメンバーを復活させるのは大変危険である。)
  ・メンバーのうち2名以上が80歳以上であり、介護を必要とするものである。

(※2)「今時マンガくらいでしか聞かないような電子音」
 キラーマシーンは普段はウイーンウイーンと今時マンガくらいでしか聞かないような電子音をさせながら、しゃべる。
 声色も、東方の国ジパングでかつて建造され、一度は沈没した戦艦が放射能除去装置を手に入れる為旅立った時、乗船していた赤い解析ロボットのようなわざとらしいロボット風の声を出すが、戦闘時等、テンパってくると、自分の呼称が「ワタシ」から「俺」になり、声も野太くなる上、以前護衛対象だった美少年から教わった様々なスラングをクールに使いこなす。
 ちなみに護衛対象の少年は無事大人になり、幸せな家庭を持ったが、ぶくぶくに太り、怠惰な生活を送り、挙句DVにより離婚、現在元妻に対するストーカー行為で裁判中である。

(※3)「隊長の名前」  隊長の名前はシムラ・シンと言ったので、隊員たちはサーベルタイガーが背後に迫るのに気づいていない隊長に向かって、必死に「シムラー!後ろー!」と叫び続けた。
 もちろん、それが言いたかっただけなんておこがましいことでは決してない。皆純粋に隊長の身を案じてのことであった。

<21. by NIGHTRAIN>


 一方その頃である。
 フローラは冒険に必要な道具を買い揃えていた。今まではいざというときの護身用のナイフのみしか所持していなかったのだが、賢者として考えると心もとない装備である。また、女の足で登山となると、杖があるだけでも助かるということで、安さと威力のコストパフォーマンスを鑑みて商品を選んでいた。
 杖を購入した後も、後ろ髪がひかれる想いでウインドウショッピングに勤しむ。こんな田舎の村でも、泥と血にまみれた旅を続ける女性にとっては、すべてが輝いて見えた。
 あの華々しかった、マエハラ時代を思い出しながら、フローラはため息をこぼした。
 そのとき、脳裏に妙な音声が鳴り響いた!

* きらーましーんが なかまにくわわった! たいちょうが なかまにくわわった!
(BGM ttp://www.youtube.com/watch?v=fGdux_A1swM)

 疲れているのかな、とフローラは軽く頭を振った。
 そしてまた、目の前の商品を眺める。光のドレス、と書かれているそれは、見た目に比例して値段もそれ相応だった。
 今はまだ買えないな……とため息をまたこぼした。というのも、フローラには多額の借金があるからである。
 祖父オルッテガ・ロトは偉大だった。しかし、ブームが過ぎれば世間は冷たいもので、見向きもしなくなる。時々、メディアで見たかと思えば、「あの人は今!?」(※1)程度の番組が関の山であった。

 オルッテガの息子のアベルは父の威光を贔屓目に感じて育ってきたせいか、とんだろくでなしだった。酒とギャンブル、女に明け暮れて借金ばかりをこさえて、晩年は延々と引きこもっていた。フローラの母も度重なるDVの果てに家を出ることを決意、ここでフローラを連れて行ってくれたら良かったのだが、母親は女として生きる道を選び、ひとりで出て行ってしまった。
 父親はそれからますます荒れ狂い、借金をひたすら作っていった。家に居ても暴力を振るわれる、外に出れば無理矢理に連れ戻される。挙句、稼いでくるようにと殴られる。
 母に捨てられたフローラが生きるためには、風俗しかなかった。
 歓楽街「マエハラ」は、そんなフローラにも優しかった。特にフローラが入籍した店は、先輩たちも優しく、まだ若いフローラを暖かく見守ってくれた。だから、どんな嫌な客と寝ても、どんな気色の悪い親父に抱かれても、フローラは頑張ってこれたのかもしれない。
 ある日、父親が死んだ。フローラはざまあみろ、と思った。そして、知った。仕送りしていたお金は1ゴールドも返済に当てられておらず、また酒とギャンブルと女に使われていたことを。
 けれど、父親が死んだことで、借金が増えることは無い。フローラはそのことが励みになり、利息分も含め、身体を売ったお金で着々と返済を始めた。ナンバーワンの嬢だったから、一ヶ月ごとに返済額を定め、それを当てても、遊ぶお金も残った。このままいけば、ちゃんと返せるはずだった。
 そこに、例の「マエハラ一斉摘発」である。フローラの将来設計はもろく、崩れ去った。そうして、職を失った彼女は旅に出るしかなかった。
 正直、返せる気はしなかった。勇者とは一山当ててなんぼの商売である。女ひとりで成功を収められるはずなんてない。だからといって、パーティを組もうにも良い人材というのはこのご時勢、とっくに他のパーティにいってしまっている。また、「男尊女卑」の風潮も色濃く残っており、なんだかんだ、女性が新規参入するには難しい業界でもあった。
 ひとまず、「ルイーダ」で斡旋してもらおう、そう考え乗り込んだチムニー馬車にまさかあんな金ヅルが乗っていようとは……。
 そこで、変に分け前が減るのがイヤだったので、フローラはチムニーを降りたところで仲間をそれ以上増やすのを良しとしなかったのだ。シャルルに、頑なに仲間を増やすなと言っているのも分け前が減るのを恐れてのことである。

 ――シャルル。
 さえない、陰気な子供。それでも女性に対する興味だけはいっちょ前で、フローラのことをたまにいやらしい目で見ている。正直、気色悪い。
 しかし、そんなシャルルでも、国の絡んだ重要人物なのだ。こいつについていれば、絶対に間違いは無い。国の後ろ盾もあれば死ぬ確立もぐんと減るし、実際に今回のプロジェクトを成功した暁には莫大な報奨金まで約束してもらった。何が何でもシャルルの旅を成功させなければならない。そうなれば、あとの二人のパーティは厳選しないといけない。シャルルは馬鹿そうだから、それこそどこぞの海賊みたいに誰でも彼でも仲間に誘いかねないから、きつくクギを刺しておいたのだ。
「くっそー、あのシャルルとカンダタってやつ……すばしっこかったな」
「二人パーティだったからいけると思った矢先に、キラーマシーンまで仲間に加わったもんな。なんか、隊長も連れて行かれたし……」
「隊長、捕虜になっちゃったのかなあ。大丈夫かなあ……」
 衛兵らしき男たちがぞろぞろと歩いている。なにやら怪我をしている者もいるそうだった。男たちが何者でも良かった。
 フローラが気になったのは「カンダタとシャルル」というフレーズと、「キラーマシンまで仲間に加わった」ということと、「隊長も連れて行かれた」という部分である。
 そういえば、先ほど、脳裏に浮かんだ声を思い出す。
 かんだた。きらーましーん。たいちょう。すべて“なかま”になっていた。
「あ、あの馬鹿!」
 慌ててスマフォの画面を開く。パーティメニューの「人員管理シート」を開くと、それぞれの労働時間と残業時間などの表が出てきた。そして、そこの名簿一覧を確認すると、確かに五人いる。そして、最後に赤い文字で警告メッセージが表示されていた。
『人員が法定の四人を上回っています。四時間以内に削減し、法定の人数に合わせてください。』
 フローラは血の気が引いていくのがわかった。
 そうして、一瞬の後に走り出した。先ほどの衛兵たちが来た方向、火山のほうへと。

(※1)「あの人は今!?」
 かつて一世を風靡した有名人を捜索し、追跡する番組。
 春・秋・年末年始の特番期としてスーパースペシャル枠などには毎回放送され高視聴率を獲得した。その後、次第にマンネリ化やネタ切れといった状況に追い込まれていった。
 長年の放映に及んだため一度取り上げた有名人のその後を追ったり、取り上げた人物が死去した際には追悼コーナーを設けるだけではなく、もともと死んでいる有名人「アルス」や「ロバーティス」など二代目魔王マディ殺害の勇者グループなどにも焦点を当てて取り上げた。
 また、番組に複数回登場し、常連になった人物も何人か存在した。番組でリポーター役を務めたタレントが、後に過去の人として取り上げられたこともあった。

<22. by よすぃ>


 火山の山頂、火口付近では、噴き上がる溶岩が生み出す灼熱の旋風が吹き荒れ、大地は焼け焦げ、大気は吸い込むだけで肺が焼けただれるほどの高熱であった。
 そして、その揺らめく灼熱のかげろうの中に、より一層、黒い炎のような瘴気が立ちのぼっていた。
 黒い瘴気は、天まで焦がすかの如く、激しく、一直線に立ちのぼり、やがて雷鳴のような唸り声が響き渡ると、周囲の熱気をはらんだ黒い瘴気は一気に爆ぜた。

 山の主はその威風堂々たる巨躯を以て、地鳴りのような恐ろしい音がしばらく鳴りやまぬ赤銅色の大地そのものを制圧するかのように、瘴気の中心付近に佇んでいた。
 吐く息はまるで炎のように周囲の全てを焼き尽くすようであり、牙の鋭さは、周囲を流れる熱気がわずかに触れただけでも引き裂くようであった。そしてその爪は、がっしりと大地に食い込んでおり、この山、いや、地上の全てを我が物とする大胆かつ強大な意志を表していた。鋼鉄の体毛は逆立ち、瘴気と熱気の揺らめきの中で燃え上がる炎のようであり、恐らくは壮絶な戦いの末、隻眼となってしまったであろう、宝玉のごとく輝く碧色の片目は、その内に凶暴で残忍な光を纏っていた。
 そしてさらに山の主は、号砲のごとき咆哮で、火山そのものを激しく振動させた。
 山の主は何やら不穏な空気を感じ取り、その正体が何物かはわからないが、苛立ちを覚えていた。

(我が支配下に侵入者がいるようだ。今日は妙に血がたぎり、我が牙は敗者の生き血を欲しておる。
 これまで何人たりとも踏み入れる事のなかった、我が神聖なる聖域に土足で踏み込もうとする者がいる……!
 帝王である我は、かようなものの侵入を許すまじ、山の神よ、我が問いに応えよ! 何者が侵入したのだ!?)

 山の主は、山の神に問いかけ、さらなる咆哮で空間そのものを歪め、その衝撃で周囲に露出した岩石を破壊した。カンダタが“パパ”サーベルタイガーと呼んでいた、サーベルタイガーの王は山頂に君臨する山の主であった。その帝王然とした覇気は、すでに火山全てを包み込み、火山に住む全ての動植物が、その力の恐怖にひれ伏していた。
 山はただ、その主の怒りを体現し、激しく揺れ、火口から怒りの溶岩をほとばしらせた。

 サーベルタイガーは、元々は山の主ではなかったが、今から約20年ほど前に、その当時の山の主であった「レッド・ヘルム」と呼ばれた恐大なヒグマを滅ぼし、山の主の座に着いたのであった。
 当時、火山のふもとの村のマタギ組合は、時折里に下りてくるヒグマに頭を悩ませていた。
 畑や放牧している家畜を襲い、時には納屋にまで侵入し、豚や鶏を襲う凶暴なヒグマであったが、遂に越えてはならない一線を越えてしまい、山菜採りをしていた農家のハルさん(84)を襲ってしまったのだ。
 そこで怒り狂ったマタギ組合は、大規模なヒグマ狩り作戦を決行し、火山に住むヒグマ達を駆逐していった。害獣撲滅キャンペーンは順調に進んでいたが、ある時、マタギ組合は、ヒグマ達が侵したのと同じように、越えてはならない一線を越えてしまい、ヒグマ達のボスであった、レッド・ヘルムのテリトリーに侵入してしまった。
 そして数10名のマタギ達が、一瞬にしてレッド・ヘルムになぎ倒され、マタギ組合は壊滅状態に陥ったのであった。困り果てた火山のふもとの村の村長は、その当時すでに引退していた伝説のマタギ、ゴヘーにレッド・ヘルムの退治を依頼したのであった。
 ところが、ゴヘーは大の博打好きな上、酒癖が悪く、いつも村の住民とのもめ事も絶えない為、マタギを引退した後は、遂に借金のカタに、長年苦楽を共にした優秀な熊犬(熊狩りを目的とした狩猟犬)の「リキ」をとられて、マタギ業もロクにできない状態に陥っていた為、村長の依頼は断られてしまった。
 しかし、ある時、ゴヘーは博打でスった挙句、深酒し、泥酔してふらふらと家路につく途中で、捨て猫の入った段ボールを発見する。
 その段ボールには、「牙がちょっと長くて、気性の激しいコだけど、かわいがってやってください。」という手紙と共に、幼き日の、まるで子猫のように可愛らしいサーベルタイガーが入っていたのだが、酒に酔ったゴヘーは、熊犬の子供と勘違いし、家に持ち帰り「シルバー」と名付け、育てることになった。
 そしてすくすくと育つサーベルタイガーに、何を勘違いしたのか、見込みがある奴と勝手に決め付け、人の手によって育てられ、すっかりとペットと化し、怯えるサーベルタイガーを無理やり連れ回し、ヒグマ狩りに出かけるようになった。
 ゴヘーがいくらサーベルタイガーをヒグマ狩りに連れ出しても、サーベルタイガーは一向に慣れる気配はなく、小熊やタヌキが現れても「フーーーー!!!」と威嚇し、木の上に一目散に逃げてしまう日々が続いた。
 それでもゴヘーは、やっとつかんだ熊犬を二度と離さないと心に誓っていたので、いぶかしがる村長を強引に言いくるめ、事もあろうに、子猫のようなサーベルタイガーを引き連れ、レッド・ヘルムとの対決に出掛けてしまったのだった。

 火山の山頂付近で、レッド・ヘルムと対峙したゴヘーは、胃袋が縮まるような思いであった。
 それは、その前日に飲んだ安酒と、酒のさかなに食べた消費期限が半年前に切れていた、さきいかが当たった為であった。
 正直、ゴヘーはレッド・ヘルムの事も村の事もどうでも良く、体よく戦った風で山を降り、うまくファイトマネーをかすめとり、最近ますます可愛らしさを増し、愛着がわいてきたシルバーと酒を飲みながら過ごせればいいと思っていた。
 しかし、二日酔いの胸のむかつきが、火山の熱気でさらに悪化し、遂にはレッド・ヘルムの前で、何をすることもなく倒れてしまった。その時、シルバーの中に秘められたサーベルタイガーとしての本能が目覚めた。
 育ての親であり、いつも猫じゃらしで遊んでくれる愛する者がレッド・ヘルムの手によって倒されたと勘違いしたシルバーは、その凶暴な牙を剥き出し、レッド・ヘルムを倒さねばならない敵として認識した。
『よくもお父さんを!! お父さんをいじめるなーーーー!!』
 そう叫んだ、人間にしてわずか5歳にも満たないシルバーは、無我夢中で、レッド・ヘルムに飛びかかり、偶然にも「絶・天狼抜刀牙」という凄まじい技を編み出してしまい、レッド・ヘルムの喉笛をかっ斬り、一刀のもとに仕留めてしまったのであった。
 しかし、二日酔いの上、熱さで脱水症状を起こしていたゴヘーの意識は戻らず、その場に居合わせたマタギ達の手によって、ゴヘーは目を覚ますことなく、山を降りることとなった。
 その場に残されたシルバーはいつまでも哀しい鳴き声で鳴き続けた。
 ともかく、山の主であった、ヒグマの長レッド・ヘルムが倒されたことにより、火山にはつかの間の平和が戻った。
 しばらくして、山頂付近には麓からロープウエイやトロッコ列車が通るようになり、観光地と化した。
 山頂の駅には、役目を終えたシルバーが「猫の駅長 銀君」として無理やり閉じ込められ、連日連夜観光客たちに弄ばれる日々が続いた。
 やがて、山頂の火口付近に記念碑がたてられ、「熱いマグマのような恋がかなうパワースポット」という名目でカップル達の名所となっていった。

『こんなものの為に、お父さんは命を落としてしまったのか……。こんな奴らの為に、僕やお父さんは必死に命がけで闘っていたのか……』
 いちゃつくカップル達を、駅舎の座布団の上から冷ややかな目で眺めていたシルバーは、やがて作られたアイドルとしての生活に嫌気がさし、山頂の駅を飛び出した。
 シルバーは自由を得たが、山に巣くう、イノシシや野良犬達の間では、シルバーを倒せばレッド・ヘルムに次ぐ山の主となれるかもしれないという事がささやかれ、さらにはレッド・ヘルムという絶対的な暴力による恐怖から解放された猛者達による群雄割拠の時代が到来し、今度は毎日刺客に狙われる日々が続いた。
 そしてレッド・ヘルムとの闘いで編み出した「絶・天狼抜刀牙」を武器に、シルバーは幾多の戦いに勝利し、豪傑たちを葬るうちに、名実ともに火山の主としての地位を手に入れ、その復讐の牙で山頂の観光施設を破壊し、それ以降、山頂で愛する山を守り続ける事を決心したのであった。
 そして山猫のリリーと恋に堕ちたシルバーの間には、たくさんの子サーベルタイガーが生まれた。
 シルバーは、自分が百獣の王であることを知っていた。
 そこで、シルバーは、生まれてくる子供たちを次から次へと崖から突き落とした。
 血の涙を流すような勢いで(実際には流していないが)武人としての誇りを守るために、我が子を千尋の谷から落とし続ける日々。百獣の王ゆえの百獣の王たる宿命。
 夫の勘違いしくさった愚かな行為に怒り狂ったリリーは、鋭いネコパンチの一撃でシルバーの片目をつぶすと、それっきりシルバーの元を離れてしまった。
 それはまさしく悲劇であった。
 いくさ人ゆえの、哀しき運命が、シルバーをさらに絶対的な孤高の存在として、結果的に山頂に君臨する恐怖の存在にしてしまったのだった。
 こうして、近年、山頂にしかいないはずのサーベルタイガーが、たびたび人里に下りてきては、悪さをするようになってしまった。(実際にはシルバーに突き落とされたシルバーの可哀想な子供たちであるが)
 それは、かつてこの山に君臨した、レッド・ヘルムの所業を辿るような結末となってしまったことをシルバーは知る由もなかった。
 そして、搬送先の病院で息を吹き返し、すっかり元気になったゴヘーが、多額の報奨金を村長からむしり取り、ニューアフレガルドに引っ越した後は、カジノで連日連夜豪遊し、老衰で眠るように102歳の生涯を閉じた事など、天地がひっくり返ろうと、知るすべもなかった。
 もちろん、観光地用のオブジェとして、山頂の岩に突き刺された「天空の剣」のことなど、どうでもよかった。

 全てはサーベルタイガーとしての武人の血ゆえの恐ろしくも哀しい運命であった。
『フフフ……よかろう……! 久々に血がたぎりおる理由など、相手が目の前に現れればわかることよ。人間たちよ!来るなら来るがよい! 我は逃げも隠れもせぬ! うぬらの貧弱で姑息な技など、我が秘剣の前に一刀のもとに斬り捨ててくれる!! 山をナメるな!』
 そう叫ぶとサーベルタイガーは、灼熱の陽炎の中に姿を消した。

<23. by NIGHTRAIN>


『山をナメるな!』
 そう叫んでサーベルタイガーが、灼熱の陽炎の中に姿を消した頃と時を同じくして。

「山をナメるな!」
 フローラは登山家のハットリ=ブン=ショーさん(41)に怒鳴られていた。
 確かに、フローラの軽装は山をナメているとしか思えなかった。これを見れば。ハットリさん(41)が怒るのも無理はないだろう。
 なぜなら、ハットリさんは、「山に対してフェアでありたい」という考えから、「サバイバル登山」と自ら名付けた登山を実践する程の、プロだったからだ。「サバイバル登山」とは、食料を現地調達し、装備を極力廃したスタイルの登山のことである。この斬新なスタイルは話題になり、テレビ番組「情熱大陸」(※1)でもとりあげられた。
 理不尽な叱りにもフローラは何とか堪え、女の足で山を登り続けた。
 これもすべて、シャルルのせいである。とっ捕まえたら絶対に文句を言おうと考えていた矢先であった。細い山道がとつぜん開けた。

 そこにいたのはシャルル。ラバースーツを着込んだ銀髪の男(ちょっとかっこいい、とフローラは頬を染めた)、気絶したおっさん(マエハラでよく見かけたような小汚いおっさんだった)、そして、やたらどでかい妙なロボットだった。
「な、な……」
 陰気なガキとイケメン、気絶する汚いおっさん。そして、どでかいロボット。
 それらが一体となった光景はあまりにシュールすぎて、フローラは声を失った。
 それに気づいて、シャルルが「フローラ、来てくれたんだね!」と嬉しそうに駆け寄ってくる。そして、この状況をどう説明するか迷って、ひとまず自己紹介することにしたようだ。
「あ、この子はフローラ。伝説の勇者オルッテガ・ロトの血を引く、凄腕の賢者なんだ。あ、フローラ。こっちは盗賊のカンダタと、未来からカンダタのために借金を返しにきた……んだっけ? まあ、そのロボットのキラーマシーン“T-800”だよ。ロケットパンチがかっこいいんだ。あとそれからここでノびているのが、国の衛兵隊長の……ごめん、名前わからないや」
 シャルルの説明のせいで、ますます現状がわからなくなってきた。ひとまず、カンダタの名前だけ、イケメンだから覚えておいた。
「いやあ、大変だったんだよ。兵隊に追われるしさ、サーベルタイガーの群れに襲われるし……キラーマシーンがいなかったら、あれは死んでたね! いや、内務省もいざというときに役に立たないんだから……高い税金もらってんだから仕事しろっての、まったく」
 偉そうに言うシャルルを見て、フローラはだんだん腹が立ってきた。
 そして、フローラの怒りが爆発する。
「――この、ばかたれ!!」
 同時に、山の怒りも爆発した。
 火山の鳴動、ではない。山の主である。
「まいったな……“パパ”サーベルタイガーのおでましかよ」
 そう言って、虚空を睨むカンダタ。
 やだかっこいい、とフローラは頬を染めた。

 そして、「猫の駅長 銀君」ことサーベルタイガーのシルバーがその巨躯を、広場に降ろした。一同を睨みつける隻眼は戦士のそれであった。
 シャルルはそれを見て、少しちびっていた。フローラは目前のサーベルタイガーも恐ろしかったが、この獰猛な魔獣の片目を奪った存在がいることを知り、さらに慄いた。きっと、相当な魔界の魔物であろうと思えた。
 しかし、一同は知る由もなかった。それが単なる夫婦間の痴話喧嘩の果てに、妻のリリー(ヤマ猫)の猫パンチの産物であったことを。
 フローラたちは、気絶している衛兵隊長を除いて、固唾を飲み、サーベルタイガーの動向を見守った――。

(※1)「情熱大陸」
 ハカセタローの「チャーチャッチャーチャッチャチャッチャラッチャチャー♪」というBGMで有名な人間ドキュメンタリー番組。
 毎回、スポーツ、演劇、音楽、学術など第一線で活躍する人物(日本国内で活動する人物や、海外で活動する日本人、あるいは野球やサッカーなどスポーツチーム全体など)にスポットを当て、その人物の魅力・素顔に迫る。有名なスポーツ選手やミュージシャンなどが主であるが、ハットリ=ブン=ショーさん(41)のような登山家を取材するなどその幅は広い。
 しかし、このハットリ=ブン=ショーさん(41)の放映回では、悪ノリして鹿を追い掛け回したり、またそれだけではなく、取材中、三十メートルの岩肌を滑落、肋骨を三本へし折ったり、頭部を血だらけにさせながら取材に同行していたプロ登山家の力を借りて下山するなど、ある意味でいくつもの偉業を成し遂げた。
 それにもかかわらず、死にかけのオッサンをバックに毎回の放送と変わらない爽やかなエンディング曲、なぜかきれいにまとめようとするナレーションから、非常にシュールだ、放送事故ではないか等とインターネットでも一時期話題となった。スタッフも相当編集に困ったのではないかと思われる。

<24. by よすぃ>


 サーベルタイガーの放つ黒い地獄の業火のような瘴気は広場全体を覆っていた。
 永く闘いに身を置き、幾多の猛者達を打ち滅ぼしてきたサーベルタイガーは、これまで戦ってきた者達の血、闘いに明け暮れる者の哀しみ、そして愛する父を失った復讐の怒りが混ざり合い、いつからか強大な闘気を纏うようになっていたのだ。
 一歩踏み出すごとに、足元から巨大な闘気が立ち昇り、その場にいる全ての者をを圧倒するようであった。
 隻眼の火山の王者は火山全体を揺るがす咆哮を上げた。
『ほう……我が聖域に踏み込んだのはうぬらであったか……。いずれも闘気のかけらも見えぬ……うぬらでは我が怒りの牙を受けるには未熟……。去るが良い。山はまだうぬらに修羅の道をゆくことを認めてはおらぬわ』
 サーベルタイガーはいつの日かその身に流れるようになった帝王の血のせいか、対峙する者の闘気まで見えるようになっていた。
 しかし、広場のシャルル達からは、何の気も発しておらず、サーベルタイガーにとっては不足すぎた。
「うわうわうわうわ……! こ、殺される!! なんか物凄い怒って吠えてるよ、この虎!」
 シャルルは震え、わななきながら泣くような声で叫んだ。
「……きっと子供を殺されて怒っているんだろう。まいったな、想像以上だ……」
 カンダタも、サーベルタイガーの巨躯に戦慄した。
「これが……、山の主……」
 馬鹿なシャルルを叱りつつも、カンダタに『この子は本当に困った子なんですよ。あなたみたいな素敵な人に何か御迷惑でもおかけしていないか心配で……』と、自然にそれとなくファーストコンタクトをとろうとしていたフローラも、サーベルタイガーの耳をつんざくような咆哮に圧倒された。
 しかし、薄手の着衣をわざとはだけさせながら熱い視線を送るなど、カンダタへのアピールは止めない。山をナメるな、と言ったハットリ=ブン=ショーさん(41)の言うことは正しかった。(※1)
 なお、残りの一体と一人にはすでにフローラの興味はなかった。

 キラーマシーンはサーベルタイガーをスキャンしたが、あまりの闘気の大きさに空間が歪められている為、スキャン用の赤外線がサーベルタイガーの本体に届かず、システムが正確な数値を割り出すことができなくなってしまい、エラーを起こした。
 そしてウイーンウイーンと今時マンガくらいでしか聞かないような電子音をさせながら、『こんぴゅーたーガ、えらーヲオコシマシタ! えらー! えらー! サドセンセイ、モウみーちゃんとサケデモノムシカアリマセン!』とわけのわからないこと(※2)を言い始めた。
 衛兵隊長のシムラは相変わらず気絶したままであった。
 彼は近衛兵団の受付嬢のユウカと楽しくイチャつく夢を見ており、幸せそうな寝顔であった。最近同僚のカトー・ティーが40歳近い歳の差をものともせずに結婚したので、自分にもチャンスがあるかもと、高嶺の花である元グラビア女優のユウカを虎視眈々と狙っているのだ。
 その場にいるシャルル達一同には、サーベルタイガーの恐ろしさは伝わっていたが、闘気に関しては全く見えておらず、ましてやサーベルタイガーの言葉など分かるわけもなかったので、コミュニケーションは全く取れていないと言って良かった。

(※1)「ハットリ=ブン=ショーさん(41)の言うことは正しかった」
ニューアフレガルドガイド フローラはソープ勤務時に鍛え上げたその美しいプロポーションを保つために普段はなるべく薄着で過ごすようにしていた。それは、あえて大衆の目に自らの体を露出させることにより、人の目を意識し、女性ホルモンを活性化させ、女としての魅力を上げる為のフローラの美容健康法であったが、登山をする者としては、あまりにも軽装過ぎた。
 参考画像はニューアフレガルド風俗ガイドのマエハラ特集時、ソープランド「める☆キド!?」の人気No1泡姫として、フローラの記事が掲載された際、一緒に載っていた普段着の写真である。現在のフローラの装備は、この悩殺水着に魔術師風のローブをマントのようにはおり、杖を持っただけのものであった。
(参考画像:『ニューアフレガルド風俗ガイド マエハラ特集』54Pより抜粋)

(※2)「わけのわからないこと」
 キラーマシーンの内部に使われているハードディスクは中古品からの流用であった為、その昔はるか東方の国ジパングから放射能除去装置を手に入れる為旅立った宇宙戦艦に乗員していた解析ロボットのものが使われていた。
 データは全て消されて、フォーマットされてから搭載されたはずであったが、船医、船医のペットの猫と過ごしたヌルい思い出は今でもCPUに残っており、普段は口調、声までまんま、解析ロボットのもので話している。たまに度が過ぎてシャルルの事を「コダイサン」とか言ったりする。ロボットのくせに頭はとても悪い。

<25. by NIGHTRAIN>


 突然、キラーマシーンがピーピー言い始めた。
『ブンセキカンリョウ、ホウコクシマス。タイキハ、アリュウサンガス。アメハキリュウサン。カイスイハノウリュウサン!』
 まったくもってでたらめなことを言っていた。
『タダチニ、ワープシマス!』
 これを聞いて、シャルルは喜んだ。
 なんだ、やっぱり何だかんだ逃げられるんじゃん、と世の中を舐めきっていたが、確かにキラーマシーンの性能は優れていた。周囲のものすべてを漏れなく掴み、空間を切り裂き、一気に跳ぶ。空間にぽっかりあいた裂け目に飛び込み、次にシャルルが気づいたときには、火山の火口近くにいた。遠くに、何かの剣が台座に突き刺さっている。
「ここは……頂上? ていうことは、あれが天空の剣! やった!」
 しかし、小躍りしたシャルルは一瞬にして凍りついた。
 シャルルのすぐ隣に、なんと、居たのである。
『脆弱なる人間よ……まともな闘気どころか、欠片さえ微塵も持たぬうぬらが気安く足を踏み入れていい場所ではないぞ!』
 と、まあ、そんなことを獣の言葉でサーベルタイガーは言ったのだが、それがシャルルに通じるわけもなく、シャルルがシャルルで、「ひい、も、もうしません、しませんから許してください!」と、不良にからまれた苛められっ子のように何を謝っているのかわからない状態になっていた。
『今ならまだ許してやろう! 早くこの地を去るのだ、人間どもよ!』
「ひい、もうしませんしませんから!」
『我の牙が暴れぬうちに去るがよい!』
「あわ、あわわわ、ひいいい!」
 種族の壁とは大きい。これっぽっちも噛み合っていない。
 コミュニケーションは全くと言っていいほど、取れていなかった。
 いい加減、サーベルタイガーが痺れを切らしたそのとき、カンダタは、フローラはその眼で見た。キラーマシーンも、火山で半分ショートしかけた思考回路でそれを分析した。衛兵隊長ことシムラは、あいかわらず夢を見ていた!
「ひいいいいいい」
 シャルルの恐怖が頂点に達したとき――シャルルの右手が輝き始めた。
 そう、すでに読者の大半に忘れられているどころか、シャルル本人もすっかり忘れていた、第1話の項番6で公安の男が説明してくれた、天空のOパーツの力が、シャルルの強い感情によって、反応していたのだった。
 その力は、いまだかつて、台座に刺さったまま誰も抜くことができなかった「天空の剣」(※1)に反応し、自然な形でシャルルの右手におさまった。まるで羽のように軽い――シャルルはあまりにも手になじむその感覚に震えた。
「こ、これは……」
 シャルルの右手はOパーツに反応する。
 そのコアを取り出す能力だけではなく、取り出さない状態のまま装備として扱うこともできるらしかった。それは、かつて、古の昔に「天空の勇者」と呼ばれた存在と同じ能力を有したようなものであり、そのことに気づいたシャルルは、内心かなり浮かれていた。
 これなら、やれる。それどころか、女の子にもモテモテである。
「ぼ、僕は……勇者だ! 勇者シャルルだ! ふふ、はははは!」
 ノリにノってニヤけるシャルルを見て、フローラはきもい、と思った。生理的に無理、とさえ思った。
 カンダタは状況を把握できていなかったが、金目の剣だな、と思っていた。シャルルについていったら何か色々とおいしい思いができそうだな、と思った。
 キラーマシーンはすでに熱で電源が落ちていた。内蔵していたファンが冷却する速度が、火山の熱気に追いつかなかったらしい。中古のパーツで組まれた自家製だったのもいけなかった。
 シムラ・シンは「ゆうかたんハァハァ」と寝言を発していた。

 そして、サーベルタイガーは――
『こ、この闘気は……それに、この、天から降り注ぐような暖かい日差しは……』
 サーベルタイガーは何かを思い出そうとしている。
『このあたたかさは……これは、これは……』
 サーベルタイガーは何かを思い出そうとしている。
『これは……お父さん!?』
 サーベルタイガーはすごく勘違いして、その答えに辿り着いた。シャルルを包む天空のОパーツの力があたたかな、優しげな輝きを放っていたために、勘違いしたのだった。育ての親のゴヘーとシャルルは全く違っていたが、サーベルタイガーの中でゴヘーの思い出は天空の勇者レベルに勝手に美化されていたのだ。
 今までの獰猛な様子は消え、親しき肉親に接するそれになっている。そして、シャルルに「フゥーゴロゴロ」などと、じゃれついている。シャルルはその様子を見て、「僕には、魔物使いの才能もあったのか……!」と自らの秘められた力(かんちがい)に驚愕していた。

 そして……

*なんと さーべるたいがーのしるばーがなかまになった!
(BGM ttp://www.youtube.com/watch?v=fGdux_A1swM)

 かくして、意図せずパーティは、六名となってしまったのである。

(※1)「天空の剣」
 台座に刺さったまま誰も抜くことができなかったと聞くと、某女王の伝説にあるマスターソードを彷彿とさせる。緑の異国の衣装に身に包んだ戦士が、邪悪な魔王を倒すために手に入れた最強の剣であり、台座には封印がかけられていたために、誰も抜くことができなかった。
 しかし、今回シャルルが手にした剣は少し事情が違っている。誰も抜くことができなかったのではなく、誰も抜こうとしなかった、のである。
 マグマの燃え盛る火口近くにあったために高温で熱せられた金属の柄はめちゃくちゃ熱く、火傷してしまうために誰も触ろうとしなかった。また、このまま刺したままにしておいた方が、近年の勇者ブームによる観光客を呼び寄せられるという経済効果を見込んでそのままにされていたのだった。

<26. by よすぃ>


 火山の火口付近では、天空の剣を手に持つシャルルが恍惚とした表情で佇んでおり、サーベルタイガーは、そのシャルルの足元に頭をこすりつけ、喉をゴロゴロと鳴らしながらじゃれつき、フローラとカンダタはあっけにとられたような表情でその様子を見守った。
 シャルルは天空の剣を握る右手がなおも輝き続け、熱を帯びていたので、掌を見ると、はっきりと版画のように逆さになった「天空の」という文字が浮き出て、光り輝いていた。
 フローラはシャルルに誘われた後、内務省からスマホに送られてきたメールにあったコアの取り出し方の説明を思い出し、シャルルにすぐに取り出すように促した。
 一つ目のOパーツのコアを取り出すことができれば、報酬額は2,000,000ゴールド(日本円にして10億円、但し全ての天空シリーズを回収し、Oパーツのコアを取り出した後に支給)だったので、気が気ではなかった。
 カンダタは、内務省のテコ入り無しでシャルルの仲間となったため、事情が呑み込めていなかったが、盗賊としての嗅覚はカネの匂いを嗅ぎつけていた。

 しかし天空の剣の美しさや、羽のように軽くて扱いやすい上に、軽く振っただけで周囲の岩石を衝撃波で切り裂くことができる絶大な威力にシャルルはすっかり酔いしれており、フローラの言葉は耳に入っていなかった。
「何をしているの? シャルル! 早くその剣に手をかざしてコアを取り出すのよ!」
「嫌だ! これがあれば僕は無敵だ! この力があれば国王軍も魔王軍も蹴散らし、僕が新たな時代を切り開くことができるかもしれない!」
 シャルルはすっかりと天空の剣に心を奪われていた。

*ふろーらがあらわれた! *かんだたがあらわれた!

フローラ「もう一度言うわ。コアを取り出しなさい。」
*   『フローラはシャルルにコアを取り出して欲しそうにこちらを見ている……コアを取り出しますか?』(ピピピッ)

   はい
 rァ いいえ (ピッ)

*かんだたはあっけにとられている! *しるばーはじゃれついている!

フローラ「もう一度言うわ。コアを取り出しなさい。」
*   『フローラはシャルルにコアを取り出して欲しそうにこちらを見ている……コアを取り出しますか?』(ピピピッ)

   はい
 rァ いいえ (ピッ)

*かんだたはあっけにとられている! *しるばーはじゃれついている!

フローラ「もう一度言うわ。コアを取り出しなさい。」
*   『フローラはシャルルにコアを取り出して欲しそうにこちらを見ている……コアを取り出しますか?』(ピピピッ)

   はい
 rァ いいえ (ピッ)

*かんだたはあっけにとられている! *しるばーはじゃれついている!

フローラ「もう一度言うわ。コアを取り出しなさい。」
*   『フローラはシャルルにコアを取り出して欲しそうにこちらを見ている……コアを取り出しますか?』(ピピピッ)

   はい
 rァ いいえ (ピッ)

*かんだたはあっけにとられている! *しるばーはじゃれついている!



 フローラに強烈なボディブローを食らい、地面に四つん這いになり、えずくシャルルは、泣きながら懇願した。

「何故僕の邪魔をするフローラ!? 僕の身の上はこれまで話した通りだ! 戦争のせいで、この剣を手に入れるまで本当に苦労したんだ! もう社会の底辺で生きていくのはごめんだ! この剣があれば、全て変えることができるのに!」

 フローラはやれやれといった表情で地に伏すシャルルの顔を蹴り上げ、そのまま仰向けになったシャルルの胸倉を掴んだ。
 シャルルの傍にいたシルバーは、フローラのあまりの気迫に、その昔自分の片目を奪った元妻のリリーを思い出し、身を縮こめ、決してフローラと目を合わそうとはしなかった。
 それは、自分よりも生物的に上位にいる者に対する、シルバーの野生の防衛本能がなせる業であった。飼い主に怒られた猫がよく見せる行動のそれであった。

「ホント! 坊やみたいな情けない男初めて見たわ! じゃあ、あなたの妹はどうなるの!? 約束を破った事を内務省が知れば、私達もあなたも、あなたの妹も簡単に消されるわよ? あなたいくつよ!? もう少し現実を見なさいよ!! たかが一本の剣で世の中なんて変えられないわ! どんな力を手にした所で、世の中は一人の人間の思い通りになんか絶対にならない! 今までの歴史が証明している事実よ! あなたがその剣の力で何をした所で、誰も幸せになんかできやしないし、何も変わらないわ! ただ迷惑なだけよ!」

 カンダタは激昂するフローラの肩に手を置き、ゆっくりシャルルから離すと、そのまま倒れているシャルルを引き起こした。

「……、まあ二人ともその辺にしておけよ。シャルルよ、確かにフローラの言うとおりだ。こんな時代だ、誰だっていろんな問題を抱えてたり、それこそ身内を失ったり、それなりに苦労して生きてるんだ。お前だけが特別苦労してるんじゃない。内務省がからんでるのか? 事情はよく分からないけど、旅を終える義務がお前にはあるんだろう?
 お前は俺に『勇者』だと名乗ったよな? はっきり言って、お前みたいなのは『勇者』とは言わない。少なくとも本当の『勇者』(※)を知っている俺からすれば、ただのガキのママゴトだ。いっその事、その剣を持って、そこの虎と一緒に辞めちまえよ? 本当に命がけで『勇』を以って生きてる『者』達からすれば、お前みたいなのは目障りなだけだ。ただ結果はフローラの言うとおりだろうがな。まあお前の楽なように生きればいいさ。俺は何も干渉しない。
 ホントのとこ、俺は今の勇者ブームに嫌気がさしてるんだ。一人でも偽物の勇者が減ってくれれば、これほど良いことはない。俺の知る本物の『勇者』からすれば、偽物があまりにも多いから、俺はちょくちょくそういう奴らをからかって、仲間になったフリして、そいつらの財産を頂いてるのさ。お前も偽物臭がプンプンしやがったから、食堂で声をかけた。でも残念だったことは、お前は偽物にすらなれてない、まだ土俵にも上がっていないガキだったって事だ!」

 フローラとカンダタに散々と現実を突き付けられ、すっかりと自分の芯がぶれていたことに気づき、もう何を根拠に我を通そうとしているのかも分からなくなったシャルルは、カンダタにも喚き散らした。

「うるさいな! お前のような盗賊に何がわかる!! 毎日面白おかしく過ごして、人の物を盗んで生きている犯罪者が偉そうなことを言うなよ!! 少なくとも僕は世の中の為に……」

 途中まで言いかけた所で、カンダタはシャルルの頬に平手打ちをかました。
 カンダタの表情は冷静で、シャルルの目をじっと見据えたまま言い返した。

「ああ、確かに俺は盗賊だ。人の物を盗んで、楽しく生きている。褒められたもんじゃない。かみさんにも愛想尽かされて逃げられたし、どうしようもないろくでなしさ。でもな、お前みたいに他力本願で、何か起これば全て人のせいにして生きているような奴とは違う。自分で自分を変えようともせず、なんでも人や別の何かに頼って生きているような奴とはな。
 俺は自分の人生に責任を持って生きている。せっかくの人生だ、思いっ切り楽しむために俺は必死だ。例え犯罪に手を染めてようが、俺は俺の人生を精いっぱい楽しんでやる。それに俺は弱者からは何も盗らない。思いあがった奴らから、そういう奴らに相応しくない財産を頂いて、俺も俺の仲間も心から楽しめるような事をしている。不必要にカネを貯め込んで、さらにカネのない奴らから絞りとろうとする奴らからいろんなもんを頂いて、パーティをするのさ。
 俺や俺の仲間が開いたビーチでのレイヴパーティには参加費はいらないんだ。本当に楽しみたい、本当に今を大切にしたい、その気持ちがあれば、そいつがチケットってわけだ。酒も女もカネも自由に手に入る最高のパーティだ。一晩中騒ぎ立てて飲み明かして、笑って、心の中の小さな淀みまで全て吹き飛ばしたい奴らが集まる夢のようなイベントだ。
 お前のようなお坊ちゃんからすれば間違いだらけかもしれないが、俺は自分の人生を何にも囚われずに自由に生きてるし、自分で決めたことを途中で投げ出したりはしない。そいつは『生きる』ってことに対するリスペクトだ。お前のように、ただ世の中に流されて生かされてるんじゃない。自分の二本の足で、しっかりと人生を歩いている。例え今の世の中の法律にそぐわないとしてもな。
 そいつをやめること、世の中に流されて生きることは、自分にせっかく与えられた一度っきりの人生に対する侮辱だ。俺はそんなことは絶対にしない。――まあこの熱気でのぼせあがったアタマを少し冷やして冷静に考えるこったな。俺たちは先に山を下りて五合目の食堂で飯でも食って待ってるさ。おっと、人員整理の事も忘れるなよ? このままじゃお前、法的にも『勇者』の称号はく奪だからな?」

 そう言うと、カンダタはフローラを伴って山道を降りて行った。
 火口付近の広場には、機能を停止したキラーマシーンと気絶した衛兵隊長、剣を手に持つシャルルとサーベルタイガーが残されていた。

(※1)「勇者」
 勇者(ゆうしゃ、ゆうじゃ、ようしゃ)とは、勇気のある者のこと。同義語・類義語に勇士(ゆうし:主に軍人)、勇夫(ゆうふ:男性)、勇婦(ゆうふ:女性)などがある。しばしば英雄と同一視され、誰もが恐れる困難に立ち向かい偉業を成し遂げた者、または成し遂げようとしている者に対する敬意を表す呼称として用いられる。武勇に優れた戦士や、勝敗にかかわらず勇敢に戦った者に対しても用いる。(ウィキペディアより)

 カンダタの言う『勇者』とは、まぎれもなくパトリックの事であったが、彼らの作った組織「海の13人」(オーシャンズ13)は義賊であり、決して弱者からは物は盗らず、自分たちの仕事において人を殺めないというポリシーを持っていた。
チューブライドを楽しむカンダタ 盗んだ金品は全てカネに換え、全国津々浦々のビーチで盛大な一晩限りのレイヴパーティを開き、そこで全て遣い果たした。後には何も残らないが、参加した人たちの心には最高の清々しさが残り、毎回パーティが終わった翌朝にはメンバー全員が姿を消しており、参加者達の近くには、「あなたの心を盗んでいきました」という某インターポールの名言を用いたメッセージカードが残されていた。
 レイブパーティには巨大なスクリーンも用意され、パーティ中は「海の13人」の波乗りシーンなども放映した。写真はパトリックによって撮影されたチューブライドを楽しむカンダタの姿。

<27. by NIGHTRAIN>


 * * * *

 山道を降りていくフローラとカンダタを岩陰から監視する一団がいた。
 恐らく勇者らしき4名は、無骨な袖のない漆黒のレザージャケットで装備は統一しており、手にはそれぞれショットガン、アンチマテリアルライフル、マチェーテ、軍用ナイフを持ち、筋骨隆々とした二の腕には蝿のマークのタトゥーを入れていた。
「二人ほど山を下りて行くぞ? どうする? やるか?」
 メンバーのうち、ショットガンを持つ、長いブロンドのロングヘアーで片目に眼帯をしている男が言った。両肩には鋲付きの肩当てをしており、他のメンバーよりも比較的重装備で、両肘、両膝にも先の尖った鋲付きの肘当て、膝当てを装備し、ショットガンを持っていることからポイントマン(隊の先頭を務め、敵と真っ先に戦う役目)であるらしかった。
「待てよジブリル。そう焦るな。もう少し様子を見よう。さっき奴らが言っていた『コア』がどうとかいうのが気になる。それにさっき出くわしたシグマフォースのこともある。ピエールやジダン達のチームはやられちまったからな。まるで山頂付近に他の勇者チームを近づけさせないように配置されてたし、この山に入って2回もシグマフォースと出くわすなんて、単なる偶然じゃあるまい。理由はわからんが奴らのバックには政府がついている。うかつに手を出すと、またシグマフォースを相手にしなきゃならん事態に陥るかもしれんぞ?」
 ジブリルと呼ばれた男をたしなめたリーダーらしき男はスキンヘッドで、口の周りの髭は四角く綺麗に整えていた。顔中に矢傷や刀傷と思われる様々な傷跡があり、歴戦の勇士であることを物語っている。
 手に持つマチェーテはかなり大型のモノで、鍛え上げられた腕がそれを振るえば、巨象ですら一刀のもとに葬り去られるのではないかと想像させた。
「そんな奴ら、またアタシが狙撃して木端微塵にしてやるさ」
 アンチマテリアルライフルを持つ女がすぐさま返した。
 女のいでたちは、黒いレザージャケットの下に同じく黒のレザーホットパンツから薔薇の柄の網タイツが覗き、つま先の尖った厚底ハイヒールのレザーブーツが膝まで覆っていた。
 黒い髪は頭頂部を境に右側は短く刈り上げ、左側は無造作に伸ばされていた。黒の濃いアイラインと口紅に対して、透き通るような白い無表情の美しい顔は死神を彷彿とさせた。
「奴らがどれだけ向かってこようが、ソフィーのライフルで近づくこともできずに全滅させられるし、近づいた所で俺のナイフで音もなく喉を掻っ切ってやる。安心しな、ジェラール。リーダーのアンタはどっしりと俺達のバックで構えててくれりゃ、それでいい」
 軍用ナイフを持った男が、ソフィーと呼ばれた女の後に続いた。
 細身で、無駄なぜい肉を全てそぎ落としたような男はジブリルと同じくブロンドのロングヘアーで、ウエーブが掛かっており、どこか落ち付きのない神経質そうな表情で、手に持ちゆっくりと弄ぶ軍用ナイフからは、これまで数えきれない敵の血を吸ってきたような妖気が漂っていた。
「待てよ、ダミアン。シグマフォースの連中を始末するのは俺の役目だ。接近戦なら俺に任しとけ」
 ジブリルがナイフ使いの男に返した。
「まあ待て、血に飢えたお前らの気持ちも分かるが、政府がバックについてるとなれば、奴らの目的は天空の剣だけじゃあるまい。残された天空の盾も手に入れるつもりかもしれん。しばらく監視しながら、奴らに気づかれないように尾行するんだ。全て手に入れた所で、ごっそり俺達が奪っちまえばいいってわけさ。それを売っ払っちまえば一生遊んで暮らせるくらいのカネが手に入る。今までみたいに、くだらねーガラクタを集めて小銭稼がなくて済むようになるんだ。ここは冷静に行こうぜ」
 ジェラールと呼ばれたリーダーらしき男は、メンバーに諭すと、蝿のタトゥーの入った二の腕をさすった。彼らは、元、斃流是婆武(ベルゼバブ)の勇者チームであった。

 * * * *

 一方、監視されているとも知らずに、シャルルは、山を降りるカンダタとフローラを見守った後、しばらくその場にへたり込み、左手で、じゃれつくサーベルタイガーの頭をなでていた。
 全くの偶然から、天空シリーズを集める旅に出た事、国王軍によって両親を失った事、多くの仲間たちに利用されてきた事など、様々な事を思い返し、サーベルタイガーをなでる手とは反対側の右手に握られている天空の剣を見つめていた。
 カンダタやフローラの言うことはもっともであった。シャルルはこれまでの自分の甘い認識を振り返り、自分が本当は何をするために勇者登録をしたのか考えていた。単に、妹を養うために働くのであれば、難民キャンプに身を寄せ、町の城壁修繕や清掃の仕事を続けていれば、何とか食べていけたはずであった。
 勇者ブームにほだされて、最初のパーティでウダ姉妹や多くの女性達にもてはやされて、すっかりその気になってしまったこともあるが、あえて危険を冒してまで勇者となることを決意したのは、シャルルなりに、両親や自分、妹の運命を翻弄した戦争に対する怒りや、自分の力で世の中を変える事ができるかもしれないという可能性にかけた部分もあった。
 いつまでも没落貴族のままではいられない。カンダタの言うように、運命に抗い、しっかりと自分の足で生きてゆきたい。そんな決意があったはずであった。
 しかし、次から次へと仲間に利用され(被害妄想の強いシャルルが利用されたと勘違いしていた部分もあるが)、政府からウマい話を持ちかけられ、自分の力量を超える待遇を受けるうちに、いつしか本当になすべきことが何なのか、自分を見失っていたことに気づかされた。

 シャルルは、お金の事や、絶大な力の事ではなく、自分の生きる術や、妹のマリアンナの事をしばらく考えた。そして、長い間うつむいていたシャルルは、おもむろに立ちあがり、天空の剣を左手に持つと、右手の掌を天空の剣にかざした。

<28. by NIGHTRAIN>


 そして、そのままのポーズでカンダタとフローラを追いかけた。
 自分の決意の強さを見せようと思ったのだ。あれほど強く叱咤してくれた二人に、シャルルは本物の情を感じたのだった。
 ――ようやく二人に追いついた、そのときだった。
 シャルルのスマートフォンがけたたましく音を立てる。
 慌ててポケットからそれを取り出すと、知らない番号からの着信であった。スマートフォンというだけあって、通話機能も搭載されていて然るべきなのだが、友だちの居ないシャルルがこの状態に遭遇したのは初めてのことだった。
 高鳴る胸の鼓動を抑えつつ、シャルルは、受話口に耳を当てた。
「も、もしもし……」
「やあ、久しぶりだな。シャルル君」
 聞き覚えのある男の声だった。忘れるはずもない。シャルルを再び戦場へと呼びつけた死神の声である。
「……あんたか」
「つれないな。君をいつもフォローしてサポートしてやっているというのに。我々だってなにも好きで子守をしているわけじゃないんだ。君が“キー”にさえならなければこんなことには……おっと、愚痴を言っても始まるまい。いや、それでも君はよくやったよ。まさか、こんなにも早く天空の剣を手に入れるとはね……」
 シャルルは、右腕をかざそうとしたままだったことを思い出した。(とはいえ、コアの詳しい取り出し方なんて知らない。右手をかざせと言われたので、なんかそれっぽいポーズを取ってみただけである。)
「君の行動は、砂嵐混ざりの監視映像で見させてもらっていたが……えらく悩んでいたようだね。その天空の剣のことで。ええ?」
 ばればれだった。
 肝心なときには役に立たないのに、こういうときだけはしっかりと見ている。お役所のお役所たる所以だ。
「国王軍も魔王群も倒すとか言っていたが、ふん、まあいいだろう。結論から言うと、何も今すぐコアを取り出さずとも良い。何なら、すべて揃ってからの方が良いかもしれない。好きなように扱いたまえ」
「え、いいんですか!?」
「何せ、何が起こるのかわからないのだから、そのまま装備として使った方が旅もはかどるというものだろう? 君は何せ“特別な勇者様”なんだからな。旅もじっくり進めて行くがいいさ。おや……君のパーティは……」
 電話越しだというのに、傍にいるようなこの威圧感――シャルルは、冷や汗を流し、唇を強くかみ締めた。
「ひいふうみい……んんー。まずいなあ、これは立派な法令違反だ」
 シャルルの焦りようを見て、カンダタもフローラもまずいと感じ始めているようだった。
 こんな中、我関せずに眠り続けるシムラはある意味で大物なのかもしれない。
「いや、残念だなあ、その妙な青いマシーンが武装馬車チムニーなら、マイナス1名でいけるのに……変形とかできないのか?」
 瞬間、シャルルはスマートフォンを手で押さえ、キラーマシーンに向かって叫ぶ。
「変形だ、変形しろ!」
 もう、めちゃくちゃな要求だった。
 キラーマシーンはしかし、というか当然、動かなかった。
 それに、ご主人はカンダタである。
「お前もぼさっとしてないで、さっさと命令しろよ! お前が連れてきたんだろ!」
 カンダタは、どうせ言うだけ無駄だといった様子で、キラーマシーンに「変形〜」と命令した。鼻をほじりながら、なんともやる気のない様子だったが、カンダタの命令に今までピーガシャピーガシャ言っていたとは思えない機敏さでキラーマシンは反応した!
 カンダタはそれを見て、ぽかーん、と口をあけていた。
『トランスフォーム!』(※1)
 最後に一声あげたかと思うと、一瞬にして、武装馬車のような形になっていた。
 唖然とするシャルルだったが、カメラ越しに監視していた内務省の男も同様だったようで、電話の向こう側で絶句していた。
「……冗談だったのだがな……それなら、そのサーベルタイガーは武装馬車を引く馬代わりということにしておこう。おや、そうすると、変だなあ。スマートフォンの方がエラーということになる。機械はデリケートだからな。いや、そういうこともあるだろう。どれどれ、故障は直しておかないとな。後で人員管理シートを見てみるといい。直っていることだろう」
 何やらわざとらしく、電話口の男は言った。
 シャルルは超絶展開についていけていなかったので、「内務省の男」とか呼びにくいな、「ミスターX」って呼んでいいかななどと考えていた。
 とりあえず、「おとなって卑怯だな」と、社会の汚い面を見たような気がしていた。
「さ、これで準備立ては出来た。あと残る天空の装備を集めたまえ。次は、盾だが、その前に……君の周りに配置していたシグマフォースが正体不明のパーティと交戦した。君達をどうやら狙っているような節さえある」
「……え」
「天空の装備を持つとは、そういうことなのだよ。シャルル君。では、健闘を祈る」
 一方的に電話は切れたが、結果として全てシャルルの思い通りに解決していた。
 天空の剣は装備品として所有したまま旅を続け、パーティは、シャルル、フローラ、カンダタ、シムラの四名。それぞれ、勇者、賢者、盗賊、戦士というバランスの取れたパーティである上に、武装馬車(にトランスフォームしているキラーマシーン)と、それを引くサーベルタイガー(もはや馬車ですらない)。少なくとも、これだけ恵まれているパーティは極めて稀であった。
 シグマフォースと戦ったというパーティに不安を感じるシャルルだったが、「まあ何とかなるだろう」と、また楽観的に考えていた。シャルルの悪い癖であった。
 シャルル以上にのんきな男シムラは、今も夢の中でユウカたんに夢中であった。

(※1)「トランスフォーム」
 キラーマシーンは型番はT-800だが、実はその名前を「コンボイ」と言った。
 キラーマシーンことコンボイは普段は武装馬車チムニーの形に擬態しているが、「トランスフォーマー」と呼ばれるロボット生命体である。コンボイだけではなく、たくさんのトランスフォーマーが存在しており、それらを総括してT-800シリーズと呼ぶ。これらは、正義の「サイバトロン(AUTOBOTS)」と悪の「デストロン(DECEPTICONS)」に分かれ、カンダタの子孫のいる未来では、激しい抗争を繰り広げているという。
 彼らはいわゆる宇宙人であるが、地球の環境に溶け込むために擬態する能力を持っており、ロボットの姿から乗り物や動物の姿に変形(トランスフォーム)することができる。

<29. by よすぃ>


 * * * *

 岩陰からシャルル達を監視していた元、斃流是婆武(ベルゼバブ)のメンバーは一様に驚きの様子を隠せなかった。しかしリーダーらしきジェラールはすぐに落ち着きを取り戻し、感心した様子で青色のチムニーに見入っていた。
「へえ……チムニーね。どの程度スペシャルなやつか分からないけど、他のと大差なさそうだね。“中身”ごと、アタシのライフルで木端微塵にしてやるさ……」
 ソフィーは不敵な笑みを浮かべ、アンチマテリアルライフルを愛おしそうに抱きながら呟いた。
 ソフィーはこれまで数々のライバル勇者達をチムニーごと葬り去ってきた。彼女の持つアンチマテリアルライフルから放たれる徹甲弾はチムニーの分厚い装甲をものともせずに、乗員を殺傷できるだけの威力があった。
「あんなのは、ソフィー以外相手にできないしな……。俺はあのサーベルタイガーとやってみたいぜ……」
 ダミアンは先ほどまで弄んでいたナイフを口元に当て、刀身を舐めた。
「奴は戦士の血に飢えている……。俺たちの存在にも気づいているはずだ……。あの坊主が天空の剣を手にするまで奴が放っていた殺気が見えたろう? 俺達が山に入った時から、奴の凄まじい気が山頂の方で渦巻くのを感じた……。いずれ俺達の誰かが奴とやり合うだろう。楽しみがたくさん増えたわけだ。とりあえず今日は他のチームに監視を引き継がせて、俺達は引き上げよう」
 ジェラールがそう言うと、音もなく彼らは姿を消した。

 * * * *

 シャルル達は変形したコンボイに早速乗り込んで、山を降りる算段をしていた。
 キャビンの中は広く、大人8人ほどがゆったりとくつろげるだけのスペースがあり、冷蔵庫付きでネット環境も整っていた。明らかにシャルル達の時代ではオーバーテクノロジーであったが、シャルルは当然そこに関心はなく、便利な道具が増えたと大喜びであった。カンダタとフローラも、半ば呆れており、シムラはそっとソファに寝かされていたので関心もクソもなかった。
 チムニーを牽引する為の金具に繋がれたシルバーは、相変わらずシャルルといるのが嬉しいようで喉をゴロゴロ鳴らしている。
 ともかく、これで道中の安全は確保できたので、無事に山を降りる事ができると、一同は一応の納得をした後、冷蔵庫の中のシャンパンで乾杯し、火山のふもとまでそのまま降りる事にした。
 途中、7合目あたりでやっとシムラは目を覚ましたが、フローラから事情を説明され、そういう事であればと、仲間に入ることを快く引き受けてくれた。カンダタも同様だった。何しろ、内務省の男からカンダタにも旅を最後まで終えた暁には、これまでの窃盗による罪を恩赦により帳消しにしてくれるという確約を得たのだ。
 もちろん、国王のサイン入りの文書もシャルルとフローラのスマホ宛てにPDFで送信されてきていたので疑う余地はない。もはやシムラ程度のイチ衛兵隊長の権限の及ぶところではなかった。
 しかし、それでもシムラはまだ任務がひとつ残っているとフローラに告げた。
 まだカンダタには消える事のない罪が残っており、彼を捕える必要があるのだと。

「何故なら、奴はあなたの心を盗みました」

 某インターポールの名言をドヤ顔で放ったシムラに、調子に乗るなと言わんばかりにメンバーがシカトしたので、それ以上はシムラは続けられなかった。
 こうして、シャルル達は新たな仲間達と共に、無事に火山のふもとまで戻ってきた。しかし、彼らには次の天空アイテムを取りに行く前に重大な仕事が残っていた。
 元盗賊のカンダタは、一応スマホを所持していたが、盗品の為、正式な勇者登録をし、新たな正規品のスマホを手に入れる必要があったのだ。
 また、所属が近衛兵団のシムラもスマホを所持していないので手に入れる必要がある上に、勇者になるためには法律上、一度退職しなければならず、退職届には上司の実印(※)を貰わなければならないので、一旦メンバーと離れ、所属する部隊の駐屯地まで書類申請の為戻らなくてはならなかった。
 シャルルは次の天空アイテムを手に入れたくて仕方がない様子で、『じゃあシムラとカンダタは置いていこう!』と言いそうになったが、それを察知したフローラの放つ恐ろしいまでの殺気に喉を圧し殺され、大人しく彼らの勇者の中途採用申請に付き合うことにした。

 そして彼らは次の目的地である、ダーマ神殿(労働基準監督署)へ向かうこととなった。

(※1)「上司の実印」
 シムラが勇者になる為には実に面倒な手続きが必要となる。
 まずは退職希望届を提出し、上司との面談があり、そこで納得が行くまで議論しなければ受理されない。そして上司の捺印を貰った後は、総務部長、人事部長、統括本部長等へ書類が回り、捺印を貰わなければならないので書類を提出してから受理されるまでは一週間以上かかることとなる。
 さらにその後、退職金の手続きや、保険、福利厚生費の解除手続き、公安委員会の労働者組合からの退会手続き、その他もろもろの手続きが済んだ後、今度は依願書類と紹介状を発行してもらう為、もう一度上司との面談があり、やはり納得のいくまで議論した後、上司の捺印を貰い、文書を発行してもらう必要がある。
 もちろん正当な理由なしには退職は認められず、強引に辞めようとすれば敵前逃亡の罪で投獄されてしまう。今回の任務(天空アイテムを集める為に内務省直々の依頼)があれば、大抵は素通りできそうであったが、問題はシムラの上司であった。

 シムラの上司は、たたき上げの軍人であり、イチ兵士であった頃から魔王軍の魔物相手に勇猛果敢に戦い、生涯を国防の為に捧げた男であった。
 元は、他国からの流れ者であったが、選りすぐりの仲間(シムラの同僚のカトー・ティーら)と共に、義勇軍として参戦し、その働きを認められ、近衛兵団のほうからチームごと幹部待遇でスカウトした経緯がある。
 彼の名は、ロングワン・アンカーアローと呼ばれ、敵味方全ての兵士から恐れられていた。中でも彼の必殺の剣技「ダム・ドゥ・コリエ」はその名が示すとおり、(直訳だと『首肉の貴婦人』とホラーっぽい印象となるが)どんな敵の『コリエ(首肉)』も『ダム(貴婦人)』の首のように簡単に落としてしまうので、その技を受けて生き残った者は皆無であった。技を繰り出す際、彼の放つ気迫のこもった「ダァムドゥア! コリャアアア!」(興奮してイントネーションが少しおかしくなる)という叫び声は、国内において知らぬものは存在せず、どのような戦場にあっても全てを無に帰す、恐ろしい技であった。
 そんな彼の無二の親友であり、彼が流れ者部隊を結成した当時からの付き合いであった剣豪、キース・アラ・イーがある戦場にて戦死した際、メンバーを補うために仕方なく現地徴用したのがシムラであった。

 当初、国王軍いちの剣士として名高いロングワンに憧れて、おもしろ半分で仲間に加わったシムラはロングワンに徹底的に性根を鍛え直されることとなった。そして血判まで押すこととなり、なんとか一生ついていきますからという事で、やっとの事でシムラは国王軍の近衛兵団に入れてもらった経緯があるのだ。
 それがいかなる理由であれ、途中で辞めるとなれば、相当の修羅場を覚悟せねばならなかった。
 シムラはロングワンの部隊で常日頃、地獄の訓練を受けていたが、ことごとく打ちのめされ、ロングワンを恐れ、胃を悪くした。
 あまりにも胃を悪くしすぎた為、強酸性の溶解液を吐くようになってしまい、ある戦闘時、たまたまスライムに吐きかけた所、瞬く間にスライムが溶けてしまった為、シムラはこの技に「ダ・フォンデュ」(単なる“溶解の”)と名付け、ロングワン仕込みの叫び声で技を放つ時(要はゲロを吐くとき)は、「ダッ! フォンデュアアアア!」と叫んだが、もちろん敵や味方に広まりはしなかった。
 ロングワンの直属の部隊には、シムラやカトーの他に、空中技を得意とする武道家コウ・ジーナ・カーモ、電撃魔術を得意とする魔法使い”雷神”タカ・ギブンらがいる。
 シムラの小隊の副隊長は、あの大魔法使いロバーティスの隠し子の子孫であるマーシリス・タ・シーロであったが、半年前に公僕の身でありながら白魔法(純度の低い白い魔法の粉)で小銭を稼いでいたことや、覗き・痴漢などが発覚し、ロングワン直々の剣により斬首刑となった。
 シムラが小隊長、アルファチームの分隊長がマーシリス、ブラヴォーチーム分隊長がクー・ワマンであった為、今は副隊長、アルファ、ブラヴォー、両分隊長をクーが兼任している。シムラ小隊には、泣く子も黙るチャーリーチームも存在したが、第19話以降、分隊長のヒューゴ・カーツ、メンバーのジモンや“ドラゴンソルジャー”ウエシーマら全員がシルバーの子達のえじきとなり、全滅してしまった。

<30. by よすぃ>

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