04.ロマリアにて

 シャルルたちは、神殿の脇のコインパーキング(1時間500ゴールドというぼったくり価格)(※1)にチムニーと化したコンボイを停め、サーベルタイガーのシルバーは脱走しないようにちゃんと首輪をつけたまま括りつけておいた。シャルルは去り際に、シルバーが近所のガキに石を投げられているのを見たが、無視しておいた。
 そして、やってきた――ダーマ神殿。
 今、シャルルたちの目の前では、ハゲの大仏のようなマスコットキャラクターがティッシュを配っていた。
「なんじゃありゃあ……」
 カンダタが訝しげな視線を向ける。元々、目つきが悪いのがさらに悪くなってしまっており、とても勇者一行もといカタギの者とは思えなかった。ただ、格好がラバースーツだったので、あんまり怖くない。現に、事あるごとにシャルルは「江頭」と馬鹿にしていた。
「あれは、ここダーマ神殿のマスコットキャラ・ダーマ君だ。公募によって民間人から集められた愛称を吟味し、選ばれたものだ」
 シムラがやたら渋い声で応じる。ここに来て初めてまともなセリフを発したのである。シムラ初の快挙である。
 顔は、よくよく見れば凛々しい。モミアゲと眉毛のあたりが、フジオカ・ヒロスィに似て男らしいな、とシャルルは思った。ナイスミドルという言葉がぴったりで、シャルルは将来こんな老け方をしたいなと思った。また、男に二言はない、一度言ったことを覆さない意志の強さが、その厳しい顔つきからはひしひしと感じられた。
 そんな経緯から、シャルルは心の中で勝手に親分と呼んでいた。カンダタを江頭扱いしていることに比べれば、かなりの高イメージである。

 しかし、シムラは内心びびりまくっていた。
 なぜなら、カンダタをダーマ神殿に送り届けた後は、上司に印鑑を貰いに行かねばならないのである。訓練時代の苦い思い出ばかりが頭を駆け巡り、胃の内容物がこみ上げ、危うく必殺の「ダ・フォンデュ」(単なるゲロ)を繰り出しそうになり、すんでのところで踏みとどまる。これをひたすら繰り返していた。
「ダーマ君って……、だっせーの」
「ふふん。盗賊ごときに、その良さはわかるまい」
 カンダタを見下し、鼻を鳴らしたシムラ。
 シャルルはカンダタに同感だったが、こういうとき、優勢な方にしかつきたくないシャルルはひとまず無言で様子を見ることに徹した。モンスターの「うごくせきぞう」などはよく「ようすをみている」ことがあるが、あれは闘いにおいて次の一手を慎重に見極めているのだが、シャルルの場合、単にごまするために顔色を覗っているに過ぎない。
「うっせーよオッサン!」
「口を慎むが良い、こわっぱ!」
 延々と口論を繰り広げる二人だったが、ダーマ君の配っていたティッシュに入っていたキャッチフレーズを読んだフローラの一声で決着がついた。
「“黙って神秘的な気持ちでおだやかに対話しよう”……そこからとって、ダーマ神殿でダーマ君? ……あほくさ」
「だろ、フローラ!? センスなさすぎだろ、ぎゃははは!」
 この瞬間、シャルルはどちらの方につくべきか理解し、カンダタの肩を持とうとした!
 しかし、次の瞬間――
「いや、俺もな、実はそう思っていたのだよ! センスの欠片もない! とな。いつか、国王に直々に改名を訴えるつもりだったのだよ。わっはっはっは!」
 そう言って破顔したシムラには、男に二言はないダンディオーラは微塵もなかった。
「だいたい、なんでダーマ君がティッシュ配ってんのよ」
「そうだな、俺もそう思っていたのだよ! わっはっはっは!」
 フローラはシムラは無視し、ダーマ君の肩にかけられたタスキを見た。
 そこには、『NEET撲滅月間』と書かれていた。よくわからないが、NEET(Not in Education, Employment or Training。教育、労働、職業、訓練のいずれにも参加していない者)の削減を目指す強化月間であるらしかった。

 ダーマ神殿はいくつかの機能を有している。
 労働に関する紛争を解決する場所。そして、仕事の斡旋である。また勇者登録の手続きも行っている。(ルイーダでも仕事の斡旋や勇者登録はできるのだが、カンダタの場合は、盗品のスマフォを所有している特別な事情や、今回、これら根回しをしてくれたのが国家絡みだったために、ここダーマ神殿に来ることになった。)
 いずれにせよ、NEETに該当する者は一部を除いて(※2)まずこの労働基準監督署(愛称、ダーマ神殿)には来ないのだから、意味はないと思うのだが、小憎らしいマスコットキャラクター『ダーマ君』は不気味な笑みを浮かべたまま、黙々とティッシュを配り続けていた。
 たまに女性勇者が一緒に写メを撮ったり、悪ノリした勇者に蹴りを入れられたりしていた。シャルルも調子に乗って蹴りを入れていたが、気づけば、フローラもカンダタもシムラも居なくなっていた。受付で必死に訴えたところ、迷子放送の要領で館内放送され大恥をかいた。

「何であんたははぐれるのよ、この馬鹿!」
「すみません……」
「だいたいね、天空の剣持ってから調子に乗りすぎよ、この馬鹿!」
「すみません……」
「あと、私を見る眼がいやらしいわ、この馬鹿!」
「すみません……」
 最初についたパーティの女性(遊び人)がトラウマになっており、女性には強く言い返せないシャルルであったが、自分はフェミニストだから女性には手を上げない主義を通していると胸の中で勝手にシチュエーションづけた。そうすることで、自分自身のプライドをかろうじて守っていた。
 怒るフローラの後ろで、カンダタがアッカンベーしたり、お尻ペンペンしたりするので、カンダタに対する怒りだけが燃えていた。
 そもそもお前のためにダーマ神殿まで来ることになったんだぞ……。今後の旅が失敗したら悪ノリするカンダタのせいだ。などと、自分のことは棚上げに考えていた。シャルルの悪い癖である。

 そして、ひとしきりの説教の後、シャルル一行は最奥の登録所まで向かった。

(※1)「コインパーキング」
 都会に行くほど、駐車料金は高い。
 場所によっては、一日あたり最大料金が定められている場合もあるが、官公庁のあたりは上限が設定されていないことも多い。また、看板に「最大料金1600ゴールド」と赤文字で目立つように大きく書かれていても、よくよく見れば小さい文字でカッコ書きで「平日深夜のみ」と書かれていることもあり、入庫する前には注意が必要である。
 チムニーを路上に長時間放置していると駐禁を取られる。そのため、シャルルたちは1時間500ゴールドで渋々、駐車した。
 違法駐車をしていると撤去される可能性もあり、近年、国から民間へ取り締まり業務が委託されたため、都会では路駐はしないというのは鉄則である。違反すると、2万ゴールドの罰金の他、何度も繰り返し特に悪質な場合は、勇者免許剥奪などもあるので、注意が必要である。

(※2)「NEET」
 本作において、「勇者」とは、正しくは職業ではない。申請して、国から仕事を貰う為の免許である。そのため、各々、本来の職業を持っている。
 勇者登録をしているフローラは賢者である。まだ勇者申請はしていないが、カンダタは盗賊、シムラは戦士という風に職業についているが、実は、シャルルは職についていない。つまり、シャルルは勇者登録をしているだけのNEETであるが、内務省という強力な後ろ盾があるため、本人をはじめもはや誰もそのことを気にしていない。
 たとえるなら、お金持ちの親がいるのでスネばかりかじっているようなものである。

<31. by よすぃ>


 最奥の間には、ダーマ神殿の最高責任者が待ち構えていた。
 シムラはそこまで送り届けると、上司のもとへ退職手続きを取りに、一時パーティを離脱した。シャルルとしては、カンダタの方がうっとうしかったのでカンダタに離脱してほしかったが、シムラは面談の上、面倒な手続きを経て、なおかつ一週間申請に要するということで、先に抜けたのだった。
「じゃあ、シャルルよ。俺は行って来る。一週間ほどかかる見込みなので、悪いがそれまではバカンスを楽しんでくれい」
「シムラさんも、道中お気をつけて」
「なあに、たいしたことはない。すぐに戻るさ――……」
 よほど怖い上司であるらしく、シムラの顔は強張っていた上に、死亡フラグばりばりのセリフを述べていたが、シャルルは途中からまったく聞いていなかった。
 シムラが戻るまでの一週間、都会の街でのんびり過ごせるということでシャルルは浮かれきっていた。
 一週間もあれば、フローラと映画館も行けるし、ショッピングも行ける。お金なんて、内務省に経費で出させればいい。カラオケも行きたいな……最近の曲しらないけど、大丈夫かな。フローラ、チムニーで歌っていた声もきれいだったなあ……カラオケ行った後は夕飯を食べて、そして、夜は当然……ムフフ。
 シャルルの妄想はとどまることを知らなかった。

「なあ、シャルル。なんか、最高神官のオッサン待ってんぜ? はやく行こうぜ」
 シムラを見送っていたところ、もとい、フローラとのバラ色の一週間に胸をときめかせていたところに、カンダタが声をかける。
 そういえば、いたんだっけこいつ、とシャルルは深くため息をついた。
 そして、カンダタに導かれるままに、シャルルとフローラは神官の居る間についた。
「ああ、君がシャルル君だね。内務省から話は聞いているよ。そこのカンダタ君の勇者用スマートフォンの登録手続きと、勇者申請だね? シムラ君は退職の手続きが完了した時点で、あちらで渡してもらうようにするから、今日はカンダタ君だけ面接はじめようか」
「え、面接? 顔パスじゃないんスか?」
 カンダタは焦ったように声をあげる。SPIなど面接対策の類は一切していない。
「あ、いやいや。面接って言っても、カタチだけのものだから。ひとまず座って。あ、カタチだけだけだから、シャルル君とそこのお嬢さんも退室しなくていいよ。後ろの椅子に座ってて。カンダタ君はここね。私の前。えー、コホン。それでは面接を開始します」
「えー、まずは名前と、それから勇者の志望理由、教えてくれるかな?」
「名前はカンダタ……ッス。志望理由は、なんかシャルルについて行ったら、楽して儲けられそうな気がしたから」
 そんな志望理由あるかよ、とシャルルは噴き出しそうになったが、ダーマ神官はいたって普通だった。
「いいねえ、素直で。今時いないよ? 君みたいな真っ直ぐな子。君は嘘がつけないタイプだねえ。勇者になってから苦労するよ?」
「大丈夫です。なんかあったら逃げますから」
「いいねえ、その真っ直ぐな感じ! すごくいいよ! で、ここに来る前は何してたの?」
「銀行襲ったり、そのへんの弱そうな勇者から金をまきあげていました」
「いやあ、たまげたねえー、なかなか、腕っぷしもありそうだ! レベル高くないと、そんな大業できないからね! 勇者としては必要な要素だよ。趣味と特技は?」
「趣味はサーフィンで、特技は、人の寝込みを襲うことです」
「寝込み襲ってどうすんの?」
「俺は人殺しはやらないって決めてるんで、金品だけ盗みます」
「またまたー。女の子の寝込みも襲っちゃうんでしょ? この、女殺し! 人は殺さなくても女は殺すってか!」
「ははは、ンなことしないッスよ」
「わっはっはっはっは!」
 くだらないオヤジギャグにも愛想で笑い返すカンダタ。面接は和気藹々と進んでいった。
 シャルルと違って、カンダタは対人能力に長けていた。いわゆるコミュニケーションスキルである。そのことがシャルルには面白くなかった。
 何より、「受け答えがはきはきしていて、紳士的でステキ……」とフローラがうっとりしているのが一番面白くなかった。完全に人選ミスだった、とシャルルは頭を抱えた。

 面接はそんなユルイ感じで進み、見事カンダタは勇者登録を果たすことに成功したのだった。
 面接も無事終った一行は観光としゃれ込んだ。
 ここ、ダーマ神殿のあるロマリアは、世界各地の金持ちがこぞって住みたがるほどの大都市である。あのルイーダのフランチャイズの民間軍事会社を立ち上げたラヴァル侯爵の豪邸もここにある。
 そのことを知ったシャルルはテンションがあがり、「天空の兜」を連呼していた。カンダタは無論、盗みに入るつもりだった。
「え、俺あれじゃん。国公認の盗賊でしょ? じゃあ、何盗ってもオッケーじゃん」
 勇者登録をかなり誤解していたカンダタだったが、唯一、ストッパーであるはずのフローラはカンダタがイケメンであるため、カンダタには強く言わないし、ビビリのシャルルもシャルルで、「天空の」というフレーズには弱かったので、特に何も言わなかった。
 シャルルは、先ほども「天空のカステラ」といういかにもうさんくさいネーミングの商品を、テキ屋で買ったばかりだった。

 ダーマ神殿で、駐車場のフリーパスを貰った一行は、実質、時間無制限で停められるようになったので、シルバーとコンボイを放置し、ひとまず、街中を散策することにした。

<32. by よすぃ>


 ダーマ神殿を出たシャルル達は、ロマリアのメイン通りに向かった。
 “22 アカシア アヴェニュー”と名付けられた通りは広く、レンガの敷き詰められた遊歩道の脇には、とても良い香りのする黄色い花をつけたアカシアの街路樹が立ち並び、古くからある立派な建物が多いこの場所を多くの馬車や人が行き交っていた。
 名前の由来は、今は数百本ある街路樹のアカシアが最初に22本植えられたことによる。
 街の治安もとても良く、内戦下の国の街とは思えないほどで、そこには魔物の影もゴロツキ勇者達の影も皆無であった。街の要所要所には、ラヴァル侯爵の民間軍事会社「黒水」(※1)の屈強な勇者達がタキシード姿で警護に付き、不審者は人知れず彼らに拘束され、街の外に追い出されていた。
 建物は数百年前からある大聖堂や、ゴシック建築様式のものが多く、夜になるとライトアップされ、
その豪華な夜景を見る為だけに国外からも観光客が来るほどであった。
かつて、時の権力者、魔王マディは、その様を敵側勢力の街であるにもかかわらず「百億ゴールドの夜景」と称え、「我が絶大かつ強力無比な魔王軍が唯一破壊できぬものがあるとすれば、それは美しきロマリアである。その百億ゴールドの夜景を切り裂く剣など、魔王軍には存在しない。PS・かの地でかわいこちゃんとデートしたいな☆」という言葉を残した。
 しかし魔王マディはその想いを遂げることなく、当時勢力巻き返しを図り台頭してきた人間の国王勢力により暗殺された。
 せめて死後にでも想いを遂げさせてあげようと、魔物勢力と親交の深かった人間側のセレブ達により、彼の言葉は街の中央にある噴水広場の石碑に刻まれている。

 多くの建物は、外観はとても古めかしく豪華絢爛でありながら、大手道具屋チェーンの「OIOI」や「三越」、「高島屋」等が内装を現代風(※2)にアレンジし、中に入っているテナントも流行の最先端のものを扱い、イベントセール時などは多くの客で賑わっていた。
 また、街の南東には、宿屋の老舗「デビルプリズン」や「ヒルトン」、「ハイアット」、さらにはロイヤルスイートクラスの客室数が5000以上あり、入口が巨大な黄金のライオンで飾られた「MGMグランド宿屋」など、世界中のセレブ御用達の宿屋群が所狭しと立ち並んでいた。

 すっかりと妄想のとりこになっていたシャルルは、今夜はその宿屋のスカイラウンジで、100億ゴールドの夜景を楽しみながらフローラを口説こうと決意していた。
 宿屋の立ち並ぶ通りには多くの高級レストランも店を連ねており、アラン・デュカス・オ・プラザ・アテネやタイユ・ヴァン、ラ・トゥール・ダルジャン、アトリエ・ド・ジョエル・ロブション等が華やかで高級感溢れる料理を提供していた。またメイン通りを北に抜けると、近代美術館や劇場、カジノ、闘技場、競馬場等が立ち並ぶ高級歓楽街があり、連日連夜、豪華な花火を打ち上げ、数百億、数百兆ゴールドというカネが渦巻いていた。
 シャルルは、永い間、眠っていた貴族の血を蘇らせようとしていた。格調高く、麗しく、はかなき天使の涙のような穢れを知らぬ高貴な血。まだ妹の生まれる前、シャルルが幼かったころに、一度両親に連れられてこの街に来た事があったのだ。もっとも、シャルルの家は高貴であるとはいえ、所詮、田舎の下級貴族であった為、両親は世界中のスーパーセレブ達がひしめくこの街ですっかりビビってしまい、なんだか自分たちがこの街にいるのが申し訳なくなってきて、小さなレストランでシャルルを連れて食事をした後は、しょぼい劇場の一般席で、よくわかりもしないオペラを見て家に帰っただけのお粗末な内容であったが。

 例えるなら、中高生(もしくは大人でもあまり高級な場所で遊んだことのない部類の人達)のカップルがいちびって勢い余って六本木ヒルズまで行ったはいいが、どう楽しんでいいやらわからず、ロクにカネも落とさずに帰ってきたようなものである。
 しかし彼らは学校や会社でうそぶく。
「いやー、アタシ、先週末カレシとヒルズ行ってきてさ〜。え? そ〜んなことないって、フツーだよ、フツー。ヒルズっつってもさ、全然大したことなかったよ〜☆ もうヒルズは卒業かな〜」
 そりゃそうである。カネを使わなきゃ、大したことはない。
 しかし幼かったシャルルは、そんな事は知る由もなかった。さらに勘違いは妄想と相まって増幅され、シャルルには、まるで自分のルーツがこの街であるかのようにすら思えてきた。
 この街なら、カンダタに男として勝てる!
 江頭コスチュームでウロウロするカンダタほど、この街に似つかわしくない者はない。
 自分にあって、カンダタにないもの、それは高貴な血が生み出す、エレガンスさと、貴族としての礼儀作法や、レストランでのウィットにとんだ会話術やテーブルマナー、そして夜景を武器とした大人の口説き文句である。シャルルはカンダタに侮蔑の念が生じてきたと共に、なにやら可哀想にすらなってきた。
 カンダタと合流してからすっかりとフローラに対する自分のポジションを見失っていたシャルルは、男としての自信や心の平穏をうっすらと取り戻しつつあった。

 ……今夜フローラをオトす!
 そう決意し、熱いまなざしでまっすぐと眼前の豪華絢爛な街並みを睨みつけながら、フローラの手をがっしりと握りしめようとしたシャルルはあることに気付いた。
 街並みを歩くうちに、いつの間にかフローラやカンダタとはぐれていたのである。シャルルの脳裏に、うっとりとした表情で熱い視線をカンダタに送るフローラの姿がよぎった。
「しまった!! 謀られたか!! おのれカンダタ!! 貴様のそっ首、我が天空の剣の錆としてくれる! 待っていろよ! フローラ! 僕が君を救いだしてみせる!!」
 そう叫んだシャルルは、闇雲にメイン通りを走りだした。

(※1)「ラヴァル侯爵の民間軍事会社“黒水”」
 元々は一人勇者として勇名をはせたラヴァル侯爵であったが、「天空の兜」を持ち帰った後、うつりゆく時代の変遷の中で、もはや自分一人の武力では世の中は変えられない事を悟り、自らの戦術を叩きこんだ選りすぐりのエリート勇者達に自分の技や知恵、力を引き継がせるために、ルイーダとフランチャイズ契約を結び、「黒水」を立ち上げた。
 「黒水」は緊急即応部隊としての機能を持ち、要人警護、暗殺、諜報活動等、様々なクライアントの要望に応える事が可能であり、常時200名以上の精鋭勇者が在籍している。対地・対空兵器を完備した重武装チムニーや、4人乗りの小回りが利く小型気球「リトルバード」、メカキメラ等の兵器も数多く保有しており、有事の際には素早い部隊の展開が可能である。特に空挺部隊の「リトルバード」からのファストロープによる奇襲は、これまで数々の特殊任務を成功に導いてきた。
 国内の暴動鎮圧などにも勇者を派遣しており、その任務の達成能力、精度、スピードなどは、シグマフォースに匹敵するとも言われており、政府からの信頼も厚い。その武勇や国への貢献度から各地域の監督官へのコネクションもつけやすく、ロマリアでは「黒水」が要所や要人警護の占有権を握っている。

 しかし、数年前には、魔王軍との軍事境界線付近にある街、ニュームーンブルクにて、民間人の大量虐殺事件も引き起こしている。公式には、「誤認」とあるが、永く続く内戦下で精神を病んだ兵士達がやるのと同じように、「黒水」の一部の勇者も、どこに敵が潜んでいるか分からない街中での任務のストレスにより、暴発したのではないかと言われている。
 そしてその直後には、同じくニュームーンブルクの魔物達の隔離エリアにて、諜報活動中の「黒水」の勇者のチムニーが魔物の武装ゲリラによって襲われ、民間人まで加わり、虐殺の報復として焼け焦げた「黒水」の勇者の損壊した遺体が弄ばれる様が、動画投稿サイト「あなたの筒」にアップされるという事件もあった。
 その為、ラヴァル侯爵も昔は勇者として勇名をはせたが、ビジネスマンとなってしまった今は統率力が落ちてきているのではないかとささやかれる原因を生み出してしまった。

 ちなみに「黒水」という名の由来は、ラヴァル侯爵が「天空の兜」を手に入れる為、魔王領の奥深く「やすらぎの泉」で過ごした数日間が地獄の様相を呈していたことによる。その泉は、かつては万病を癒す神の泉と称えらたが、魔王軍の放った化学兵器により泉の水は黒く濁り、多くの生物兵器がひしめく地獄と化した。そこで「天空の兜」を求めたラヴァル侯爵は、多くの魔物の兵たちを切り刻み、魔物の死体が浮かぶ泉で死体の影に隠れながらゲリラ戦術で魔物達を一掃し、なんとか「天空の兜」を持ち帰ったのであった。
 魔物の血と、泥と、毒素で黒く濁った水に数日間体を浸し、数百の魔王軍の兵士相手に殺戮に明け暮れた数日間は、彼の肉体と精神をさらに研ぎ澄ましたので、その時の想いや、得た気づきなども、自分の技と共に若い世代に引き継がせようと、自分の立ちあげた民間軍事会社に「黒水」と名付けたのである。
 正式名称は、「株式会社ルイーダホールディングス ロマリア支店 黒水」である。なので、世間一般のラヴァル侯爵に対する印象は「社長」であるが、実質の業務内容は単なる「店長」にすぎない。

(※2)「現代風」
 シャルル達の過ごす時代はロト歴1812年である。
 元々は「ロト」と呼ばれる人物がこの国を起こしたのが始まりとされるが、年号の由来は定かではない。他国との圧倒的な違いは「魔物」の存在であり、この国の先住民族が魔物であった可能性が高いが、外部から流れてきた「ロト」や彼の率いた人間の部族により居住エリアを追い出され、そこから永い迫害の時代を経て、ドリギガントという魔物がこの国を統治する人間勢力に対し革命を起こした時代(ロト歴1699年)より、永い内戦の時代に突入することとなった。
 「ロト」の血は特別とされ、歴史の中の数々の神秘的な伝説の中に登場する。また近代では、正当なロトの系譜オルッテガにより第一次勇者ブームが引き起こされた。年号になるほどの重要な名前であるが、国内の人間側の姓に「ロト」はわりと多く、自称「ロトの血をひく者」もたくさんいる為、「ロト」姓はあまり特別視されていない。

<33. by NIGHTRAIN>


『走れシャルル』
 シャルルは激怒した。必ず、かの邪智暴虐の盗賊(カンダタ)を除かなければならぬと決意した。シャルルには道がわからぬ。シャルルは、元は貴族である。笛を吹き、遊んで暮して来た。けれども恋愛に対しては、人一倍に敏感であった。シャルルは住んでいた街を追われ、妹を預け、野を越え山越え、何里もはなれた此のロマリアの街にやって来た。シャルルには父も、母も無い。女房も無い。まだ幼い、内気な妹と二人暮しだった。そんな妹のことはさておき、シャルルにはモロタイプなお姉さんがあった。フローラである。今は此のロマリアの街で、はぐれてしまっている。その想い人を、これから訪ねてみるつもりなのだ。

 * * * *

 ――そんなナレーションを脳内に垂れ流しながら、シャルルは走った。
 そして、ふと、また自分が迷子になっているのではないかと想ったが、シャルルにもプライドはあったし、何よりまたフローラに怒られるのがイヤだったので、できるだけ認めないようにして街の中を走った。
 “22 アカシア アヴェニュー”の通りは広く、また、ここまでの大都会に行くこともあまりなかったシャルルは、その人の多さに圧倒されていた。赤レンガの格調高い町並みは、最初の方こそ目新しく、また、貴族だった頃の懐かしい想い出もあいまって心地良かったが、走り続け、息切れし始める頃には心細さに変わっていた。
 ふと、足を止めてみる。
 シャルルの周囲の人たちは、そんなシャルルを気に止めた様子もなく、行き交っていた。たくさんの人の中にいるのに、シャルルはひどく孤独に思えた。この広い世界にひとりしかいないような、そんな錯覚にすら捉われる。
 シャルルは赤レンガのオシャレなショップのウインドウに映った自分の姿を見つめた。
 妹がまだ生まれていなかったあの頃、自分はここに、ひとりじゃなかった。父さんは足が速かったっけ。シャルルは追いつくので必死だった。観光用の馬車でも借りればいいのに、貴族なのにこの街をなぜか歩いたっけ。父さんは実はちょっと大都会に圧倒されていただけだったのを、シャルルは覚えていた。
 いつもは厳格で、父親としての威厳を放っていた父さんの意外な一面を、シャルルはこの街で知り、また、そんな父さんの人間らしい一面を見て、微笑ましく感じた。
 母さんは優しかった。迷子になったシャルルを必死に探して、気が狂ったように人に尋ねまわっていた。貴族がそんななりふりかまわないフリしちゃ恥ずかしかっただろうに。母さんはそれでも愛する我が子を探そうと必死で。でも、シャルルは自分が迷子になったことにすら気づかず、ただショーウインドウに映るオモチャに見とれていた。すごく怒られたっけ。
「父さん……母さん……」
 街のどこを見渡しても、父さんも母さんもいない。
 きれいな衣服に身を包んだ、オシャレな人たちが行き交う。世界は、動き続けている。ただ、立ち続けているだけのタキシード姿の勇者達も、ただそれだけでこの世界の立派な住人だ。
「この世界に、僕はひとりなんだ……」
 ふと、シャルルはそんなことを呟いた。
 当然それを聞きとどめる者もいない。ちょっとした言葉でも拾い上げて、相手をしてくれた母は死んだ。悪いことをしたときは叱りつけて、その叱咤をうっとうしいと想っていた父は実は暖かい存在だった。その父ももう、土の下だろう。もう、その顔を見ることさえ叶わない。
 貴族だった頃に仕えてくれていた召使たちは一体どうなったのだろう。それさえ確かめる術はない。
 シャルルだけを置いて、世界は周り続けている。妹は居るが、シャルルは誰かに甘えたかった。頼りたかった。シャルルは今、ひどい孤独の中にいた。
 涙がこぼれ落ちた。右手で拭う。その右手に浮かんだ、「天空」という文字の反転した刻印。こんな証が欲しかったんじゃない。僕が欲しかったのは、そんなものなんかじゃなかった。
 一度泣くと、とめどなくこぼれ落ちる涙を止める術をシャルルは知らなかった。

 *

 そのときだった。
 “22 アカシア アヴェニュー”の通りの中ほどに位置している大広場(通称アルタ・マエ)から、歓声が聞こえてきた。何かの大会をやっていたらしいが、シャルルには興味のないことだった。
「おめでとうございます! 優勝は、カンダタさんです!」
 なにやら知った名前が出て来たので、シャルルは涙を拭いて歩き始めた。
 アルタ・マエ広場につくと、中心にはステージが設営されており、そこには司会者と複数の参加者が並んでいる。ステージにかけられた垂れ幕には『第35回 ダメ人間コンテスト(※飛び入り参加大歓迎!)』と書かれていた。
 どうやら、ダメ人間ばかりを集めて、その中でもずば抜けたダメ人間を選ぶコンテストらしかった。カンダタはその栄えあるナンバーワン(ある意味ワーストワン)に選ばれたのだった。審査内容としては自らの生い立ちをアピールし、いかに自分がダメかを自己PR、その後、実技として自分がいかにダメか伝える特技で大勢の観客の前で恥を披露しなければならないというもので、これが一次、二次と進んでいくにつれて、普通の人であれば、ネタであってもこの上品な街ではまず誰も出場しないだろうコンテストだった。
 商品も20ゴールドと全くたいしたことがなく、むしろこの街の人間がホームレスなどに芸をさせてそれを話の種に笑うという、あまり良いコンテストではなかった。
「いやあ、俺まじダメ人間っすから。わははは」
 シャルルはカンダタに同情さえ、した。
 空気の読めないカンダタはきっとここで笑いをとろうとしたのだろう。調子ノリで目立ちたがりなカンダタにとっては、お金も貰えて一石二鳥だと想ったのかもしれない。しかし、それはこの街では似つかわしくない。
 カンダタは20ゴールドを手にして、嘲笑や侮蔑の視線の中、「どうもどうも」とステージを下り、シャルルのもとへ近づいてきた。仲間扱いされる、とシャルルは焦った。現に、フローラは居ない。きっと係わり合いになるのを恐れて、どこかへ姿を隠しているのだろう、とシャルルは想った。
「シャルル。ああやって目立てば、お前らも来ると思ったぜ」
 しかし、シャルルはカンダタの予想外のセリフに驚いた。
「え……?」
「この街は確かに煌びやかだが、カジノもあるし、色街もある。女子供、とりわけこの都会の色に馴染んでいないヤツにゃちょいとヘビーな街だ。特に、ちょっとそれたカブキ町なんかじゃ、お前らすぐ騙されるぞ。シャルル。お前なんか金とられて、ゲイのおっさん相手に売られるかもしれねえ」
 カンダタは少し表情を険しくして言う。シャルルは先ほどまで感じていた孤独感とあいまって、身の毛がよだった。
「まあ、こうやって合流できたから良しとしよう。あとはフローラだな。お前ら、都会に目移りしすぎなんだよ。ったく、面倒かかるぜ」
 どうやら、シャルル同様にフローラもはぐれているらしかった。
 眉間に皺をよせて銀髪をぼりぼりとかく、ラバースーツの江頭は、シャルルの目に凄く格好よく映った。
「それだけのために、カンダタは恥をかいてくれたのか……?」
「まあ、一応は仲間だからな。さ、行くぞ。次はフローラだ。上玉だからどっかに売り飛ばされてなきゃいいがな」
「カンダタ……ありがとう」
「え、あ、……ああ、あんまぼけっとしてんなよ? 行くぞ」
 カンダタは身を翻し、アルタ・マエ広場の出口に向かった。心なしか、その頬が火照っていたような気がする。
 カンダタを一方的に嫌っていた自分を、シャルルは恥じた。
 涙で視界がぼやけるのを、シャルルは必死に拭い、今度こそはぐれないようにしっかりそのラバースーツの背中を追いかけた。

<34. by よすぃ>


 シャルル達がロマリアに到着してから、手続きを済ませ、街中を徘徊するうちに、すっかりと日は傾き、夜の帳が下りようとしていた。
 紫色に染まった空に、ロマリアの尖塔群は漆黒の美しさを掲げ、夜を告げる鐘の音は、大勢の人で賑わう煌びやかな街の灯に反して、どこか物憂げで、はかない印象を与えた。ライトアップされたレンガ道をゆっくりと行く恋人達には、いくらか気温が下がり、ゆるやかに吹きつけるひんやりとした夜風が、昼間の喧騒の中で歩き通した体への心地よい癒しとなった。
 人々の間を歩くカンダタとシャルルは、夜風が吹きつけるよりも早く、その緩やかな空気の流れに逆行しながら進んでいた。カンダタとシャルルが合流してから2時間が経過していたが、”22アカシア アヴェニュー”は広く、商業用の建物も100や200ではなかった為、依然フローラは見つからなかった。
 いつもなら心配でパニックになるシャルルであったが、カンダタが自分たちを『仲間』と言ってくれた事が嬉しいやら恥ずかしいやらであったのと、突発的にカンダタに殺意を抱くほど嫉妬した自分の矮小さを恥じていた為、黙ってカンダタの背中を追い続けた。
「しっかし、広い街だな……。これだけ探しても見つかんないとなると、いよいよ参ったなァ。さっきからスマホに掛けても留守電だしな。あそこの黒服にでも聞くか?」
 カンダタは市中警護の「黒水」の勇者達を指差したが、どう見ても冗談の通用しなさそうな彼らにイチャモンをつけられるとやっかいなので、シャルルはすかさずその指を自分の手で押さえた。
「こんな広い街で、いっぱい人がいてさ、僕達の存在ってなんなんだろうって、ちょっと思うよね……」
 シャルルはついさっき、街中で一人心細くなった時、父や母を思い出し、孤独感を感じた。その事を思い出し、呟いた。
「どうした、急に? お前、さっきヘンなもん(天空のカステラ)食ってたから当たったんじゃねーか?」
 カンダタは、急にメランコリックな事を言い出したシャルルに、いつもの調子で問いかけたが、シャルルはそのまま続けた。
「いや、この街と人を見てたらさ。今が内戦なんてことも、僕達の任務も、全て世の中にとってはどうでもいいと思われてる事なんじゃないかって思えてきて」
「……。んで?」

「これだけ人が大勢いるのにさ、誰一人僕のことなんて知らないんだよ? カンダタだって、フローラだってそうさ。いや、フローラはロトの血があるから少しは違うかもしれない。でもこの広い世界の中の、ほんの一部のこの街でさえも、僕らにとってはあまりにも大きすぎて、手が届かない存在なんだ。僕らはただ埋もれてしまっていて、もしこの先、天空のOパーツが全部そろったとしたって、結局何も変わらないかもしれない」

「何? そもそも、お前は世の中を変えたくて、旅してんだっけ?」

「いや、僕は全てのパーツが集まれば、内務省の男に引き渡して、あとは恩赦を貰って妹と平和に過ごせればって思ってた。でもよくよく考えるとさ、それって内務省にへりくだって生かされてるだけで、何の変化もないんだよ。いつか何かの拍子に同じ目に遭うことになるかもしれない。それに、カンダタはさっき『仲間』って言ってくれたけど、これまでの僕には何となく勇者として一緒に行動する人達はいたけど、本当の意味で『仲間』って言える相手がいなかったんだなって思ってさ。この街だって、誰も僕の事なんて知らないし、僕の居場所ってないのかなって……」

 カンダタは、長くじれったく、結局何が言いたいのかよくわからないシャルルのぼやきに、呆れたような半笑いで小さく舌打ちし、やれやれ、しょーがねーなといった具合にシャルルの額を拳で軽くこづいた。

「よくわかんねーんだけどさ。で? 結局お前はどうしたいんだ? “同じ目に遭うかも”ってのは、なかなかいいトコ気づいたじゃん! って感じなんだけどな……。全く、田舎もんが都会でカルチャーショックうけまくってんじゃねーよ」

 カンダタは、口元を緩めた。

「お前の居場所は、今、この瞬間、ここだろ? 俺の目の前に突っ立ってるさえない坊やの足元がお前の居場所だぜ。誰もお前の事知らない? 当たり前だ馬鹿野郎。何様だよって話だぜ。お前は誰か知ってる人がいなきゃどこにも行けないのか? お前の人生なんだから、お前の好きなようにやっていいし、お前が今いる場所から次のお前の人生がもうスタートしてんだぜ? ぼさっと突っ立ってなんかいるヒマねーぜ? 全く。わけわかんねーこと言ってねーで、とっとと我らがお姫様のフローラ探すぞ?」

 カンダタの言葉に、まるで何かに気づいたようにハッとした表情を見せたシャルルであった。恐らくは明日になれば、その言葉の持つ意味の80パーセントほどは忘れてしまうであろうシャルルであったが、ニュアンス的なものは心に沁みた様である。
 再び足早に歩き始めたカンダタの背中を追い、今度は横に並んでフローラを探し始めた。
 人混みの中とはいえ、カンダタとシャルルが横に並んでも十分すぎるスペースが、”22アカシア アヴェニュー”の広い通りにはあった。それが3人、4人であっても並べそうなくらいに、広かった。

 しばらく歩き続け、日もすっかりと沈んでしまった頃、シャルル達は通りの端の方、巨大高級歓楽街の入口あたりまでさしかかっていた。
 空にはいくつもの色鮮やかな花火が打ち上げられ、その光のシャワーはゴシック様式の巨大建造物群に宝石のように散りばめられた。あまりの絶景に、付近を歩く人々もしばらく立ち止り、その荘厳な景色に見とれている。
 シャルル達もその光景にしばらく魅入ってしまい、むやみやたらに感動してテンションが上がってきたので思わず近くの露天で「天空のタコ焼き」や「天空のイカ焼き」もしくは「天空の焼きそば」を買ってビールで一杯やってしまいそうになるほどであった。
 ふとした拍子にシャルルが夜空を見上げた時、高くそびえる大聖堂のテラスに見覚えのある人影が照らされた。一瞬のことであったが、見間違えようのない、シャルルにとって、麗しき、かぐわしき、今このロマリアで最重要人物。そう、フローラである。
「いた! あそこだ! すぐ陰になって見えなくなってしまったけど、今あの大聖堂の上のほうにフローラがいた!」
 大概の観光施設は、ロマリアでは夜間でも入場できたので、何故フローラがそんな場所にいるかはひとまず置いておき、確認しようと目を細めるカンダタの腕を強引に引っ張り、シャルルは大聖堂に向かった。

<35. by NIGHTRAIN>


 一方、フローラである。
 シャルルが大聖堂のテラスにフローラの姿を見つけた時から、少し時間を遡る。

 *

 フローラは二人とはぐれたことに気づき、途方に暮れかけたが、スマートホンもあるので、いざとなったらすぐ連絡が取れるだろうと、あまり深く考えないことにした。
 それより、久しぶりの都会の雰囲気を楽しんでみよう、とお金はないけれど、ウインドウショッピングに勤しむことにした。チャネルや、ヘルメスなど有名どころのブランドショップが街の到るところに店舗を構えている。
 この街には、すべてがあった。フローラが忘れていた、すべてが。

(でも、どれもこれも……高いな)
 店に入っては、見るだけ見て店を出る。それをいくらか繰り返していたときだった。
「あれ、フローラ?」
 身なりの良い、きれいなスーツに身を包んでいる。
 袖や、タイピン。さり気ないところにもお洒落が効いている。
「えっと、どちら様でしたっけ?」
 怪訝な表情で問いかけるフローラに、男は微笑んだ。
「僕だよ。キミにぞっこんラブ(※1)だった、パノンだよ!」
 フローラはしばし考えていたが、「あ」と小さな声を漏らした。思い出したのだ。そんな男が、マエハラ時代に居たことを。

「あ、あの、ウチの店で送迎の運転手やってた、パノン?」
「そうだよ。実はあの摘発は上手くすり抜けてね。まあ、この街に来てからも似たような仕事してたんだけど、大企業の社長のお眼鏡にかかってね。今じゃ店をひとつ任されるほどになってるんだ」

 そういうパノンの顔つきも、口調も、すべてがあの頃の、うだつのあがらないホスト崩れのヤンキーとは変わっていた。彼は、この街ですべてを手に入れたのだ。
「でさ、よかったら、食事でもどう? 上手い寿司を食わせる店を知っているんだ」
 フローラは二つ返事で頷き、アホなシャルルに邪魔されないようにスマートホンの電源を切った。

 *

 街をパノンに連れられて案内してもらった。
 フローラも、この規模の街に来たことはなかったから、それをまるで自身の庭のように歩くパノンを尊敬のまなざしで見つめた。
 パノンもパノンで、実は昔からフローラには好意を持っていたようで、そのことを知ったフローラは頬を赤く染めた。パノンは、歩く時も常に車道を歩き、会計をするときの一挙一動にも紳士らしさが感じられた。すべてが、カンペキな男だった。
 そして、カフェ「カルベローナ」で、お茶をしているときに、パノンは微笑み、こう提案してきたのだった。

「どうだい。僕と一緒にこの街でやっていかないか? もちろん、前みたいな仕事はしなくていい。僕を助けてくれるだけでいいんだ」
 それは、魔法の言葉だった。
「でも、私には借金があって……それで、一攫千金の話があって、勇者としてしばらく旅を続けなきゃいけないの」

「そんなの、大丈夫だよ。確かに、勇者は一攫千金だ。僕のやっている事業なんかに比べたら、それはもう、想像もつかないほどの金額だろう。だがね、危険がつきまとう。死ぬことだってあるって言うじゃないか。それに比べたら今の僕の仕事は、そこまで大きなお金は出てこないけど、死ぬことはないんだ。それじゃ満足できないのかい?」

 そして、パノンはフローラの目を見つめて、優しく微笑み、言った。
「僕じゃ……だめかい。すべて含めて、その上で、キミとやっていきたいんだ」
 その一言に、フローラの溜め込んでいた想いが堰を切ってあふれ出した。
 女一人で、死と隣り合わせの中、旅をしていたのだ。何度も危険な目にあった。何度も死にそうになった。昔のカレだったアンディも、フローラを捨ててどこか遠い山奥へ行ってしまった。
 過去のフローラを、今までの自分を認めてくれる人は、どこにもいなかったのだ。そこに、パノンが現れた。
「うん……」
 フローラは涙を人差し指で拭うと、パノンを見つめた。
 今まで色んなものに騙され、踊らされてきたけれど、これからは違う。パノンのもとで、一から新しくスタートしよう、そう思った。
 シャルルやカンダタのことはすっかり抜け落ちたフローラは、パノンが誘うままに、彼の事務所の入るテナントビル「大聖堂」へと連れて行かれた。

 フローラは、嬉しさのあまり、まだ涙が止まらないでいた。
 だから、気づかなかったのだ。パノンが、ニヤリ、と不気味に笑ったことを。

(※1)「ぞっこんラブ」
正しくは、『ZOKKON 命』(ゾッコン・ラブ)と書く。
ロマリアで大ブレイクした、若手男性グループ「クソがき隊」がリリースした5枚目のシングルの名前であるが、当時は、好きな人に思いの丈を伝える際に用いられた。
しかし、現在は立派な死語である。

<36. by よすぃ>


 * * * *

 そして、時はまた戻る。
 シャルルの発見で、カンダタは大聖堂に向かっていた。

(ち……イヤな予感がしやがるぜ)
 シャルルは気づいていないが、カンダタはその研ぎ澄まされた盗賊の嗅覚で“ヤバさ”をひしひしと感じ取っていた。これは、スラムで生まれ、そこで生きていく為に培った、半ば動物的な本能であった。
 カンダタは、自らの身体に流れる血が滾るのを感じた。
「なあ、シャルル」
 カンダタは後ろを必死に走ってついてくるシャルルに問いかけた。
「何があっても、俺と仲間でいてくれるか?」
 シャルルはヒイヒイ言うので精一杯だったが、何とかその息切れの合間に「あたりまえだろう」という声を聞き取った。
 カンダタは、ふっと笑みをこぼした。みんな、最初はそういうのだ。しかし、いざその姿を目の当たりにしたとき、人はすぐに手のひらを返し、揃ってこう言うのだ。
 ――バケモノ、と。

「ああ、そうさ。俺はバケモノさ」
 カンダタは走りながらひとりごちた。シャルルはその独白を聞いてはいなかった。
 カンダタは、魔族と人間のハーフであった。銀髪は隠さないでいるが、実は瞳の色はカラーコンタクトで変えている。本来のカンダタの瞳の色は血のように真っ赤で、普段はあまり気づかれないが発達した犬歯が口腔内にあった。
 カンダタの妻だった女は、カンダタが満月の夜などに、抑え切れない闘争本能を何とか押さえ込もうとあがく際に見せる、チャブ台返しが怖くて仕方が無かった。たかがチャブ台と侮るなかれ。
 時速100キロで飛ぶチャブ台に当たれば、大の大人でも死亡する。
 カンダタの妻は、その凶暴さよりも、「魔族なんて、気持ち悪い」という不快感にかなわず、家を出て行ったのだった。
 魔族と呼ばれるものは、たいがいが醜悪な姿をしている。しかし、その中に、人とさほど代わらない外見である上位種がいる。
 虫、動物、人型と、魔族は上位になるほど、魔力と力は上がっていき、その上限は無いとさえ言われており、最上位種であれば、ありとあらゆる欲を捨て、ある種の境地に達する。即ち、「戦いこそ全て」の精神である。人々は、そんな最上位種を、戦闘を好むことから、こう呼んだ。
 ――戦闘民族、と。

 カンダタの父はこの戦闘民族でありながら、異端であった。
 父は戦闘民族でありながら、花を愛で、月に詞を詠んだ。彼は、誰よりも優しき戦闘民族であり、人間の女と恋に落ちた。
 母はスラムに隣接する場末のスナックで働く女だった。父もまた、人間と仲良くやろうっていう変わり者だったが、魔族を受け入れるような街はスラムにしかなかった。二人はそこで出会い、愛を育み、ちいさな命を授かった。
 貧しいながらも、ささやかな幸せがそこにはあった。
 しかし、度々起こる、スラム街の撤去作業の最中、人間たちを守ろうと立ち上がった父は、衛兵たちや自称勇者の群れに殺された。衛兵たちはカンダタを殺そうとしたが、母が身をていして庇ってくれた。母は死に、カンダタは生き延びた。
 人間より人間らしかった、魔族である父と、人にも関わらず、大義名分のもと人を殺す人間と、どちらが悪なのか、カンダタにはわからなかった。
 そして、成長し、パトリックという義賊と出会ううちに、カンダタの中ではひとつの考えが確立した。
 魔族だから悪い。人間だから良い。そういう区別は間違っている。どっちも同じ、この世界に生きる生命なんだ、と。

 だが、世の中は狂っていて、カンダタの考えこそ少数派だった。
 国王軍と魔王群の争い。この長い闘争の歴史は、思いのほか深く根付いている。それは、悲しい闘いの輪廻であった。それを変えるなんてこと、一個人にはムリだろうと、カンダタも諦観して生きてきた。
(だが――この甘っちょろいガキの一言が、胸に突き刺さった。シャルル、お前ってやつは、ほんとバカだぜ……)
 ふっと、笑みをこぼす。
 シャルルは言っていた。
『僕は全てのパーツが集まれば、内務省の男に引き渡して、あとは恩赦を貰って妹と平和に過ごせればって思ってた。でもよくよく考えるとさ、それって内務省にへりくだって生かされてるだけで、何の変化もないんだよ』 
 シャルルは上手く説明できないでいたが、何かを変えたい、という漠然としつつも大きな想いは、カンダタには伝わった。
 確かに、今の二人に出来ることは限られているかもしれない。だが、シャルルやフローラ達が居れば。天空シリーズが揃えば――そこまで出て来た御伽噺のような考えをカンダタは無理矢理、かき消した。
 いいや、今はフローラのことだ。
「シャルル。止まっていいぞ。おそらく、ここがさっきフローラがいたテラスだ」
 シャルルは相変わらず、ヒイヒイ言っていたが、周囲をきょろきょろと見回した。
 シャルルは闇雲に走っていただけだが、カンダタは位置関係をしっかり把握しながら走っていたのである。
 シャルルはしばらく荒い息をついていたが、落ち着きを取り戻し、カンダタに「行こう」と力強く声をかけた。このあたりに、必ずフローラはいるはずだ。
 シャルルとカンダタはゆっくりと慎重に周囲を散策し始めた。

<37. by よすぃ>


 シャルル達が辿りついた場所は、大聖堂のかなり上部に位置するにもかかわらず、尖塔の外に広く、せり出したような形となっており、ロマリア北部の歓楽街を一望できるスペースの中に、アール・デコ様式のテーブルや椅子が並べられ、昼間はカフェとして、夜はバーとして利用できるようになっていた。
 『天空のカフェテリアへようこそ』とチョークで書かれた看板が入口にあり、その下にいくつかのメニューと値段も書かれていたが、カフェテリアに客は少なく、光も各テーブルの上に置かれたテーブルキャンドルの小さな灯があるのみだった。
 もっとも、ひっきりなしに歓楽街の上空で花火が上がるため、テラスは様々な色の光を浴び、まるで昼間のような明るさであった。
「多分ここであってると思う。けど、さっきはあそこの手摺の辺りにいたんだけど……」
 シャルルは、肩で息をしながら、話すのもやっとといった具合にテラスの外縁部を指差したが、そこにフローラはいなかった。花火で照らされては闇に戻る中、カンダタとシャルルは、コマ送りのようにテーブルの間を動き、フローラを探したが見つからなかった。
 そして一瞬の闇の後、再びテラスが明るい光に包まれた時、シャルルとカンダタの間にスーツ姿の男が立っていた。シャルルは男が瞬間移動し、急に現れたように見えたので、腰を抜かしそうになったが、カンダタの方は冷静であった。魔族の血が混ざっているカンダタは、闇の中でもまるで昼間のように物を見る事ができ、急な発光に対しても、瞳孔が瞬時に反応する為、シャルルが周囲の情景をコマ送りのように見ているのに対し、昼間と変わらない明るさで見る事ができた。
「すみません、どうされましたか?」
 男はどうやらこのカフェの店員であるようで、身なりや態度はとても紳士的で、物腰がやわらかく、丁寧な口調であった。
「ああ、いや、ちょっと人を探しててね。女性を探してるんだ。青い髪で、セクシーな水着にローブを羽織った美人なんだが……」
 カンダタは、男が花火の光と闇の中を演出するように現れたのが気に食わなかった。
 男がテラスの入り口に入ってきた時から気付いていたが、闇の中を歩いてくる男の目つきは、とてもシャルル達を客として見ている感じではなかった。カンダタの警戒の糸に、男の何かがひっかかっていたが、どのような種類のものかまでは、見定める事が出来なかった。
「すみません、今日のお客様方の中にはありませんね……。また見かけたら、知らせておきますね。あ、念の為、私の名刺を渡しておきます。次回お越しする際、連絡をいただければ、何かサービスをさせていただきますので」
 男はカンダタとシャルルに会釈し、軽く微笑みながら名刺を渡した。
 店内のテーブルや椅子と同じくアール・デコ風のデザインの名刺には、「天空のカフェテリア 大聖堂店(※1)」と書かれており、店の住所、電話番号と共に、(店長 パノン)と書かれていた。
「私、このお店の店長を任されております。パノンと申します。土、日、月、水、金はお店におりますが、不在時でも、事前に連絡をいただければ、サービスいたしますので、お気軽にお電話いただければと思います」
「すいません、今それどこじゃなくて、僕達の仲間がここに今いたのが下から見えたんで、急いで探しにきたんですよ。確かにさっき、ここにいたんです」
 シャルルは抑揚のない声でパノンに尋ねた。
「そうですか……。私もずっとここにおりましたが、見かけませんでした。もしいたとしても、もうお帰りになられたのでは……?」
「いや、わかった。きっと俺達の見間違いだろう。シャルル、行こう。フローラはどっか別のとこだ」
 カンダタはそう言うと、強引にシャルルの腕を取り、テラスを出た。シャルルは往生際が悪く、なおもパノンに何か聞きたそうにしていたが、一瞬カンダタがシャルルの腕を掴む力を強めたので、何かの意味を察知し、そのまま店の外に出る事にした。
 カンダタは無言で大聖堂の階段を足早に降り、シャルルも後を追ったが、途中まで降りたところで立ち止った。
「やっぱりさっきの店、様子が変だ。ちょっと探りを入れるから、お前はここで待機しててくんねーか?」
 突然フローラを探すのを諦めたかと思いきや、また疑うカンダタの行動がシャルルには理解できなかったが、カンダタの様子は、いつもシャルルをからかっている時とは違っていた。
「あいつ、さっき俺が“女を探している”っていった時、“見かけたら知らせておきます”って言ったよな?」
 シャルルは店員の決まり文句のような会話など、いちいち覚えていなかったので、そうだったかもと思い返した。
「あ、だって、僕が仲間を探してるって言ったから……」

「お前がそう言う前だよ。いや、俺の考えすぎかもしんねーけどさ。俺は“探してる”って言っただけだぜ? 探している相手にとって、俺達がどんな関係かは知らないわけだ。でもあいつは即答だったよな? こんな身なりだからなんとも言いようがないが、もしかしたら俺達が犯罪者や逃亡者を追っている人間だったり、ストーカーだったりする可能性もあるわけだ。俺達や女にとって必ずしも知らせるのがいいわけじゃない。でもあいつは“知らせる”と言った。まるで俺達が仲間だって事がわかってるみたいなニュアンスだった。すぐにでも話を終わらせたがるかのような感じさえしたな……。
 ま、他にもいくつか、気になる所があるんでな。とにかくお前はここを見張ってろ。見た限り、この大聖堂はこの階段しか上り下り出来ないみたいだ。エレベーターはついてないしな。もし、俺が戻る前に誰かが来たら、すぐに上に来い」

 そう言うと、シャルルを残し、カンダタは再びテラスのほうへ戻り始めた。

(※1)「天空のカフェテリア 大聖堂店」
 国内の天空シリーズにゆかりのある土地に店を出すチェーン店のロマリア、大聖堂にある店舗である。各店舗の店長に内装、メニュー、デザイン、店の従業員選びまで任されており、非常に店長のセンスが問われる経営体制をとっている。
 ちなみに火山のふもとにあった天空のカフェテリア、五合目店は、もはや店の名前すら変えられてしまっており、「五合目食堂」という名前の食堂と化していた。(第3話の17項でカンダタが暴れた店である。)
 五合目食堂の店長は、タケシ・ノースフィールドさん(65)であり、火山を愛し、火山と共に歩んで65年の筋金入りの無骨な山男であり、経営権を授けられたのも、その一途なまでに火山を愛する姿勢に、天空のカフェテリアチェーンのオーナーが心打たれたからであった。人気メニューは専属板前のラ・シャア氏の会心のどんぶり「火山めし(1G)」である。五合目食堂には、著名人も多く来店し、多くのサインが残るが、中でもひときわ目立つのが、あの「フジオーカ・ヒロスィ、」のもので、数枚飾ってあるサイン色紙には、全て「フジオーカ・ヒロスィ、」の名前ではなく、漢の心意気この店にあり、と感動した「ヒロスィ、」の気持ちを込めた「サムライ」と書かれている。なので、事情通でなければ何のことやらさっぱりである。
 五合目食堂の客層はほとんどが荒くれ勇者であり、過去には灼熱の溶岩の中で勇者100人組み手を制した熱闘騎士ダン・カーンや、音速の動きで諸国の武人を圧倒したイー・デ・ラー卿なども来店した、真の「武」を持った漢達が好んで立ち寄る店である。
 パノンの店では、昼夜問わず間違ってもビールをガブ飲みしながらピザを頬張り、大声で談笑できる雰囲気ではなく、男性客1人だとちょっと入りづらい反面、若いOLに人気がある。値段設定はロマリア水準なので高めである。
 写真は、雑誌「ロマリアウォーカー」のグルメ特集にて大聖堂店が取材を受けた時掲載された店長パノンの写真である。

パノンの写真   以下メニュー例(レート:1G=500JPY時)

・天空のパエリア          ・・・・・・・10G
・天空の娼婦の気まぐれパスタ  ・・・・・・・4G
・天空の季節の魚介のピザ    ・・・・・・5G
・天空のスイートチーズオムレツ ・・・・・・・3G
・天空のふわふわシフォンケーキ ・・・・・・3G
・天空のコーンポタージュ     ・・・・・・・・1G
・天空のポテトフライ        ・・・・・・・・1G
・天空のサラダ            ・・・・・・・3G
・天空のミルクレープ        ・・・・・・・4G
・天空のアイスカフェモカ      ・・・・・・・2G
・天空のモカフラペチーノ      ・・・・・・・3G
・天空のマンゴーソーダ      ・・・・・・・・2G
・天空のエスプレッソ        ・・・・・・・・3G
・天空のロイヤルクリームティ  ・・・・・・・・3G
・天空のスマイル         ・・・・・・・・・プライスレス

【※詳しいメニューは来店時、最寄りのスタッフまでお尋ねください! 来店時「ロマリアウォーカーを見た!」とお伝えいただければ、1ドリンクサービス実施中です! またお会計時、当ページの切り抜きを提示いただければ、10%OFFキャンペーンも実施中なので合わせてご利用ください!】

<38. by NIGHTRAIN>


 カンダタは再び店内へと戻ってきた。
 先ほどと変わらない、日常の風景。談笑するОL、値引き兼を握り締めたちょっと場違いなおばちゃん集団。デートをしている二人組……。一見、普通の光景である。しかし、明らかに何かが違う――それは、気配。
 カンダタの戦闘民族としての嗅覚が、この場にいる者の数人が“気”を殺していることに気づいたのだ。そして、パノンの言葉を思い出す。
『――土、日、月、水、金はお店におりますが』
 今日は、木曜日だった。パノンは何故、今日に限ってこの場に居たのか。
「お客様、どうされましたか?」
 声をかけてきた男はパノンではない。アルバイトらしい男は、値踏みするようにカンダタの上から下を見ている。この場に不似合いな格好だ、とそう言いたいのだろう。
「いや、ちょっとね」
 話しながらも、カンダタは店内の観察を怠らなかった。
 一見カップル風の二人組がさっと席を立ち、「スタッフルーム」と書かれた扉に向かったことも見落とさなかった。あまりに自然な動き故に、それに気づいた者は店内の客には居なかった。
 あのカップルは、“気”を抑えている。即ち、それはカタギの者ではないことを意味していた。
「俺、先にトイレ借りるわ」
 アルバイトを押しのけ、スタッフルームにカンダタは歩き始めた。
「ちょっと、お客様!?」
 アルバイトが追いかけてくるが無視し――スタッフルームの扉を開けようとする。
 が、施錠されているようで開かない。カンダタはドアノブを握る手に力を込め――それを一気にねじ回した。鈍い金属音が響き、ノブは回った。それでも上手く開かない扉を蹴破り、室内に飛び込むが、誰もいない。カンダタはいよいよもって、自身の置かれている危険を認識した。しかし、カンダタの研ぎ澄まされた嗅覚が、フローラの“気”を察知していた。正直なところ、本気になったカンダタにはスマートフォンなど要らない。天性の魔族の血が、戦闘に関するものならば察知してしまうのだ。
 しかし、常にその状態に置いていると、気疲れしてしまう。カンダタを含め、戦闘民族の血を引く者が“気”を抑えて力をセーブしているのはそういう事情もあるからである。

 しかし、今日ばかりは違う――カンダタは、気合を入れる。
 追いかけてきたアルバイト店員が、カンダタが「はぁぁぁぁあ!」と気合を入れる声を込めているのに気づいた瞬間、カンダタの髪色が銀から、あざやかな金髪へと変わった。(※1)
 これこそが、戦闘民族の力を解放したカンダタの姿である。
 そして、かすかに部屋に漂う気配から、隠し扉の大体の位置を察知し、そこに蹴りをかまし、壁をぶち抜いた。扉を探すことや、スイッチを探すことは盗賊のスキルを用いればできないこともないが、時間がかかりすぎるからだ。
 それと同時であった。
 背後のアルバイトが動いた。地を蹴り、一気にカンダタの間合いを詰める。
 素手だ。しかし、握り締めた拳がカンダタの腹部を捉え、カンダタは相手が徒手空拳の使い手であることを理解した。カンダタはそのまま奥の隠し部屋へ吹き飛ばされた。
 アルバイト店員は、先ほどまでの接客スマイルを消し、カンダタの元へと歩み寄ってくる。その背後からもぞろぞろと、一見、客のような雰囲気をかもし出していた男女が数名。
「へっ、客に混じって、ちょっとずつ中に移動していたってわけか……」
 壁に激突した背中を擦りながら、カンダタは立ち上がる。
 そして、隠し部屋の室内を一瞥し、瞬時にその状況を把握する。部屋は相当広い。退路は……ここ以外にもありそうだ。階下への階段らしいものがある。それがどこに続いているかはわからない。
 室内には武器火薬の類が山ほど積まれており、。その保管スペースに隣接するように鉄の檻があり、中にはグッタリと横たわるフローラがいた。
(これは……ますますもって、まずいぜ)
 カンダタは内心の焦りを隠しながら、室内にいる連中に怒声を投げる。
「戦争でも起こそうってのか、ええ?」
「その通りだよ」
 答えたのは、パノンだった。
 部屋の中心に円卓があり、それを囲むようにして数名の男女が座っている。中でもパノンは発言力が高いようで、上座に位置していたが、その更に上の地位と思われる男が居た。
(あれは……ラヴァル侯爵?)
 ニュースや新聞などで見覚えがあった。天空装備の一つを所有し、「ルイーダ」のフランチャイズ「黒水」を運営している名実ともに優れた人物だった。そんな人物がなぜこの場にいるのか。
(なにやら、汚職事件の臭いがぷんぷんしやがるな)
 しかし、今はそんなことはどうでも良かった。
 フローラを奪還し、なおかつここから脱出すること。それが与えられたミッションだったが、人間の姿のままではムリかもしれなかった。
 先刻、カンダタがシャルルに尋ねた「何があっても、俺と仲間でいてくれるか?」という言葉は、戦闘民族が魔族としての本来の姿を現したときに、仲間だと思っていた者も逃げていくかもしれないことを恐れたからだ。後にも先にも、ありのままのカンダタを受け入れてくれたのは、パトリック達だけであった。
 カンダタの中でかつての仲間たちと、シャルルの姿が一瞬だぶる。
 そして、それを苦笑いで打ち消し、パノンとラヴァル侯爵を睨みつけた。

(※1)「金髪へと変わった」
 戦闘民族のなかでも特に厳しい経験を積んだものが到達する。戦闘民族の壁を越えた戦闘民族である。“気”を解き放った時に、一様に金髪になり、見た目をがらりと変える。
 エネルギーを非常に消耗してしまうため、戦闘終了後は栄養分を補充する必要が出て来る。当初は、カロリーの高いチョコレートや、肉などが良いと言われてきたが、糖尿病や高血圧、高脂血症などの要因になっていると科学的根拠に基づくデータが出ているため、現代では多くの戦闘民族が身体に良い繊維質のものを摂取するようになった。特に野菜や果物に多く含まれるため、野菜ばかり食べる彼らを、ヤサイをもじり、サイヤ人と称し、サイヤ人の壁を越えたサイヤ人のことを、スーパーサイヤ人と呼ぶこともある。

<39. by よすぃ>


ラヴァル侯爵像
ラヴァル侯爵像
(ロト歴1785年 爵位授与記念として王国写真館にて撮影)

 ラヴァル侯爵は、突然の招かれざる客を不気味なほど冷静な目で一瞥すると、円卓の席を立ち、右手を斜め上方に掲げた。
 カンダタの背後に立つアルバイト店員や客達は、それを見るや、カフェテリアのほうへ引き返し、立ちあがり身構えていたパノンや、他の者達も再び円卓に着いた。
「部屋に入るのに、何も壁を壊さなくても、ドアをノックするだけでいいのだがな。えーと、カンダタ君と言ったか? 君の家にドアはないのかね? 毎日家の修理が大変だな」
 ラヴァル侯爵は、カンダタの名前を呼び、寛容な態度を示しながらジョークを言うと、円卓の者達は声高らかに笑い出した。
 カンダタは自分の名を知っていたラヴァル侯爵に動揺し、何故すぐに自分がカンダタだと分かったのか問い詰めようとしたが、得体のしれない気を感じ取り、身をこわばらせた。
 心臓の鼓動が速くなり、血管の中を戦闘民族の血が猛スピードで駆け巡り、全ての毛穴が粟立つような感覚の後、急に足元の地面が崩れ去り、暗黒の奈落へ逆さまになって落ちていくように感じた。これまで一度も感じたことのない性質の“気”であり、あのサーベルタイガーすら軽く凌駕するような圧倒的な暴の力を持ちながら、まるで針の穴を通すような緻密で繊細なコントロールで、ラヴァル侯爵からカンダタに放たれているものであった。
 アルバイト店員やパノン、円卓の者達がなぜ平然としていられるのかが不思議なくらいに、空気そのものが溶けた鉛のように、熱く、重く、粘性のある物質に変化してしまったかのように、呼吸すらままならない状態に陥る。
 まるで滝にでも打たれたかのように全身に冷や汗をかき、声を出す努力が、途方もなく空しい挑戦のように思える。
「……っ!? ……か、は……っ」
「どうしたね? そんな所に立ってないで、まずは空いている席にでも座って水でも飲むといい。ほらほら、壁を壊して部屋に入るくらい急ぐからだ。呼吸が乱れているぞ? まずは落ち着いたほうがいい。ダーマ君も言っているだろう? ほら、あれだよ、“黙って落ち着いて対話しよう”、あのナンセンスなダジャレ、私は大好きでね」
 またしてもラヴァル侯爵のジョークに、場の者達は過剰なほど大きな声で歓声を上げた。
 カンダタは、喜劇の主人公に仕立て上げられたような印象を受け、場の者達を睨みつけたが、それを見た者達はさらに指をさして笑い続けた。パノンも他の者たちのように下品ではないが、横目でチラチラカンダタを見ながら、隣の席の人物と談笑している。
 戦闘民族としての誇りを汚された気がして、激しい怒りを感じるカンダタの髪の色は、感情と相反して、みるみるうちに銀髪に戻っていった。今や完全にカンダタの身体は自らの支配力の及ばぬ物となっており、立っているのも辛いほど力が抜けていく。
 戦闘民族としての本来の姿になる為には、気を維持しなければならなかったが、まるで無邪気な笑顔を見せるラヴァル侯爵の目の中にでも気が吸い込まれるように、カンダタの身体の経絡を流れる全ての気は乱され、気を溜める為に集中すらできない状態となっていた。
 ――このままではやられる。
 カンダタは緩やかなる“死”を感じた。子サーベルタイガー達と対峙した時のような、“かなりヤバいが、もしかしたら何とかなるかも”という見込みは一切なく、無慈悲に捕食される小動物のような気分であり、喉元にナイフを付き立てられているように感じた。
 その様子を楽しげに見ながら、円卓の者たちはさらに大きく歓声を上げ、遂には破壊された壁の穴からアルバイト店員や、店の客たちも覗きこみ、カンダタを指差し、醜悪な笑い声を上げた。
「随分苦しそうだな。さあ、そこのテーブルの水を飲んで、一息つくといい」
 どうすることもできず、カンダタはラヴァル侯爵の勧めに従い、円卓の上にある水をひったくるように鷲掴みにすると、一気に流し込んだ。水が喉を通りすぎた後、急に異物が取れたような感覚になり、呼吸が楽になる。
ようやく声も出るようになり、額の冷や汗を拭うと、構えを解き、ラヴァル侯爵を改めて見据えた。

「随分なもてなしだな……。ありがたく水を頂いたぜ。おかげで喉の調子も良さそうだ。ところで、なんでアンタがここにいて、ここで何をしてるのか、もしよければ教えてくんねーかな?」
 カンダタが努めて冷静に問いかけると、それまで笑顔であったラヴァル侯爵は真顔に戻り、紳士的な態度で姿勢を直すと、カンダタに頭を下げ、尚も談笑を続ける一同に、雷鳴のような大きな声で一喝した。
「諸君! 静粛に!」
 一瞬のざわめきの後、水を打ったように部屋が静まり返る。
「いや、カンダタ君失礼した。急な訪問に私もビックリしてしまってね。ちょっといたずらが過ぎたようだ。許してくれたまえ。今日は驚く事だらけだよ。君の他にも珍しい客がいてね。まあ、掛けたまえ。順を追って説明しよう」
 カンダタは言われるがまま、ラヴァル侯爵に従い、円卓を挟んで向かい合うように席に着いた。
 アルバイト店員や客たちは再びカフェテリアへ引き返し、パノンをはじめとする円卓の者達も静かにラヴァル侯爵の声に耳を傾けた。
「おっと、忘れていた。今この大聖堂のメインホールからの階段にいる坊やもお連れしたほうがよろしいかな? せっかくだから同席してもらおう。彼の持つ天空の剣についての話でもある」
 ラヴァル侯爵は全てを見通しているようであった。それもそのはず、シャルル達は、ロマリアに入った直後から黒水により監視されていたのだ。
 やがて、カフェテリアにいた男女らにシャルルが無抵抗に従い、円卓のある部屋に連れて来られると、ラヴァル侯爵は一同に対し、もう一度頭を下げ、事情の説明を始めた。

「まずは、シャルル君、ようこそ、ロマリアへ。君たちが天空シリーズの捜索をしていることは私の耳にも入っている。よく君のような20足らずの少年があの剣を手に入れられたね。実に素晴らしい。本当におめでとう!」
 シャルルは、あまりにも有名な伝説の勇者に声をかけられた事に動揺してしまい、何の術もかけられていないのに、先ほどのカンダタと同じような状況に陥っていた。
 慌ててラヴァル侯爵は水を勧め、シャルルはゆっくりと深呼吸をしながら水を飲んだ後、一言だけ返すのがやっとだった。
「ラヴァル卿、お初にお目にかかりましてございます。今日はよろしくお願いします」
 カンダタは、目も当てられないといった風に呆れた表情をシャルルに投げかけると、ため息をつくと同時にわざとらしく下手に振る舞うラヴァル侯爵が気に入らなかったが、しばらく黙って説明を聞くことにした。

「君達が探していたフローラ女史なら、安心したまえ。ちょっと強い薬を飲んで今は意識は戻らないが、身体に害はない。女性に対する接し方としては、いささか問題があるのは承知だ。当方のパノンめがしでかした事だが、代わりに私が非礼を詫びよう。実は今は亡き彼女の父上とは、ちょっとした知り合いでね。私にとっては遠い親戚の娘のような存在でもあるのだよ。
 彼女はパノンの言葉を信じて、自らこの大聖堂に来てくれたのだが、万が一の事があると良くないので、こうして眠って貰っている。ここにいれば安心なのだよ。内務省に会話を盗み聞きされる恐れもない。今は上空に花火が上がっていて、メカキメラも飛ばせないし、このロマリアでは、市中警護は我が『黒水』の者たちが引き受けているので、シグマフォースの者達も管轄外だから手は出せないだろう。報告では、火山で君達が天空の剣を手に入れた時に、謎のチームとシグマフォースが交戦したとのことだが、それも心配は無用だ。街には鼠一匹入ることはできん」

 ラヴァル侯爵の話によると、かつてラヴァル侯爵が天空の兜を手に入れた後、国王軍の本拠地であるラダトーム要塞に持ち帰ると、すぐに国王軍に拘束されたのだという。
 事情も説明されぬまま、何日も拘留され、ある日簡易裁判により、国家反逆罪の罪でラヴァル侯爵の死刑が確定した。国の為に死に物狂いで天空の兜を持ち帰ったラヴァル侯爵はそれをよしとせず、自力で厳重な牢獄を脱獄し、天空の兜を奪い返すと、必死に逃亡したのだという。当時、厳重なラダトーム要塞を抜ける事は、どんな魔物、勇者であろうとも不可能と言われていたが、本拠地で警護の任にあたっていた、近衛兵団のロングワン・アンカーアローは事情を知り、密かにラヴァル侯爵の逃亡を手助けしたのであった。
 そしていくつかの潜伏先で、マスコミに情報をリークしつつ、交流のある勇者チームと密かに体制を整え、天空の兜と情報を盾に政府と取引し、表向きには持ち帰った功績を称えられ、爵位を授かったのだという。
 しかし、国王勢は、その後も虎視眈々とラヴァル侯爵の天空の兜を狙っており、何度か刺客も送りこんできたので、対抗手段として、自ら勇者のコンサルタント会社を立ち上げる名目でルイーダとフランチャイズ契約を結び、最強の私兵組織として「黒水」を作り上げたのだ。
 そもそも、何故政府はそこまで「天空の兜」に拘るのか? 命を狙われてまでこの兜を所持し続けなければいけない理由はあるのだろうか?
 多くの疑問を持ったラヴァル侯爵は、古い文献を調査し、内務省とは別に、様々なOパーツをかき集め、研究し、Oパーツにまつわる秘密のいくつかを解こうとした。
 そして辿り着いた手がかりのひとつが、「ロト」であったのだという。
 この国にまだ人間が住んでいなかった1800年前、初めて外部から移民団が流入した。当時、外国との交流があまりなかった魔物たちは、独自の文化体系、生活様式をとっていた。大規模な街や城壁を築くような事はなく、大地と風の声に耳を傾け、天空から舞い降りる恵みの雨に感謝する自然との共存を重んじるスタイルであった。
それでも、時折訪れる、外国の人間種族とのコミュニケーションは大切にしていたので、移民団を快く受け入れ、彼らの土地を分け与え、街や村を作る手伝いをした。
 自然の豊かなこの国に比べ、当時、諸外国では飢饉や疫病が流行り、フロンティアを求めて国を出る者達が後を絶たなかった。そうして、自らの国を捨てた者たちが、次から次へと、流入してくることとなったが、それでも魔物たちは自らの土地と食べ物を分け与え、彼らの住まいを作り続けた。
 そして、ある時の移民団の中に、この国の運命を変える事となったフィン王国の王子がいたのだった。
 当時、フィン王国では黒死病が猛威をふるい、豊かであった穀倉地帯の農家がほとんど死に絶えてしまった為、極度の飢饉状態となり、150万人を超す餓死者を出していた。
 食糧危機に瀕したフィン王国は、内乱が頻発し、テロにより、国王のシド4世は暗殺され、王宮は蜂起した国民に蹂躙された。事実上の滅亡である。
 唯一生き残った王子であった、シド4世の嫡男であるロトは、身の安全を確保するため、移民団と共にフィン王国を抜け出し、この国に逃れたのであった。禁断の秘術と共に……。

 ここまで、説明した後、急にラヴァル侯爵が話を止めた。
 顔は真っ白な蝋のように青ざめており、先ほどまでの威風堂々とした態度とはうって変わり、落ち着きが無いように部屋の中を見回している。
 パノンや、側近らしき人物たちは、ラヴァル侯爵の様子を伺いながら、やはり落ち着きがない様子である。

「シャルル君……、君はまだ“変化”を感じないかな? これだよ、この感覚だよ。ほら、聞こえるだろう。
そこらじゅうの人間の鼓動が。私の持つ“兜”を通して、直接私の頭の中に聞こえてくる。血管を流れる血の音も。ほら、聞こえないか? ドクン、ドクン、ドクン、ドクン……おや? 今日は特別な心臓を持つ者がいるようだ。ひときわ、血の流れる音が違うぞ? いにしえから続く、聖なる血を持つ者だ……。なあシャルル君、永く天空のアイテムの“気”に充てられると、その持ち主の身体も変化してしまうのだよ……」

 そう言うと、ラヴァル侯爵は円卓に突っ伏してしまった。
 パノンと側近たちは立ち上がり、円卓を取り囲むようにして、何やら瞑想のようなものを始めた。状況を見たカンダタは、一瞬のスキを感じとり、逃げるチャンスは今しかないことを悟った。

「マズいぞ、シャルル。すぐにでもフローラを連れてここを出なければ、かなりヤバい状況だ」
「え? いや、だって、まだ話が…」
「いいんだよ! そんなことはどうでも! とにかくすぐ逃げるぞ! 俺は牢を破壊してフローラを連れ出す! お前はその天空の剣で、あいつらを何とか牽制しろ!」
 シャルルは血のめぐりの悪そうな表情で戸惑い、すぐに行動を起こそうとするカンダタを引きとめようとした。
「何言ってるの、カンダタ? ラヴァル侯爵が今話の途中で、具合悪そうに……」
 あまりにも状況判断能力が欠如しているシャルルにカンダタは激昂した。
「いいから黙って俺の言う事を聞け! ぶっ飛ばすぞ! ラヴァルはもう人間じゃない!!」
 カンダタは言うや否や、戦闘民族としての気を解き放ち、再び金髪となった。

<40. by NIGHTRAIN>


 罵声を浴びせると同時に、カンダタは動いた。
 恍惚とした表情でラヴァルを見つめるパノン達を押しのけ、フローラの元へと走る。後のことを考える余裕はない。フローラを奪還する。それが成功へ近づけるための要であり、最善手である。
 最初に気づいたのは男女である。カップルを偽装していた勇者グループであった。男は戦士、女は見るに魔法使いか。どちらを先に倒すか考えるまでもなく、カンダタは戦闘民族の本能の告げるままに男の腹部に蹴りを叩き込む。
「か、はッ――」
 男が呻く。カンダタの装備しているのは、安全靴(※1)だ。本来、敏感な足指を保護するための鉄板が、男の腹部にめり込む。内臓まで到達したのか、男は血反吐を飛ばしながら、地面に横たわった。肋骨、内臓に会心の一撃を与えた感触が生々しく伝わる。留めに、喉元を踏み潰し、男は絶命した。
 同時に、カンダタを炎の一撃が襲う。
「が、ぐぬぉおおおお」
 全身を激しい熱感が襲うより早く、カンダタは地面に転がり瞬時に火を消す。肉の焦げる臭いがした。
 敵の女はかなりの手練れと見た。レベルにして40は越えていると、カンダタは判断した。女が使ったは“メラ・ゾーマ”――古の神話に伝わる凶悪な魔王の名を冠した炎系最強呪文である。
 女はカンダタの状況を判断し、さらに呪文の詠唱を始める。
 醜悪な火傷を見て眉をしかめるでもなく、カンダタの脇に転がっている男が事切れているのにも悲鳴をあげることもない。死ねばただの肉塊である戦場においてはそれが常識であり正解ではあるが、それを目前の二十歳にも満たないだろう女がやってのけたことにカンダタは苛立ちを隠しきれなかった。
 スラム街でもこんな冷酷な女は見たことが無い。もう幾許かは可愛げがあったものだ。瞬時、自分の育ちに思いを馳せ、カンダタはすぐにそれをかき消した。思い出に浸っている場合ではない。
「ばかやろう!」
 女の詠唱が完成しようとしたその時、パノンが叱咤する。
 詠唱していたのは広範囲呪文であった。カンダタはそれを恐らくはイオナズンであろうと考える。今それを喰らっていたら、即死だったかもしれない。
「城に乗り込むために必要な火薬だってあるんだ! 頭使え!」
 女は項垂れ、「すみません」と頭を下げる。能力的には恐らくパノンの方が下であろうが、立場は上であるようだ。カンダタはその様子から、いくつかの推理を導いた。無能な上司と、使えない部下。叱られている女は能力としては長けているが、観察力と頭が足りない。
 急に始まった説教タイムに、今しかないと判断したカンダタは痛む身体に鞭打ち、フローラの檻へと走った。勝算はないが、この場を脱出さえすれば、内務省と連絡さえ取ることができたならば、ひとまず窮地は脱することは出来るであろう。
 フローラの檻の錠前に手をかけ、一気に引きちぎったカンダタは、フローラに声をかける。
「おい、起きろ。起きろよ、お嬢様!」
 頬を数回張ると、フローラは目を覚ました。一瞬状況が理解できないでいたが、パノンの顔を見ると怒りに顔を赤く染めた。
 しかし、次にカンダタを見て、頬を赤く染める。
「あ、カンダタ。何で、金髪に?」
「何でもいい。今はこの場を脱出するぞ。一番まずいのはシャルルが引きつけてくれている」
 フローラはカンダタにしばしウットリし、それからシャルルを探した。
 シャルルは天空の剣を構え、不気味な呻き声をあげて震えるラヴァルと対峙していた。フローラも、時の人ラヴァルには見覚えがあったし、何より、自分をこんな風に拘束した張本人だ。
「ラヴァル……!」
 フローラは舌打ちする。
「カンダタ、あいつらテロリストよ! この国を滅ぼそうとしているの!」
「そんなこったろうとは思った。確かに今のこの国のやり方も考えもうさんくせぇ。だからと言って、あいつらの味方もイヤだな……」
 ラヴァルは今まさにその姿を変貌させつつあった。その横ではシャルルが、とりあえず天空の剣を抜いて構えていたが、へっぴり腰でヒイヒイ言っている。
 シャルルに何事かずっと話し続けていたラヴァルだったが、今はもう人語すら発していなかった。全身を覆うのは爬虫類を思わせる鱗である。顔もすでに、人間のソレではなかった。口は耳まで裂け、赤い口腔と、チロチロと伸びる血のように紅く細長い舌が覗いていた。眼球は黄色く、瞳は細長く、蛇のそれを思わせた。
 一際高く吼え、ラヴァルの身につけていた高価そうな服が裂けていく。体躯が肥大しているのだ。

 カンダタは部屋の調度品や、床に描かれた文様を見て遂に理解した。
 竜の彫像、竜の象形文字――これは、邪教とされている竜神信仰である。自然のままに生き、自然でないものを屠る。信者は鍛錬を積み、司祭にまで到達したものはその身を竜へと変えることすらできたという伝説さえ残っている。もっとも、この文明の進んだ世界においては、その境地に達するものはまずいないとされており、単なる自然主義者の集団にとどまっていたのだが、カンダタの目前で起こりつつあるラヴァルの変化はまさに、その竜司祭のものであった。
 ラヴァルはその身を徐々に大きくしていく。
 それを見て、パノンが歓声をあげた。
「天空の力を備えた、全てを支配する竜神“マスタードラゴン”だ! ついに、ついに我々の時代がやってきたのだ……! ラヴァル様、万歳! マスタードラゴン、万歳!」
 ラヴァルの鱗が白銀へと変わっていく。
 それは、シャルルの持つ天空の剣や、ラヴァルに今や同化してしまっている天空の兜とよく似た色であった。
「こ、これが天空のОパーツに秘められた力だっていうの……こんなの、バケモノじゃないの!?」
 フローラが発した言葉に、カンダタは胸を締め付けられるような錯覚を覚えた。
 この外見でバケモノであるなら、自分は一体何なのか――カンダタはしかし、すぐにその感情を打ち消した。今は腰を抜かしているシャルルを回収して逃げないと。

 今や白銀の竜と化したラヴァルは室内をぶち破り、その衝撃で火薬が爆ぜた。
 激しい爆発に吹き飛ばされながらも、カンダタは隣にいたフローラを抱き、爆風からフローラを庇った。何階かはわからないが、少なくとも二階や三階ではないだろう高さを落ちながらもカンダタはその背に翼を生やし、クッションになりそうな木々の植え込みへと落下箇所を逸らした。
「カ、カンダタ……」
 植え込みからフローラを起こすと、カンダタは醜悪な顔に悲しげな笑みを浮かべた。
「これが、俺の本当の姿さ。ごめんな、バケモノで」
 頭部と背に、黄金の翼がついており、全身を金色の体毛が覆っていた。
 着ていたラバースーツはある程度、伸びて身を隠してはいたが、さすがに半壊といったところである。カンダタがラバースーツを普段から着込んでいるのは、こういうときに、布や皮だと完全に破れてしまい身を包むものが無くなってしまうからであった。
「俺さ、人間と魔族、しかも戦闘民族の混血なんだわ」
 フローラは、昔観たアニメを思い出した。人間の心に悪魔の力と姿を持つという、悲しい運命の少年の物語(※2)である。そういえば、あれは、戦闘民族と人間の混血をモデルにしていたと聞いたことがあった。
「バケモノの始末は、バケモノがつける。今まで仲間で居てくれて、ありがとう」
 カンダタはそう告げると、歩き出した。
 その先には、ロマリアの街中へその巨躯を現したドラゴンがいる。道行く人は唐突に出現した巨大な竜にパニックになっており、カンダタの存在はあまり注目されていなかった。
 カンダタは、フローラの前で翼を広げると、マスタードラゴン=ラヴァルのもとへと飛び立った。フローラはそれを呆然と見つめることしかできなかった。

(※1)「安全靴」
 不意の事故や落下物による怪我を防止する目的で製作されている靴。
 つま先から足の甲にかけて鉄板等が入っている為、打突時の破壊力も高く、ヤンキーにはもっぱら名前と逆の使われ方をする事のほうが多い。カンダタも好んで、この使い方をしていた。

(※2)「悲しい運命の少年の物語」
 人間を“マン”、それに対比する魔族のことを“デビル”と称し、その混血を“デビルマン”という造語で表現した。その混血種の造語がそのままアニメのタイトルとなった作品である。あくまでも作品名であり、カンダタのような存在を「デビルマン」と呼ぶことはない。これはその名称が人間扱いも魔族扱いもしていない差別表現だとして、人権保護団体が反発したためである。
 実在のモデルが存在しているが、デビルマンとは人間と魔族のハーフであり、魔族にも多種多様な外観が存在する為、作中においてもその姿形は様々である。
 カンダタのように、戦闘民族を親に持つ場合、金色の体毛、黄金の翼を持っているが、戦闘民族の特性で、満月などを見て理性を失ったときには、大猿に変身して暴れ続けてしまうが、このアニメの中ではそのシーンはカットされた。

<41. by よすぃ>


 ロマリアに突如現れたマスタードラゴンに人々は騒然となり、茫然と夜空を眺める者や叫び声を上げ、『22アカシア・アヴェニュー』を南部へ走り出す者、必死にその光景を写真に収めようとする者、恐怖でその場にしゃがみこむ者、様々な行動をする人々が、でたらめな渦を作り出していた。
 北部の高級歓楽街の上空には、いまだ花火が上がっており、その閃光を反射させ、夜空に光輝く銀色の竜の美しい姿はそれが今夜のシークレットイベントであり、何かの祝賀演出であるかのように見えた。

「おい見ろ! なんだあれは! 急に現れたぞ!」
「そんな……まさか……! あれはドラゴンじゃないか! ここはロマリアだぞ!?」
「きっと、何かの演出じゃない? 今日はロマリアを訪れた貴族のお祝いか何かね。ロマンチックね……。素敵……」
「ねえねえ、お母さん、あれドラゴンでしょ! すごいカッコいい! 僕、あれが欲しい!」
「もしや、あれは! 6000年前に滅んだとされる幻の生物、メディルサスではないか? いかん、逃げるのじゃ! 皆の衆!」
「へえー! ドラゴンかあ、珍しいなー。やっぱ都会は違うなあ」

 人々は口々に、大空を遊弋する巨大なドラゴンを語ったが、誰もその正体や、獰猛な目的など知る由もなかった。中には市中警護の黒水の勇者たちもいたが、驚いている様を見ると、それがラヴァルの真の姿であることを知らされてはいないようであった。
 やがてドラゴンは、大空にひときわ大きく咆哮すると、カジノエリアの巨大競技場の尖塔に着地し、それと同時に花火が大きく爆ぜると、人々は感動し、歓声を上げた。
 しかし次の瞬間、ロマリアの人々は恐怖に凍りついた。マスタードラゴンは、高い尖塔の上から地上に向け、灼熱のブレスを吹きかけたのだ。一瞬にして、競技場付近にいた数十人が消し炭となり、それが演出ではないことを身を以て知らされた。
 その光景を間近で見ていた者達は直観的に自らの死が迫っていることを悟り、我先にと逃げ始め、大勢の観光客や市民達の制御不能な雪崩が始まった  そして、遠巻きに見ていた者達が、まだ演出と勘違いしている所に、一斉に押し寄せるパニックとなった人々の巨大な波はありとあらゆる物を飲みこみながら肥大し、街を混乱と恐怖の底に陥れた。

 フローラは人の波の中、一人茫然と立ち尽くしていた。
 この街で、自分を取り巻く環境が激変し、どうしていいかわからなくなっていたのだ。
 数年ぶりに出会ったパノン。人間的にも、男としても成長した姿を見せた彼は完璧に見えた。そして、一瞬であっても、完全に彼に心を奪われてしまったのだ。全てをやさしく、紳士的に包み込んでくれると信じてしまったのだ。
 恐らくはフローラが覚えていない頃、父と一時期交流があったというラヴァル侯爵。国内で知らない者はいない英雄が、パノンの後援者であることを知った時は驚きを隠せなかった。彼はパノンとフローラに全てを約束してくれた。このロマリアで一生幸せになれると。
 しかし全ては偽りであり、卑怯な罠であった。恐らくはシャルルの持つ天空の剣を手に入れ、国王軍に対し、反乱をおこす為の餌として自分が利用されたのだ。怒りもあったが、何より女心を利用され、目前の幸せの絶頂から暗闇に叩き落とされたダメージは大きかった。
 さらには、眼前で変貌してしまったラヴァル侯爵とカンダタ。
 カンダタが去り際に見せた表情は、魔物に変貌しても、どこか人間味が残っており、その瞳には、深い哀しみとやさしさが宿っていた。
 そして、眼前でカジノエリアを火の海にするマスタードラゴンを見て、全ての原因が自分にあるように思え、
胸が詰まるような悲壮感に包まれ、どうしていいかわからなくなった。フローラの目からは涙が溢れ、冷たい雫となって通りのレンガ道の上にこぼれ落ちた。
「……最低。もう、嫌よ……、こんなの……」
 フローラが絶望に打ちひしがれそうになった時、大聖堂の入り口から数人の男女が飛び出してきた。
そして、皮肉にもその中にいたパノンを見て、無意識に安堵すると共に、フローラは怒りで自分を保つことができた。
「いたぞ! あそこだ! すぐに捕えろ!」
 パノンが指示すると、数名の男女は瞬く間にフローラを取り囲んだ。
 いずれも見た目は様々であるが、手練の勇者たちであるらしく隙がない。魔術師達はすでに詠唱に入り、その脇を剣を抜いた戦士や、無手――おそらく武道家の男が固めていた。
「よくも私を騙したわね! パノン!!」
「騙してなんかいないさ、フローラ。僕の気持ちに偽りはない。君と一緒になりたくて、ラヴァル侯爵の元へと連れて行ったんだ。侯爵には君の血が必要だ。神聖なロトの血がね。ラヴァル侯爵に君を捧げれば、君はずっとラヴァル侯爵の中で生きる事ができる。僕たちは二人で幸せになれるんだ」
「あなた正気なの? いつからそんなたわけた事を言うようになったわけ!?」

「昔からさ。知らなかったのかい? 僕は元々ラヴァル侯爵から君を監視するよう命じられて、わざわざマエハラのあの『める☆キド!?』の送迎馬車の運転手をやっていたのさ。君の体内に宿るロトの血が、本当の役目を果たす力を備えているので、誰にも渡さないよう、すぐ近くで君を守る必要があった。機が熟し、ラヴァル侯爵が迎えに行く日までね。
 しかし、あの摘発で、なにもかもが散り散りになってしまい、一時は途方にくれたものさ。でもある時、侯爵の情報網に、君が天空の装備を探す旅をしている事実が入ってきたので、僕は君がロマリアに来てくれた時は歓迎してあげようと思った。僕達二人は、生まれた時から運命で繋がっていたってわけさ」

 パノンは、恍惚とした表情で語り、フローラは唇を噛み締めた。この男は初めから自分を狙っていたのだ。激しい憎悪の感情がフローラを支配する。

「ふざけないで! このストーカー野郎! 絶対に許せない!! あの変態クソラヴァルも死ねばいいのに! なんであんな変態親父に私の血を差し出さなきゃならないのよ!!」

「レディーがそんな口をきいてはいけないよ、フローラ。侯爵は以前、君のお父様と交流があり、君が生まれた時も立ち合ってくれたそうだよ。何度か、幼い君も抱いているそうだ。侯爵の持つ天空の兜には、秘密があってね。
 Oパーツは、元々この国にオーブ(宝玉)として存在したもので、今のような武具の形ではなかった。
大地、水、炎、風、天空、を初め、光や闇、雷(いかづち)といった様々なオーブがあり、この国の各地に祀られていたそうだ。ところが今から1800年前、あの失われた国フィンの王子、ロトが現れて、ある秘術を用いて、
オーブをバラバラにし、その力を武具に宿すことができるようになったそうだ。
 そしてその武具を用い、多くの勇者達が魔物を駆逐し、この国を我々人間が平和に暮らせる国にしたそうだ。
ただ悲しいことに、1800年の時の流れは、Oパーツから徐々に力を奪ってしまい、今は実は本来の力の10パーセントも出ていないらしい。しかし、秘術により、Oパーツをロトの血に浸すことにより、100パーセントの力を引き出すことができ、その時、ラヴァル侯爵は、神になることが出来るんだ。
 また、Oパーツは同じ特性を持つ物、元はひとつのオーブだったものが集まれば集まるほど、その力を増幅させるようだ。シャルル君は、奇跡的にも鎧のコア(オーブのかけら)を取りこんで、しかも剣を持つ。君の血と、シャルル君の身体、剣を侯爵が体内に取り込めば、この国の腐った政府も魔物も一掃し、真の平和を築き、世界中の国を圧倒的な力で支配する事ができるんだ!
 古い遺跡にあった石板に描かれた象形文字を解読したところ、元々フィン王家もOパーツも、太古に滅んだ古代文明の残した遺産だったらしいよ。何らかの原因で滅んだ古代文明は、元々ひとつに集約されていたオーブや秘術を別々の国に遺した。これはラヴァル侯爵の推測だが、フィン王家の持つ血統は、元々は失われた古代文明の王家の血ではないかと仰られた。きたるべき時に備えて、受け継がれてきたものが、今ひとつになろうとしている。僕達が世界の歴史を変える事ができるんだよ!
 そしてもうひとつ、フィン王家の血の中でも、特にOパーツに力を与えられるものが、女性の血、それも18を迎え、30になるまでの女の血が、最も力を宿しているそうだよ。今の君の血がそうさ、フローラ。歴史では語られていないが、最初にこの国にやってきたフィンの王子ロトは、実は女だったのかもしれないという話もある」

 あまりにも飛躍した話にフローラはついていけなかった。
 真剣な表情で話すパノンの様子や、フローラを取り囲むパノンの部下らしき者達の様子を見ると、どこか病的で、まるで何かに洗脳されているように見受けられる。そして、恍惚として話していたパノンは、急に表情を曇らせ、フローラにすがるような口ぶりで話し始めた。
 それは、どこか自信がなく、人の様子を伺いながら話していた、マエハラでの送迎運転手時代のパノンの話し方であった。

「僕はこのロマリアの都督バルザックの隠し子だったんだ。母は高級クラブで働いていたホステスだったが、僕を身ごもってから職を失ったばかりか、父からは世間体があるから二度と接触しないで欲しいと、わずかばかりの手切れ金を渡されてね。それでも母は、父への思いを捨て切れずに、このロマリアを離れられなかった。デパートの清掃や、宿屋の清掃、風俗嬢、なんでもしながら僕を一生懸命に育ててくれた。決して実入りも良くなく周りの華やかな世界に比べて、みじめなものさ。
 けど、そんな母に対して世間は冷たく、特にこのロマリアでは、シングルマザーは嫌われてね。街中の貴族から蔑まれ、嫌がらせを受けたものさ。小さい頃は、周りの子からは僕は徹底的に虐められた。その子等の親が、僕を汚いアバズレの子だと、人間じゃないと言うんだ。そして、ある日、母は過労で倒れ、そのまま死んでしまった。僕はたった一人になり、施設に入れられ途方にくれたよ。
 施設の所長は変態で、親のいない僕らを毎日日替わりで選んで所長室に連れていって、レイプしたんだ。10歳にも満たない子供だったが、自殺も考えた。そんな僕に救いの手を差し伸べてくれたのが、ラヴァル侯爵だったんだ。僕の入っていた親のいない子達の施設に、ある日侯爵がやってきて、皆を自分のお屋敷に引き取ってくれたんだ。施設のうわさを聞きつけたラヴァル侯爵は黒水を率いてやってきて、所長を逮捕してくれたんだ。
 そして、僕には、『悔しかったら強くなれ、男なら自分の力で全てを手に入れて、周りを見返してやれ』と励ましてくれて、全てを与えてくれた。僕にとっては、命がけでついていかなければならない父親がラヴァル侯爵なんだよ。そして、侯爵の望むものなら、僕はこの身を犠牲にしてでも、手に入れてあげたい。お願いだフローラ! 僕の為にその身を侯爵に捧げてくれ!」

「あなたが可哀そうな生い立ちなのは分かったわ。でも私には関係のないことよ。それに、あなた達の為に私の身を捧げるつもりは毛頭ないわ。もし私を殺して、あのドラゴンにこの身を食わせるつもりなら、例え刺し違えてでも、あなただけは絶対にこの手で殺してやる!」

 フローラは憎悪の塊を抑えきれずに、火炎魔法の詠唱に入った。
 通常、ひとつの詠唱を終える事により、ひとつの魔法が発動するが、フローラは特殊な声帯の変化により、いわば腹話術のようなテクニックを用い、2つの呪文の詠唱を同時に行う事ができた。また、両手を使い、手話の要領でマジックスペルを組むことにより、さらに2つ。これで合計4つの呪文を同時に扱う事が出来た。
 これは、指先の繊細な動きや喉の奥の筋肉を鍛える事によって初めて可能な技であり、ソープ時代に培ったテクニックによるものであった。しかし、一度に4つの呪文を扱う精神的負荷はとても大きく、呪文の行使後は
極度の脱力感と火炎呪文行使による脱水症状、イライラ、睡眠不足や自律神経失調症、生理不順に悩まされる為、滅多なことでは4つ同時呪文は使用しないでいた。

「来たわ! ベギラゴン4倍!!」
「出来た! イオナズン!!」
 最初に詠唱を終えたのはフローラであった。
 一瞬遅れて、大聖堂の中でパノンに叱咤されていた20歳そこそこの女魔術師が詠唱を終えた。
 人に聞きとれないほどの声で自らの潜在意識に語りかけ、呪文を詠唱した後は勝手に魔法が発動するので、特に魔法の名称を言う必要もないのだが、『どうだ? こちらはこれだけすごい魔法スペルをこの短時間で組み上げて唱える事が出来たんだぜ?』といった具合に、ドヤ顔で相手に向かって言い放つのが、この世界ではクールであるので、気持ちにある程度余裕がある時や、相手が憎くて憎くて仕方が無い時、呪文の名を叫ぶのが魔術師達の暗黙のルールであった。
 もちろん、本当に余裕のない時は、そんなことを言っている暇はない。
 フローラの放った火炎呪文は、取り囲む全てのパノンの部下達を地獄の業火で包み、その炎は大津波のごとく、何度も何度もパノンの部下達を襲った。炎系に対し、爆裂系の呪文をぶつけたのが、女の命取りであった。
 火に油を注ぐどころか、ニトログリセリンを注いだようなものである。ギラ程度の炎であれば、多少遅れた所で爆発の力で吹き飛ばせもしたが、フローラの放ったのは、ギラ系最強の魔法であり、それが4乗(4つ同時に唱えると、単純に×4ではなくべき乗計算となる)の威力になる為、さすがの爆裂魔法系最強呪文、イオナズンといえども、跳ね返され、自らに降りかかる事となった。
 パノンの部下の女は、イオナズンを唱えたドヤ顔のまま、爆裂と業火により、一瞬にして粉々に四散した。
 パノンはやや離れた所にいた為、部下達の焼かれる炎の外側にいたが、熱風が髪を焦がし、スーツをボロボロにした。
 そして、炎の壁の向こう側では、さらにフローラが詠唱に入っていた。目からは涙を流し、もはや復讐の鬼となったフローラを止める術はなかった。

<42. by NIGHTRAIN>


 大混乱のロマリアの街の中、ようやく事態を察知した国王軍のロマリア守備隊本部からは、しきりに街中に緊急放送が流れていた。
『緊急放送。緊急放送。こちらは、ロマリア守備隊本部です。現在、謎の魔物が出現し、市内に緊急避難命令が出ております。付近の守備隊、もしくは黒水の勇者の指示に従い、すみやかに避難してください。繰り返します、現在……』
 しかし、いまや恐怖と混乱でパニックとなった人々の雪崩は制御不能であり、黒水の勇者たちや、わずかな守備隊の兵士たちではどうすることもできずに、マスタードラゴンのいる北部とは反対側の南部へ流されていくのみであった。
 そしてさらに、思いがけない恐怖の出現により、人々は南部のロマリアからの脱出口も封鎖されてしまい、南でせき塞き止められた人々の流れは、北から押し寄せる流れと衝突し、何百人もの人々がドミノ倒しになり、もみくちゃにされた。まさに地獄絵図(※1)である。
 守備隊本部には、次から次へと情報が入っており、錯綜した情報の中で、守備隊としての機能は完全にマヒしていた。ロマリアの守備の要はそもそも黒水に託されている。
 その為に都督は高い防衛費を割り当て、ラヴァル侯爵に全権を委任しているのだ。国内でも精鋭部隊の呼び声の高い黒水がありながら、ここまでの混乱が起ころうとは予想だにしなかった事態であり、守備隊の規模では手に負えない状態であったのだ。
 守備隊長のアンリは、混乱する部下達に増援要請を命令するのでやっとであった。
「黒水や監視塔は何をしていたんだ!? なんであんなものが市内に現れている!? 都督やラヴァル侯爵とは連絡は取れたのか!」
「ダメです! ラヴァル侯爵は全くとれません!! 都督は首都のニューアフレガルドで議会に出てるので留守です! 監視塔も何も見なかったそうです! 突如現れたと……。それから新しい情報ですが、金色に光る魔物がドラゴンと同じ北部に現れたそうです!!」

「もう我々ではどうにもならんぞ!! とにかく引き続き、ラヴァル侯爵に連絡が繋がるまでコールしろ! 必要とあれば黒水の部隊長どもに個別に指示を出せ! 砲兵隊はすぐに出動させて、ロマリア付近にいる勇者達はすぐに現場に急行させろ! サマルトリアの近衛兵団にも応援を要請しろ! 一個大隊でも一個連隊でも可能な限り兵を動員しろ!! こりゃ魔王軍の侵攻だ!! ロマリアに喧嘩ふっかけるなんざ、ロマリア始まって以来の暴挙だ!! こうなりゃトコトン戦争してやるぜ!!」

 完全に頭に血の上ったアンリは、半ばやけくそに命令していたが、さらに追い打ちをかける報告を部下が放った。

「隊長!! 南部で巨大なサーベルタイガーを見たと通報がありました!! 牙を剥き出しにして、避難してくる人達を喰おうとしているそうです!!」

 * * * *

 南部に現れたのは、並々ならぬ気配を察知した、サーベルタイガーのシルバーであった。
 虚空を睨み、恐ろしい唸り声を上げ、一歩一歩、怒りの闘気を放ちながら迫る姿は、百獣の王たる覇気に満ち溢れ、眼前の全ての人間を喰い尽さんと言わんばかりであった。
 眉間にしわを寄せ、涎を垂らし、牙を剥き出しにして怒り狂う姿に人々は恐怖した。
『なんだあれは!! 変なのが飛んで火を吹いている! お父さんが危ない! お父さんを助けなきゃ!!』
 駐車場で帰りが遅いお父さん(シャルル)達に待ちくたびれ、しかもお父さん(シャルル)に貰った「天空のカステラ」が食あたりをひきおこし、とても具合の悪かったシルバーは、なんとか辛い身体をひきずって、街の入り口までやってきたのだ。
 今にも吐きそうで具合が悪いシルバーは唸り声をあげ、涎を垂らし、苦しみの表情を浮かべながらもお父さんを助けたい一心でその場に立っていたのだが、街の人々には自分達を食べる為にやってきた魔王軍の放った魔獣にしか見えなかったのだ。
『ねえ? お父さん見かけませんでした? 僕、お父さんを助けなきゃいけないんです』
「嫌あ! 助けて! こないで! 死にたくない!」
 当然、シルバーの獣語など分かるわけもない街の人々とシルバーとのコミュニケーションは全く取れていなかった。

 * * * *

「全く、あの馬鹿女、もしフローラに爆裂魔法が当たったらどうするつもりだったんだ!! ラヴァル侯爵に与える大切な身体だってのをあれほど言っておいたのに!! 自業自得だ! 馬鹿め!! 地獄で己の馬鹿さ加減を嘆くがいい!!」
 大聖堂前の通りでは、パノンがバラバラに四散し、塵も残さぬほど焼き尽くされた女魔法使いに対し、毒をはいていた。そして、パノンの部下達を焼いた業火の壁の向こうで、まさにフローラが詠唱を終えようとしている時であった。
『フロ、ォ……ラ……!』
 マスタードラゴンが、フローラの名を叫び、止まっていたカジノの尖塔から飛び立った。
 尖塔から再び大空に離れ、その翼を広げた姿は、大空の支配者のようであり、神々しく咆哮するマスタードラゴンに逃げ惑う人々は、畏怖の念すら感じた。
 一瞬、自分の名を呼ばれたフローラの意識が途切れ、詠唱を中断した直後であった。遅れて大聖堂から出てきたパノンの部下の武道家らしき男女が、猛スピードでフローラの両脇に迫り、身体と口を抑えた。これでは魔法は唱えられない。
「……!!(離せ!! この狂信者どもめ!!)……!!」
 フローラは口をもごもごさせたが、パノンの部下達は冷静にしっかりと力を入れ、フローラを拘束した。
「でかした!! そのまま押さえておくんだ!! ラヴァル侯爵がこちらにきて、彼女の身体を召されるまでしっかりと押さえておけ!! くれぐれも身体には傷をつけるなよ!! 彼女は血の一滴ですら、とても貴重なんだ!!」
 パノンは狂喜乱舞し、フローラの元に歩み寄り、部下達を褒めちぎっている。そこへ市中警護の別の黒水の勇者たちが合流した。
「パノン殿!! よくぞご無事で!! 今しがた、大聖堂よりあのドラゴンめが飛び立つのを目撃したので、もしやと思いましたが……。御屋形様はいずこに!?」
 どうやら、パノン達の事情や、ラヴァル侯爵の正体を知らない勇者達のようである。
 ラヴァルは一部の幹部や側近、パノンにしか計画を打ち明けておらず、大半の黒水の勇者達は、自分達が反乱の為の手駒とされる事や、元々何の目的に自分達の組織が立ちあげられたのかは知らなかった。
「この女と、あと2人の男が、あのドラゴンを街に連れ込んだのだ!! 今主犯である女は捕えた! ラヴァル侯爵は今はここにはいない! おそらく黒水の本部に向かわれたのであろう! お前達も本部へ急ぎ、事態収束の為、尽力せよ!」
 パノンは駆け付けた黒水の勇者達に命令すると、その場を離れさせようとした。
 しかし、街中が混乱し、思うように動けない勇者たちは、パノンの元に続々と集まり、周囲が炎で包まれていることを不審がり、統制のとれた動きができない状態となっていた。
 そこへ、上空より蟻の大群のような状態の人の群れの中にフローラを発見したマスタードラゴンが、一気に滑空し、咆哮しながら再び灼熱のブレスを吹きかけた。
 周囲の群衆は炎に包まれ、数名の黒水の勇者達も一瞬にして蒸発した。パノンにも火の粉がふりかかり、スーツが熱で完全に焼け焦げた。
「だめだ……!! あまりの飢えに、完全に我を忘れている……!! この僕を焼くなんて……!」
 まさか自分がいる間近で炎を吐くとは思っていなかったパノンは、フローラの血に狂い、すでに理性を失い、全てを焼き尽くさんとするラヴァルに恐怖した。
「ここにいてはマズい!! その者を連れて、すぐに防火シェルターに避難するんだ! 市民の誘導は後回しにしろ! こちらが最優先だ!」
 そう指示すると、パノンは真っ先に逃げ出し、残された黒水の勇者たちやパノンの部下は戸惑い、行動が遅れた。そうするうちにマスタードラゴンが旋回し、再び炎を吐きながらフローラに迫った。
「間に合った!! ぶっ飛べ!! この野郎!!」
 そこへ、現れたのが、マスタードラゴンを追って、飛び立ったカンダタであった。金色の光跡を残し、カンダタが渾身の力を込めて、マスタードラゴンの顎に横から突っ込む形で蹴りを入れたのだ。
 炎に正面から突っ込むことができないカンダタは、マスタードラゴンに対し、発見されないよう、大きく迂回し、背後から迫る形で追っていたので、捕捉するのに時間がかかったのだ。
 マスタードラゴンは横っ面を吹き飛ばされ、付近の建物に叩きつけられた。地上でその様子を見ていた群衆は、もう何が何やら分からず、ただ喚き散らし、口々に恐怖の叫び声をあげた。建物に叩きつけられたマスタードラゴンは、さほどダメージはなかったが、思いもよらぬ攻撃に防御の形をとることができず、そのまま墜落し、その巨躯を『22アカシア・アヴェニュー』のレンガ道に深くめり込ませる形で墜落した。
 大きな地響きと、土煙が舞い上がり、砕けた建物やレンガの細かい粒がパラパラと辺りに降り注いだ。
 そこへ、黒水の重武装チムニーや、守備隊の砲兵隊から爆弾岩の一斉砲撃が始まった。凄まじい砲撃の嵐に、付近のビルは崩壊し、ドラゴンの放った業火や、フローラの放った業火に包まれたロマリアはかつて百億ゴールドの夜景と称されたその姿を一夜にしてみるも無残な姿に変貌させた。
「フローラ! 大丈夫か!?」
 マスタードラゴンに蹴りを入れたカンダタは、化け物の姿のまま、フローラの眼前に降り立った。
 フローラを取り押さえていたパノンの部下は、上官が恐れおののき、逃げ出したことを悟ると、フローラの拘束を解き、カンダタに対して身構えた。
 黒水の勇者達も今度はカンダタを取り囲み、剣や銃を抜き、カンダタを制しようとした。しかし、次の瞬間、大きな爆風が周囲を包み、その場にいる全ての物が数メートル吹き飛ばされた。
 カンダタはなんとかフローラを両翼で守り、爆風の衝撃から守ったが、その熱の為、翼の表面の金色に輝く体毛は焼かれ、大きなダメージを負った。
 大地に墜落したマスタードラゴンが、放たれた砲撃を無差別に跳ね返していたのだ。そこら中に跳ね返された爆弾岩が飛び散り、辺りは爆風と土煙で何も見えなくなっていた。

 * * * *

 混乱するロマリアの通りに、黒塗りの馬車があった。
 馬車の中では、身なりのよい、中年の小太りの男がひたすら御者に怒鳴り散らしていた。
「おい! なんとかならんのか!? 早く馬車を進ませろ! この街を出るんだ!」
 しかし、馬車は逃げ惑う群衆の中で立ち往生しており、1ミリも前に進めない状況であった。
 御者は苛立ち、無理やり馬を進めようと鞭を振るったが、目の前に大勢の人々が喚き散らして固まっている中では馬は進もうとはしなかった。
「だめです! もう馬車を捨てて、徒歩で脱出しましょう!」
「この私に歩けと言うのか!! この痴れ者めが!! 私はここを一歩も動かんぞ!! 馬車の前の愚民どもなど、蹴散らせんのか?」
 御者は言う事を聞かない馬達や、無理難題を喚き散らす主人、目の前を右往左往する群衆にイライラし、遂には馬車の中の男に怒鳴り返した。
「やかましい! てめーがこんな国までこなきゃ、俺だってこんな危ない目に遭わなかったんだ! もう俺は降りる!! あとは一人でなんとかするんだな!! あばよ!!」
 そう言うと御者は馬車から離れ、群衆をかきわけて、人込みの中に消えていった。
 馬車に残された男は尚も叫び続けたが、どうにもならないことを悟ると、しぶしぶ馬車を降り、徒歩で避難を始めた。
 途端に、逃げ惑う群衆に突き飛ばされ、路上にしこたま後頭部を打ちつけた。痛みをこらえながら、男は泣きそうな顔で立ちあがり、群衆の中で押し合いへし合い、この国に来てしまった事を後悔しながら歩いた。
(糞ッ……!! あのパノンとかいう小僧め……!! ラヴァル侯爵と引き合わせるとか言っておきながら、これは何だ!? 交渉は決裂だ!場合によっては、本国に要請して、すぐにでも単独で攻め込む準備を始めなければならん!!)
 男は突き飛ばされた路上に、ポケットから数枚の金貨と、書状を落としている事に気付いていなかったが、逃げ惑う人々の足元でそれらは散り散りに蹴飛ばされ、破けてしまった。
 書状には、ドルアーガ帝国の紋章が入っていた。この国の内戦が始まり、現国王軍が魔王軍に侵攻を開始した頃、魔王軍、国王軍、両陣営に極秘に軍事顧問や武器商人を送り込んでいたのが、ドルアーガ帝国である。

(※1)「まさに地獄絵図」ポスター
 この時の様子は、後に「フジオーカ・ヒロスィ、」によって特撮映画化され、全国でヒットし、ロングラン上映となった。
 多くの人々は、映画を見て、当時を思い出すようだと涙し、「フジオーカ・ヒロスィ、」は、この映画でアカデミー大賞の36部門を総ナメした。
 その後もキャラクター商品、グッズ、DVD等の販売により、莫大な富を得たが、「フジオーカ・ヒロスィ、」は多くの人が犠牲になったことに心を痛め、映画で得た収入は、全て災害給付金としてロマリアに寄付した。しかし給付金は、何故かその半分も被災者たちには行き届かなかったと言う。
 画像は、上映当時の宣伝ポスターである。
(プレミアがつき、オークション等で1枚あたり2000ゴールドで取引されている)

<43. by NIGHTRAIN>


『あの、お父さんを知りませんか!? ねえ!!』
 サーベルタイガーのシルバーは逃げ惑う人々に必死に訴えかけていたが、だれ一人として耳を貸すものはいなかった。
 人間がサーベルタイガーの言葉を理解するはずないのである。
「くそ……こんなときに“ドラゴンソルジャー”ウエシーマさえ居てくれれば……」
 軍事オタクのデブが、ドラゴンが燃え盛る炎のブレスを吐いている姿を見て、悔しそうに拳を握り締める。
 彼は、ヤマダ・タロウ氏(36歳)。サバイバルゲームの仲間たちと一緒に、ここロマリアに店舗を構える、ミリタリーマニアなら知らない者はいないと言われる“マグナムショップ・夢幻”にやって来たのだが、こんな大惨事に巻き込まれてしまっていたのだった。
 ヤマダ氏は自分自身は戦う術はおろか身体を鍛えることさえ億劫で、何もせず日がなインターネットで軍事関連の情報を収集したり、戦争映画などを観て悦に浸る毎日で、いざ有事の際には自分が巻き込まれても、豊富な知識で切り抜けられると信じて疑っていなかった。しかし、太りきった体にはこの惨事を切り抜けることはできそうにもなかった。
 今はただ、自分自身の身を包むこの迷彩色の服と、同柄のヘルメット。街中なので小型拳銃とナイフをふくらはぎにつけてズボンを着込んでいる、というその装備を恥ずかしく思った。自分では、この場を切り抜けることさえできない。
「くそ……こんなときに“ドラゴンソルジャー”ウエシーマさえ居てくれれば……」
 ドラゴンから目を背け、目前の唸り声をあげるサーベルタイガーを睨みつけヤマダ氏はなぜかもう一回同じことを言っていた。
 これは、ただ単に彼の知識の浅さの表れであった。なので、ヤマダ氏はちょっと補足しておいた。
「あのお方は、ドラゴン以外にはアリンコにも負けるというほどのダメっぷりだったが、ひとたびドラゴンと合間見えたら、フィン王国にその昔猛威を振るったというバハムートさえ葬ることさえできただろう」
 誰が聞いているわけでもないが、こうやって説明口調で知識を振りかざしたがるのはオタクの特徴であった。
 何より恥ずかしいのは、そこで情報が止まっていることである。ウエシーマは、先日の捕り物の際に戦死したとニュースで発表があった。ウエシーマを倒したのが、目前の唸り声をあげるサーベルタイガーの子どもだとは夢にも思っていないヤマダ氏である。
「くそ……こんなときに“ドラゴンソルジャー”ウエシーマさえ居てくれれば……」
 いい加減、言うことがなくなり、また同じことを呟いた(※1)そのとき――ヤマダ氏のもとへ、瓦礫と化した建物の一部が振ってきた。
 真上に迫り来る岩の塊を見て、驚愕に目を見開くヤマダ氏。死を覚悟したヤマダ氏が目を閉じる。
 しかし、その瞬間、耳の鼓膜を破るような轟音が聞こえ、目前の瓦礫を吹き飛ばし、チムニーがヤマダ氏を庇うように停車した。
「こ、これは……?」
 ヤマダ氏の視界に、ひとりの男が映る。
 男はチムニーに歩み寄る。
「あ、あなたは……!」
 チムニーが発進しようと、エンジンをふかし始める。男はそれに飛び乗った。
「シムラ・シン――! 衛兵隊長の、あの名高い……」
 名高い武人はみな、一様に二つ名を持っている。
 それが「竜殺し(=ドラゴンソルジャー)」であったり、「虎殺し(タイガークラッシャー)」であったり、はたまた「神殺し(ゴッドバスター)」であったりする。しかし、シムラ・シンが愛飲するのは、はるか東の国で製造された酒「鬼殺し」である。そして、シムラ・シンの二つ名は――
「女殺しのシムラ!」
 シムラを乗せたチムニーは一声甲高く、「トランスフォーム!」と叫ぶと、二足歩行する形態へと変貌した。また、そんなチムニーとシムラの姿を認めると、サーベルタイガーは急におとなしくなり、同じくチムニーに寄り添うようにして歩き始めた。
「あんなクールなチムニー見たことないでござる! おそらく、軍事機密に国家が開発した兵器でござる! それに、サーベルタイガーさえいとも容易く手なずけるとは、さすがはシムラ・シンでござる!」
 鼻息を荒くし、ヤマダ氏は黒縁めがねをクイックイッとあげながら、シムラ・シンが歩いていくのを呆然と見つめていた。
 その背中はまさしく漢だった。
「今先ほどまでも数々の魔物と戦っていたのだろう。生傷が絶えないでござる。さすがはシムラ氏でござる……」
 しかし、ヤマダ氏は大きな勘違いをしていた。
 ひとつは、チムニーはカンダタが遂に借金を重ねる第一歩(器物損壊)を始めたことを防止する為に発進した際、たまたま軌道上に瓦礫があったのを破壊しただけであること。また、それにシムラが乗ったのもたまたまそこに仲間のチムニーがあったからである。当然、シルバーが大人しくなったのも、シムラとチムニーについて行けばシャルルに会えると思ったからである。
 そして、ヤマダ氏の勘違いはもうひとつ。シムラの全身の傷が、かつての上司から受けたものであったことを、ヤマダ氏は知らない。
 後に生還したヤマダ氏によって、このときのシムラ・シンの勇姿は必要以上に美化され、誇張されて、ネット上で伝わることになるのだった。

(※1)「また同じことを呟いた」
 この世界ではよくあることである。たとえば、村の入口などに立って、「ここはマンゲツのむらだよ」としか言わない村人。
 山賊に追い掛け回されているのに、呑気に「きゃー、たすけてー」しか言わない婦人。また、それを延々と「へっへっへー、おれといいことしようぜ!」しか言わない山賊。そして、同じ場所を延々とぐるぐる回り続ける二人。
 話しかけるこちら側が間に割り込むと片方が止まってしまい、追いかける方と追いかけられる方が逆転してしまい、おかしなことになるが、それでも二人はめげず同じセリフしか言わない。
 重ねて言うが、この世界ではよくあることである。しかし、村の入口などで、延々と「ここはマンゲツのむらだよ」と言い続ける人の場合は、まれにバイトであることもある。給料は日当で朝九時から夕方六時まで立ち続けて言い続けて、10ゴールドである。休憩は間に一時間挟むが、この金額は最低賃金を下回っている。(これは、1ゴールド=500JPYであることを考えると、わかりやすい。)

<44. by よっしゅ>


 シムラの乗り込んだコンボイとシルバーを熱い羨望のまなざしでみつめるヤマダ氏(※1)の肩を叩く者がいた。
 振り向くと、そこには“マグナムショップ・夢幻”のオーナー、ヤマダ・ハリー・ヤスオ氏(81)が、全てを射抜くような鋭い眼光で2キロほど先のロマリア北部の炎を睨みながら立っていたのだ。
 苗字は同じ“ヤマダ”であるが、ヤマダ・タロウ氏とは何の血縁関係もない。ただの偶然であったが、タロウ氏の方は、運命的なものを感じており、オーナーに心酔している。
「オ……オーナーではないでござるか! ご無事であったでござるか!?」
 ヤマダ・タロウ氏は歓喜の声を上げたが、ヤマダ・ハリー・ヤスオ氏は今度はヤマダ・タロウ氏を無言で睨みつけた。
 目は口ほどにものを言うということわざは、まさにこの男の為に作られたのではないかというほど、その眼力には凄味がある。一瞬でも気を抜けば、眼力だけで射殺されてしまうのではないかと思うほどの殺気を放つと同時に、望む、望まないに関わらず、多くの強敵たちを葬ってきた哀愁が宿っている。
 ヤマダ・タロウ氏が固唾を飲んでその様を見守っていると、ようやくヤマダ・ハリー・ヤスオ氏はその重々しい口を開いた。
「アンタ、こいつを使いこなせるか? これであのドラゴンを葬ってほしい……」
 ヤマダ・ハリー・ヤスオ氏の手には、伝説の銃「44マグナム・スペシャルVer」が、ロマリアの炎を反射させ
冷たい無機質な光を放っていた。
 劇鉄を起こし、引き金を引けば、それで全てが終わる。「44マグナム・スペシャルVer」の前に立つ者はなく、それを握る者は闘いの環の中に入り込むことになる。生と死が一瞬にして分かたれる、終わることのない闘いの環の中に。
「こ……、こんな名銃を拙者に……!? オーナー! 本気でござるか!?」
 ヤマダ・ハリー・ヤスオ氏は頷く代わりに、重い銃身を鮮やかに回転させ、グリップのほうをヤマダ・タロウ氏へ向けた。
「弾は装てんしてある。あとは引き金を引くだけだぜ……」
 渋い。渋すぎる。全ての男性が憧れ、全ての女性をときめかせるだけの渋さが、ハリー・ヤスオ氏にはあった。
 ハリー・ヤスオ氏のお店で開くイベントのサバイバルゲーム大会ではその渋さゆえ、誰もハリー氏にBB弾を当ててはならないという暗黙のルールがある。
 ヤマダ・タロウ氏を始めとする、サバイバルゲームマニア達の間では、「“渋さ”=“無敵”=“死なない”」というよくわからないが厳格なる掟があり、これを破ることは禁忌とされ、マニア達から追放の罰を受け、二度とその世界に足を踏み入れることは許されなかった。
 サバイバルゲーム中、ハリー氏は、やたらめったら焦ったような動きはしない。流れるような美しい動作で、障害物に隠れるような女々しい真似はせず、ゲーム会場のど真ん中をゆっくりと、ブーツの足音を響かせながら歩く。
 そして、物陰から突如現れる敵役の放つBB弾はわざとにそれさせ、ハリー氏はそれを確かめた後、リボルバー式のモデルガンでファニングショット(銃を撃つきき腕とは反対側の手で劇鉄を次から次に起こしながら
連続で早撃ちをする技術)をキメる。BB弾が当たる、当たらないに関係なく、相手は派手に吹き飛ぶ。それを確認した後、ハリー・ヤスオ氏は、銃を鮮やかに回転させ、ホルスターに収める。
 この流れを延々と繰り返すのが、ヤマダ・ハリー・ヤスオ氏の店で開くサバイバルゲーム大会の主旨である。
 ゲーム終了後は、参加者達に店側からハリー・ヤスオ氏手作りのマカロニが振る舞われ、会場が店の西側にあることから、ハリー・ヤスオ氏の店で開くゲームスタイルは「マカロニ・ウエスタン」と呼ばれた。
 そして、そのゲーム中、常にハリー・ヤスオ氏が手に持つ物が、伝説の銃「44マグナム・スペシャルVer(注:モデルガン)」である。

「しかし! これを拙者に渡してしまったら、オーナーは丸腰になってしまうではないでござらんか!! それではオーナーの身が……」
「いいってことよ……。もう俺は半世紀以上もこの世界でやってきた。そろそろ、世代交代ってやつさ……」
 ハリー・ヤスオ氏の目から、一瞬だがキラリと光るものがこぼれたのをヤマダ・タロウ氏は見逃さなかった。
そして、ハリー・ヤスオ氏の技、信念、男の生きざまを次の世代に託す重要な役に自分が選ばれたのを悟り、全身に鳥肌が立ち、目から溢れる涙を止める術はなかった。
 ヤマダ・タロウ氏は、ハリー・ヤスオ氏の手から、「44マグナム・スペシャルVer」を受け取ると、ホルスターがないので、迷彩服のズボンのポケットにむりやり押し込めた。
 一瞬、ふくらはぎに収めた小型拳銃(モデルガン)を捨て、代わりに44マグナム・スペシャルVer(モデルガン)を収めることも考えたが、やはりマグナムは腰に納めなくてはいけない。ズボンのポケットからマグナムがかなり出っ張って、落ちそうになりながら出ている様は絵的にかなりカッコ悪いが、今はこれでいい。
 カッコよさよりも、ハリー・ヤスオ氏の漢の”信念”が自分の腰に収まったのだ。ホルスターなど、あとでいくらでも買えばいい。今は、これでいいのだ。
 二人の間には、しばらく沈黙が続き、時間の流れや二人の立ち位置などを超えた漢達の友情がそこには存在した。
 ……しかし、時間の流れや二人の立ち位置を超えたのはマズかった。
 ロマリア北部からパニックになった群衆が、まるで雪崩のように押し寄せたのだ。
 二人が自己陶酔から正気に戻る間もなく、怒涛のようなドミノ倒しに巻き込まれた。ハリー・ヤスオ氏は路上に後頭部を強く打ち付け、その後搬送先の病院で死亡が確認された。
 しかし、後に語られた噂によると、その死に顔には、一切の恐怖の色はなく、クールな微笑を浮かべ、死してなお、看取った看護師たちの心に清々しい印象を与えたとか与えないとか。(あくまで噂である。)
 ヤマダ・タロウ氏はヤマダ・タロウ氏で、手足の骨を折る重傷を負い、ポケットに半端な形で収められていた
44マグナムは、群衆の足で粉々に粉砕され、幻の銃となってしまった。材質が本物の銃と同じ金属であったなら、そうはならなかったはずであるが、安っぽいプラスチックで作られたものであったのがいけなかった。そして、もみくちゃにされたパニックの中で、漢達の友情は、あっけなく幕を閉じる事となった。

 ――そんな漢達の熱い世代交代劇から、少し時間を遡る。

 *

 シャルル達と別れ、ダーマ神殿を後にしたシムラは、正直不安で吐きそうであった。何度も「ダ・フォンデュ」を放つのを抑えつつ、突然駐屯地に帰るよりは、まずは報告を入れたほうが良いと判断し、ロマリア守備隊の詰め所に電話を借りに向かった。
「近衛兵団サマルトリア駐屯地所属、アンカーアロー中隊、シムラ小隊隊長のシムラだ。遂行中の作戦の報告の為、サマルトリア駐屯地に電話をかけたい」
 受付で、認証カードを見せ、建物の中に入るシムラ。
 自分の所属する近衛兵団の事務所と少し作りが違い、ほとんどの職員は知らない人ばかりだったが、いつも上司に怒られる姿を見ている者達がいないので、電話のある部屋まで案内されるシムラは、すこし気持ちが落ち着き、周りから見ると居丈高とも言えるような態度で通路を歩いた。
 そして、電話のある応接室に通され、案内人が部屋を後にすると、再び不安でいっぱいの表情に戻る。
 これから電話する先には、この世のありとあらゆる物より恐ろしい、ロングワン・アンカーアローが待ち受けているのだ。彼の放つ怒号は、電話越しにでも十分に自分を殺傷する事ができるだろう。もしかしたら、この応接室を破壊してしまうかもしれない。
 とても恐ろしい。
 シムラは、冷や汗だらけの恐怖でひきつる顔をハンカチで拭きつつ、震える手で受話器を持った。
 駐屯地の番号を押す手先が狂い、何度もやり直す。ようやくマトモに番号を押せたのは、実に20回以上も番号を押し間違えた後であった。
 いっそこのままわざと番号を押し間違え続けて、後で「いやー、ロマリアの守備隊からは何故かサマルトリア駐屯地まで電話が通じなくて……」という言い訳も考えたが、そんなことは通信記録を調べれば一発で分かることだし、後で怒られるネタが増えるだけなので、観念したのであった。

 電話に出たのは、麗しの受付嬢、ユウカであった。
「きゃー、シムラさんじゃないですかぁ! お久しぶりですぅ☆ お元気でしたか? 今日はどうしたんですかぁ?」
 思わぬ相手の声に安堵するとともに、ヨコシマな笑みを浮かべるシムラは一気にロングワン・アンカーアローの事など忘れてしまった。
(この口調、この暖かさ、この安らぎ、間違いない。ユウカは私に気があるのだ。うむ……)
 すっかりと胸のつかえがとれて、楽になる。
 先ほどまで重苦しかった応接室の空気が途端に、ほんのりと、ユウカの髪のシャンプーの香まで漂ってくるような、薄ピンク色の空気に包まれる。
 電話の先のユウカの声を聞いているだけで、シムラは幸せであった。
 今ならイケる。この際だ、うっすら、なんとなく、それとなく、コクってしまってもよいだろう。
「あ……、あのだなっ、私がでっ……ででででっ……電話したのはだね……」
 緊張し、噛み倒してどもりまくるシムラ。
 今度は恐怖とは別の冷や汗が額に滴る。そこには恋する中年の力の抜けた幸せな表情があった。
「あ! わかりますよー☆ ロングワンさんに連絡入れるんですよね? ここしばらく、ずっとロングワンさん、シムラさんから連絡ないって怒ってましたよぉ☆ なんかずっと電話待ってたみたいなんで、急ぎで回したほうがいいですよね。多分怒られると思うんで、いまのうちに言っときますけど、元気出して下さいね? 怒られるうちが華っていいますしね☆」
 そう告げると、ユウカはロングワン・アンカーアローに電話を転送した。
「あ! ちょッ!! 待ってっ……ユウカたん……!!」
 焦るシムラの声もむなしく、内線のコール音が鳴り、二分の一のコール後、すぐに繋がる。戦慄の瞬間である。
「おう、シムラか。連絡遅かったな。どうした?」
 シムラの頭の中は真っ白になった。
 何か言わなければ。頭をフル回転させるが、うまい言葉がでてこない。ましてや、直前の薔薇色の雰囲気から地獄の入口への逆戻りである。うまく頭の切り替えもできずに、ただただ焦りがつのるシムラであった。
 このままでは、間違いなくロングワンに怒涛のごとく怒鳴り散らされ、自分の命はあと1分足らずかもしれない。すぐに怒号と覇気で、電話越しに怒鳴り殺されるだろうと予測したが、そんなシムラの予想に反してロングワンは低い声で、ため息交じりにシムラに話した。

「おめえよ、火山でカンダタを取り逃がしたばかりか、部下を失ったらしいな……。遺族んとこには、俺からアタマ下げて、お詫びに行ったよ……。中には一人身のモンもいたがな。後でおめえも連れて行って土下座させるっつったら、もう来てくれるなだとよ。無理もないわなぁ……。俺も言葉もなかったよ。なんで連絡寄こさねーんだ、この馬鹿が……」

 あの恐ろしいロングワンが、いつもの怒鳴り声ではなく、弱り切ったように自分に話すのを聞き、シムラは不謹慎にも安心するのと共に、怒鳴られるよりも酷く、重い気持ちになった。
 火山でサーベルタイガーの子らによって戦死してしまったチャーリーチームのメンバー8名の勇士達。分隊長のヒューゴ・カーツは面倒見がよく、他の分隊長ともうまくやってくれていた。ジモンヌ・ジモンはその脇をサポートし、チーム内にいい雰囲気を作ってくれていた。そして分隊の若手メンバー達をいつも飲みに連れていき、“ドラゴンソルジャー会”を立ち上げ、若手から人気のあったウエシーマ。
 その他のメンバー達も、シムラを慕ってくれていたのだ。
 それなのに、自分はシャルル達と、なかば遠足気分で新しい旅に参加し、上司に相談する事もなく、勝手に内務省の男と契約を取り付け、近衛兵団を抜けて勇者になろうとしている。
 しかも部下のマーシリスの不祥事があって以来、管理面で特にキツく釘を刺されていたにも関わらずの今回の失態である。正直、目も当てられない。
 事情を説明しようとしたシムラは自分がとてもいやらしい人間に思えて、どんどんと声がか細く、小さくなってしまい、しまいには電話しながら泣き出し、鼻声になってしまった。
 シムラの声の変化を読み取り、ロングワンはさらに口調を和らげた。そこには、上司と部下以上の、まるで親子のような関係が成り立ち、弱り果てたシムラに対するロングワンの愛情がこもっていた。

「まあ、おめえから連絡はなかったが、事情は聞いたぞ、シムラ。内務省のほうから、俺んトコに連絡があってよ。どうやら、極秘ミッションに、おめえも参加させるって話だそうだが、どうも俺にはうさん臭い話に聞こえてな……」

 シムラが火山でシャルル達と合流してほどなく、内務省からサマルトリアにある近衛兵団駐屯地へ連絡があったのだ。
 ロングワンの上司にあたる、サマルトリア駐屯地司令官ミノール・ホワイドウッド准将から直々に指令を受け、いぶかしながらも軍の規律に忠実なロングワンはシムラをシャルル達に同行させる為の同意書を作成し、一時離脱扱いとして、近衛兵団を離れる事を許可したのであった。
 しかし、手塩にかけた部下を急に連れ去られることには不信感を感じており、また失態続きでバツの悪くなったシムラが連絡を寄こさないこと等、頭を悩ませていたのだ。

「おめえにはよ。戦場で死んじまったキースの後を継いで欲しくて、いつかはキースに追いつき、俺の横で肩を並べられるだけの人間に育ってほしかったってのが、俺の正直な気持ちでな……。だから、勇者になって、近衛兵団を抜けるんじゃなくて、一時軍務離脱ってことにしてやるから、無事に任務を全うして、一回りも二回りもでっかくなって、俺んトコに帰ってきて欲しくてな……」

 ロングワンの親友であったキース・アラ・イーは、今からおよそ30年前(現代はロト歴1812年)のロト歴1780年に魔王軍との激しい戦闘のさなか、命を落とした剣豪である。
 当時の国王軍の中では、ロングワンを凌駕するほどの剣の使い手であり、その技の冴えは、もはや神の領域に達していた為、剣ではなく、ペンを持つだけで、彼には必殺の凶器となり得た。
 そして実際に、単身で魔王軍のゲリラのアジトへの潜伏任務の際、魔物に発見され、拷問を受けたが、
隙を突いて拷問官の机の上のペンを取り、「This is a pen(これはペンです)」と一言放った後、瞬く間にその場の魔物達をペンで切り裂き全滅させた。意味は異なるが、文字通り、ペンは剣よりも強しである。
 そして、そのままペン一本で魔物のゲリラ幹部を殺害し、難しい潜入任務を成功させた経緯を持つ。
 その武勇で数々の功績を残したキースは、多くの取材も受けたが、ニヒルな彼は、都度「なんだ? 馬鹿野郎」と取材陣を相手にせず、その一貫した武人としてのクールさも、国王軍の兵士には人気があった。
 しかし、それほどまでの剣の腕を持ちながら、当時混戦と化していた国境付近の戦闘で命を落としたことは
国王軍、魔王軍の両陣営に衝撃を走らせた。それと言うのも、直接キースが戦死する姿を目撃した者は無く、さらには当時国境付近には、戦闘が自国に及ばぬよう、防衛の名目で隣国のゼルダ共和国の軍も派遣されていた為、キースの戦死をめぐり、様々な憶測が飛び交い、背後からゼルダ共和国の兵士により暗殺されたのではないかとも言われ、ゼルダ共和国とエニックス王国の関係は悪化した。

 そして、その戦闘の直後、多くの兵卒を失った国王軍が、戦場付近の街や村で現地徴用を実施した際、志願してきたのが、当時まだ18歳のシムラであった。
 親友を失い、失意の中にあったロングワンは、自分を慕い、ほとんど戦闘経験もない状態で志願してきた少年の中に希望を見出し、一時は闘いから身を引こうとしていた所を思いとどまり、再び混迷の時代を終わらせるために闘うことを決意した。
 そして自分を取り戻させてくれた、若干18の少年だったシムラに感謝し、徹底的にシムラを厳しく鍛え、
自分の全てを引き継がせるつもりでいたが、当のシムラの志願理由は単におもしろ半分の悪ノリの延長線上であった為、しばらく二人の関係はこじれ、ロングワンはシムラをますます厳しく扱う事となった。
 しかし、それでもロングワンのシムラに対する親心にも近い気持ちは変わることはなく、いつかはシムラを立派な兵士に育て上げようと、これまで不祥事を起こしながらもなんとかやっているシムラをサポートしていたのであった。
 ところが、急な内務省の要請で、むしり取られるように自分の元を離れていくことになったシムラ。
 彼をなんとか取り戻したい気持ちがあると共に、国王軍の中にいつの間にか存在し、権力を振るう内務省への反感から、今回のシムラの扱いは一時離脱とし、シムラの旅が終わるころに再び近衛兵団に迎え入れるつもりであった。

「シムラよぉ、おめえのやりたい事がなんであれ、それがおめえの決めたことなら、俺にはとやかく言う権利はねえ。だが、話を聞いてると、どうもうさん臭いことが多くて、俺には内務省の言ってることが信用ならねえんだ。おめえに、俺から頼みがある。よく聞いてくれるな?
 その勇者の小僧っこ達と一緒に旅をする時、内務省の動向には常に気を配って、何かあればすぐに俺に報告してくんねえか? ある意味、スパイのような真似をおめえにさせてしまうのは心苦しいが、俺は内務省が何を企んでるのか気になってなぁ……。上からの命令だから、仕方ねえっちゃあ仕方ねえ話だが、何の前触れもなく、俺の部隊の人間を取っていくのも気に食わねえ。まあ……、そんなとこだから、とりあえず、お前はまたダーマ神殿に寄って、手続きすましてこい。俺の方から手続き関係の手は回しておいてやる」

 ロングワンの気づかいに心打たれ、さらに涙と鼻水が止まらなくなったシムラは号泣した。
 キツく怒られると思っていた所に、優しくたしなめられるというのは、怒鳴られるよりもキツく、胸が締め付けられる。そして、言いようのない暖かさを心に感じ、シムラは男泣きに泣いた。

「男がめそめそ泣くもんじゃねえぞ? シムラ。しょうがねえやつだな……。苦しいなら、辛いなら、そうならないように、今度はしっかりとやってくるんだぞ? 大丈夫だ。なんかあった時は、俺が付いている。俺が鍛えてやった訓練を思い出して、頑張ってな……」

「……すびばぜん、……ほんどうに、わだじは…だめなやづで……」
 シムラ、電話越しの大泣きであった。
「だめだ……こりゃ」
 電話の向こうで、その嗚咽を聞いていたロングワンは、もはや会話にならないことを悟り、半ば失笑気味に一言放つと、そのまま受話器を置いた。
 受話器を置いて、しばらく自分のデスクを見つめたロングワンは、引き出しから古い写真を取り出した。そこには、笑顔の若者たちが、肩を組んで写っている。

「キースよぉ……。俺はおめえの代わりに、シムラを見つけて、これまで育ててきたつもりだが、あいつはまだまだ半人前だ……。できれば手元で立派に育て上げてやりたかったが、一人で旅に出しちまって良かったのかなぁ? まあ、旅を一緒にする連中は、あいつよりも随分若い子供達だ。これであいつも人の面倒の見方だとか、
ちょっとはしっかりしてくれることも期待しての事なんだがな……。
 フッ……やれやれ……、俺も歳を食っちまったらしい。最近何かと心配性でよ。なんだか、あいつが二度と戻らない気がしてな……」

 ロングワンは写真を眺めながら、デスクからバーボンを取り出しグラスに次ぐと、しんみりとした表情で飲み始めた。
 シムラの気持ちが落ち着いたところで、今度は説教をしなければいけなかったロングワンにぬかりはなく、ロマリア守備隊隊長のアンリにひとまず自分の代理として、シムラを説教しておくよう、頼み込んであった。
 シムラは応接室でその後も気が済むまで泣き続け、すっきりした所で部屋を出て、守備隊本部を出ようとした所で、アンリに肩をつかまれ、呼び戻された後、尋問室で数時間に渡り説教をされた。
 そして日も暮れ、そろそろ説教も終わろうかという所でのドラゴン出現騒動である。事態のどたばたに紛れ、ようやく説教タイムから解放されたシムラは、建物の外に出た所で避難民達に飲まれ、街の南部出口まで流された。そこで、偶然コンボイを発見、乗り込んだのであった。

(※1)「熱い羨望のまなざしでみつめるヤマダ氏」シムラ表紙
 画像は、「女殺しのシムラ」こと、近衛兵団の衛兵隊長シムラ・シン。
 ヤマダ・タロウ氏(36)によって、颯爽と現れた風に写真に収められたシムラは、この翌月発行されたTIME誌の表紙を飾った。近衛兵団のマントには、シャルル達が住む国、エニックス王国の紋章である不死鳥のマークが刺繍されている。

<45. by NIGHTRAIN>


 シムラはコンボイの上で腕を組み、ドラゴンを鋭い視線で見据えていた。
 その腰にさげた革袋には、先ほどダーマ神殿で急ぎで用意させた新品の勇者用スマートフォンが入っている。シムラにとって、勇者としては初陣であった。
 道ゆく人々は、見たこともない二足歩行の兵器を見て、ようやく政府が救援を派遣したのだと安堵に胸を撫で下ろし、エニックス王国の紋章の刺繍された近衛兵団のマントを着込んだ男――シムラを羨望と期待の眼差しで見つめた。
 炎によって熱せられた突風がシムラの横を駆け抜けていき、その度に蒼いマントがなびく。端から見れば、すごく絵になる光景であったが、シムラの内心はまったく穏やかではなかった。

 何せ、心身ともにずたぼろである。
 ロングワン・アンカーアローの説教は免れたものの、別の上司のアンリの説教(という名の体罰)を激しく受けたのだ。マントの下は、生傷が絶えない状態である。
 ずたぼろになったシムラはアンリの説教の途中でトイレを申し出て、癒しを求めて性懲りもなくユウカたん目当てにもう一度電話をかけた。そして、それとなくアプローチを試みたのだが、「仕事とプライベートは混同しないんで、あとシムラさんは生理的にちょっとムリなんで、すみません」という辛辣な言葉と共に電話を切られ、シムラの精神状態は最悪だった。
 そこで都合よくドラゴン騒動である。失恋の涙をアンリに見られないように逃げるようにしてロマリアの詰所を出たが、気持ちとしては恋に敗れたオッサン以外の何者でもない。
 そんなシムラに対し、先ほどロマリアの街中で偶然とは言え命を助ける形になったヤマダ・タロウ氏は、「女殺し」などと言ってみせたのだ。シムラには皮肉以外の何物にも聞こえなかった。
 しかし、それはヤマダ氏を始めとする駄目なミリタリーオタクからの偏見に近い評価であり、彼らは本心からそう言っているのだが、実際のシムラはモテた試しはなかった。彼らもそうだが、シャルルも勝手にシムラをカッコイイと思っている。なぜかシムラは昔からダメな奴らには人気があった。
 それは、ダメな奴らが、近衛団の中で一番自分たちにタイプの近いものに自己を投影し、自分を肯定しているに過ぎないのだが、それに気づいている者は誰一人いなかった。ダメな者がダメたる所以である。
 とにもかくにも、シムラは傷ついた胸中を忘れるかのごとく、闘いの渦中へと身を投じた。
 シムラはこの場において何をするべきか悩んだが、ひとまず、重要人物であるシャルルの生存を自身の中で最優先任務とした。
(しかし……まさか、幻獣とされていたドラゴンが出るとはな……)

 シムラは記憶の糸を辿る。
 エニックス王国に伝わる伝説、そして史実、噂……数々の情報の中に、それはあった。
 Oパーツと呼ばれるシリーズは全てで7つあるとされている。そして、それぞれのシリーズは各々の系統(雷、炎、風、地、水、光、闇)を持つとされている。(もともと、天空シリーズの位置づけが不明だったため、仮に天空という属性も持たせていたが、シャルルがコアを持つようになり、シャルルのスマートフォンの解析データかから、光か闇のいずれかに当たることが判明した。)
 これらシリーズからコアを取り出し全て集めると、“オーブ”と呼ばれる宝玉へ姿を変えるとされている。
 たとえば、炎の剣に始まる炎シリーズは、その名の通り属性は炎であり、レッドオーブとなることはすでに解明されている。そして、いかずちの杖に始まる雷シリーズは雷属性のパープルオーブ。大地のかなづちに始まる地シリーズは、地の属性を持つイエローオーブ。かぜきりの弓に始まる風シリーズは、風属性のグリーンオーブ。
 ここまでは各地の勇者たちによって持ち帰られたOパーツで完成しているが、実はオーブになったところで何の効力も発揮しないでいた。ただの宝玉にすぎない。
 全部揃っておらずオーブになっていない状態なのは残すところブルーオーブのみであり、うみなりの杖に、水のはごろも、みかがみの盾などがすでに発見されている。残る水シリーズの在り処も文献から判明しており、「ルイーダ」や「ダーマ神殿」の職業斡旋ですでに勇者の募集がかけられていて、発見も時間の問題であるように思えた。

 問題はこの5色のオーブではなく、光と闇と呼ばれる属性を持つオーブにある。
 内務省の設置する研究チーム「オーブ科学調査班」の発表によると、この残る二つが何らかの引き金になり、自然界の5元素の力を持つ5つのオーブの力を呼び起こすのではないかとされており、だからこそ、内務省もシャルル達の同行には注目していた。
 また、シムラもそうであるが、この国に住まう者ならば聞いたことのある伝承がある。神話の頃より続く、『ドラゴンクエスト』という、7匹の竜にまつわる伝説だ。
 登場するドラゴンのうち、5匹までの色は、赤、青、黄、緑、紫のカラーオーブと一致している。これに加えて、金と銀のドラゴンが伝承には登場する。
 このことから、オーブにはゴールドオーブとシルバーオーブが存在すると仮定され、それぞれ、光と闇の属性を持っていると、エニックス王国直属の「オーブ科学調査班」は推論づけている。

(――7つの竜揃いし時、不死なる鳥ラーミア(※1)蘇らん。そして、新たなる世界への扉を開くであろう――)

 シムラはマントに刺繍された、不死鳥の雄々しく翼を広げた紋様をなぞった。由来は国家の血筋の者にも深くわかっていない。古の昔、ロトが着ていた武具に装飾されていたものと同じだとされている。
 そのロトの武具は国内には無く、なぜ記録がないのかも現在は解っていない。一説によると、このロトの武具一式こそ、ロトシリーズと呼ばれるOパーツではないかという噂もあるが、あまりに根拠が足らず、内務省もこれを認めていない。

(もし、ロトのOパーツが存在するのであれば、それはおそらく光の属性を持つ。ならば、天空シリーズは……)

 シムラは、シャルルが持っていた天空の剣が、白銀に輝いていたのを覚えている。そして、目前で暴れ狂う禍々しいオーラを放つドラゴンの鱗は炎に照らされてはいるが、紛れも無く、銀色であった。

(シルバーオーブに宿るは、闇の属性……)

 シムラは、天空シリーズの正体に辿り着くと、シャルル達の無事を按じた。
 シャルル、フローラ、カンダタ。この三名は短い間であったが、今まで敵だったはずのシムラもあたたかく受け入れてくれた。(と、勝手にシムラの中では美化されている。)
 ――だとすれば。それに報いるのが、戦士の務めであろう。
 シムラは、火の粉の舞う中、コンボイとシルバーと共に翔けた。守るべき者のために。

(※1)「不死なる鳥ラーミア」
 フィン王国では古く「フェニックス」と呼ばれ、誕生と再生の象徴とされてきた。伝承では、その涙は、癒しを齎し、血を口にすると不老不死の命を授かると云われている。不死鳥、もしくは見た目または伝承から火の鳥とも言われる。ドラゴンと並ぶ、伝説の幻獣である。
 かつて、フィン王国よりロトが移住し、数多くの凶悪な猛獣と闘う際、ロトはドラゴンの背に跨り戦場に赴いたと言う。ドラゴンを意のままに操り、空を雄々しく翔けるロトは、竜騎士として名を馳せ、いつしか「竜王」と呼ばれた。
 しかし、そのロトが常に装備していたブルーメタルの装備には、竜の紋様ではなく、鳥が翼を大きく開いた紋様が刻まれていた。この意味が人々に理解されるのは、ロトの晩年であった。
 ロトは愛竜“ラーミア”と共に戦場で死したとされており、最期は燃え盛る業火の中だったと記録されている。その業火の中から現れ、いずこかへ羽ばたいたのが黄金と真紅の翼を持つ、不死鳥であった。
 ロトの遺体、竜“ラーミア”の遺体共に発見されなかったため、不死鳥はラーミアの生まれ変わりであり、ロトを新たな楽園へと導いたのだとされている。
 人々は不死鳥ラーミアとロトを共に讃え、神格化していった。
 一説によると、「エニックス王国」の由来は、「フェニックス」から来ているとも言われ、これを支持する学者は多い。

<46. by よすぃ>


 シムラの脳裏に不安がいくつもよぎる。
 もしあのドラゴンが、シャルルの持つ天空の鎧のコアの力により、呼び寄せられたものだとすれば……。もしくは、コアの宿ったシャルル自身の体を媒体に、異次元からドラゴンが現出したのだとすれば……。この街には、あの天空の兜を持つラヴァル侯爵がいる。もしかすると、シャルルのコアと天空の兜が共鳴し、あの禍々しいドラゴンを呼び寄せたのでは……?
 しかし、Oパーツが全て揃い、オーブの形になって初めてその本来の性質を取り戻し、宿された力を放つことができるのであれば、伝説にあるドラゴンと結びつけることができるが、今この街に存在するのはシャルルの持つコアと兜のみである。つじつまが合わない。それとも天空シリーズは全て揃わなくても何らかの力を発揮するのであろうか?
 シムラの頭に様々な憶測がよぎるが、今はシャルルの安全を確認することを最優先とし、それ以上は考えないようにした。目の前に存在する銀色のドラゴンは余計な考え事をしながら対処できる相手ではない。わずかな隙が死を招くことになる。
 シムラが考えを巡らす間にも、コンボイは人混みの間をかきわけ、ドラゴンに近づいていく。シムラはマントに刺繍された不死鳥の紋章(※1)に手を当て、「伝説の不死鳥よ、願わくば、これより死地に赴く我に、永遠の生を与えるがごとく災厄から守り給え」と祈りを捧げた。
 前方では、ロマリア守備隊や黒水のチムニーから砲撃が続いており、ドラゴンが爆弾岩を弾く度に、周囲の路上や建物で爆発が起こり、激しい炎と煙に包まれ、シャルル達がどこにいるか確認できない。コンボイ(T-800)は赤外線、音声、心音、ガンマ線、超音波、その他ありとあらゆるセンサーを用いて周囲をスキャンしたが、激しい爆発に阻まれ、カンダタを特定できずにいた。

「現在、解析中……、45パーセントノ確率デ、かんだたサント思ワレル人物ヲ特定。カンチョウ、ドウシマスカ?」
 コンボイは、人間で言うと脳に当たる統合管理用のCPUが、赤色の解析ロボットに搭載されていた頃の音声でシムラに指示を仰いだ。
 シムラは、“艦長”と呼ばれ、ハッとした。
 単にコンボイのCPUが劣化している為、基板に刻まれる古い記憶(※2)から、その昔共に旅をした人物と、自分の頭部に座るシムラを勘違いしてしまっただけであるが、シムラにはそんな事情など理解できるわけもない。自分が今、コンボイの主人であると認められたのだと勘違いしたのだ。
 それは、とりもなおさず、シムラの威厳と風格、人間としての器の大きさをコンボイが認めざるを得なくなり、シムラの存在の偉大さに畏怖したコンボイの口から思わず、自然に発せられてしまったのだということである。そう解釈したシムラは、鳥肌が立つのを感じた。
 今のこの状況。ロマリア市民は怯え、守備隊やあの黒水ですらどうにもならない相手を前に、この強力なロボットとシルバーを引き連れて現れた自分は、周りから見てどう見えるだろうか? もしかして、今自分は、とんでもなく頼りになる存在に見えているのではないだろうか? よくよく辺りを見渡すと、逃げ惑う人々は自分を羨望の眼差しで見つめている。自分は今、ひょっとして、とんでもなくカッコよく見えているのではないだろうか? 若くて可愛い娘達もいっぱいいる。あの娘達は、今なら間違いなく、誘えば簡単についてくるだろう。皆が今、自分を頼りにしているのだ。まさに、『艦長』(※3)と呼ぶにふさわしい存在なのだ。
 ここは陸だし、とってつけたような無理矢理感は否めないが、この際だ、そこには目をつむろう。いざ行かん! シャルル達とロマリア救出の為! そして、今のこの姿を広く世に知らしめ、ユウカたんに見直され、見事に付き合い、あんな事やこんな事をする為に!!
 シムラの闘争本能が最高潮に達した所で、真新しいシムラのスマホが鳴った。誰だ、こんな大事な時に?
 シムラは、せっかくのヒノキ舞台を前に、水を差されたような気がして気に入らないながらもスマホを取った。受話器からは、聞き覚えのない、妙に高圧的な男の声が聞こえた。
『あー、君、シムラ君? 私は内務省の者だが――』
 ――内務省。
 フローラが以前シムラが旅に加わった時、スマホで話をしていた相手である。シムラの所属変更も難なくこなす相手だ。あのロングワンすら、組織という強大な力でねじ伏せた相手である。油断のならない相手である。

『君は今どこにいる? すぐに現在地を知らせてくれないか? 君達がロマリアに入った所までは、メカキメラで追跡できていたが、そこでは夜間の花火の為、飛行禁止となっていてね。君達をしばらくの間見失っていた。
ところがだ。今ロマリアではドラゴンが暴れているという情報が我々の元に届いた。残念ながら監視も遠く、君達の状況がよくわからないんだ。さっきからシャルル君やフローラ嬢、カンダタ君らにコールしているが全く出てくれない状況だ。シグマフォースも、そこでは管轄外で行動できないから君達を見失う所だった。報告しろシムラ』

 シムラは突然命令口調で指図する男に嫌悪感を感じたが、ロングワンから頼まれた事を思い出し、相手がどのような事を要求するのか、注意深く聞きとる為に、まずは男の話を最後まで聞くことにした。
「ハッ! 私は、元サマルトリア駐屯地所属、ロングワン中隊、シムラ小隊隊長の……」
 シムラが途中まで言いかけた所で、男は割り込むように話し始めた。
『あっあっあっー! 君の事なんてどうでもいい。今シャルル君達とは一緒なのか? 私の問いには的確に答えろ』
「いいえ、今は一緒ではありません」
『それは困ったな……。今はどんな状況だ?』
 シムラはなるべく余計な事は言わない様に、状況の説明をした。その間にも、ドラゴンのブレスや、跳ね返された砲撃で被害は拡大する。一刻の猶予もない状況なのに、質問攻めでシムラを電話越しに拘束する男に怒りを覚え、シムラは相手に怒鳴った。それはロングワン仕込みの、気合の入った会心の一撃であった。
「あんだって!? よく聞こえねーよ! てめえに構ってる場合じゃねーんだよ!!」
 しかし、内務省の男は冷静に、威圧的な声で話を続けた。

『私にそんな口をきけるとは大したものだ。それともよほどのバカか? 君の処遇など、私にかかればどうすることだってできるんだぞ? とにかく、状況はなんとなくわかった。今君が最優先ですべきことは、シャルル君とフローラ嬢の身の安全を確保することだ。ドラゴンがどういうものかも確認し、報告しろ。闘おうなどと思うな。
 カンダタの所在確認はあと回しでいい。監視も遠く、我々からは君達の状況が見えない。あと10分ほどでシグマフォースの部隊がそこに到着する。サマルトリアから応援部隊も向かっている所だろう。それまで何とかシャルル君達の無事を確保するんだ。分かったな?』

「言われんでも! それくらい元々やろうと……」

 シムラが言い終わらないうちに、通話は切れた。シムラは舌打ちをしながらも、スマホを腰の革袋に戻し、再び前方のドラゴンに注意を払った。この先、ずっとこの男と付き合っていくのは正直メンドくさいが、今はとにもかくにもシャルルやフローラ、カンダタである。内務省の男が言う通り、カンダタの事はどうでもよかったが、それでも死んでいい人間ではない。救うべき対象である。
 シムラは、なるべくゆっくりと状況を確認しながら進むようコンボイに指示した。爆炎と煙で良く状況が見えないが、煙の中に逃げ遅れたであろう、数人のシルエットが見える。注意深く進むコンボイの足が止まった。
「解析完了! 85パーセントノ一致デ、かんだたサンヲ発見! 保護シマス!」
 そう言うと、コンボイは急に走り出し、シムラはコンボイの上でよろけ、落ちそうになりながらも、必死にしがみつき、もっとゆっくり動くように指示したが、コンボイは無視してスピードを上げた。
 そして、爆発と火災の黒煙の中、コンボイの辿り着いた先には、金色の翼で誰かを覆う魔物がいた。
 ――カンダタとフローラである。(しかし、シムラにはその金色の魔物がカンダタだとは認識できなかった。)
 シムラは、煙が目に沁みて、何かの衣服の見間違えなのか、本物の翼なのかよく分からなかったが、涙目をこすり、なんとか目を凝らすと、「翼」と見て取れる物で一人の人物を守るようにうずくまる魔物の姿を確認した。
 コンボイから飛び降り、剣を構え近づくと、その魔物は、翼に酷い火傷の傷を負っているように見える。そして、その翼を持つ魔物にフローラが抱かれていた。
「貴様!! 魔王軍の手の者か!? おとなしくその娘を離せ!!」
 シムラは剣を突き付けた。
 内心、ドラゴンに比べ小規模ではあるが、突然の得体のしれない敵の出現に一人で立ち向かう恐怖でいっぱいであったが、大衆の目に映るヒーロー像を思い出し、情けない震える声を絞り出し、相手を威嚇した。
 魔物――カンダタは、呻き声をあげながらシムラに振り向くと、突き付けられた剣先をいとも簡単につまみ、切っ先を下げると、シムラの顔を見て微笑んだ。

「……戻ってきたのかよ……、おっさん……。事情は後で説明するが、俺はカンダタだ……。見ての通り、ちょっとマズい事になっている……。悪いが、フローラを頼まれてくれねーか?」

 突然の魔物の発言に戸惑うシムラであったが、カンダタはそのままフローラを抱きかかえると、シムラのほうへ差し出した。フローラは先程の魔法で力を使い果たした上、爆発の衝撃により意識を失っていた。鼻や目、耳からは血が垂れており、爆風の凄まじさを物語っている。
 魔物がカンダタであるかどうかよりも、フローラの容体が気になったシムラはすぐに駆け寄りフローラの身を受け取った。
 カンダタが容易く抱き上げていたフローラの身体はシムラにとっては予想外に重く、受け取ったシムラは膝から崩れたが、フローラを落とさない様に踏ん張りながら、ゆっくりと地面に下ろした。フローラの胸と手首に手を当て脈を測り、口元に耳を近付けると、何とか脈拍はあり、息をしているようである。
 いきがかり上とは言え、フローラの胸を触った事に対する無意識なるヨコシマさと、フローラの無事を確認した安堵から緊張がほぐれた表情を見せるシムラに、カンダタはいつもの軽い口調で話した。

「役得だな……、おっさん。目がエロくなってるぜ? とにかくまあ、フローラを頼んだ。俺はあれをなんとかする。シャルルとは、はぐれちまったが、あいつの事も探して、安全な場所まで避難してくれ……」

 その表情は苦痛に歪み、フローラを守る際に負ったダメージの大きさを物語っていたが、カンダタは、ドラゴンに立ち向かう為、傷ついた翼を広げ、ジャンプしようとした。
 しかし、次の瞬間、目にもとまらぬスピードでコンボイが立ちはだかり、カンダタの腕を掴んだ。その声は、赤い解析ロボットの声ではなかった。
「――待て。今お前に死なれては困る。あのドラゴンは俺がなんとかする」
 傷を負い、力の入りきらないカンダタの腕をしっかりと掴んだコンボイは、物理的な限界まで出力を上げており、カンダタが手加減しながらではどうすることもできなかった。
 一瞬、カンダタの頭にコンボイの腕を破壊して飛び立つ考えも浮かんだが、ここで無駄な体力を使うわけにはいかない。ならば、このコンボイにも、ドラゴンを制する為に役立ってもらうしかない。
「分かった。じゃあ、とっとと俺を放して、ドラゴンをなんとかしろ」
 命令すれば服従するのがロボットである。コンボイも例外ではなく、あっさりとカンダタの命令に従った。そして、妙に力のみなぎったような男らしい声でカンダタ達にキメ台詞と言わんばかりのセリフを吐いた。もし表情があったなら、さぞかしドヤ顔で言ったことだろう。
「ここで待っていろ。I’ll be back!(すぐに戻る)」
 そのキメゼリフがこれである。コンボイはゆっくりとした足取りで、煙の中をドラゴンに向かって歩き始めた。その足取りはロボットゆえの機械的な動きであったが、どこか人間臭い所があり、まるで仲間を守る為に命がけで敵と対峙するかのような、単なるプログラム以上の何かを感じさせた。
 一同がその様を見守っていると、爆発や建物の倒壊する音、逃げ惑う群衆の悲鳴の中に、かすかに聞きなれた悲鳴が聞こえてきた。
「誰かー! 助けてー!」
 声を聞くや否や、今度はシルバーが咆哮した。
『お父さん!!』
 誰も意味を聞きとれない、只の獣の咆哮を放ったシルバーは、コンボイとは対照的に、獰猛なる野生の獣のスピードでドラゴンに向かって駆け出した。チムニーの砲弾の雨の中を駆けるシルバーは、火山の溶岩よりも強力なドラゴンのブレスを受けながらも、一瞬にしてドラゴンとの間を詰め、声のする方向を見上げた。
 その先には、凶悪な顎から火を噴くドラゴンの頭部があり、頭頂部に生えた鋭い牙のような数本のトサカの間に、シルバーにとってはかけがえのない存在の姿があった。

 ラヴァルが大聖堂を破壊し、ロマリアの空に飛び出した時、瓦礫に挟まれモタモタしていたシャルルは大聖堂からの避難が遅れた。そしてなんとか瓦礫の山を抜け出し、崩壊した大聖堂の壁の穴から、とりあえず外の様子を確認しようとした所、今度はカンダタに蹴り飛ばされ、ドラゴンが吹き飛んできたのである。
 未曽有の事態にパニックになったシャルルは、天空の剣を身体の前に突き出し、へっぴり腰で、「もうやめて」と言わんばかりのなんとも情けない格好をしたところ、偶然にもドラゴンの頭部に剣が突き刺さり、抜けなくなってしまったのである。さらに幸か不幸か、どうしていいか分からないシャルルは判断が遅れ、剣を握ったままであったので、そのままドラゴンと共に落下したのであった。
 シャルルにとっては最悪の事態である。
『お父さん!! 何故そんなところに……くっ、うぬは何者だ!! 我が父を返さねば、その喉笛、我が怒りの剣の裁きを受ける事になるぞ!!』
 シルバーは巨大な咆哮を上げ、マスタードラゴンに襲いかかった。
 地の底から湧き出るような強大な闘気に気付いたドラゴンは、目にもとまらぬスピードで飛びかかるシルバーを視界にとらえ、強力なブレスで迎撃した。
 ドラゴンの強力なブレスで身を焼かれ、ひるんだ隙に、前足の爪で薙ぎ払われ、500キロ以上あるシルバーの体躯は放物線を描き、10メートル先の地面に叩きつけられる。衝撃でシルバーのアバラ骨は数本砕け、灼熱の溶岩にもビクともしなかった体毛は焼け焦げたが、怒りによって野生の本能に火がついたシルバーはダメージなどものともせずに、再びドラゴンに向かう。
 思わぬしぶとい敵が現れた事に気を取られたマスタードラゴンに、今度は別の攻撃が加えられた。コンボイが煙の中、的確にドラゴンをロックオンし、両腕のロケットパンチを放ったのだ。無防備の腹部に、チムニーの砲弾の嵐よりも強力な未来兵器の攻撃を受け、よろけたマスタードラゴンの尾に、シルバーの牙が食い込む。
 そこへ、傷ついた翼で飛び立ったカンダタが急降下し、間髪を入れずにドラゴンの首すじに会心の一撃となる正拳突きを加えた。さらに追い打ち攻撃を仕掛けようと、一度地面に降り立ち、ジャンプしようとしたカンダタは、背後の建物に倒れこむドラゴンの頭頂部でうろたえるシャルルを発見した。
「シャルル! お前そんなところに……!!」
 カンダタはシャルルに向かって叫んだが、シャルルの方はすっかりパニックになっており、カンダタには気付いていなかった。泣き叫び、この世の終わりのような表情を見せるシャルル。どうしてそうなった? と緊迫感のある戦闘中とは思えないほど、力の抜けたあきれ顔でため息をつくカンダタであったが、シャルルの握る天空の剣が目に入った。
 あの剣をさらに深く突き刺すことができれば……!
 カンダタは、地面を蹴り、一旦ドラゴンの背後の建物に向かった後、三角飛びの要領で今度は建物の壁を蹴り、ドラゴンの背に着地した。そしてそのまま背中を駆け上がると、頭頂部付近のシャルルに掴みかかった。
「落ち着け!! シャルル!! 俺だ!! カンダタだ!!」
 しかし、戦闘民族の本性を現したカンダタの姿に、人間の頃の面影を見る事ができなかったシャルルは、
遂にリミッターがオーバーし、恐怖のあまり卒倒してしまった。
「くそっ……!!世話の焼ける……」
 カンダタはあきれながらも、シャルルを左肩に担ぎ、右手で天空の剣の柄を掴むと、ねじる様にドラゴンに突き刺した。
 するとマスタードラゴンは、身を大きくよじり、苦しみの咆哮を上げ、周囲の地面や建物を掻きむしり、ブレスを四方に吐き出し、暴れ狂った。尾に噛みついていたシルバーは、そのまま暴れるドラゴンが渾身の力で尾を何度も地面に叩きつけたので、左の牙が折れ、ついには噛みついた尾から吹き飛ばされてしまった。
 カンダタはなんとかドラゴンの頭頂部に踏みとどまり、さらに剣を突き刺そうとしたが、苦しみあがき、猛スピードでその巨体をジタバタと動かしながら暴れ狂う巨大なロデオマシーンと化した、マスタードラゴンの動きに、振り落とされない様に天空の剣の柄を握るのが精一杯であった。
 周囲のありとあらゆるものを見境なく破壊し、暴れるドラゴンは、苦痛の咆哮を上げたが、わずかな時間で態勢を立て直し、激しい動きを止めると、首を地面すれすれにもたげ、ある一点を凝視していた。

 その先には、シムラに解放されるフローラがいたのだ。
 カンダタは、マスタードラゴンがフローラを発見した事を悟ると、手に持つ天空の剣に力を込め、さらに突き刺したが、ドラゴンは動じることなく、勝利の雄たけびのような咆哮を上げ、唸り声の間になんとか聞きとれるか聞きとれないかの人語でフローラの名を叫ぶと、その巨躯で立ちはだかる全てのものを吹き飛ばしながら、ゆっくりとフローラに向かって歩き出した。
「まずい!! おい! T-800!! なんとかドラゴンを食い止めろ!!」
 カンダタが叫ぶと、コンボイはドラゴンの前に立ちはだかったが、ドラゴンの強力な爪の一撃を食らい、
防御する両腕が吹き飛ばされた。それでもコンボイは、なんとかドラゴンの腹部に体当たりし、ドラゴンの歩を止めようとするが、まるで何の障害物もないように、そのままコンボイを押し切りながらドラゴンはフローラの元へ近付いた。
 コンボイのボディはオーバーヒートし、煙が上がり始め、地面に食い込ませた脚部からは、金属の歪む音が鳴り響いた。シムラは、フローラを引きずり、なんとかドラゴンから離そうとしたが、瞬く間に迫るドラゴンの姿に恐怖し、震える腕にはまるで力が入らなかった。
「……ガ……ガガ、出力低下……コレ以上ノ……戦闘ハ危険デス……ガ……ワープシマス……」
 コンボイは激しいノイズまじりの声でアナウンスすると、周囲のものを巻き込みワープした。
 一瞬の暗闇の後、カンダタ、シムラは急に足元の地面が無くなり自分達が落下している事に気付いた。コンボイは、どこかの空中に一旦ワープしたのである。
 シムラは何が起こったのか分からずに、そのまま気を失ったが、カンダタは周囲を確認した。手に持つ天空の剣、肩に抱えたシャルルの他に、シムラ、フローラ、シルバー、コンボイ、そしてマスタードラゴンが空中を落下している。
 そして次の瞬間、コンボイはさらなるワープをした。急に足元に地面が出現し、カンダタは空中を落下している時の勢いのままに、地面に叩きつけられた。シムラ、フローラ、シルバー、コンボイも同じ場所に現れたが、今度はマスタードラゴンはいなかった。
 戦闘のダメージと安堵感で、力が抜け、カンダタはシャルルを地面に離すと、大の字になって寝転がった。みるみるうちに、カンダタの姿は元の人間の姿に戻っていき、とたんに傷が激しく痛みだした。ひとまず危機は逃れたようだ。あとは、しばらく傷を癒そう。
 そう考えたカンダタは、身体のダメージや激しい痛みにまかせ、そのまま意識を失った。
 シルバーは、傷だらけの身体をヨロヨロと起こし、シャルルの元になんとか近付くと、そこで力尽き、へたり込むとシャルルを抱きよせるようにしてうずくまった。
 コンボイは、もぎ取られた腕の付け根がスパークし、あちこちから煙を立ち昇らせていた。内部のCPUは、しきりに損傷個所をチェックし、システムエラーを告げた後、メイン機能保護と機体冷却の為、機能停止状態となり、「キュゥゥゥン……」というモータの停止音を響かせた後、目に当たる部分の赤ランプが消灯した。

 シャルル達のワープした先は、断崖絶壁の中腹にある洞窟の入り口であった。下に降りるには、50メートル以上はあろうかという絶壁をフリークライミングするか、洞窟の奥がどこかに繋がっている事を期待するしかなかった。
 眼下には、広大な樹海が広がっており、後に彼らは、そこが魔王軍の支配地域の奥深く、「試練の樹海」である事を知った。
 この「試練の樹海」は、ロマリアでのテロの主犯格の潜伏先の森として国内各地の勇者達のスマホに送られた。無論、シャルル、フローラ、カンダタの3名がテロの主犯格として指名手配を受けたのだ。
 同時に、ラヴァル侯爵率いる黒水の勇者達が総力を挙げ、掃討作戦の為、この「試練の樹海」に派遣されることになった。
 今はただ、辺りは不気味な静寂と冷たい夜気に包まれていた――。

(※1)「不死鳥の紋章」
 ロトの象徴である、不死鳥ラーミアをイメージする紋章である。フェニックスとは、そのラーミアを指す言葉であり、国号もそのフェニックスから取りエニックスとしたという説があるが、別の意味として、1800年前に滅んだフィン王国のファイファン人の古い原語では、フェニックスとは、「正当なるフィンの〜」「フィン人による〜」という意味もあり、フェニックス王国というつづりは、そのまま「フィンの王国」という意味にもなる。
 亡国の民である国無きファイファン人は、今は各国に分散し、その血統も年月を経て、各国の人種の血が混ざり、途絶えようとしている。純血種のファイファン人は、青色の髪を持ち、透き通るような白い肌を持つ美しい容姿が特徴であるが、その外見とは裏腹に、度々民族紛争の発端となる事件を引き起こす、非常に好戦的な民族として知られている。一方で各国の銀行を抑えているのもファイファン人であり、通貨を通して各国の経済や軍事力を操り、歴史の陰で多くの紛争を引き起こし、世界のバランスを保つ調停者であるかのように立ち振る舞う。
 フィン王家の血筋であったロトや、その子孫であるオルッテガ、フローラも青い髪と白い肌を持つ。そして、現エニックス王である聖(ホーリー)ユージン14世を始め、エニックス王国の王宮内の貴族や、元老院内閣、内務省の中にも青色の髪を持つファイファン人は多い。

(※2)「コンボイの古い記憶」
 コンボイ(T-800)に搭載されている基板は中古品の為、T-800に搭載される以前は、はるか遠く離れた国ジパングの宇宙戦艦(海洋戦艦のレストア品)に乗船していた赤色の解析ロボットに搭載されていた。
 船医や戦闘班班長、艦長らに愛されていたが、宇宙帝国軍との激しい戦闘のさなか、船医や船医のペットのミー君らと共に爆発に巻き込まれ大破、帰らぬ人(ロボット)となってしまった。後に残骸は回収され、幸いにも生きていた基板は取り外されて、T-800に搭載されることになるが、過酷な宇宙旅行に参加した頃に様々な宇宙放射線を浴び、基板が損傷しているので、バグが多く、アタマはとても悪い。
 シャルル達を呼び間違える時の呼称は以下の通り。
      ・シャルル………サド先生
      ・フローラ………ユキサン
      ・カンダタ………コダイサン
      ・シムラ…………カンチョウ
      ・シルバー………ミークン
 ちなみにシムラを勘違いして呼ぶ「カンチョウ」の人は、立派な口髭を蓄え、艦長帽を深くかぶり、つばの間から闘争心に溢れる熱い目を光らせ、戦艦の乗組員達に的確な指示を出し、その人柄、力量から敵の総統からも尊敬されていた“いぶし銀・オブ・いぶし銀”のとてもカッコいい人であった。
 気のせいか、どことなく、シムラが憧れ、よく真似をする某インターポールの警部と声が似ている……。

(※3)「艦長」
 古の時代より、数多(あまた)の歴史の中で語られる艦長像は様々であるが、一様に男らしく、皆を引っ張っていく、頼れるリーダー像として尊敬されるべき呼称である。
 そして、いつしか、ごくまれなケースであるが、別に本当の船の艦長じゃなくても、尊敬されるべき対象として、その名で呼ばれる者も存在するようになった。
 ある時は白色のクジラと死闘を繰り広げ、ある時は深海2万マイルまで旅をし、ある時は放射能除去装置を取りに、はるかかなたの星まで宇宙旅行をし、そしてある時は超能力少年を殴る。しかも2度も。
 『艦長』とは、男らしさの象徴として、まさに漢(オトコ)の鑑として扱われる敬称なのである。類義語として、『大佐』がある。しかし、『大佐』のほうは、砂漠地方の国で傍若無人の限りを尽くし、反乱軍に討伐される者や、ドラッグでラリパッパになって出会うもの全てと殴り合った末に所属するバンドをクビになった挙句、自ら立ち上げたメガ級の死を意味するバンドのライブステージで中毒症状となり、おかしくなるロックスターや、赤色が好きで奇抜な風貌をし、自己陶酔に浸る者などを指す場合も多く、あまり良い使い方はされない。
 いずれにせよ、使いどころを間違えると、とんでもなく恥をかくので、注意深く扱わなければならない言葉である。うっかり街中や電車の中などで、その名を呼ぶ・呼ばれようものなら、「うわあ……ないわ……」というリアクションと共に、おそらくは周囲から冷やかな侮蔑のこもった目で見られ、失笑を誘うのは必至である。

<47. by NIGHTRAIN>


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