世界の始まりと、終わりと

 世界の始まりは、世界との離別。
 世界の終わりは、世界との再会。
 始まりがあれば終わりがある。
 終わりがあるから、始まりがある。
 いざゆかん、決戦の地へ。
   ――ある吟遊詩人の唄。

 *

 ユウはうらびれた路地を一人歩いていた。その路地に人影はない。この先には何もないことをユウは知っている。
 このような夜更けに人影が無いことは、常識で考えれば何もおかしなことはなかった。しかし、ここミストーの街に限ってはその常識は通用しない。ミストーの街はこのイマディンの地でも最大の規模を誇る。人と物で揃わないものはないと言われ、イマディンの玄関口とも呼ばれる大都会だ。街の規模と人口は比例する。多すぎる人口は格差を生み出し、このような路地裏には浮浪者が住み着いているのが常だった。
 ……しかし、いつもは見られるその浮浪者の姿がここにはない。それが導く答えは一つしかなかった。
 ミストーのギルドで請け負った仕事の目的がここにあるのだ。

 思わず息を飲んだ。暗闇の奥からは何かの唸り声が聞こえてくる。ユウは背負った大剣――バスターソードに手を伸ばした。力のある戦士しか扱わない、扱えない大柄な両刃の剣だった。
 ミストーのギルドで受けた依頼は、ユウの実力をもってすれば容易いはずだった。
 しかし、油断していた。敵は思った以上に素早く、ユウはすでに抜刀しているべきであったのだ。過ちに気付いた頃にはすでに遅く、敵は眼前でその牙を剥いていた。
 死ぬ。
 敗北を覚悟したそのときだった。雷が鳴り響き、眼前の魔物に落ちた。それの意味することにユウが気付く前に、女性の姿が眼前に躍り出る。路地に面していた建物の屋上から跳躍したらしい。

アン「はやくとどめ刺しなさい!」

 その言葉で思考を取り戻し、ユウは瞬時に抜刀する。そして、黒焦げとなった魔物に切りかかる。

アン「やるわねw」
ユウ「君が魔法で援護してくれたからだよ」
アン「だけど、まだよ!」

 女性の言う通りだった。
 改めて敵の姿を確認する。イマディンの地でも最凶の魔獣と呼ばれるエンシェントドラゴンだった。

ユウ「エンしぇんと!?馬鹿な!!!」
アン「二人がかりでもきついかもね^^;」

 アンはまた魔法の詠唱に入った。
 先ほどの電撃呪文エレキラよりも強力な氷撃ダイヤモンドダストだった。

アン「これで・・、どうっ!?」

 アンのダイヤモンドダストは的確にエンシェントドラゴンの足に直撃した。魔竜は跳躍しようとしていたところを失敗し、苦しげな声をあげる。
 ダイヤモンドダストによって作り出される氷の強度は、使い手の魔力に左右されると言う。並大抵の特訓ではその魔力はつかない。これは一重に種族の壁によるもの――

ユウ「きみも、アース人か!」

 この世界イマディンとは別に存在する世界がある。人々はそれをアースと呼ぶ。
 イマディンとアースでは文化の進みが全く違う。そのためアースの人間はイマディンの人間よりも優れた頭脳を持つ。また、イマディン人とアース人とは身体能力にも大きな差があり、アース人は遥かに優れた戦士としての素質を持つ。
 数年前からイマディンでは魔物が大量発生し、それによる被害も甚大となっていた。これを看過できない状況とみたミストー王国は傭兵ギルドを設置した。しかし事態は変わらなかった。それどころか、被害の規模は大きくなる一方だった。これは、魔物発生の範囲が拡大しているためであり、魔物の大量発生の原因もわからず解決できないためだ。
 王は悩み、宮廷に使える学者を呼び集め、日夜会議を繰り返した。そんなある日、一人の学者が異世界の住人を召還する術の開発に成功する。
 召還された異世界の住人は優れた頭脳を持ち、優れた身体能力を持つ。そして彼らはイマディン人と同じ感情、理性を持っていた。彼らの力を借りればギルドの戦力も大幅に上がるかもしれない。
 そうして、ギルドの依頼をこなし、イマディンの平和のために戦い続ける異界の力を持ちし最強の傭兵こそがアース人であった。

アン「こら、そんなこと言ってる場合じゃないでしょ」
ユウ「わかってる!動き出さない今なら、やれる!」

 ユウは動けない獲物目がけて疾風のごとく飛び掛ると、ドラゴン族の弱点である眼を狙った。
 オリハルコンよりも硬いと言われる鱗で覆われている中で唯一の弱点……双方の眼を潰せばドラゴンは生命力を正常に保てなくなり絶命する。

ユウ「秘奥儀・疾風炎流斬!!」

 ユウの一撃はエンシェントドラゴンの片目を潰す。苦しむドラゴンを一瞥すると、ユウは腰に下げたナイフを取り出した。一瞬の跳躍のうちに二度の突きを繰り出す。アース人の身体能力故の芸当だった。
 エンシェントドラゴンは一声大きく鳴くと、平伏した。

アン「ほんとにやった?」
ユウ「たぶん」

 ユウの言葉を聞くとアンは満足げに頷いた。

アン「さすがね〜けどあたしが助けなかったらやばかったんじゃない?ぼ・う・や♪」

 女性は艶かしい言葉をかけるとユウに近づいた。
 その胸元は大胆に開いており、男を誘惑せんとしている。そして下も短いスカートであり、特筆すべきは上下共に黒で整えられていることか。魔法使いは黒い服しか着ないというのはよく言われていることだが、この女性もそれに漏れないように思えた。

ユウ「ほんとマジありがとございます・・けど何でここに」
アン「何でここに来たかって?あたしのほうこそ聞きたいわよ。一度に同じ依頼がぶつかるなんてこと、初めて聞いたわ」
ユウ「・・・うーん.あちらのミスかなぁ?」
アン「運命かもしれないわね。ま、いいわ。ところで簡単な自己紹介でもどう?」
ユウ「ユウ・・・ギルドのクラスはSです。見てのとおり、戦士です」
アン「あたしはギシ=アンよ。魔法使いアンって呼んで。いい名前でしょ?wクラスは同じSよ」
ユウ「はあ。」
アン「あたしとあんた、パーティ組んだら面白そうじゃない?一人でいたってことはパーティ組んでないんでしょ?」

 前まで組んでいたパーティがいたが、今は組んでいない。理由は至極簡単。パーティが全滅したから。
 全滅とは死を表す――ギルドのランクが上がると共に与えられる報奨金は跳ね上がるが、その危険性も格段に上がり、死は身近なものになる。

ユウ「皆死にまsた」
アン「上級の依頼はレベル高くないとこなせないものね」
ユウ「はい。アンさんは今一人なんですか?」
アン「ナンパしてる男の子か、あんたはwwそれにタメ口でいいわよw」
ユウ「あ、そう?それなら遠慮せず・・」
アン「あたしは強い人じゃないとパーティ組みたくないの。Sクラスのあんたとなら組んでもいいかなって思っただけ」
ユウ「じゃあ、一緒に戦おう!」

 しかしアンは言った。

アン「眠い」
ユウ「いきなりだねw」
アン「徹夜続きなのよ。。ほんと、やんなっちゃう」
ユウ「たいへんだなあ・・・ぼくは昨日は徹夜だったけど、続くときついよね」
アン「お互い大変ねwじゃあ今日はそろそろ寝て、明日また一緒に冒険に出かけましょう」

 アンが去るのを確認して、ユウもその場を去った。

 *

 パソコンのディスプレイには「イマディンからログアウトしました」の文字が浮かんでいる。
 拡がっていた世界はそこに無く、限られた空間だけがユウの周りにあった。
 アンはきっとリアルが忙しくて徹夜続きだったのだろう。
 だけど、ユウは違った。ただ単に昨夜は寝ずにイマディンに旅立っていただけだった。お陰で良い出会いをした。凄腕の魔法使いと仲間になれたし、それ以上に、依頼の重複という例を見ないバグをも経験することができた。
 自慢してやろう。ユウはそう考えて、12ちゃんねるという匿名型掲示板の攻略スレッドを開いた。

 タイトル――運命の瞬間。
 名前――名無しの冒険者。
 スレッド内容――依頼の重複というありえないバグを経験して、その上かわいい女の子と知り合ったんだけどwwwwこれまじ運命wwww

 2ゲット、妄想乙、相手はネカマ、ゲーム男映画化決定……次々とついていくレスを見つめていると、部屋をノックする音が聞こえた。
 短いけれど、思いやりのこもった母の声が聞こえる。ユウ、ここにご飯おいておくわよ。
「このままじゃ、いけないんだろうけど」
 母の声を無視して、ユウはまたイマディンのアイコンをクリックした。ログイン中、の文字が点滅する。だめなのだとはわかっているのだけど、いつもこの繰り返しだった。まるであらかじめそうすることを運命づけられているかのように身体が動くのだ。
 しばらくして、ディスプレイにプロローグが流れた。
 ――ログイン完了、イマディンへようこそ。
 ――世界の始まりは、世界との離別。世界の終わりは、世界との再会……

【了】



 テーマは「運命」、原稿用紙十三枚以内、三五○○文字程度。
 ト書き小説。いわゆる、ディアローグ形式。正式な意味でのディアローグではないのだけど、とりあえず書きたかったので書いた。好き勝手やった。好き勝手やりすぎた。
 ネットで名前の後に台詞が続く形式の作品を頻繁に見かけるのは、おそらく書き手がゲームを経験しているからなのだろうな、と思います。RPGでは名前の後に台詞が続く形式がほとんどです。最近ではロム自体の容量がアップし、名前の変わりにキャラクターの顔を載せるなんてこともできるようになりましたが、名前か顔、どちらかが必ずと言っていいほど台詞の前につきます。
 そして、それの上をいくのがオンラインゲーム。会話の中に、「w」だろうが「♪」だろうが顔文字だろうが、何だってつきます。操ってるのは普通の人間ですから、打ち間違いだって日常茶飯です。誤字脱字なんでもござれ。
 頑張って言い訳しようと思ったけど、要約するとこの一言でいける。
 ……失敗した。

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