さくら
【さくら / 高野健一】
(視聴: http://www.youtube.com/watch?v=hDZyMOY6KrM )
さくら さくら 会いたいよ いやだ君に今すぐ会いたいよ
天に召します神様お願い 僕の胸つぶれちゃいそうだ
さくら さくら 会いたいよ いやだ君に今すぐ会いたいよ
天に召します神様お願い 僕の息止まっちゃいそうだ
【さくら / RSP】
(視聴: http://www.youtube.com/watch?v=ow_oHKoNIFg )
『さくら さくら 会いたいよ いやだ 君に今すぐ会いたいよ』
だいじょうぶ もう泣かないで 私は風 あなたを包んでいるよ
『さくら さくら 会いたいよ いやだ 君に今すぐ会いたいよ』
ありがとう ずっと大好き 私は星 あなたを見守り続ける
上記の二曲を勝手にイメージ化し、なるべく意味を損ねないように書いた二次創作。高野健一では男性視点を、RSPではその男性に応じる「さくら」視点が歌われています。また、聞き手によって、人ではなく家族同然のペットであったり、恋人であったり、それらは聞く人に委ねますと、作詞者の言葉にある通り、上記は私の勝手なイメージです。
どちらにしても、素晴らしい曲です。ひとりでも多くの人にこの歌を知ってもらいたい。そう切に願います。
【SIDE:HE】
さくら さくら 会いたいよ いやだ君に今すぐ会いたいよ
天に召します神様お願い 僕の胸つぶれちゃいそうだ
さくら さくら 会いたいよ いやだ君に今すぐ会いたいよ
天に召します神様お願い 僕の息止まっちゃいそうだ
*
桜が舞った。
「もうすっかり春ですね」
会社の受付の山中さんが微笑む。
「そうだね」
愛想笑いを返すけど、僕は娘を亡くしたこの季節が辛い。
「あの……」
「ごめん、行かなくちゃ」
僕は山中さんの言葉を遮り、会釈すると外へ急いだ。事前に申請していた通り午前で会社を早引きしたのだ。
彼女は何かと声をかけてくれる。昨日も、普段は話さない愛娘のことを話した。僕はふだん、家のことは話さないようにしているのに、山中さんが相手だとついつい話しすぎてしまう。それだけ、僕は彼女に心を惹かれていた。
だけど、バツイチで、しかも子供ひとりろくに育て切れなかった僕が、人を好きになっていいのだろうか。何よりこんな僕を好きになってくれる人なんているのだろうか。そう考えると苦しくて、失った我が子のことを思うと、心が痛くて、僕は先に進めない。僕はいつもそうやって、ずっとずっと同じところをクルクル回り続けている。
思考が迷路に陥ってしまう前に僕は頭を切り替えようと、僕は、ネクタイを緩めた。
四月も半ばを過ぎたオフィス街は春の陽気を通り越し、汗ばんだカッターシャツが心地悪い。僕は背広を脱いで丸めると脇に挟んで電車に乗り込んだ。
ドアの傍のポールに身体を預けて、流れていく街並を見た。車窓が切り取る景色の至る所に、桃色の花弁は見られた。絶好の花見日和だろう。河川敷などを電車が通過する際には、近所のママさん集団らしき人たちが子連れで楽しんでいる様子が見えた。一瞬にしてそれは過ぎるが、僕の頭にはずっと楽しそうな母子の姿が残っていた。微笑ましいはずの日常のワンシーンに、心臓が握りつぶされそうになる。
「あ、さくら」
子どもの声が聞こえ、どきっとして振り返る。
母親が座る横で、背中を向けて窓の向こうに心を奪われている女の子の姿があった。脱ぎ散らした靴が、床に転がっている。
「さくらーさくらーのやまもさともー」
舌足らずの声で歌い、「静かにしなさい」と叱られている。母親は僕と目が合うと、申し訳なさそうな顔で頭を下げた。
一番を満足げに歌い上げた幼い女の子は、続けて二番も歌った。さくらさくら、やよいの空は見わたす限り。かすみか雲か、匂いぞ出ずるいざやいざや見にいかん。
「すみませんねえ、この子、小学校に入ったばかりで浮かれているんです」
母親らしいことを言う。
そして、次の駅で女の子と共に降りて行った。ドアが閉まる瞬間、ふと桜の匂いがよぎった。
あの子は小学一年生か。まだ元気だった我が子の姿を重ねた。
この世を去ってもう六年が経つ。生きていればこの四月で中学生になっていただろう。我が子が生まれたのも四月、亡くなったのも四月とはどういう因果だろう。思えば、彼女の母親が出て行ったのもまた、数年前の四月だった。
さくら。女の子らしく、それでいて今風な名前にも混ざれるように、そう思いを込めた、ひらがな三文字。四月の、桜の咲き乱れる頃に生まれた。
「今年の桜ももう終わりね」
隣の車両から大学生の二人組が入ってくる。
「今度の日曜までもたないだろうな」
「ざんねん」
「まあ、仕方ない。桜は短命だからな」
二人はそのまま先頭車両に向かって歩いていった。
その姿が見えなくなっても、最後の一言が心から離れない。そう。さくらは短命だった。
生まれつきの持病で、長くはもたないだろうと言われていて、さくらの母親はその現実を受け止めきれずに男と逃げた。残された僕は、さくらを必ず一人で育てて見せると決意したのに、さくらは一年生を迎えたその時に死んでしまった。
さくら。さくら。君は幸せだったのかい。僕は、君に何かしてやれたのだろうか。さくら、春の似合うかわいい僕の娘。君はもう、写真の中でしか見られない。追いかけっこした土手の道、窓越しに見える紫陽花、一緒に水撒きをしたホース。ミッフィーの食器。どれを見ても、君を思い出すよ。
どうすればこの苦しみを忘れられるんだろう。何度お墓参りをしても、幾度この春を越えても、心のぽっかり空いた穴は狭まることもなく、ただ空虚さだけが心にしこりのように残っているんだよ。ただ、君に――会いたい。
*
さくら さくら 会いたいよ いやだ君にホントは会いたいよ
天に召します神様お願い 僕の瞳濡れちゃいそうだ
さくら さくら 会いたいよ いやだ他に何にもいらないよ
天に召します神様お願い 僕の心消えちゃいそうだ
【SIDE:SHE】
『さくら さくら 会いたいよ いやだ 君に今すぐ会いたいよ』
だいじょうぶ もう泣かないで 私は風 あなたを包んでいるよ
『さくら さくら 会いたいよ いやだ 君に今すぐ会いたいよ』
ありがとう ずっと大好き 私は星 あなたを見守り続ける
*
桜が舞った。
「まただめだった……」
パパの会社の受付の女の人がため息をついていた。確か名前は、山中さんだっけ。
わたしはその様子を天から見ている。パパはさっき、この人の言葉をふりきって出てしまった。
「やっぱり、私のこと好きじゃないのかな」
そう言うけれど、そうじゃない。パパもあなたに気があるのよ。
パパは、死んでしまったわたしのことをいつまでも思ってくれて、他のことに興味を持てないでいる。だけど、それじゃあだめ。だめなんだよ。
ママはわたしとパパのことを置いて出て行っちゃった。わたしはママのことを覚えていないから、わたしにとって、パパだけが世界のすべてだった。
わたしは、山中さんに「ごめんね。大丈夫だから、もうちょっと頑張って」と言葉をかける。ずっとパパのことを見ていた。この人なら、きっとパパと幸せにやっていける。そう感じた。わたしももう中学一年生になるんだから、いつまでもパパに甘えちゃいられないよね。
パパ、ごめんね。わたしが未練たらたらで残っているばっかりに、パパの人生をぐちゃぐちゃにしちゃって。もう六年だよ。ごめんね。
「あれ……これは……」
山中さんはようやっと手提げカバンに気づいてくれたみたい。パパの忘れ物。わたしが、忘れさせたもの。
それはとっても大切なもので、必ずそれは今日必要になるはずだから。
「届けてあげなきゃ」
山中さんは仮病を使って早退し、手提げカバンを持って、会社を出た。
「どうしよう、メールとか知らないし……」
思い出して。あなたは昨日、パパがどこの霊園に行くか世間話の中で耳にしていたはずよ。
「そうだ。桜の咲く、あの霊園だ」
そう言って、タクシーを呼び、車に飛び乗った。わたしもこっそり、隣におじゃまさせてもらう。
タクシーはきっと、電車より早い。パパが到着する頃くらいには追いつけるはず。山中さんは手提げカバンをぎゅっと抱きかかえた。
こらこら。壊さないでね。それ、わたしのなんだから。
*
『さくら さくら 会いたいよ いやだ 君に今すぐ会いたいよ』
だいじょうぶだよ ここにいる 私は春 あなたを抱く空
『さくら さくら 会いたいよ いやだ 君に今すぐ会いたいよ』
ありがとう ずっと大好き 私は鳥 あなたに歌い続ける
*
タクシーは霊園に到着した。桜がとてもきれい。
わたしも、あんな風にきれいに咲きたかったなあ。でも、それでも、これでいいんだって今は思うよ。運命だったのだから仕方ないよ。それでも、パパと会えて、パパと一緒に暮らせて、わたしは幸せだった。
桜が舞い散る中、山中さんは、霊園の中を走った。
広くて、きっとどこにパパがいるかわからないんだな。違う方向へ行く度に、そっちじゃないよ、とわたしは強く念じた。その都度、山中さんは方向を修正して、わたしのお墓のほうへと向かった。
そして、そこにはパパが居た。
「あれ……山中さん。なんでここに」
パパは少し怪訝そうな顔をする。忘れ物にまったく気がついていない。本当にパパはバカなんだから。わたしが居ないと何もできない。だけど、これからはちゃんとやっていってもらわないと。
「これ、忘れもの。その、あの……とても大事なものだと思ったから。ほら、昨日お話きいてたでしょ? だから……」
山中さんは頬を赤く染めて懸命に説明すると、手提げカバンを差し出した。
パパはそのカバンを見て、あ、と大きく声をあげた。今頃気づいたのね。
「ありがとう、本当にありがとう。それ、すごく大事なものだったんだ」
パパはそう言って、手提げカバンからミッフィーちゃんの食器を取り出し、何度も山中さんにお礼を言った。
「娘に怒られるところだった」
「これにいつも、娘の好物だったものを入れて、ここで花見をするんだ。毎年毎年、ね」
パパはそう言って桜の木を見上げた。
「本当に娘さん想いなんですね」
「もう今となってはこんなことを続けるくらいしかできないから。これからもひとりでずっとこうやっていくしか、ね」
そう言って、パパは悲しそうに微笑む。だめ、そんな顔したらだめ!
山中さんもどういう言葉をかければいいのか悩んでいる。あなたは思ったことをそのまま言うのよ! そうすれば、あなたたちは上手くいくんだから! ずっと見ていたわたしが保証するわ。そう、わたしは最期の思いを込めて叫んだ。
そう、これが……最期。わたしは消えて、パパの未練も消えて、それでもわたしの想いだけはきっと残り続ける。いつも、パパの見る景色のどこにでもわたしは居る。だけど、それは未練ではなくて、もっと別の、優しくてあたたかい何か。
だからパパ。わたしのことは忘れて先に進んでください。
さくらは幸せだった。パパと会えて、幸せだったよ。
「あの」
山中さんは意を決したように口を開いた。
「その、お花見。私もこれからもご一緒させてもらっちゃいけないでしょうか? 私も、さくらちゃんとお花見……したいです」
「え……」
ほら、パパ。パパも勇気を出して!
「……で、でも、私の下の名前も“桜”だから、さくらちゃん混乱しちゃうかな」
桜さんはそう言って、恥ずかしそうにそっぽを向いた。え、山中さんも“桜”さんだったの?
ややあって、パパは口を開いた。
「うん。来年もいっしょにお願いしていいかな」
桜さんの表情がぱっと明るくなった。
――ようやくの春がきたね。
「桜は短命だ」って言うけれど、桜はまた翌年も咲くの。そして、その次の年もずっとずっと。そうやって、ずっと回っていく。私から、山中さんに。さくらから、桜に。
わたしはようやっと、やるべきことが終わったことを感じた。この六年の間、わたしのわがままだったけど、パパの心の中に住み着いていたの。だけど、それももうお終い。だって、こんな素敵な人が現れたんだから、わたしはどかなきゃ。
パパはわたしに未練を残し、わたしもパパに未練を残し、お互いがお互いを縛り付けていた。
だけど、パパから離れるなんてできっこないよね。こういうとき、男は本当にだめだから。
でもパパ。好きだよ。生まれて良かった。パパの子どもになれて良かった。ホントにホントに良かった。
わたしはこの世界から消えても、あなたの見るいろんな景色に、いろんなものに、残り続けるよ。だから、寂しがらないで。歩き続けて。わたしはだって、パパのことこんなにも大好きなんだから。
――だから、さようなら。
*
『さくら さくら 会いたいよ いやだ 君に今すぐ会いたいよ』
いいんだよ 微笑んでごらん 私は花 あなたの指先の花
『さくら さくら 会いたいよ いやだ 君に今すぐ会いたいよ』
ありがとう ずっと大好き 私は愛 あなたの胸に……