歌詞考察『サイレン』/flumpool

 flumpoolの歌詞を解釈しようと企んだのだけど、ショートストーリー仕立てでやってみようと書いてみた。
 アルバム『What's flumpool!?』の中に収録されている『サイレン』。いつもflumpoolを歌うのは自分だけで、他人が歌うことを聞く機会自体が滅多に無い。でも、珍しいことに、flumpoolファンの人とカラオケに行って、人が歌っているの聞いて、そんな中で突然、頭に閃いたのがこのストーリー。要するに、完全に単なる思いつきなのだけど、好きなアーティストが被るというのはすごく良いことだと思った。その人がいい人なら、なおさらのこと良い。
 歌詞考察から脱線するので、そのあたりでストップすることとして、今から書くものは小説なんかではなく、歌詞考察と考えてください。
 なお、登場人物の僕と君、それにまつわるエピソードは完全にフィクション。flumpoolの曲とは一切関係ありません。

サイレン【Siren】   ※大辞泉より
【1】ギリシア神話で、上半身は女、下半身は鳥の姿をした海の魔物。美しい歌声で船人を惑わして、破滅させたという。セイレーン。
【2】 警報・時報などに使われる音響発生装置。多くの小穴をあけた2枚の円板を重ね、一方から空気を吹きつけながら他方を回転させると音が出る原理を応用したもの。

 * * * * * *

『サイレン』  ...music by flumpool

「歌うまいね」
 初めて聞いた君の声。顔を上げたところにいたのは、年上の綺麗な女性だった。
 駅前でギターの弾き語りをしていた僕の前で足を止め、耳を傾けてくれたのは君が初めてだった。他の誰も、僕の歌う名も知れないアーティストの歌なんかに興味を示す人はいなかった。
 歌い終わると、リクエストをされたことを鮮明に覚えている。そのグループの中で唯一、女性ボーカルとのデュエット曲だった。何てことはない。お互いに、マイナーなアーティストを好きなだけだった。
 以来、君は仕事帰りに毎日僕の歌う前を通りがかり、その度に同じ曲をリクエストした。その曲を終る頃に、君はいつも家からの門限を促す電話がかかってきて足早に帰って行く。その別れが、名残惜しくて僕はいつも別れには悲しい恋の歌を歌っていた。
 歌が好きな女性だった。歌が上手な女性だった。何よりも僕は君の歌声に聞き惚れ、いつしか君に恋をした。
 
 いつものようにギターを弾いていると雨が降り出した。君はそこで雨宿りをすると言ったが、それには少し肌寒い。思い切って僕は君を自分の家に誘ってみることにした。
 君が快く頷くのを見て、僕は自分の想いを打ち明けることに決めた。

>君の涙 気付かないフリをして そっと ガス栓捻るケトル
>「彼氏はいない」 最初で最後の君の嘘 それでも嬉しかった
  (※ケトルとは、ヤカンのこと。)

 思えば、一方的に惚れていたことが、僕の罪かもしれない。
 君はきっと、仲の良い男友達として、あるいは弟のような存在として僕を見ていたのだろう。僕はそれに気づけなかった。僕は自分の気持ちしか、見えていなかった。
 告白した瞬間、君の表情が曇ったのを見て、誰か付き合っている人が居ることに気づいてしまった。
 ――付き合って欲しい。
 ――付き合えないの。
「誰か付き合っている人でもいるの?」
「……彼氏はいないよ」
 嘘だと思った。思い返せば、君は携帯電話が鳴るといつも足早に帰って行った。あれはきっと――。
 しばしの静寂。ふと君の瞳を見ると、涙がたまっていた。
「寒いね。あたたかいお茶わかすよ」
 優しい君は、僕の恋心を弄んでしまったことを後悔して涙を流したのだと思う。だけど、その涙は見ないふりした。見てはいけない気がした。
 目をそらすために僕は席を立ち、キッチンへ向かう必要があった。簡単なこと。逃げの一歩。背中を向けてしまえば涙は見えない。君が僕のためについてくれた嘘を無駄にすることもない。

>欲張れば欲張るほど君を 苦しめるだけしかできなくて
>沸き立つ想いがもう火を消せと 鳴らす警笛(サイレン)

 僕はただお湯を沸かし、君はただ息を殺して泣いている。互いに背中合わせ。互いに無言。
 水は熱を帯び、沸騰し始める。やかんの甲高い音がまるでサイレンのように鳴った。ガスコンロの火を消さないと。それはまるで、僕の胸のうちの恋の炎を消す行為にも似ていた。
 君が好きだという想いは僕の勝手な、一方的な感情。単なる欲張りでしかなく、そのせいで君を苦しめてしまっている。
 やかんはなおも甲高い音でサイレンを鳴らしている。それを消せとサイレンは鳴り続けている。僕の胸のうちの想いをかき消せと、鳴り響いている。

>いつだって…
>傷つけず誰も愛せやしない 好きな人にさえ好きと言えない
>言葉は心を隠すためじゃない せめて伝えられないなら
>涙を包む風になるよ

 僕はいつもそうだった。親友の好きな人を好きになってしまったり、彼氏のいる子に恋をしたり、辛い恋を繰り返している。偶然なのか、僕がただ悪いのか。それはわからないけれど。
 いつだって、僕が恋をすると誰かを傷つけてしまう。「僕が本命じゃなくていいよ」なんて言葉で嘘をついてしまうことは、僕にはできない。君にしても同じで、無理な嘘をついて辛い想いをさせるくらいなら、無言でいてくれたほうがずっといい。
 涙だって、上手く越えて見せるから。

>出会った瞬間 秒速で駆け抜けた夢 君と観たかった将来
>世界を止めて その笑顔独占したい ただ ガムシャラに愛を謳った

 駅前で下手糞なギターを弾いていたとき、初めて足を止めてくれた君。あの日から君のことが好きだった。いつか君と付き合いたいと思った。ただ、君を僕のものにしたかった。
 下手糞なギターに乗せたラブソングには、僕の気持ちも入っていたように思う。思い返せばあの頃の君の笑顔が懐かしく、そして歯がゆい。
 今はキッチンに立つ僕の背中越しに君の嗚咽がただ聞こえてくるだけ。せめて、恋人でなくても、また下手糞なギターを聞いてくれるならそれでいいかとも思ってしまう。そうだ。それでいい。せめて前と同じように、一緒に歌だけ歌っていられたらそれでいいと思うのは贅沢なことなのだろうか。
 あれこれと脳裏に浮かんでは消えていくけれど、目的はひとつだけ。
 君と付き合うことなんかではなくて、君の笑顔を今まで通りに見ていられること。それだけが、僕の望み。
 
>誰かが鳴らす携帯メロディー 君を連れ去る12時の鐘
>あわてて止めないで 彼への愛を示す警笛(サイレン)

 ほら、君の携帯電話が鳴った。いつも、それが鳴ったら帰っていただろう。
 家からの電話だって言ってたけど、それも嘘。だって、それなら今ここで慌てて切る必要もないじゃないか。そうやって切ったことが、君の言葉が嘘だってことを証明してしまっていることを君はわかっていない。
 背中を向けて立っていたって、僕にはすべてわかっている。それにもう、コンロのサイレンも止めた。僕の心の中にともっていた炎も消したんだ。

>一度も…
>見つめあうこともなく目的を果たす 割り切れた関係それならいい
>皮肉なもんだな 求めているのは 君の笑顔だけなのに
>それが一番観れなくて

「これからも、いつもと同じように歌を聞いて笑っていてほしい」
 背中越しに、僕は言った。見つめるとまた恋心が戻ってしまうかもしれない。
 そこに恋愛はない。友人でしかない。男女の仲ではなく、単なる人と人の仲。そういう風に割り切ってしまえば、僕はなんとかやっていける。君もなんとか……やっていけないだろうか?

>シンクの背中に響いてる 泣き声に似た警笛(サイレン)
>慣れたフリで止めるんだ 恋心

 ほら、また携帯電話が鳴っている。キッチンのシンクの前で、背中を向けて僕は立っているけど、そんなの、いくら鈍感な僕でもわかる。君に彼氏がいたことに気づけなかった僕でも――今ならわかる。
 君がそれを止めれば、僕の恋心も止まる。そういう風に自分自身に暗示をかけた。
 だって、君がまたそれを慌てて止めるのはわかっていたから。案の定、君は携帯電話の電源を切った。

>いつだって…
>傷つけず誰も愛せやしない 好きな人にさえ好きと言えない
>言葉は心を隠すためじゃない せめて伝えられないなら 最後に笑って

 愛することで、君を傷つけてしまう。僕はただ、君に好きだと伝えたいだけなのに。それすらも叶わない。
 そんな素朴な願いも叶わないのなら、どうかもう一度あの笑顔を見せてほしい。いつも一緒に歌って笑っていた、あの笑顔を。

>占いは今日も最下位なんだろう トップは君の乙女座かな?
>どこかで笑える それだけを願ってる 君が幸せであるように
>この願いだけは止めないから

「星占いでよく言われるの」
 去り際に君は言った。
「なんて?」
「一般的に乙女座の人は、秘密な物が原因で不幸になることがあります。隠し事は慎みましょうって」
「そうなんだ」
「だから……ごめんね」
 最後に君の涙を見てしまった。君は結局、笑わずに出て行った。雨上がりの街へと。
 僕の恋愛運はいつも、最下位な気がする。彼氏のいる君の乙女座の恋愛運はトップかな? 愛する彼と幸せになってくれたら、僕はもうそれでいい。好きになった人の幸せを願うくらい、許されたっていいじゃないか。
 美しい君はまるで、ギリシャ神話のセイレーン(サイレン)のようだったと思う。僕は君の美しい歌声にただ惑わされていたのかもしれない。今はそう思うことにする。そうでも思わないと、また僕の恋心が燃え出しかねないから。
 また、頭の中にサイレンが鳴り響いてくる。それを慌ててかき消そうとする。ともすれば、頭が割れてしまいそうで、心が折れてしまいそうで、今はただ――辛い。
 いつかきっとまた、友達としてスタートできる日がまた訪れる。そう信じて、明日も明後日も、これからもずっと、僕はあの場所で歌を歌い続ける。

  サイレン――完。

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