序章.「100のお題」
賑やかな酒場でも、対照的に静かな場所もある。
彼らにしかわからない世界。彼らだけの世界。
百の夜が、百の言葉を綴る。
百の夜を、百の想いで語ろう。
酒場“night a star”の夜。
1.「10000」
「一万円ってさ、何で福沢諭吉なんだろうね? 夏目漱石は千円なのに」
『決まってるだろ。福沢諭吉の方が大きな業績を残したからだ』
「じゃあ、五千円の新渡戸稲造の業績は?」(※執筆時点)
『微妙』
今日も酒場の夜は静かに明けていく。
2.「フレグランス」
「うわ、君。香水臭いよ」
『ああ、フレグランス。景品で当たったからつけてみたんだ』
「ふうん、男が香水?」
『知らないのか? 今は男も香水する時代なんだぜ?』
「そう言えば、この前、弟がお風呂上りに良い香りさせてたよ」
『それはシャンプーだろ』
今日も酒場の夜は静かに明けていく。
3.「間」
「ねえ、“頭に頭痛がする”って言わないよね?」
『そうだな』
「けど、“人が一人いる”って言うよね。おかしくない?」
『……そうか?』
「何、今の間は?」
『お前って時々変だなって思っただけ』
今日も酒場の夜は静かに明けていく。
4.「実らない果実」
「あの子、高校生かな?」
『誰?』
「あの奥に一人で座っている娘。まだ、実りたての果実って感じだね」
『あの人、もうすぐ四十でバツニだぜ?』
「え? えー!?」
『もう、実らないだろうな』
今日も酒場の夜は静かに明けていく。
5.「虚ろ」
「はあ――」
『どうした、虚ろな顔して?』
「はあ――」
『どうした、ラマーズ法か?』
「何かあったのかって聞いてくれてもいいと思うんだけど」
『何かあったのか?』
「寝不足」
『あ、そう』
今日も酒場の夜は静かに明けていく。
6.「海鳥」
「ああ、海鳥になりたい」
『どうした、薮から棒に』
「僕は自由に飛びたいんだ。そして海の向こうまで行きたい」
『それなら飛行機だっていいじゃないか』
「自分の力で飛ぶことに意義があるんだよ」
『ああ、鳥人間コンテストか』
「それは違うよ……」
今日も酒場の夜は静かに明けていく。
7.「γ線」
「γ線とX線って基本的に同じものらしいよ」
『何だ、突然』
「原子核から出るのがγ線、軌道電子から出るのがX線なんだよ」
『そうか、科学のこと言われても分からないぞ』
「同じく。テレビで見たから、ちょっと言ってみただけ」
『お前もかよ』
今日も酒場の夜は静かに明けていく。
8.「硝子の境界線」
「プリンって固体だよね」
『プリンは液体だと思うが?』
「だって重力に逆らって立ってるんだよ?」
『一定上の高さになると崩れるぞ。液体じゃないか』
「いつかプリンが固体と液体の境界線を証明するカギになるかもしれない」
『ならないと思うな』
今日も酒場の夜は静かに明けていく。
9.「時計の針」
『最近眠れないんだ』
「いい方法教えてあげるよ」
『何だ?』
「時計の針をじっと見てたら眠くなるよ」
『家の時計、全部アナログじゃなくてデジタルなんだ』
今日も酒場の夜は静かに明けていく。
10.「鳥」
「鳥になりたいって前に話したよね」
『言ってたな』
「夢の中でなれたよ」
『そうか。自由に飛びまわれたか?』
「いや、ニワトリだった」
今日も酒場の夜は静かに明けていく。