06.不思議のダンジョン

 奇跡を生んだ歴戦の兵ライアンと、商人にして探検家トルネコはバトランドを後にした。
 外を歩くと、冬の気配がより強く感じられた。寒い。
「さあ、トルネコ。どこだ、どこに行く。魔界か? 天界か? それともまだ見ぬ別の世界か?」
 歩きながらライアンはトルネコに質問攻めを繰り返す。久しぶりの旅が楽しくて仕方が無い様子だった。
 最後のは冗談めかして言ったのだが、トルネコはいとも簡単に肯定した。
「別の世界です。旧く古文書に残るロト神話に伝わる世界です。今はアレフガルドも滅び、あちらの世界も古文書の通りではないのですが……」
「なに? 別の世界だと?」
「ええ。とは言っても、まったく未知の世界と言うわけではありません。私にはあちらにモリーさんという知り合いもいます」
 トルネコは懐かしそうに、誰かの名を口にした。ヤンガス。ゲルダ。モリー。
 ライアンに聞き覚えはなかったが、きっとトルネコにとっては親しい者の名前なのだろうと思う。歳をとったがいまだ肉づきの良い顔に、嬉しげな表情を浮かべている。
 思えばライアンもトルネコも良い歳である。ブライの次に天に召されるのはうら若きサントハイムの美姫ではなく、自分たちであるべきだったのだ。
「ライアンさん?」
「あ、いや、すまぬ。考え事をしていた」
 トルネコはそんなライアンを見て、顔を曇らせる。
「すみませんでした。お世継ぎのポポス殿が生まれたばかりだと言うのに……」
「何を謝る。お主とて同じであろうに。世界を旅した後は、レイクナバで一家暮らす予定だったのだろう?」
「そう、ですが……」
「お主も家族をレイクナバに置いて来た。お互い様だろう。それに――」
 ライアンは呼吸を置いて、言った。
「歴史はまだ、この老戦士を必要としておるらしいからな。腐っても戦士ライアン。死ぬのは戦場と決めておる」
 縁起でもない、とトルネコは笑った。渇いたような笑い声だった。風がその力ない笑い声をかき消す。
 しばらく二人は無言で歩き続けた。
「あれは確か……」
 先に口を開いたのはトルネコだった。
「あれは確か、十五年ほど前だったと思います。皆さんと出会うずっと前、まだレイクナバで武器屋の見習いをしていた頃です。私は妙な洞窟へと迷い込みました。今思えば、あれが生まれて始めての不思議のダンジョンでした。そのときは若くて世間知らずだったのもあって“ダンジョンマスター”を自称していましたが、今思えば“不思議のダンジョン”がどういったものか全くわかっていませんでした」
 不思議のダンジョン、というものがライアンにもそもそもわからなかった。
 トルネコが言うには、入る度に地形を変える洞窟であると言う。そんなところがあるとはにわかには信じがたかった。
「そのダンジョンでの冒険も終わり月日が流れました。そして、ユーリルさんやライアンさんと世界を救う旅に出たのです。あれで私の冒険心ってやつに火がついちゃったんでしょうね。私は妻のネネ、息子のポポロと共に新しい冒険の旅に出かけました。そこで再び出会ったのです、不思議のダンジョンと」
 不思議のダンジョン、と再度トルネコは口にした。
「まず驚いたのは、不思議のダンジョンがひとつではなかったということ。私が若い頃に潜ったのとは別物でした。どうやらダンジョンは世界中に点在しているようです。そして、これはちょっと前までいた国での話なのですが……」
 トルネコは恐ろしい想像を振り払おうとしているように言葉を切った。
 しばし、無言で歩く二人。ライアンは黙々と草原を歩き続けた。
 モンスターが出ない。当たり前だ。地獄の帝王や妖魔の王子が敗れた今、魔の者たちは邪悪な心を無くしていて、害はない。そこらにいる猫と大差ないくらいだ。
 ライアンは少し拍子抜けした。しかし、それがいいのかもしれない。
 退屈を紛らわせるために乱世を望むなど、あってはならぬことなのだ。ライアンはモンスターの襲撃を望んでいた自分を恥じた。
「……すみません。ライアンさん」
「気にするな」
「あまりに恐ろしいことなのです。とてつもなく、類まれなく恐ろしいことなのです。きっと、嘘だと笑われることでしょう」
「……話す気になったら言ってみろ。私はおぬしの話を戯言だと笑い飛ばすことは絶対にしない」
 トルネコは感謝の言葉を述べ、微笑んだ。
「そのある国でのことです。不思議のダンジョンが洞窟<ダンジョン>におさまらず、草原や街中の家にまで現れ始めたのです」
「なんと……家屋にまでか」
「ええ。信じられないでしょう? 一見して普通の家なのに、中は目まぐるしく配置を変え続ける。私だって信じられない。信じられません」
「しかし、それだけなら別に――」
「それだけじゃないんです。ライアンさん。不思議のダンジョンのモンスターは人を襲うのです。地獄の帝王が滅びた今でも、ですよ。私だって、何度となく死にかけました」
「待て。それが草原に広がるだと?」
「ええ……それがどうかしましたか?」
 ライアンは目の前の草原を睨んでいた。トルネコもようやく気づいた。周囲の草の丈が伸びていることに。
 二人を囲むようにして広場があり、その先には細い道が先へと伸びている。
「まさか……」
 トルネコの顔がみるみる青ざめていく。
「そのまさか、らしい」
 ライアンは奇跡の剣を抜き、通路を警戒する。
 通路から顔を出したのは愛くるしい顔をしたスライムだった。
「あのスライムからは邪気を感じる。まだ地獄の帝王や妖魔の王子が猛威を振るっておった頃と同じ、な」
 トルネコも正義のそろばんを構える。
「なに。あのような雑魚に助太刀などいるものか」
「今はまだいらないでしょう。ですがライアンさん。不思議のダンジョンは先に進むほど、敵が強くなるのです。最下層まで行けば、魔界の魔物レベルの敵がうようよしています」
「ふ。望むところよ」
 ライアンとトルネコ。かつて、導かれし者と賞賛された世界を救ったこの世の奇跡。
 二人の長い旅は、今、始まったのであった。

中書き

 ここで、不思議のダンジョンおよび8との関連を出してみました。
 個人的には、8の世界は後のアレフガルドだと考えております。4の世界は、3の地上のずっとずっと後です。8のレティシアのセリフに、「かつて別の世界ではラーミアと呼ばれていた」といった感じのものがありますが、それは、地上でそう呼ばれていたという意味なのではないかと解釈できますし、ミッドガルド(地上)とアレフガルドの他にも世界が無数にあると考えるよりは、二つと考えた方が個人的にはシンプルにまとまっていて好きです。
 4と8の世界は時間軸を同じくしているので、8のヤンガスがまだ少年だった頃にトルネコはこちらの世界を訪れていることから、およそ二十年ほど前にトルネコは8の世界に行っていたという計算になります。そして、8の本編の方でもトルネコとライアンのコンビが出ているのが、まさに上記の拙作の直後の頃ではないかと考えております。
 トルネコとライアンがなぜあの場にいたかはわかりませんが、何らかのアイテムを手に入れるための条件だとか何とでも説明はできます。また、8ではトルネコが「エンドールのトルネコ」と言わずに「レイクナバのトルネコ」と自己紹介するあたりにも注目したいです。トルネコはゲーム「不思議のダンジョン」シリーズでは、エンドールから別所に引越しております。そのため、おそらくはもう、エンドールの店は引き払ってしまっており、不思議のダンジョンシリーズの後は、一度、故郷だったレイクナバに帰ってきたのではないか。私はそんな風に考えております。
 不思議のダンジョンシリーズはまだまだ解釈の余地があり、奥が深いです。さすがに作中に出てきた「ロトのつるぎ」はレプリカだと思いますが。だって、ダンジョン内でいくつも拾えるんだもん。



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