01.カイルの憂鬱

 空はまるで馬鹿にしたように青青青。真っ白な雲が一つゆっくりと流れてく。
 全部を十割とするなら、それは一割にも満たないんだろう。
 オレは少数派のそれをただぼんやりと眺めていた。どことなく親しみを感じているのかもしれない。
「こら、カイル! どこ見てるんだ!」
 その声がオレを遥か大空から、この小さな部屋へと連れ戻す。
 眼前の机には、青とは対称に、くすんだ赤があった。萎れたばらの花である。親父は顔に似合わず、ばらが好きなのかよく活けている。
「いや、天空の城でも浮かんでないかなって思って」
「こんなとこで見えるわけないだろ。神の住まう城だぞ」
 厳格な親父の声が室内に響き渡るがそんなこと気にしたことじゃねえ。
 どうせ、オレには興味のない話をしてたんだ。魔法使いなんかになりたくないオレには関係のない話だろ。
 大体、今のこの社会の仕組みがどうかしてる。世襲制――子は親の職業を継ぐ。簡単に言えば、家柄によって職業が決められる。
 魔法使いの家に生まれたオレは、魔法使いになれだとさ。馬鹿げてら。オレは武道家の家に生まれたかった。そうすれば、この拳一つで生きていけんのにさ!
 思わず机をどんと叩くと、親父が髭面を近づけてきた。
「何か文句あるのか? カイルディ・ハズバーグ」
 わざわざ、オレのフルネームで呼びやがる。ハズバーグという姓を持つということは、魔法使いのハズバーグ家の一員だということ。お前は魔法使いになるしかないんだと、暗に言われているのがわかる。
「何もないですよーだ」
「ふむ……まあいいだろう。では続けるぞ。一説によると、古の昔にはアレフガルドと呼ばれる世界があり――」
 アレフガルド神話の講義だ。その中でも序章にあたる、ロトの章を今は聞いている。ロトは二つの世界を自由に行き来することができたとか。
 何じゃそりゃ。オレだって別世界あるなら行きてえよ。この決まりきった将来設計を脱出できんならさ。
 親父の講義はロトが旅先に訪れた神殿の話へと差し掛かっていた。
「ロトは仲間達とダーマ神殿に訪れた。ここでは職業を自在に変更できる力を持った神官がいたそうだ」
「職業を自在に変更!? まじで!?」
 一瞬、我が耳を疑う。まさか、そんな便利なもんがあったなんて……!
「ラーマ神殿とやらに行けば、オレも武道家になれんのか!」
「落ち着け、カイル。神話の時代だ。それにラーマじゃない、ダーマだ。神話ではダーマ神殿は、世界を滅ぼさんとする悪しき者によって滅ぼされ、現在は存在しないそうだ」
 そうだ、これは神話の時代の話。ロトなんてそもそも存在していたかすら怪しい。しかし、その存在は色んな形で文献として残っていることからその信憑性は高いと思う。だったら、ダーマ神殿もやっぱりあったんだろう。そして、自由に職業を変更できるような時代もあったということだ。
「ダーマ神殿か……今でもあればいいな」
「夢ばかり見ておらんと、さっさと強力呪文の一つでも覚えればどうだ?」
 図星をつかれる。オレはまだ初級呪文しか扱えない。才能もなければ、努力もしていない。当然と言えば当然の結果だ。
 しかし、少しは気にしちまう。それが人間の性ってヤツなんだろうな。しかし、よくよく考えれば魔法使いになんてなるつもりはない。
 オレは武道家になるんだ。関係ない。自分に言い聞かせる。
 あと少しで、十五歳の誕生日だ。村の習慣では、十五歳になった者は一人前として認められ、村を離れることを許される。逆に、十五歳にならずに村を出た者は、村人総動員で追いかけ捕まえる。そして、強制的に村に戻されて処罰を受けるんだ。
 昔、村から脱走しようとして三日間飯抜きにあったことは鮮明に覚えている。ふん、カイル様は同じ過ちは繰り返さないぜ。
 あれから数年の時が流れた。あと数日もすれば、幼馴染のクライスやルーみたいに十五歳になって、一人前の大人として認めてもらえる。
 そうすれば、オレは自由だ。この家に居る必要も無い。旅に出ることが許されるんだ。それが村のしきたりなんだから。

 ダーマ神殿なんか今は存在して無くても、関係ない。
 オレのやりたいことはオレの手で掴むんだ! 旅の先で! 冒険の中で!
 強く握りこぶしを作り、自分の憧れる最強の武道家像を思い浮かべる。それだけで、この退屈な親父の講義も楽に聞き流せるのだった。

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