09.ポポロ

 ――父が死んだ。その知らせを持ってきたのは、ひとりのドワーフだった。名を、ルドストと言う。
 彼は移民によって作られた街に住んでいた陶芸家である。不思議な壷を作っていたのを見込んで、父があるものを依頼したと言うのだ。
「ポポロ……本当にすまねぇ。俺は、もっと、お前の親父の最期を……おまえに、伝えてやんなきゃなんねえってのに、よう……」
「いい、いいよ。何もしゃべらないで」
 ルドストは、いいんだ、と声を絞り出す。その短い一言でさえ、彼にとっては苦しそうだった。
「ライアンにも頼まれてよ、なんとか、これを完成させたんだ……へへっ、この世の最後の希望だぜ? 俺ごときがこんな偉業に携われるなんてよう、ドワーフ冥利に尽きるじゃねえか、なあ?」
「ルドスト……」
 ポポロの後ろで、母のネネが嗚咽をこぼした。
「ネネさん、旦那は言ってましたよ、お前のような妻を持て、て、幸せ、だった、と……」
 そこまで口にして、ドワーフは激しく咳き込む。痰に混じった真紅は、それだけで彼の最期の近さを教えていた。
「くそ、説明してえってのに、話せ、ない……ごふ」
 ルドストは涙を浮かべながら、口を開こうとする。しかし、もはや声は出ず、口を割って出るのはひゅうひゅうという微かな息遣いだった。
「ルドスト、いいんだ。後は僕に任せて」
 ルドストは首を振り、なおも言葉を続けようとした――そのときだった。扉を開く音が聞こえた。
「ルドスト。よく頑張ってくださいました。あとは、このホイミンにお任せください」
 扉を開け放ったのは、長い金髪をなびかせた一人の吟遊詩人だった。
 その姿を認めたルドストは安堵の表情を見せ、一言こぼした。
「ポポロ、願わくば偉大な商人になれ……」
「え?」
「お前の親父の最期の言葉、だ……ぐふっ」
 それだけ言い残すと、大きな血塊を吐き出し、ルドストはそれっきり口を開かなかった。
 ホイミンは目を閉じると、美麗な旋律で冥福を祈る詩と口ずさんだ。レイクナバの小さな家の中を、慎ましやかな歌声がしばし流れた。

「アッテムトのガスと同じ成分ですね」
 ルドストの埋葬を教会の者に頼んだ後、ポポロ、ネネ、ホイミンはレイクナバのトルネコの家の中で向かい合った。
 エンドールに店を開いていたトルネコ一家だったが、その後、様々な土地を転々とし、住み慣れたレイクナバへと帰って来た。そして、店を開こうとした矢先に今回の事件が起きたのだった。
「でもあれはもう解決していたはずでは……」
 ネネが不安そうに口を挟むが、ホイミンは案の定、首を横に振った。
「この度、世界中を天変地異が襲っているのはご存知ですね。地形の変化によって、閉じ込められていた高密度の有毒ガスが吹き出したのです。それも、地形を変え続けているために、至るところで発生していると聞きます。諸悪の根源はこの変化する世界――いや、お二人ならきっと説明しなくてもわかるでしょう。これは……」
「不思議のダンジョン、だね」
 ポポロの目をまっすぐ見つめ、ホイミンは静かに頷いた。
「そう。不思議のダンジョンとは、夢の世界のエネルギーが密集してできたもの。もっと言えば、それらを発展させた錬金術の産物」
「夢の世界?」
「ええ。人々や、魔物、生きとし生けるすべてのものが見る夢は、かつて、この世界においては膨大なエネルギーを持っていました。今となっては、妖精界や天空城の一部に残るのみですが、誰かが夢を見る限り、夢の世界のエネルギーはどこかに残る。それらが凝縮したものが、石ころを金に変える錬金術であり、人を人ならざる者へと変化させる――進化の秘法です」
 進化の秘法。
 できうるなら二度と聞きたくなかったこの言葉を、ホイミンと名乗った青年はいとも容易く口にしてくれた。
「不思議のダンジョンの源が、進化の秘法だと……ホイミンは言うのか?」
 ええ、とホイミンは悲しげに俯く。
「忌むべき術でしょう。しかしながら、私も進化の秘法のお陰で、ホイミスライムから人間へと生まれ変わることができた……天空城ですら原理は同じもの。決して、悪いばかりの術ではないのです。しかし、今回は勝手が違っていた。私は、ライアンさまやトルネコさまと旅を続ける中で、“ミルドラース”という存在に辿り着きました。彼はピサロやエビルプリーストの例を研究し、人間でありながら進化の秘法を用いて究極の存在になろうとしていたそうです。今は来るべきときに備えて魔界で百年の眠りについていると……」
 ポポロは、百という数をイメージしようとして、あまりに途方も無いことに気づいた。
「だったら、その頃まで僕らは生きていない。僕らにできることなんて、あるのだろうか……」
「確かに、黒幕はミルドラースです。しかし、今回の不思議のダンジョン騒動を巻き起こしているのは、彼ではありません。彼が実験として用いた魔人ブオーンなのです」
 ポポロは頭の中でホイミンの言葉のひとつひとつを組み立てていく。
「なるほど、わかった。つまり、僕らの世代が成すべきことは、ブオーンを止めること。ミルドラースは次の世代に任せる、というわけだね」
「そのとおりです」
 ホイミンは頷き、ルドストの遺した“封印の壷”のことを語った。
 封印の壷とは、その名の通り、夢のエネルギーをその壷に封印するためのものである。これはかつて、トルネコが異世界でヤンガスという少年と共に冒険した際に見つけた不思議な壷をヒントに作ったものだと言う。
「ブオーンの力はあまりに強大すぎます。この封印の壷に封じ込めることで、何百年か寝かせればいずれ自然消滅するでしょう」
 しかしながら、ホイミンは続けた。
「百年の後にミルドラースが復活するのであれば、その従者であるブオーンの力も活性化します。おそらく、時を同じくしてブオーンの封印も解けてしまうでしょう」
 ポポロとホイミンの話をただ聞いているだけだったネネが口を挟んだ。
「そんなの、意味ないじゃない! そんなので、ポポロまで危険に飛び込む必要ないわ!」
 ネネは涙を浮かべながら必死に抗議した。
「ね、ポポロ。ユーリルさんたちがやってくれるわ。あなたはここにいて、平和が訪れるのを待てばいいの」
 ホイミンは何も言わなかった。いや、言えなかったのだろう。
「母さん、僕は父さんの息子だよ。世界でいちばん偉大な商人トルネコの息子だ」
「ぽ、ポポロ……?」
「誰かに与えられた平和を、ただ享受するだけなんて、僕にはできない」
 ポポロはホイミンの顔を真剣な眼差しで見つめる。
「ホイミン。僕を連れて行ってくれ。僕にできることならば、なんでもする」
「ポポロ! 聞き分けて!」
 ネネは息子の身体を必死に抱きしめた。嗚咽による震えがポポロにも伝わってくる。
「ポポロさん。この闘い、味方は私だけです。ブライさまは老いに勝てず、アリーナさまは病に倒れました。ライアンさまとトルネコさまは志半ばに討ち死に、残る導かれし者たちは各地を守るので精一杯です。ブオーンに戦いを挑めるのは、私と貴方だけなのです」
 ポポロはしがみつく母を抱き返すと、しばしの後、引き離した。
「だから、どうだって言う。父さんの意思を継ぐのは僕しかいないんだ。僕は勇者じゃないけど、それでも、僕にできることがあるならば、やるしかないだろう」
 ホイミンは微笑むと背負っていた包みを机の上に置き、広げた。
「これは、天空の盾です。他の装備は各地を守る砦に置かれています。天空の勇者の使った装備はそれだけで邪悪なる意思を退けることができる」
 天空の兜は、キングレオへ。天空の鎧は、サントハイムへ。それぞれが、世界を守るために散らばった。
「天空の盾こそが、ブオーンを倒す切り札になると、私は思っています。この真ん中の鏡のように磨かれた部分、ここにこれをはめ込みます」
 ホイミンはそう言うと、懐から一枚の鏡を取り出した。ポポロにもその装飾は見覚えがある。
「それは、ラーの鏡? カジノの景品の?」
 この時代において、ラーの鏡とはマネマネのモシャスを解く使い捨てのアイテムに他ならない。鏡に宿った解呪の魔力もたかだか知れている。
「かつて、ラーの鏡はすさまじい魔力を秘めていました。あるときは、王に成りすました悪しきボストロールを、また、あるときは、夢の世界で魔王にされてしまった人間を元の姿に戻して、それでもなお、ありあまる魔力を有していたと言う……」
 ポポロは訝しげな表情を見せる。
「真のラーの鏡の在り処はわかりません。しかし、天空の盾と組み合すことができれば、それに匹敵できると、古代の文献からわかりました。天空の盾の持つ“マホカンタ”によって、この天空の盾の窪み内で呪文を乱反射させ、ラーの鏡に魔力を送り込みます。そうすれば、広範囲に強大な威力の解呪をなすことができるでしょう」
 なるほど、とポポロは納得した。
「それが、切り札ってわけだね?」
「ですが、進化の秘宝の力はとどまることを知りません。したがって、解呪によって、ブオーンの姿が現れるのは一時的になるでしょう」
「そこで、ルドストの壷の出番ってわけだ。そうとわかれば――、行こう」
 そう言ってポポロは壷を抱える。ユーリルのことはあえて尋ねなかった。
 歴史の表舞台から消えたという天空の勇者。しかし、彼もまた、身近な人々を守るためにきっとどこかで剣を手にしているのだと思う。
「じゃあね、母さん。ちょっと出かけてくるよ」
 子供の頃から遊びに出かけるときに、ポポロが言っていた台詞。ちょっとそこまで出て行くような気軽さで、最愛の息子は言ってのけた。
「ポポロ……」
 背を向けて歩き出す息子の背中が、愛する夫のそれと重なる。
 大きくなった、とネネは思う。ずっとずっと大きくなって、いつか父の背中を超えてしまうのではないか。そうすると、ちょっと太りすぎかもしれないと考え、ネネは泣き顔に笑みをこぼした。

中書き

 ドラゴンクエスト4の後にあたる、「トルネコの大冒険」シリーズが1から3へと進むにつれて、ポポロは成長していく。特に3のポポロの活躍には眼を見張るものがあります。父の後を追って、不思議のダンジョンに臨むポポロは、父親の後を引き継いでる印象を受けます。本章においてもそこを踏襲し、父から子へ引き継がれる想いに焦点を当てました。親が思う以上に子は成長しているものです。
 ドラクエ4のリメイク版の移民の街に名匠ルドストなる人物が出てきました。セリフや名前から、サラボナのルドマンと関連があると思われますが、ルドマンは人間でルドストはドワーフ。先祖とするには少し無理があります。また、サラボナのルドマンの家は名の知れた商人の家系ということを考えれば、どちらかというとトルネコの方が設定上はしっくりきます。そこで、ポポロがルドストの意思を継いだと考え、ミドルネームをルドルフとすれば何となく無理がないような気がします。そしてそのまま、天空の盾は後の5に伝わる。そのような感じに、4と5はリンクしているように私は思うのです。
 話はそれますが、今回ミルドラースの名前を出しましたが、5のリメイク版でミルドラースは元は人間だったという設定が出て来ました。私はそれこそ、下の世界つまり、アレフガルドの数万年の後である8の世界に、ミルドラースは住んでいたのではないかと考えます。トルネコとライアンが8の世界に出てきたことも、おそらくはそことの符合になるのではないかと。なんとなく、マルチェロあたりじゃないかなんて思いますが、そこは今作とは関係ないので割愛します。



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