『電車。』


【CASE1,東京、25歳、男性、サラリーマン】

 さて……。
 毎日毎日、電車にゆられ、会社に向かう。
(ラッキーだな〜、席に座れるとか、いいことあるかもな〜)
 電車通勤を長年経験していればわかるが、ラッシュの時に席に座ることができるというのは、そんなにない。
 ――その経験上、新宿、渋谷などを通ったときが、席に座るチャンスだ。新宿、渋谷、他にもあるが、人が最も行き来する駅――
 ……しかし、それでも電車通勤という事実は変わらない。
 こんな日々の繰り返しの疎さを忘れるために、俺はいつも何かを考える。
(今日のお隣さんは女性か……)
 顔は前、目だけを端に寄せる。そして女性を目に映す。
(あんま可愛くないな……)
 心のなかでそうつぶやき、表情は変えず、もう片方の人間に目をやる。
 お隣はなんら変哲のない、オジサン。
(……このオジサンは、どこで降りるんだろう……)
 そう考えていた。

 なんの気なしに見ている現実。それは日々同じことの繰り返しかも知れない。
 しかし、自分の意識とはまた別のところでは、昨日とは違う、何かが起きている。
 少しして、ドアの上についている映像で、クイズが始まった。
(あ……)
 もう、降りないと。
 そして、会社に向かう。
(あのクイズの答えはなんだろう……)
 そっけない事だった。
 でも、それがまた明日電車に乗る、ちょっとした楽しみでもあった。
<1. by松竹梅>


 今日は座れなかった。人に挟まれ、揺られ、運ばれる。
 転勤になるまで、あるいは会社を辞めるまで。これから先、何度この電車に乗ることになるだろう。
 息苦しさに顔を上げると、ドアの上のモニタに目を奪われる。昨日のクイズだ。
 始まると同時に、俺が降りるべき駅に着く。あのクイズの答えはなんだろう……。

 同じ電車に乗り続ける限り、答えを知ることはできないんだろうか。映像が流れる時間は、完全に決まっているのだろうか。
 じきにドアが閉まる。もう降りなくちゃ。
 けれどモニタから、目を離すことができない。
 足を動かせない。
 ドアが閉まる。

 俺は俺の知らない場所へ、人に挟まれ、揺られ、運ばれる。
<2. byディひター>


 クイズの答えを知ることができた俺は、現実の世界へ引き戻された。
 会社へ行かねば。だが、遅刻は確定だった。
 変な汗が出てきた。どうして、俺はいつもの駅で降りなかったのだろう?
 さっきのクイズの答えなんて、ネットで検索すればすぐにわかるような答えだった。
 俺はなんて馬鹿なことをしたのだろう……。
 電車が次の駅に着いた。ドアが開く。俺はわれ先に電車から降りると、反対側のホームへ走った。
 運が悪いことに、反対側の電車は止まっていた。くそ!またしても人身事故か!

 俺は、すべてが終わったような気分に襲われた。
<3. by青色>


【CASE2,神奈川、45歳、男性、元サラリーマン】

 さて、どうしたものか。
 毎日毎日、電車に揺られて会社に向かっていた。朝と夜をなぞるだけの日常だった。起伏もなく、感慨もない。だけど、思えば幸せだった。

(今日はついてる。うまいこと席に座れた。この調子でいいこと続くかな)

 年甲斐もなくそう思っていた。くだらないが、ささやかな願いだった。ずっと続くと信じて疑わないからこその、くだらない願い。いや、この日常が続くと信じていたかというと、そうではない。信じてすらいなかった。意識してすらいなかった。日々が起伏なく進んでいくことのありがたみに気づいていなかった。日々、良くもないが悪くもない。二文字にすれば、普通。あるいは、平穏。もしかしたらそれは……幸福の二文字でも当てられたかもしれない。
 だが違うのだ。今はそれは当てられない。目も当てられない。会社をクビになった。栄転だと信じて疑わなかった、東京本社勤務だったのに。夢のマイホームだって神奈川の支店近くに買っていたから、毎日片道一時間半かけて通勤していたのに。朝は早く夜は遅い。日が昇る前、落ちたあと。それでも頑張ってきた。なのに、切られた。リストラ。滑稽な言葉だ。それでも家族がいれば、あるいはがんばれた。信じあい、支えあう家族は今はない。妻も子も逃げた。幸福なんて、とうに尻尾を巻いて逃げ出した。
 だから、俺も逃げ出した。借金ばかりが残ったこの人生、すべておいて逃げ出した。都内の本社の最寄り駅のホームで飛び降りたのは、せめてもの抵抗だった。
<4. byよっしゅ>


 確かに目の前に電車が迫っていたはずだった。
 それを確認し、俺は線路に飛び降りたはずだ。

 その瞬間、誰かが俺をみていた。どこかで感じたことのある視線。
 冷ややかに、いや……温かくなのか?
 表情も変えず、俺が落ちていくのを見ていた。
 懐かしいような、苦しいような……言葉にすればそんな月並みなことしか出てこないのだが、その感情が交錯する中、俺の意識は薄れて行った。
<5. byお竜>


【CASE3,東京、22歳(享年)、女性、自縛霊】

人が働きたくても働けないのに、まじむかつくんですけどw
しかもご丁寧に私が死んだところで死のうとしてるとかwww

私は、この駅の自縛霊でぃーす(爆)
死因は駅のホームに落ちていたバナナを踏んだことによる転落死でぃーす(自爆)
自縛霊だけに自爆。なんちゃってwwwまじおもしろすwwwwww

テンション高い? やかましいわ、高くせんとやってられんわ!
新卒で入社初日にホームから落ちて死んじゃったんだよ? 電車にぶつかってばらばらだよ? しかも、ホームから落ちた死因が、嘘偽り無くバナナの皮を踏んだことだからね。マリオカートかっちゅーねん。泣きたくなるわ。

夢があったし、働きたかった。未練たっぷり。
自縛霊になったのも無理もないってわけです。
で、私はここで毎日、もう十年以上? バナナの皮を捨てた犯人を探していたのだけど、最近はちょっと目的が変わって、人間ウォッチングが趣味になっちゃった。だいたい同じ人が行き来するから、めっちゃたくさんの人の顔を知ってるわけ。

ポイ捨てばかりする学生にお灸をすえたり(トイレで紙盗んでやった)、盲目の方には目が見えないのをいいことに耳元で誘導してあげたり(お礼言われた)、なんていうか、そういうことが私の日課になっていた。
あと、雨の日は滑りやすいので、視線で念を送りまくったりね。自然とみんな、なんとも言えない恐怖を感じて足元には気を配っていたよ(きゃは)。
私が死んでから、この駅では無事故。また、犯罪もゼロ。いつしか、「駅の神様」なんて、名乗ってたwww新世界の神に私はなるwww神っていうか、いつもポイ捨てする学生の紙(トイレットペーパー)のほうがお似合いですけどwww

あ、今のデスノートのセリフぱくったんだけど、デスノート面白いねアレ。駅のホームで毎日読んでる子がいたから、後ろからこっそり読んでたら、L死んだ。その子、L死んでから読むのやめたから、私も読めなくなっちゃった。つまんね。
で、デスノート読んでて気づいたんだけど、もしかして私さ、「4月4日、山田花子 バナナの皮を踏んで駅のホームから転落死」とか、ノートに書かれたりして死んでたらどうしよう?
どうもこうも、どうしようもないっすねwwwサーセンwwww

とまあ。こうやって、この駅のために働くのもいいなーって思ってた。
思ってたんだけ・ど・も!!

ここで自殺しようとしたオッサンが居た。
顔も知ってる。毎日ここで降りて、乗って。会社の最寄り駅らしいけど、この駅で死ぬことは許さん! 隣の駅で死になさい! え、そういう問題じゃない?

ですよねーw

ひとまず、万引きGメンも鉄道警察も、犯人が犯行に及ばない限り、見ているしかないわけじゃん? 私もだから見てたのよ。飛び降りるまでずっと。
ご丁寧に電車が来るのを確認して、あのオッサン飛び降りてるの。

で、気づいちゃった。こいつはクロだな、って。
あとは、この道10年以上の私が一肌脱いで、落ちたオッサンにちょいと霊力かまして、横に転がして、駅のホームの真下のあのスペースに押し込んでやった。
ざまーみろ。死ぬなんて、百年はえーよw 百年経ったらあのオッサン、140歳くらいだけどwww

結果、電車は止まったけど、おっさんは死ねなかった。
おっさん、電車止めて怒られとけwwwダイヤが乱れて人に迷惑かけるってのがどういうことか思い知れwww

ひとまず転落事故なので、無事故の名誉は守れなかったが、死亡事故だけは出さなかった。それでいい。死ぬのは、私ひとりでじゅうぶんだ。この駅に自縛霊は二人も要らない。(ちょっとかっこつけた!)

ただひとつ気になったのは、おっさんは落ちる瞬間、私に気づいていたのかなって。なんか、こっち見てたし。あ、今ここで使わなきゃ使うタイミングがない。言うぞー、言うよー?

こっち見んなwww

こほん、まあ。あれだ。
ネット用語ってリアルで使ってると恥ずかしいよね。ていうか、私自身はネットはさわれないので、WIFI通信してる人の背後から覗き込むくらいしかできないんだけどさ。

今まで、人に見てもらうことなんてなかった。ちょっと新鮮だ。
おっさんは死ねなかったこと、悔やんだだろうか。死なせなかった私を、恨むだろうか。
恨めばいい。こちとら幽霊だ。好きなだけ恨め。

ただ……生きたくても生きられなかった人がいることを忘れないでほしい。
人には権利があるって言うけど、私は「死ぬ権利」だけは認めない。断固反対。
あんた、生まれる時に必死になって生まれて来たやん。出て来たい、外を見たい、って望んで出て来たやん。生まれてすぐ、「やった!」ってうれし泣きして、ガッツポーズしてたやん。

だから、途中で嫌なことがあっても、神様が決めたその時までは、生き抜いて欲しい。最後にきっと、笑える日が来るはずだから。
私はそれができないので、せめて、何かできることがないかと、駅の見回りをしているのさ!
そんなわけで、私は今日も、この駅を守っていきます。

山田花子、東京、22歳(享年)、女性、自縛霊改め「駅の神様」

あ、途中いいこと言ったのは、RAD WIMPSのギミギミックのパクリな。もしくは、flumpoolのHelloなw 霊に著作権関係ないんでwサーセンwww
<6. byよっしゅ>


【CASE4,東京、60歳、男性、駅員】

 今日も私は駅のゴミを拾う。駅のホームの手入れ。プランタの花への水さし。
 日中、暇な時間帯の私の日課だった。定年を間近に控え、私は何とも感慨深い気持ちに浸る。
「今日もいい天気だね」
 私は駅のホームに、寂しげに飾られた花びんに水を足す。
「新しい花か。またご家族が来てくれたんだね」
 私は微笑む。
 ここで亡くなった、ひとりの女性に手向けられた花だった。
「昨日、不思議なことがあったんだよ」
 私はいつもここで亡き女性に話しかける。
「自殺しようとした男が命をとりとめてね。お蔭様で、死亡事故にはならなかったよ」
 そして、尋ねる。
「あれは、君がやってくれたのかい?」

 * *

 昨日のことだった。

 朝のラッシュ時は、扉に入りきれない人を押し込むため、何人かが駅のホームにスタンバイしている。私もそのうちの一人だった。定年間近と言えど、私はまだ自身の体力は衰えていないと思っている。どんな巨漢であっても、車内に押し込む自信はあった。
 その日、私はアルバイトの男の子と話していた。
「僕、坂本さんのような人になりたいです」
 彼は鉄道おたくで、そのくせ大学は法学部に通っている。
 しかし、私の働く私鉄ではそういった、まったく関係の無い学部からでも入ることが出来る。
「やる気があれば来ればいい。もっとも、決めるのは私ではないがね」
 そう言うと、彼は嬉しそうに微笑んだ。
「色々、この世界のこと。教えてくださいね」
 そんな他愛ない話をしていた。
「おっと、そろそろ来るぞ」
 私の体内時計と、脳内に記録されているダイヤが弾き出す。電車到着時刻まであと三十秒。
「腕がなりますねえ!」
 バイト君はそう言うと、定められた配置へとついた。
 私はふと、私の立つところから遥か離れた端の車両停車位置にいる男に目がいった。私は視力が良い。その男の様子ははっきりと見えた。
 疲れたような顔をしている。この世の全てを見て、この世の悪すべてを抱え込んだ。そんな厭世家の目を、男はしていた。
 飛び込みだ。私の勘がそう告げた。
 私と彼の距離は、あまりにも遠い。電車が迫った。叫ぶが、電車のクラクションの音にかき消され――

 最初、私は男は助からないものと思った。
 私がこの駅に配属されてから、二度目の死亡者である。そう、覚悟した。しかし、私は見たのだ。男の身体が何者かに引っ張られるように、ホームの下に移動したのを。

 電車が停まり、ホームがざわめき始める。野次馬が沸く。
「救急車だ」
「で、でも……きっともう……」
「いいから!」
 私はバイト君に指示を出し、救急車両への連絡を急がせた。救急車両だ。警察はどうせ、セットでついてくる。
 普通なら即死、ばらばらの位置に、男は飛び降りた。だが、私の視力の良さは、その瞬間を捉えていた。
 男は恐らく生きているが、落下のショックで骨折くらいはしているだろう。そう判断した。
 電車を運転していた者が慌てて飛び出してきた。ちょうど、私のいる位置は、先頭車両だったため、鉢合わせる。まだ若い、将来有望な若者だった。私はその場で待機するように言った。気が動転していた車掌は何度も頷いた。顔面、汗にまみれていた。きっと、ショックのあまり今は何の物事も判断できていないに違いない。
「君は間違ったことをしていない。ホーム侵入時の音も鳴らしたし、人が前方に飛び出してきたときの警笛も鳴らした。法的に罰せられることも、道徳的に悪いこともしていない」
 車掌は泣きそうな顔で、「でも」と口を開く。
「落ち着きなさい。そして、今できることをしなさい」
 車掌は頷くと、運転席に戻り、本部へ報告した。ダイヤの乱れが後続車両に連絡され、二次事故の回避へ繋がる。
 ホームはざわついていたが、救急隊の到着とともに、徐々に終焉へと向かって行った――。

 *

「飛び降りた男はね。死にたい死にたいって、病院で目を覚ました後ずっと言ってたんだがね。親御さんが病院に到着して、話しているうちに、ごめんねごめんね、に変わってたよ。謝るくらいなら、飛び降りなさんなって話だがね。人間ってのは追い詰められると、正常な判断ができなくなってしまうものなんだなあ」
 花は水をはじき、綺麗に輝いていた。
 私はそれを見て満足した。
「また、これからもお願いするよ。私も定年になってもここに来るがね。さすがに毎日ずっと、という訳にもいかなくなったからなあ」
 これでも、年なんでね。と、腰を叩く。体力に衰えはない、と思っているが、それは半ば自分に無理矢理言い聞かせている。なんだかんだ、この身体もガタが来ている。
「あと何年後かわからんが……お迎えが来たそのときは、私もこの駅を見守っていくよ。それまで、任せたよ」
 花に向かって話しかけていると、隣を、若い男女が横切った。
 変な人だと思われる、と慌てて口を閉じた。
 女の子が嬉しそうに男の子に話しかける。男の子は笑顔で、ちょっと緊張したような面持ちで返事する。まだ、初々しさが二人にはあった。
 ここで亡くなった女性も、きっとあんな時期があっただろう。
 二度と、電車事故で悲しむ人が居てはいけない。我々、鉄道に関わるものが一番に優先すべきは、ダイヤの乱れではなく、人命である。
「あ、バナナの皮」
 男の子がそう言うと、それを拾って私のところへ持って来た。
「ゴミ箱、ちょっとどこかわからなくて。捨ててもらっていいでしょうか?」
 私は笑顔で頷いた。
 こうやって、思いやりのある人が増えたら、世界はもっとよくなっていくだろう。

 電車が到着し、男の子と女の子はそれに乗り込んだ。
 汽笛を鳴らし、電車はすぐに見えなくなった。私は手に持ったままだったバナナの皮をゴミ箱へ捨てた。

 どこかで、女性が笑うような声が聞こえた気がした。


 ――駅のホームは皆様の協力で綺麗に保たれております。
 ――ご協力ありがとうございます。


 ――『電車。』、完。
<7. byよっしゅ>


←back  next→
inserted by FC2 system