『ふしぎなPC』
僕は空、中学二年生の普通の男の子です。
僕が不思議なPCに出会ったきっかけは、単にpcが欲しかったからだ。
ある日、僕がPCを買いに行ってみると、へんなpcが捨てられてた。迷いもせず拾い、家に持ち帰って、起動した。別に何にも異常はなかった。
だが、急にPCが、「フフィーッ! やっとオタからはなれられたze」と、しゃべったのだ。
「ん? 何で驚いてんだyo?」
と聞かれたが僕はあぜんするしかなかった。このPCの不思議なこと第1は、しゃべることだった。
<1. by ウラ&モラ>
持ち帰ってこのPCをよく見てみると、変な機能(スイッチ)がついていた。
「ん? これか? 二次元の物、つまり画像を実現化するそうちだyo!」
このPCの不思議なところ第二は、画像を実現化することである。さっそく猫の画像を表示して、スイッチオン!
スゲェ……ほんとになるなんて! やっぱりこのPCは不思議である。
<2. by ウラ&モラ>
「うそに決まってんじゃん。あんたバカァ?」
PCがアスカボイスでしゃべった。僕の部屋にアニメ声が響き渡る。今までの妙なDJ口調はどこにいったのか、まったく不思議だ。(これが不思議なこと第2である。)
確かに、僕の目の前には猫などぜんぜん、これっぽっちも、完膚なきまでに、まったくもって現れていなかった。
「だいたいね、現実見れば? 二次元が現実になるわけないじゃないのよ。二次元は、平面世界にあるから二次元であって、ここに現れたらそれ即ち三次元じゃない。そんなことも考えられないなんて、あんたどうせ、学校でも浮いてるんでしょ?」
ぺらぺら語り続けるものだから、唖然としていたら、それを図星と受け取ったのか、PCはひたすらまくし立てた。
「どうせ、どこか異世界に行って、自分はそこで戦士として闘うことになって世界にとっての重要人物になって、なぜかついでに可愛いヒロインが現れてとか妄想してるんでしょ? そうでしょ?」
「え、いや、そんなこと……」
「そんなことない? この世界で僕は特殊な能力に目覚めて、能力者たちとバトルを繰り広げるんだ? はんっ馬鹿じゃない、死ねば? あんたなんちぇ育ててる両親がかわいそうよ。どうせ、卒業しても働かず、すねをかじって、俺はいつか小説家になるんだとか言っちゃって、日々ぐーたら過ごすんでしょ? 知ってた? 世のニートの大多数の夢が小説家とか漫画家とかイラストレイターとか、そういう創作系よ?」
「いや、たしかに僕、ゲームプログラマーになりたいけど……」
「ほら出た、ゲーム! 小説家にせよ、他の仕事にせよね、本気でなりたいんなら、死ぬ気で行動してるわ。みんな、そうやってプロになるの。その道のプロのいる会社に持ち込んだりしてね。ニートしながらやってこうってのがどうかしてるのよ。本気でなりたい人は、会社に勤めながらでもやるわよ。わかってんのそこんとこ!?」
なぜか、怒られた。僕はまだ、中学生なのに。
PCは、あーだこーだわめき散らして、僕の格好が学生服であることを認め、たずねた。
「あんた、何年生?」
「中二だけど」
「リア厨wwwまじうざいんすけどwwwwww」
なんか笑われた。僕の中で、何かが傷ついた。
「でも……私の前の持ち主のデブオタより、ましね。あいつは単なる中二病だったから」
そう言って、PCは、遠くを見つめるようにディスプレイを薄く点滅させた。
「あなたと、あのデブの決定的な違い。それはあなたが中二で、あいつが中二病だってことだけよ! ほかは全部いっしょ!」
まじきもいっす、とPCは可愛い女の子の声で僕を罵倒した。なんで、ここまで言われなきゃなんないんだろう。
「でも、夢を持つのって悪くないと私思うの。でも、いい? これだけは忘れないで。自分が遊びたいだけで、楽しみたい一心だけで、現実から目をそむけて、自分のやってる遊びを、夢だと錯覚して、そうやって逃げてるだけの人にはならないで。そういう人の言う夢は、ただの妄想なんだから」
PCが悟りを開いてしまった。もうわけがわからない。
「私は一度死んだ命。あのデブオタに壊されて破棄される運命にあった。それをあなたがこうして修理して起動させた。私こう見えても普通のパソコンより繊細だから、これって、技術がないとできないことよ。ソフトもハードも両方壊れてたし。だから、だから……」
――だから、ありがとう。
僕はそう続くものだと思っていた。
「だ、だから、あんたの夢を叶えるお手伝い、してあげてもいいわよ。え? か、勘違いしないでよねッ! 私は単に仕方なく、他に行く場所もないし、前の持ち主よりはちょっとはましだから、ほんと仕方なく一緒にいてあげるだけなんだからッ!///」
恥ずかしそうに、ディスプレイが明滅した。
どうやら、僕はツンデレを拾ったようだった。
<3. by よっしゅ>
あれから、十数年が流れた。
今、僕は世界のITの中心にいる。マイクロソフト。それが僕の職場だった。
ゲームプログラマーからはまったく方向性も変わったけど。僕は後悔していない。
妙なツンデレPCは、ぼくに色々なことを教えてくれた。
「あんた、ITって何か知ってる?」
「え、インターネットテクノロジー、いや、インターナショナルテクノロジーかな?」
「あんたバカァ!? IT、つまり、イットよ! “それ”って意味でしょ!」
あるときは、彼女(?)の秘密を教えてくれた。
「あんた、わたしのこと、ピーシーピーシーって言うけど、何の略称かわかってんの?」
「え、パーソナルコンピュータ……」
「死ね。ていうか死ね。プリティコンピュータよ! 覚えておきなさい!」
また、あるときは、プリティコンピュータの悲しい過去を教えてくれた。
「わたしね、デブオタに壊されたって言ったでしょ?」
「うん」
「実は壊されてなんかなかったの。っていうか、前の持ち主のことなんて、わからないの」
「え?」
「わたし、もとは人間だったの。普通の、女の子。でも死んじゃって、気づいたらこたまたま捨てられていたパソコンに憑依しちゃってた」
プリティコンピュータはこうも言った。
「わたしは、あなたのこと知ってるよ。誰よりもずっとずっと。だって、わたしは……」
プリティコンピュータは古い型で、メモリがもう飛びかけていた。
それだけじゃなくって、もう色々なところが限界だった。ついに起動しなくなる前、彼女は言った。
「わたしは、あなたの死んだお母さんよ」
愕然とした。たしかに、母さんは……死んでいる。僕の小さかった頃に。
「なんで今頃出てきたのかって顔してるわね。あんたは今、中学二年生でしょ? いわゆる厨二病でしょ?」
やかましい。
「アニメとか好きなことだらだらやって。好きなこと仕事にできたら毎日楽しいなーって想い始めてる頃なんじゃないかなって。べつにね、それが本気で夢なら、お母さん何の文句も言わないわ。でも、親だからわかるの。あんたのそれは夢じゃなくて、ただ楽して過ごしたいだけってね」
図星だった。
「お母さんは……本気でやりたい仕事を見つけて、けれども貴方を生んでその仕事をやめたわ。夢だった仕事をやめてまで手に入れた、新たな職――おかあさんという仕事は、とってもとっても大変だったけど、とってもとってもやりがいがあったし、お母さん幸せだったわ」
でもね、と母さんは言った。
「その仕事も長く続かなかった。お母さん、死んじゃってごめんね。空のお母さん、途中でやめちゃってごめんね」
ごめんね、ごめんね、と母さんは繰り返した。
「だから。あなたに何か教えてあげたくって。これしかできなくって。だから、お母さんは貴方にパソコンを教えに来たの」
母さんは、システムエンジニアだった。同時に、WEBデザインなどのセンスにもあふれ、パソコンを使うありとあらゆることに長けていたと父さんから聞いたことがある。
「でも、あなたのPCとして過ごしてきて、わかったことがあるわ。あなたはもう、大丈夫。ひとりで何とかやっていけると思う」
だから。
だから、さようなら。
そう言い残して、プシュン、とパソコンは落ちた。
もう、二度とつくことはなかった。
* * * *
今、僕は母を越え、日本を飛び出し、世界というフィールドに出ている。
突拍子もない話だとわかっているし、仮に他人にこの話を語ったところで、「ふしぎなPCを拾いました」で終ってしまう話だが、それでも僕は、そのPCに生きていく意味の何であるかを学んだ。
ふしぎなPCは言った。「お母さんという仕事を、最後にすることができて、本当によかった」と。
それで思わず涙すると、「あんたバカァ!? 泣いてるんじゃないわよ!」と罵倒された。
今も、僕の部屋には古びた何世代も前の型のパソコンが置いてある。
今は動かないが、「ふしぎなPC」が置いてある。まだ、もうしばらく僕が成長するまでは。本当の意味での、大人になる日が来るまでは、「あんたバカァ?」と言われてもいいじゃないか。そう思う。
――『ふしぎなPC』、完。
<4. by よっしゅ>