『Passage of StrayDog』――第一章『Stray Dog』

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第6話


 その部屋の半ば辺りまで進んだ辺りだろうか、左右に雑多な家具類を積み上げられた部屋――と言うより廊下を通り過ぎようとした時だ。
 不意に物陰から、三体の化け物が行く手遮る形で飛び出して来た。
「出たぞ。ヒトケモノ――オルグだ」
 そう呟いたヴァレオンに応じるかのように、化け物は灰色の体毛で覆われた頑丈そうな身体を揺すり、豚のような鼻を鳴らす。
 リーダーと思しき真ん中の一体が、鋭い唸り声を発すると、狭い通路を互いに押し退けあうようにしてクザン達に迫って来た。まだ彼岸の距離が開いていたので、ヴァレオンとワンは身構える余裕があった。
 だがクザンは前に進み出て、二人を制した。
「ちょっと耳を塞いでおいてくれ」
 クザンは鋼色の双眸をすがめ、迫る魔獣に臆することなく足を踏み出す。
 オルグは愚かな獲物をバラバラに引き裂かんと、ナイフのような爪を剥き出しにし、唸りをあげてクザンに掴みかかった。
 ヒュッ――
 その微かな風切り音を捉えた者はいない。
 オルグどもからしてみれば、なにが起きたか理解できなかっただろう。クザンは掌にソウドオフ・ショットガン――銃身と銃床を必要最小限にまで切り詰めたレミントンM870散弾銃――を“出現”させる。出現させたといっても、別にクザンは特別なことした訳ではない。
 彼は魔術師でも超能力を持っている訳でもない。
 ただ、これまでこなした来た訓練通りに、銃を構えただけだ――常人には知覚できない速さで。既に安全装置が外された、ショットガンの引き金を引く。耳をろうさんばかりの轟音と、閃光が通路に満ちた。
 一メートルと離れていない距離から放たれた、九つの八.三八ミリの散弾――ダブルオー・バック弾は、最も近いオルグの顔面を引き裂いた。通路に密集していたのが仇になった。着弾の衝撃と、派手なマズルフラッシュに打ちのめされ、オルグどもは無様な悲鳴をあげてもつれあった。
 それを見て容赦するクザンではない。銃身下部のポンプを操作して次弾装填――発砲――ポンプを操作し、さらに発砲! 装填されていた五発の散弾は瞬く間に撃ち尽くされ、その五発分全てを叩き込まれたオルグの顔面は、ほとんど失われていた。
 血と脳の欠片の中に倒れ込む死体に、油断無く銃口を向けつつ、新たな散弾を装填しながらクザンは呟く。
「……新手が来るかもしれん、先を急ごう」
 耳に木霊す銃声の残響に顔をしかめながらも、三人は死体を跨ぎ通路を駆け抜けた。
 快進撃とは、正にこのことだろう。
 地図を頼りに部屋から部屋へと進む一行にとっては、オルグなぞ物の内に入らない。ワンの拳が、ヴァレオンの太刀が、クザンの銃が、群がる亡者を蹴散らした。
 ――そして、あっという間に最下層に辿り着いた。
 階段を降りた場所は、これまでのような部屋や通路では無く、ただ石畳が敷かれている広々とした空間となっていた。ここも一種の部屋と言えるだろうが、その広さはこれまでの比ではない。
 サッカーフィールドと同じくらいあるだろう……ざっと推測したクザンだったが、ふと視線の先――階段と対面する壁に気が付いた。
「あれは……なんなんだ?」
 思わず口をついて出た疑問に、難しい面持ちでヴァレオンもワンも首を横に振るう。
 ドーム状に形作られた壁は、どれも石を切り出して作られた味気の無い代物だったが、その壁だけは異質だった。どこかの芸術家が彫刻したのか、三匹の犬が複雑に絡みあった、禍々しく奇怪なオブジェが刻まれている。
「あの壁からは強いマナを感じる。なにかあるな」
「同感じゃ。上手く姿を隠しておるようじゃが、邪な気配を隠すことまでは成功しとらんな」
 高濃度のマナの存在を感じたヴァレオンと、邪悪な気配を感じたワンが警戒心を露にする。だがクザンは怪訝な表情を浮かべ首を傾げる。
「……俺には分からん。二人はどうして分かったんだ?」
「君はヒュマンだったな? だとすれば無理もない、我々ファルンは常にマナと共にある。大なり小なりマナの濃さを知ることは出来るんだ。
 詳しくは私も知らないが、君達の故郷にはマナが存在しないと聞く。そのせいではないか?」
 ヴァレオンがそんな予測を口にすると、クザンはさらに怪訝な顔付きをし、ワンを見遣った。
「……あんたも地球人だろ?」
「いかにもワシは中国の産まれじゃが、どうかしたか?」
「なんであんたは分かるんだ?」
「ほっほっほ、ワシは幼少の頃より修行しておる。おかげで多少離れていても、強い気配を知ることができるのよ。こっちで言われとるマナというものは、限りなく氣に近いものらしいの」
「……まったく分からん」
 映画やアニメの話を楽しむことは出来るが、クザンは基本的にリアリストだ。いきなり魔法や氣功の話をされても、理解――というより、受け入れ難いものがある。
 そんなやりとりをしている三人に、苛立ちも露な声がぶつけられた。
『貴様ら! 我らの存在に気付いていながら無視するとは、いかなる了見か!?』
 声がしたのは、クザン達の対面――すなわち壁画から発せられていた。やはり、ただのオブジェではなかった。
 今や壁画の部分だけ振動し、彫り込まれた獣の瞳には燐光が灯っている。さすがのクザンもここまで来れば理解できる。敵だ。
『グッフッフ、我らが主の言う通りだな。ノコノコ出向いてくるとは……』
 複数の人間が口調を合わせて喋るような声が高まるのと同時に、壁画の振動も大きくなり、壁が耐えきれずガラガラと崩れ落ちた。
『だがそれもここまでだ! 我らが主の命により、ここから先へは一歩も通さん!』
 破片を振るい落とし、まるで船舶を停める錨に使うような太い鎖を揺らしながら、繋がれた三つ首の魔獣は高らかに宣言した。その姿は、まるでギリシャ神話に出てくる、地獄の門番を彷彿とさせた。
 クザン達は一斉に動いた。
 相手は体高だけで六メートル近くもある。しかも、その体つきはドーベルマンのように無駄が無く、強靭そうに思える。
 対戦車ミサイルやロケットランチャーがあれば楽なんだが……とクザンは思ったが、残念なことに、そこまで立派な武器は持って来なかった。
 クザンは、こんな化け物を相手にしたことは無いが、とりあえず先手を打つ。彼我の距離を急速に縮めながら、クザンはショットガンを連射する。狙いは最も狙い易かった、向かって左側の頭だ。
 放たれた散弾は射程距離が開いていたため、三つ首の魔獣――ケルベロスの一部の肉を穿ったに過ぎない。だが相手は目を守ろうとして顔を伏せた。
 その時にはクザンの手は、スタングレネードをポーチから掴み出している。
「目を閉じろ!」
 警告すると同時に手榴弾のピンを抜き、ケルベロスの目の前に投げつける。
 ワンとヴァレオンはこの意味を理解し、咄嗟に目を覆って閃光を凌いだ。一方、ケルベロスは間近で爆音と閃光を味わい、苦し気に地面をのたうっている。
 まさに好機。クザン達は一気に接近戦に持ち込もうとしたが――
『小癪なっ!』
 ケルベロスは怒号を轟かせると、それぞれの口を大きく開け、大気中のマナを集め、操作する。
 次の瞬間、口から溢れ出たのは猛烈な炎のブレスだ。広範囲を薙ぎ払うように吐き出されたこれを、ワンはかろうじて避けたが、反応が遅れたヴァレオンとクザンは炎に飲まれた。
 視力を取り戻したケルベロスは、この成果を確認すると口角を吊り上げ、笑みらしき物を浮かべたが――
『ぐがっ!?』
 猛烈な痛みを感じ、ケルベロスは思わず後退りした。
 地面から立ち上る炎から、銀の軌跡が閃くと、中央に位置する首が縦に真っ二つとなったためだ。
 続いて揺らめく炎の中から現れたのは、ヴァレオンだ。
 雄叫びを上げ、体を捻りつつ猛烈な加速をつけた太刀をさらに叩き付けようとしたが、ケルベロスは前肢の爪で打ちかかり、これを防いだ。
 爪と鋼の対決が、均衡を生む。ギリギリと互いに得物を封じ合うヴァレオンとケルベロス。
「お主、無事じゃったか?」
 すっとんきょうな声を上げる背後のワンに、絞り出すような声でヴァレオンは返す。
「お陰様で……!」
 何故無事だったのだろうか? この謎は刃を封じるケルベロスが解き明かした。
『その鎧……“ミスリル”か!?』
 ミスリル――大地に眠る銀の鉱床が、長い間マナの影響を受け、変質した物である。硬度においてはオリハルコンに譲るものの、魔法を受け流す能力がミスリルにはある。もっとも、ミスリルは希少なうえに加工が難しく、手に入れることが出来る者は、優秀な戦士でも一握りだけだが……
 ヴァレオンは、かつての旅路で、偉大な戦士からそれを引き継いだのだ。
 憤怒の唸りをほとばしらせ、ケルベロスは全体重を乗せた体当たりを見舞い、ヴァレオンをはね飛ばした。
『ええい、人間めっ! ならば噛み砕いてくれよう!』
 空中で体勢を立て直したヴァレオンめがけ、ケルベロスは残った顎で捉えようと牙を打ち鳴らして迫る。
 だが、ひょいっとなにかが口の中に飛び込んできた。次の瞬間、ケルベロスは圧力を感じ――口中で生じた爆発と破片に内側から切り裂かれ、くぐもった長い呻きが漏れた。
「さっきのお返しだ。クソ犬」
 ケルベロスの口に手榴弾を投げ込み、ふてぶてしく言い放ったのは、これまた炎に包まれたはずのクザンだ。
 デザートケープが灰になり、影も形も無くなったおかげで、本来の戦闘用装備が露になっていた。
 様々な弾薬を納める大小のポーチを固定した、複合装甲を内蔵するスペクトラ繊維製プレートキャリアをまとい、その下に着ている難燃性素材と強化繊維で編まれたボディスーツにより、軽い火傷を所々に負っただけで済んだ。
 痛みに苦しむケルベロスに駆け寄り、ショットガンの銃口を喉笛に押し付け、おもむろに引き金を引く。
 今度はショットガンにはダブルオー・バックに替わり、ライフル・スラッグ弾を装填してある。立て続けに放たれた単体の大口径弾は一つの頸椎を貫き、脳を破壊した。
 声を上げる間もなく、また一つの頭が沈黙したというのに、残された頭は気丈にも更なる闘志を募らせた。
『おのれ! おのれぇい、人間風情がっ! たとえこの身が滅びようと、貴様らだけは道連れに――』
「喧しい犬じゃな。ちぃと躾が足りてないんと違うかの?」
 残された右側の頭部が怒号するのを遮り、ワンが走った。
 苦し紛れに火炎を吐き散らすも、ワンはなにも無い空中を踏みしめ、宙を駆け上がった。
『ぅ、うわあああっ!?』
 ただの人間には不可能な技を見せつけられ、恐怖に駆られたケルベロスは無様な悲鳴を漏らしたが、もう遅い。
 既にワンは力強く宙を蹴ってさらに跳躍。上空から襲いかかる猛禽のように両腕を広げ、踏みつけるような蹴りを見舞う。
 ケルベロスの体は湿った音を発て、まっ二つに砕けた。
 ただの肉塊となったケルベロスの背後に着地すると、厳かな雰囲気を醸し出してワンが呟いた。
「犬よ。噛みつく相手を間違えたの……あたっ!?」
「なに一人で見栄を張っているんだ? カンフームービーは他所でやってくれ」
 クザンはショットガンの銃把でワンの腰を小突きながら言う。
「残弾が少ない。もう無駄弾を使う余裕は無いんだ、先を急ぐぞ」
「無粋な奴じゃのう。使ってる武器も無粋なら、持ち主も無粋と来たか」
「殺るか殺られるかだ。粋かどうかが問題になるのか?」
 取り付く島の無いクザンの返事に、ワンは嘆かわし気に首を振った。
「ヴァレオンや。こやつに言ってやってくれ、拳や刃の闘争は、神性にして持つ者の人間性を――ヴァレオン?」
 話題を振られたヴァレオンだったが、彼はクザン達に背を向ける形でケルベロスの死骸を無言で見下ろしていた。
 その背中からは、底知れない暗い怒りの感情が立ち上っているように思えたが――
「……すまない、珍しい敵だったので、つい見入ってしまった。ともかく先を急ごう。アンナのことも気になる」
 血の滴る太刀をぶら下げ、さっさと先に進み出すヴァレオン。
 無言のまま、壁に開いた穴へと足早に進む彼の背を見ながら、どうしたんだ? とクザンとワンは顔を見合わせる。だが彼の過去を知る由もない二人は、結局ヴァレオンの後に続き、穴を潜らざるを得なかった。
 穴を潜り抜けると、そこにはまた、階段が待ち受けていた。ただ、これまでと異なるのは、今までの階段が下り一辺倒だったのに、この階段は上に向かっている。
「終わりは近いらしいな」
 そんな気がしたクザンの口から、呟きが漏れた。


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